「うげ……あいつら結界を無理やりこじ開けやがった」
あの結界は元々特殊な物だったし小槌の能力の影響で変に拗れていたやつだったからそこそこいけると思ったのに1時間ちょっとしか効果ないじゃないか。いや、あの規格外に1時間保たせたってだけでも十分だなこりゃ。あーあ…計画のうちとはいえ勿体無いわなあ。本当勿体無い。
「結界を?結構やるじゃないの。確か鬼を束ねている地底の主人だっけ」
隣で様子を見ていた姫も顔を青くしていた。そりゃそうだ。あいつだけで世界の理を壊してしまいそうなのだ。
「ああ……ある意味超面倒なやつだ」
姫とは戦わせたくないわなあ。姫は巫女の相手をさせて…私はあいつへの仕打ちを終わらせたらさっさと退散したほうがいいかもしれないな。まあそれも姫と巫女次第なんだがな。
「仕方がねえ。合流されないうちにどうにかしてやる」
巫女とあいつらを合流なんか絶対させてやるものか。
ありったけの手段を食らいやがれ。
結界を無理やり突破した先が本当に現実の世界なのかを確認する手段というのは実は無い。
例えばこの世界にもこいしがいて、正邪がいたとしても結局それが本物なのか。或いは元々の世界の方が後から植え付けられた記憶で実は何もかもが嘘だったという可能性はないか。
記憶を疑ってしまうとキリがないのでやめておくけれど現実のなんと脆いことやら。
どうやら私は天守閣の最上部の屋根裏。位置で言えば地下一階とかそのあたりにいるらしい。
上に続く階段は真っ逆さまにひっくり返っていた。元々あっちが定位なのだから当たり前か…
しかしよく壊れずに残っていますね。随分と階段ボロボロですけれど。
階段の足場を踏み台に上の階へ上がっていく。
上も上で入ってきたはずの入り口周辺はひどい有様だった。
天井となっている床が一部崩れ落ち瓦礫が散乱している。おそらく霊夢達だろう。
足跡は三つ。だけれど壁に布と細い金属が擦れた跡が残っている。
足跡は霊夢と魔理沙と……誰でしょうねこの歩幅。
それとこっちの傷跡は何度も見たことがある。傘を壁に思いっきりぶつけた時にできる汚れに似ている。多分レミリアさんか紫……或いは幽香さんあたりだろうか?
まあ異変解決に向かってくれているのなら文句は言わない。私は私のやるべきことをするのみだ。
あいつが再び戻ってきた頃には私の腕を縛っていた拘束は完全に解けていた。いくら対妖怪用に強化された紐だったとしても持続的なダメージには弱い。それに腕が自由になれば足の拘束は結構簡単に千切れた。
さて不意打ちだけれど…武器なしの戦闘ってやったことないからなあ。不安だなあ……
お姉ちゃんとかお燐とかみたいに格闘戦が出来るわけでもないし。
お燐はまだ起きそうにない。それに薬で眠らされているはずだから起きた直後は目眩と吐き気で思うように戦えないだろうね。私もさっきまで目眩と頭痛が酷かったもん。
正邪はまだ来ていない。動くなら今のうちだ。
縛られたままのお燐を抱き上げて起き上がる。まだ少しだけ体に力が入らないけれど逃げるには十分‼︎
早くお姉ちゃんかお空と合流しなきゃ。
上下への移動を数回繰り返したところで再び私は広い部屋に出た。それでも今までの畳六畳とかそういう大きさの部屋と比べたら大きいという程度だけれど。
その真ん中で私を待っていたかのように白いドレスを着た正邪は仁王立ちをしていた。
視線が交差する。闘志は十分と言ったところだろうか。
「へえ…私と戦うんですか」
この部屋の中では私は飛ぶことはできない。弾幕は作り出すことはできるけれど力の半分近くは何かに打ち消されている。なるほど確かにこれなら強いやつにも勝てるかもしれない。下克上しやすいわけだ。
「当たり前だ。こっちだってお前を自由にさせていられるほど余裕はねえんだよ」
というより私と戦うのは目的の為ではなくただ単純に腐れ縁とか逆恨みとかそういう物なのでしょうね。
もう少し彼女と話してみたかったけれど向こうは待ってくれない。
まあ無理に話を伸ばして会話中に襲ってくるなんてことにならなかっただけマシか。
スペルカードを切ってくる構え。とっさに構えたもののそれはフェイントだった。
スペルカードは文字通り紙のカードに弾幕の発動式を組み込んだ物。だから普通であれば宣言と共にそのカードに封じ込められた術式が作動する。それはかなりのタイムラグに繋がる。だけれどそれを彼女は直接攻撃のために使ってきた。
正邪の手首が軽くブレ、片方の腕と脚の腱に鈍い衝撃が走った。
見ればカードが服を切り裂きその身を半分ほど体に埋めていた。脚の腱を切られたのは痛い。片足が全く動かなくなった。
「ははっ‼︎フェイント攻撃には弱いみたいだな」
続いて次弾。今度は弾幕だ。逃げ場を奪われる。同時に目眩し。
「それはどうでしょうか?」
後ろからレーザーが放たれる。結界を展開し無理矢理弾く。逸れたレーザーが壁に当たって爆発。熱風と破片がここまで飛んできた。
想起は使えない。だけれどそれだけが覚り妖怪というわけではない。
相手の動きは?
まだ動く左の脚を軸に体を回す。真横から攻撃。反射的にこちらもレーザー弾幕。周囲の弾幕を巻き込んで着弾。そこにいた正邪の体がブレた。
分裂、いや分身か。
とことん視界に頼ることはできないですね。
音も複数の雑音が混ざってしまっていて聞き取り辛い。
ならば正邪はどうやってくるだろう?音も視界も使えない相手の不意を突く。後ろ?それはすぐに反応されてしまう。ならば…
正面から。
拳銃を引き抜き正面から突っ込んできた正邪に発砲。だけれど身体をひねられて掠っただけだった。
それでも飛び込んできた正邪を逸らすことはできた。代わりに拳銃を掴まれ、折り曲げられてしまったけれど。スライドが下がった瞬間を掴まれ銃身だけを丁寧に曲げられてしまった。もう使えない。それでも…動きは止めることができた。周囲に分身はあるけれど。
「お返しです」
誘導弾幕。それも普通は使わない殺傷型のものだ。本気の戦いとは遊戯と違う。命のやりとりの合間に情けは無用だ。
流石にこれは分身を展開していても危険だと思ったのか全力で回避していたよ。
足止めをしている合間にカードを引き抜く。カードで止められていた傷口が開いたのか血が流れ出した。
素早く妖力を回して回復。脚の腱だけでも先に治す。
これでどうにか動けるようになった。
殺気…とっさに後ろに跳ね飛んだ。瞬間目の前の地面が捲れ上がった。
地面をめくり上げたのは魔力とか妖力ではなく、大量の鉛玉だった。
「こいつはいいもんだなあ」
背後には空間から砲身を出した巨大な機関砲があった。その砲身から煙が上がっている。
「まさか……」
彼女の手には一冊の本があった。確かあれはこいしの魔導書。
「それはこいしの⁈」
それを使えるの?
「私だって魔術使えるんだぜ」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて魔導書の中身を次次に展開していく。
盲点だったわ。こいし以外に使えないようにするべきだった。今更遅いか…
すぎてしまったことは仕方がない。
何十機もの機関砲や剣、槍が飛び出してきた。
この狭い部屋の中では確かに有効な手だ。
全てを迎撃するなんてことは私にもできない。だから逃げる。
壁を伝い無理やり体を飛翔させ、畳を跳ね上げ盾とし、何がなんでも逃げる。
当たっても大したことないけれどそれでも体がバラバラになる覚悟は必要だ。
それでもまだ使い慣れていないらしい。一本も当たらない。
そのほとんどは私の周囲を虚しく通過するだけだった。むしろ部屋がどんどん廃墟になっていく。
壁に刺さった剣を一本だけ引き抜く。刃渡りは私が持つ刀よりずっと長い。
壁を蹴り正邪に懐に飛び込む。加えられる攻撃を引き抜いた剣で逸らし、弾き返す。まさか自分の近くに剣や鉛玉が跳弾してくるなんて思ってもいなかったのだろう。
完全に怯んだ。その瞬間を突く。
剣を魔導書に突き立て、全ての魔術式を破壊。同時にお腹を蹴り飛ばす。
くの字に曲がった正邪が通路に吹き飛ばされた。
「あがっ‼︎このッ!」
追撃をかけてさっさと終わらせようと思ったのですがそうは簡単にいかなかった。正邪が何かを投げた。それが私と彼女の合間で爆発。大量の煙が部屋に充満した。
煙玉ですか……毒性は無いようですけれど視界を奪いに来ましたか。弾幕のほとんどが撃墜されてしまったからだろうか?或いはこれも作戦のうちなのか。
だけれどそれは私には通用しない。
煙の陰で迫ってきていた正邪の脇腹に拳をたたき込んだ。お腹への攻撃はこれで二度。流石にかわいそうになってきた。
女の子とは思えない酷い呻き声と共に吹き飛んだ正邪の体が壁にぶつかる。
「くそう…」
相当痛かったらしい。加減を間違えましたかね?
次は痛みを感じる前に息の根を止められるようにしなければならないですね。
それでも正邪は動いた。正直二回も腹に喰らってよく動けますね。感心します。でもそれでももう終わりだと思いますよ。
腕と脚の傷ももう治った。私もスペルカードを切らせていただくことにしましょうか。
まだ煙が充満する部屋の中を正邪が駆けずり回る音だけが聞こえる。
さてどこからでも仕掛けてきなさい。
一瞬だけ何か光の様なものが煙の向こうで点滅した。
「想起……」
スペルカードを宣言。この狭い部屋では私もダメージを受けるかもしれないけれどそのようなものは覚悟の上だ。
だけれどそれはできなかった。
「お姉ちゃん‼︎」
目の前に飛び出してきたのはこいしだった。思わずスペルカードを中断してしまう。たとえそれが正邪の変装だったとしても……
脳は理解していた。だけれどたとえ偽物であったとしても私はそれを叩くことはできなかった。
勝ったと言わんばかりの笑み。
大きく隙が出来てしまう。こいしの姿をした正邪が動いた。
体を捻ったものの、全てが遅すぎた。
周囲に突き刺さっていた剣を引き抜いてもってきていたのだろう。
それが横薙ぎに振られた大剣が私のサードアイの管を切り裂き、お腹に一閃。
骨までがきられなかったものの内臓の殆どを引きちぎられた。
一瞬だけ焼けるような痛みがして、すぐに引いていく。だけれど下半身からは完全に力が抜けてしまう。
いくら回復力が吸血鬼並みとは言ってもこの大傷と大量出血ではそう簡単には治らない。下半身がびっしょりと湿っていく。それが全て自分の血だと理解した頃には正邪の蹴りで床に押し倒されていた。
「ゲホっ……」
目の前でこいしの姿から正邪の姿に変化して行くのを見させられるとなんだか不思議に思えてくる。
それにしてもそのマジックアイテムは凄いですね。簡単に痕跡も残さず本人そっくりになれるなんて。いや…それなりに何か必要なのだろう。詮索する気も無くなってきてしまった。
「やっぱりあんたはお人好しなんだよ……反吐が出るくらいにな」
視界がぼやけ始める。出血性ショックだろうか。寒い。
「そういうあなたは…自らの外道を全うする……強い人なんですね」
体が麻痺してきたのか段々動かなくなってきた。もう少し動けていれば反撃をしたのですけれど。
「はっ‼︎弱者だからって舐めんじゃねえぞ」
舐めていませんよ。むしろその潔さに感動しているくらいです。随分と葛藤したのですね。あと傷口を踏みつけないでください。感染症が怖いですから…
「じゃあ……こう言ってみようかしら」
だったらちょっとくらいお仕置きしたって良いですよね。彼女が最も嫌う言葉と感情を込める。別に私自体が斬られて負の感情を抱くことはない。
「ああ?命乞いでもするのか?」
「ありがとうございます」
余裕そうだった顔が一瞬で苦虫を噛み潰したような表情に変わった。面白い変幻ですね。どうやら効果的面だったみたいです。
「っ‼︎くそっお前最悪だな‼︎」
あはは、やっぱり自己嫌悪になっちゃいましたね。でもそれを悪いとは思っていてもどうにも否定はしきれないみたいですね。
ついでに何か感謝の言葉を追加しようとしたけれど、それを言う前に私の意識は暗転してしまった。
折角ですからこいしの顔でも見せてくれればよかったのですけれどね。
「あーくそ最悪だ。なんであんなところで感謝されるんだよ普通恨むだろ…意味わかんねえよもう…」
自分が自分で嫌になってくる。悪いことをしたはずなのにあいつのせいで全然楽しくない。うう……
「こうなったらお前の姿を借りて暴れてやる……」
あれだけの傷なのにまだ生きていやがる。まあ殺しちまったらもったいないしこいつが泣き叫び許しをこう顔を見てみたいからこのまま生かしてやる。
それにしても随分と軽い体だな。
こいつ生きているのか?
痛いでしょうが仕方がありません。
正邪は頭脳戦が得意なので大体は戦う前から勝ち負けを決めるタイプです。