治療のために私を除いた数人が永遠亭に行っている合間にも、異変はその様相を変えていった。主に収束に向けてだけれど。
どうやらある段階から小槌の能力が切れたのか、霊夢達が持っている道具は段々と自我を消失していきそれとともに各地で暴れていた妖怪の一部が鎮静化。山や人里に攻撃をしようとしていた妖怪の一部も劣勢と見るないなや逃亡を始めたようだ。
家に一足先に戻り服を無理無理着替えていると、どこをどう駆けずり回ったのか泥まみれのお燐が戻ってきた。
「それで異変の根本的原因には置き去りにされ追尾も難しい状態になって逃げられたと」
その場に独特の波長の妖気を出す小槌を放り投げ捨て、混乱している地域をあえてかき回すように逃げ回り追手を撒いた。なんともまあ正邪らしい。逃げるに関しては私と同じくらいだろうか。なんだかんだ彼女と私は行動が似ている。もしかしたら似たもの同士なのかもしれない。滑稽という点でだけれど。
「あたいらを撒こうとして小槌を振ったけれど力が底をついたらしくてね。でも天狗の団扇を持っていたのには驚いたよ」
それって結構大事なものだったのではないだろうか。管理ゆる過ぎると思うのだけれど。
「何大事なもの盗まれているのやら」
ただ一概に誰かを責めるというのはできない。内部からの裏切りなどもあるから。正邪が各所から盗んだものはかなりの量になるし、小槌の力が移った一部の道具も霊夢達によって元の状態に戻されている。だけれど多くは正邪が持ち出したはずだ。
つまりその道具を悪用された場合再び異変クラスの何かを引き起こせるのだ。
幻想郷は表面上異変解決で安堵が広がっているように見えても実はかなり冷戦状態だった。
「正邪がどれほどの道具を持っているかは見当ついた?」
「所在が分からない道具は申告で半分くらいですかね。あたいらが追尾した時も相当の道具を持っていたように見えますけれど他の場所に隠している可能性もありますから」
プライドに関わるからなのかどんな道具が盗まれたのか。どのような道具を正邪は持っているのか。その全容は不明なままだった。私が今持っている権力と伝を総動員して独自に調べ上げてもこれだ。
ほとんどが消極的、中には道具を盗まれたことを隠そうとしている場合もある。その道具がないと一族が他の存在に襲われてしまったりする場合もあるから仕方がないか。
おかげで対策は取れないままだった。地底でトラブルを起こさなければ別に良いのですが、そう簡単にはいかないでしょうからね。
いまだ腕の一部に残っている火傷の跡をお燐が見つめていた。
「そのうち消えるわよ」
「跡にならないと良いですね……」
大半の傷は治ったとはいえやはり妖力が枯渇しているのか一部は治らないで未だに残っていた。私は別に気にしないのですが女の子なのだから気にしろとみんなに言われてしまう。
なら勇儀さんはどうなんだと話に出してみたものの、彼女もよく言われているらしい。
特にパルスィなどに。
あれから数日ほどして、ようやく正邪がばらまいた混乱が収束し始めた。私もいつまでも休んでいるわけには行かずすぐに通常業務に戻っていた。
特に訪ねてくる人もいないので静かに執務室でもろもろの被害報告をまとめていると珍しく幻想郷の賢者が扉から入ってきた。
「ごきげんよう」
いつものドレスではなくなぜか古めかしいドレスを着ている。なんだろうそんな気分なのだろうか?
「入口から素直に入ってくるとは珍しいですね。今お茶出します」
なんだか分からないけれどレミリアから紅茶をもらったので入れてみることにした。
お湯は沸かしてあるのでいつでも作り立てを出すことができる。
「気が利くわね。じゃあいただこうかしら」
「折角ですし茶菓子もどうですか?ティータイムには少し早いですが」
まあティータイムは珍しいですけれどね。
「別に遊びにきたわけじゃないけれどありがたくいただくわ」
「込み入った話があるようですね。わざわざ外を通ってきたのでしょう?」
理由はおそらく地底のヒト達に紫が地霊殿に向かったということを知らしめるためだろう。そうでなければ隙間でさっさと来てさっさと用件だけ伝えて帰るはずだ。そうしたほうが圧倒的にトラブルが少なくて済む。
あえてそれをしなかったのなら考えられる可能性は一つだけ。
アピールだ。
「あら、やっぱりわかっちゃった?」
「さっき外の方が少し騒がしいと妖精が言っていましたからね」
出来上がったお茶とお菓子を差し出せば、ありがとうと早速手をつけ始めた。
ああ、昼食べてないのですね。そりゃお腹が空くでしょうね。お腹が空くと思っているのなら。
「正邪を指名手配しましたわ」
紫自身が各所に注意喚起……つまり紫の能力でも追尾できないか或いは正邪の心を砕くための策か。どちらにしても正邪は幻想郷では生きていけない。敵に回すものが大きすぎたわけだ。
「へえ…それを伝えにわざわざ?」
「ええ、無法者も受け入れる地底は危険人物の隠れ蓑として機能しやすい。もしかしたら来るかもしれませんわよ」
ありえない話ではないけれど今すぐということはないだろう。少しばかりトゲのある言い方だけれどなんだかんだ悪の受け皿も無いと社会って回りづらいところがあるのですよ。必要悪というやつですね。それにそういう彼らもうまく使えばそれなりの力になってくれますからものは言いよう見よう。
「隠蓑は否定できませんが同時に入ったら一生出られない監獄に近い存在ですよ。旧都は」
地底は二つの性質を持つ。一つは地上を追われた者達の最後の居場所。危険人物の隠れ蓑として機能してしまうのもこの性質があるからだ。だけれど、表向き治安は悪くない。
もう一つの性質で地底の管理を行う鬼の存在がある。これのおかげなのか危険人物であろうと流石に表立って行動すればすぐ鬼にボコボコにされてしまう。下手をすればその場で処刑執行なんていうのも結構日常茶飯事なのだ。だから表向きの治安はかなり良い。裏はもうちょっとドロドロとしているはずだけれどそれでもある程度の道理はある。無作法に暴れて裏で処分されたなんて黒い噂は意外と地霊殿にも流れてくる。
郷に入っては郷に従え。その名の通りであり地底の裏のルールは余計なことをせず静かに暮らすというもの。正直そこ以外に行く場所がないからそこがなくなったら結構困る方が多い結果とも言える。
「それにしても指名手配なんて珍しいことしますね」
幻想郷で異変を起こしたくらいじゃ指名手配にはならないしそもそもいくら危なくてもケースバイケースで大半は見逃されてきていたはずだ。あとはその場で処刑しちゃうか。
「それだけ彼女が危険人物だということよ」
「数多の道具を奪い戦力だけでいえば再び幻想郷を危機に陥れる程度の力を持っている危険分子だから……ですか」
大方そのようなものだろうか。あと指名手配されているのは例えば種族内で裏切りを働き追われる身となった者だったり知ってはいけない秘密を知ってしまったりなど。でも幻想郷全体で大々的にということは少ない。
「ついでに指名手配と一緒に倒せればそれなりの賞与を与えるわ。手段と期限は問わない」
ガチでやる気というわけではなさそうだ。
「完全に道楽にするつもりじゃないですか」
喩えるならローマ帝国のコロッセオで行われていたものなどそれに近いかもしれない。溜まった不満を解消するには倫理的には危ういようだが効果的な方法だ。
「弾幕ごっこではない別の道楽。合法的にやれる快楽ショーとして機能させようということですか」
私の指摘は涼しい顔をして流された。
「なんのことやら」
「人が悪いですね。まあそれが嫌ってことではないですけれど興味が湧かないので通達だけはしておくことにします。勇儀さんあたりなら嬉々として戦いに行くかもしれませんね」
まあ私は興味ないから放っておこう。
やりたい奴がやればいいのだ。
こいしとかお空とか元気が有り余っているし多分地上で暴れるだろう。ルールなし弾幕ごっこ。まさしく生か死か。争いなさい。その運命に…
「あらそれは楽しみね。後で私から直接言っておきましょう」
「やめたほうがいいですよ。紫は鬼と相性悪いですし」
私も大概に相性が悪いから一部の鬼からはすっごい嫌われているのだけれどそれだけで済んでいるのは何かと鬼の総大将に気に入られてしまっているから。それがない紫じゃ多分冷遇でああ良かったと言ったところだろう。
「失礼ね。道理ならちゃんと通すわよ」
そういう問題ではない。
「心理的な嫌悪というのもあるので道理を通してどうということじゃないですけれど……」
「じゃあ貴女に一任するけどいいかしら?」
別にそれくらいなら問題は無い。
「構いませんよ。私も私で勇儀さん達のところに行く用事がありますし」
「じゃあお願いね。後紅茶とお菓子ご馳走さま。助かったわお昼食べてなかったから」
ああやっぱりご飯食べれてなかったのですね。
少しばかり冷めた紅茶で口を湿らせていると、いつの間にか紫は部屋を後にしたらしい。
他にもまだ行くところがあるのだろう。
ふとテーブルの上に何かが置いてあるのに気がつく。
小さな和紙に包まれたそれは掌に収まる程度の大きさの勾玉の半分だった。
軽く妖力を流すと空中に半透明のモニターのようなものが投影された。
なるほどこれで正邪との戦いを見て楽しむと……やることが黒い。
正義とはただの大義名分。
絶対正義とは暴力の根源。
であれば世の中何が正しいのか何が正しくないのか?その基準とはなんなのだろう。
言ってしまえばそんなもの誰かの主観であったり社会の都合であったりでまちまちなもの。或いは社会が基盤とする常識だったり誰かが掲げる心情によって。いくつも存在する。
結局正しさなんてものは世の中には存在しない。あるのは結果だけだ。
なら映像の中で繰り広げられるこれもまた結果の一つなのだろう。あきらかに半転した善と悪。こうもあからさまに反転してしまうと閻魔様も大変だろう。いやあれは確立した絶対基準があるから大丈夫なのか。
「ふははは‼︎なんだ小鬼‼︎その程度なのか?貴様の本当の力はそんなものじゃないだろう!」
まるメガネをかけてわざわざ赤いコートとスーツを着たレミリアが興奮気味にグングニルを放つ。神話に出てくるそれをモチーフにしているだけなので百発百中ではないけれどそれでも正邪の足元を吹き飛ばしバランスを崩させていた。随分とハイになっているなあ…
「そうね。こんな程度じゃ私楽しくないわ。もっとたくさん楽しみたいのに」
レーヴァティンが周囲の草木を巻き込みながら正邪に襲いかかる。
「吸血鬼姉妹とまともに戦える道理がどこにあるんだよ‼︎」
ないですね。私だってあんな闘いされたら尻尾を巻いて逃げますよ。それか吸血鬼が不利になるようステージを作り替える。
「壊れちゃったら治してあげるから。特別なんだよ?本当なら壊したら捨てちゃうんだから」
能力まで使うか。でもそれを使ったらあっさり終わって面白くないからなのかフランはわざと道具や正邪の近くのものを破壊していた。
「こえええええ‼︎」
観戦している私も冷や冷やする。これを見て楽しいと思えるほど私の心は娯楽に渇望してはいなかったようだ。まあ自業自得なのですけれどね。
「これのどこが面白いのだか…」
「そんなことないよお姉ちゃん面白いじゃん」
隣で見ていたこいしは映像に夢中だった。というより私やお燐を傷つけたりなんだりしたその怒りをぶつけてるようにも見えた。どれだけ恨むのよ。いつまでも恨んでいるとつまらないわよ。
「わからないわね……」
結局私にはまだ理解できるようなものではなかった。もうちょっとすれば……或いは完全に妖怪になり下がれば楽しめるのだろうか。
「程々にしておきなさい。人をいたぶるのは麻薬みたいなものだから」
古代ローマ帝国然り古代中国然り、人が生死をかけて戦う様、そして一方が嬲り殺される様というのは広く娯楽として広まっていた。
そのことを考えれば人間のままでも場合によっては楽しめてしまうのかもしれない。人間の残虐性とは本当に恐ろしいものだ。
どこまでどんなことができるのか?理性という鎖がなくなった時……人は残虐性の化け物となる。なまじ人と共存している妖怪や神、或いは霊と言ったものも人間に負けず劣らず残虐性は高い。なんだか生き物不信になりそうだ。
まあいまに始まったことではないしだからといって私に残虐性がないなんてこともない。
「もうちょっと簡単に考えたら?」
思考でも読んでいたのかそんなこいしの慰めのようなアドバイス。
「それができたら苦労がしないわよ」
「お姉ちゃんらしいと言えばらしいけどさ」
そうかしら?
「せっかくだし慰めの報酬見る?」
映像を消してこいしが立ち上がった。
「見ようにも機械がないじゃない」
「河童のところに行けば貸してくれるかもね」
というかそれだけ見てもわからないでしょ。