古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.235さとりの慈悲

くそう…痛え。

空間跳躍を使う直前に一発喰らっちまった。まあそれだけじゃねえけど1番効いた。あーもう痛え。最悪だ。

もう3日も追いかけられて寝れてねえ。体力も限界だ。まあ迷いの竹林だしそう簡単には見つからないと思うけど。

少し寝たほうがいいかも……

 

敵意が有れば流石に気付くし飛び起きることができるはずだ。

それよりも今は体を休めないと…体全体が激痛に襲われて、思わずその場に倒れ込んでしまった。

 

体に変な違和感。周囲に敵意はなかったものの体の違和感だけが脳に警告を送ってきた。

「……っ‼︎」

 

地面の匂いがしない。それどころか自分が今包まれているものは落ち葉とか土とかじゃない。もっと柔らかいもの‼︎

腕にかぶせられていた布団を蹴り飛ばす。まだ体の一部が痛かったけれど。そんなこと気にしている場合じゃない‼︎無理やり目を開ければ、そこはどこかの洋風な部屋だった。一瞬紅魔館かと思ったものの雰囲気的に違う。

どこだここ…

ベッドと机以外には何もない質素な部屋。だけれど壁紙は薄い青でトーンを落ち着かせているから気分も落ち着いてくる。扉は一つだけ。しかも普通の家にあるような引き戸ではなく紅魔館などにあるドアノブ付きのやつだ。

やっぱりここ紅魔館じゃないのか?だったらどうしてこんなことを?

ともかくここを出ないと……

「おや起きていたんですか」

ベッドから出る前に扉が開かれた。

軽い音だけで開いたところを見ると鍵はかかっていないみたいだ。ただ入ってきたやつは想定外のやつだった。

「てめえは‼︎」

ややピンクがかった紫の髪を肩あたりまで短くしていたけれど、紛れもなくそれはさとりだった。

「あまり騒ぐと傷に障りますよ。それにここにいるのがバレるじゃないですか」

顔色一つ変えずにあいつはそう言った。別の奴らにバレるとまずいってことはこいつがここに匿っているのはこいつの独断か。だったら隙をついて逃げ出すこともできなくはないが……外の戦力が分からない状態では無理に動けねえ。

「……何が狙いだ?」

 

「狙いって?」

とぼけやがって。いや、本当に狙いなんてなかった?だけれどならどうして私を助けてんだこいつ?普通賢者に突き出すか実験材料とかに使うに決まっているはずなのに。

「どうしてお前が私を助けるんだよ?」

顔の表情は変わらないものの、こいつは照れ臭そうな仕草してやがった。

おかしいだろう?何度も殺しかけたやつだし本気で怒らせたやつだぞ?なんでそんな笑っていられるんだよ。天邪鬼だって分からねえあいつの思考回路。

「あー…まあ見つけてしまいましたし?怪我していましたし」

それだけ?そんなの放っておけばいいだろ。なんでそんなこと……

まさかお人好しなのか?だとしたらとんでもないお人好しじゃねえか。

「憎いとか思わないのか?」

そう聞いても表情も雰囲気も変わらない。仙人を相手にしているみたいだ。本当に悟ってるんだかさとりって……

「そりゃ憎いですし怒りだって覚えてますよ。でも感情に任せて理性を捨ててしまうのはもっと嫌なんですよ」

最後の言葉が出た瞬間ちょっとだけ安心した。結局自分のためだったか。だけれど生き物はそれが正しい、それが当たり前だ。物語の主人公だって多くは自らのエゴを貫き結果として周囲を救うかもしれないがやはり根本は利己的なのだ。まあただこいつはちょっとおかしい気がするけれどな。

 

「まあ確かに言われてみればこれは私のエゴです。でもそれでいいじゃないですか」

どうやら心を読んだらしい。こんなんじゃ考えてること全部筒抜けじゃねえか最悪だ……

「あんたも妖怪らしい一面あったんだな」

今まで全然妖怪らしくねえから困惑してたけれどやっぱり大丈夫だ。こいつは妖怪だ。だとしたら私を助けたのも何か明確に目的があるはずだ。

「妖怪ですよ。でもそれとこれとは話が少し違いますからね」

前言撤回。なんかこいつやばいわ。

「……」

指名手配で散々酷いことやってきた相手を介抱するって普通の精神じゃねえ。

「少なくとも今の状態で外に出ればあっさり閻魔様送りにされてしまいますからあなたにとってもここで養生するのは利点があると思いますけれど」

暗にそれは外に出たら死を意味している。なんでそこまでして私を助けてんだよ。

「怪しすぎるんだよ……何かの実験体にするつもりじゃねえだろうな?」

真っ先に浮かんだのは化け物への改造。私は嫌なことは率先してやるがやられるのは嫌だ。

「そんなつもりはないですよ。実験体なら今頃手術台の上です」

まあ確かにそうだろうな。だけれどそうやって油断させたところを絶望に叩き落とすという可能性もある。私もそういう手で美味しい思いをしてきたからよくわかるんだ。

「もう直ぐご飯ですから寝ていてください。荷物はそこの戸棚の中にまとめて入れておきましたから」

あ?荷物見当たらねえと思ったらそんなところに入れてたのか?無用心すぎるしわざわざ教えるか?意図が読めねえ。

「出て行くとか考えないのか?」

 

「肋骨7本が折れているんですからね。痛み止めが切れたら激痛ですよ」

ああそういうことかよ。妙に体の感覚が鈍いと思ったら痛み止めを飲まされていたのか。それにしてもそれだけじゃねえだろ。なんか足の方も感覚が変だぞ?まさかこっちも折れているのかよ。

「……クソ」

 

「それじゃあごゆっくり」

 

「訳わかんねえよ……」

その呟きは閉まる扉に阻まれてあいつには届かなかった。

どうして命を狙った相手をエゴだけで保護できるんだ……

 

 

暫くベッドで横になっていると暫くしてあいつがまたやってきた。ドアに鍵をかけてやったから開かないだろうと思ったら外側から鍵を外してきやがった。まあそうだろうな。鍵ぐらいあるだろうからな。

 

「ご飯持ってきましたよ」

お盆には何やら黄色い物体が載っかっていた。卵焼きのようにも見えるけれど匂い的にもなんだか違う。よくわからない食べ物だった。だけれど食欲をそそられる。

「ひっくり返してやろうかそのご飯」

やっぱり私は天邪鬼。どうしても素直にはなることはできない。少しだけ胸のあたりが痛んだ気がしたけれど気のせいだろ。そうさ気のせいだ。

「餓死する気ならそうしてくださいな」

そのままベッドの上に置かれたお盆を下げようとしてきたから慌てて止めた。流石に空腹を我慢するのは天邪鬼だって無理だ。だが親切にされているという事実が天邪鬼の性質に反応して嫌悪してしまう。

「あーもう‼︎分かったよ食うよ‼︎」

嫌悪を我慢して無理やりその卵焼きみたいなものを口に入れる。

温かい飯なんて一週間ぶりだろうか。追われる身になってからは火も起こせねえからな。なんだか暖かくなってきた……

くそう…嫌悪がなければもっと楽しめたのになあ。

「卵料理か?」

卵焼きの塊かと思ったらちゃんと中にお米が入っていた。赤く味付けされていてお米の味はあまりしないけれどな。

「オムライスよ。外の世界の食文化だけど口に合うかしら」

外の世界の食事は総じて味が濃い。だから舌が慣れていないと美味しいと感じることはできない。そんなことを骨董品の店主が言っていたけれどそうでもないな。いや……珍しく目がニコニコしてやがる。味の調整くらいはしたんだろうな。

「さあな…」

 

黙ってベッドのそばでじっとこっちを見つめているから何だか落ち着かない。その顔を少しだけ悲しみに沈めてやろうかと思いとっさに嘘をついてみた。

うめえ……

「……まずい」

 

「それはよかったです」

ああそうだこいつさとり妖怪だからすぐバレるんだった。くそう…なんだか自己嫌悪になりそうだ。

早く出て行ってくれよ…

 

「じゃあ食べ終わった頃合いでまた来ますね」

気を使ってくれたのかさとりは静かに部屋から退散していった。

私がご飯を食べる音だけが部屋に残った。

冷めないうちに食べちまおう。傷が治ったらさっさと出ていくつもりだからな。

 

 

 

「お姉ちゃん正邪見ないね」

こいしがそう言ったのは私が正邪を匿ってから2日目だった。多い時には1時間に一回とかのペースで通信が来ていたあの道具も2日間何もないとなると流石に皆不審に思ってくる。何せ幻想郷の大半が正邪を探している状態なのだから。

「そうね。どこかに潜伏しちゃったんじゃないの?」

ここ地底もその例には漏れない。だけれど潜伏できる場所というのは意外に多い。万全の体制になった正邪ならきっと今と同じように身を隠すだろう。その時はなんでしょうね…金があればなんでもやるチームでも作るんでしょうかね?それともレジスタンスとして活動するのか。まあどちらでもいいや。

「そうかもしれない。うーん私も戦いたかったのになあ」

そういえばこいしは一度も戦っていなかったのね。正直こいしと正邪を会わせたくはない。多分正邪が破片一つ残らない可能性があるからそれこそ永遠の行方不明になってしまうだろう。

「あきらめましょう。そのうちふらっと出てくるかもしれないわよ」

そうは言うものの、やはり不満なのか彼女の表情が晴れることはなかった。

「あたいも正邪を見かけたら連絡しますし、そうそうあれに関わらなくてもいいと思いますよ」

 

「そっか…お燐ありがとう」

 

流石に私が正邪を匿ったというのは誰にも知られてはいないようだ。紫もどこかに潜入してしまったと判断したらしくちょっと残念がっていたし。

まあ彼女を匿うのは一時的なもの。そのうちまたどこかで活動するだろう。

その時はちゃんと捕まえて引き渡すとしましょう。甘いと言われるかもしれませんけれど。

 

こいしはフランちゃんのところに遊びに行くと言って飛び出した。相変わらず急なんだから。

お燐はお燐で何やら用事があるようだったのでお空を連れて旧都に出かけて行った。

 

地上にある私の家は想像以上に静かになった。

そうしていると、ふと後ろに気配を感じた。誰もいなくなったのを悟って彼女が出てきたのだろう。

「なあ、私を匿って大丈夫なのか?」

振り返って彼女の瞳を見れば純粋に心配しているようだった。なんだあなたもそんな目出来たんですね。天邪鬼と言えどある程度の良心はあるというわけですか。

「ばれなければ大丈夫でしょうね」

だけれど私の言葉で心配そうだった瞳が一気に悪巧みをしている時の目線に変わった。やっぱり良くも悪くも正邪らしい。

「あっそう……じゃあ後で思いっきり言い触らそう」

 

「その時はあなたの舌を引き抜かないといけませんね。口を開けてください」

雀の舌を抜くのより難しそうですけれどできなくはない。まあすごい痛いでしょうけれどね。

「ヒっ!わ、分かった!努力はする!」

 

「……天邪鬼ならそれくらいで十分でしょうね」

言わないなんて言われたら絶対言いふらすでしょうし。人の嫌がることをやるのが天邪鬼だ。こちらがノーを言っても無意味だろう。

 

「それより起きてきたってことは……そろそろ痛くなってきたんでしょう?」

サードアイで心をのぞけば罵倒と共に肯定の返事が来た。

「むず痒くなってきたんだよ。ここまでくるの大変だったんだからな片足じゃうまく歩けねえし……」

松葉杖を用意してあげようかと思ったのですが意外と人の目があるから難しいんですよ。不自由にさせてすいませんね。

「痛み止めが切れてきたんですよ。また飲みます?」

市販の痛み止めというより麻酔のようなものだ。大量に服用すると中毒症状を引き起こすものだから扱いは慎重に。

「ああ…飲む」

正邪も薄々気がついているでしょうけれどそれでも痛いのは嫌なのだろう。まあ別に良いですけれどね。

「永琳さんに見せるわけにもいかないですから骨折以外の異常はわからないんですよ。一週間くらいで治りますか?」

 

「骨だけならそれくらいで治る筈だ。まあ骨折なんてあまりしたことねえけど」

それでもしたことはあるのだからだいたいの目安くらいはわかるだろう。でも肋骨折れているのによく平気で話しますよね。一回肋骨折った妖精がいたのですが息をするたびに激痛が走って辛かったと言っていました。痛み止めを使っているとはいえ違和感はあるはずだろうに。

「痛いですからね」

 

「おめえは痛み感じねえんだろ?」

私の隣に腰を下ろした正邪が頬を突いてきた。痛みは感じないけど感触はあるからやめてください。

「よくわかりましたね」

 

「感じてる様子がなかったからな。その様子じゃ私が植え付けたのも痛みは感じないか……」

ああ…お腹に穴が空いても体が火達磨になっても表情変えずに平然と動いていたら気付くか。

「痛みは感じませんが結構不都合極まりないですよ。取ってくれます?」

 

「取り方を知らないから無理だな」

そんなもの人の体に植えつけないでくださいよ。私以外だったら今の返答で抹殺していましたよ。


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