古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.236さとりと正邪は似たもの同士

「ねえお姉ちゃん。あの部屋に誰匿ってるの?」

流石に4日ほど経つと、こいしも薄々誰かがあの部屋にいると言うのが分かってきたようだ。おそらく初日からそれらしい感じはしていたのでしょうけれど確証がなかった……どうやらそのようね。

「あら、気づいてた?」

書類を書く手を止めてこいしの顔を見れば、興味津々の笑顔が目の前に迫ってきた。近いわよ……

「気づいたと言うか……今ちょっとだけ推理しただけ」

でも素直に言ってしまうと突撃かまされて部屋を血糊で染め上げてしまうことになる。

「そうね…ちょっとした感染症隔離ね。外の世界では普通の流行病の一種だけれど幻想郷じゃ抗体がないからパンデミックでもしたら黒死病の再来よ」

あながち間違ってはいない。外の世界で最近はやり出したものとかもそうだけれどそれ以外にも海外の風土病など幻想郷にもともといなかった病気などは抗体がないのでパンデミックと重篤化しやすい。だから外から来た外来人や海外の妖には注意しなければならない。まあ永琳さんがいるから大抵はどうにかできるのだけれど。

「ふうん……じゃあ近づかない方がいいんだね」

あ、納得してくれたのね。内心多分違うよなあって思っているようだけれど。でも正邪はある意味感染症より危ない思考を持っている節があるから間違いと言うわけでもない。多分時代と場所が違ったら立派に帝国を作っていたはずだ。

「その方が安全よ」

少なくとも一週間くらいはこれで押し通すことにしよう。

だけれどあまり言いふらすのは良くないわこいし。ええだめよ。

 

ちょっとばかり押し問答があったけれど一応説得はできた。そのうち食事として地底に提供するつもりだからと。思いっきりあれですけれど地底の方々にとって人間はご馳走みたいなものですからね。私は美味しいとは思いませんけれど。

実際食事用の人間もいないわけではない。ただそういうのは地霊殿の方の部屋に入れておくのだ。

 

 

 

4日も経ってくると寝て起きてだけの生活は我慢の限界だと正邪が文句を言ってきた。確かにこの部屋には本もない。屋根の模様をなぞって遊んでいるのも流石に疲れてきたのだろう。

いくつか本を持ってきた。本とは言っても魔導書なんてダメだから普通の小説や論文といったものだ。まあ中には他のものもあったりするけれど。

 

「本?しかも結構あるじゃねえか」

 

「あるところにはあるんですよ」

現在流通している本の多くは今持ってきた本のような硬い表紙としっかりした紙ではなく、印刷と量産がしやすいように柔らかく小柄になっている。なのでこのタイプの本を見かけるとすれば外から入ってきたものか昔の書物かの二択だ。

そういった本を渡すと読みふけっているのか完全に大人しくなってしまった。

下手に暴れるよりよっぽど良いですけれどこれのせいでまだ出たくないとか言わないでほしいですね。

 

 

 

そんなこんなで7日も経てば流石に骨も治ってきたであろう。

素直に様子を聞いても言い訳されそうだったので食事の時に心をのぞけばもう骨もくっついているようだ。脚の骨の方もくっついたらしい。筋肉落ちたかなあなんて心配をしていた。7日も寝たきりだと確かに筋肉とか低下してそうですね。っていうかここに運び込んだときより胸が大きくなっていませんか?気のせいじゃないですよね。

 

「そろそろ骨も治ってきたでしょう?」

流石にこのまま何日も保護するのは良くないので早めに切り出す。持ってきた食事を食べながらも正邪は嫌な笑みを浮かべた。

「治ってないって言ったら?」

その時はそうですね……

「嘘ついたので針玉飲ませますよ」

鉄のウニみたいなものを想像してください。あれを無理やり飲ませますからね?

「拷問じゃねえか」

 

「拷問じゃないですよ処刑ですよ」

地獄では拷問として使われていますけれどそもそもあっちじゃ既に死んでいるからこんなものはお遊びの拷問にしかならない。

地獄に連れて行っても良いかもしれないと思っていると顔を青くした正邪が謝った。

「悪かったってば。一応治ったよ。熱り冷めるまでいたかったんだけどなあ……」

熱り覚めるまでとは言ってもそう簡単には冷めないと思いますよ。それに覚めるまで面倒を見るつもりはないです。私は貴女に相当な怒りを覚えているんですからね。そこは勘違いしないでくださいよ。

「そんな虫のいい話無いですよ。怪我が治ったらさっさと出て行ってください。一応二十四時間攻撃はしませんがその時間を過ぎて目の前にいたら流石にぶん殴りますからね」

顔が原型止めない程度に殴って紫に引き渡すことにしようと伝えたら今度はちょっとだけ挑発的に返してきた。

「おお怖い怖い。なら早めに出ていくとするよ。だが私は天邪鬼。助けた恩は仇で返すのが道理だからな」

本調子になってきたようだ。それでこそ本来の貴女。少しだけ安心しました。内心で貴女が天邪鬼に疑問を抱くのは勝手ですがだからといって天邪鬼を否定し反転しようとしたところで意味なんて無いんですよ。虚しいだけですから。

「ええ、期待しております」

 

「っち…お前に仇を返すと喜ばれそうだからやっぱやめる」

ばつが悪そうに視線を下に向けられた。仇で返されたからって喜ぶわけないじゃないですか。喜んでいるように見せかけた方が貴方苦しむでしょう?

「よくわかりましたね」

 

「いい加減わかるに決まってるだろ……」

それもそうか。なんだかんだ敵対はしているけれどだからこそ相手を深く知ろうとしますからね。敵を知り己を知ればなんとやらと言ったところでしょうか。

「やっぱりどこか似たもの同士なんですね」

まあそのせいかどこか似ていると言うことを否定することができなくなってしまったのですけれどね。心を読まなくても分かってしまう。それが否と証明しようにも深く潜ればどんどん似ていると言う確証が深まってしまう。まあ割り切るしかないですね。誰だってどこかにいますよ。

「ちげえよそんなんじゃねえ。って前なら言ってたかもしれねえが、あながち間違いではないかもしれねえな」

あーやっぱり貴女もそう思いますか。

「手段が違ったらもしかしたら人並みに分かり合えたかもしれませんね」

 

「もしかしたらなんて言うんじゃねえ。アホくさい」

確かにもしの話なんてするものじゃないですね。

 

「ところで胸大きくなりました?前はぺったんこだったでしょう?」

少し話題を変えようとあえて気になっていた事を聞いてみた。偽物というわけではなくそれはどうやら本物らしい。正邪自身もかなり困惑しているようだった。

「ああ…なんか知らんが大きくなってきたんだ。下着が苦しいんで今は外してる」

取った栄養をほとんど消費していないからでしょうか?でもそう言うわけでもないような……まあいずれにしてもあのままでは元の下着は着れそうにない。

「下着一枚くらいならあげますよ。後貴女の服洗って補修しておきましたから」

一部ペットが人化したりしたときのために下着は各種サイズ揃えるようにしている。一応用意はしていたからすぐに持ってきたら何やら苦虫を噛み潰したような顔をされた。

「……気持ち悪いしなんか気分悪くなってきた」

 

「やっぱり天邪鬼は優しくすると弱るんですね」

というより相手に喜ばれる行為をすると自己厭悪で不快になる。優しくされると逆に気持ちが悪くなると言ったところだろうかな

「あたりめえだ。天邪鬼なんだと思ってやがる」

天邪鬼……これは思っていることを素直に言ったほうがいいですね。その方が彼女も気分が回復するでしょう。

「史上最強のツンデレ」

 

だけれど私の答えはどうやら彼女にとっては想定外かつあり得ないものだったらしく、少しの合間の困惑。そして怒りのために赤くなっていく顔と完全に踏み間違えたことを私に教えてくれた。

「はっ倒すぞ。断じてそんなんじゃねえ!だったらお前は最凶の性悪だ」

怒っているのか困惑しているのかぐちゃぐちゃな心で思ったことをポンポン言っているようですが……

別に間違ったことは言っていないあたりまだ余裕は残っているのだろう。

「そりゃさとり妖怪なんですから性悪で問題ないですよ」

むしろ性悪じゃない覚り妖怪なんてこいしくらいだろうか?でも彼女の場合は腹黒だからなあ。私が言うのもあれですが怒らせると清姫になりますね。

「嘘だああ‼︎お前みたいな性悪がいるか‼︎」

なんでそんな怒るんですか。訳がわからない。

「性悪で嫌われ者ですよ」

 

「嘘つけ。あんたが嫌われ者だったら全員嫌われ者だわ」

そうでしょうか?もしかして家族とか霊夢の反応見て言ってます?あれは除外ですよ。

覚り妖怪はその概要のみで真先に否定されるべき存在。そうでなければ私は今頃消失しているに決まっている。恐れられない妖怪は、存在意義がないですから。

そんなことを言っていたらご飯を食べ終わったのか正邪はお盆をベッドの端に置き、立ち上がった。

「いくのね」

 

「ああ、全くお人好しめ……感謝なんかしてやんねえからな」

 

「どういたしまして。では24時間の猶予を与えます。好きにしなさい」

そう言って部屋を後にする。この後彼女が泥棒を働いたりするかもしれないけれど私はそれを止めるつもりはない。盗まれて困るものはあらかじめ避難させてあるかそれ相応のトラップがついてる。触れたら絶対痛いやつだ。

 

「それじゃああんたが治める地底にでもお邪魔してやろうかなあ?」

へえ、だとしたら私と喧嘩をしたいと言うことでよろしいですね。流石天邪鬼…いや正邪ですね。本当に恩を仇で返そうとするとは。でもそれを否定しようとする貴女もいるようですね。

「争いなさい正邪。運命は雲の糸のように絡みついて離さないわよ」

 

「言われなくても分かってら」

それにしてもわざわざ地底に潜伏しようだなんてもの好きですね。

自ら檻中に入って行くようなものですよ。

まあそれでも良いのであれば止めませんよ。

 

部屋を後にしてから数時間後。再び部屋を訪れてみたけれど中には誰もいなかった。それどころか持ち出せるものは根こそぎ持っていかれていた。まあ布団とかそう言ったものばかりなのだけれど。

その上貸していた本を何冊か持っていかれましたけれどどれも大したものではないし魔術系のものでもないから見なかったことにしておく。

サバイバル術なんて本読んだところで意味ないと思うのですけれど。あれは現代生活を送っている人が読む本ですからね。

 

結局彼女がどこに逃げたのかは私はさっぱりわからない。まあ生きていればそのうち出会うだろう。

 

 

 

意外なことに紫からの接触は正邪を送り出した次の日にあった。

特にすることもなくのんびり家で体を休めていると、部屋に誰かの気配が入ってくるのを感じた。少しばかり様子を確認しているとその気配は私の後ろに移動してきた。

「失礼致しますさとり様。紫様からの使いでまいりました」

振り返ればちょうど顔のあたりに尻尾の先が触れた。九尾の狐が凛として佇んでいた。

「なんの用かしら?」

 

「お茶の誘いです。白玉楼で待っているとのことです」

どうやら私を断罪しに来たわけではないらしい。ただ、まだ油断はできない。別にバレたところでどうということではないけれど。

「それ今?」

しかし急な話だ。

「ええ…後半刻ほどで始まります」

時間もそんなに残っていない。まあ断るような用事もないし別に良いか。

「断るのも悪いし参加するわ。案内お願いできる?」

白玉楼のある冥界へは抜け道を使えば早く着くもののそれを知っているのは紫か藍さんだけなのだ。

「わかりました。では参りましょう」

そう言って騎士のように片膝をついて手を取る。どこの王子様だ。無駄に美形なので顔だけ見るとイケメン美女といったところか。

「エスコート上手くなったのね。吸血鬼達がいるから?」

 

「それもひとつありますが半分は私の趣味です。西洋の振る舞いというのもまた面白いものがありますからね」

西洋の…紳士の振る舞いなのですけれど。決して淑女がやるようなものではない。誰からの入れ知恵ですかね。ああ、咲夜さんと玉藻さんでしたか。

「でも貴女の振る舞いは紳士や男性が行うものよ?」

そう指摘すると意表をつかれたかのような顔をした藍さんが振り返った。

「……そうなのですか?」

 

「流石傾国の美女。男女問わず堕とすと言われるだけあるわね」

 

「そのようなつもりはないのですけれどね……」

 

「さすが天然タラシ」

 

「言い方がひどくなってませんか?」

実際幻想郷で何人も泣かしてきたじゃないですか。噂が地底まで来ているんですよ。イケメンの従者だけれど誑かしがひどいって。すでに何人もの少女が毒牙にかけられたと。


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