古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.238 鬼形獣(入獄篇)

空の青さというのはいつのまにか私にとっては眩しくて目を焼く忌々しいものに変わってきていた。

 

「……やはり私は妖怪か……」

 

貸本屋『鈴奈庵』にひさしぶりに顔を出しにいこうと地上に出てみたものの、人として自らを偽っている状態ではここまで軟弱なものになってしまうのかと非力さを痛感している。

人が人であるのをやめるのは体が変わった時ではなく心が人であることをやめたときだけれど、それもあながち間違っているところがあるのかもしれない。

まあそれでも感性だけはまだ人間に近いと私自身は思っているから良いのだ。

 

人里に入り込むに限って私は正体を隠すため、妖力を抑え込んでいる。通常妖怪が人に化けている場合でも妖力を押さえつけることはできない。妖怪にとって妖力は生命力の一種でもあるのだ。押さえ込んだらそれこそ仮死状態か冬眠だ。だから霊夢や魔理沙のような妖怪退治を生業にする者には人間に化けていても大抵の妖怪は正体がバレる。目に見えない力の流れでも鋭い人にはわかるのだ。

だけれど私にはいつの間にやら芽生えていた神力がある。

こちらによって妖力を完全に封じられても最低限…人並みの行動は可能となる。

髪の毛の色も透き通った青色に変え身長も関節を少し伸ばし高くすることでもはや私がさとりだと気づくことはない。

 

通り過ぎる人々からはちょっとだけ奇異な目線を向けられるが幻想郷じゃよくあることだと皆気にしていない。

ただ、時々思うことがあるのだ。

 

「自分がわからないですか?」

どうやら目の前にいた鈴奈庵店主代理には聞かれてしまっていたらしい。

「独り言よ」

「そうですか?それにしてはかなり大きかったような」

それは貴女が地獄耳なだけよ。

「初対面なのであれこれ言えることはないですけど…幻想郷じゃ自分探しの旅もできないですからねえ。自分が何であるのかなんて気にするものじゃないと思いますけど」

気にしたって結局は納得する妥協点に落ち着くだけだからと店主代理は私が頼んでいた本を持ってきた。

明らかに子供なのにも関わらずどこか悟っている目線だった。

「それもそうね……」

彼女の言葉にどこか納得しつつも、私はそれに納得することはできなかった。

それでもこの感情は妖怪に戻ってしまえば消えてしまうのだろうか?何ともまあ都合のいい思想だ。だけれどその都合の良さが人間なのかもしれない。

 

借りた本を手提げ鞄に入れてのんびり歩いているとそれは不意に現れた。

まるで何かを品定めしているかのような……それでいて何かを決めたような意思を持ちその魂はやってきた。

途端に体が重たくなった。妖怪であるからこそ人間よりもそれは堪える。

それがたとえ動物霊だったとしても変わらない。

妖力を纏えば平気かもしれないがあいにくそのような事はできない。街中で妖力を出せば数分もしないうちに騒ぎになる。

 

 

「……へえ……やるじゃない」

どうやらこの動物霊は博麗の巫女に取り憑きたいらしい。しかし博麗神社に普段から住んでいる彼女に取り憑くのは並大抵の事ではない。特に神社周辺の結界を突破するのはそのままでは無理だ。

だけれど人間や妖怪ならいざ知らず、私のようなさとり妖怪に取り憑くのは無謀すぎたわね。操られているふりをしながら手早く人里を抜け出る。だけれど歩みは博麗神社とは反対方向だ。

(あれ?)

操ろうとする相手がなかなか操れていないことにようやく気がついたらしい。少しだけ押さえておいた妖力を放った。

「今更?」

 

(どうしてッ貴様妖怪なのにっ)

 

「残念だったわね」

霊にしてみたらむしろ妖怪や吸血鬼と言った類の方が圧倒的に操りやすいその上性質上霊は妖怪の天敵だ。

 

それは、妖怪という存在が、この世のどの生き物よりも他者に依存した存在だからだ。

幾ら強靭な肉体や常識はずれの妖力を使い人間を簡単に殺戮できるほどの力を持っていようとそのエネルギーは人間の感情と信仰だ。

人間と同じく生きるためにはエネルギーを摂取しなければならない。

だから妖怪は、人間を襲い、神は畏怖と敬意を集めるのだ。

どんなに強大でも、どんなに姿形が異形だったとしても、妖怪は人間の存在がなければ生きられない。

人間の心の闇から生まれたと言っても過言ではない私達はそれゆえに他者から切り離すことができない。

それ故に、精神はむしろ人間より劣化している。悪霊や霊に乗っ取られるのが妖怪にとって死活に関わるのはそのせいだ。

 

だけれどそんな中にも僅かな例外は存在する。それが私達覚と言う種族だ。

むしろ精神力だけで言えば妖怪よりは頑丈だ。

それゆえに悪霊や霊に対抗することが可能となっている。そうでなければ旧地獄の怨霊管理なんてものができるはずがないのだ。

まあ、だからこそ怨霊を使って地上の妖怪を攻め滅ぼそうとしたら手を打てないと危険視されているところもあるのだけれど。だけれどそれは今のところ表立っては出ていない。

 

「残念だけれど貴方の企みは潰させてもらうわ」

 

妖力を元に戻し変装を解くことで、サードアイが再び機能を始めた。同時に流れてくる野望。なるほどそのような事を考えていたのですね。親玉は頭が良いのか悪いのか……いや結局は人間の業も原因の一つと言えるのかもしれない。

ならば余計にここで野放しにするわけにはいきません。

 

地底へ連行することにしよう。動物霊と言った類は悪霊とは異なるから勝手がわからないけれど、それでも地上よりかは遥かに安全な場所だ。

 

 

 

地上から連れてきたその動物霊は、しばらく私に取り憑いたままだった。私もそれを祓う術を知らなかったしそのようなことをする必要もなかった。

それでも流石に日を追うごとに動物霊が計画やらをいくつも頭に送り込むものだから気が散って仕方がない。それでも意識を向けないでおけばなんとかなる。

お燐は何か別の動物の匂いがすると言っていたがわけをどう話そうか悩んでいるうちに勝手に納得したらしい。

 

「……まあさとりが何に首突っ込んでいるのかは知らないけど危険な火遊びには突っ込まないでおくれよ」

 

「そういう気は今のところないから大丈夫よ」

実際そういう気はない。戻ってこない部下を心配して向こうの親玉がやってきたら紫を呼んで説教をして貰えば良いのだ。まあ、ほぼ確実に霊夢や魔理沙さんにそれとなく情報を流すだろうから直接手出しはしないと思うけれど。

ペンを動かしながらそのことをお燐に伝えると、どこか納得したようなそうじゃないような顔をしていた。

 

ちなみに少しして話を立ち聞きしていたであろうこいしもやってきて、どうせだったら潰してきちゃえばと言われた。

私をなんだと思っているんですか。

 

 

事が大きく動いたのはその二日後だった。

お燐が趣味の死体漁りから戻ってこないのだ。昔はよくあったものの、幻想郷が生まれてからはそんなことなかった。万が一ということもあったので、その日の仕事を午前で切り上げお燐を探すことにした。

 

 

仕事がひと段落しこれからお燐を探そうというタイミングで再びそれは思念を飛ばしてきた。

またであった。いい加減飽きないのだろうか?既に30回を超えている。おそらく思念に手間取っているうちに体を乗っ取る算段なのだろうが、覚にはそれは効かない。

(ふふ、いつまで冷静になっていられるかな?)

だけれどその日は少し様子が違った。

「……なるほど霊同士の念話ですか。私が睡眠をしている最中にして……そのことは起きるまでにさっぱり忘れていると。たしかに記憶に残ってもいなければ考えてもいない事を見つけ出すのは不可能。知恵は回るみたいね」

 

そこまで言うと、取り憑いている動物霊が姿を見せた。いや姿ならずっと見せていた。不可視の魂ではあるが力の流れでなんとなくわかっていたものだ。

逆に目の前にいるそれは、多少なりとも目で見える半透明な動物の形をしていた。

 

下手に妖力を浴び続けたその動物霊はその場に半ば実態を伴って浮いていた。いやいつまでも動物と呼んでいたら可哀想だ。

外見は狼。ならば貴女は狼だ。

 

 

 

「貴女の部下を預からせてもらったよ。当然心が読めるのならわかるでしょう」

 

「……ああなるほど理解しました」

動物ゆえに心を読まれることに抵抗はないようで、普段使うよりも素早く情報が流れてきた。

なるほど暗示を使って忘れていた事を実体化をトリガーとして思い出した……

手の込んだことをしますね。

しかし死体集めに出かけたお燐がなかなか戻らなかったのはそれが理由でしたかな

他の霊にお燐を襲わせて人質とする……いやはや全く合理性がない。

「……いつまで経っても動かないから実力行使に出たわけね」

貴女の親玉としては少し不本意なところがあっただろうけれど血の気が多いからか勢い任せに決行した節がある。

お燐はたしかに悪霊などには弱い普通の妖怪だけれどそれなりにここで生活しているのだから大丈夫だと思っていた。

いや普通なら大丈夫だったのだろう。状況を鑑みるに集団で狩りをする動物の霊にやられた可能性がある。悪霊や霊ならまだ違ったのだろう。あれは結局のところ人間の成れの果てであっていくら脅威であっても結束することはないし人間だったからこそ人間の常識に縛られているところがあった。だけれど動物霊は違う。

 

「本当だったら人間に解決して欲しかったけどこの際だから貴女でも構わない。詳しいことを話したいし物騒なそれをおろしてくれないかなOK?」

 

「OK!」

死体漁りに行く前にこの部屋に置いて行ってしまっていたお燐の銃をぶっ放した。これがないとお燐はスペルカードさえ半分ほどしか撃つことができない。

お燐…なんてものを忘れて行っているのよ。

まあ発射されたのは妖弾だし致命傷止まりだから大丈夫だろう。それに霊相手に妖力は通りづらいし。

動物霊の中ではまともに会話ができるタイプだったけれどまあ気にしなくて良いか。

しかしどうしたものか……私が解決に乗り出しても良いけれど、やはり人間の方が相性は良い。というよりこの戦いは人間に解決させるのが最も効率的だけれど……いや、ならばこのまま人間として戦ってみることにしよう。

正直彼女たちにとってみれば誰が倒そうと同じなのだろうし。ちょっとくらい誤差だ誤差。

「さて、本当でしたら私は八雲に連絡して事態を収集してもらうのが最もベストな選択なのでしょう」

撃たれた狼は半ば実体を伴ったままぐったりとしている。

「ですが八雲はめんどくさがりですし異変解決は巫女のスタンスを崩さない。なのでそちらの当初の思惑通りにことが進んでしまう」

貴女達は私を怒らせた。その落とし前はつけさせてもらわないといけない。

「取り敢えず案内よろしく」

 

「……」

あれ?もうへばったなんて言いませんよね?

動こうとしない狼を強引に引き上げる。

「そもそも最初の時点で貴女は他の霊に念話が出来るのであれば別の霊を霊夢や魔理沙に憑依させれば良かったんですよ?それをまあ…無視されることに切れて私的復讐込みとは……」

 

(あ……)

 

「冷静になってくださいよ」

 

 

 

「あれ?お姉ちゃん出かけるの?」

しれっと私の部屋にこいしがいた。今に始まったことではないけれど、流石に無断侵入はほどほどにして欲しいわ。

前に言ったよ?

 

それいつのことよ。

 

135年まえ?

 

毎回確認取りなさい。

 

覚えてたら取るねそれでお姉ちゃんどうしたの?

 

 

荷物を色々取りに来たのだけれど……あ、そうそうそこにあるケースとクローゼットの下よ。

 

「夜はいなさそうかな?」

帰れたら夜には帰ると思うけど……時間がかかりそうだし明日の朝までと言っておこう。

「ええ、明日の朝には帰るわ」

 

「ふーん……カチコミ?」

 

「そうよ。一緒にする?」

暇そうにしているなら手伝って欲しかったけれどこいしの答えはノーだった。

「今度別のところにするからパス」

いつの間にそんな約束をしたのやら。別に良いのだけれど……

「それじゃあ行ってくるわ」

 

「いってらっしゃい」

 




さとりキレる

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