私がここを出てから年単位で時間が空いてしまっている。人里がどのように変わっているのか全くわからなく不安であったが、実際に行ってみれば大してかわったところもなく私の記憶と大して変わらない日常がそこにあった。
「変わりませんね…」
私の家も、多少傷や屋根の劣化が進んでいるがあの時のままの状態で綺麗に残っていた。
これならすぐに生活できそうだ。
ルーミアさん自身は人里には入れないので一旦お別れ。そのまま天狗の長と何やらお話に行ってしまった。
何を話しに行くのかは分からない。大方ここら辺で住まわしてくれとでも言いに行ったのだろうか。
「立派な家だねえ」
「外見だけはですけどね」
こいしが来たことだし色々と追加しないといけなかったりもするが、今はこのままでも良いだろう。
中には小さく灯りがともっている。お燐が先についていたみたいだ。
「ただいま」
「お邪魔しまーす」
やや立て付けが悪くなった扉を開けて中に入る。私に続いてこいしが中に入る。それを待っていたかのように扉がひとりでに締まっていく。
「おかえりー随分と遅かったじゃないか」
すぐ後ろから声が聞こえた。
振り返ってみれば扉のところにお燐が立っていた。
「ちょっと柳君の家に行ってましてね」
こいしのコートを回収して綺麗に折りたたむ。
お燐が猫の状態になり私の頭の上に乗っかる。
全くこの子は…
「この家ってお姉ちゃんが建てたの?」
「いえ、改装はしましたけど建ててはいませんよ」
埃でも溜まっているかと思ったが室内はそうでもない。これならすぐに生活が可能だ。
これも萃香さん達のおかげなのだろう。後で酒買わないと…
(そうそう、さっきピンク髪の鬼が来て筍くれたよ)
ピンク髪の鬼って…名前覚えてあげましょうよ。茨木さんですよねそれ。
「茨木さんですね。すれ違ってしまいましたか…」
多分私達が戻ってきたのを聞きつけてすっ飛ばしてきたのだろう。
台所の方には取ったばかりの筍が数本置いてあった。
筍ですか…ある程度作ったら持っていってあげましょう。
「ねえねえお姉ちゃん。ひとつ聞いていい?」
筍を整理しているとこいしが服の袖を引っ張ってきた。
「ん?どうしたんですか?」
「鬼ってやっぱり怖かったり乱暴だったりするの?」
一瞬だけ不安そうな目を向けてくる。
そういえば鬼っていたら人間の感性じゃ恐怖と畏怖の対象でしたね。
「見た目が怖い場合もありますけど基本的には優しいですよ?鬼についてどう思ってるのかはわかりませんけど」
それでもこいしは不安そうな顔をする。そんなに鬼って畏れられてるんですね。結構すごいんだなあ…
「どちらにしろ鬼とは少なからず付き合う羽目になるんですよ。そう言うわけで、鬼のところに行ってきます」
(はいはーい。じゃあこいしと遊んでるねー)
「よろしくお願いしますね」
「そう言えば勇儀さんたちって今どこにいるんでしょうか」
普段どこでなにしてるかなんて全くもって知らなかった。
宴会でよく里の方にいるような気がしますけどずっと里なんてこともないでしょうし…
まあ、天狗の里に行けばわかるか。
里の入り口に降り立ちフードを取る。フードをつけていた方が管の露見がしにくくなるのですが、被りっぱなしだと不信感を相手に与えてしまうし視界が制限される。改善しないといけませんね。
天狗の里とか言われてはいるが実際には天狗以外にも色々な種族の妖怪がいる。
あそこで鬼と話しているのは河童だしあっちには半獣の妖怪もいる。
なかなか賑わっている。妖怪の山に住むヒト達は出入り自由にしているのでしょう。
お目当の人物を探しながらウロウロしていると鴉が頭の上で旋回していることに気づいた。
おそらく天狗の使い魔であろうその鴉は私の視線に気付き、どこかへ飛んでいく。
その動きは私を誘っているのだろうか、少し進んでは私を待ちまた少し進んでは私を待ちの繰り返しである。
そんな鴉に続くこと十数分。唐突に鴉が高度を上げてどこかへ飛んで行ってしまった。
ふと視線を前に戻すと丁度目線の先に彼女がいた。
「ようさとり。久しぶりじゃないか」
唐突に生えたような風貌を見せる一つの岩場に乗って朱色の酒器を掲げた女性。
爽やかな風が吹き彼女の長い金髪がふわりと舞う。
お酒の匂いに混じってほのかに香る桜の香り。
「久しぶりですね。勇儀さん」
私自身鬼とは接点が薄い気がしますが、なぜか向こうは私を覚えていることが多い。
彼女も、そんな私の偏見の中の一人であった。
別に悪いというわけではない。むしろ覚えていてくれることはありがたいのだ。
「都に行ってたんだろう?なんか酒の席で楽しめそうな話とか聞かせてくれよ?」
「早速それですか…相変わらずですね」
鬼ってどうしてこう酒と一緒なんでしょうか。ただ単に私のタイミングが悪いせいなのでしょうか。
「いやー、鬼から酒のぞいたらただの暴れん坊しか残んねえよ」
「鬼がそれ言います?優しさくらい残っててくださいよ」
「まあまあ、飲めって」
「飲めませんって…それにそこまで酔ってるんですか」
勇儀さんはかなり酒が入ってないと人に酒は進めない。逆を言えば進めたときは相当酔っている言うことだ。
「良いじゃねえか!馴染みなんだから」
これあれですわ。かなり厄介なことになってきましたわ。
早めに退散するとしましょう。ええ、それが一番です。
周りにいた天狗たちがざわつき始めた。
そりゃ何処と無く現れた見た目10代前半の少女が山を取り仕切ってる長と親しい仲のように話してるのだ。
「ところで、茨木さんと萃香さんは?」
「茨木は多分あっち。で…萃香の奴は…大江山に戻ってるよ。驚くだろうなあ…おめーが帰ってきてるなんてこと知ったら」
秒速で喧嘩しようぜと言ってくる未来しか見えないのですが…こればかりは苦笑せざるをえない。
茨木さんのところにでもいくことにしよう。
勇儀さんが指をさした方向に向かって歩き出そうとする。
「おいおい、待てよ」
だがそれは勇儀さんからの殺気でいともたやすく止められた。
首に冷たいものが当てられた時と同じ感覚が脊髄に伝わる。
「茨木のところに行く前に戦おうじゃないか」
「……そういえば貴方とは一度も拳を交えた事が無かったですね」
する気が無いんですけど。
「お、やるかいやるかい?」
ねえ、なんでそう鬼ってバトルジャンキーなの!私は平穏に暮らせればいいなあ程度にしか思ってません!それに私は強くない!強くないですから!絶対望むような戦いは起きませんって!
「えっと…茨木さんに挨拶してからじゃダメですか?」
「おいおい、私との勝負を逃げるってのかい?」
周りにいた天狗や河童が後退していく。ここからは本気でやばいのだろう。
「逃げれたら逃げますよ。そもそも私は妖怪の中でも弱い部類に入るんですから」
フードを深くかぶる。
踵を返しその場から立ち去ろうとした瞬間、理解するよりも早く私の体が回転していた。
すぐ目の前を青みがかった球体が通り過ぎていくのがブレながら映る。
「不意を狙うのはずるく無いですか?」
「あれを避けられておいて弱いってのは無いんじゃねえか?」
どうやら逃がしてくれないようだ。
勇儀さんの姿が視界から消えかける。動体視力が追いつかないみたいだ。
すぐ真横で殺気、反射的に身をよじらせる。
「私が持ってる盃を落とせたらお前さんの勝ちだ」
「いやいや、勝利条件なんて聞いて無いですって」
私の体があった空間を膝蹴りが通り過ぎていく。
だが安心している暇はない。すぐに拳ほどの結界を顔の前に展開。直後にものすごい質量がぶつかる音がして結界が砕け散る。
一歩遅ければ勇儀さんの拳を顔面に食うところでした。
何もない空間を蹴飛ばし勇儀さんとの距離を取る。
すぐに詰められる距離ではないと考えたのか盃を片手に勇儀さんがこちらに弾幕を放つ。
相手に反撃の隙を与えない連続攻撃、しかも中近距離を素早く切り替えて攻撃してくる…流石鬼の四天王。普通に戦っても勝てない。
弾幕を回避しながら策を練る。良くて引き分けってところでしょうか。あまり体に無理をさせることはできませんし…まあ多少の傷ならどうにでもなるからいいや。
お返しとばかりに妖力弾をいくつか撃ち出す。一発一発の威力はかなり低い。
だが簡易的な誘導がおこなえるようにはなっている。
「ッチ…」
誘導弾だと言うことに気づいた勇儀さんは攻撃を中止して回避に専念する。
高度な誘導は出来ないので割と簡単に回避されてしまった。
そのままぶん殴って衝撃を与えてくれれば良かったんですけど…そしたらスタングレネードみたいな付随効果が発揮されたのに…
地面を思いっきり蹴り飛ばし一気に加速。勇儀さんの懐に突っ込む。
刹那、右腕が持っていかれそうな感覚に陥る。
弾幕の所為で姿勢が安定しない状態にもかかわらず勇儀さんは拳を出してきたようだ。
回避は出来たものの右腕に当たったようだ。一瞬にして感覚が消え去る。
まあ構う時間もないのでそのまま勇儀さんに向けて蹴りを敢行。
「へえ!それでよく弱い弱い言えるな!」
私の蹴りは勇儀さんの左腕によって軽々と弾かれた。
鉄の塊を蹴ったみたいだ。右足が痺れる。
お返しと言わんばかりに二段蹴りが飛んでくる。
体をエルロンロールの要領で回し緊急回避。私の紫の髪の毛が数本空中に舞う。
遅れてきた衝撃波で体が揺さぶられる。この人頭狙ってますよ!怖いです。
ほぼゼロ距離で妖弾を連射、数発が勇儀さんの足元や肩に着弾。
「はは!そうこなくっちゃねえ!」
あまり効いていないそぶりで勇儀さんが何かの構えを取る。
ほぼ同時に溢れ出ていた妖気の量が爆発的に増加する。
本能的にやばいと感じ取り勇儀さんから離れる。
体勢が大きく崩れる。その隙を逃す勇儀さんでは無い。
あっという間にねじ伏せられ地面に叩きつけられた。
「がはッ!」
肺に入ってた空気が吐き出され、呼吸困難に陥る。
視界右側に拳が迫ってくるのが一瞬見える。結界が間に合い直撃は避けられた。
だが衝撃波までは防ぎきれず肋骨にヒビが入る。さらに二発目が飛んでくる。
結界は間に合わない。とっさに脚を折り曲げ真上に足の裏を晒す。
衝撃波があたりの木を揺さぶり折り曲げた膝が圧壊しそうな音をあげる。
まさか足で拳を受け止めるなんて予想外だったのだろう。彼女に動揺が走る。
すぐに腕を蹴り上げ地面を転がるようにして離脱。勇儀さんと真正面から向かい合う。
「へえ、面白いねえ…全力で殴ったんだけど」
心の底から楽しんでいるのだろう。満面の笑みを浮かべている。
少しだけ時間が稼げそうなので今のうちに腕の再生具合を見る。
表面の傷はまだ残っているが砕けた骨などは既に修復済みである。もう少しすれば戦闘でも使えるようになるだろう。
「…あのですねえ」
私が何か言おうと口を開くがそれより早く勇儀さんが間合いを詰めてきた。
とっさに腕をクロスさせ妖力を回して強化防御態勢をとる。
「っオラァ‼︎」
ほぼ同時にクロスさせた腕が殴りつけられる。急所への直撃は回避できたものの間髪入れずに二発目が腕にぶつかる。防げても衝撃を完全に殺すことはできない。私の身体は強力な運動エネルギーを受けて軽々と後ろに吹き飛んだ。
だが吹き飛ばされたエネルギーを利用しすぐに空中に飛び上がる。間髪入れずに後ろから弾幕の嵐。そして殺気の塊が追っかけてくる。正直言って目を離さなければ良かった。
弾幕を展開、追ってくる勇儀さんの動きを制限させる。私は妖力量が少ない。なので普通の弾幕と言うより殺傷能力ゼロの…当たっても泡がはじけた程度のものを発射している。
なのであれの突破口は簡単。自らぶつかっていけばいいのだ。
まあ常識的に考えてみんなあれを避けたがるんですけどね。
ただ、盃が無事かどうかはわかりませんがね。
卑怯だなんだとか言われるかもしれませんし今だって下にいる人達からは卑怯だなんだ言ってる人もいます。ですけど私は鬼じゃないですしそもそも正々堂々戦う気なんて元からないのだ。私の貧弱な体であの勇儀さんに打ち勝てと?無理無理、生身でVF-31と戦うようなものですよ。
ある程度高度を取ったところで反転、上下がひっくり返り頭が真下を向く。体に過重がかかり息苦しい状態がしばらく続く。
反転して突っ込んでくる私を見て迎え撃とうと勇儀さんも突っ込んでくる。
思いっきり地面を蹴飛ばしてジャンプしたためか地面が陥没してる。あれ直すのどうするのだろうか。
兎も角、妖弾を連射してとにかく私の間合いに入るまで攻撃をさせない。ついでに盃に掠ってくれないかなあ。
まあそんな都合のいいことは起きず、私と勇儀さんの距離は一気に縮まる。
回復したばかりの右手に妖力を込める。
勇儀さんの右腕が視界から消える。だが焦る必要はない。五感など元から頼りにはしていない。
ほぼ勘任せで右腕を振りかざす。
肉体同士がぶつかり合う鈍い音がする。同時に身体中を揺さぶるような衝撃に揉まれる。
右腕の骨が縦に潰れるような感覚が走る。
ようやく追いついた視界には、私の拳と勇儀さんの拳がぶつかり合い、私の細い腕が割れるように血を流していた。
一度治した腕をまた壊してしまうとは…
体の力を抜いて自由落下に移る。私の力が抜けたのを見て勇儀さんもゆっくりと地面に降りる。
さっきの衝撃で盃の中の酒は半分以上が溢れているようだ。まあ勇儀さんの言った条件には全く達していないので負けなんですけどね。
「……降参です」
だがこれ以上続けられても私が不利になるだけだ。それに私はそこまで戦勝ちにこだわってはいない。
「なんだよ。張り合いがねえなあ」
「無理やり戦いに持ち込んで置いて何いってるんですか」
私の唐突な降参にいつの間にか集まっていたギャラリーも不満の声が上がる。
「って言うか天狗さんたちはいつの間に集まったんですか?」
少なくとも私達の戦いに巻き込まれないように遠くから見ていた奴らとは違い完全に観戦モードになってる数人に声をかける。
「勇儀の姉御が戦い始めるあたりから!」
ほとんど最初から居たようなものじゃないですかそれ。
どこに隠れて見てたんだか…
「仕方ねえ、じゃあ引き分けだな…」
「なんでですか?私は完全に負けですよ」
「ああ、お前も私も勝利条件を達成することが出来なかったからな」
そういえば勇儀さんの勝利条件ってなんだったのでしょうか?あらかた、戦って叩き潰すってことでしょうけど。
時間にして数分くらいしか戦っていないがものすごく疲れた。
腕も使い物にならないし…一旦休むかとその場に腰を下ろす。
周りに集まっていた天狗たちがガヤガヤとしだす。
さっさと解散してどこかいってほしいのですけど…追っ払う気もおきない。
「お疲れ様」
私の前に、人影が現れる。見たことある服装とこの声…同時に首根っこを掴まれて持ち上げられる。
「茨木さん、お久しぶりです」
持ち上げられてちょうど高さの一致した顔に、微笑みを浮かべた茨木さんが映る。
「やっぱり隠したままなのね」
「まあ…言うべきものでもないですから」
「それにしても、またやってしまったわねえ。見ていて痛々しいわ」
垂れ下がった右腕を見ながら茨木さんが呟く。痛々しい?放っておけば治るのに痛々しいなんて感情起こるわけないじゃないですか。
「放っておいても治るので…それで、貴方は何の用ですか?勇儀さんみたいに戦えだったらお断りですよ」
まあ茨木さんに限ってそんなことはないでしょうけどね。
「知り合いが戻ってきたんだから少しぐらい一緒に飲んだっていいじゃない」
まあそうですよね……
「おいおい、私を置いて酒かあ?」
「あんたはさっきまで飲んでたでしょうが」
全く、私が思う以上に…変わらないものですね。
「ここが天狗の里かーなんかすごいね」
「くれぐれも暴れたり正体が露見する事のないようにしてくださいよ」
結局好奇心に負けたこいしはお燐に連れられてこっそりと姉の後をついてきていたようだ。
人間だった頃に見た建物とは全く違う作りの家や役人所。
背中に羽を生やしオーラだかなんだかよくわからないものを感じさせるヒト達。
全てが彼女にとって新鮮なものだった。
「わかってるよ。お燐は心配性だなあ」
「そりゃさとりがあれだけ危なっかしいからね」
こいしの護衛を名目についてきたお燐。だが彼女自身も里までは入ったことがなく、天狗がたくさんいるこの状況に戸惑いかけている。
「ねえねえ、お姉ちゃんはどの辺りにいるのかなあ?」
「そうだねえ…多分、茨木って言う鬼のところに行ってるんじゃないのかい」
「へえ…鬼のところかあ」
一瞬だけこいしの表情が曇ったのをお燐は見逃さない。
こいし自身鬼というのがどんなのかは全くわからない。ただ、よく言われていたのはかなり危なくて危険な存在だという事。今となっては偏見にしかすぎないのだろうが、その偏見を直すための経験をしてきてないこいしにとっては不安の塊であった。
そんな心中を察したのかお燐はこいしの手を握る。
「…?」
「手、繋ぎましょ?」
そのとたんこいしの顔が笑顔に変わる。周りが妖怪ばかりで怖かったのだろう。
向けられた純粋な笑顔にお燐の心は跳ね上がる。どうして跳ね上がったのかはわからない。さとりあたりならすぐに原因が分かるだろう。
しばらく二人で歩いていると何やら妖怪たちが集まっている一角が目に入る。
遠目に見ているとどうやら鬼と余所者の妖怪が戦っているのだとか。余所者と聞いて心当たりがあった二人はその集団の中に入り込む。
「あれがお姉ちゃん?」
かなり離れた位置で戦っているようだがその特徴的な色の髪はここからでもはっきりと見えた。
「あたいも本格的に戦ってる姿は初めて見るかなあ」
鬼と互角なことに驚きを隠せない二人。
しかも相手はあの四天王とか言われてるやばそうな鬼だ。
実際やばいのだが…
「って言うか鬼に会いにいくとか言ってたよね?」
「鬼に会いにいくってやっぱり戦うってことなんだねえ。さとりったらそんなに戦うの好きだったんですか」
あらぬ誤解であった。
そしてそれを訂正してくれる人もその場にはいなかった。柳あたり居てくれればなんとかなりそうなものだが…
不意に視界がぶれる。こいしは目にゴミでも入ったのかと思ったが違うようだ。どこかに行ってしまった姉と鬼を探してキョロキョロと見渡す。
時々金髪のようなものとさとりの紫がかった色がなんとなく打ち合っているのがわかるだけで本人たちを捉えることができない。
「すごい…追い切れない」
周りの妖怪達もさとりと勇儀の戦闘をしっかりと見ることは出来ていないようだ。
「お燐、見える?」
「あたいにもちょっと無理かなあ」
気分がハイになっていれば見れるかもしれないがお燐自身がハイになるなんて多分にない。せいぜい燃えるシチュエーションでの戦闘くらいだろう。
その後も戦っていたみたいだが不意に決着がついたようだ。
二人が地面に降り立つ。
すぐ近くまで寄っていた天狗たちが何やら騒ぎ出し、それにつられて周りの妖怪も歓声をあげたりしている。
「終わったのかなあ…」
「そのようですね。なにやらパッとしない終わり方でしたけど」
そんな会話をする二人の真横を一瞬何かが通り過ぎた。
こいしは気づかなかったようだがお燐は、隣を横切る妖気をしっかりと確認していた。
それもそのはず、つい数時間前にも感じたものと全く同じ妖気だ。気がつかない方が無理な話だ。
「あ…淫乱ピンク」
「こいし!何言ってるんだい!」