古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.16さとりの平穏

秋も終わりを告げ冬がだんだんと迫ってくるのを感じさせる。

北方の冷たい風が山肌を撫で、山が身震いする。

 

最初は戸惑ってたこいしもこっちの生活に慣れ始め、順風満帆とまではいかないがそこそこ平穏に暮らせていた。

元々人間であったからか人里での生活は全然平気であった。

 

逆にルーミアさんは人里には近寄れなかったりする。その為か闇の塊になってふわふわと山を飛んでいることが多い。

 

たまに私がご飯を持ってくると何処からか飛んでくる。自由奔放な事…

まあ、こうして家に篭って書物を読んでいる私が言えたことでは無いんですけどね。

 

この時代はまだ紙が高く本書はあまり流通していない。私が今読んでいるこれは不比等さんからもらったものだ。

 

「お姉ちゃんただいまー!」

 

さっきまでルーミアさんと模擬戦をやっていたこいしが背中に抱きついてくる。

本を読んでいた手を止めこいしの頭を軽く撫でる。

 

 

今回も手痛くやられたのだろう。首元に回された手には傷が痛々しく入っている。

その傷も再生が行われているためか少しずつ目立たなくなっていってる。

 

「おかえりこいし」

 

こいしが闘う練習をしたいと言いだしたのは茨木さんのところから帰ってきた翌日だった。どうやら私が戦ってるのを見ていたらしい。

ただ、妖力の操作すらおぼつかない状態ではどうしようもない。

最初は私とお燐がある程度教えていたのだが途中で参戦したルーミアさんが何を思ったのか私が教えるといいだしたのだ。

 

こいしも喜んでいたからルーミアさんに任せる事にしたのが数週間前。

今ではだいぶ戦闘にも慣れてきたようで大きな怪我をしなくなってきた。

 

「着替えなら用意してあるわよ」

 

「うん!わかったー」

 

パタパタとした足音が奥の部屋に消えていく。

 

 

時を待たずして猫の状態のお燐が窓から入ってきた。

 

 

 

(さとり、天狗が来てるけど)

 

はいはい冗談はやめましょうねお燐。

私は何もせずゆっくり人生を謳歌してるのですよ。天狗が来るわけないじゃないですか。

外に柳ともう一人がいるなんて事あるわけないですよ。

うん、あるわけない。

 

「おーい入るぞ」

 

柳君の声が聞こえる。読んでいた本を閉じ対来客用の羽織を着てサードアイを隠す。

 

心が見えなくなり一瞬だけ視界と聴音がぶれる。

 

「さとり、邪魔するぞ」

 

あのですねえ柳君、人の家に勝手に入っちゃダメですよ。まだ許可なんて出してないじゃないですから。

 

「柳君?人の家に勝手に入るのはやめてくれないでしょうか?」

 

「どうせ暇なんだろ?」

 

いや暇ですけど…

なんかこう、いきなりこられてもねえ……

 

柳に続いてもう一人も入ってくる。

人に化けるためか色々とごまかしているが身のこなし方から鴉天狗とわかる。

 

「あ、犬耳の人」

こいしが奥の部屋から顔をのぞかせる。こちらも来客時対応用の服を着ている。

 

「こいし、ちゃんと名前覚えなさい。後そういうことはあまりしないの」

 

柳君を見つけたこいしが突進…抱きついて尻尾を撫で始める。

凄くうらやましです。

……ってそうじゃなかった。

 

「あー…気にしなくていいよ。気持ちいいし」

まんざら嫌でも無さそうに柳君が許可をする。

そのまましばらくもふもふを堪能していたこいしはちょっと待っててーと言って屋根の上に行ってしまった。

 

「で、本日はどのような要件で?」

 

「お前さんを取材したいって聞かない奴がいてな」

 

柳君が隣に座っている天狗の方を見る。

見た目は十代前半。短髪の黒髪、赤い帽子みたいなやつがちょこんと乗っている。見た目的にはまだ幼いく、比較的小柄な柳君より少しだけ小さい。だが天狗としての風格は既に出ている。それなりの実力を持っているのだろう。

 

 

 

「どうも!清く正しい射命丸です!」

 

全然清く正しくなさそうなのがきた。いやさ、わかってましたよ。

なんとなく見覚えがあったんですからね。

それにしても…記憶にある文よりかなり小さいですね。

座り方や位置、身のこなしから見ても柳君より身分は下…

まだ若いのだろうか…

 

「取り敢えず妖怪をしてます。古明地さとりです」

 

紹介が終わったところでお燐がお茶を運んできてくれた。

正直言ってこの人に正体がバレるのは厄介だ。

 

 

「それで…射命丸さんは何用でこちらに?私なんてそこらへんにいる虫とかと対して変わらない気がするのですが…」

 

「いやいや、そこまで卑下しなくていいですよ!」

 

「あー急に来てしまって悪いが、巷で噂のあんたを取材したいって聞かなくてな…すまない」

 

突っ込みを入れ射命丸とすまなそうに謝ってくる柳君。別に柳君が悪いってわけでは無いんですけど…

 

「と言うか私って噂になってるんですか?」

 

「ええ、あの萃香さんと勇儀さんと引き分けまで持ち込める名の知れない妖怪、その上人里で自ら生活していると」

 

「だからわざわざここまで来たんですか?」

 

私に取材を申し込むためだけに人間のホームにわざわざくるとは…大胆ですね。

 

「お願いします!」

声が少しだけ上ずっているのと手が小刻みに震えているのを見る限りだいぶ緊張しているのがわかる。

おそらくまだ取材慣れしてないのか…またはあがり症なのか。

 

 

「うーん…まあ断る理由は無いですけど…お燐はどう思う?」

 

「あたいに話を振られてもねえ…」

 

まあそうですよね。普通はそうですよね。私と見せかけてお燐の取材に切り替えるなんて普通できませんよね。

ですけど射命丸さんもなんだか緊張しちゃってるし…初取材なのでしょうか。だとすればここで断ってしまうと印象は悪くなるし彼女だって悲しむ。だがある程度信頼関係がないと大した返事も出せない。

正直な話私は取材されるのもするのも嫌。

重たい空気が流れる。

 

「なになにー?取材って?」

 

ふと窓の外から声が聞こえる。振り向いてみると宙ぶらりんになったこいしが何かを持ってきていた。

 

「あやや、妹さんですか」

 

「そうだよー!私はこいし!」

 

そのまま部屋の中に飛び込んでくるこいし。右手には大きな鮎が数匹、紐に巻かれてもがいていた。

まさかあの短時間で鮎を捕まえてくるとは…

 

「お姉ちゃんお姉ちゃん!はいこれ!」

 

そう叫んで鮎を私に渡してくる。えっと…それ二人に渡すためにとってきたのでは無いのですか?

 

「まさか、調理よろしくということで?」

 

「そうだよ!」

 

まさかの調理よろしくって事でしたか。

ふふ、なるほどです。

 

 

あ、お二人さん帰ろうとしなくていいですからね。ちょっと時間かかりますけどご飯くらい食べていってください。

 

何やら帰ろうとする二人をこいしと私が引き止める。

心が読めなくてもなんとなく考えていることはわかるものだ。

特にこいしは表情が豊かで無邪気だから分かりやすい。ただその反面あの子は傷つきやすい。それでも私よりはマシである。

 

「お燐、ちょっと手伝って」

 

「はいはい」

 

 

 

 

「もーお姉ちゃんったら硬く考えすぎ」

 

「いえいえ、無理に押しかけちゃったのはこっちですしいきなり取材協力を申し込んでもああなるのが普通ですよ」

 

居間からこいしたちの話し声が聞こえる。

こいしが変なこと言わないかどうか心配だけど…大丈夫でしょう。

 

 

取り敢えず私はこっちに集中しなければ…

ここら辺の川は綺麗な方だから臭みもないしこのまま刺身にでもしてみましょうか…でも数がちょっと多いですし何匹かは甘露煮にしたりしても美味しくいけますね…うん。

 

「お燐、鮎つまみ食いしちゃダメですよ」

火を起こしているお燐に注意する。一瞬だけ手元がぶれたのを見逃すほど私の視力は劣ってない。

「し、してないよ〜」

 

騙されませんよ。鮎の尻尾が見えてますから。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくしてから完成した料理を持って居間に行く。

 

「それでね…あ、料理できた?」

 

「ええ、それにしても仲良くなってるみたいですけど?」

 

私が料理をしている合間にだいぶ仲が良くなったみたいだ。

ここまで純粋に人と仲良くできるのはすごい。

本当、こいしにとって私から受け継いだこの能力は邪魔なものでしか無いのね。

 

「美味しそうな料理ですね!」

 

「お姉ちゃんの料理は見た目綺麗だし美味しいんだよ!」

 

あの…こいし。射命丸さんの背中におぶさるのはやめてあげなさい。どうみても困ってますよ。

 

ん?どうして射命丸さんは顔が赤いのでしょうか?

 

まあいいです。冷めないうちに食べましょ

 

「あーすまない。私は一旦帰る」

 

柳君がすまなそうに立ち上がる。

どうしたのでしょうか。まさか門限とかがあった?

 

「嫁さんが待ってるだろうし…もうすぐ産まれるかもしれないから…」

 

「なるほど、お幸せに」

 

そう言えば結婚していたのでしたね。へえへえ、別に良いですよ?私が何か言えるわけでも無いですし。

 

柳君を見送ってから食卓に戻る。

なにやら射命丸さんとこいしが抱き合って震えているようですけど何かあったのでしょうか?そこまで寒くは無いと思うのですけど…

 

「お姉ちゃんの負のオーラが怖い」

 

あらら、知らない合間に怖がらせてしまってましたか。

すぐに気を落ち着かせる。

これで多分大丈夫なはずですけど…

 

「気にしないで…ご飯食べましょ?」

 

落ち着いた二人と呆れる一匹がそそくさと動く。

 

 

 

 

まあ言ってしまえば、食事の時ほど打ち解けやすい空間はない。

最初は会話が弾まなかった射命丸さんですが、だんだんと表情が自然になってきた。

彼女は根はいいのだろう。私はなんだか偏った知識でしか知り得ないヒトですのでなんとも言えないのですが…こいしがあそこまで懐いているのだ。多分大丈夫。

 

 

「ある程度の質問になら答えてあげます」

 

食事も終わり、食器を片付けている合間に一通りの事は決めた。

 

 

「本当ですか⁉︎ありがとうございます!」

返事をもらえず断られるのでは無いかと思っていたのでしょうか。なんとも言えない表情がパッと明るくなった。

 

「後、敬語とかは要らないわ」

 

「それじゃあお言葉に甘えて…」

 

それから文が私の家に泊まる流れになるまでそう時間はかからなかった。

 

「そう言えば文は取材とかって初めてだったんでしたっけ?」

 

「ええ、今回が初めてなんです」

 

なるほど…だから普通は声がかけづらいであろう私を取材しに来たのですか。私を取材できれば実力を認めてもらえると…

 

選択としては間違ってはいないのだろう。

事実私の存在が変に噂されてしまっているのは事実であるし…

今度から気をつけて行動しないといけませんね。今更遅い気がしますけど

 

 

 

 

 

「文ちゃん!布団の支度できたよ!」

 

「もう…何があってそんなに仲良くなったのか…」

って布団二つしか敷かれて無いですよね。まさか私の分は無し?

 

「お姉ちゃんのは隣の布団だよ?」

 

あれ、そしたら貴方の分は…

 

「ん?お姉ちゃんと文ちゃんの間だよ?」

 

それを聞いた途端急に射命丸さんが赤くなった。

どうしたのでしょうか?そう言えばさっきお風呂入ったらどうですって言った時もこいしが体洗うねとか言って一緒に入ってましたっけ。

直接みてはいませんけど結構楽しんでいたみたいです。特にこいしが。

ただ射命丸さんの体を洗いに行っただけなのにどうしてあそこまで楽しめたのでしょうかねえ。後でお燐の記憶でもみて何があったかみておきましょう。

サードアイがばれないかどうか私はヒヤヒヤでしたけど。

まあこいしにとっては初めての友達なわけですし…多少のわがままは許してあげますか。射命丸さんもそこまで嫌がっているわけではなさそうですし

 

 

「あの、ここまでしてくれてありがとうございます!」

 

「気にしなくていいんですよ。ほとんど私達のお節介みたいなものですから」

 

 

さて、時間が時間ですし射命丸さんも眠気が表情に現れ始めてます。これ以上無理をさせるのも悪いですから寝かせてあげましょう。

 

布団に入った二人は最初こそガサガサと落ち着かなかったが、直ぐに二つの寝息が聞こえてきた。

しばらくそこら辺に転がっていた私も自然と意識を手放していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

どうも朝起きてからテンションが上がらない。

たまにある事なので大したことでは無いのだが、今日は来客がいるのだ。

射命丸さんに迷惑はかけられないので朝早くですけどちょっと気分を落ち着かせるために山の中を歩く。

 

うーんまさか鴉天狗とも接点が持ててしまうとは…人生何があるかわかったもんじゃないですね。

大体は私が引き起こしたことが原因なんですけど

 

昨日のことをポヤポヤ思い出しながらしばらくあてもなく歩いている私ですが、ふと我にかえるとここどこだって事がよくあるわけです。

そういうときは大抵私が何か気になるものを見つけたときくらいでして今回もそんな感じでした。

 

ふと、草木の中に石の塊らしいものを見つけた。

それ自体は珍しいものでも無いのだが、なんとなく気になった私はそれに近づいてみる。

近づいてみるとわかったのだがどうやらこれはお地蔵さんみたいだ。

 

ここに置かれてからだいぶ経っているのか苔や草で覆われ台座は埋まって傾いていた。

 

こういうのを見てると綺麗にしたくなってしまう。

苔や草を払い落とす。地蔵本体がしっかりと見えるようになる。

まあ落書きまみれの酷いことなんの…長年放置され続けたのでしょう。

このままの状態ではなんだか申し訳ない気がして墨を落とすことにする。幸い墨自体は簡単に落ちてくれた。

 

 

「あのー…」

 

「今作業中なので後にしてくださいね」

 

地蔵の裏手から少女が一人出てきたがあいにく構っている余裕はない。

一旦地蔵を持ち上げて下の台座を露わにさせる。

破損している箇所は見当たらないが長年ほっぽらかしにされて埋まりこんでしまっている。

埋まりかけていた台座を元に戻しその上に地蔵本体を乗せる。

 

後は周りを綺麗にして飲み物でもお供えしておきましょう。

 

 

「……で、どちら様でしょうか?」

 

先程から作業する私の後ろに立つ少女へ目線を向ける。

少女というと語弊があるかもしれません。多分見た目少女、中身は…なんでしょうこの気?

妖怪とも言えないし神力とか霊力とも違う。

 

「…私はそこの地蔵です」

 

「ああ、お地蔵さんでしたか。これはこれは初めまして」

 

お地蔵さんにも魂みたいなものが宿るんですね…あ、でもこの姿は付喪神みたいなのではなく、お地蔵さん自体に込められていた意思の塊というかなんというか…一個体の魂という訳では無いみたいですね。

 

「色々としてくれてありがとうございます」

 

「お礼をされるようなことはしてないつもりですけど…」

 

「謙遜しなくてもいいんです。あなたの行為は立派な事ですよ。これで普段から周りのことを考えて……」

 

あ、これ長くなりますね。

少し疲れたのでその場に腰を下ろして休憩。あまり長い話は好きでは無いのですけど…

私の願いも虚しく隣に腰を下ろした地蔵さんに数分ほど説教に近いものを聴かされることになった。

 

「それで、どうしてここにお地蔵様が立ってるんです?」

 

話の切れ目を使って直ぐ話題を転換させる。正直放っておいたら話し続けてしまってそうだ。

 

「……だいぶ昔になりますけど…ここはもともと道だったんです」

 

そうですか…ここに道があったんですか。そう言われてみればちょうど目の前を横切るように獣道みたいなものがあるのに気づく。冬の到来を前に草木が減ってるにも関わらずこのような状態では獣道ですら怪しいのですけど…

 

「まあ私自身もそこまで目立ったところに立っていたわけでは無いので忘れ去られてしまうのも無理はなかったんですけど…」

 

なんだか言葉がよどんで来ている。愚痴にしてはなにか悔しいというか…憧れていることが叶わないのを軽く嘆いているような雰囲気が出ている。

 

「そうですか…他人に同情はしたく無い性格なので御愁傷様としか言えませんね。ところで、地蔵さんは夢とかそう言うのって持ってるんですか?」

 

「……私は、閻魔になりたいんです」

 

「閻魔ですか……」

 

地獄の裁判長とはよく言ったものです。

確か閻魔というと10人で裁判をやりくりしていたはずである。

それになりたいと言っても出来るのだろうか…確か人手が足りなくなったとかで途中採用みたいな感じに何人か閻魔にしたのだっけ…四季映姫などはそのときに閻魔になってるから…ん?

 

「ところであなたの名前は…」

 

「……そうですね…前は名もなき地蔵でしたけど…今は四季映姫と名乗ってます」

 

やっぱりだった。

 

「もしかして人の善悪とかって気にする方ですか?」

 

「まあ…地蔵ですし、地獄で裁判を受けるときになってからではもう何もできないですから…せめて生きているうちに行動を改めてもらったりして欲しいっていうのは本音です。一度道を踏み外してしまえば戻るのは大変なことですし」

 

ほんと…根は悪いわけでは無いのだろう。ただ説教が長いだけで…

 

「まだ名前を聞いてませんでしたね」

 

思い出したかのように映姫様が聞いてきた。

どうしましょうか…別に地蔵様なら隠す必要もないし隠したら隠したらで面倒なことになるでしょう。

 

「そうでした。では改めまして、私は古明地さとり。ちょっと色々あってさとり妖怪をしています」

 

「なるほど…さとりさんですか。…その眼を隠していたのは心を読まないようにするためだったのですね」

 

あらら、この眼の存在がバレてましたか。

 

「お恥ずかしながら、人の心を読むのが怖い出来損ないであります」

わざとらしく遜った言い方になる。

 

「人には好き嫌いがありますし貴方のその行いが一途に悪いとは言いません。ですが、隠し事をするのは良くありません。早かれ遅かれ隠し事などバレるものです。だから早めに周りに言っておきなさい」

 

 

「心に留めときます」

 

 

 

「あれ?さとりじゃん」

ふと頭上から声が聞こえた。

釣られて顔を上げてみると重そうな荷物を抱えた秋姉妹がふわふわと浮いていた。

同時に一陣の風が枯葉を舞いあげる。同時に隣から気配が消える。

人見知りってわけでも無さそうなのですが……まあヒトにはヒトの考えがあるんでしょうね。

 

「秋さんと秋ちゃん」

 

「わけわからなくなるから下の名前でいいよ」

 

そうですかと返事をしながら立ち上がる。程よく休憩できた体はなんだか軽い気がした。

 

 

暖かくなって寒くなってをほとんど変化なしに繰り返していく。妖怪であり基本的に寿命が無いためだんだんと時間感覚が麻痺してきた。

ただし人間としての時間感覚は健在なようでふと数年前が数日前に思ってしまうなんて本人しかわからないようなアクシデントもしばしば。

流石に100年も経って姿が変わってないと知れば里の人は妖怪だと気付くが、別に害をなすわけでもなく逆に仲良くしようとする妖怪には寛容な里の方針に幾度となく助けられた。

一応妖怪に襲われたりしている人を助けたり里に攻めてきた妖怪を追い払ったり程度はこちらもやっておいた。

まあやりすぎると天狗に睨まれるのでほどほどにではあるけれど…

とまあ、そんな感じに過ぎることはや100年、今年も蝉が五月蝿く鳴く季節がやってきた。

 

「お姉ちゃん暑い…」

 

「天候に文句言っても無駄よ」

 

本日何度目になるだろうこのやり取り。真昼間から部屋で脱力している妹を尻目に作業を続行している。

 

「あたいも暑いです」

 

「貴方の場合猫に戻って水でも浴びればいいじゃないの」

 

「……私も水浴びたい」

 

「人ひとり分の水は流石に汲んで来ないと無いわよ」

 

あああと、こいしのうめき声が聞こえる

 

お燐もこいしも少しは我慢できないのだろうか。確かに今年の夏は普段と比べて暑いのだが…

まあ今作っているものが出来れば多少楽にはなるはずですけど…あ、氷足りないや。

……まあいいか。

 

「ねえ窓開けていい?」

 

「ならコートを着なさい」

 

「えーー…だってあれ暑苦しいんだもん」

一応夏用に半袖のコートは作ってある。

ただしあれらはサードアイを隠すことが最優先事項であり通気性が絶望的である。

一応半袖にしてなんとなくラフにしてはあるのだがここまで暑くなると嫌になる。私だって着たくはないが、着ないと外に出れないのだから仕方がない。

 

窓を閉め切ってしまっている私にも責任の一端はあるのだが…今度風通用の窓とか作りましょうかね。

 

 

その後しばらくの合間暑い暑いと文句が垂れ続けるのを聞きながら手元の作業をやめない。

すると無言になった部屋からガサガサと布がこすれる音が二つほど聞こえる。

何をやっているのか気になったもの火元の管理中なのでなかなか手を離せない。

 

「いやーこうすればよかったね!」

 

「ですね…まあ、あたいは猫だから元の姿に戻れば多少は楽になるんですけど」

 

大体煮詰め終わったので火を消してしばらく冷ます。

 

「さて、あとは冷ますだけですけど…」

 

二人の様子を見るため襖を開ける。台所にこもっていた熱気が一気に流れていく。

 

「………」

 

床に寝っ転がっているこいしと目が合う。同時に眩しい限りの笑顔を向けてきて……

すぐに襖を閉める。

 

 

「ちょっとちょっと!なんで閉めちゃうのさ!」

 

「あのねえ…いくら暑いからって下着姿になって良いと思ってるの⁉︎あとお燐も注意しなさい!」

 

「いいじゃん!家なんだし!」

 

よくないよくない全然良くない!って言うか十何年前も同じことしてたよね!

服律儀に畳んでおいておくのは褒めるけどそれ以外やってることが変質者と変わってない。

 

 

「はあ……今冷やした葛きり出しますからすぐに服を着なさい」

 

はーいとめんどくさそうな返事をして緑がかった銀髪がゴロゴロと揺れる。

まあ暑いので大目に見てあげますか。

私も汗くらいは拭かないとまずいですね。

 

「……こいし」

 

「今度は何?お姉ちゃん」

 

「それ、私の服」

 

「知ってるよ。だって汗掻いちゃって気持ち悪かったんだもん」

 

まあ別に良いんですよ。サイズ的に同じくらいなのでね。

ただそれ着られると私の予備の服が無くなるのですけど…

 

「んー!美味しい!」

 

服のこと考えてたら先に食べられてた。

それにしても美味しそうに食べてますね。まさかお皿を二つも…あれ?二つ?

 

ものすごい嫌な予感が走る。いやいやちょっと待て。それはお燐が食べたやつって可能性もある。だから私の分もちゃんと…

 

お燐の方をちらりと見る。

もちろんお皿を大事に抱えながらがっついてる。

 

 

「……」

 

あれー?ちょっと待ってくださいよ。じゃあ私の分のお皿は?持ってきたはずなのですけど…

 

「こいし……私の…」

 

「え、あ……」

 

気づくの遅くないですか⁉︎というか無意識だったんですか⁉︎

 

「……まあ食べちゃったならいいです」

 

言ってももう戻って来ませんし…それにこいしが喜んでくれたならいいや。

 

体を横にしてなんとなく天井を見上げる。

こいしと過ごすようになってから100年……さすがにもうこいしも妖怪に慣れたわよね。

 

最初の数年は本当に色々あった。

こいしの中で妖怪の気と人間の気が噛み合わずずっと情緒不安定だった。

それに拍車をかけたのが中途半端に受け持った私の記憶の一部だ。特に前世の記憶。

どうやら妖怪化した時に記憶や感覚の一部がこいしに譲渡されたようだ。そのおかげで余計に妖と人の精神が対立してしまったのだ。

この辺り誤算だったなあと思う。

 

夜中に何度も呻いてたし苦しそうだったのをみるとほんとこっちまで苦しかった。ただあれだけはこいし自身しか解決することは出来ないので私はどうしようもできなかった。

 

 

まあこうして元気に過ごせていることだからいいか。

 

 

 

「なんか…さとり以上に自由奔放になったねえ」

 

「……私ってそこまで自由奔放でしたっけ?」

 

お燐にそう言われるとは…心外です。

思い当たる節がないわけでは無いのですが…最近はおとなしくしていますよ?

 

「自由奔放だし結構トラブルメーカーだよねお姉ちゃんってさ」

 

「え…ひどくないですか?」

 

こいしの一言ってかなり心に刺さるのですけど…いじけちゃいますよ?いじけちゃっていいんですか?

 

なんとなくいじけたアピールで二人に背を向け魔導書を書き始める。

いつもの流れだったりするしもう二人とも分かっているのでなにも言ってはこない。

魔導書と言っても書いてあるのはほとんど妖力を元にしたやつだ。私自身魔力は使えないし一回習おうとして欧州まで頑張って行ったは良いもののセンスが無いらしくダメだった。

ただしこいしは鍛えれば結構使えるらしく一応基本概念みたいなものは覚えて帰ってきた。

今書いている魔導書もこいしが使う為のものだったりする。

 

こいしは私と違い元人間であり霊力と魔力の両方を一応使えるのだとか。

ただし使うのはいいが使うまでのプロセスが上手くいかずに使えないようで、失敗ばかりだった。

そこで登場するのが魔導書だ。

 

仕組み自体は簡単だ。あらかじめ紙に発動プロセスを入れておけば後はそこに魔力を流し込むだけ。これだけで簡単に魔術が執行可能になるのだ。ただしページを開いたり詠唱したりとタイムラグが大きく万能というわけではない。

なので大抵の魔法使いはこれらのプロセスを暗唱するかあらかじめ体に仕込んでいたりする。別にそこまで本格的になる必要はないしこいし自身もめんどそうだったのでやらないが…

 

それじゃあ私ではなくこいしが魔導書を書くのではと思うがそう言うわけにも行かなかった。

 

こいしが作ってもうまく発動しないのだ。

まあ本人が起動プロセス自体作れないと言ってるのに紙にそのプロセスを書くなんて無理な話なのだが…

 

色々試した結果私が書いたやつが一番使い物になるらしいのでそれ以来私が魔導書を書くことになったのだ。

 

「お姉ちゃん今度はどんな魔法書いてるの?」

 

「貴方が前に言っていた広範囲攻撃型の物と高速回復のやつをいくつかね」

 

「そういえばずっと思ってたのですが、さとりって魔力が無いのにどうして魔導書を書けるんですか?」

 

「書くだけなら起動式の法則を覚えれば簡単に出来るのよ」

 

高度な魔術使いになるとその場ですぐに起動式を組み速攻で打つことが出来るのだとか。

 

「お姉ちゃんいつも使いやすくて効率がいいやつすぐに作ってくれるよね。そう言うところがすごいと思うよ」

 

「そうですか?」

 

そんな感じで炎天下な昼間が過ぎ去っていく。日が傾いてくれれば涼しくなってくれると思うのですけどね。

それにしても甘いの食べたかったなあ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?甘いものが食べたくなったから私のところに?」

呆れたと言わんばかりの視線を向けてくる映姫を他所にお菓子を頬張る。

 

あの後早めに魔導書作りを切り上げ、映姫さんのところで愚痴ったり愚痴られたりしているところだ。

あれ以降、隣に休憩できる屋根付きの建物やなんやらを設置しておいて自然と妖怪や人の流れを作ったりしている為か、自分で言うのもなんですけど良好な仲ではある。

少なくとも普段の愚痴を聞く程度には良好だと思う。

 

「それもありますけど、別の用もありましてね。あ、食べます?」

 

「……いやそれ私のですけど…まあいいです。この季節は特に足が早いですから消費してくれるなら消費しちゃってください」

 

首を振って返事をする。

霊体に近い本人はお供え物をされても食べられないのでこうして人が来るたびに渡しているのだとか。

 

「…前々から思ってましたけど食事量と1日の消費量が釣り合ってないんじゃないですか?」

 

「なにを唐突に……」

 

「前にあった時よりだいぶ痩せた気がします」

 

そう言われるとなにも言い返せない。

映姫さんがわざわざ嘘をつくわけないしついたとしてもそんなしょうがない嘘をつく人ではない。

 

「……最近胃が弱りましてね…」

 

 

「体に気をつけないとダメですよ?わかってると思いますけどあまり無茶をし過ぎて倒れてしまっては周りに迷惑をかけるだけですし」

 

「わかってますよ。だからこうして食べてるんじゃないですか」

 

本当は牛肉とか豚肉とかあればそれ使って焼肉とかでもやってみたいのですけどまだ食文化として存在しないせいで肉自体が手に入らないんですよね。

まあいいんですけどね。

 

 

出された御菓子の最後の一つを口に入れる。

 

 

 

「さて、そろそろ私は行きますね」

 

「本当に食べに来ただけだったんですか…」

 

「……?他に何かありましたか」

 

「いえ…いいです」

 

なんだかよくわかりません。別に気にすることでも無いですし別にいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れ始め多少暑さも和らいできた。陽の光が辺りを赤く染めあたかも異次元に迷い込んだかのような感覚に陥る。

山道を歩くごとに聞こえてくるひぐらしの鳴き声と荷物を持った私の足音が響く。

この時間は既に人間にとって危険なもの。私達にとってはなんでもない時間。

残っている熱気がコートの中にまとわりつき余計に温度を上げている。

 

本当は飛んでいくのが早くて確実なのだが、やっぱり木下の方が涼しい。

それに夏の山というのもいつ見ても飽きない。青々と茂った草木。花や紅葉とはまた違った色合いと趣を見せてくれてそれらが夕日と相まって幻想的になる。

そんな景色に見とれながらものんびりと足を進める。

 

夏に入ってから久しぶりに天狗の里に顔を出すことになった。

原因は使い魔の鴉がひょこっと軒先に現れたことからだ。詳細はわからないがこんな私を呼び出すとしたらどこかの鬼達か一部の天狗くらい。大体のことは察しがつきそうなものだ。

 

 

爽やかな風が一転。急に強い風に切り替わった。

同時に目の前に二人の犬耳…違った。白狼天狗が降り立つ。

 

「ご無沙汰してます。これ、差し入れです」

 

荷物を白狼天狗に渡す。一応中身は昼間作っておいた葛切りだ。

ほんと、なんで葛切りはこの時代に無いんでしょうか。こんなに美味しいのに…ねえ?

 

「いつもありがとうございます」

 

「いえいえ、暑い中も頑張ってるんですからね」

 

本当にそうである。いくら三交代制とは言え暑い中での警戒は想像以上に体力を使う。それに剣と盾と短刀といった兵装の重量もあるのだ。私なら絶対やりたくない仕事である。

 

「そういえば今日は誰かに呼ばれたんですか?」

 

「ええまあ…ちょっと呼ばれました」

 

妖怪の山の住人ですらない私がここに来る理由なんてあまりない。

私だって人里での生活で満足しているのでこっちに顔を出すことなんてほとんどない。せいぜい祭りか宴会の時に呼ばれるくらいだろう。

それなのに催しもなんもない日にひょっこりと私が来てはそりゃ興味も湧くものだ。

 

唐突に目の前が暗くなる。

隣にいた白狼天狗も状況の変化に思わず戦闘態勢に入る。

私は特に何もしない。大体殺気がない時点で大丈夫だと判断したしこんなことできる妖怪なんて一人しかいないですし…

 

「あ、さとりじゃないかー」

 

「ルーミアさん…趣味悪くないですか?」

 

闇がふわふわと晴れていき金髪の女性が出て来る。

私の知り合いだとすぐに理解した白狼天狗もすぐに刀を収める。

「しょうがないのだ。常闇妖怪は闇がないと常闇じゃなくなっちゃうのだ」

 

まあそうなんですけど…

 

「それにワンちゃんがいたから脅かしてみたかったのだ!」

 

「おい、誰が犬だ。私は白狼だ!」

 

なんでこう…相手を怒らせることばかり言うんでしょう。

後ワンちゃんはダメでしょワンちゃんは……せめて狼って言ってあげましょうよ。

 

先を急ぎたいのでルーミアさんとはここでお別れ。

そういえばルーミアさん普段どこらへんに住んでいるんでしょうか?

不思議ですね。

 

犬と言われてご機嫌斜めなのか一緒についてきてくれている白狼天狗は怒りのオーラをずっと出していた。

 

結局私が里に着くまで始終ご機嫌斜めだった。

 

 

「よ!さとり」

 

「あ、さとりさん。こんにちわー」

 

里に入ってすぐにいろんな人に声をかけられる。

文さんの新聞に記事が載ってから私の知名度が一気に上がった。

それ自体別に気にする事ではないが…別に何をしたわけでもないのですけどね。

まあ隣人程度って感覚なのでしょう。

 

 

隣人ですらない気がしますけど…

 

それにしても私を呼んだのは誰なんでしょうかね?

ここまできたら姿ぐらい見せてくださいよ。

 

「……ねえ萃香さん?早く出てきて欲しいのですけど」

 

なんとなく私の後ろに向かって話しかける。

萃香という単語に一瞬だけ周りがざわつく。

 

「へえ、やっぱりわかるんだ」

 

「流石にもう慣れました」

 

真後ろに霧のようなものが集まっていきやがて一人の少女の形をとる。

鬼の四天王が現れたことに周りが怖気つく。

そこまで恐ろしい存在なんですかね?私にはあまりピンと来ないんですけど…

 

「それで、私を呼んでどうしたんですか?」

 

「まあなんだ?ちょっと急に飲みたくなってね。付き合ってよ」

 

個人的に……ですか。

何か相談事でもあったのでしょうかね。

 

「……いいですよ」

 

断る理由もないので承諾する。

 

周りでおどおどしていた天狗たちも勝負や宴会の騒ぎなどが起こらないことを知るや否やだんだんと日常の風景に戻っていく。

 

鬼が畏れられてる理由ってやっぱり酒と勝負だったんですね。

 

そんなことを考えながら萃香さんにつられて歩いていく。

さて、どんな事が飛び出るのか…気になります。


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