古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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番外編「とある時代のとある覚妖怪」

空を飛びたい。

 

 

そう思ったのはいつだったのだろう。

 

見上げればいつも空はそこにあった。

地上のゴタゴタは知らんと言わんばかりに…ただ青く全てを受け入れてくれそうなほど…透き通っていた。

 

だから私は空が飛びたかった。

使い方もよくわからない力で一生懸命空中に滞空しようとして…何度も失敗した。

 

誰かに教えを乞うことは出来ない。

いや…させてくれるはずもなかった。

 

故に私はまだ空を飛べない。本来ならとっくに飛べるようになっていなけれればならないのに…生き残る術さえ教えてくれる人はいなかった。

 

心が読める…ただそれだけ。たったそれだけで存在事態が罪と言われるなら私はそんな世の中が嫌いだ。

なのにそんな世の中が…どうしてこう……美しく見えてしまうのか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か騒がしいですね」

 

(そうだねえ)

 

都での一件が終わりこれから何をしようか考えながら日本海側をのんびり旅していた時の事でした。

 

周辺がやけに騒がしい。

騒がしいといっても音とかそう言うのではなく…妖力による気流の乱れとか…そういった類の騒がしさです。

「お燐、どこが騒がしいのかわかりますか?」

 

(ちょっと待って……あっちだ)

 

お燐の耳がぴょこぴょこ動き、すぐに方向を察知する。

こう言うのは動物の方が鋭い。おかげで私が気づくよりも先にいろんなことを教えてくれる。

頼りになります。

 

迷わずそっちの方に足を向ける。野次馬とかそう言うわけではなくて…少し耳障りな…悲鳴のようなものも時折サードアイがキャッチしてるので、気になった次第です。

 

 

 

 

 

 

三人の妖怪…種族はわかりませんがおそらく狼かそこらへんの…人達が一人の少女を蹴飛ばしていた。

服は元からボロボロだったのか…布切れ状態になっている上に相当生活環境が悪いのかブロンズシルバーの髪の毛や肌もひどい状態だ。

正直あいつらによる攻撃でできたものではないさそうな傷も遠目ではあるが見受けられる。

その少女の体には私と同じコードと…そして髪の毛と同じ色のサードアイが巻きついていた。

 

 

同じさとり妖怪…

その心は、悲しみと憎悪によって膨れ上がっていた。

あのままでは精神が壊れてしまいます。なんとしてでも助けないと…

 

「ちょっと、何してるんですか」

 

「ああ?見ねえ顔だな」

 

「ああ?なんだこのガキ?」

知能は低くなさそうですけど…馬鹿なのでしょうか。

 

ああ、私の事をただの少女と思ってくれてるならそれはそれで良いんですけどね。

「三人がかりとは……ゴミクズでもそんなことしませんよ?」

 

「ああ⁉︎てめえ、なんて言った?」

短気はいけませんよ。周りが見えなくなれば戦いには負けるんです。もっと言ってしまうなら戦う前から勝敗は決してます。

 

こっそりと心を読む。

 

罪悪感のかけらもない。あるのは、さとり妖怪に対しての嫌悪感とストレス発散の為にこうしていることへの快楽。

まるで私達がこうされるのは当たり前とでも言いたげなものだった。

実際、それが普通のことなんでしょうけど…

 

だからと言って目の前にいる儚い命を放っておくなど私にはできない。

偽善だって?大いに結構やらない善よりやる偽善です。

 

 

「その子に手を出すのはやめなさい」

 

とはいえど辞める気など無いようなので、そこらへんにある小石を蹴り上げる。

 

空中に弾きあげられた小石に妖力を纏わせる。

そのまま撃ち出す。

 

「「ぎゃああああ!う、腕がああああ‼︎」」

 

ぶん殴っていたその豪腕な腕に風穴が開く。

 

「てめえ!何しやがる‼︎」

 

警告はしましたと?やめなさいと…それでもやめないようですので実力行使するだけです。

言っておきますけど手加減なんてしませんよ?と言うか手加減なんて出来ませんよ。

 

蹴りをかましていた一人がこっちに向かってその巨体を動かす。

十分に距離を取っているためそこまで危険ではないが…早めに全員潰しましょう。

 

再び空中に舞いあげた小石を弾き飛ばす。

同時にレーザーを撃ち三人が連携して攻撃してくるのを防ぐ。

 

まああの妖怪たちに連携など出来るわけも無いのですがね…

お燐が後ろ側から合図を送ってきた。

準備完了さっさと終わらせてしまいましょ。

 

数分ほど響き渡った断末魔が消えた時、森は想像以上に静かになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

布がこすれる音がして続いてずり落ちる音がする。

 

「あ、起きましたか」

 

返事は返ってこない。

 

彼女を助けた後にゆっくり休める場所に行こうと言うことで近くにあった空き家にお邪魔している。

空き家なだけあってかなり荒れてはいたが住めないレベルではなかった。

 

(お、起きたみたいだね)

 

お燐が窓の外から部屋に戻ってくる。

「……?」

 

(へえ、こうしてみると可愛いんだねえ)

そう考えながら頭の上に乗っかろうとするお燐。

だがくすぐったいのだろうか、肩に乗っかった時点で振りほどかれる。

(ふにゃ⁉︎)

 

「あー…なんかすいませんね」

謝罪をするが向こうから返事は来ない。

送ろうと思っても送ることが出来ないのだろう。

隙間から出たサードアイが心を読もうと必死になる。

 

同族同士は心が読みづらい。読めなくはないのですが能力同士が干渉してしまい上手く見ることができないのだ。イメージとしてはノイズがかかって上手く写らないテレビ画面のようなものです。

この場合考えていることがわかるようになるまで少し時間がかかります。

 

 

「ああ、無理に喋ろうとしなくて大丈夫です」

 

「……?」

 

傷の手当てをしている時に気づいたことなのですが彼女は、喋ることが出来ないようです。

よくわかりませんが…声帯が引きちぎられたかのようにすっぽり無くなっています。

生まれた直後に心無い妖怪に引き千切られたみたいです。

 

(そうか…同じだったのね)

ようやく読めるようになってきた。

 

「私も同族に会うのは初めてです」

 

(なかなか珍しいわね…)

確かに珍しいでしょうね。さとり妖怪同士が解析するなんて滅多にないことですよ。

 

 

(あたいの名前はお燐!あなたの名前は?)

 

 

お燐がやたらと少女に絡んでくる。気に入ったのでしょう…ですが全く声を出さない少女に疑問を感じている。

 

「お燐…その方、喋れないんです」

 

(気にしなくていい。私には名前も…何もない)

 

「そうですか…ですがいつまでも名無しのままではこちらもあれですので…そうですね…お燐、いい案あるかしら?」

 

(あたいに振られても急には出ないよ)

 

(あ…あの…別に名前とかそこまで気を使っていただかなくて大丈夫です…助けられただけでもありがたいですから…)

 

そう言われてしまうと…こちらも強くは出れない。

どうしたものかと悩んでいると急に少女が立ち上がった。

 

膝の上に乗っかっていたお燐が転がり落ちる。

(ありがとうございます…もう大丈夫ですから…)

明らかに大丈夫そうでは無い。無理をしているのか額には脂汗が浮いている。このまま放っておくのは良く無いし私の良心が許さない。

「まだ無理ですよ。寝ていてください」

 

ちょっと強引ではあるが彼女を布団に押し倒す。こうでもしないと彼女はわかってくれそうに無い。こういうときに便利ですよねこの能力。

「お燐、ちょっと見張ってて」

 

(はいさー!)

お燐がお腹の上に再び飛び乗る。

ここで暴れても無意味だと理解したようで少女も大人しくなった。

 

「まずは栄養をとって体を休めないといけませんから」

 

起きるタイミングを見て作ってましたけど丁度いい時間ですね。

一段下がった囲炉裏にのところでグツグツと煮え始めた音がする。

 

「出来たみたいですね」

 

木製のお椀を用意する。

鍋の蓋を開ければ、真っ白い粥が湯気を立てて食欲を誘っていた。

 

なるべく胃に優しいものにしとこうとお粥を作ったのですが…食べてくれるでしょうか。

 

同族とはいえまだ警戒しているっぽいですし…

 

(……なにそれ見たことないけど)

 

「えーっと……病人食と言うか…まあ胃に優しい食べ物です」

 

味気はあまり無いでしょうけど一応塩と梅干しありますし物足りないようでしたら何かまた作ってあげます。

 

(塩まで……ありがとうございます)

 

「気にしないでいいですよ。私のおせっかいですから」

 

お皿に移して匙と一緒に渡す。

 

「熱いので気をつけてください」

湯気が出ている時点で気づくだろうが多分物珍しさで忘れているでしょうから…

 

(…いただきます……熱っ…)

 

やっぱり…もうちょっと冷ましたほうがよかったですかね。

 

(……美味しい…)

 

「…それは良かったです」

 

それでも美味しそうに食べてくれるところを見ていると自然と気持ちが落ち着いてくる。

 

「お代わりありますよ?」

 

(……ありがと…)

その目に浮かんでいた涙を気にしないようにその場を離れる。

まああの扱いを見ればそうなるのもうなずけます。

 

(ねえねえ、そこまで急いで食べなくてもいいと思うけど)

 

お燐の言う通りちょっと急いで食べすぎです。

 

とかなんとかふんわりしていると噎せた。どうやら掻き込みすぎたみたいです。

 

「そんなに焦らなくてもいいのに…」

 

背中をさすりながら介抱。

全く、美味しくてつい…じゃ無いですよ

 

 

 

結局作った分は全部食べてしまった。よほどお腹が空いていたのでしょうね。

 

 

(あの…ご飯ありがとうございます)

 

「ああ、気にしないでください」

 

 

 

それと、食べ終えたところで悪いのですが…ちょっとこちらに来ていただけないかと。

 

私の心を読んだのか体をこっちに持ってくる。

 

「体の方綺麗にしますけどいいですよね」

 

(え?う、うん)

 

温めておいたお湯で布を濡らす。

 

「お風呂がないのでこれで我慢してください」

 

(お風呂って?)

 

着せていた服を丁寧に脱がせて体を拭いて行く。

長い合間水浴びすらしていなかったのか…はたまた出来なかったのか…汚れが酷かった。

こんなになるまでずっと放って置かれたとは…常識も一部欠如しているようですし自然発生の妖怪なのでしょうね。

 

「ちょっと…動かないでください」

 

(だってくすぐったい…)

 

そんなこと思われてもしょうがないじゃないですか。それに服もあのボロボロのだけでは可哀想ですからこの際寸法を測っちゃいましょう。

 

「お燐、巻尺取って来て。私の荷物の中にあるはずよ」

 

(はいはいちょっと待っててね)

 

 

何をされるのかいまいちピンときていない様子ですけど…何も変なことはしませんよ。

 

(ちょ…ま、擽ったいってば!)

 

そうは言われましても測るためには仕方ないんですよ。我慢してください。

 

あまりにも動くせいでうまく測り取れなかった。まあ後は目測でどうにかなるレベルですし大丈夫ですね。

 

私の荷物の中から衣服を詰め込んだバッグを類寄せる。

「そうですね……大きさ的にはこれでしょうか」

 

中には大小様々な大きさの服が入っている。

これらはこいしがもし私の前に現れた時用に用意してある服。体格が全然わからないから大きさ別に5着は持っているようにしていたものだ。

 

さっき測ったサイズから丁度良いのを取り出す。

「はい、あなたの服よ」

 

(うわあ……良いんですか⁉︎)

目を輝かせながら聞いてくる。余程嬉しかったのでしょう。

「ええ、構わないわ」

 

来ていた服をその場で脱ぎ直ぐに渡した服に袖を通す。

だが帯の結び方がわからないのかそもそも帯を知らないのか前側が完全に開いてしまってる。お燐が隣で顔を赤くし始める。同姓でしょ?何をそんなに興奮してるんですか……

 

 

「ちょっと帯を貸してください」

 

(……?)

 

仕方ないので着付けを手伝う。確かに帯なんかは一人で着つけるのは大変ですし…私だって凄く苦労しましたからね。

 

 

私自身が言うのもあれですけど…結構似合ってますね。

薄い水色から袖先にかけて白、裾にかけて若草色に変わるグラデーション

色の入れ替わりの部分には青色の朝顔が数輪だけ描かれている。

 

(すごい……綺麗!)

 

「気に入ってくれて良かったわ。後、サードアイなんだけど…」

 

胸ポケットのところにサードアイが入る為の大きめのポケットが装備されていることを教える。

元がこいし用に作っているだけあってこういった構造もしっかりつけてある。

(凄いです…こんなにたくさんありがとうございます!)

 

生まれて初めての経験からなのか嬉しさのあまり心の中はものすごいことになっている。

 

 

ふとそんな彼女を見ていると何かを思い出しそうになる。

それが何か……なんでしょうか、上手く出てこない。何か突っかかって出てこれないと言った感じでしょうか…

一旦意識を飛ばして思考に集中する。

 

えっと…なんでしたっけあ、そうか……

 

 

「……琥珀」

 

(……え?)

 

唐突に呟いた私に彼女は困惑する。

 

「貴方の名前…琥珀がいいですね」

 

深く考えてみればどうということでも無かった。それがなかなか出てこなかったということは…きっとなにかがあったのでしょう。それこそ前世記憶なるものなのかもしれないが…まあ今は気にする必要もない。そもそも私の精神が前世のものに引っ張られるのもどうかと思うが…

 

(……今更思いついたんかい…)

 

今更ですいませんね。お燐、あなたはまず思いつきすらしないでしょ?

(まあそうだけどさ)

 

 

 

(琥珀……すごく良いです!)

 

気に入ってくれて…何よりです。

 

……ちょっとお燐。頭に乗るのはやめなさいって…困ってるでしょ

(…お気になさらずに)

 

 

 

 

 

 

「ところで……あんなに傷ついてまで何を学ぼうとしてたのですか?」

 

琥珀も落ち着き、部屋の中に静寂がやってきている状態で私の問いは彼女の心に深く入り込んだ。

別に聞かなくても読めば良いのだが…無断で相手の心を読むのは私自身嫌だ。

 

(私は…空を飛びたいんです!)

 

「空を飛びたいですか…」

 

(でも、力もうまく使えなくて…戦闘すらまともにできないし)

 

なんども空を飛ぼうと出来ないならできないなりに工夫して頑張っていた記憶が蘇る。

それでも飛ぶことは叶わず…せめてもの願いで他の妖怪に頼んだもののその都度攻撃される…

 

さらに溢れ出す記憶と思いを読んでいく。

これ以上踏み込むのは良く無いと分かっていながら…それを止めることは出来ない。ここまで視てしまって今更知らないというには嫌ですから…

 

(……あ、あの…)

 

おっといけない…踏み込んでいる意識を戻す。

私が深くまで読んだのは向こうもわかっている。と言うか私の心を読んで自らの記憶を間接的に思い出してしまっている。だんだんと琥珀の顔色が悪くなってきてしまった。

悪いことをしてしまいました……

 

(……す、すいません!)

 

「……なぜ謝るのです?」

 

(……そ、それは…)

 

頭を優しく撫でる。

「気にしなくていいのです…私が勝手にやった事なんですから…むしろ嫌なことを思い出させてしまってごめんなさい」

 

(そ…そんなこと…ないです!)

 

「なら、私が教えてあげます」

 

こうしてこの場所にしばらく留まることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(凄い……!)

 

私の腕に抱きかかえられた彼女の心が感嘆する。

 

「どうです?気持ち良いでしょ?」

 

(これが空を飛ぶ……凄い、綺麗です!)

 

耳元で響く風の音に負けないくらいの声量で彼女の声が心に響く。

 

空を飛ぶ感覚を教えようと思ったのですが…これはこれで良かったです。

 

見渡す限りの空と下に広がる緑の大地に心を奪われているようです。

あった時とは別人のように目をキラキラさせてますね。

 

ちょっと悪戯してみましょうか。

 

腕に力を入れて少し強めに彼女を抱きしめる。

 

風景に夢中で気づいていないようですね。さて、誰かを抱きかかえてやったことはないのですが……

 

「そーれ!」

 

エルロンロールで逆さまになり一気に身体を下向きに起こす。

地面が目の前にいっぱいに映る。

(…え?きゃああああ!落ちる!落ちるうう!)

 

「大丈夫ですよー」

重力落下速度が上乗せされて普段よりも鋭い加速が生まれる。

速度が乗って来たところでバレルロール。体が下に押し付けられる。

 

そのまま木の上すれすれを飛行。一旦くるりと回転し、しばらくしてから再び上昇する。

「ふー気持ちいいです」

 

(あ…危ないじゃない!)

どうしていいかわからず混乱していた彼女が我に帰る。

その上涙目で睨みつけられる。怒っているのでしょうけど…正直かわいい。

 

(な……なあ⁉︎)

 

可愛いと思った瞬間彼女の顔が赤くなっていく。どうしたのですかね?

私はただ可愛いと言っただけなのですが…?

 

(もういい!)

 

え…なんで拗ねるんですか?私が何か気に触ることを言ったのでしたら謝りますけど…

と言うか…私の腕の中で拗ねられても……

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで…まずは浮いてみることから始めましょうか」

 

(浮くって…さっきみたいに飛んだ感じのをイメージすればいいの?)

 

「大まかに言えばそんな感じですね」

 

飲み込みが早くて助かります。

こう言うのは基本イメージすることが大事…私は前世の記憶でなんとか空を飛ぶ感覚というのは直接的ではないにしろ体験しているので比較的独学でどうにかなりますが彼女にそのようなものはない。

つまりさっき私と一緒に飛んだ記憶が完全に全て……

 

だが浮いてすぐにバランスを崩してしまう。

とっさに腕を掴んで倒れるのを防ぐ。

「ちょっとだけ腕を外側に広げて見たらどうです?」

 

(……こう?)

 

思いっきり外側に手を広げた。そこまで広げなくても大丈夫だとは思うのですが…と言うかそこまで広げてしまうと飛行速度が上がっていったときが……

まあそこは教えていきますか。

 

「バランスが取れてるなら大丈夫です」

 

(一応安定してるよ)

うん、大丈夫そうですね。

 

「それじゃあ…私についてきてください」

 

少しづつ上に向かって進んでいく。

空中に停滞するのは結構大変なのでなるべく止まりたくない。

 

「……」

 

(……)

なるべく力の使い方をイメージしながら飛んでいく。

琥珀にはそれを想起してもらうという感じで無言ながらも一応教わっている。と言った奇妙な構図が出来上がる。

 

ある程度飛び上がったところで基本的な飛び方を教えていく。

最初はふらふらと危なげだったものの要領を掴むと軽々と飛び始めた。

自分一人で飛んでいるというのが楽しくて仕方ないのだろう。

しばらく彼女の好きなようにさせていた。

私は万が一に備えて周辺を警戒。地上で彼女や私を睨んでいる妖怪達に、戦闘態勢で構えておく。

よそ者の私は実力が分からないのか襲ってくる気配は今の所無いですけど…

「……寒いですか?」

 

(少しだけ…)

 

高度が上がってきて段々と気温が下がっていく。今はまだ低高度だがからそこまで深刻では無いがいくら天気がいいと言っても常に吹き付ける風に長時間晒されては体温も下がる。

 

「でしたら、休憩ついでに降りましょうか」

 

 

 

 

 

 

(…戦闘機動?)

 

ええ、身を守る為の技術は覚えないと生きていけませんからね。特にこの世界は弱肉強食、ただでさえ弱者な部類に入ってしまう私達が生き残るには知恵と技術が必要なんですよ。

 

地上戦の為の技術もありますけどせっかく空を飛べるようになったのでしたら空中戦の技術も覚えておかないとですからね。

 

まあ、この時代に空戦機動なんてものはほとんど発達してませんし…してても天狗くらいでしょうけど覚えていて損は無いはずです。

 

(もしかして一緒に飛んだ時にやってたあれのこと?)

 

「ええそうです」

途端に渋い顔をされた。どうやらあんな激しい機動はしたくないそうだ。

 

「自分でやるのと誰かがやってるのについてるのとでは全く違いますよ」

 

それにこれは好き嫌いではなく生き残る為のものだ。そこは琥珀もわかっているらしく、渋りながらもやろうとは思っているようです。

 

「それじゃあ…まずはエルロンロールから…」

 

(えるろんろーる?)

 

横文字は覚えなくていいです。なんとなくこんなやつだなって思ってくれればいいです。

 

それに形が似てるだけで実際のものとは違いますし…エルロンなんて人間の体にはありません。

 

その場で何回も横転を始める。気に入ったようですね。

目が回らないように気をつけて…って言ってるそばから……

 

(回りすぎた……)

 

 

「あとは…クルビットやコブラ機動」

 

これは真後ろからの攻撃を避け同時に優位なポジションに移動するための技。体に負担がかかって辛いですけど…意外と効果抜群ですよ。

 

(そうなんだ…)

 

ようやく落ち着いたのか私のイメージを元に今度はクルピットを行おうとする。第三者から見た感じだと高度を変えずに宙返りする感じなんですよね。

 

だがなかなかうまくいかないようです。まあ…難しいですからね…私だってほとんど感覚でやってますし…

 

……あ、失速した。

 

(ひゃわわ‼︎飛んで!飛んで!)

 

「失速してます。無理に上に行こうとしないで速度に乗って…風をつかんでください」

 

そりゃずっと妖力を使って飛び続けてるのでは効率が悪いし直ぐに力が無くなってしまう。

だから私はほとんど妖力を使わずに風の力を利用しながら飛んでるんです。それを真似している彼女も…本人はあまり自覚していないが風に乗って飛んでいるようなもので無理なダブルクルビットをして失速すればもちろん落っこちる。航空機みたいな事になっているが私のイメージが航空機だったのだから仕方ないといえば仕方ない。

 

こういうときは一度重力に乗って加速しないと行けません。ですがパニックになってしまっている琥珀には無理そうです。

仕方ないので背中の方からそっと抱き上げる。

 

(あ…ありがとう)

 

「気をつけてくださいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(へえ…飛べるようになってきたんだね)

 

「ええまあ…飲み込みは早いですから」

 

あれから一週間、琥珀は空を自由に飛んでる。

元々、持っている妖力の量も多かったし技術の飲み込みも早かったわけですから…当然といえば当然なんですよね。

 

最近では自衛程度は出来るようになったらしく他の妖怪もそれを知ってか手を出そうとはしないようです。

 

(それで?そろそろここを出るようだけど…連れて行くのかい?)

 

「それは本人次第ですよ」

 

琥珀が付いて行きたいって思えば連れて行きますし嫌なのであれば連れて行きません。

 

 

 

 

そんなこんなで3人の生活がしばらく続いたものの、始めがあれば終わりもある。それが定めであって何者にも変えることはできない世界の真理見たいなものであるのはやはりこの場合も当てはまるのであった。

 

それは時に唐突で…残酷である。

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の少女が、空を飛んでいた。

少女は、今まで願い続けてついに翼を手に入れた。それが嬉しくて嬉しくて、今もこうして空を駆け巡っていました。

 

そんな純粋な少女の事を快く思わない者もいました。

その者達の魔の手が少しづつ迫っている事も知らずに…

 

 

 

 

 

 

 

「……帰りが遅いですね」

 

もうすぐご飯だというのに未だに帰ってくる様子は見せない。

 

(そうだねえ…あたいが探しに行ってこようかい?)

 

「いえ、私も行きます」

練習の後まだ残ると言った琥珀を置いて来たのは私です。このまま待ってるなんて出来ません。

すぐに支度し外に飛び出す。

 

日はとっくに暮れていてあたりは宵闇が支配している。

新月のせいで月明かりもない。それなのに帰ってこないようであれば完全に何かあったとしか言いようがない。

最悪の事態が頭をよぎる。お願い、杞憂であって…

 

 

 

普段琥珀が練習している場所に行ってみるが案の定誰もいない。ただ、普段とは違いその場所は……

 

「……血の匂いと…焦げ臭さ……」

 

新月でほとんど見えないが…だからこそなのか鮮明に伝わってくる。

最悪の事態になってしまうとは…

 

 

 

更に探すこと一時間、足元に何かが当たった。

折れた木のように太めの…でもなんだか柔らかくて…

光を作り出して足元を照らす。そこにはそれに事切れた者が横たわっていた。

 

「……?遺体?」

 

でもそれは琥珀ではない…幼い人間の少女。でも僅かに琥珀の妖力が残っている。

あの子が…まさかそんなことをするなんて……

 

「…⁉︎」

その体を引き上げようとして……半分が崩れ落ちた。

 

いや……元から千切れていたのか…ぼとりと音を立てて落ちた。

 

「……」

 

 

少女の亡骸に火を放つ。ちゃんと供養しないと後々面倒ですし…

 

だが、その炎に照らされて…周辺にたくさんの影ができる。

よくよく見ると…それら全てが……

 

「うそ……」

 

ほとんどが妖怪の朽ち果てた姿だった。

中には別のものも混ざってはいるが……多分純粋な人間だったのはやいているこの子だけでしょうか…

 

ですが…同じ妖怪なら…なんとか記憶を断片的に見ることはできる。人間と違って妖怪の記憶は妖気にもある程度記憶されますから…

気持ちの良いものではないしその妖怪の最後の瞬間までを追体験するような気が狂いそうなものですが…

 

結局琥珀は見つからなかった。

 

ただ、断片的にではあるが何があったかは読み取れた。

 

その原因である妖怪は…今私の目の前でただの肉片に成り果てていた。そいつが琥珀に何かをしてしまったのが……原因だった。

 

きっと唯一この場所にいた人間が絡んでいるのでしょう。

脅されたのか…いや、あの少女は人質か…あるいは覚妖怪相手…特に琥珀は傷つきやすいですから…きっと人間の深層心理を無理に読ませたのでしょう。その結果がこれだとは……

 

再びどこかで悲鳴が聞こえる。

すぐにそっちの方へ向かって森を駆ける。

途中でお燐が合流する。どうやら別の場所でも似たようなことになっているようだ。

 

(どう見ても尋常じゃないんだけど…ねえ、琥珀がやったのかい?)

 

「認めたくないですけど…」

 

 

木々がなくなり広場のようなところに出る。

 

 

その広場の真ん中に誰かが立っている。

その姿が…見慣れた姿であって…そして……

 

「う…いやあああ‼︎」

 

(さとり⁉︎しっかりして!)

 

想像以上に壊れてしまっていて……その壊れたここがめちゃめちゃに精神を破壊していて…未だにそれに争い続けていて…もうすでに手遅れだった。

 

それを直に見てしまった私も、精神が守りに入ってしまいどうしようもできなかった。

 

気づいた頃にはあたりは静寂だった。時間としては数分…私にとっては数時間に感じられていた。その合間に琥珀はどこかへ消えていた。

お燐も見当たらない。

 

 

急いでお燐たちの気配を追って駆け出す。

琥珀の心に残った僅かな正気が…苦しんでいる。早くしないと……

どうしてそこまでするのか…私にも全くわからない。

それでも、やはり止まらない。

 

 

ようやくお燐に追いつく。

 

「琥珀は⁉︎」

 

(それが……)

 

お燐が何かを言いかけたが轟音がしてその思考を吹き飛ばした。

目の前の崖の方を見る。その下に……

 

それ以上照らすことはできなかった。

 

その代わりに、登り始めた日が…全てを照らし始めた。

 

 

 

 

全くもって…この世界はどうしようもない。その上…いや…だからこそ美しいという感情が生まれるのでしょうね。何かの犠牲の上に成り立つからこそ…美しく輝く……皮肉です。

 

 

 

 

その日、北陸の方にあった妖怪の溜まり場が一つ消え去ったと風の噂が囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

彼女との出会いは、偶然だった。いや、偶然なんて言葉で片付けていい事ではないかもしれない。

あうべくしてあったのでしょうか。今となってはそれすらわからない。

ただ、私はおそらくこの事を忘れてはいけないし…忘れるはずがない。それでもこうして書物に書き始めたというのは…きっとこの話を誰かに知って欲しかったのではないかと思う。

一部はあの時視た彼女の記憶を元に構成してはいるがほとんどは私の憶測であって正確性は無いかもしれない。

なんだそれと文句の山ほどにもあるでしょうけど…おそらくこれが世に出回る頃に私はいないでしょうからその文句は自らの中に閉じ込めてください。

それでもこれを読んだ名も知らない誰かには知っておいて欲しいです。

歴史の中に埋もれていった名の知れない一人の悟り妖怪のことを…

 

 

 

 

 

 

ー 名もなき書物 第24項より抜粋ー

地霊殿さとりの書斎右の棚31列目


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