古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.21視えないさとり

「ところで、なぜ私は呼ばれたのでしょう?」

 

天狗に案内されること数分、途中で椛がエスコートに加わり四人体制で歩く中私は疑問に思ったことを聞いた。

 

「詳しいことは聞かされていないが…」

 

二人とも全く知らないようです。

別に、会えばわかるから良いのですけどね。

 

考えてみれば天魔ってあの天狗社会の一番上にいるとんでもない妖怪なんじゃなかったんでしたっけ?

原作知識では天魔としか言われてないですし全てが不明ですけど…

 

第六天魔王…は違いますし。なんなのでしょうか。

と言うかとんでもない人から呼ばれてません?すごい今更ですけど…あれ流石に色々とまずいんじゃ…

 

今になって嫌な汗が出てくる。

なんか私とんでもない人に目をつけられたのでしょうか…

まあ鬼に絡まれてる時点で十分とんでもないんですけど…

 

「あの…天魔様ってどんな方なのでしょう?」

 

ここは聞くに限ります。

 

「一言で言うなら…つかみどころがないかな」

 

私の問いによくわからない答えを出してくる。どうやら本人もよくわからないようだ。まだあった事なく人づてに聞いた話しか出てきそうにない。

椛さんは…何か思うことがあるのでしょうけど周辺の警戒に夢中で殆ど意識されていない。

記憶を辿れば楽でしょうけど今の私にそれをやる気力はない。

 

「あ、そうでした。椛さん、ちょっといいですか?」

 

「え、ええ…なんですか?」

 

「あの…上着貸してもらえませんか?ボロボロのままだとちょっと恥ずかしいので…」

 

さすがにこのままの姿で会いに行っていいお方では無いはずである。

それをわかっているのか椛さんも快く貸してくれた。

「あの…ここで着替えるのですか?」

 

なぜか烏天狗の二人が落ち着きをなくす。どうしたのでしょうか?

 

「そうですけど…それが何か?」

 

「いえ!特にといったわけではないのです!」

 

ふーん……

 

返り血やなんやらで汚れた上着を脱ぎ、折りたたむ。下に着ている服も血の付いている左腕のところを引きちぎっていく。

なぜか案内の鴉天狗達が驚いて顔を赤くしていますが別に左袖が消えただけじゃないですか。どこかダメなところでもあるのですか。それともそう言う変な性癖でももってるのですか?

 

「あの…さとりさん基本的に女性に慣れてないだけですから…」

私が向けている目線に気づいたのか椛さんが軽くフォローを入れてきた。

慣れてないだけなら仕方ないですね。

 

椛さんが渡してきてくれた天狗装束を上に羽織りその中にサードアイを入れて隠す。

ようやく静かになった。

 

「すいませんお借りします」

 

「気にしないでくださいさとりさん」

 

ちょっと…お二人はいつまで赤くなってるんですか?え?どれだけ女性慣れしてないんですか?さすがに不味いですよ。

「すいません…この二人女性にめっぽう弱いんです」

 

……慣れてないし弱いって…この先生きていけるのでしょうか…

 

その後すごく重々しい扉を抜けようやく屋敷の中に連れて来られる。

屋敷手前で椛さん達から案内が交代する。

どうやらこれ以上先は一般の方はお断りなのだとか。

 

代わりに出てきたのは身長180センチほどあるかと思われる大柄な天狗だった。

大天狗だろうか…特徴が一致している。

 

終始無言でついて来いとジェスチャー。嫌っているのかと思ったがそのような気はしない。元から寡黙な性格なのでしょうか。

 

まあ相手が話しかけてきてほしくないのであれば私も黙ってましょう。

 

「天魔様、連れてまいりました」

 

初めてこの大天狗の声を聞いた。

 

奥の方で入れと声がする。

同時に襖がひとりでに開く。なるほど、特殊な仕組みの術式が組み込んである。

音声認識システム…すごいですね。

 

「温厚な方だから大丈夫だと思うが、粗相がないように…」

 

私のそばを通り過ぎた別の大天狗が一瞬だけ非難の目とともにそう言い放った。

特に気にするわけでもないので見て見ぬ振りをする。

 

どうやら鴉天狗は部屋には来ないようです。私一人で誰もいない部屋に入ったはいいですけど…どうしたものでしょう。

少し経てば来ると思いますし…素数でも数えて待ってましょう。

 

1、2、3、5…

 

 

 

 

数分ほど経ってますが来る気配がない。向こうから呼んでおいてここまで待たせるとなるとちょっと心配になってきます。もしかして私を捕らえるための罠だったのでしょうか。

だとしたらすぐに行動しなくてはなりませんがまだ罠だと言う確証に至るには証拠が足りません。

 

そもそも私を捕らえたところで一体何になると言うのだろう。私は…そこらへんのモブといっても変わりない程度の戦闘能力しかないさとりですよ?だってまだ齢200年にすら届いて無いんですから…

 

それを考えれば私を捕らえようとするなら力づくでいけばいい…罠という可能性は低いです。

 

天魔がどのような人か知りませんがこちらをからかってるだけかもしれませんし…

そう考えてみればこの部屋に隠れてる?

だとしたらどこでしょう?6畳しかない小さな部屋です。隠れるところなんて見当たりそうにない。

 

さて、天魔の性格は知りませんが私ならどうするでしょうか?

 

隠れる所のない部屋、からくり屋敷みたいに壁が回転したり天井が開いたりなんて構造にはなって無い。

故にこの部屋には私しかいない。そう思った方が合理的ですが…

さっきから視線が感じられますね。

最初は誰かが覗き見でもしてるのでは無いかと思って大して気にしてなかったのですが現在の思考から言って見れば天魔のものなのじゃないかという可能性が出てきた。ならこの部屋を見ることができる位置にいるのでしょう。

 

相手の反応を楽しみたいのであれば相手がよく見える場所がいい。それで分かりづらい所…

私でしたら、そうですねえ…外から見るのでは死界が多いですし狙って見ることはできない可能性がある。

それにベターすぎてすぐばれますし…ですから……

上から見下ろしているか、床下からこっそり覗き見です。

おそらく天狗が地面を這うなんてことするわけないですしなら残された選択肢は…

 

真上を見上げる。

 

 

そこには天狗のお面を頭に引っ掛けた青年が天井にくっつくようにして私を見下ろしていた。

天狗装束、髪は短めでボサボサしてますがそれでいてよくまとまっている。それが中性的な顔立ちと合わさって違和感なく収まっている。

好青年といった感じですね。

「……」

 

目線が交差する。一瞬だけ向こう側の妖気が流れる。かなり強いものだ。その気になって襲いかかられれば私などひとたまりもないでしょうね。

 

「…よ!さとり妖怪の嬢ちゃんか」

 

その直後、視界から青年の姿が消え今度は目の前で声がする。同時に漆黒の羽が視界を埋めていく。

どうやら降りてきたようだ。

「ええ、初めまして。古明地さとりと申します」

 

 

目の前に降りてきた天狗から流れるその妖力、普通の天狗達より濃厚で、澄んでいる。

おそらくこの人が天魔なのでしょうか。

 

「左腕…お見苦しいと思いますが…」

 

「ああそう言う肩苦しいの無しでいいから。俺は一応天魔やってるもんだ」

そう言って目の前に座り込む。

鬼のような豪快さが出ているあたり鬼とつるんでいる事が多いのでしょうね。

 

それにしてもすごい…軽い人です…

引きずらない性格なのか、その役になってから吹っ切れたのか…あるいはその両方か。

 

「と言うと…天魔さんでいいのですか?」

 

「いや一応名前はあったんだが…天魔になった時に消えたよ」

 

そ…そうですか。なんか聞いちゃ行けないことを聞いてしまった気がします。

 

「まあ気にするな!」

 

「そ…そうですか。では天魔さん。私をわざわざ呼んだのは…?」

私の問いに忘れてたと言わんばかりに手を叩く。

ちょっと待ってください。まさか本当に忘れていたんですか。

「ああそれね。今から話すさ」

 

そう言って天魔さんは私の前に坐り直す。先ほどのような砕けた座り方ではなく、素人の私からみても筋が通っているとすぐにわかるほど綺麗な姿勢だ。

それを当たり前のようにやってくるのだ。相当仕込まれているのでしょう。

瞬間、部屋の空気が変わる。

目の前の天魔さんから流れる妖気がプレッシャーを与えてくる。

 

「肩苦しいのはなしって言っときながら肩苦しくなってすまないな」

 

「い、いえ、お気になさらず…」

 

「この度は、人間を撃退するのに協力してくれて感謝している」

そう言って深々と頭を下げてくる。

どうしていいかわからずあたふたする。

「あの…どうして私なんかに…」

 

「確かにさとり妖怪は皆から嫌われている…だが、我々を救ってくれたのは事実だ」

 

当たり前のようにそう言い放つ。

そうやって考えてくれる妖怪もいてくれてるのですね…

 

次の瞬間、部屋に張っていた空気が拡散しプレッシャーが嘘のように無くなる。

「あーやっぱりなれねえなこれ」

 

あっさりと素に戻る…元々かなり大雑把な性格のようです。こう言う役目には向かないようですね。

ですが嫌いじゃないです。

 

「まあ、さとりには感謝してるよ。ありがとう」

 

「いえ、たいそうなことはしてません。それに、あなたは私のことをそこまで嫌ってはいないようですけど…」

 

「え?だって便利じゃんその能力。俺は嫌いじゃないけどなあ」

 

まさか私の能力を嫌いじゃないと言うなんて…本当に変わった人です。

まあ今の私は眼を隠してますからそれが本心からなのかどうかは全く分かりません。

ですが彼の目はまっすぐこちらを見つめていて…その瞳にはそれが本心だとしっかり記されていた。

少しだけ恥ずかしくなってくる。

「……」

 

「お、そうだそうだ。なんか望みとかある?俺が叶えられる程度のもので」

 

「望み……ですか?」

 

急ですね。あらかた今思いついたと言った感じでしょう。ここに取り巻きの大天狗とかがいればおやめくださいと言ってきそうですけど…

あいにくここには取り巻きも何もいない。

 

「あえて言うのでしたら…友達になってほしいかなあって……」

 

「…あはは!そりゃこっちからぜひだよ。うん!よろしくさとり」

 

 

一瞬だけその目に歓喜の色が見える。

…天魔と言う役職上、同族で友達と呼べる人は出来なかったのでしょう。それに多種族からも天狗の長という事で畏怖と敬意ばかり…

 

鬼は……酒飲んでまくるいわゆる悪友状態。

 

…寂しかったのでしょうね。

いくら天魔でもここまで人の上に立ち孤独に生きるのが難しそうな人では…そうなってしまうのも仕方ないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、戦闘後の処理の事もありその場はすぐに解散することになった。

また部屋の外で待機している大天狗に案内されるのかと思いきや天魔自身が玄関まで送ってくるとは…

大天狗含め全員びっくりしてましたよ。

そういうのはちゃんと連絡してからやればいいのに…何を考えているのか…大方周辺の反応を楽しみたいだけなのかもしれませんけど。

 

 

 

「なんか…天魔様が迷惑かけちゃったようですけど…」

門の外で待っていた椛さんがいきなり謝ってきた。どうやら他の二人は逃げたようだ。

 

「別に気にして無いからいいですよ。それに…結構良いヒトでしたし…」

 

そう言うとすごく苦笑いしていた。

たしかに接待だとか身のこなしなどは全然ダメですけど…筋は通ってますし根はとても良かったですよ?

普段から身のこなししか見ない人にはわからないですけど…天魔と言う器にしっかりとはまっていますし…

 

「それはわかります…ただ、やはりあの態度はどうにかならないのでしょうか…曲りなりとも天狗の長ですし…」

 

まあ言いたいことはわかります。

ですが妖怪ってそんなものでしょう?それとも天狗が特殊なだけでしょうか…

 

「それに結構寂しがりやでしたよ?」

 

「……え?」

あらら、椛さんの反応を見る限り殆ど役職と彼の力で、敬われてしかいないようですね。

「もう少しフレンドリーに話しかけて欲しいんじゃないんですかね。だからあんな感じの態度なのでは?」

 

これは私の推測。確証は無いし証明も不可能。

 

「……そうなのですか」

 

「もうちょっと相手を考えて見てみるとわかるかもしれませんよ?」

 

きっと天狗の縦社会では上の人には最初から敬意と畏怖の視線で見ているのでしょうね。

それ自体が悪いとは言いませんが…彼らだって同じ妖怪、だいたい思うことは一緒だったりするんです。

それを上手く言えなくて一人になってしまうのも…ヒトの心の特徴なのでしょう。

「…わかりました。今度機会があれば…」

 

なにか思うことでもあったのか、椛さんが決心したように言う。

次に天魔と会う時は椛も同席できるよう頼んでみましょう。ダメと言われれば勇儀さんに頼めば良い。宴会を口実にすれば…なんとかいけますね。

 

 

「あのー変なこと考えてませんか?」

 

「変なことではないですけど考えてました」

 

ーー なんですかそれ?

 

さあ?なんでしょうね。

 

 

 

 

並んで歩くこと数分、萃香さん達のいる仮設診療所が見えてきた。

全体的に里が閑散としていると思ったらほとんどがこっちに来ていたようだ。

まあ今回は負傷者も沢山出たわけですし…それに動ける者はみんな警戒待機してるようですし…

 

遠くからでも漂ってくる血の匂いと死臭。

椛さんが一瞬だけ顔を顰める。

入口から何度も出たり入ったりする天狗や鬼達。

中には誰かを担いで出てくる白狼天狗もいる。

その表情を見るに…思わず目を背けてしまう。

背中に背負ったヒトがあの白狼天狗にとってどのような妖怪だったのか…想像することもできない。

 

 

「邪魔になりそうですし…かえっていいですか?」

 

「構いませんけど……」

そう言いながら私の左腕に目線を送る。

ほとんど完治している左腕がそこにはすでにあった。

先ほどまではまだ手の部分が消えていたはずである。

短時間に完全に再生しているのを見てやはり驚きを隠せないようです。

まあ仕方ないですよね。

「部外者がいきなり行ってもどうしようもないですし……後でお詫びします」

今回は仕方がない。また後日ということにしましょう。

それにルーミアさんの容体が気になります。

 

近くを通った鬼の一人に帰りますとの伝言を頼む。

鬼を使いっ走りにするなんてと椛さんが顔面蒼白になってましたがその鬼は快く応じてくれました。

 

言えばどうにかなるものですね。

側で震えていた椛さんの手を引いてその場を後にする。

本当は椛さんが私をエスコートするはずなのですが…立場が逆転しちゃいましたね。

それにしても鬼に対しての恐怖心が異常なきがするのですが……どうしてなのでしょうか?

そこまで怖いとは思えないのですが…ここまで怖がられていると鬼もかわいそうですし…

 

 

椛さんに聞こうかどうか迷っているうちにもう里の入り口についてしまった。

椛さんはこれから警戒に戻るようで私とはここで別れる。

 

 

「では、天魔様によろしく」

 

「はい、彼女に伝えておきます」

 

ん?何か今違和感が…

 

「どうかしましたか?」

私の様子が変わったことに素早く気づいたようです。さすが白狼天狗…ってそうではなくて…

「あの、今なんと…?」

 

「彼女に伝えておきますと…ですけど」

 

……え?待ってください。まさか…

冗談では……ないですね

 

「彼女ってもしかして天魔様…?」

 

「そうですよ?まさか…男だと」

 

そういえば妙にスキンシップが激しいなとは思ってたんですよ。やたら女性慣れしているというか…匂いも桜の香りがしてましたし顔も中性的でどちらかといえば綺麗ってイメージがあったのですが……

「女性だったのですか⁉︎」

まさかあの性格と行動で女性とは考えられない。

 

「よく間違えられます」

 

でしょうね。あれじゃ初対面は男だと勘違いされても仕方ないですね。

 

 

 

 

 

 

 

椛さんと別れた後の記憶は朧げである。一人になった途端不安か何かが一気に押し寄せてしまい急いでいたような記憶はあります。

 

まあ無事なのは変わりないので何をそんなに不安になったのか…よくわかりません。たとえ分かったとしてもそれはもう少し後になってからでしょうしその時にこの不安のことを覚えているかどうか……

 

 

「あれ?」

里の近くまで来たところでふと違和感を覚える。

すぐにその正体はわかった。

 

……あ、上着返すの忘れてた。

今度返すことにしましょう。

 

 

 

 

扉の開く音がする。

 

お姉ちゃんが帰って来たのかもしれないけどもしかしたらと言うこともあるし警戒警戒。

自衛用にと魔導書を片手にそっと立ち上がる。

「お燐…」

 

「はいよ…」

奥の部屋に寝かせているルーミアちゃんをお燐に任せてそっと玄関の方に歩み寄る。

 

「こいし、警戒しなくても大丈夫よ」

 

「……お姉ちゃん!」

 

見知った声が聞こえ不安が一気に消え去った。

 

まだ日の明けいない時間で暗いもののそこには天狗装束を纏ったお姉ちゃんがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん!」

 

家に入るなりこいしが抱きついて来た。

不安だったのはわかりますが…あの…血とかまだ落としてないから…もうちょっと待ってて欲しいなあ。

 

「こいし…身動きが取れない…」

 

体の全てを私に押し付けてくる。

……今の私では体格がほぼ一緒なこいしを支えることはできない。

のしかかられるとバランス取るのが難しいのは毎度のこと…あっさりと押し倒されてしまう。

 

「……だってお姉ちゃん傷だらけになって…全部静葉ちゃんたちから聞いたもん!」

 

聞いていたのですか…

そりゃ心配するのも無理はないか…

胸に顔を伏せて無言になるこいし。よほど寂しかったのだろうか……悪いことをしてしまいました。

頭を軽く撫でる。

「心配しなくて大丈夫です。私は平気ですから」

 

こいしの手が私の肩にかかり大きさがやや大きい椛さんの上着がずり落ちる。

下に着ていたボロボロの着物があらわになる。

「……本当に?」

 

「本当ですよ」

 

それよりもまずは体を洗わせてください。正直血の匂いが気になります。

こいしをゆっくりと私の上から退かせて立ち上がる。

誤魔化すような笑みを浮かべて風呂場の方に向かう。

こいしは…なにやら複雑な表情を浮かべてましたけどそこまで心配させてしまっているのであればそれは私に非があるのだろう…辞めるか辞めないかは別として…

 

様子を見に来たお燐が足元に寄ってくる。彼女もものすごい心配しているのでしょう。足元にすり寄って来て離れない。

「ただいまお燐、…ルーミアさんの状況だけ教えてください」

 

考えを紛らわせるためにルーミアの事を聞く。

あとで言いたいことはたくさん言わせてあげますから今は心配しなくていいんですよ。

 

 

「今は…寝てるよ」

容体は安定しているようです。後はどのくらい記憶が無くなったとか調べておきたいですけど…それは後でいいです。

ボロボロになった服を破棄し風呂場に直行。

振り返るとお燐がボロボロになった服を眺めていた。

何を考えているかまでは読めなかったが大方の予想はつく。その後の行動にどう影響するかまでは想定できないし想定する気もない。

 

 

貯めておいた水で体にこびりついてる血を水で洗い落とす。ほとんどは服が吸ってしまっているため派手に血の跡が飛び散っているわけではない。

しかし匂いは別。

流石に匂いを落とさないと落ち着いて山を歩くなんてできない。それにしてもわかりづらい。そこに傷があったと言うのは血の跡ですぐにわかるのですが…匂いまでとなると相当飛び散ってますね。

私自身がこんな惨状なせいで風呂の用意をしたいものの悠長に準備する気はどうしても起きない。

それに暖かいお湯を作る力は私には残っていない。

こいしに手伝ってもらうのも悪いですし…

汚れを落し終わったのですぐに別の服に着替える。

あの服とコート…お気に入りだったのですけど…

 

過ぎてしまったことは仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

「……こいし」

 

「お姉ちゃん?どうしたのー」

 

「それは椛さんのだからあまりいじっちゃダメよ」

 

綺麗に畳んで置いておいたはずの天狗装束はいつの間にかこいしに着られていた。しかも着ている本人はクルクルと回っている。

 

「着るくらいいいじゃん!」

 

いいですけど…後お燐もなに描いてるんですか。

そんなに後世に残したいものですか?

「あたいはこいしに言われて……」

 

なるほど、こいしに言われて保存用にと…

写真があればそんな苦労しなくてもいいんですけど…

この時代にはまだカメラは無いですしね。

河童あたりなら作れそうですけどお駄賃がどうなることやら…どうせ法外な事になるのでしょうし…法なんて無いですけど…

 

 

 

「お姉ちゃん、どう?似合ってる?」

回るのをやめたこいしが私に意見を求めて来た。

 

「ものすごく似合ってます」

 

即答である。下に着ている服の色とはちょっと会ってませんけどそれを差し引いてもこいしにすごく似合っている。と言うかその笑顔が眩しい…どうしてそこまで純粋に笑えるのでしょうか…

私の表情は基本的に無表情でしかない。ちょっと寂しくもあるけどもうとっくに割り切りました。

今更とやかく考えても無駄ですね。

 

 

「私もこんな感じの絵柄の服作りたいなあ……」

 

今度色合いも兼ねて一着作ってもいいかもしれませんね。

そしたら布と染料をまた集めないと…ついでに私の服も一緒に作っちゃいましょうか…

 

こいしが再びくるくる回り始める。その仕草がまた可愛い。

 

ただ、その行動に反応するだけの気力はもう残っていないようです。

体に無理をかけすぎました。

 

体がゆっくりと倒れて行く。

緊張の糸が切れた体はもうただの鉛と変わらない。自らの意思ではどうすることもできず…こいし達が慌てて駆け寄って来てもそれに対する反応どころかどうしていいかすら浮かばない。

そうしている合間に何も聞こえなくなっていた。

 

 

 

気づけば私の意識はどす黒い海の中にあった。

 

 

光も音もない上に行ってるのか下に行ってるのか…そもそもこれは虚構か現実か…

 

考えてるわけでもないし考えていないわけでもない。どっちなのかと言われても私にはわからない。

それに考えれば考えるほど訳が分からなくなってくる。無意識さんがいた方が良いんですけどもうあれは何処かに消えてしまいましたし…それじゃあ、空いてしまった無意識を作っていた人格の部分は何が補っているのか…

もしかしていまの私なのでは……そんなことないか…

 

 

 

 

 

どうでも良いことを考えていると身体が左右に振り回される。

これは現実なのか夢なのか…はたまた魂だけが揺さぶられているのか分からない。

ただなんだか暖かいというかそんな感じの…体が一瞬軽くなってきた。

 

 

 

 

「あ、お姉ちゃん!」

 

 

「……こいし?」

 

視界が一瞬にして明るくなり周囲の光景が目に見えてくる。

その途端目の前に妹が顔を近づけてくる。

 

顔近い…

 

 

 

 

隣の襖が勢いよく開き誰かが顔をのぞかせてくる。誰だろうと思い視界を邪魔しているこいしを避けてみようとする。

 

「おいおいさとり!何勝手に帰ってるんだよー」

 

……何故か萃香さんが覗き込んでいた。

目の錯覚でしょうか…私はまだ疲れているようですね…

 

「私もいるわよ」

 

萃香さんの上から茨木さんが顔を覗かせる。

ナイスバディが頭の上から押し付けられ萃香さんがムスッとし始める。

いくらなんでもそのイラつきは理不尽でしょうに…

 

と言うか腕が完全になくなっちゃってるならこんなところに来ないでしっかりと安静にしていてくださいよ…

 

「おう、起きたのかーー?」

 

ひときわ大きい声が二人の奥から聞こえる。

ちょっと待ってください。まさか勇儀さんまで来てると?

「もしかして勇儀さんも?」

 

「へえーあの一本角の鬼って勇儀って言うんだ」

 

ああこいし……何故今まで知らなかったのですか…近づいたら地形が変わる攻撃をしてくる人トップ3に入ってる人ですよ?

 

 

 

どうやら三人とも私が帰ってしまったことに怒って私の家で宴会をしようとしていたらしい。

なのに当の私が寝込んでいるものだからどうしたものかと言っていたらしい。

と言うかなんで皆さん私の家に集まってくるのでしょうか…一応妖力がもれないように茨木さんが結界を張ってくれたとはいえ覇気や空気の流れまでは遮断できてませんよ

 

多分ここで威圧なんかしようとしたらそれこそ外の空気に影響しちゃいますし…そこは抑えてくれますよね?え…酒が入ったらわからない?

 

じゃあ酒は無しで……嘘です嘘です。

だからそんなこの世の終わりみたいな顔しないでください。

 

 

「それで…こんな少人数で良かったのですか?」

 

「いいのいいの!大事な面子だからな」

 

 

どうやら犠牲になった妖怪の弔いを込めた宴会はあるらしいのだがまだ先の話らしく…我慢できないこの人達がフライングで私の家に突撃しているというのもあるみたいだ。

 

「いやーでもさとりがいなかったらこうやって酒を飲むことも出来なかったかもしれないからねえ…」

 

そんな大げさな…私はほとんど何もして無いですよ。

私がやっていたのなんて秋姉妹が来るまでの時間稼ぎくらいでしたし…

 

 

 

ってちょっと萃香さん…2本目を開けるのはいいのですけどまずは一本目を空にしてからにしてくださいよ…

 

「いいじゃないか。どうせすぐ無くなるんだから」

 

そうですけど……

と言うか主人が寝ている合間に人の家でなに酒飲んでるんですか…

 

「お酒って美味しいね…初めて飲んだんだけど」

 

こいし…いつの間に……

 

「あ、それ私の盃」

 

ぼそりと勇儀さんが呟く。

こいしいいい⁉︎人の…いや鬼の盃を勝手に使っちゃだめでしょーー⁉︎

 

「あーまあ気にするな…」

なんで顔を赤くしてるんですか勇儀さんは…

 

「それにしても酔うってどんな感じなの?」

 

「私は…わかりません」

 

私は飲んでもほとんど酔ったことはない。少しだけ脳の回転が鈍るくらいですね。

おそらく私と同じでこいしもほとんど酔わないかと思いますけど…

 

「へえ…妹の方はお酒飲めるんだ」

 

ちょっと、茨木さん。なにお酒注いでるんですか?別に飲ませてもいいのですけどほどほどにお願いしますよ?

「あの……萃香さんはなんで私にお酒を注ごうとしてるんです?」

 

「いいじゃん少しくらい」

 

……私は特定のお酒しか飲めないので…遠慮します。

そう言えばあの酒切らしていたわ…

 

「ねえ、なんか他のお酒置いてない?量的に間に合わないわよこれ」

 

「なんなら持ってこようか?どうせ人間達だってわたしらがいるってのはわかってるだろうし」

 

 

 

本当に自由な人たちである…と言うかお酒しか持ってきてないってどういうことですか…ふつうつまみとか持ってくるものじゃ無いんですか…ああ、考えてないようですね。

 

「それじゃあ…何か食べるものを作ってきますから少し待ってて下さね。何かあったらこいしかお燐に聞いてくださいね」

 

「あ、お姉ちゃん私も作るの手伝う」

 

「……お皿の用意の時に呼ぶわ」

気持ちはわかりますけど酔ってる状態で料理を手伝われても怖いですから…気持ちだけ受け取っておきます。

 

 

 

さて…おつまみってことですけど早めに出来るものから作っていきましょうか…

 

油使うとなると…確か床下収納ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと後ろに気配を感じて我に帰る。

料理に夢中になってしまっていたようです。息遣いや歩幅からしてこいしですね。

「お姉ちゃんこの料理持ってっちゃっていい?」

 

少しだけアルコールの匂いが漂ってくる。程よく酔っているのでしょうかね。

 

「ええ、構いませんよ」

 

「おーい、料理できたみたいだよー」

 

顔が少しだけ赤くなってるこいしが料理をどんどん持っていく。

あ、こいし。その皿は後でだから…先にこっちね。

 

「どっちでもいいと思うけど…まあいいや!」

パタパタと軽い足音が遠ざかって行く。

 

同時に、酒の席の方がまたガヤガヤとしだす。

 

「なんだいこれ⁈見た事ないけど…」

 

「私も知らない!」

 

こいしがしらないのも無理はないです。だって普段は作らないですからね。酒のおつまみなんて調味料が無駄にかかりますから…

 

って……会話がここまでダイレクトに入ってくるということは、こいし……台所の襖開けっぱなしにしてるわね。

火元の管理が忙しいから手が離せないというのに…

 

「お?これ美味しい」

 

「本当だ!すげえ酒に合うじゃねえか」

 

「でしょ?お姉ちゃんの料理って初めて見るものが多いけど全部おいしいんだー」

 

喜んでくれたなら幸いです。

あと勇儀さん…おつまみだから酒に合うのは当たり前なのですよ。

 

まあこの時代にはまだ料理法すら確定してないものばかりですからね。

それを思えばこんな美味しい料理を生み出した先人たちはすごいですよね…

 

 

「……こいしつまみ食いはだめですよ」

 

「ギクッ…」

気配を消して近づいても空気の流れで分かりますからね。

箸でお肉の状況を見ながら感じ取る。ちょっとだけ神経使いますね。

おっと、そろそろ仕上げですね。

 

「……つまみ食いじゃないよ。ここで食事だよ」

 

「なるほど、食事でしたかなら良いのですよ」

って良くないわよ!

開き直っちゃって普通にもぐもぐ食べてるけどそれ…萃香さんの好物ですよ⁉︎

いくら見た目が見たことあるなと思ったからって…そんなにお腹空いてたなら今から作りますから…ね⁈負のオーラがなんか流れてますし…

 

丁度作ってた物が出来たので火を止める。一通り作りましたしもういいですよね。

 

「さて、料理完成しました……よ?」

 

物凄い形相でこいしを見てる鬼が一匹…

 

ちょ、怖い怖い!

萃香さん!怖いです!あと襖壊れてる!壊れてますから!

 

「どうしたのお姉ちゃん?……え、後ろ?」

 

私の視線を追って後ろを振り返った。

 

「あ、萃香さん?一緒に食べる?」

 

いやいやいやそうじゃなくて…他にこう…言うことあるでしょ⁉︎

 

「え、いいの⁉︎ありがとな」

 

それでいいんですか⁉︎

本人がいいって言うならいいんでしょうけどそんなんで良いの⁈

 

残っていた料理を向こうの部屋に運んで行く。

案外怒ってないようですしどうせ最初から怒ってるわけでは無さそうでしたらまあ気にしないでおきましょう。

 

「あ、さとり〜主役なんだからこっちに来なさいよお」

 

「……空いてる皿片付けちゃいますね」

 

茨木さん酔いすぎです。あと変に絡んでくるのやめてください。

絡み酒されると凄く迷惑です。特に私の場合は……

 

あと勇儀さんも酔いつぶれてるお燐に無理矢理飲ませようとしちゃだめですよ。

どう考えてももう限界超えてますよ。お燐もお燐で無理矢理飲もうとしちゃだめ!

 

 

そんなことを考えていると急に腕を掴まれてその場に座らせられる。

直ぐ真後ろに茨木さん。膝の間に座らされたようです。

 

「……茨木さん⁈」

 

「なでなでくらいはいいでしょー?」

 

そう言って頭を撫でてくる。

 

あの…別に嫌ではないのですが……酔っ払っているせいで言ってもだめですね。諦めましょう。

そう言えばほとんど撫でられたことなんて無かったですね。

これはこれで悪くないです……

 

 

「あ…お姉ちゃんいいなあー」

 

「それなら私が撫でてやろうか?」

 

「勇儀さんは…なんか力余って潰されそう……」

 

 

こいし…それは言い過ぎでしょ…

 

「確かに…前回それで一回萃香の頭を潰してたっけ」

 

黒歴史過ぎでしょ⁉︎

 

 

 

結局、全員がなんだかんだで帰った後、片付けをしてゆっくり……というわけにもいかなかった。

 

「……起きないね」

あの騒ぎに近い宴会がの中でずっと気になっていた。

 

こいしが時々見に行っていたようですけど…全く起きる様子はなかったみたいですし

 

今もルーミアさんはぐっすりと寝ているようで未だ起きる気配はない。

 

 

 

 

ルーミアさんがこうなってしまったのも結局は私の力不足が原因でもある。

勿論悔しいと言う感情はありますけど…だからと言って今すぐ強くなろうとは思えない。

負の感情の連鎖は自身の破滅を及ぼしかねないからだ。だから……この気持ちはもう切り離す。

いつまでも引きずってばかりではルーミアさんに示しがつきませんしこいし達にも悪いですから…

 

それに思い出が無くなってしまったのならまた作っていけば良い…私達妖怪にはその時間はたっぷりあるのだから…

 

私やこいしよりさらに小さくなっている。

正直言って幼子状態だ。

 

 

 

「んー?」

 

「あ、起きた」

 

「おねーちゃん達誰?」

 

「おはよう。貴方はルーミア…私達は……」

 


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