「早速ですが……ルーミアがいなくなりました」
「……え?」
昨日ルーミアが目覚めたばかりということもあってこいしもお燐も驚愕してしまっている。まあそういう反応になるでしょうね。私だってさっき起こしに行った時そんな感じの反応をしましたから。
かけておいた布団は半分ほどめくれており窓が枠ごと消失していた。まるでそこの部分だけ分子レベルで分解されたかのような綺麗さだった。
「いなくなったって…拐われたの?」
驚きはしたがそこまでショックではないらしい。まあ二度と会えないってわけではないでしょうしね。ただ、しょんぼりしてるのは目に見えてわかる。
「いえ、それは絶対ないはずです…自ら出て行ったんじゃないかしら?」
どちらにせよルーミアさんはもうこの家に居ない。それは目を背けることのできない事実であって、どうしようもない。今から探しに行こうにもどこに行ったかすらわからない状態では見つけるのは不可能ですし見つけて連れて帰ってもまた何処かに行ってしまうようでは意味がない。どうあればいいことやらと悩んだり悩まなかったり…この悩みはなんのためなのでしょうか。
まあそんなことはどうでもよくて、ルーミアの事も現状どうしようもない。
「それにルーミアは常闇…天狗の情報網を使っても見つかるかどうか…」
「難儀だねえ…あたいは少し出かけてくるよ」
「どこか行くの?」
先程から顔を伏せていたこいしが急に出かけると言い出したお燐の尻尾を掴む。
「ちょっと散歩してくるだけですよ」
嘘である。
隠し事など出来るはずもないのに……
「里の猫に聞いても多分無理よ…」
「で、ですよね…」
「まあ駄目元でもいいから試してみましょう。こいし、一緒に来る?」
「天狗のところ?もちろん行くよ」
よし決まりですね。
こちらが用意をしだすといつの間にか猫の姿になったお燐が近寄ってきた。
(なんかあたいだけ仲間外れ感が…)
「帰ってきたら鮎の甘露煮作ってあげますから」
(よしさっさと帰ってきてくださいね!帰ってこないようならこっちから行きますよ!)
お燐……そんな反応されたら流石に私でも心配になりますよ。
なんでそこまで素早く気が変わるのでしょうか…
「お姉ちゃん何してるの?早く行こ!」
こいし…ルーミアの事忘れたいからって急かすのはやめてください。
あと山の方は少し行き辛いのでもうちょっと考えて……
って言っても実感が湧きませんよね。
まあ行ってみればわかると思いますけど…
「それで、天狗の誰に捜索を頼むの?」
山に入ってしばらくしてから、こいしが聞いてきた。
確かに、普通に天狗に頼んでも正体がバレてしまっている今の私の願いなどそう簡単に聞き入れてくれそうに無い。
おそらく頭ではわかってはいるのでしょうけど心理的にどこか私を信じる事が出来ないのでしょうね。
まあ一方的に情報を握られてしまうようでは向こうは常に圧倒的不利な状態からスタートなんですから…そもそも今の状態でも奇跡に近いと言うのにこれ以上向こうに何を望むというのやら…
「誰にしましょうか……情報収集能力なら文さんか天魔でしょうけど…」
「両方ともそう簡単に会えそうにないね」
ええまあ……天魔なんて向こうが私を呼ばない限り会うなんて不可能です。文さんも多分あう前に他の天狗にあまり関わらないでと言われて追い返されそうですし…
「そうなると一人くらいしかいなさそうだけど?」
「なんだかんだ言っても良い人ですからね…仏頂面なのは……まあ」
「そんなこと言ったらお姉ちゃんなんて年中無表情じゃん」
それは言わないで…気にしてるんだから
「……事情はわかった」
柳君の家は前に来た時より増改築されていた。
どうやらこの前の戦いで一部が壊されてしまったため修繕ついでに広くしたのだとか。
応接間で非番で暇を持て余していた柳君に事情を説明すること十分。
こいしも一緒にいたはずだがいつの間にかいなくなっていた。外から椛とこいしの話し声が時折聞こえる為退屈しのぎにはなってるのだろう。
「こちらも、表立って動くことはできないが……部下にも頼んで探してみる」
意外にも快く快諾してくれた。業務に支障が出るようなことなので嫌がると思ったのですが…
「……ありがとうございます」
「困ったときはお互い様だろ?それにいつも美味しいものをもらっているからな」
……やっぱり柳君、根は優しい。仏頂面で言われると怖いんですけどね。まあ無表情な私に言えることでも無いですけど…
「なんか…今変なこと考えてなかったか?」
「いえいえ、なんでもないですよ」
話がのんびりしたものに変わったところで静かに襖が開く。
椛がお茶を汲んできてくれたみたいです。多少温度が低くなっているところからすれば話している間気を使って待っていたようです。普段哨戒時の姿しか見てなかったですから驚きです。
「ごゆっくりどうぞ…」
なんだか椛の態度がそよそよしい。嫌悪しているわけでは無さそうだがどうも落ち着かないみたいだ。
こっそりと仕草を観察する。
……どうやら私が覚妖怪だからと言うわけではなく…父である柳君の方が原因のようですね。
これは家族関係というか…そう言う年頃なんでしょうね。こう言う感情は私にはわかりません。分かったとしてもどうすればいいかなんて的確に言えるはずもないですし映姫さんなら出来るでしょうけどプライベートな問題に口を出すのはやめておきましょう。
一応柳君もその点は察しているようですけどどうしていいかわかっていないようですし…
いやいや、苦笑いで済ませちゃダメでしょ
「椛?何してるのーー?」
不意に襖が開いてこいしが入ってくる。
一言声をかけようかと思ったものの、それより早く椛の手を掴んだこいしは部屋の外へ駆け出していってしまう。
「お前も大変だな」
「それは…お互い様でしょう?椛もああいう年頃なんですよ」
「ははは、確かにな…どうだ?久しぶりに一手指さないか?」
そういって柳君は木の板を置くの押入れから取り出してきた。長方形で碁盤の目のように線が彫られている。
「……将棋ですか?」
「ああ、最近山に入ってきてな…」
見た所中将棋ですかね…一応ルールくらいなら知ってますけどやったことはないです。
少ない娯楽のうちの一つなのだろうが私で相手になるのかどうか…
まあ向こうもそれは百も承知のようですしそこまで気にする事も無いですね。
「じゃあ一局だけ…」
その後、一息つくまで数時間かかってしまい…気づけばこいしと椛が隣で対局を実況し始める事態になっていた。
と言うかこいし…実況できてない…ほとんど解説椛にやらせてますよね。
と言うかお燐までいる。そう言えばもう直ぐ夕食の時間でしたっけ。そろそろ帰りましょうか。
「本当に……眼を隠せば心が読めないのだな」
「あれ?信じてなかったのですか?」
まあ信じろという方が無理ですよね。相手の心を読んでしまう種族ゆえに相手を騙しているのではないかと疑われてしまうのは当たり前…
もしかしたら私も心が読めているのではないかと…何処かでは思っていたのでしょうね。別に悪いとは言いませんよ。むしろその姿勢の方がこの世では正しいのですからね。
「……すまない」
「別に気にしてませんよ。私だって本当に心が読めないという事を証明するのは無理ですから…悪魔の証明ですよ」
ふと見れば椛もバツが悪そうにしている。
でもどうしてわかったのですかね?
私は証明不能なこの問いへの答えはしていないと思いますけど…
「駒の動かし方、それを見れば心が読めてないことくらいはすぐにわかるさ」
成る程……でもそれすらフェイクだったとしたらどうするのでしょうか?
「それを言い出したら終わらんだろ?それに…そんな巧妙な手を使うならまず目に出る」
本人曰くポーカーフェイスをしていても目の動きで大体わかってしまうのだとか。私の場合は最初に会った時からずっと目で真偽を図っていたそうだ。
本当にそうでしょうか…まあ相手がそう言うならそうなんでしょうね…
「それに心優しくて可愛いさとりがそんなこと出来るはずないだろ?」
可愛いって…柳君ちょっと……その…恥ずかしいです。
どんどん顔が赤くなる。そんな私とは対照的に何やらはてなマークを浮かべる柳君
「すごい…これが天然…」
「父上……母上に報告しておきます」
も、椛…目が怖いです。
「……解せぬ」
「「「解したまえ」」」
数日経ったがルーミアに関する情報はこない。
お燐の方も空振りに終わってしまい手がかりはつかめず、天狗も哨戒任務の傍らに探しているそうだがもうこの周辺にはいないらしく探し出すのは難しいようだ。
椛や柳君の千里眼でも無理ということは…既に相当遠くに行ってしまったようだ。
ほとんど封印されていながらやはり大妖怪なだけある。
まあ…ここまで来てしまうと博打ですが…湖を調べていくしかなさそうです。
「ねえお姉ちゃん…」
「どうしたのかしら?」
台所で漬物を作っていたこいしが声をかけてきた。作っているものがひと段落して余裕ができたのだろう。
「じゃんけんしよう。勝ったら背負い投げで」
「何それ⁉︎なんで背負い投げを受けないといけないの‼︎」
急に何言い出すかと思ったらとんでも無いことを言い出した。
せめてこう…もっと難易度の低いものをして欲しいのだけど…
「相手の言うことを一つ聴くじゃダメなの?」
「お姉ちゃんそんなことしたら良からぬことになっちゃうよ」
なにが‼︎何が良からぬことなの⁉︎
と言うかそれは貴方くらいしかしないわよ!
「まあそれでもいいけど…」
いいのかい!否定的だったけどいいのかい‼︎と言うよりこれ墓穴掘っちゃったかしら…うん、墓穴掘ってるわね。
「というわけで改めて……お姉ちゃんじゃんけんしよう!」
「ええまあ……いいですけど」
「あたいも混ぜてほしいね」
お燐もやるんですか?まあいいですけど…そうなるとサードアイを隠してと……
こいし、あなたもちゃんと隠しなさいよ。そうじゃなきゃお燐絶対勝てないじゃない。
「え?勝たせなきゃダメなの?」
「「それはひどいです!」」
せめて勝つ可能性だけは残してあげて!出ないとじゃんけんの意味がなくなっちゃうから!
「それじゃあ…最初はグー!じゃんけん…」
二人の手の動きを確認、お燐は手のひらが開く兆候なし…ぐー確定
こいしは…だめね私と同じで探っているわ。指の開き具合からパーいや、ちょきに切り替え…こっちが探っているのを知っていて……
時間がないわ。ここはパーにしましょう。
「「「ポン!」」」
……お燐がグーなのはいいとしてまさか直前でパーに切り替えられたとは…この場合お燐は私とこいし両方の言うことを聞かないといけなくなりますね。
「お姉ちゃん…今後出しだったでしょ…」
ですがこいしはなんだか納得いかない様子。
「それを言うなら貴方もよ…」
コンマ数秒差の後出しではあるが…
「ちょっと…あたいの完全に潰しにきてますよね!」
え?だってお燐わかりやすいんですもん。それに…貴方も相手の手を見て変えればよかったじゃないの。
「それじゃあ…どうしようかなあ…」
こいし…ちょっとは遠慮しなさいよ。後、変なのはやめなさいね。お燐が可哀想だから…
「さとりも少しは自重してくださいよ…ある意味こいしよりさとりの方が怖いんですからね」
……失礼な。私はちゃんとしたものを命じますよ。
「そうだねえ……じゃあ、今度模擬戦の相手お願い!」
そのとたんお燐ががっくりとうなだれる。どうしたのでしょうか?そこまで酷いものじゃない気がするのですが…
それでも疲れたような…なんか悟ってるような表情は晴れない。
「あ…あはは…わかりました」
本当にどうしたのでしょうか。
まあ別にいいのですけど…プカプカと変なことを考えているとジト目になりかけたお燐がこっちを睨んでいた。
そう言えばまだ私は言ってませんでしたね。
「そうですね…なら採ってきて欲しいものがあるのだけど…」
「あたいは召使いかい…」
「「いや、ただの小間使い(お姉ちゃんのペット)よ」」
「酷い‼︎酷すぎるよ!」
冗談です。冗談ですから泣かないでください。お燐だって大事な家族ですから…ね?
拗ねて猫に戻ってしまったお燐を膝の上に乗せて優しく撫でる。
本当にここが好きなのか…すぐにリラックス状態…可愛いものです。
「それじゃあお姉ちゃんと私でやるぞーー‼︎」
まだ続けるのですか…
「「最初は……」」
別に負けても構わないですけど…何されるかわかったものではないので負けるわけにはいかない。
「パー‼︎」
「……」
世界が止まった。いや、凍りついたとでも言った方が良いでしょうね。
「こいしーーーー‼︎」
「だめだった?」
ダメに決まってるでしょ!予告もなしにいきなりパー出すなんて…
後、勝ち誇った顔するのやめなさい!ぶん殴りたくなっちゃうから…
「私は最初はグーからなんて言ってないよ?」
それを言われると…理論的に間違ってはいませんが…屁理屈すぎる。
まさかこんな手で来るなんて…
「そうだな…何を聞いてもらおうかなあ」
勝ったことが嬉しかったのか魔導書を抱きしめ、悩み始めた。まるで今夜のおかずは何がいいかなあみたいにレシピ本を持って悩む子のようだ。
「言っておきますけど…痛いのは無しですからね」
「わかってるよ」
そう言いつつ黒い笑みを浮かべる妹…なんだか不安になってきました。
なかなか決まらないのかこいしはもじもじし始める。なんだか居心地が悪くなってくる。早く決めて欲しいのですけど…急かすわけにはいかないし…
「……無理しないで…」
相変わらず笑顔のまま。でも目は真剣そのもの……
「……え?」
思わずききかえしてしまう。
「一人で全部抱え込まないで…辛かったら辛いって言って」
やはり子供というのは感情の変化に敏感なのですね……
「……お姉ちゃんさ、最近無理しすぎだよね。ルーミアちゃんの事だってなんともないふりしてるけど割り切れてないよね」
まあ…割り切れてないのは認めますけど…そこまで無理をしていましたっけ…?
(さとりって時々変に悩んだり抱え込んだりするからねえ…)
ぴょんと私の腕から抜け出したお燐がやれやれと言った感じで呟く。
その声には呆れ半分同情半分の気が含まれている。
「お姉ちゃんが抱え込みすぎて壊れちゃうのなんて見たくないの…だから……我儘だけど許して?」
本気で心配している眼差しが私に突き刺さる。
その姿がだんだん霞んでいく。おかしいですね…なんででしょう。ちゃんと見ないといけないのに…いつの間にか背負う物が大きくなってしまって…背負いきれなくなっているのでしょうか…
目元を拭いてまっすぐ見やる。
「……こいし…ありがと」
「気にしないで、お姉ちゃん」
こいしの姿がぶれる。
その直後、頭の上に人の温もりが感じられ思わず身体が震えた。
「こいし…?」
「たまにはいいでしょ?」
「面白い子ね…あなたなら……」
そんな声が耳のそばで聞こえた気がした。振り向いてみるが、後ろには窓しかないし窓の外に人がいる気配もない…
「お姉ちゃん?」
「なんでもないわ、ただの気のせいだったみたい」
「それよりお二人とも…お風呂そろそろ入れますよ?」
「え⁉︎本当!」
もう少し早く気付けば窓の外にふんわりと舞う金髪が見えただろう。しかし、次の瞬間にはそれは幻想のように消えていた。それに気づいた者は誰もいない。いや、たとえ見ていてもあれは幻想ではないのかと自らを納得させ終わってしまうかもしれない。
それにその時のことは、後々知ることになるのだから…
「お姉ちゃん!早く入ろ!」
「ちょ…こいし!引っ張らないで!脱げる、脱げるから‼︎」
「今更何を言ってるのさー」
この後無茶苦茶お風呂はいった。