古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.24続、こいしのターン

聴覚から入る風の音が私の世界を支配する。少しだけ肉体から離れていた意識が一瞬のうちに戻る。

 

季節の移り変わりなのか風がやけに強い。無意識でいるとすぐに流されちゃう。頭上を飛んでる渡り鳥には嬉しい風だろうけど…

 

 

紫さんと一緒に文達の前に現れてからお姉ちゃんはちょくちょくどこかへ行っちゃって一体何をしてるのか全くわからなくなっちゃった。

 

なんでも、妖怪と人間が共存する楽園を作るために動いてるのだとか…私には難しすぎてよくわからない。

妖怪の山と人里みたいな感覚なのかなあと思ったけどそう言うわけでもないらしい。

 

 

お姉ちゃん曰く、妖怪という存在は弱くて、いつかは人間によって否定されちゃうらしい。

私は妖怪は強いと思うけど純粋な力とかそう言うわけではないみたい。

妖怪自体が人間の肯定によって存在するものである限り、その存在を否定すればあっさりと消えてしまうのが私たちなんだとか。

ただ、私たちのような存在を否定した時、人間はその存在を保っていくのが危うくなる。簡単に言うと棒の先端に乗っかったやじろべえみたいなものらしい。人間は妖怪みたいに単純じゃない。そのせいでいつか滅びる。それも、滅ぼされるのではなく自ら滅びるのだとか。

よくわからないけど…そのうちわかるようになるのかなあ…

 

だからこそ人間と妖怪が共存していくことができる楽園を作るのだとか。誰にとっての楽園なのか…人か、妖怪か又はどちらもなのか…

 

別に毎回ちゃんと帰ってくるしあの大妖怪…妖怪の賢者とか言うとんでもないヒトらしいけど…と一緒ならまあ大丈夫かなあって思ってるから別にいいんだけどね。

 

ふと、妖怪の賢者と一緒にいるお姉ちゃんを見た文の顔を思い出しちゃってクスリと笑っちゃう。

あそこまで驚くことないだろうに…文も乙女なんだねって茶化したらめっちゃ顔赤くしてたっけ…

 

 

それにしてもこの山は綺麗だよなあ…百年近く経ったけど飽きることなんてないし毎回違った味を出してて…お姉ちゃん、本当場所選びが上手いなあ…

のんびり景色を堪能してると後ろから誰か飛んでくる気配を感じた。

振り返ってみればお燐が猫を抱えながら必死に追いかけてきていた。

 

技術はお燐の方が上のはずだけど猫を抱えた状態じゃ流石に追いかけるのは大変みたい。特に今日は風が強い。速度を緩めて追いつくのを待つ。

 

「やっと…追いついた…」

 

息が切れてるところを見ると相当頑張ったみたいだね。普段のお燐からは想像できないや。

 

「お疲れお燐」

 

「さっきから呼んでたんだけど…」

 

全然聞こえなかった。風の音に支配されちゃってたからなあ。お燐には悪いことしちゃったかな。

 

息が整ったところで再び進む。今度はお燐も追いつけるように結構のんびりと飛ぶ。

 

「それで、どこに行く気なんだい?」

 

「そうだね〜ちょうど天狗の里で祭りがあるらしいから手伝いに行こっかなーって」

 

まあそれもあるけど…友達も沢山作りたいし、祭りで楽しみたいからね。お姉ちゃんがいれば良かったけど……仕方ないか。

 

 

「へえ…祭りの手伝いなんて珍しいねえ」

 

「私だって手伝う時は手伝うよ。今回はたまたま妖怪の祭りを手伝うだけだよ」

 

 

私だって人間の祭りなら手伝ってるよ。偶に屋台の組み立てとか山車引っ張ったりとかさ。

「丁度、さとりもいないし…あたいも手伝いに行こうかねえ」

 

お燐が手伝うって…いや、そうでもないか。よくお姉ちゃんの手伝いで色々と走り回ってるからなあ…

でも…

「もしかしてお姉ちゃんに用事でもあった?」

 

「ノミ取りの約束があったんだけど…」

そう言って体を震わせる。きっと痒いのだろう。よく見ると腕の中の猫も痒そうに体を掻いてた。

 

御愁傷様だね。お姉ちゃん、今夜は帰れないみたいだし…帰ってきた直後にねだるほどお燐もマイペースじゃないし。

むしろマイペースなのはお姉ちゃん。え?私も?嫌だなあ…私はマイペースじゃないよ。

 

「こいし、代わりに蚤取りしてくれない?」

 

「無理、私ノミ取れない」

 

なんかノミ取りしようとしても毎回失敗するんだよね。一時間に一匹捕まえられるかどうか…不器用なのか才能がないのか…ノミ取りの才能とかいらないけど…

 

 

 

 

 

 

「あれ?こいしちゃんじゃないですか」

 

「あ、椛!やっほー」

 

そろそろ里かなあってところで地上に降りてみれば木材を運んでいる椛とばったり遭遇した。

お燐は里の方まで飛んでいくらしいので一旦別れる。どうせまた後で会えるんだし寂しい気分には……なってないもん。だって椛と会えたし

「祭りに使うの?」

 

「ええ、櫓の設営に」

それにしても…重そうなのをひょいひょい担いでる。

…やっぱり妖怪なんだなあ…

でもなんだか無理してるっぽい?少し腕が震えてるし…

 

「何本か持つよ?」

 

「じゃあお言葉に甘えて…」

 

否定しない…普段の椛ならやんわり断るのに……やっぱり無理してたんだ。

椛が腕に載せてた何本かをもらって一緒に歩き出す。

軽くなったのが嬉しかったのか…尻尾が揺れてる。

 

「重たいね…」

 

「まあ…しょうがないですよ」

 

 

 

「なんで毎回組み立てたり解体したりするのかなあ…」

ふと思った疑問を漏らす。

櫓くらいなら組みっぱなしにしてもいいと思うんだけど…そっちの方が楽だったりするんだけどなあ…

 

「上の考えることはわかりませんからね……」

 

まあそんなものなのかなあ…

上下関係があるって難しいや。私は絶対馴染めなさそう。

 

そんな事を考えながら椛についていく。途中、河童から誰だこいつみたいな目線で見られたけど椛と一緒だからか私が資材を運んでいたからなのか特に咎められる事も無かった。

 

 

「疲れた…」

 

比較的非力な私は里に着くまでの間にバテちゃった。

こんなんだったら魔術で体力強化してから運べば良かったなあ…魔導書置いてくるんじゃなかった。

 

少しだけ休憩。ついでに里の方を見てちょっとどうでもいい事を考えたり考えなかったりいつの間にか隣に座っていた椛の尻尾を触ったり

 

でもなんだかいつもの里とは違うような違和感がある。何か足りないような…うーん…

深く考えて見るけどよくわからない…いや、…あ!そうか!

 

「ねえねえ、いつもいる鬼はどうしたの?」

 

そうだったよ、鬼の姿が見当たらないんだった。

あの怪力持ちが資材を運んでくれたならもっと早く終わると思ったんだけど…

 

「ああ、それなんですけど……」

 

急に椛が口ごもる。なんか言いたくなさそうだけどどうしたのかなあ…あ、もしかしてだけど…

 

「もしかして山から消えたの?」

 

「ええ、そうなんです…」

 

そっか、やっぱり山から去っちゃったんだ。お姉ちゃんの言った通りだね。

でもそれって結構騒ぎな事じゃないかなあ…確かに山は天狗が治めてるけどそれはバックに鬼がいたからであって、その鬼がいなくなったってことは勢力争いがどうとかとかあると思うんだけど…

 

その事を聞いても結局、下の者には分からないですで終わっちゃいそう。こう言うのはやっぱり鴉天狗の二人に聞いた方がいいかな。今どこにいるのか分からないけど…

 

「なんで山から去っちゃったのかなあ?」

 

「詳しくはわかりませんけど……萃香様はあの時の責任を感じてましたし…他の二人も人間に愛想を尽かしちゃったみたいでしたし…」

 

そう言えばあの陰陽師達って萃香さんを追いかけてこっちまで来たんだっけ……

そこまで萃香さんが気にする必要ないと思うんだけど…思うところでもあったのかなあ…って他人事みたいな事しか感じないや…実際他人事だし…

 

 

「まあいいか!他に手伝うことある?」

 

気持ちを切り替えよう。今考えることでもないからね。

 

「でしたら……」

 

 

人手が足りないのはどこも同じみたい。前まで鬼がいた分今年は作業が進まないのだとか。

でもさ、山の一員でもない私に手伝わせる事なんてたかが知れてる…と思ってたんだけど…

 

「まさか櫓建築を一人で任されるなんて…」

 

人手が足りないと言うかなんと言うか…一瞬大丈夫かと思っちゃったよ天狗社会。

 

ま、いいか。他人のことを心配するより目の前のこれを組み上げていかないとね。一応にとりって言う河童が指示を出してくれるから間違えたりはしないと思うけどさ。

 

「それじゃあ…始めよっか」

 

普段はあまり使わない妖力を腕に集中。

私の手と資材を糸で繋ぐようにイメージ。そこに妖力を流し込んで現実世界に作用させる。

 

妖力の流れを変えながら柱になる木材を組み立て、設置。一度に操れるのは二本だけ、それでもにとりが驚いている。けど気にしているほど精神的余裕なし。

やっぱり魔力がないだけあって辛いわ。

後でお燐のところにでも行こうっと。なんかくれるでしょう。

 

 

 

妖力で半分強引に建築すること数十分…

比較的早く建築は完了した。にとりは私のおかげだとか言ってたけど多分にとりの指示が良かったんだろうね。

そう言ったらなんか照れてた。なんで照れるのかはわからないけど…

 

疲れたので偶然、近くにいた文におんぶして貰って楽に移動しながらのんびりする。

 

全体的に祭りの準備が整い始めたのかだんだんと料理や提灯とかが準備されていく。中には既にお酒を飲んでいる白狼天狗の男衆がちらほら…さすがにお酒は早いと思うけど…

 

そんなことをポツポツ考えたり考えなかったり茶化したり茶化されたりしていたら、忘れていることを思い出した。正確に言うと忘れていると言うことを思い出した。なんだったかなあ…

あ、そうだ。

 

「そう言えばさ…あーや」

 

「どうしたんですか?」

 

おんぶされた状態だとどんな表情をしてるのかわからないや。でも、文の事だから嬉しがってるのかもね。少しだけ声が上ずったから…

 

「鬼がいなくなって山の勢力争いとか大丈夫なの?」

 

そう言った途端、文の足並みが一瞬止まる。何かを考え出したみたい……やっぱり大事な事だからどう言ったらいいのか迷ってるのかな…文の背中に回した腕に

少し力を込める。教えて欲しい。妖怪の山がまた戦火に飲まれるのは嫌だから……

 

「あやや、その事ですか。本当はあまり言うべきものでもないのですけど…こいしなら問題ないですね」

 

そう言ってまたのんびりと歩き出した。

 

「ありがとう……」

自然とそんな言葉が漏れてくる。

 

 

一瞬だけ文が微笑んだような気がしてしまったのは気のせいじゃないはず……それでもすぐに真面目な雰囲気になった文に聞く事は出来なかった。

「そうですね。実際鬼が去っちゃった事によって妖怪の山のトップは実質的にも私達に移ったのですが……」

 

やっぱり天狗が実質的にも山の頂点なのか。

 

「鬼と言うバックが消えてしまったのは正直痛いみたいですよ。鬼なしの体制にまだ慣れてませんから今の私たちは弱い。こんな状況、普通なら妖怪の山のトップを狙うには絶好のタイミングなんでしょうけどね」

 

確かに天狗の組織は上下関係とか幹部の席の奪い合いとか色々とありそうで外からの攻撃に弱そうだもんね。組織ってやっぱり嫌いだなあ。お姉ちゃんも苦手だって言ってたし…

それにしても絶好の機会なのに周りは動いてないような口ぶり…何かあるのかな?

 

「でも違うんだね」

 

「ええ、その通りですよ」

 

ようやく文が得意げな口調になる。さっきみたいな自虐的な物言いよりこっちの方が断然良いや。

 

 

「鬼の四天王とほぼ互角の強さを持つ妖怪が一匹、天狗側についている。それも、ただの妖怪では無くあの陰陽師をも撃退し、さらに妖怪の賢者とも通じてる妖怪だって噂がありましてね。そのおかげでどこの勢力も手をこまねいているみたいですよ」

 

「へえ……その妖怪をダシにして平穏を保っているってわけなのね」

 

言い方は悪いけど事実だよね。それにそんな妖怪…この世に一人しかいないなあ

 

 

「まあ……そうなんですよね」

 

きっと苦笑いしてるだろう文の顔を見れないのがちょっと残念。

 

「それ、お姉ちゃんは知ってるの?」

 

ま、お姉ちゃんの事だから知ってても知らなくても変わらなさそうだけどね。

 

「薄々わかってるんじゃないんですか?勘は鋭い方ですからね」

 

「それもそうか…あ、そろそろ降りるね!」

 

美味しそうな匂いが漂ってくる建物を見つけたので、文の首に回していた腕を解き飛び降りる。

 

「もっと背負ってても大丈夫なのですけど…」

 

こっちを振り返った文が寂しそうな目で見つめてくる。そんなに私といて楽しいのかなあ…

 

……ああ、そっか。

 

 

「平気平気!それに文は山伏の服に着替えたりしなきゃいけないんでしょ?」

ちなみに山伏の服装はお姉ちゃんが広めたもので本来の山伏の服装とはだいぶ違う。と言うかお姉ちゃんが椛家族や文に渡したら何故か天狗全体で流行りだしちゃった。今では祭りとかで着る正装にまでなっちゃってる。男は別にいいかもしれないけどなんで女用のは通常の天狗の服と同じスリーブ型の…袴?スカート?なのかなあ…どう見ても腰からしたの脚丸見えじゃん。寒くないのとか下着見えちゃうじゃんとか思うけど…誰も気にしないところを見てると価値観の違いを感じる。

「やっぱりわかっちゃいます?」

 

うん、分かっちゃった。

 

 

「だって、さっきから控え室の方に何回か目線向けてたじゃん」

 

 

「あやや、誤魔化してたつもりだったんですがね」

 

「バレバレだよ。待ってるから早く着替えて来てね!」

 

きっと見て欲しかったんだね。でもここで別れたら多分また合流するのは難しい。だから一緒にいようと思ってたんだろうなあ

 

 

 

そう言えばお燐はどこにいるのかなあ…さっきから姿が見えないけど…建物の中にでもいるのかなあ?

 

 

 

「……文さんは貴方にも着て欲しかったんでしょうけどね」

隣で急に声が聞こえる。

 

「おっと、椛。いつからいたの?」

 

いつの間にか隣に椛が立っていた。気づかなかったよ。

 

「文さんと話し終わったところからいましたよ」

当たり前の事聞かないでみたいに言ってくるけど…こんなヒトが沢山いるところで気配消されたらさすがに無理だってば!

 

「そう言えば私にも着て欲しかったって?」

なんでそんな事が分かったのかなあ…

 

「……文さんの目が一瞬だけ狙ってましたからね。あのままおんぶしたままだったら確実に着替えさせられてたでしょうね」

 

 

「別に……あ、いや、なんでもない」

そうだった。サードアイがあるから迂闊に人前で服は脱げないんだった。なるべく一人で着替えないといけないけど文と一緒じゃなあ…文には見せたくないし……

 

 

 

「それに……」

 

何かをつけたそうとして急に椛が黙っちゃった。

 

「それに?」

おもわず聞き返す。言うかどうか迷っているのだからこっちから催促しちゃいけないけど…

 

「気づいてないなら良いんです」

 

……なんだったんだろう。まあ良いや。

 

 

 

文を待っている合間に色々と考えたけど結局わからなかった。悩んでる私を見て椛は呆れてたけど…なんなのかさっぱり。

 

そうしていると着替えの終わった文が誰かと一緒に出てきた。

白の服に杏子色の裾や赤色ベースの装飾、色が重なり合いながら相殺せずしっかりと調和されている。スカートのようなところも黒に黄色とオレンジの模様がきめ細やかに描かれている。それが自然と上の服とマッチして他のヒトのよりも一層文をわき立たせている。お姉ちゃんが作ったやつだから当然といえば当然だけど…

反対にもう一人は、なんか黒子みたいな格好してて誰かわからない。歩幅からして女性、少しだけ頭とお尻が不自然に膨らんでるから…きっと獣人。お燐と歩き方の癖がにてる……もしかしてだけど…

 

「あ、こいし」

 

「やっぱりお燐だったんだね」

 

もう、わかりづらい格好しないでよね。顔まで隠したら分からないじゃん。

少しふてくされる。別に少しだけなら良いよね。

 

「あはは、ごめんごめん。あたいの服装じゃちょっと目立って仕方ないって言われちゃってさ」

 

でもそれはそれで目立つなあ…

 

まあ今は祭りを楽しもう!時間としてはちょっと早いけど食べ物とかはもう出揃ってきてるし、穣子ちゃんとかはもう踊り始めてるし楽しまないとね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば最近、縦穴が見つかったんですよ」

 

祭りの合間に文が言ったつぶやきは軽く流されてしまい誰も反応するヒトはいなかった。

 

「へえ、面白そうだね!」

 

約1名を除いては……


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