古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.26こいしの地底訪問(突入篇)

暗闇に紛れるのは得意でも、暗闇は嫌い。嫌いというか…怖い。本能的に私が妖怪と違うところといえばそれなんだよなあ…

結局私は闇の住人にはなれない。でも仲良くすることはできる。

だからさ……

「……ねえこいし。抱きつかれると動き辛いからやめてほしいんだけど」

 

「いいじゃん」

 

入ってすぐの地上の明かりがまだ見えるところまでは良かったんだけど…深くなるうちにだんだん怖くなってきたんだもん。

 

だから少しくらい震えていても気づかないふりしてくれてるはたてに抱きついてるんじゃん。

 

「椛にしたらいいじゃん」

 

「だって仕事中の椛は前以外から抱きついたら斬られそうなんだもん」

 

「いやいやいや!そんな野蛮じゃないですから!」

 

本当かなあ…雰囲気的に怖いんだけど……

 

「じゃあさ、今の状態から抜刀して見て」

 

「え……いいですけど…」

 

そう呟いて椛が刀に手をかける。

その瞬間、目の色が変わる。

氷のような尖った目線が突き刺してくる。

 

……斬!

 

一瞬、風が頬を撫でた。

 

その瞬間首元に冷たいものが触れてる感覚が伝わってくる。

気づいたら目の前に刀を構えた椛が立っていた。

刀の先は私の首元に綺麗に触れてる。速度にしてコンマ0数秒。

全く見えない。それどころかこれを見ることができるのって…数えるくらいしかいないんじゃないの?

 

 

「常にこれが出来るのに野蛮じゃないって…」

 

「説得力無いわね」

 

そう言われてようやく正気に戻ったのか刀を引っ込めてものすごい赤面で睨んできた。

まあいいや。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、早速だけどこの縦穴が見つかった経緯でも話そっか」

 

終わりが見えない縦穴に飽きてきたのかはたてがそんなことを言い出した。

こっちも飽きてきていたところだしまあいいやって生返事する。

 

なんでも、鬼が山から去った事で僅かながら勢力範囲が変化したらしい。元々ここは天狗の管轄外だったとこ…まあナワバリだと言う輩もいなかったらしくてグレーゾーンだったところなんだとか。

ただ管轄下に入ったからにはしっかりと調べないといけないので…柳さんが調べていたら偶然、この縦穴を見つけららしい。

 

この縦穴に関しての情報は今の所入っていないし、もう天狗の管轄で色々やっちゃって良い感じだったので今回初めて穴の中を調べに行くのだとか。

そんな大事なものに私が付いてきちゃってよかったのかなあって思ったけど、さとりの妹だし問題は無いって言われた。と言うかむしろ一緒に行ってくれって言われた。

 

そう言えば穴に降りる前に天魔って言う偉い人が来てたね。よくわからないし初対面だからほとんど話さなかったけど…

 

「それで、普段からあまり出歩かないはたてが選ばれた…」

 

「違うわよ!私の方が未知領域での情報収集能力が高いからよ!」

 

本当にそうなのか疑問なんですけど…

椛もなんか怪しげな目線で見てるし…

結局そんなことしていじってたら沸点が高くない又は弄られ慣れてないせいですぐ拗ねちゃった。

 

「それにしても…どこまで降りるのかなあ…」

 

ゆっくりと降り始めてから一時間以上経過した。

もうそろそろ底についてもいいはずなんだけど…

 

未だに下は見えない。地上の明かりも全く見えない。周りを照らすのは私と椛が出してる小さな灯りだけ。

 

はたては能力で鮮明に思い出せるように記憶することに集中している。

結局周辺の雰囲気は人の精神に大きく関わってくるせいでみんな沈黙の時間が多い。私もそうだけど…

 

そう言う時は必然的か無意識的に周りを意識してしまう。そんなわけだから…ふとした変化に気づく。

 

「んー?何この紐?」

 

何を思ったのか思ってなかったのか、顔の真横あたりに灯を移動させてみると、今まで影で隠れちゃっていたところに紐のようなものが真っ直ぐ続いてるのが照らし出された。

上はどこへつづているのか…入り口には無かったはずだから何処かに引っ掛けておくところでもあったのかなあ…そんなとこ通った記憶ないんだけど…

 

「紐?そう言えば…なんでしょうか…」

 

椛が紐を手繰り寄せて揺らしてみる。

 

掴んでるところから起こった波が上と下にふわふわと伝播し、闇の中に消えて行く。

 

何にも反応はしないけど…なんなのだろう。

 

 

 

「……思いっきり振ってみたら?」

 

「……そうですね」

椛が強く左右に揺らす。それでもかなり抵抗があるのか揺れる速度が遅い。

 

「調子に乗ってないでさっさと降りるわよ」

 

はたてが咎めてくる。でもこの紐と言うか縄の先がどうなってるのか気になるじゃん。それもいつの間にか出現する縄なんて…

 

 

その後も大きく揺らしたりしながら降りていくこと十数分…縄?紐?の抵抗がだんだん少なくなってきた。もうすぐ先っぽが拝めるかなあ…

 

「もうすぐですね…」

 

「底じゃなくて縄の先端がでしょ」

もう、はたてったら…面白みがないんだから…

 

 

そんなやりとりを聞いているとふと違和感に気づいた。

暗くてよくわからないけど、なんかおかしい。

 

「あれ?縄が上に上がっていってる?」

 

「え?あ、本当だ」

 

同時になんか木が軋む音…なんだろう。どこかで聞いたことある。

 

あ、そうか!井戸だ。

井戸の巻き上げ機だよこの音!

 

「……下から桶が上がってきてますね」

 

椛の千里眼が私たちより早く紐の先を視認したみたい。

 

それにしても桶か…なんだか井戸みたいだね!

 

でもこんな深い井戸なんてなんのためにあるのかなあ…

そんなことを思っていると私とはたてにも桶が見えて来た。

 

少し苔が生えるけど比較的綺麗な桶だなあ。

 

あれ?桶の中に何か入ってる?

 

「ちょっと!勝手に揺らさないでよ!」

 

 

なんか桶に入った小さい子供がプンスカして怒ってる。

何を言ってるのかわからないと思うけど私もわからない。

明らかに幼い外見。髪は緑髪、水色か白の2個の玉が付いたゴム留めでツインテールになっている。

服装は白装束みたいな真っ白な服。

状況が状況だったら十分怖い格好だなあ。

でも今の状態じゃ怖くはない。ただ、ちょっとだけ恐い。

 

でもそんなこの子は私たちに向かってものすごい怒ってきてる。怒って…来てるのに桶から出ないしなんか引き気味な声しか出てない。なんだかだんだん気不味くなってくる。

 

「……えい!」

 

二人ともどうしていいかわからなかったし私もどうしていいかわからなかったからつい桶を掴んじゃう。

「え?な、何よ!」

 

「それ」

 

反転180度。中身を真下に落とすように鮮やかにひっくり返す。

 

「いやああ‼︎ちょっと!落ち、落ちるうう‼︎」

 

重力に逆らうかと思いきや全然逆らわず、落っこちそうになる。かろうじて桶の淵を掴めたためプラーンとぶら下がってる。

他にも桶の中から白い棒のようなものがポロポロこぼれて行く。そんな狭いところに入れておいたら邪魔なきがするけど…

 

「あ、やっぱ落ちるんだ」

 

「当たり前でしょおおお‼︎戻してええ!」

凄い泣きながら睨んできた。そんなに怖い顔しなくていいのに…、命の危機だったからか。ごめんごめん。

 

「はい」

 

勢いをつけて再び反転。桶の淵に掴まっていた少女の体が遠心力で軽々と上に放り投げられ、桶の中に戻った。そのまま桶から顔を出すこともなく…籠っちゃった。

 

「ちょっとこいし!何やってるのよ」

 

「なんかしなきゃと思って」

 

はたてが肩を掴んでるよく揺さぶってきた。すごく三半規管が振り回されて…あ、気持ち悪くなってきた。

 

「ごめんなさいね。変な奴のせいで…」

 

まさかの変なやつ呼ばわり。多分引きこもりしてるはたてよりは全然マシだと思ったんだけど…まあ引きこもってても一応しっかりしてるから五分五分かな?

何を争ってるんだか…

 

 

「別にいいよ。お姉さんたち妖怪みたいだし私より強そうだし食べようとした私がアホだったわ」

 

なーんだ人喰い系だったんだ。あれ?じゃあ私半分食べられる?

 

「こんなところに食べる人なんて落ちてくるの?」

純粋な疑問を聞いてみる。ここの入り口はあまり目立つとは言えない。普通に歩いていても落ちる奴はいないでしょって程度。

 

「たまに落ちてくるよ。それにここだけが私の場所ってわけでも無いし…」

 

興奮が冷めてきてだんだんと恥ずかしくなってきたのか声が小さくなってくる。元々内気な性格で話したがらない…多分種族上狭いところに入りたがる内気な性格なんだね。穏便に済ませられるならそれでいいんだけど…

 

「ですが、内面はかなり凶暴ですね」

 

タイミングよく椛が観察を終えたみたいだ。時間にして数秒。すごいねえ。

「内気なのに凶暴?」

椛の言葉に少女が微かに反応する。

図星だったみたいだね。

 

「ええ、例えば…彼女の種族ですけど」

 

あーもしかして、桶とかだから釣瓶落としとかかな?

 

ええ多分。

 

ふうん…って事は生首なんじゃないの?

 

イメージなんて人の勝手ですよ。

 

それもそっか。

 

 

 

「まあこの二人は置いておいて…私は姫海棠はたて。よろしく」

 

ため息をついてはたてが私達二人を端っこに押しのける。

抵抗することも許されずそのまま押し出される。

 

 

「えっと……キスメだよ!よろしく」

 

 

なんかこっちがお取り込み中だった合間にはたてが抜け駆けしてた。美味しいところだけもらっていかないでよ。

 

「私はこいしだよ!よろしく!」

 

無理やりだけどよろしく!あとさっきはごめんねーー‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでさ、キスメ。この縦穴の底ってどのあたりまで続いてるの?」

 

なんだかんだ言っても結局案内してくれるキスメに尋ねてみる。出会ってから更に降りているけど…ほんと、どこまで続くのかなあ。

 

「ん?もうすぐだよ」

 

それ5回目。それにしても続いてるよねえ。

なんでこんな穴が出来たんだろうなあ…

 

「それにしても珍しいね。この穴の底まで行きたいなんてさ」

 

「天狗の勝手よ私には迷惑でしか無いわ」

 

同じ天狗なのにね。

それにしても暇だなあ…計測の関係でこの速度で降りなきゃいけないなんてさ、自由落下に任せればもっと速いと思うんだけど…

 

「底まで行ったことって無いんですか?」

 

 

 

「なんでそこまでしないとけないのさ、私はこの穴の底なんて知らないよ。多分ヤマメの方が知ってるんじゃないかなあ」

 

椛の返事にも知らないの一点張りかあ…本当に知らないんじゃ仕方ないよね。

 

 

知らない子の名前を出されてもわからないよ。はたては知ってるだろうからうんうん頷いてるけど…私はキョトンとするしか無いよ。

 

「ヤマメ?」

 

「そうそう、下にいる子」

 

へえ下にいるんだ。

 

「はたてはヤマメについて知ってるの?」

 

「知ってても教えないわよ」

 

意地悪!教えてくれたっていいじゃん‼︎

それに、そんな邪悪な笑み浮かべてたら悪役にしか見えないよ。

 

 

 

「そういえばこんな暗いところにいて不便だったりしないの?」

 

「あかりつければ見えるでしょ?」

はたての疑問になんともないよみたいな感じに返すキスメ。

 

そうだけど…そうなんだけどそうじゃ無いんだよ。なんかこう……もっとあるじゃん。強要する気は無いけど…

しばらくキスメに続いて下っているとキラキラとしたものが下の方に浮かび上がってくる。

よく見るとそれは光を反射してる蜘蛛の糸だった。それもかなり大きい。

 

「……蜘蛛ですか?」

 

「あーそこらへんの糸は触らない方が良いよ。一度絡みつくと取れないからさ」

 

キスメに声をかけられて触ろうと伸ばしていた手を引っ込める。

よく見ると糸の表面に粘球が付いている。触らなくてよかった…

 

 

「そうそう、それ触っちゃダメだよ」

下の方から声が聞こえてくる。そっちの方に目線を向ければ、誰かが弾幕をチカチカと点滅させながら上がってきた。

白に近い黄色の光…弾幕の色って意外と種族とか自らのイメージに左右されることが多くてある程度種族を見分けることができるのだとか椛が言ってたなあ…

そんなことを思っていればようやく視認できる程度近づいてきた。

 

金髪のポニーテールに茶色の大きなリボン、服装は、黒いふっくらした上着の上に、こげ茶色のジャンパースカートを着ている。スカートの上から黄色いベルトのようなものをクロスさせて何重にも巻き、裾を絞った不思議な衣装をしている。

大陸系でもないしなんなのだろう?

そんな少女の茶色の瞳が私達を冷たく見通してくる。ちょっとだけ警戒されちゃってる?でも好奇心が勝ってる。

見知らぬヒト相手だから仕方ないか。

 

「……なるほど、貴方がヤマメさんですか」

 

「よくわかったね。キスメから聞いてた?」

特に驚いたりすることもなく肯定。少しだけ棘が残ってるなあ…いや、棘っていうより少し挑発気味…

 

「「名前だけは」」

 

そう言うと、ヤマメは、名前だけでよくわかったなみたいな表情で見つめて来た。

 

「種族は…土蜘蛛」

私がぼそりと呟くとヤマメの目が大きく開かれた。やっぱり当たった!

「一応理由を聞いてもいいですか?」

何か言おうとして結局言えないヤマメに変わって椛が聞いてきた。

わかってるはずなのに…私に振らないで言えばいいのに…

 

「胸についた飾りボタンが蜘蛛の眼、4本のベルトは自分の四肢と合わせて蜘蛛の8本脚……大分元の姿のイメージが残ってるから簡単だよ。それにここら辺に蜘蛛の糸が沢山あるからね。それでいてこんな洞窟とか縦穴みたいなところを縄張りにしたがる妖怪って言えば…土蜘蛛しかないじゃん!」

私がそう言うと、納得したようなすっきりしたような表情になる。

 

「能力はもしかして病とかに関わることでしょうか?」

なるほど、椛の言う通りならここら辺に伝染病で死んだっぽい小動物がの亡骸があるのも納得。

 

「でも明るめの性格だから…無闇矢鱈にと言うわけでも無い」

 

「でも好戦的」

 

「意外と目立ちたがり」

 

「人喰いってわけでは無い」

 

「でもあまり友好的に関わってくれるヒトが少なくて困っている。こんなところでしょうか」

 

「ここは狩場みたいなものの一つ。兼寝床でもある」

 

「意外と寂しがり。それでキスメが来た時はよく一緒にいる」

 

「利き手は左だけど矯正してる最中で右手を使ってる」

 

「細かい作業が得意…と言うよりも裁縫が得意ですよね」

 

 

「な…なんでそんなにわかるのよ」

ヤマメが動揺してこっちに詰め寄ってくる。

なんでって言われても…椛も私も困惑するしか無いんだけどなあ…

 

「「だって見たらわかるじゃん(りますよ)」」

 

「それはあんたらだけよ!」

困惑でパクパクしちゃってるヤマメに変わってはたてに怒鳴られたけどよくわからない。なんで怒鳴られるのかなあ…

 

「ま、まあそこまで見てくれて嬉しいと言えば嬉しいのかな?」

 

「そんなしっかり見た?」

 

「どうなんでしょうか…こう言うのは一瞬で判断しないといけないのでほとんど見てないですね」

 

あらら…椛ったら辛辣。ほら、ヤマメちゃん凹んじゃってるよ!慰めて慰めて!

え、私が?

 

「ご、ごめんね。なんか初対面で色々言いたい放題言っちゃって」

 

「気にしてないからいいですー」

 

キスメとはたてが会話についていけず置いてきぼり状態になっちゃってるけど置いておこう。だってポカーンってしてて何が言いたいのかわからないんだもん。

 

誰のせいかって言われれば私だけどどうしようもないよね。取り敢えずここで油売ってる時間もあんまりないから…今度来た時にでもゆっくりお詫びしよっと。

 

それよりもまだまだ底が見えないこの穴に嫌気が出してきたんだけど…もう自由落下で先に一気に降りちゃってもいいかな?

許可してくれたらさっさと降りるよ?私はお姉ちゃんみたいにのんびりじゃないからさ。


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