長いようで短い隙間通過が終わり体に重力の感覚が戻ってくる。
同時に目の前に青空。体制を整える前に背中全体に衝撃が走る。
同時に視界がぐるぐると暗くなったり青くなったりを繰り返す。
重力に導かれて斜めになった板の上を転がり…止まる。
「もうすこし優しくしてくださいよ」
再び青空を映し出した視界に影がかかる。
「あら、ごめんなさいね」
絶対悪いと思ってない顔で私が通ってきた隙間から上半身を出して見下ろしている。この事態にした張本人…
「それになんで屋根の上に落とすんですか…」
白玉楼から戻ってくるだけなのにかなり体を痛めつけられた。
1度目は紫のせいで妖忌にぶった斬られ、二度目は幽々子さんの為に色々手ほどきをしたら勝手に厨房に入ってんじゃねえってなにも知らされてない妖忌に峰打ちを決められ…背骨が肺の裏側で折れた。
3度目は今、自分の家の屋根に落っこちた。
正直、背中打った方が斬られたり骨を折られたりするより痛いんですけど…
「そうね…気まぐれよ気まぐれ」
「ああなるほど、納得です」
ああなるほど、大妖怪の気まぐれですか。ならしょうがないですね。
「いやいや、納得しちゃっていいの?」
だって貴方がそう言ったのでしょう?ならばそういうものなんですよね。まあ紫ならなんか考えていそうですけどそれも今更。友人の気まぐれぐらい文句言わずに付き合う。いくら無表情でも感情の起伏が少なくてもそれくらいは当たり前ですよ。
「そんなにお人好しな妖怪見た事ないわ…やっぱり面白いわ」
お人好し…人じゃないですけどね。元人間だからでしょうかね?私自身当たり前だと思っている事でも他の妖怪と噛み合わない事が多い。
紫にも、妖怪と人間の違いがはっきりしてないと前に言われた。
『違い』って言われても境界を自由自在に操るトンデモ能力を持つ紫の言う『違い』を直すことは出来ない。
そもそも妖怪と人間の違い…簡単に例えるのは難しいので二極性で例えますけど、人間の感情に多い…仮に『善』としましょう。これが妖怪にしては異常に多いらしいです。逆に、妖怪に多い感情…『悪』とします。『善』が多いならこっちは少ないかと言えばそういうわけではなく…『善』の裏側にぴったりと張り付くように…まるで二つで一つ。どちらかが滅べばもう片方も滅ぶと言わんばかりの共存をしているらしいです。
それは、本来ではありえない。人間と妖怪を見比べた時に出る特有の境界が無い…つまりどちらでもありどちらでも無い。
こいしも似たようなものらしい。まあ私と人間の混ざったこいしなら仕方ないですね。
聞かされても実感が湧かない。実感がわかなければそれが凄いことかどうかすら分からない。
まあ理解ができる人同士で騒いでいてくれて結構なんですけどね。
幽々子さんならよくわかっているはずですからね。
私が何か起き上がる気配を見せず見ているのも飽きたのか…唐突に紫が目を逸らす。
心なしか顔が赤いのは気のせいだろうか。
そう言えば斬られた所為で服はズタズタでしたね。まさか心配してくれたのでしょうか?
「それじゃあ私はこれで……しばらく大陸に行ってくるわ」
「大陸?またナンパですか?」
「違うわよ!それにまたってなによまたって!」
だって私にナンパしたじゃないですか。
まあ冗談はこのくらいにして…大陸ですか…今の時代は確か宋でしたっけ。一度行ったことはあるが、お隣の国なんて欧州へ行くときに素通りしただけだったので詳しくはない。
そう言えばまだ紫は式を連れていませんね。やはりナンパしに行くんですね。
原作知識があるだけあって大陸に何しに行くのか大体の予想は立った。まあ予想したところでどうというものでも無いのですが…
「まあ、ナンパはどうでもいい事……頑張ってくださいね。お土産期待してますよ」
「はいはい、貴方も気をつけてね」
そう紫が言い残し、隙間が閉じる。
いや、閉じるというより…瞬きする間もなくその場から消滅していた。
映像で言えば一コマ後にはまるで最初からなかったかのように存在そのものが消えていたという感じだ。
少しくらいシークエンスがあってもいいと思うんですけど…
それにしても…美人が微笑むと本当に反則ですよ。
あれで堕ちない男って余程の鈍感なんじゃないんですかね?
まあ本人も自覚あるみたいですからそこまで私が気にすることではないですね。私に恋愛感情なんて無いですからね。
ゆっくりと体を起こし……
「あ…」
体を支えていた腕が不意に宙を切り、体が変な方向に回り出す。
慌てて体を浮上させて強引に落下を止める。
支えていた場所が不安定だったみたいです。
屋根の端っこで逆さまになった状態で空中に停止。
足を振り上げ立てに回転し体の方向を戻す。
さっきから視界が不安定すぎる。おかげでただでさえ弱い三半規管が狂ってしまった。
これ以上不幸が重なる前に部屋に入りましょう。
「ただいまお燐」
見慣れた家、でもなんだか少ない家。
仕方ないといえば仕方ない。いつも存在感がすごい子が今に限って居ないのだから…
「あ、さとり!やっと帰ってきてくれたよ。どこ行ってたんだい?」
家のど真ん中でのんびりとくつろいでいたお燐が私に気づいて駆け寄ってくる。
人型のまま猫のように突っ込まれても対応できないのでいつものように飛び込んでくるお燐を軽く躱す。
「ちょっと冥界に…」
「え…じゃあさとりはもうあの世に逝っちゃったのかい?」
「違うわ。ちょっと紫の友人に会いに行っただけよ」
ひどい勘違いです。
そりゃ生きている者が普通にいけるようなところではないですけど…幽々子はまだ生きてますし妖忌は半人で一応生きていますから。
いくら白玉楼だからと言って死者ばかりでは無いのですよ。
「それよりもこいしは?」
私が戻って来れば真っ先にこっちにタックルを食らわせてくる事間違い無しなのですが…
「ああ、この前地底に行ったよ」
「地底?」
聞きなれない単語が出てきて頭が困惑する。詳しく聴こうと思いサードアイを取り出す。
お燐もそれに合わせて当時のことを想起し始めた。
視界が開けたサードアイからお燐の見てきた情報が一挙に流れ込む。
「そう……じゃあしばらく帰ってこないわね」
山にある縦穴…ですか。確か原作知識を無理無理持ってくるのであればそれは旧地獄への入り口…紫によって地上とは断絶されたもう一つの国?地域?…しかも地上では生きづらい者の集まりのアウトロー。
私も本来はそこの存在。
ただ、この時代はまだ旧地獄も地獄として稼働しているはずですからその縦穴が地獄に繋がっている訳がない。
地獄は言ってしまえばこの世界の『裏側』に張り付くように存在する別の次元空間。それはこの世の摂理など全く通用しない…ある意味で異世界のようなものだ。
さっきまでいた白玉楼も同じ次元座標上にある。と言うよりかはこちら側とあちら側を結ぶ門のようなものの一つ。
思考が外れてますけど…縦穴くらいで安安と繋がるものではない。
ならこの時代はまだただの地底世界である。物凄く興味が湧いてきました。
「さとり?なに考えてるんだい?」
私の様子に何か感じ取ったのかお燐が顔を下から覗き込んでくる。
人型でそのような仕草をされても…正直戸惑っちゃいますからね。あ、決して可愛いとかそういうわけではないですしそれ以上の感情なんてまず起きないですから。
「お燐、準備しなさい。直ぐに出かけるわよ」
「急すぎないかい?」
そう言いながらもちゃんと準備はするんですね。
猫の姿になったお燐が肩のところに飛び乗り澄まし顔で尻尾を頭に乗せてくる。
その尻尾がむず痒くて仕方がない。
私の方は…服を着替えて終わりです。一応装備は整ってますけど…地底となると万が一もありますから用意だけはしていきましょうか。
ちょうどお忍びで外に出ていた天魔を引っ捕らえこいし達が潜った穴の位置まで案内させる。
ついでに大天狗達で食べてくれと差し入れ。賄賂かと冗談半分で茶化されたが別に賄賂とかそういう事ではない。そもそも私が賄賂なんてしたところで特に意味なんてないし興味すら起きない。そもそも権力なんて面倒なだけですからね。
さて…ここですよね。
確かにそこには穴がぽっかりと空いていた。
まるで森の中で何かを待ち構える獣の口のように自然と調和し…それでいて非現実的な穴だ。
「俺はさとりを一緒に連れて行かせたかったんだけどお前さんいなかっただろ」
「紫に引っ張られてましたからね」
「まあこいしを黙って借りたことは悪かったけどな」
「別に、気にしてませんよ。あの子が無事に帰ってくるなら何したって良いんですから」
「ありがとよ」
さて、穴の調査でもしますか。
目視での確認は不可能ですし…石を落として音響測定をしようにも…これちゃんと音が帰ってくるか不安ですね。なら、ちょっと面倒ですけどやってみますか。
「お燐、ちょっと耳塞いで隠れてなさい」
(はいよ)
お燐が服の中に避難する。中で耳を塞いでいるのが肌に触れているお燐の毛並みから伝わる。
「天魔も…ちょっと気分が悪くなるかもですけど…覚悟してくださいね」
「そしたら俺は避難してるけど?」
返事を待たずに天魔は飛び上がる。
「それじゃあ……」
妖力がかざした手のひらに集まる。
かざしたての真下は縦に伸びる深淵の闇。
収縮された妖力が膨張と伸縮を繰り返す。一秒間に200000回ほど繰り返す。それを二秒分。
衝撃波のようなもので軽く周りに風が舞う。
だがそれだけ…それだけです。
他に何も起こらないことに二人は困惑する。
なにをしたかって…簡単です。超音波を出しただけです。もちろん私の耳は超音波なんて捉えられない。だからまっすぐ直線上に2秒だけ照射。帰ってくる音波を妖力で生み出した受動板で感知する。
別に普通の音波でも良かったんですけど…どうせなら静かにやりたいじゃないですか。ソナーのピン打ちみたいな音出されてもこんなところでやるなって思いますし…そもそも私がしたのは妖力で空気を強制的に振動させただけ。試験的なものもありますけどね。
まあ超音波を出せたから今回は成功ですね。
「結局何したんだ?」
「ちょっとした手品です」
手品ってわけでも無いんですけどね。
説明が面倒なので手品でごまかしておく。
お、戻って来た戻って来た。
かざしたままの手のひらに僅かな振動が現れる。
音の速度から往復距離を簡単に割り出す。空気の圧縮とか反響の時の色々は面倒いので省く。
「かなり深いですね……これ地球の中心まで続いてるんじゃないですか?」
嘘ですけどね
「え、そんなに深かったの?」
冗談が通じなかった天魔が私の横から穴の下を見下ろす。
「冗談ですよ。だいたい90キロ前後ですよ」
「いやいや、それだけでも相当深いよな。っていうか簡単にわかるんだったら最初に観測しておけば良かった」
肩を落としてがっくりしてる。
そんなに落ち込まなくてもいいじゃないですか。今更なんですから。
確かに事前に距離がわかっていれば装備品とか食料とか行程とか色々目測が立って楽だったとは思うんですけど…まさかこの穴がそこまで深いなんて思いもしなかったのでしょうね。
「ところで…下から連絡はあったんですか?」
「いや…まだない」
「そうですか……」
(心配だねえ)
この深さじゃ連絡手段なんて無さそうですし…あ、でも天狗なら使い魔がいるしそれを使えば…それすらないとなると…
「ここまで深い穴だと…あれを思い出しますね」
小説ですけど…まあ一応ありえない話では…いや、ありえないか。でもあの世界でありえなかったことはこの世界ではあり得てますし…
(それで、さとりも潜るのかい?)
「そうですね……お燐、どうします?潜ります?」
(あたいはどっちでもいいけど…こいしが心配なら行ってみたらどうだい?)
「……まあ、あまりにも長い合間帰ってこないようでしたら…」
「そうですか…」
ってお燐、もう3日も連絡なしとかやめてくださいよ。本気でやばくなってるじゃないですか。
「あの…連絡、本当にないんですか?」
「ああ、使い魔の一匹もよこさないぞ」
当然だと言わんばかりにあっさりと言ってくれますね。
予定変更です。
「お燐、絶対に離れないでね」
(え、ちょっと!)
幸いにもこうなることを予想してある程度の準備はしてある。
浮き上がった体を穴の真上に持っていく。
「お、行ってくれる?お土産期待していいかな?」
天魔が楽しそうに聞いてくる。
「ええ、余裕があれば期待しておいてくださいね」
服の中から逃げ出そうとするお燐を押し込めて浮力を弱める。
天魔もてっきり付いてくると思ったものの…流石に勝手にそこまですることは出来ないのだろう。
お忍びとか言っときながら柳君が遠くで見守っていましたからね。
最後に、そんな柳君の方に目線を向けウインクをする。
ギクッとしている柳君の顔が手に取るようにわかる。
そんな時間もわずか数秒。次の瞬間には土色の視界が目の前に広がる。
浮力をカット。自由落下に任せる。
体にかかる浮遊感と風が心地よい。
ただ、お燐はこの独特の浮遊感が嫌いなのか服から顔を出して必死に叫んでいた。
「狭いですし景色も楽しめないスカイダイビングですけど…あ、違いますね。アンダーグランドダイビングですね」
(どうでもいいよ!体が!いやああ‼︎)
ちょっとうるさいですけど…片道90キロの長距離なんですから我慢してくださいね。
速度がどんどん上がっていく。時々見えていた木の根っこのようなものは直ぐに見当たらなくなり飛び出た岩が迫ってくる。
最初は騒いでいたお燐もだんだんと静かになって来た。
「はたてと椛がいてよかったね!」
「そうね。あの二人のおかげで私達は、ここでのんびり拠点確保を出来るからねえ…」
二人には使い魔を使用しながらこの地底の探索に行ってもらった。
私達より情報収集能力が高い二人にはぴったり。
なのに椛はやたらと渋った。
なんでも、鴉天狗と違って視界から入る広域情報から必要な情報だけを選別、収集、整理する事が出来ないそうだ。
よくわからないけど…ヒトそれぞれの感覚なんてわかりはずもないから理解はしてない。どっちにしろその飛行能力でなんか見つけて来てって言ったら今度ははたてが不満になるし…
ちょっとイラっとしたから、ヤマメと協力して色仕掛けしたら二人とも快く飛び立っていった。
まあヤマメに許可なんて貰ってないから後でヤマメを慰めるのが大変だったけど…
え?そっちの気があるのかって?ないない。多分ないよ。
その気を起こしてもお姉ちゃんだけだからね。
「そういやさ、こいしちゃんは何やってんのかなあ?」
手元を覗き込んで来たヤマメに一瞬だけ体が反応する。
初対面でここまで相手から近づかれると少しだけ戸惑う。こっちから近くのと違うからなのか距離感が掴めなくなる。元々さとり妖怪は距離感を図るのが下手だったりするからね。
「えっとねえ…縄作ってたの!」
素材はそこらへんに生えてた長い葉っぱとか茎とか。
お姉ちゃんに教えてもらった方法で本当は蔓系の植物の方が良いんだけどみつからなかったから葉っぱと茎で代用。
「縄なんて何に使うのさ」
「んー…色々かなあ?」
作っても使うかどうかわからないけどいざとなった時にあった方がいいじゃん。何に使うかは別としてさ。
ふーんと生返事を返してヤマメはそのまま手元を見続ける。
そんなに面白いものでも無いんだけどなあ…
私はつまらないし楽しくなんて全然だよ。
三十分ほど私の作業する音がし続ける。
そんな私たちのもとに鴉の羽と風が舞い降りる。
「ただいま」
「おかえりー…どうだった?」
作業を終わらせて二人の方に顔を向ける。
「そうね…向こう側に湖がある以外は特に目立ったものはなかったわ」
そう言いながらはたては一枚の紙をこっちに渡して来てくれる。
どうやらこの地底空間の地図みたいだね。
へえ…すごい精密。
「出口とかも探してみたのですが……」
「あーやっぱり無かったか」
残念そうにする椛をヤマメが軽く慰める。
「どっちにしろ…簡単には出られないのかあ…」
仕方ないね!世の中そんなに簡単にはいかないよね!
というわけで一発弾幕を成形する。
なんてことはない小さな、でもちゃんとした弾幕。
私が弾幕を作ったことに気づいたみんながこっちを見てくる。何をしたいのか全くわからないって言った表情だけどね。
「なんのつもり?」
そう聞いて来たはたてに私は…
「こういう事だよ!」
はたて達の方向に向けて弾幕を発射した。