古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth4.だからさとりは危ない

目が再生してから半日経ったころようやく猫が帰ってきた。

 

というより寝ているところを踏まれた。

 

「お腹の上に乗らないでください」

 

(寝てるからだろう。全く…あたいがせっかく行ったのにさとりは何やってんだい)

 

別にいいではないですか。どうせ目が治るまであのままだったんですから。

とまあ…適当な言い訳を考えつつ猫をお腹の上から下ろす。

 

「それで…みてきたんですよね」

 

(当たり前じゃないか!それ相応の対価を払ってもらうんだからそれくらいしないとだよ!)

 

あはは…じゃあとびきりのを作らないとですね。

 

 

上体を起こし猫を膝の上に乗せる。

 

具体的な方法はだいぶ前に試験した時に言ってあるので大丈夫なはずである。

少なくとも猫に関していえば全く問題ない。

服の中から普段は隠してあるサードアイのコードを引っ張ってくる。コード自体は出しても出さなくてもいいが今回の場合服の中では厄介な事になるかもしれないので出しておく。

サードアイが振り向いた猫の目をの覗き込むように見やる。

 

「…想起」

 

今回はただ思考を読むのではなくその生物の見てきた記憶を読み取る必要がある。それも長時間にわたっての分だ。

 

普段は半目のサードアイが大きく見開き怪しく光る。

本来は一瞬のトラウマを引き出すだけの力。今回はそれの応用だ。

 

ただし情報量が多いのでどんな反応を起こすかは全くわからない。未知の状態だ。

 

怪しく光った直後から猫が体験してきた記憶が管を伝って脳に流れ込む。

視界の一部に猫の体験した方の視界が重なるように入り込む。視界だけではなく嗅覚、聴覚、の感覚全てに記憶の方の体験が入り込み入りそれぞれの器官を刺激する。

 

まだ…問題はない。途中で少女に後ろから鷲掴みにされるあたりでわき腹に不意に刺激が走り思わず身体が反応してしまう。これは不意打ちすぎる

 

 

霍青娥が言っていたお寺に入るところまで一気に遡る。

 

一瞬意識が飛びかける感覚に襲われ次の瞬間、今度は真下に叩きつけられる。

記憶を一気に跳躍した感じに遡ったようだ。

 

ここから一気に記憶を読み取り頭に覚えこましていくのを始める。

一回深呼吸。慣れないことへの不安を抑え込む。こう言うのはかなり心理面での影響が大きい。

ここで不安ばっかり考えてたら絶対に失敗するだろう。

 

気が落ち着いたところで記憶の再生を開始。サードアイ経由で管から何かが入ってくる。それが実体のあるものか、はたまた幻の感覚であるのかはわからない。実際にはただ血液の流れを感じ取ってるだけなのかもしれないし何かが流れているのかもしれない。

 

ただそれを探ろうとするのは意味がないし私自身自分の能力が好きではないからやる気もない。

 

今知るべきことは情報を知る事である。

 

 

 

寺に入って…成る程…床下への侵入経路もしっかり探ってますね。

 

 

……望み通り隠れやすいところを色々見てきたようだ。本当に助かる。

もう名前つけようかな…この猫そろそろ妖怪化して来てますし…とか思ってるって事は今はどうでもいい与太話だ。

 

今はただ無言で能力を使いその時の記憶と思考を全力で読み取っていく。

 

うんうん、通信連絡がしづらいって事を除けばいいところだ。

よく考えていらっしゃる。

有能な相棒ですまったく…

 

さらに記憶を掘り下げるためさらに深くまで記憶とそれに付随する思考を読み取ろうとする。

 

 

 

 

 

刹那、世界が反転する。くらりと視界が歪むような感覚に襲われ、危うく倒れそうになる。

 

 

反射的に片手をつき倒れこむのを抑える。

元の体勢に戻そうとするが上手く全身の筋肉に力が行き渡らず、何方が上か下か…右なのかすらわからない。

 

体勢が崩れたままであるがこのまま行く事にする。その合間にもどんどんめまいが激しくなっていく。

 

 

それでも能力に回す力は緩めない。だんだんと意識が猫の体験した記憶に引っ張られる。サードアイと管が破裂しそうな痛みを内部から発生させる。実際管の一部が張り裂けそうなほど膨らんできた。読み取る情報量が多いのだろう。

 

それでも正確な情報を得るためには必要な事なのだと言い聞かせ能力をフルパワーで使用する。猫が体験してきたその時の視界、思考、感覚が身体に電気信号として走る。

 

それに伴い激しい頭痛が巻き起こり私の精神が削られていく。

 

私の体は呼吸が乱れているらしい。呼吸そのものも上手く出来ていないのか酸素不足になっている。

管とサードアイ本体が悲鳴を上げ始める。

 

管は今にもはち切れんと言わんばかりに膨らみ目は充血して真っ赤だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

パチッ……

 

 

 

 

 

とても聞き取れる音では無かった。というよりどれほどそうしていたのだろうか…経過時間すらわからなくなって来た頭に木の枝が折れるほどの小さな音が響いた。

だがその音は確実に管の一部が弾けた事を伝えていた。

そしてほぼ同時に来る激痛も、それが幻覚ではなかった事を告げる。

 

「う、いったぃ…」

 

初めて体験する痛みが途切れかかっていた意識を呼び戻す。

 

痛さで気が変になりそうだ。身体の感覚も既に失われ立っているのか座っているのか…はたまた浮いているのかすらわからない。

というよりからだがどうなっているのかわからない。わかれない…

 

 

 

 

管が破裂していた後も数分程そうしていただろうか…私にとっては数時間分にも感じられたのだが……

ようやく全ての記憶を読み終わり能力を停止させる。

 

 

痛みが少しずつ引いていき荒くなっていた呼吸が落ち着く。

 

 

 

身体を横にしてしばらく考えるのをやめる事にした。一瞬にして数時間分の情報を脳に叩き込んだのだ。これ以上脳に負担がかかると本気でやばいと頭痛が警告している。

本当に覚りは辛い。

 

取り敢えずは裂けた管を止血するのだけはやっておこうと破裂した箇所を見る。

既に出血から数分経っている為流出した血液が固まり傷口が塞がれかかっている。

 

此の程度なら大丈夫であろう。

そう思い管を胸のあたりに持っていく。傷口が地面にあるのはなんだか嫌だ。

 

 

(大丈夫かい?無茶して体壊しちゃ元も子もないよ)

 

隣に来た猫が心配そうな瞳で見てくる。その猫の顎を軽く撫でながら私はこう言い返す。

 

「そうですけど…こうした方が効率いいですから」

 

今はまだ自分の体の心配をする時ではない。まずは生き残る事が最優先だ。

私自身の身がその時までどんな状態になっているか…今はどうでもいい話。

 

寝っ転がった体勢のせいなのかだんだんと眠くなってきた。やはり体力の消耗が激しすぎる。起き上がるのが億劫になって来た私は全身から力を抜く。

一旦眠った方が良いかなと思い意識を手放そうとする。

 

 

 

だが意識が落ちそうになる一瞬、本能が警告した。

 

警告が手放しかけた意識を呼び戻し思わず飛び起きる。

 

何か忘れている。それが思い出せない。記憶とかそう言うものじゃなくもっと原始的な…生存に必要ななにか…

 

傷口…じゃなくて猫…でもなくて……血?

 

管から流れた血はそのほとんどが地面に残っ……

 

「あ……」

 

気付いた時には既に遅かった。なぜ最初に気づかなかったのだ…完全に後悔しか浮かばない頭で、それでもこの後どうしたら良いかを考え始める。

 

(……‼︎まずい‼︎)

 

猫が気付いたようだ。まだ私自身は感じないがサードアイがしっかりとした殺気を捉えている。思考を読める程度には近くないので来ているという事しか分からないが…

 

「えーっと…料理はしばらくお預けですね」

 

そこじゃない!って突っ込まれる。失礼な、こういう時こそ気をしっかり持つんですよ。

それとこれとは違うだろって?当たり前です。

 

まぁ、気持ちの余裕があるだけまだ良かった。

 

 

血の匂い…もとい私の妖力混じりの妖怪の血の匂いが周りにいた他の妖怪を呼び寄せてしまっている。

 

既に獣みたいなものは周りに集まり始めている。

姿は全く見えないがサードアイは向こう側の思考を完璧なまでに読み取っていく。

 

完全にこちらをターゲットにした思考が4…様子見が5…

すでに体力を使いきって怠い身体でまともに闘ってどうにかなる相手ではない。

 

まともに戦えばだ…

 

これでもこの数年妖怪から逃げてきた訳ではない。

人型を取らない獣野郎とは何回も何回も戦ってきた。

 

 

決して場馴れしたわけでは無いがどうしていいかわからない訳でもない。現に体力は限界でも妖力とサードアイと言う武器がまだ残っている。

 

それにここには猫もいる。

早い段階から気づいていたのに逃げずにここに残っているのだ。このままでは巻き添えを食らうのは必須だ。

 

 

 

「猫さん…ちょっと狭いですけど我慢してくれますか?」

 

(え?ああ、わかった。さとりに任せるよ。どうせあたいだけじゃどうにもならないしね)

 

本人?本猫?の許可をもらい猫を抱き上げる。

両手がふさがるとマズイので胸元に押し込む。

 

その合間もサードアイによる警戒を怠らないようにする。

向こうはいつ襲ってきてもおかしくないのだ。

 

 

猫が頭を服の上から出す。

(狭…本当に窮屈だった)

 

「すいません…今は我慢してください」

 

ゆっくりと立ち上がる。

まだフラフラしてとてもじゃないが戦える状態ではない。

 

 

向こうも気づいたのかジリジリとこちらに向かって歩みを進めていく。

 

身体がこんな状況でまともに体術など使えるはずもない。

そう判断し私はそばにあった小石を拾い握る。

 

 

私がそうして数秒ほど経っただろうか…周りに満ちていた静寂が破られた。

いや、私から破った。

 

音速の二倍で握った手から弾き飛ばしたそれは一番近い位置にいた敵の首元を貫いた。

それが引き金となり三匹が一斉に飛び出して来た。

 

正面の一匹はさっきとは逆の手に握られ弾き飛ばしたそれによって頭を砕かれる。

 

今ので怯んだのか残り二匹が突撃をやめる。

 

見た目は大型犬…どこか猪のような感じがしないでもないその獣が私の目の前でゆっくり迫ってくる。

 

かなり警戒しているようだ。

 

目の前にいる二匹からは目を離さず、サードアイで周囲の他の奴の思考を探す。

 

……どうやら最初の攻撃を見て殆ど諦めたようだ。

私を倒して得る為に必要な犠牲の数が多いと判断したのだろう。

先に殺した2匹は…仕方ない。それに今目の前にいる奴も犠牲になるのか…

あ、犠牲にするのは私か。

 

 

そして遠いところからこっちを見ているヒト型がいるようです。

まだ距離があるので思考は読めませんが近づかないところを見ると傍観しているのでしょう

それはそれでありがたいが…出来れば助けてほしい。

 

 

そう思っても相手に伝わるわけもなく、そんなに気を散らしていたら獣がチャンスとばかりに襲ってくるのは目に見えているはずだ。

 

案の定、獣が突っ込んでくる。今度は両方からの挟み撃ち…さっきみたいな三匹を同時に相手するよりかはマシだ。

 

 

視線を相手から離さず後方にバックステップ。同時に右の奴に狙いを定める。

 

 

腕に妖力を回す。その妖力をどのようにするかは咄嗟のイメージだ。

今回は炎をイメージしたようだ。

覚りの性分も合わさってか獣のトラウマでも掘り起こしたのだろう。

自分に向けられた腕が燃え上がったのを見て一瞬隙が生まれる。

 

その隙は場馴れしていない私でも十分攻撃を加えられるものだった。

 

「はあっ‼︎」

相手に向けて思いっきり手刀を叩き込む。狙うは喉だ。

 

ゴキュっと言う異音と共に首に当てた手から変な感触が伝わる。

 

首の骨が折れたのだろう。一瞬にして相手は動きを止めた。

 

そして同時に反対の腕に激痛が走り身体が弾き飛ばされる。

私の体は手刀を食らわせ事切れた獣の上に投げ出される。

(ふぎゃ!)

 

 

今なんか変な音がしたがそれどころではない。見れば左腕にもう一匹が噛み付き私を押し倒していた。

 

牙が深々と刺さり肩の肩の関節が変な方向に向いている。完全に骨が外れただろう。

 

「……っ!」

 

だが好都合だ。

と言うより想定の内だ。

どうせ1匹づつしか対処できないなら一方を相手取る合間はもう一方はこうやって抑えていればいい。

だからあえて取っ掛かり易いように左腕を横に軽く伸ばしていたのだ。

非力な私が腕一本で助かるなら安いものだ。

 

今度は足に妖力をかけ上に乗っている獣の腹めがけて蹴り上げた。

 

蹴り上げた足は丁度前足の間に食い込んだようで肋骨が折れる音が足を伝って頭に響く。

獣の思考が苦痛に歪む。

獣は思わず飛び退いた…だが牙が抜けずに私の腕が引っ張られ引きちぎれていく。

すごく痛い。本来なら激痛で失神するレべるだろう。

 

……だが、私には凄く痛い程度にしか感じない。

 

「…想像していたより痛くない」

 

どうやら蹴り上げたのが効いたらしい肋骨が折れた獣は逃げ出した。

 

その姿を見送りながら胸元に押し込んだ猫を引っ張り出す。

 

さっきいやな声を上げていたので大丈夫かどうか不安なのですが。

…どうやら大丈夫そうです。伸びてますけど……

 

「はあ……」

 

猫を片手に近くの川まで歩いていく。

戦闘を終えた後だというのに妖力は逆に回復している。

殺した相手の上に乗っかっていたときに妖力でも吸い取っていたのだろうか。それとも死んで空気中に発散された妖力を回収していたのか…

 

 

 

川についてやる事は千切れかけてぶら下がっている腕を切り離しにかかる。

このままでは再生の邪魔だ。

 

傷口を確認、静脈と動脈…それと肉の一部が腕をつなぎとめている状態だ。

既に出血は止まっている。

 

一旦服から外した帯で傷口の胴体側を縛り付ける。

そして素早く爪で腕を繋いでる血管を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ…終わりました…」

誰もいないがただの独り言…猫はいるがまだ寝ている。いい加減起きたらどうですか。

 

 

また血の匂いに引き寄せられる奴らがいそうだったので切り離した腕を処分し素早く川を後にする。

その合間もずっと遠くからヒトが見ていたようだが…と言うか進行形で見ているが敵意がないので今は放っておくことにする。

 

 

既に日は沈み、辺りは宵闇に包まれている。

安全そうな場所が見つかり次第休むことにしよう。

どうせ明日にはお寺に侵入する命がけの事をしなければならないのだから……

 

ふと、再生中の腕を見る。既に二の腕までが再生し終わり腕と一緒に千切れた服の腕の部分だけが傷の後を残してるだけだった。あと数刻ほどで完全に回復するであろう……本当に異常な回復力だ。

 

 

 

 

 

 

 

寺を監視し始めてから3日ほど経ちました。

 

基本は同じところにずっと隠れ朝から晩まで傍聴を行なっているだけです。

まぁ、普通なら物凄く暇になりやすいものですが常に気が抜けない状態のため暇と感じるより疲労が溜まっていく方が圧倒的に早い。

 

私の前世記憶では、よく潜入任務(スニーキング・ミッション)のステルスゲームをよくやっていたようです。それを本当にすることになるとやはり色々大変です。

 

 

 

私は何処ぞの蛇ではありませんし、バレないように外に放たれる力を押さえつけるだけしか出来ません。と言うかこの時代にダンボールなんてないんです。

 

で…見つかったらガチで終わりな為床下で盗み聞きしながら情報収集を行うしかないのですが…

 

 

《おーい!そっちいたか?》

 

《……いや、……いな…》

 

私が潜り込んでる事がバレかけてまずいです。

人生のベスト3に入るくらい絶望的な状況です。

 

事の発端は数分前…

 

私はいつもと変わらず床下で盗聴を行なっていた。

丁度その日豊郷耳達の事についての話し合いがあったのだ。

盗聴を始めて3日目にして早速お目当の情報が聞けるのだ。

 

最初は都合が良すぎるので罠かと思い危険であったがサードアイでもそれが偽情報ではない事を確認した。

その際に一瞬だけ能力を使用してしまい危うく隠れて視ていることがバレそうになったが…まあなんとかなった。

 

 

結果から言えば罠ではなかった。本当に偶然だったようだ。

そんな好機を逃すわけもなく私は床下で会話を盗聴しようと潜り込んでいた。

 

 

やはり豊郷耳の事はごくわずか…しかも相当な地位にいるものか力を持つ者だけが探っているようだ。

 

その為なのかこの話し合いにもかなり力を持った僧などが数名集まっていたにすぎない。

おかげで盗聴がバレそうで心臓に悪かったです。

 

まあ…本人たちの力が強く流れすぎてるから私の微弱な力など押しつぶされてわからなくなってしまうだろうが…

 

その事を頭でわかっていてもそれを理解するのは難しいものです。

事実床の隙間からサードアイで内部の人の心を読んで見つかりかけたのはいい思い出です。

その時はなんとか乗り切りましたけど

 

 

まあ…いろいろ知りたいこととか分かったから良いと言えば良いのです。作戦実施の事とか封印とか退治とか…

 

えと…超簡単にまとめると…

 

 

 

 

 

 

なんか豊郷耳様怪しいよな。仏教進めてるけどどうやら道教やってるらしいけど。

 

でも証拠ないし無理に詰め寄っても多分返り討ちだぜ

 

そう言えば最近豊郷耳様って病気で長くないよな(・・?)

 

なら亡くなった時に調べれば良いのでは?状況によってはそのまま封印するのも手だし…

 

そうだな。そうしよう…ならいつ動く事になっても良いように準備しよーぜ!

 

わかった。それじゃあいつでも動けるように色々準備に入る解散!

 

だいたいこんな感じ……後で一応霍に伝えておきましょう、

 

ここまでは良かったのです。

 

しかし私が焦りすぎました。失態です。

 

目的の事は聴けたのでそれを知らせようと私が姿勢を動かした瞬間、私の僅かな動きに一人が反応した。どうやら勘の鋭い人だったようです。

 

僅かな気の流れや乱れを察知してこちらの存在に気づいたみたいだ。

 

ただし場所までは特定できず、私がここにいるということはわからないようです。

 

しかし結果的に誰か見ているのではないかと疑い始めました。

 

今はまだこちら側には気付かないようですが、いつ床下に私がいるとバレるか気が気ではありません。

相手とを隔てるのは床板一枚のみ、気の流れや力を遮断するには薄すぎるのです。

 

 

冷や汗が頬を伝い地面に落ちていく。強い法力が体に直撃し精神的に追いやられていく。

数年しか生きていない身にはキツすぎる。重圧に押しつぶされそうなのを必死に堪える。

 

《だいたいこの辺りだったんだがな…》

 

ビクッ…

 

私の真上を人が歩いていく。ギシギシと真上が軋みその度に心拍数が上がり視界が狭まる。

 

本気で死を間近に感じているようです。

 

一瞬のミスが命取りになりかねない。

 

本当は今すぐにでも動きたいです。動いて走って…逃げたいです。いつまでもここにいたら洒落になりませんから。

ええ、そうです逃げます。臆病で弱い者が変な意地を張ってまで残るものでも無いですから。

 

ですが今動いたら確実に見つかりますし…どうしたことか…

 

 

 

 

 

 

(あたいが囮になろうか?)

 

 

え⁉︎猫さんいつのまに!

 

いつの間にか真横に黒猫がいた。

上の人の動きに夢中で全然気付きませんでした。最近気配を隠して歩くのが上手くなっていますね。誰のせいでしょうか…

 

(いやあ…暇だから様子を見にきたらなんか大変なことになってたからさ)

 

でも良いのでしょうか。かなり危険なことですよ。

 

(あたいなら大丈夫)

 

そう言ってこっちを見てくる。

 

サードアイで見なくてもわかるほど自信に満ちたその目を見ていると先ほどまでの焦りが落ち着いてくる。

 

 

確かに猫なら怪しまれないし気をそらせる…上手くいけば相手が捜索を諦めてくれるかもしれない。

 

 

無言で頷く

(それじゃああたいが上に行ってくるから。タイミング見て逃げてね)

そう言って猫は玄関の方に走っていった。

……心配です。あの子は自分でしか気づかないほど微弱ながらも妖力を持っている。それが気づかれればそれこそ一巻の終わりでしょう。

 

そのようなものを与えてしまったのは私…もし私に絡まなければあの子がここまでする必要は……いいえ。今考えることではないです。

今は脱出して情報をもっち帰る事です。

 

…今度鰻の蒲焼きでも作ってあげましょう。

鰻捕まえるまでいきていられるかは別として……縁起が悪いですね。

 

 

上の方で再びバタバタと音がする。

どうやら猫がうまい感じに引きつけてくれたようです。

 

 

《おいどうした?なんだただの猫か…》

 

《もしか…て此奴だった…じゃないのか?》

 

《そうな……のかもな…そ…かわいいな…》

 

《それじゃあもう行こうぜ。あんまりここに集まってると不審に思われるぞ》

 

《ああ、そうしよう》

再び私の真上の床がギシギシと言い本堂の方へ人々が歩いてくのが嫌でもわかる。

 

ここで迂闊に動いてバレたらそれこそ終わりだ。早く行けと念じる。

 

……どのくらい経ったのだろうか…数分だったか数秒だったか。しかし体は数時間と経った気分だ。足音はもう聞こえず静寂に包まれている。どうやら行ってくれたようです

 

ほっと一息つきたいところですが、すぐに知らせなければならない情報が多いです。

 

伏せたままの姿勢からほふく前進で境内入り口の方に這っていく。

 

だが室内に人がいなくなったものの外にはかなりの人がいるもので…例に漏れず私が出ようとした階段の近くにも人がいました。一人二人なら良かったんですが…ソコソコの力を持った僧が数人となれば迂闊に動けない。また足止めである。

 

……早くどいてください。邪魔です。

思わず悪態をつく。

 

「にゃー」

 

あ…黒猫さん…

 

階段の陰から聞き慣れた鳴き声がした。

そっちの方に視線を向けると、陰に上手く溶け込むように猫が佇んでいた。

 

どうやら無事だったみたいだ。よかったです。

 

(なんか動けてなさそうだけど…)

 

すいません…出られるとこを見られるとやっかいですと言うか一瞬で終わりです。

 

(仕方ないねえ……ちょっと待ってな)

 

ありがとうございます。

 

(ほんと世話がやけるねえ)

 

まぁ、こう言うの慣れないですから

 

(ま、そんなもんかね…)

 

こんな感じに軽くアイコンタクトを交わす。

 

アイコンタクトが終わった直後、猫が近くにいる人たちのところへ駆け出した。

 

え……結構活発に暴れるんですね。

 

結構大胆に集まっていた人に襲いかかっている。正直言ってあの子が大変そうだ。って言うか…あの子ストレス溜めすぎ…

 

 

猫に襲われた人間たちはてんでバラバラにその場を去っていく。一部は猫を捕らえようとしたが素早い猫の身のこなしで逆に転ばされてしまう。

 

……私よりも強い。

 

周辺に人気が無くなったのを見て気配をギリギリまで殺して外に出る。

 

服についた汚れをその場で払い落としそのまま一般人に紛れ込むように門へ歩いていく。

 

なるべく目立たず、普段通りに門を通過する。何度か僧の近くを通ったがなにぶん気にされることもなく平和にすんだ。

 

門を出たところで彼女と合流するため待ちの中心地に行く。

 

合流地点はいつもバラバラである。基本的に一度会った時に次にどこで会うかを毎回指定される。

本当に私は使いっ走りなんだと自覚してしまう。まぁ自分で選んだのだから仕方ないか。

 

 

そうこうしているうちにお目当の建物が見えてくる。

 

やや他の店より大柄であり全体的に開放的な室内。

なにやら名前っぽいものがあるらしいがそれが書かれていないのでなんて名前かはわからない。

 

今回の彼女との連絡はここの店で行う。

 

通称、喫茶とでも言っておきましょうか。

喫茶といっても席がある訳ではなくただ椅子に座って飲むような休憩所に近いものだ。って言うか喫茶っていうのはただ私が呼びやすいようにしているだけで実際は別の呼び名らしいが…

 

そこがなんて名前の店であろうと私はあまり利用しない。どっちかといえばあの骨董品店もどきの方が落ち着くのである。

 

そんなどうでもいいことを考えながらお湯を頼んで近くの椅子に腰をかける。

今になって緊張の糸が切れたのか一気に体が怠くなる。

 

本当はこう言うときはお茶が良いのだが……生憎なことにこの時代にはまだお茶はない。

 

意外かもしれないが飛鳥時代の日本にお茶はない。

 

一応それに近いものはあるけど不味くて仕方なく私は飲めませんでした。

 

だいたい…800年代でしょうか…中国経由でお茶が伝来したはずですのでお茶が飲めるのはもう少し後の時代です。ああ、庶民も飲むようになったのは江戸時代までいかないといけませんね。

 

思考が枝道にそれていると一瞬周りの空気が変わった。

いや、なんとなくだが空気というより気の流れが変わった。

風が止み周りが無風無音空間になる。

 

意識を阻害する結界が張られたようだ。

 

周囲の人の感覚が変わる。まるで背景のように歩いているのに何も感じ取れない。…本当に原理が分かりません。今度発動時を見せてもらいたいです。

 

「時間より少し遅い気がするけど……」

 

「こっちだって色々あったんですよ」

 

視界の横に青色の髪が見え隠れする。

振り向くのも億劫なので目を瞑りながら適当に返事をする。

 

「ふーん…まあいいや。それで、なにかわかったんでしょう?」

 

「ええまあ……単刀直入に言って、豊郷耳さんが生存している合間は仕掛けてきません」

 

あまり長々と話す気も起きないのでストレートに言う。別に悪くはないはずだ。

 

少しの合間静寂が店を包み込む。なにやら考えているようだ。

 

 

 

 

……無性になにを考えているのか気になってしまう。

 

 

ああ…覚りとしての感情がこんなところで出てくるとは……いささか早い。

 

「生存している合間……」

 

「ええ、行動は人としての死後となります」

 

 

「……そっか。じゃあ私が頑張らないといけないのかな…」

 

……どう言うべきだろうか。原作を知っている私はここで封印されても幻想郷で再び復活するのを知っている。

だが、私と言うイレギュラーな存在がいる時点でこの世界が原作通りになるとは限らない。もしかしたらと言うこともある。

 

それに…目の前で深刻そうに考え事をしている霍青娥を見ていると放っておけそうにもありません。

 

お節介ではありますけど…ここは手伝っても損はないのではないだろうか。

今でも使い捨て感覚で使われているのは承知してます。

 

それでもどうやら私の良心は見捨てる気が無いようです。

 

「……まぁ、私も全力で手伝います。なんでも言ってください」

 

結局、モヤモヤして仕方ないのでその場を後にする。

別に向こうが頼んで来なくてもこっちはこっちで動くことにしているから返答を待つ意味は無いのですが……

 

それにこっちは向こうに絶対服従…とまではいきませんが、絶対的力の差ですから変に刺激すると本気で走馬灯を見てしまいます。

 

痛いのは嫌いですから。

嫌いなことはなるべく避ける主義です。

 

「……それじゃあ…頼んでいいかしら?」

 

店から出ればそこは術の効果の範囲外…私が出ようとした直後に引き止めに来た。

正直意外である。私は引き止められることはないと思っていたのだが……思った以上に優しいですね。

 

 

「ねえ…なんでもって言ったけど…あの寺の人とかを少しだけ引きつけておくことはできるの?あ、いや…なるべく貴方に危険がないようにでいいから」

 

 

意外です。こんな弱小に頼みを持ちかけるなんて…

 

私が知らない合間に状況は変わってきているのかもしれません。

 

サードアイで全て見てしまえば楽なのですが、それをやってしまったが最後私は戻れないかもしれない。

未だに残る人間の感覚は私を完全に妖怪にするのを妨げる。

 

ただでさえ人間の荒んだ心が視えてしまう種族なのだ。

脆い人間の感覚などひとたまりもなく壊れる。

 

だからこそ私は力を使いたくない。

 

その上私の中の人間がお人好しだ。

ここまで付き合ってしまったのもそのお人好しが原因だ。妖怪があの程度で協力するなんてことほぼありえないのだ。

 

こんな思考をするあたりそろそろどっちか決めなければならない。

 

さて、私に渡された選択権は二つ。ここで人を捨てて妖怪となるか、はたまた人として生きるか。

 

楽な方は圧倒的に妖怪であろう。

なら…私はどっちを選ぶのだろう。

 

 

 

 

……いや、ここまできた時点で大体わかり切ってることだ。

 

 

 

 

「……出来ますよ。寺どころかこの街全体の注意を引くことも可能です」

 

だから私は振り返らずにそう答える。

 

 

かなり博打的ではありますけど…

 

その一言は心の中に留めておく。そんな情報は教える必要がない。

もしもの時は私がやられるだけだ。実質彼女達への注意は外らせる。

 

「なら…お願いできるかしら」

 

「ええ、任せてください」

 

彼女の安堵した感情が背中に当たる。

それを受け止めながら私はその店を出る。

 

 

 

 

結局私は人を捨てることが出来なかった。おそらくこの先も何があろうと私の中の人が殺されない限りずっと私は人でありたい。

 

それこそ自分勝手なエゴであろう。ただ、今はまだそのエゴを押し通しても良いのかもしれない。

 

少なくともいつか出来る幻想郷までは…人でありたい。

 

 

行き交う人々にまぎれ込みながら私はいつも通りに自分の寝床に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言えばお湯頼んだのに結局もらわなかったな。

 




さとりが撃ってたものはそのうちわかります。
初めての戦闘…描写が大変です。

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