「……なっ!」
はたてと椛の合間をスレスレのところで通り抜けた弾幕は二人の真後ろの木に命中。多少、木の表面を削り飛ばした。威力はほぼ無し。敵意ないよって事を伝えながらも威嚇するには十分。
「バレてないと思った?」
明らかに動揺している。妖力…っていうのだろうね。人外特有の力が狂った磁場みたいに流れてる。
椛を除いた二人が明らかに驚いてる。まあ隠れる事に関しては上手いね!お姉ちゃんほどじゃないけど…
椛は誰かが隠れてるって分かっていて、ことを荒げたく無いから放っておいたみたいだね…人が悪いねえ。
まあこの場合私が面倒ごとを引っ張り出しちゃったとも言えるけどね。
そしたら人が悪いのは私か…まあ半分しか人じゃないけどね。
あ、椛は抜刀しちゃダメだよ。怯えて大変なことになっちゃうだろうから…
「ご、ごめんなさい!悪気はなかったんです!」
慌てたように人影が飛び出してくる。
そのまま両膝両手を地面につけ流れるように体を伏せる。
無駄のない土下座だった。別にそこまでしろなんて言ってないんだけど…
椛は溜息ついちゃってるけど説明もなしにそんなところにいられても私は落ち着かないんだよ。用があるなら堂々と来なって事なだけなんだけど…
そんなこと思ってたら頭に衝撃が走る。視界が暗転しバランスが崩れる。
「あんたねえ…もうちょっと穏便に済ませなさいよ」
前傾姿勢になった状態ではたてのお説教を聞く羽目になる。
別に…穏便に済ませたよ。
あのままだったら椛が木ごと斬ってただろうし。まあ椛の威厳にかけて言わないけど。
「あ…あの!悪いのは私の方ですし…その……」
「そ…そうですよ!そこの…妖精の言うとおりですよ」
椛、フォローになってない。それじゃさりげなくそこの子責めてる。
「悪気は無いなら普通に話しかけて来てよー。そうじゃなきゃ仲良くなれないじゃん!」
あんたがいうなってヤマメとはたての声がかぶる。そこで被らなくてもいいじゃん。
「ご、ごめんなさい!」
別に謝罪を求めてるわけじゃないんだけど…っていうか椛はなんでその子を慰めてるの?あ…慰めてるわけじゃないみたいだけど…うーん?慰めてるの?
なんかその子の顔色が悪いんだけど。
「うーん……椛脅してる?」
「いえ、ちょっと無条件降伏の内容を伝えているだけです」
「「いや脅してるじゃん」」
また二人の声がかぶる。
「ダメだよ無条件降伏なんて…せめて希望を残した降伏条件を突きつけて希望を与えてから絶望に叩き込まなきゃ」
慰められてる子…仮名妖精ちゃんの顔がもう真っ青になってる。と言うよりかは恐怖でダメになってるね。
「なんかもうついていけないわ」
はたてのため息が大きく聞こえる。
「諦めなさいヤマメ。こいしワールドについて行けるのはさとりくらいよ」
ちょっとそこ!陰口禁止!っていうかお姉ちゃんは私すらついていくことできないもん!
「それで、貴方名前は?」
椛を押しのけてはたてが妖精ちゃんの目の前にしゃがみ込む。
妖精ちゃんの見た目が私とかと同じせいか、しゃがんで目線を合わせるはたてを見てると…なんだか面倒見のいいお姉さんに見える。
あーでもお姉さんにしては少し幼いかな…
「えっと…名前はないです」
「ありゃ…じゃあ妖精でいいかな?」
「ええ、一応、周りからは大妖精って言われてます」
「大妖精か〜じゃあ大ちゃん!」
「それで、大妖精はどうしてここに?」
「そ…それは…あなた達が外から入って来たから…」
詳しく聞いてみると、大ちゃん自身は大陸の西の端っこ生まれでどうやら世界中を旅していたら偶然ここに流れ着いたのだとか。
興味本位でここの洞窟を超えたところでその時に入って来た入口が崩れちゃってそれ以来ここから出られないのだとか。
一応生態系は確保されてるしここは妖精とか大陸の…欧州とかいう地域の妖に必要な霊脈?龍脈?まあ…そんな感じの地球の生命力の流れみたいなものが直で流れてる場所らしいから生きるだけなら問題は無いんだって。
まあそれでも、他に仲間がいない状況は寂しいことこの上ないのだとか。
確かにそうだよね。それを200年以上も続けていながらも全く心身がすり減ってないのを見ると…大ちゃんって結構凄いんじゃない?私だって心が壊れるか折れるよ。
「それじゃあ大ちゃんはここにずっといたの?」
「そ…そうです。私だけじゃ崩落した岩を退けることも出口を探すことも出来なくて…」
確か妖精の強さって人間より下かおんなじくらいだったっけ。大妖精って言われてるくらいだからもう少し強いと思うけどそれでも人間と大して変わらないか。
「だからあなた達が来てくれて嬉しかったんです!これでやっと外に出れるって…」
「それで隠れてコソコソと?」
「恥ずかしくて……」
恥ずかしがり屋なんだね。椛とはたてが無意識のうちに気をきかせてくれているからある程度楽に話せるんだろうね。いいなー私もあんな感じに出来たら…すれ違いなんて起こさなくて済むのになあ。
「で、でも皆さんが来てくれて…嬉しくて!」
大ちゃんがキラキラした目でこちらを見つめてくる。
まあ、諦めかけていた地上への帰投がこれで叶うってなったらこうなるよね。
攻め寄られてる椛がすごい気不味い顔してこっちに助けを求めてきてる。
とっさにはたてに目線を送る。
なのにヤマメとはたては私に目線を向ける。私なの?なんで私なの!
「あー…喜んでるところ悪いけど…」
本当に言わないとダメなのかなあ…私だって罪悪感とか人並みの心は持っってるんだよ。
「入口、また塞がっちゃったんだよね」
みるみるうちに大ちゃんの笑顔が凍りついて…砕けた。
「え⁉︎じゃあ出られないんですか!」
ショックで二秒ほど思考停止していた大ちゃんが声を張り上げる。
仕草とかがいちいち可愛い。可愛いんだけど…あ、これは泣くやつだ。
「泣かないで、なんとか地上に出る方法を見つけるから」
もう意味のない弁解だけど私のわがままで言わせてもらう。
いうだけならタダなんだからさ。
そんで持って実行するのも私たちだからさ。
「そうよ!それにまだ地上に仲間がいるわ!直ぐに助けに来てくれるわよ」
「そうは言っても…」
手詰まりなのには変わりないけどね。
全員の妖力で天井を破壊するとか壁を壊すにしても
この地底90キロの深さじゃ闇雲にやっても無駄に終わっちゃうし。
むしろ無駄に力使って後で困るっていうのも嫌だなあ。
大人しく救助を待つしかないわけです。さてさて、お姉ちゃん早く来て…
「そう言えばさ、湖見てみたいんだけど」
しばらく大ちゃんと情報を交換したりこの先のことを話し合っているうちに完全にはたてはいつものペースに戻った見たい。
「はたて、さっき見てきたんじゃないの?」
「ちらっとしか見てないのよ」
ちらっとしか見てなかったのか。
私は…うん!興味本位だけだけど見にいこっと。椛もそんなところで薪くべてないで行くよ。水が近くにあった方がいいでしょ。
大ちゃんとはたてが先導する中私とヤマメが並んで、椛が後ろで周囲を警戒しながら飛ぶ。
そこまで危険なものはないと思うけど…椛は心配性だなあ。
正直、湖自体はそこまで遠くにあるわけではなかった。
と言うかこの地底にあるのは森林かそこの湖くらいなものだからすごく湖が目立つ。
上から見下ろした感じだと、湖というより鏡のような感じ。
水面に映ったものを余すことなく綺麗に映し出す。
普通の水ではなく、地表から染み込んだ水が長い時間をかけてここにたどり着いた水。
降りて近寄ってみればその綺麗さに心を奪われる。
「あの地底湖と変わらずの透明度ね」
「綺麗……」
ヤマメが少しだけ水をすくい上げ……その瞬間。水が紫色に変色する。
「そういえばあんたの能力って病気とかを操るやつだったっけ?」
「そうよ。主に感染症」
「……ヤマメは湖に触れちゃダメだね」
「……」
すごいがっくり落ち込んでるけど…そんな感じじゃ流石に無理でしょ。
せめて制御出来れば良いんだけど…本人曰く制御はまだ不安定みたいだし。
バシャバシャと水の落ちる音を背景音楽に
静かに泣いてるヤマメの頭を撫でる。
流石にこれは可哀想だからね。
あーれ?今なんか違和感があったんだけど…
何の違和感なのかなあ?音?
「あ、この水湧き出てるんじゃなくてあそこの滝から流れてきてるんだね」
そうだ。なんでしょ水がバシャバシャ言ってるのかと思ったらあそこに滝があったんだ。
じゃあこの地底湖の水はあそこから供給されてる…つまり上とつながっている?
「え、ええ、壁に開いた穴から噴き出てるんです。あ、でもあそこを遡上するなんて無理ですよ」
「わかってるよ」
流石に鮭の遡上みたいなこと出来はしないよ。
それに入り口も細い。一番小柄な私や大ちゃんでも入ることはできないね。
さて、ある程度見たり観測したり遊んだりしたんだし…そろそろ私は眠くなってきたなあ。
ずっと天上が明るいせいでわかり辛いけどもうそろそろ寝る時間だね。
「それじゃあ寝床の確保だけど…大ちゃんはどこで寝泊まりしてたの?」
「私は基本的に寝なくても問題は無いので…寝床とか気にした事なかったです」
あーこれはお姉ちゃんと同じか。いくら大丈夫って言ってもちゃんと寝ないとダメだよ。
他の人に意見を求めたかったけど…誰も寝床の確保なんて思いつかないって言った表情してる。サバイバル能力どこ行ったんだろう。無意識に忘れ去られちゃったのかそもそもサバイバル何それおいしいのなのか。だめだこれ…どうしようもないじゃん。
仕方ない…私がここはちょっとだけ努力するか。
ちょっとだけだよ。私は面倒なことは極力他人に押し付けるタイプなのだ。え?ダメ人間?いいのいいの。大事なことはするから。
材料はすぐ近くの茂みから生えてる沢山の葉。葉一枚一枚の大きさが人三人がすっぽり入っても全然頭上をカバー可能なほどの巨大なこれを利用しない手はない。
っていうかこの手の植物って地上じゃ見かけない。どっちかっていうと南の方にありそうだよねえ…
まあ地底空間って湿度高いし南の気候と似てるなあ…
まあそれはともかく、
茎のところで複数枚を束ねてさっき作った紐で固定。これである程度の生活スペースを雨風から守れる。流石に嵐となれば補強がいるけどこの地底に嵐が起こるとも思えないけどね。
まあ雨くらいは降るでしょ。
「ふう、こんな感じかな」
後はゴザとかそんな感じに敷くものを作れば体を横にする程度は出来る。でもいっぺんに作るのは大変だから今日はこれだけ。
完成した仮拠点は、拠点というより先住民族とかが住んでそうな見た目してる。軽い雨風を防ぐ程度ならこれで十分。地底なのに雨があるのか疑問に思うけど…こんな立派な森が自然に形成されるってことはしっかりと雨が降ってある程度水が循環しているはずだよ。そうじゃなきゃ砂漠のオアシスみたいに池の周りに木がちょびちょび生える程度しかないはずだからね。
見た目がちょっと残念だけど、それでも物凄いみものを見たって表情をされると…ちょっと照れくさい。
「寝床の確保は出来たけど…食料の備蓄とかから耐えれそうな日数ってわかる?」
「そうですね…この人数だと保って一週間。後は現地調達ですね」
一週間でどうにかなるものかなあ…連絡がないことを不審に思うまで大体3日くらい…そこから別の部隊を組んでこっちによこしてもそれでも2日かかっちゃって…うーん…後ははたてに考えてもらおっと正直私は難しいことは考えられないんだよね。
「はたて、足りますかね?」
「正直、足りないわね。少なくとも携帯食料は私と椛で4週間分だけだから…」
この三人分までとなると…
「一応お姉ちゃん譲りで一週間くらい食べなくても大丈夫だよ」
一週間超えたらやばいんだけどね。
「それでも救助を待つにしては足りないわよ」
これは現地調達待った無しだね。まあ狩猟採集くらいは出来るでしょ。できなかったら妖怪やめて良いから。
「大ちゃん手伝ってくれる?」
「え?私ですか?」
「だって大ちゃんはここで生きてこれてるんだから少なくとも食料の確保は出来てるよね」
「ま…まあ果実とか魚とかですけど…」
それくらいあれば大丈夫。妖力の方が心配だけど…あれは怖れとか人の感情に依存するからね。
すぐになくなるってわけじゃないけど乱用するのは控えよっと。
まあそんなこんなで体内時計で数日ほど。
ここで生活すれば色々とわかったこととかもあったりするわけで…
例えば、狩猟生活をしたことが無かったはたてや椛は気配を殺すことが出来ないから殺気が漏れちゃってすぐ獲物に逃げられちゃう。
特に椛は…力任せに行けば普通に獲れるけどそれじゃすぐに力切れしちゃうだろうし。妖力の枯渇が問題なのにその妖力をフルに使ってじゃ割に合わない。
逆に待ち伏せの狩が得意だったのはヤマメだった。まあ蜘蛛だし想像はできた。だから最近はヤマメに肉の確保を頼んでいる。
はたては…記事にしたいからってことで隅々まで地底を探検している。もちろん椛を連れ回してだ。
そのおかげで、土の成分とかどこに何があるのだとか色々とわかった。情報収集の大事さを思い知らされたよ。
私?もちろん、のんびり大ちゃんと脱出方法を考えてるよ。
でも二人の頭脳じゃ全然足りないね。
食料もある程度確保できてしばらく分は確保できた。それと一緒に心理的余裕もある程度生まれてきたかな。
まあ私と大ちゃんはそこまで追い詰められはしないんだけどね。
それは置いといて、
そろそろみんな集まって考えないといけないかなあ脱出の為の方法。…ちょうどみんないるタイミングだしちゃんと言おっと…
「ねえねえ、そろそろ真面目に脱出方法考えようよ」
生活が安定してきたタイミングならなんかいいアイデアも浮かぶでしょ。
……え?今までは生きるための事で手一杯だったからみんな脱出のことなんて…うんまあそうだよね。
ならなんかその場で思いついたことを…ね?
あ、大丈夫だよサードアイでこっそり見てるから。思いついたことが言い辛くてもわかるから。
「方法としてはいくつかあるけど…」
ほとんど実現不能って言いたいんだね。表情を見ればわかるよ。
他は…ダメだ。ほとんど現実不可能だ。
いくら妖怪でも出来ることは限られてる。それこそデタラメな力を持つ大妖怪級やスサノオとかアマテラスとかのデタラメ神やどこかの唯一神あたりなら地形を変えてでも脱出出来るだろうね。
っていうか唯一神の場合は概念から変えちゃいそうだけど。
まあ、今の状況でもっとも有効なのは外に頼るだけなんだよね。
近くに火山帯があればまた話は違ったんだけど。その場合、危険すぎてシャレにならないんだけどね。
「崩落したところを妖力で一気に吹き飛ばせませんか?」
その案も考えたんだけど…
「それができたら苦労はしないよ。完全に崩落しちゃった横穴に大火力ぶちかましてもすぐ崩落しちゃうわよ」
もうあそこは地盤が限界だろうからね。私が持ってきてる魔導書でも長いこと補強出来そうな魔法はないなあ…
「まあ地上から助けが来るでしょ」
やっぱりそうなるよね。うん、ただ新しく道を開くってなると結構時間がかかるのは確かだよなあ。
「そうね。でも……こんなことなら建築とか土木とかに強い河童も連れてくるんだった」
河童かあ…確かに山の技術屋だから横穴を補強する工夫とか掘削とか出来そうだよね
無い物ねだりしてもしょうがないけど…
「もう何回か出口を探してみる?」
絶望的だけど…
やっぱりダメかあ…大人しく待つ以外にないのかなあ…
さてさてどうしたものかと悩んでいると、木に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立ち始めた。
あ…これは何か来るわ。
ズドンと音がして滝が土煙に隠れる。ほぼ同時にその煙の中から大きな岩が落っこちてくる。
それが壁の一部だったということみんなが理解するのに2秒。頭上に落下してくる岩を破壊しようと椛が飛び上がったのがその1秒後、ヤマメがビビって逃げ出そうとするまでには岩は小石に変化している。
小さな水柱と落下音を響かせてあたりに散乱する岩の残骸。
「さすが椛だねえ…」
「本当ね。さすが戦闘兵」
「のんびり見てないで手伝ってくださいよ。あれ程度なら二人でもできるでしょ」
「だって椛が一番早く処理できると思ったから」
前より明らかに多くなった水量を見ながら土煙の中を見ようと頑張る。
土煙が晴れるより先に今度は岩より小さい…桶が落ちてきた。
その桶は綺麗に放物線を描いて湖に落下した。
「桶?」
「私の桶がああああ‼︎」
上の方で叫び声が聞こえる。
あはは…ドンマイ。
「これ、キスメのだよ‼︎」
やや遅れて今度は黒い何かが落っこちてきた。
あれ?今のってまさか……