古明地さとりは覚り妖怪である   作:ヒジキの木

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depth.34月のさとり

私の姿を見た途端わんわん泣き出したこいしをなだめて怒られてお燐がサードアイアタックでノックアウトしてと気づけば紫の言った時間が迫ってきていた。

まあ集合時間などあまり意味などないのですけどね。

 

そういうわけでちょっと作戦を練るに練っている。

こいしは疲れて寝てしまっているしお燐はこいしに付き添ってもらっている。

今この部屋は私しかいなくて静か…ちょっと寂しいです。ですけどこの寂しさがちょうどよかったりする。

 

そんなどうでもいい邪念を浮かべながら撤退支援を考えていると、背中から誰かの手が回されてきた。

襖が開いた音がしたような気がしましたけど誰でしょう。

 

「あやや?なんか書いてますね。なんです?見せてください」

 

ブレない天狗ですこと…

突っぱねても良かったですけど私が巻き込んでしまったものなのでなんとも言えない。素直に手元の資料を渡す。

半分が憶測なので参考程度にしかならないですけど。

 

「無言でやってきていきなり資料見せろって言う相手に黙って見せる人初めて見ました」

 

「ダメでした?」

 

「なんかこう…もっと違う反応を期待したのですが」

 

なにを期待していたんでしょうかね文さん。

想像するのも良いですけどそもそも私自身表情なんてでないですからするだけ無駄というもの。

残念そうにしてますけど、渡した資料を読むときだけは雰囲気が変わる。オンオフをきっちり分けられる性格って良いですね。

 

「なるほど……」

 

「今回は巻き込んじゃってごめんなさい」

 

「謝ることじゃないですよ!むしろ月の情報を収集できる一生に一度の機会ですよ!」

 

そう、文をこちらに寄越した理由は情報を収集するため。

正直天狗が欲しがっているのは月の情報。その為に紫と手を組んだのである。

正直、情報が手に入ればなんでもいいわけで……だから私の手紙にこうして応じてくれている。

 

「文さんが来たって事は…そろそろ時間ですかね」

 

「ええ、まだ少し早いですけどもう行ってもいい頃合いですよ」

 

ではそろそろ行かないといけませんね。

 

 

 

お燐に行ってくるとだけ伝えておこうとしたものの本人はこいしと一緒に寝ちゃっている。起こすのもなんだか可哀想だったのでメモを残しておく。

 

 

 

今宵は満月、月の光は不思議な力を地上の生命に与えてくれる。

月の光にそれほどの力があるのかと言えば…よく分かりませんが獣にとってはなにやらあるらしく活発に動いている。

それは一部の妖怪も例に漏れず…

 

「やっぱり満月の時は活気が出てますね」

 

「この時期の月は格別らしいですよ。椛とかが言ってました」

 

文の言葉を聞いて妙に納得する。そう言えば椛さんや柳さんは一応白狼でしたね。

私にとってはただの月見にしかならない満月でも色々あるものです。

じゃあ月の民はどうなのだろうか。あちらも裏から地球を見て何かあったりするのだろうか。

元々住んでいて…不老不死だか穢れだかなんだかで捨てた星をどう見ているのだろう。

蛮族?それとも未知の惑星?

 

「なに考えているんですか?」

 

「なんでもないです……文さんが綺麗に見えるなって思ってました」

 

「……え?」

 

ん?どうしてそんなに赤くなるんですか?対して変なこと言ったつもりはないのですけど…

 

「そんな綺麗だなんて……」

 

「んー?婚約話とかきてるんじゃないんですか?」

 

「な、ないですよ!それにあっても断ります!」

 

なんでそんなに意地はってるんですか…って言うかそんなポンポン断って大丈夫なのだろうか。将来…

別に私が心配することでも無いんですけどね。

 

ふと前を見る。月の明かりで遠くまで見渡せるはずの世界が真っ暗になっている。

「あれ……」

 

気づいた時には既に遅し、目の前に開いた隙間を避ける間も無く文と揃って異次元空間に入ってしまう。

風が消え、重力の方向が変わる。

 

「これは…境界ですか」

 

いくら進もうとしても目印になるものがない上にどこに進んでいるのか…または進んでいないのか、どちらが上でどちらが下なのか…時の流れすら進んでいるのか止まっているのかわからない。

そんな空間で前に進む力なんて無駄に等しい。すぐにその場に止まる。

 

「…そのようですね。文さん記事のネタには出来ませんよ」

 

「え…や、やだなあ。これはゴシップ記事じゃなくてルポとして書いてるんですよ」

 

一瞬動揺していたし絶対ゴシップで書くつもりだったのですね。

 

 

「……どういうことです?紫」

 

なぜわざわざ私達をここに入れたのか…連れてこられるようなことをした覚えはないはずなのですが

 

文も完全に困惑している。本当になにがしたいのだろう。隙間サービスなんて要らないです。

 

「あら、天狗を連れて行くのね」

どこからともなく紫の声がする。方向という概念があるのかないのか…すぐ近くで聞こえるようで、遠くから響いているようでもある。

 

「ダメでしたか?」

 

「いいえ、ダメとは言わないわ」

 

文さんのことでどうのこうの言うわけではないみたいです。では何用?

 

「じゃあなんなのですか?」

 

「そうね、貴方、本当に撤退しか支援してくれないのね」

 

「しつこいですね。私は攻めるなんてことしたくないんです」

 

持ってきている武器や装置がガチャガチャと揺れる。

 

私が揺らした訳でもない。では文?ですが彼女は私の一歩前。それに揺らしてなどいない。

 

 

「撤退しか支援しないなら外で待機ね」

 

「……え?」

 

すぐ真後ろで聞こえた紫の声。返答する時間も無く視界が歪む。

体から力抜けその場に崩れ落ちる。下が床にようになっているのか紫が床のようにしてくれたのか。私の体はなにもない空間のように見える場所に横たわる。

 

一瞬のうちに無力化された事実と、いつの間に術式を体に宿らされていたのかとその二つがグルグルと頭を駆け巡る。

 

「大丈夫よ。ほんのすこしの合間寝てもらうだけだから」

 

そう言うことではないと言いたかったが既に言葉などまともに喋れる状態ではなく、うめき声しか出すことはできない。

 

視界は既に真っ白。意識がスパークして消えていく。

 

まさか私が意図的に撤退を行わせるために妨害工作をするとでも勝手に勘繰ってしまったのだろうか。

紫は心配性というべきか用意周到と言うべきか…

 

「藍、起きたらよろしくね」

 

隣で体を揺すっている文の顔が一瞬だけ見えて…すぐ黒く塗りつぶされた。

まあ術式的に紫の言う通り少しの合間しか寝かせられないタイプのものですから……まともに動かない思考は今は素直に眠らせるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲホゲホ……」

 

自分の噎せる音で意識が戻った。いえ、『戻る』と言うより意識が無理やり呪縛を破いて出てくるような感じです。

未だに寿命を迎えた蛍光灯のようにチカチカと付いたり消えたりを繰り返す。その上無理な体勢だったのか背負っていた荷物が変なところを圧迫しているのか妙に痛みが生まれる。

一言で表すとすれば最悪の目覚めです。

 

それでも目覚めと言うのは平等にやってくるようなもので、一度目覚めてしまえば体を起こさないとどうにも落ち着かないと言うかいつもの癖と言うか……まあそんなものの為ではあるが体を起こすことにする。

 

ガラスが砕けるような音がなにも聞き取ろうとしない耳に響き渡る。

それと同時に不安定だった意識そのものが一瞬にして覚醒する。

それと同時に頭の上の方で何かが動く気配がする。

 

「あれ?さとり様起きるの早くないですか?まだ二十分も経ってないですよ」

 

見上げれば藍が私を見上げていた。上下反対方向でずっと見守っていたようだ。

何故そうしているのかはわからないけど……

 

「術式を強引に突破したみたいです。もちろん無意識下で行なっていたものですので私の意思であるかどうかはわかりませんが」

 

術式を強引に破った代償は小さくない。

今もなんだかクラクラするし気分も悪い。

精神面でのダメージが肉体面に影響を及ぼしているようだ。

 

「それで紫は?」

 

「えっと…もう既に行っちゃいました」

 

二十分も経ってればそうだろう。気づけば文もいなくなっている。

多分連れていかれたか…記者スイッチが入ってしまったか…

 

「何分経ってます?」

 

「ええっと……月に渡ってから10分48秒」

 

そんなに経っていたとは…流石にまずいです。まだ安定しない体を無理に起こす……と言うよりかは急に体にかかる重力方向が変わり立たされる。

再び藍を見れば壁に垂直立ちしているかのような姿になってる。

 

「早く月への通路に連れて行って」

 

「え…ですがまだ本調子ではないのでは」

 

「いいから!」

 

体の心配をしてくれるのはありがたいですけど今は月に行った妖怪の方が心配です。

 

「……分かりました」

 

藍が不意に消え、私の前に現れる。

 

「こちらにどうぞ」

 

案内されるがまま、横にいってるのか上に行っているのかわからない空間を進む。

 

 

 

 

 

 

 

どうやら紫は裂け目を閉じて行かなかったらしい。閉じられたらもう出れないので閉じないでくれて助かりましたけど。

 

藍に誘われるように…実際その九尾のフサフサにつられていましたけど…

 

隙間を通過、その直後から吹き付ける夜風に体が凍える。

同時に目の前には大きな湖があった。

それは月明かりの中で、しっかりと…そして自然と調和するようにして存在している。

だけど水面に映った月がなんだかおかしい。

 

風で出来た波紋を無視するかのように、全く揺れずそこに存在する。まるでその部分だけが板のようになっている。

 

 

その上なにやら術式のようなものが組み込まれているのかそこのところだけ湖底から照らされているようになっている。

 

 

「……あの月に飛び込めば良いんですね?」

 

「そのように紫様は言ってましたけど…」

 

ならばここで良いのでしょうね。さて、持ってきてる荷物は……大丈夫全部ある。

 

「それじゃあ一緒に行きましょうか」

 

今度は私が藍の前を行く。

 

「私もですか?」

後ろから不満いっぱいの返答。

 

「式神なら主人を迎えに行くのですよ」

 

そう言えば藍は納得してくれたのか黙って着いてきてくれた。本当は紫の命令でずっと待機していたかったのだろうけど……

 

 

通過直後、重力が反転する。さっきまで真下に向かって飛んだはずなのにあの月を通った直後から真上に向かって飛んでいる。

 

体の向きを逆にし、方向転換。停止…視界良好。体に異常なしっと。

あたりは薄暗く、意外と静か。ふと下を見下ろすと、そこは海が水平線の向こうまでずっと広がっている。月表面にしてはありえない光景。

でも覚えている……

「豊の海ですか…」

 

穏やかで…それでいてなにも棲んでいない…無機質な空箱みたいな海。

そんな海の海岸線にあの通路は繋がっていたようだ。

 

だが妖怪の姿はどこにも…いや一人だけいる。

少し遠いところに寝そべって盛り上がったクレーター縁から向こうをのぞいている烏天狗が一匹。

 

その鴉天狗の後ろにこっそりと忍び寄って…

 

「文さん……」

肩にそっと手を乗せてちょっとだけ脅かす。

 

「うひゃああ‼︎」

 

めっちゃびっくりされてこっちが逆に驚く。主に藍が…

 

「お、脅かさないでください!ってさとり、起きたの⁉︎」

 

「起きちゃ悪いですか?」

 

いやダメとは言いませんけど…

 

なら良いじゃないですか。それより私を置いて先行っちゃったんですね。

 

だって八雲様が…

 

知ってました…やっぱり紫には逆らえないですよね。

 

すいません。

 

 

 

 

「すごい血の匂い…」

藍がそう呟く。

私は獣みたいな敏感な嗅覚は無いのでわからないのですがそんなに血の匂いがしますか?

 

「ああ…そりゃしますよ血の匂いくらい」

 

どうやら文も血の匂いはしているみたいだ。

じゃあ私だけが感じていないだけ?

確かに血の匂いは沢山嗅いできましたよ。

 

「その向こうか……うわ……」

藍の声で縁から外を見ると地表の一部が真っ赤に染まっていた。

 

原型が残っているものもそうでないものもその殆どは生き絶えてただの肉片になっていた。それも夥しい数。百、二百ではない。千単位だろうか。見ていて吐き気がしてきた。これほどの命が全て犠牲になり散っているのかと…今更になって襲ってくる後悔。

だがこの光景も前世知識では結構見てきた。みて……来た?

 

「まさか…集めたのは妖怪4500人以上なのに…」

 

藍のつぶやきで意識が戻る。

 

「よくそんなに集まりましたね」

 

「大陸側からもかき集めたからな…」

 

なんとまあ……どれほどの命が散って言ったことやら。

見たところ戦闘中の集団はもう少し向こう側にいるようだ。

 

視力の許す限りで遠くを見る。

 

「……あの文さん。戦況見えます?」

 

でもやっぱり私の視力では無理だった。

 

 

「ええっと…空から鉄の鳥が来て……先頭集団と後方が分断、後方集団はさっき壊滅しました。現在強者揃いの前方集団が奮闘してますけど…包囲されていて時間の問題です」

 

それだけわかれば十分です。

ありがとうと手短に伝え、ゆっくりと歩き出す。

 

「さとり?どこに行くの⁉︎」

 

「なにって?元々することをしに行くだけですよ」

 

「「死にたいの(ですか)⁉︎」」

 

おやおや、二人の声が重なりましたね。

 

 

「でも見捨てるわけにはいきませんからね。ほら藍さん行きますよ」

 

「……え?」

 

誰が一人で行くなんて言いました?

あなたの主人を連れ戻しに行くんですからあなたが行かないでどうするんですって何度も言ってるじゃないですか。

後文はそこで待機していてくださいよ。万が一があったらこいし達に事の結末を知らせるために何としても生き残って欲しいんですからね。

 

「それじゃあ行ってきます」

 

「あの…紫様は私が連れてきますからさとり様はここで待ってても…」

 

それじゃあ私がここに来た意味ないじゃないですか。

それに今更ですかい。そりゃあんな爆発したりミンチが出来たりしている場所に飛び込むのは嫌ですよ。

でも行かないといけないじゃないですか。

 

「大丈夫です。残ってる妖怪が死んで行く様をただ見るなんて嫌ですから」

 

どうしても引かないと分かったのか藍はため息をついて呆れていた。

 

「……貴方も貴方で頑固ですよね」

 

引きたくないところは引かない主義なだけです。そこまで頑固でもなんでもないですよ。

 

「さて、行きますか」

 

「あやや、私に訃報を届ける仕事なんてやらせないでくださいよ」

 

わかってますよと意味を込めて文に手を振る。ゆっくりと体を浮かせて戦場に向かって進む。

やや遅れて飛びだした藍が私の横にくる。

 

「手はあるんですか?」

 

「河童からもらった道具があるんで試してみたいと思います」

 

変わり者とかなんだとか言われている河童だけどなんだかんだ言って凄いんですよ。

 

お、そろそろ見えて来ました。

 

成る程、空と地上からの同時攻撃ですか。なかなか考えてますね。

 

相手は…八足歩行戦車と兎…殆どが遠距離戦装備ですね。

前世知識だと優曇華とかは接近戦とかもやっていたような気がするしあれでも兵士……接近戦は禁物ですね。

その上まだ兵員は増えるみたいですね…どうみても京都の方から来ているのは大型兵員輸送車ですし。

 

航空兵装は…あそこにいるA-10か。あれ?A-10じゃ無い。似てるけど…あんな十字の垂直尾翼な訳無いしエンジンがクルクル回転して方向転換する機体なんて…やっぱり油断できないです。元から油断してたら死にますけどね。

 

 

「やっぱりこれは紫様だけでも良いのでは…?」

 

「これが効かなければそうしますね」

心配そうな藍にコートの下からとある物を見せる。

 

「なんですかそれ?」

 

「名前は無いそうですけど特殊な妨害装置…と河城にとりは言ってました」

 

「……大丈夫なのかそれ」

 

ジト目で睨まれても…わからないですよ。作った本人がまだ試してないって言ってるものなんですから。

 

とにかくこっちに気付く前にさっさと使っちゃいますか。

 

黒い球体の上面についてるピンを抜き思いっきり空に向けて放り投げる。

「飛んでけー」

 

「無表情で言われてもあの球体だって飛びたくないですよ」

 

 

何か失礼なこと言われた気がしますけど今は気にしない。

放り投げたそれはほぼまっすぐに飛んで行く。

 

「直視しないでください。目をやられますよ」

隣でじっと見つめていた藍に警告する。その合間にも高度を上げた球体の中にあるタイマーは確実に時を刻み……

空中で青白い閃光を放った。

 

「……これだけか?」

 

光っただけでなにも起こらないことを不審に思う藍。まあ目に見える物理的現象はあれだけですけどね。

 

だがあれが爆発した途端、空中を飛んでいた機体は異変を起こしふらつき始めた。

よく見ると何箇所か煙を吐いてる。

 

だがそれもしばらくすれば地上に向かって頭を向けて突っ込んで行った。

地上も地上で進行していた戦車がパタリと動かなくなってしまっている。

 

「予想以上に効きましたね」

 

何があったのか兎達が状況を確認しようとしている。そんな戦車に向かって兵員輸送車が突っ込んでいく。

EMPでコントロールが効かなくなったのだろうか。まさかブレーキシステムまで全部電子制御…?

 

そうしている合間にも戦車に接触した輸送車は弾かれるように吹き飛び何回もその場で転がり止まった。それも一台だけではなく次々と突っ込んで行く。

搭乗員は御愁傷様です。

 

「何が起こったの?」

 

「……なにか光っただけのように見えましたが」

 

 

不思議そうにしている藍に説明しようとするが時間もないし説明は後にしたいので一言だけ

 

「電子パルスですよ」

 

案の定、キョトンとしている。電子?パルス?うんうん、河童くらいしか分からないですからね。普通でしたら…

 

電子パルスとは、パルス状の電磁気…簡単に言うと放射エネルギーの一種。

この電磁波はケーブルやアンテナに高エネルギーのサージ電流を生み出し接続してある電子機器を破壊したり一時的な誤動作を発生させるものです。って言っても分からないですからね。私だっていまいち分からないですし…

自然現象であれば落雷が一番近いですね。

 

実際に前世の記憶ではどこかの大国が非殺傷兵器として開発していた。どれほどの効果があったのかは知りませんけどね。

ですがここまで効き目があるとは…驚きですね。

 

まさかこっちがEMPなど使ってくると思っていなかったのか無対策だったのでしょうか。

まあ、EMP攻撃なんて使ってくる相手はまだいませんからね。

 

 

それにしても河童も良くこんなもの作ったものです。

有効範囲1000メートル。使い道がなくて倉庫の肥やしとか行ってましたけどこれは十分使えますよ。月相手だけですけど…

 

ふと、地上に目線をやると電子機器が根こそぎ使えなくなった兎達の陣形が大きく崩れているのがよく見える。同時に、私達の方を指差して何か叫んでいる兎も…

 

「あの兎が混乱していますけど…あれはなにをしているのですか?」

 

状況がうまく飲み込めない藍が聞いてくる。

後方からの戦車、上空からの航空支援は一時的に使用不能。とだけ伝える。正直時間が惜しいのです。

 

 

「今のうちに妖怪たちを撤退させてください。私はあの兎達を止めますから」

 

「……分かりました」

 

さてと、前線にいる兎さんちょっと痛いかもしれないけど許してくださいね。

なるべく死傷者出さないようにしますけど…

 

 

背中に背負ってきた筒のようなものを構える。

弾丸は8発。バラバラ閑散してしまっているがこの弾丸なら問題はない。

 

「伏せなさい!」

 

妖力に声を乗せて兎達に届ける。

声が届いたのか私の方を見てなにやら叫んだり伏せたりしだす。

 

安全装置を解除。狙いもろくにつけず引き金を引く。

圧縮された高圧ガスが弾丸を打ち出し装填装置を動かし次弾が装填、鉄撃が再び持ち上がる。

もう一度、もう一度……

 

全弾投射、空っぽになった箱を切り離す。

 

発射された40ミリ弾丸が打ち出した順に炸裂……

 

 

河城にとりが興味本位で作って、味方撃ちしてしまうほど危なすぎるから使用できないでいたものが月面に降り注ぐ。

素早く反応できた者は結界らしきものを張ってある程度防いだものの間に合わなかった者の体に細い矢が何十本も突き刺さる。でもまあ、あれくらいで死んでしまうほどヤワでは無いし矢だって貫通力はない。

 

今更ながら恐ろしい武器だこと…被害半径が小さいのが唯一の救いですね。

そう言えば、こっちの予備弾は金属の矢じゃなくて球体を放射状に打ち出すとか言ってましたね。ちょっとエグくないですか?確かに入れ知恵したのは私なんですけど…まさか本気で作るなんて…河童凄い河童怖い。

 

攻撃が止んだのに安堵したのか一部の兎が負傷者を下がらせている。

ただ、それだけで手一杯なのか妖怪を追撃しようとはしていない。いや、する気が無いのか…

 

なんだか、戦車や航空機がないと弱いのか強いのか分かりませんね。

多分強いんでしょうけど、戦い慣れしていない…?

 

ふと藍達の方を見る。どのくらい撤退が進んでいるのか確認。

何人か残って戦うとか叫んでいる妖怪がいるようですけど…えーっとそれはもう知りませんよ。勝手に戦ってどうぞとしか言いませんから。少なくとも私が見えるところでは死なないでくださいね。

 

ーーー殺気⁉︎

 

瞬間的に体がはね飛ぶ。世界が逆さまになり再び元に戻る。

回転する視界の中で殺気の正体を見る。

白く塗装された胴体、先端と翼が黒く胴体後方から出るブラストの光を刃の光のように反射している。

 

体の向きを捻り飛ばして来たやつを見る。

六角形の翼をつけたX字の垂直尾翼の戦闘機が四機。

だがよく見る前に真横を通り抜けて行く。

コクピットと思われるところは装甲で囲われていてパイロットを見ることはできない。

 

どうやら、電子パルス放出後に出てきた増援機のようだ。

さっきの機体とは違ってこっちは制空戦闘機…なるほど、私を足止めしに来ましたか。

別に良いんですけど私ばっかり構っている場合じゃないんじゃないですか?戦術的に考えても妖怪を潰したいならさっさと戦車でもなんでも持ってくるとかさっきの攻撃機を大量導入すればいいんじゃないんですかね。

全く何考えているのかわからない。

 

……そんなこと考えている場合では無かった。

 

すぐに高度を下げ私に狙いを定める機体の射線から外れる。1秒ほど経って頭の上を再び四機が通過。その直後、機首が180度反転し頭がこっちを向く。信地点旋回をした戦闘機が機銃弾をばらまいてくる。

 

弾幕を振りかざし銃弾を受け止める。

弾幕が破裂。爆風を利用してさらに下へ距離を取る。

それを逃すまいと機体が直角に方向転換。

 

普通、人型なんかの小さく不規則に動く目標なんて追尾できないはずなのになんだか物凄いデタラメ軌道で追っかけてくる。

弾幕を展開し進路妨害をするが、弾幕の合間をスレスレで通過して行く。

 

なら、もう一回…その瞬間、相手の攻撃が左腕を掠める。

 

「あ…っ!」

 

肉が焼ける匂いが鼻をつく。

直後、周辺を何本もの紫の線が囲う。レーザー攻撃まで使えるなんて…さすが月。感心しているとすぐ近くを通過した機体の突風に体が煽られる。

 

体のバランスが崩れ一瞬だけ制御が効かなくなる。

その隙を突いて1機が頭を私に向け突っ込んで来た。

 

胴体の真ん中にあるウェポンハッチが開きミサイルが顔を出す。同時に主翼上面に搭載されたミサイルがランチャーレールを滑り出す。

 

「短距離ミサイルは良いとしても中距離ミサイルまで使わないでくださいよ!」

 

叫んでみるが届くはずもない。

否応無しに大量のミサイルに追いかけられる。

 

だが速度の差など歴然であり数秒後には命中するなど簡単にわかってしまう。

 

仕方がない…ここは骨の一本二本捨てる覚悟で……

 

そう決意し私自身の目の前に小さな妖力の足場を生み出す。

体の向きを変えて両足でその足場を蹴飛ばす。

 

反動で身体が反対方向に吹き飛ぶ。

体にかかる負担で骨が嫌な音を立てる。

 

だがそれを気にする前に目の前に迫るミサイルに意識を集中させる。

 

一番手前は短距離ミサイル。先端についているシーカーヘッドに向かって弾幕を撃ち込む。

 

3発目で命中。コントロールを失ったミサイルが暴れ出す。

ただしこの時点でミサイルとの距離は1メートル。こんなところで誘爆されては溜まったものではない。

 

足の方に妖力を貯め、意図的に爆発。

身体を爆風で吹き飛ばす。

右足の骨が折れたような気もしないでは無いですが、痛みは感じない。

爆風で得たエネルギーを殺さぬよう、通り過ぎるミサイルを蹴飛ばしてさらに加速。

 

ミサイルの上を飛び跳ねるように戦闘機に向かう。

 

ブレーキをかけて体の位置を調整。すれ違いざまに戦闘機の翼に向かって弾幕を撃ちまくる。

 

破片がバラバラと飛んでいき、変な風切り音が聞こえる。

 

次の機体を探そうとする。

だがそれよりも早く左手が何かに引っかかり真後ろに引っ張られる。

どうやら後方から来ていた戦闘機の尾翼に引っかかったみたいだ。

 

「いっ…た!」

 

思いっきり引っ張られて肩が外れた。いや割と痛いんですけど…マジで痛い。

 

それでも戦闘機の上に乗れたのだ。ちょうど良いだろう。

 

肩掛けのおかげで手放さずに済んだ筒をエンジンに向けて一発撃つ。

表面の金属板が弾け飛びエンジンが爆発する。

 

再び空中に飛び出し爆発から逃れる。

 

だがそれだけで終わりというわけにはいかない。さらに増援の機体がやってくる。今度は16機……数が多すぎる。引きつけられるだけ引きつけて逃げ回るのが良い。

 

急降下、地面すれすれを土煙を上げて逃げる。時々兎が目の前に出てきて進路妨害してきますけどいちいち気にしているわけにもいかない。わざわざ弾幕の薄い方に誘導させて戦闘機で狙い撃ちする魂胆に素直に乗るわけにはいかないですから…

それでも数センチ隣や後ろに次々と明るいものが着弾して行く。

 

土や金属の破片が飛んでくる。

 

 

まだ撤退完了まで時間がかかりますし…確実に追い詰められているこの現状で耐えきれるかどうか…

 

速度と高度を変えずに真後ろを向く。一か八かやるしかない。

 

あまり時間をかけすぎていると戦車とかがまたやってきちゃいますし…すでに地上戦力は回復してきてますし今度は私が身動き取れなくなっちゃいますから。

 

すぐ近くに迫ってきている戦闘機に向かって弾幕を展開しようとする。向こうもその気らしく機首の機関砲が唸りを上げる。

着弾したことを示す土埃が周辺に立ち込める。

もう少し近づかないと射程に入らないのがもどかしい…

 

だが私が攻撃する前に戦闘機の真上に誰かが乗っかる。

 

「……え?」

 

その人影が機体上部で揺らめく。

 

その直後、視界が赤い炎で埋め尽くされた。

 

翼の燃料タンクが燃え、炎を纏い爆発を繰り返す機体が私の真横を通り抜ける。

 

「危なかったですね」

 

本当ですよ。咄嗟に左に避けなかったら正面衝突していたじゃないですか。落とすのもいいですけど周りみてくださいって……あれ?誰ですか?

 

私の真横に戦闘機を破壊した少女が並ぶ。

緑色の髪の毛をサイドテールで纏めた少女がふと微笑む。

水色の着物が炎を反射して上に羽織っている赤いコートと同じ色を一時的に生み出している。

その姿が凄く綺麗で、それでいて寒気がする。

 

その上この子はこんなところにいていいような子ではないはず…

 

「あのー大妖精さん…なんでここに?」

 

意外すぎるヒトが来たことにどう返していいかわからない。

 

「そうですね……八雲紫様が直々に頼んで来まして…」

 

サードアイを展開して心を素早く見る。

 

時間としては私が紫と色々言い合った後…つまり私のバックアップとして頼まれたようだ。なんだかか迷惑な話だ。その上さっき私は眠らされた…多分私が起きないか不都合があった場合に備えていたらしいですけど…じゃあ大ちゃんは今までどこにいたのだろうか。

 

「すいません…ちょっと決心つかなくてずっと入り口で迷ってました」

 

なるほど、大ちゃんらしい。

誰だって戦場に行くのは嫌だし最も危険な役を任されるなんてすっぽかしたくもなるものだ。

 

「……無理でしたら逃げます?」

 

「大丈夫です。さとりさんが戦ってるんですからここで逃げるわけにはいかないです!」

 

嘘偽りない本心が心を揺さぶる。

 

あれーなんでこんなに大ちゃんに好かれてるんでしょうか……

こう純粋な心を見てしまうと気が落ちると言うかなんというか…今は感じている暇ないような気持ちが湧き上がってきて仕方ない。

 

同時に迫ってくるミサイルを妖力弾で弾き飛ばす。

 

「なら、大丈夫ですね」

 

私の問いかけに笑顔を返す大ちゃん。それだけで十分。

 

 

急に大ちゃんの体が消える。

慌てて振り返ってみれば急制動をかけて後方から迫ってきていたミサイルを踏み台にしている。

 

踏み台がわりにされたミサイルは下に蹴飛ばされ地面に頭をぶつける。

爆炎と土煙。

 

見とれていると私に向かってホバリングして狙いを定めている機体を見つける。

 

反射的にレーザーと誘導弾幕を撃ち出す。案の定右へ回避、その上機体から赤い光の球がいくつも放たれ空中に花を咲かせる。エンジンのノズルが真下から水平に戻り加速して来る。

 

胴体下に取り付けられた酒瓶を横にしたような形の兵器が青色の光を放つ。

地面が爆発してクレーターが出来る。

一度上空をフライパス。反転して後ろから狙って来るようだ。

なら、いいでしょう…

 

地面すれすれを飛行させて意図的に砂や石を巻き上げる。ついでにちょっと大きな石を蹴飛ばして後ろに吹き飛ばす。

 

吹き飛ばされた石でも吸い込んだのか、後ろで爆発音が数回聞こえ焼ける匂いが漂う。

金属がひしゃげた音とほぼ同時に地面を擦るような音。

 

「やっぱり脆いですね……」

そもそもあんな戦闘機は対人戦闘なんて想定していないはず。なんで出てきたのでしょう。

 

さて、他の機体は……

 

ふと見上げた先にいた戦闘機が突然爆発する。爆炎が上がる瞬間、人影が飛び出して他の機体の真上に乗っかる。

「大ちゃんってあんなに強かったんでしたっけ?」

 

グレーの機体の上に飛び乗った大妖精が思いっきり足をあげる。

金属同士が悲鳴をあげ、炸裂したかかと落としが主翼を消しとばす。機体から弾け飛んだ右翼の残骸が真後ろに流れていく。

そのまま機体から飛び去り別の機体の真上に乗っかる。

 

流石に私より大妖精が脅威と感じたのか私そっちのけで全機が大妖精に向かって行く。

 

飛び乗られた機体のパイロットは必死に振り落とそうと左右に揺れるが大妖精はそれに臆する事もなく主翼上面に搭載されたミサイルをパイロンから引きちぎり……

「えい!」

 

可愛らしい声でミサイルを装甲キャノピーに突き刺した。

安全装置が働いているのかミサイル自体は直ぐに爆発しない。

 

爆発する頃には大妖精は次の機体に向かっている。必死に逃げようと離れて行く機体。だが、いつのまにか機体の真上に大ちゃんが乗っかっている。

物理的に離れても、妖精は妖精。特に大ちゃんは障害物が無い空間上であれば100メートル前後の距離など無いに等しい。

 

Yの字についている尾翼を回し蹴り。一瞬だけ間があり、尾翼が接合部から外れる。

コントロールの効かなくなった機体からパイロットが脱出。その直後、無人になった機体もろとも大妖精を消そうと生き残っている機体からレーザーとミサイルが打ち出される。

 

着弾、機体は跡形もなく砕ける。

 

「危ない危ない……」

 

独り言なのか撃った相手に言っているのか…

いつの間にか別の機体の真上に立っていた大妖精は走行キャノピーをぶん殴って破壊する。

 

あんなことされればパイロットは生きていても相当なトラウマでしょうね。

なんせ超音速で飛んでいるのに全く動じず格闘戦を挑んでくるなんて……

私の中の大妖精のイメージが崩れる。

いや、もともと原作知識なんて当てにしてないのだけど…普段のおっとりした性格はどこへ行ったのやら。

それよりも妖精ってあんなに強かったんでしたっけ?人間より弱いと思うのですが……まああの子の能力を考えれば対兵器戦に有利なのは分かりますけど…

それを有効的に使えるように入れ知恵してしまったのは私…結局私が原因だった。

「……この場は彼女に任せても大丈夫そうですね」

 

独り言は独り言のまま消える。

 

それでも長々耐え切れるとは思っていない。

特に妖精は人間より弱い。もちろん体力だってそんなに無い。持久戦になったら不利です。

藍の方は……どうやら終わったらしい。地上の兎を吹き飛ばしながらこっちに向かってきている。

 

サードアイで視た限りは紫がまだのようだ。

探さないと行けないんですかねえ…なんだか嫌なんですけど。そろそろ帰りたくなってきましたし……でも彼女がいないと大変なことになってしまいますし…一応通路が開通されていると言うことは紫は生きているわけですし…

 

なんだか静かになっていることに気づいてふとあたりを見渡す。

「あれ?引いていく?」

 

先程から飛び回っていた戦闘機や地上の兎が一斉に都の方に撤退していっている。

 

「……さとりさん何かあったのでしょうか」

 

敵が撤退しているのを見て攻撃をやめた大ちゃんが降りて来る。

 

どことなくガソリン臭いと思いきや彼女の右腕から透明な液体が垂れているのに気づく。

燃料タンクに腕を突っ込んだのか、パイプにやられたのか相手にかけられたのか……詳しくは知りませんがあまりよろしいものでは無い。

 

放っておけば揮発して問題は無くなりますけど……

 

「……まあ帰ってくれるならそれが良いです。それよりもあの(馬鹿)を探し出さないと…」

 

「あの……妖怪の賢者に馬鹿は…」

 

え?ああ、なんか疲れてきているみたいですね。思考回路がまたおかしくなってきてます。聞かれてないと良いですね。聞かれてたらちょっとやばいんで…ええ。

 

そう思っていたら私の目の前に切れ目が出来る。

大ちゃんが何か言おうとしたもののそれより早く隙間から手が出てきて私の頭を思いっきり掴んできた。

 

「誰が馬鹿ですって?」

 

あの…手に力入れないでください。痛いんです…冗談抜きに…

 

「えーっと…言葉の綾です」

 

誤魔化せてないけど誤魔化すしか無い。

でないと本当に頭潰されそうですし…

 

「……まあいいわ。お勤めご苦労様……とだけ今は言っておくわ」

 

まだ賢者の皮を被っていなければならない時なのだろう。だからなのか対応が少し冷たい。まあ仕方のないことだろう。

 

「……色々言いたいことがありますけど今は置いておきます…無事でよかったです」

 

「私を誰だと思ってるのよ」

 

若干顔を赤くしてそう言われる。

まあ妖怪の賢者とか言われているくらいですしそう簡単には死なないと思いますけど…

 

「紫様‼︎ご無事ですか!」

 

藍もようやく到着したみたいです。…って文も来ちゃったんですか?

 

 

なんだかんだ残ってる組は集まってしまったようですね。丁度月側の攻撃も止んでますしさっさと帰りましょうか。

向こうもまさか遠距離攻撃なんてして来るとは思えない。それに今なら隙間が目の前にあるわけだし攻撃は簡単に回避できる。

 

「……帰りましょう?もう十分でしょ」

 

「……」

 

凄い渋い顔されたんですけど…まさかあれだけやられてまだ懲りないつもりですか?それは幾ら何でも……え、違う?

 

私の表情を見た紫が一部の情報を私のサードアイに流して来る。直接伝えるのが難しいほどの情報が流れてくる。

なるほど、一部が何故か暗号になってしまっていますけど…つまりはまだ一悶着残っていると…

 

「あの……私達どうすれば?」

 

状況について行けてない大ちゃんが訪ねて来る。正直もう帰っていいと思いますけど…

 

「ああ……そうね…」

 

なんだかパッとしないと言うか口ごもってどうしたのだろうか。

なんだか様子がおかしい。

 

「……誰か待ってます?」

 

「ええ……」

 

成る程、ここにいる面子は紫ではなく別の人の方が実権を掌握しているわけですか。

となれば原因はさっき私に見せてくれた問題が関係している…月の民と言えば色々といますけど…おそらく紫相手となれば賢者クラス。

 

 

「遅れました」

 

全員の真後ろから知らない誰かの声。

私と紫を除く全員が咄嗟に振り返って戦闘態勢に入る。

 

そんなに殺気立っても……

 

「やめなさい。戦うだけ無駄よ」

 

紫の一声。それだけで全員が殺気をしまう。妖怪の賢者のすごさを目の当たりにする。

たった一言で全妖怪と妖精を意のままに操れるとは…少しだけ術というか…妖怪の中の序列のようなものの影響もありますけど恐ろしいものです。

 

そんなことよりもまずは相手を確認しないといけませんね。

私ものんびりと後ろを振り向く。

 

白い服と赤いサロペットスカート、私より薄い紫色の髪の毛を黄色いリボンでポニーテールにしている女性が刀を構えて立っていた。

 

その横には、白い長袖シャツと青色のサロペットスカートに身を包んだ金髪女性が扇で口元を隠しながら微笑んでいる。

 

「あの…どちら様で」

 

「妖精如きに答える義理はない。『一回休み』にされたいか?」

 

大ちゃんがポニテに睨まれて萎縮してしまう。

性格が硬いのか仕事上の問題だからなのか…取っ掛かり辛い。

 

その合間も微笑んでいるだけの金髪さんの方がまだ話しかけやすいですね。

…サードアイを向けてみるがなにも情報は入ってこない。

私のような種族に対する備えも万全ですか…

 

でもなんとなく悪戯したくなってくる。だって不公平だし驚く顔見てみたいんですもん。

 

「あのー……帰っていいですか?豊姫さん」

 

「あら、私を知っているの?」

 

「そこにいる依姫さんの姉だということくらいは…」

 

一瞬、豊姫の目が驚きに満ちる。

依姫さんの方は…抜刀して戦闘態勢になってる。そこまで融通効かないんですかねこの妹は……

 

「あやや?知り合いですか?」

 

「文さん…古事記とか読みました?」

 

全力で否定された。なんで読んだことないのやら…まあ、普通に読めるようなものでも無いですしね。

 

でも月に来るなら普通読んでから行くと思うんですけど…あれ?私の認識がズレているだけでしょうか?

 

「豊玉姫、玉依姫ですよ」

 

「貴様……何故それを‼︎」

 

めちゃくちゃ睨まれてるんですけど主に依姫さんの方に…私何か変なこと言いました?

 

「何故でしょうね?」

 

 

前世の知識ですなんて言えない。まあ言わないし別にどうでもいいと言えばいい話。

 

「それで?ここに残ってる面々はなぜ残したのですか?早く帰りたいんですけど」

 

紫はさっきから沈黙。三人の合間になにがあったのかはしらないですけど、きっと何かあったんでしょうね。まあ戦った形跡がないとあれば何か取り決めでも行ったんでしょうかね。

 

「……ダメにk「ええ、いいわよ」…お姉様‼︎」

 

流石豊姫さん。話がわかる人で良かったです。

でもちょっとだけ微笑みが怖いと言うか…なんでしょうね。

何か企んでいると言うか…ちょっとだけ紫と同じ匂いがする。

 

「ただし、そこの妖怪の賢者とその従者。あと、そこの貴方はちょっと残ってちょうだい」

 

藍はまだわかるとしてもなんで私まで…原因はわかっているんですけどなんだか納得いかないと言うか…ちょっと挑発しすぎましたかね。

 

そんなことが頭を支配していると、文と大妖精の姿がふと消える。

咄嗟に豊姫の方を見ると、待っていましたとばかりの笑顔を向けられる。

「あら、私の能力がわかっていらっしゃるの?」

 

「え…あ…まあ……」

 

嵌められた。まさかこっちが一本取られるとは…やはりこのチート姉妹…侮れない。

それにさっきから依姫さんが殺気だけで精神をゴリゴリと削っていく。それも器用に私だけに殺気を送っている。

今は涼しい顔して流せてはいるがあまり気分の良いものでは無い。

 

「そうねえ……どこから話し合いましょうか」

まあそんな事は今は置いといてとでも言いそうな雰囲気で紫の方に向き直る。

なんだかうんざりしていますけど…私は知りませんよ。だってあなたの自業自得じゃないですか。

 

蚊帳の外にされてしまいそうですしこっそりと帰りたいのですが依姫さんが抜け駆けは許さぬと睨みつけてきてますからずっとここで殺気を浴びてないといけない。

 

ふむ、私に用事なんて珍しい事です。まあなにを言いたいのか分からないわけでは無いですけど…それでも私を捉えておく必要性はあるのだろうか。私よりも賢者の方がそりゃ頭のいいでしょうし、強いでしょう。

 

紫と戦後処理の事を話し合う豊姫さんの横顔に目線を送る。

彼女がなにを考えているのかは分からない。だがどうせまた気まぐれとかなのであろう。力を持つ者の気まぐれは面倒である。

 

私も時々周囲を巻き込んでますけどそれとこれとは根本的に違う。

まあそんな事を愚痴ったところでこの状況は変わらないし地球に戻れるわけでも無い。今はのんびり耐えることにしましょう。

 

「それで、あなたは何者?」

 

話が終わった豊姫がこっちに向き直る。

 

はて?何者と言われましても…私は私であってあなた達にとっては取るに足らないただの悟り妖怪です。それ以外に何かあるとすればそれは私が変に色々詳しいということだけで…

 

「ただの悟り妖怪ですけど…」

 

「おい、正直に話せ」

 

あのですね…依姫さん…その刀と殺気をどうにかしてくださいよ。

それに私は正直言いましたよ。

だって本当にただの悟り妖怪なんですから……

 

「うふふ、面白いわね。じゃあ……その知識はどこで手に入れたのかしら?」

 

「……?別に、考えればわかることだと思うのですが…」

 

そんなに難しいことでは無い。まあ少しだけずるいところもありますけど…

 

「……それじゃあ。紫さんとその従者はおかえり頂きましょう。ああご心配なく。この子はしっかりと地上に送り届けますわ」

 

え…まさか私だけここに残るんですか。なんだか嫌なんですけど…

って紫も隙間を閉じないでくださいよ。本当において行く気じゃないですか。まあ仕方ないことではありますけど…

 

 

「さて、邪魔はいなくなりましたわね」

 

「すぐ隣で殺気を放っている妹を邪魔じゃ無いと思うのであれば一回命を天秤にかけた方が良いかと」

 

「………」

 

あの、無言で私に剣先を立てるのやめてくれます⁉︎痛いんですけど…

こんな愛情表現嫌です。

 

豊姫さんが何か合図をする。その途端。依姫の姿が霧のように消えていった。多分豊姫さんの能力なのだろう。

 

「そうですね…それじゃあ改めて…貴方はどうして私達の技術の弱点が分かっているのですか?」

 

 

「そうですね……勘とでも言っておきます」

 

「とぼけるのね。まあいいわ」

 

惚けているわけでは…無いと思って欲しいのですけど。まあそんなものは無理でしょうね。

 

「では私からも……どうして貴方達は月の兵を最初に仕向けたのですか?」

 

 

私の問いに一瞬だけ眉が動いた。

 

「……どういうことかしら?」

 

「いえ、あの妖怪の軍勢に、なぜ賢者達では無く実戦経験の無い月の兵を回したのでしょうか。それも、あれほどの被害が出ると分かっていて…」

 

今回の戦いで散ったのはなにも妖怪だけでは無い…最初の進撃ではむしろ妖怪の方が優勢に駒を進めていたはずだ。

 

「……そうね…なぜ貴方が月の賢者について知っているのとか彼らが実戦経験が無いのがわかったのか…今は聞かないことにするわ。質問の答えとしてはね…実戦経験。もう一つは…秘密」

 

できればその秘密の方が知りたかったのですが…教えてくれはしなさそうですね。なら、ちょっとだけ頭を使ってみますか。

 

「……実戦経験が必要だとすれば色々と絞れてきますね。例えば、地上攻撃や防衛方針の見直し…他にもありそうですけど」

 

「……貴女のような勘の良い妖怪は好きになれないわ」

 

「別に……そんなつもりはないんですけど」

 

それに地上侵攻しようが月の防衛だろうが勝手にやっててくださいですから。

わたしには関係ない事…まあ私の家族に何かあるようでしたら容赦しませんけどね。

って言ってもこの人達には通じないんでしょう。

 

「そうそう、どうせなら対人戦闘兵器と戦場での管制指揮はどうにかしたほうが良いですよ」

 

大ちゃんに戦闘機がズタボロ落とされたのはそれですからね。

と付け加えておく。

 

「……ふふふ、敵にそんな知恵を与えて良いの?」

 

 

「どうせ私が持っていても無駄になる知識ですし、それにもう敵じゃないですよ。ただの、月の人と地上の嫌われ者の関係ですよ」

 

「……いいわ。地上に戻してあげる」

 

「やっとですか…」

 

「引き止めちゃってごめんね。今度来ることがあったらその時はお茶にでも誘うわ」

 

豊姫さんの雰囲気が変わった。なんだか丸くてふんわりしているような…多分こっちが本心なのだろう。

どの人も力を持つ人たちは大変ですね。自らを偽らないといけない事が多いなんて…

 

 

「お誘いは嬉しいのですが、いいんですか?穢れがどうとかなりません?」

 

「ちょっとくらい平気よ」

 

そんな軽くて大丈夫なのだろうか…まあ原作では結構月に行ってる人たちいますから大丈夫なのでしょうけど。

……まあこうして綿月の姉妹を拝めただけで良しとしますか。

 

「それじゃあ送り届けるわね。ただ、細かい場所はわからないから富士山の頂上に飛ばすわよ」

 

「……えっ」

 

一瞬、視界に靄がかかり次の瞬間には既に世界が変わっていた。

一面の銀世界。

体に吹き付ける風は冷たく突き刺すような痛みを身体中に与える。

 

この時期の山と言えばもうそれはそれは冷たくて……

 

「寒っ‼︎」

 

雪化粧のかかった山肌に私の声は消えていく。

 




なんとまた!カラーユさんが描いてくれました!
挿絵はdepth.27に掲載されています。是非見てください
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