古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.38さとり様のそばには面倒ごとが潜んでいる

夜のうちに積もった雪が昇り始めた太陽に照らされて眩い光を辺りに散らす。

悴んだ手を温めながら体に積もった雪を払い落とし神社の屋根から降りる。

半分硬くなっていた関節が音を立ててほぐれる。

雪の上に足を下ろしてみれば膝まですっぽりと埋まってしまう。

 

「……除雪しないとダメですね」

 

とは言っても巫女はまだ支度中。私は境内で妖力を使うことは出来ない。

除雪用スコップでもあればいいんですけど…見たところなさそうですしこうなったら殆ど無いですけど神力を使ってみるしかないですね。

 

……どうやれば使えるのでしょう。

普通に妖力を出す感じで…

境内内部の結界が反応、私の身体の中から出ようとする妖力が堰き止められる。

だがその力の流れの中に、堰きとめられずに通過するものがチラチラと感じ取れる。

 

 

これがそうなのですね……

 

試しにそれを束ねて板のように目の前に展開してみる。

 

青白い光が枠縁を彩り板全体に液体のような波紋が広がる。それらが朝日と雪の反射光を浴びて形成された複雑な影が雪の上に落ちる。

 

なるほど、これが神力ですか。今まで一度も使えたことがなかったのですが…こんな感じなのですね。

 

 

結界で雪を押しのけてみる。

 

私の持っている力では強度は見込めないらしく雪を推していくたびに今にも割れそうな不安な音がする。

 

戦闘では使い物にはならないだろう。

せいぜい日常生活であったら便利だな程度と思っておきましょう。

 

 

「……あら、雪掻き?」

 

雪をのんびり掻き分けていると後ろから声をかけられる。

どうやら支度が終わったらしい。寝間着の白い服の時も良かったのだがやはり巫女は巫女服でいる時が落ち着きます。

 

「ええ、一応雪掻きです」

 

雪除けみたいなものではあるがそれは言葉の綾。たいした違いではない。

「そう…あれ⁉︎貴女…神力……」

 

半分閉じている目が急に開かれ私のことを凝視したかと思えば急にワナワナしだす。

情緒不安定な人みたいですよ。

 

「ええ、僅かですから普段は妖力に紛れて分からないですけど持ってますよ」

 

「聞いてないのですよそんなこと!」

 

「言ってませんから」

 

だってわざわざ言う必要無かったですし…使う機会だってほとんどないですし。

なにやら考える素振りを見せる廻霊。

 

「まあ、別にいいのです。ところで除雪してたのです?」

 

「ええ…ほとんど出来てませんけど」

 

始めたのもついさっきなので当たり前といえば当たり前なのですけどね。

のんびりと雪掻きを再開すると少し離れたところで雪が吹き飛ぶ。

 

そっちの方向に顔を向けてみれば大型の結界が白い大地に引っかき傷を作るように居座っていた。

 

「雪かきなら私に任せるのです」

 

そう言って私の展開したものとは比べものにならないほどの結界を作り出す。それも一枚ではなく何枚も…

これなら雪掻きも素早く終わりますね。それにしても大胆な事です。

押し飛ばされた雪がシャワーのようにあたりに飛び散る。

 

「あっという間ですね…」

 

まさか数分で境内がこんなに綺麗になるなんて…さすが博麗の巫女です。

 

「……あ、そうでした。そろそろ帰らないといけません」

 

「私もいくのです」

 

廻夢がですか?珍しいですね。普段人里に巫女が来たことなんてないのに…どういう風の吹きまわしでしょうか。

 

「……まあいいですけど…もしかして人里の雪掻きですか。」

 

「そうなのですよ。悪いです?」

 

そんなことはないと首を横に降る。

ならいいですよねと無言で私の隣に飛んでくる。私はといえば境内からでなければ飛べないので石畳をゆっくり歩くことにする。

 

鳥居を抜けると再び妖力が戻ってきたのか全体的に軽くなる。

浮いている廻霊が先行…私も遅れて飛び立つ。

 

「……へえ、ちょっと変わった飛行技術なのですね」

 

「そうなのですか?いまいち違いが分かりませんが…」

 

普通、相手の力の使い方を見て理解するようなこと出来ません。それが分かるということは……やはり侮れないですね。今まで敵に回さなくて良かったです。

 

 

 

 

 

人里に着いてみれば案の定と言うべきかなんというか、予想していた光景が広がっていた。

流石山岳地帯。豪雪だけは時々一品級ですね。今年はなおのことです。

 

「あ、さとりさん!」

私に気づいた青年が声をかける。だがその横にいる人物に目線が移った瞬間、表情が固まった。

 

 

「安心してください。心強い味方です」

 

彼も博麗の事を良くは思っていないのだろう。だが、それでも廻夢本人の事はある程度認めてはいるようだ。それでも恐ろしい事に変わりはないようですけど…

 

「どれだけ交流取ろうとして来なかったんですか」

 

「だって取ろうとしても恐れられちゃうし」

 

だからって諦めたら何も生まないじゃないですか。諦めなければなんとかなるとは言いませんけど…っていうかいえませんけど。可能性をゼロにしてしまってはもう何も始まらないし何も終わらないですよ。

 

「まあ良いです」

 

「それじゃあさっさと終わらせちゃうのです」

 

そう言って大量の結界を展開する廻霊。

突然張られた結界にあたりの人が怯え、それが徐々に周囲に伝播する。

説明も無しにそんな結界張れば当たり前。

 

「危ないから少し離れるのです!」

 

 

結界がゆっくりと動き出し道に積もった雪を片っ端から押しのけていく。

人間が数時間かかってやっとの量をたった一人でやってのける。人間離れしていて…それでいて同じ人間。

だが人は、人間というカテゴリーの中から外れた者を人間とは呼ばない。まあ、それが良い方に進むか悪い方に進むかはそれぞれの人間次第。

……今回は悪い方には進まなかったみたいですね。

怯えが驚愕に変わり、驚愕はやがて歓喜へと変貌を遂げる。だがその歓喜すら、今まで彼女に行ってきた待遇の反動のせいで伝えることができない。それにまだ彼女を見る目は恐怖。それは仕方ないことだろう。もしその力が自らを襲ったらどうなるか…それを考えてしまうのが知性のある人間であり予防線を張ろうとするのも……

そして彼女自身もまた、彼らのその瞳を見て諦めたかのような微笑をする。

 

「はあ……手伝ってくれたんですから感謝くらいしてあげてもいいと思うのですけど」

 

人間とはなんと内気なのだろう…私だって内気ですけど言うところはちゃんと言いますよ?ちゃんと……

 

それにしても無言ですね皆さん。

 

「用事も終わったので帰るのです」

 

ちょっと廻霊さん何帰ろうとしてるんです?

袖を掴んで引き止める。

 

「どうせなら一杯飲んでいったらどうです?寒いですし里の人全員で」

 

私の言葉に周囲の空気が変わる。

そこまで変なこと言ってませんよ?こういう面倒な時はちょっと間に緩衝材挟んだ方が流れやすくていいでしょって事です。例えですけど……

 

「え……でも…」

 

「どうせ冬の季節はやることも無いのですから…せっかく余っている酒粕使って……」

 

「俺たちは…構わないが……」

 

おそるおそるですけど青年が近づいてくる。やはり若い人の方が偏見とか少ないのでしょうね。

 

お、子供たちが酒粕を持って出て来ましたね。

さすが子供です。

 

「……ありがとうございますなのです」

 

ここまで誘導すれば後は彼女達次第。人間の本質などすぐに変わるようなものでも無いですけど…少なくとも人里の人達は尊敬の念はあるのですから大丈夫だと思いたい。私は何もしてませんしさっさと退散しましょうか。こいし達ももう起きているはずでしょう。

 

人混みの中に私の気配を隠しその場を離れる。

 

 

 

 

 

 

 

家の扉が開かなかったのでドアの横にある窓から中に入る。恐らく雪の影響で家全体か扉のどこかが歪んでしまったのだろう。今度直さないと…

 

それにしても……なんでお燐もこいしも寝てるのかしら…それも炬燵で……

 

居間に広げられた布団、別にそこで寝るのは良いのだが、なぜ下半身が布団の中ではなく炬燵の中なのだろう。

逆に寒くならないのだろうか。

 

「ただいま…ほらふたりとも起きてください」

 

こいしと猫化して寝ているお燐を揺さぶって起こす。

 

 

「あ、お姉ちゃん。おはよ……これ…結界の外に落ちてたって門番が…」

 

 

 

そう言ってまだ眠そうに目を閉じているこいしが封筒を渡してきた。

ただ、目を閉じているせいで見当違いの方向に渡しているのに気づいて欲しい。

 

「……私宛ですか」

 

「窓から投げ込まれた……うう寒い」

 

頷いたこいしが再び布団の中に潜り込んでしまう。確かに寒いのは仕方ないのですけど…二度寝しないで起きてってば。

 

「寒いです」

 

「火が消えてるんだから仕方ないでしょう」

 

寒がるお燐を連れて囲炉裏のところに行く。

「もう少し火の管理くらいしてくださいよ」

 

弾幕を使い強引に木炭に着火する。

これで少しはあったかくなるでしょうね。ついでですから朝ごはんもここで作ってしまいましょうか。火力の関係で作れるものは限られてしまいますけど…

 

食事の支度を始めようとするがふとこいしからもらった封筒が気になり手が止まる。

先に中身を見てしまっても良いですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山道も雪が降り積もってほとんど歩くことはできない。

空を飛びながらのんびりと山を登っていく。

標高が上がるにつれ気温が下がっていく。もともと寒かったのですがもっと寒くなる。

コートを着ているにも関わらず寒さが身体を刺激する。

もう少し防寒装備を作った方が良いですね。

 

封筒の中には封を開けると起動する音声録音の術式がかかっていた。発信は天魔。内容はなるべく早く来てくれとの事だった。

その為朝食作りをお燐に任せて山を飛んでいる訳です。

しかし一体なんなのでしょうね。向こうから呼ぶとは。それもかなり切迫しているようでしたし…

先ずは行ってみるのが先決。

 

 

「……おや?」

 

ふと下を見ると鴉天狗が二人ほど木の陰で何かをしているのが眼に映る。

気になったので気づかれないように後ろに回り込み地上に降りる。

 

「……何してるんです」

 

鴉天狗の二人の真後ろまで接近して声をかける。

かけられた天狗の面が一瞬だけ跳ねる。

どうやら動揺したらしい。

 

二人が腰の武器に手をかけながら振り返る。

 

「なんだ貴様……」

 

「バカやろ!さとり様だぞ」

 

やや体が大きい天狗が私に突っかかってくる。それを隣の…私より少し大きい程度の鴉天狗が止めにかかる。

咎めた方は場慣れしているというか落ち着いている。…おそらく新米とベテランみたいな関係でしょうか。

 

そんな二人の向こう側に、一人の少女が突っ立っていた。その瞳からは何も読み取れない。死んだ魚のような目の少女。

 

「そっちの子は?」

 

私の目線に気づいた若い方が何か言おうとするがそれを遮って隣の男が口を開いた。

 

「ああ、全ては話せませんが…」

 

「構いませんよ」

 

 

 

事情を聞くと、どうやら山に迷い込んだ童女を連れ去ろうとしてたらしい。

まあ風習として天狗攫いがあるのは知ってますけど…今回はどうやらそれとは違うらしい。

何が違うのかは言ってくれないがその子は最終的に里には返さないのだとか。そうなると一生を……

 

「えっと……その子はどうするつもりなのですか?」

 

どうしても気になってしまう。

 

「……すまない。これだけは教えられない。見逃してくれないだろうか」

 

それほどまでに大事なことなのだろうか。確かに儀式とかなんだとか色々とあるのは知ってますけど人間を生贄にはしないはず…だとすれば個人的なもの。又は何か別のこと…今回私が天魔に呼ばれたことと関係があるのだろうか。

 

「……すいません。それはわたしには無理です」

 

どちらにせよ目の前にいる子の命はこのままだとまともな運命を辿らないように見える。もちろん私がどうこうしたところで良い方向に進むとは限らないが…見過ごすわけにはいかない。少なくとも見つけてしまったからには……

 

 

「そうか……」

 

「なんだよ!さとりは天狗の味方じゃないのかよ!」

 

ずっと黙っていた方が急に声を張り上げる。それと同時に天狗の面を顔に被る。

確かあれは戦闘態勢に入ったという合図。

 

「え?私は誰の味方でも無いですよ。っていうか私は敵対するつもりは無いのですが…」

 

なんで勘違いしているのでしょうか?

 

「すまない。こいつまだ若造なんだ…」

 

やはりですか、だからそんなに無理に突っかかってくるのですね。経験豊富な先輩さんが隣にいるのですから素直に従う方が良いと思うのですがね。

 

「なるほど、若さ故…」

 

「うるせえ!」

 

私が何か言おうとしたが逆ギレした彼の弾幕で言葉を遮られてしまう。

新雪が吹き飛び周辺に爆音が響く。

木に留まっていた鳥たちが一斉に羽ばたき飛んでいく。

 

あの、いきなり妖力弾を投げるのはやめてください。危ないので…

間一髪で避けた私に再度の攻撃が飛んでくる。

 

先輩さんが止めようとしてますけどなんだか止まる気は無い。

 

 

先制攻撃しちゃダメですよ。それは相手に反撃の正当な理由を与えてしまうものです。

特にこの場合は第三者の目もありますから余計不利ですよ。

 

再三の警告無視と殺傷系弾幕による攻撃…十分十分、自衛戦闘開始です。

 

雪に隠れた地面を蹴飛ばし相手に急接近。

私の反攻に恐れおののいたのか、一瞬だけ反応が遅れる。

 

戦い慣れしてないのか防御すらしようとしないとは…これは白狼天狗に叩き直されたらどうです?

 

そう思っているうちに相手の懐に体が入る。今にも抜刀しそうだったその左腰の刀を押さえつけて無力化する。

驚愕している天狗の額に一発、押さえつけている手とは逆の手で突きを入れる。

 

一発だけ。その一発で、相手を確実に仕留める。

勿論意識を刈り取るだけなので外的損傷は無いはずだ。

崩れる天狗の体を支えてゆっくりと木の幹に座らせる。

 

その様子を呆れた目で見ている天狗さんに後のことを任せる。

 

「さて、何か言われたら…私が奪ったとでも報告しておいてください」

 

「しかし……」

流石に今回は自分たちの方に非があるのは明確。まあそうだろう…私はどちらかといえば被害者。ただし貴方達の仕事を邪魔したのは事実です。その点を踏まえればおあいこです。

 

別に気にしないのでどうでもいいのですけどね。

 

「どうせこの子を里に戻したら天魔さんのところに行くつもりですから。その時に事情は説明しておきますよ」

 

無理やり押し切りずっと端っこで立っていた童女の元に行く。

彼女の眼は焦点はあっているのだが光がないというか…やっぱり何も感じていないようだ。

 

「行きましょうか…あなたの本来いるべきところ…かはどうか分かりませんけど。少なくとも安全な場所です」

 

私の言葉に無言で頷く。一応意思疎通はできるのですね。

 

「それじゃあ…ご迷惑おかけしました。今度お詫びの品を持っていきますので…」

 

「あ……ああ…」

 

 

 

 

 

私達の会話の合間だけでなく天狗が連れ去ろうとしている合間も眉ひとつ動かさない少し変わった子を背負って山を一旦離れる。

 

背負っているせいで顔を見る事は出来ないが、表情が変わった様子はない。終始無言を貫くせいでなんだか気まずい。

 

「見ない顔ですけど…新しく来たのですか?」

 

「……うん」

 

やっと話してくれました。

それにしても新参ですか?そんな情報や噂は聞いてないのですが……

「家族は……」

 

「いない」

 

……そうですか。

家族なし…となるとこのまま人里に連れて行ってもどうしようもないですね。もしかして彼等も身寄りがないことを知っていて攫ったのだろうか。だとすれば?この子の運命は?

 

……後で天魔さんに問いただすとしましょうか。

 

「……少しの合間は私の家にいてください。彼らと同じヒトデナシな存在ですけど…」

 

「……構わない」

 

それは本心からなのだろうか。ここまで抑揚のない声をされるとかなり心配してしまう。本心を視る覚妖怪が一体何を言うかと思ってしまうが…人妖誰しも知られたく無いことありますからね。そっとしておいてあげましょう。

 

 

 

 

 

「って事があって遅れました」

 

家に一旦少女を置いてきて再び山に戻ってとしていたらいつのまにか太陽は西の方向へ行ってしまっていた。

 

少しして天魔のところに案内されようやく目的が果たせる。

 

「ふむ、俺は知らないぞ?人攫いしろなんて指令すら出してないしな……」

 

事情を説明したものの天魔さんの顔はなんだかパッとしない。それどころか知らないところで行われていると…

流石にこの状況でいつもの遊びかけている態度は取らないらしい。

 

「天魔さんの関与しないところで行なっていると?」

 

「ああ、一応調べてみる」

 

天魔さんが調べるとなったら…最早隠し事など不可能に近いだろう。

 

「ありがとうございます」

 

「いや気にすんなって。それより見つけてくれてありがとな」

 

そう言って私の頭を優しく撫でてくる。髪の毛を介して伝わるその手が暖かくて優しくて…

一瞬だけ思考が飛んでいたようだ。

 

気づけば天魔さんが黒い笑みを浮かべながら私を見つめていた。

なんだか寒気が走る。

 

「それで、私を呼んだ理由はなんですか?」

 

紛らわせるように話題を本題に移らせる。

 

「それはな……」

 

 

 

 

閑話休題

 

いつもと変わらない日々。それは見せかけであって本来はいつもと変わらないなんてことは無い。

見た目は何も変わっていないもののその裏では、非日常が繰り広げられている。

 

冷たい風が強く体を弄び熱くなった思考を冷やす。

 

でもまあ、時代がいくら変わっていようと種族が多少違えど……本質なんてなんにも変わってないのですね。

天魔が私を呼んだ理由。

それは不審な動きを見せる妖怪達の事についてだ。

 

かなり最近からではあるが天狗の山の周辺にいる中級や下級妖怪が不審な動きを繰り返しているとのことだ。

昔からずっとだったのは知っているのですが、どうやら個人個人で党派を組んでバラバラだった彼らが徐々に組織のように集まり出したのだとか。

所詮は天狗の領域の外の事なので関与することはできない…と言えば聞こえは良いが実際には身内側からもそれに追従している天狗などがいる為下手に動くことが出来ないのだとか。

 

天魔自身もどうにかしたいのだが、身内の内通者や領域内に潜んでいる彼らのせいで迂闊に動けないようです。

 

巻き込んで欲しくなかったですし、それくらい天狗や河童やらの自陣営でどうにかなるだろう。断りはしなかったが、だからと言って素直に協力する気もない。

たとえ天魔個人からの願いでも…内戦に加担してくれなどそう簡単にいいよとは言えない。

 

その後一瞬天魔に襲われかけたが…まあいつものじゃれあいみたいなものだから別に許しておく。

 

「……それよりも」

 

問題なのは人里だろう。ここは天狗の領域の外ではあるがかなり近い位置にある。

最悪内戦が発生してしまえば真っ先にとばっちりの被害を食らう事間違いなし。

別にそれだけならまだ防ぎようがある。

問題は、『人里への妖怪の攻撃』という事実。

これだけあれば博麗の巫女が動くのに躊躇はいらない。

内戦どころか三つ巴は確定。敵も味方も関係なく大量の血を見る羽目になる。

 

それに博麗の巫女も…まだ後継はおらず最も失われるとまずい時期だ。

どちらにせよ、人里への被害は未遂で終わらせなければならない。それだけならやってあげてもいいだろう。ただしあくまでも天狗達の力だけで今回は乗り切って欲しい。そうすれば私を変に頼ったりしなくて済むのですからね。

 

 

 

「それで藍さんはどうして雪の中に埋まっているのです?」

 

 

「ばれてましたか」

 

私が地面に向かってそう叫ぶと、地面全体が黄金色に変わる。それが巨大な狐の背中だとわかったころには私の体は巨大な尻尾の上に乗せられていた。

 

全長は6メートルくらいだろうか。巨大な九尾の尻尾を含めれば12メートルほど…かなり大型の九尾ですね。

 

「それが貴方の本来の姿ですか」

 

「はい、この姿は初めてでしたね」

 

こんな大型な狐だったとは…流石に私も驚愕してます。

普段の狐の姿でさえかなり大きいように思っていたのですが…

「あなたは…九尾?それとも、藍?」

 

「どちらでもあり、どちらでも無いでしょうか。私は個であり、体…一つではない」

 

難しいですね。

言いたいことはわかるのですがなんだか理解するのは難しい。それでも藍の温もりは本物で…普段と変わらない。

 

「それで、藍はどうしたのですか?」

 

わざわざ本来の姿を現してまで私に会いに来るとは…

 

「紫様が今年の冬は一悶着あるとの事で、この姿の使用を許可されました」

 

なるほど、紫はこの地で起こっていることを把握していると…それを教えてくれればもっと楽なのですがね。

 

「それとこれはさとり様に当てての伝言です」

 

伝言?それも藍を介したものとなるとかなり隠密性の高いものですね。なら一旦結界を作るか音声遮断魔法をこいしに頼むか…どちらにせよ家に帰った方がいいですね。

 

「それじゃあ、私の家で聞きたいのですが人間に偽装できますか?」

流石にこのまま連れていくことはできない。

こんな巨大生物が行こうものなら…鎌倉時代版ゴジ◯が出来上がってしまう。

博麗の巫女がいるから被害は…いや、むしろ市街地戦で里が消え去る気がします。どう転んでもこの姿ではいくことはできない。

 

 

「わかりました。直ぐに戻します」

 

その言葉が聞こえた頃には私の体はいつのまにか地面に立っており、目の前にはいつもの姿の藍が片膝をついた姿で伏せていた。

心なしか藍の周りの地面がそこだけ球体状に溶けたように赤く煙を上げていた。

 

「それでは行きましょう」

 

どこかの抹殺マシーンのような立ち方をする無表情藍。完全に狙っているような狙っていないような。

 

 

 

 

 

 

のんびりと下山しいざ人里というところで門番に止められる。

どうやら藍が九尾であることがバレたようです。

 

まさか藍の正体を一瞬で看破するとは…さすが門番です。

説得ののち紫の従者であると説明したところ暴れないならとのことで入れてもらえました。

 

どうやら博麗の巫女を混ぜた宴会のような状態になっているらしく、この時間にしてはかなり閑散としている。

最初は妙だなんだ言っていた藍も事情を説明すれば納得したらしくそんな事をしていればいつのまにか家についているものだ。

 

早速家に入ってみれば、外の冷気が嘘であるかのように暖かい空気が流れる。

これでも普段よりは涼しめにしてある。

 

 

「……前回来た時より人数が増えている気がするのですが」

 

隣の部屋から覗き込む少女の目線に気づいた藍が少女をつまみ上げながら尋ねる。

 

「あ、その子はさっき保護した子です」

 

入れ替わりで山に戻ってしまったためにまだ名前すら聞いていない。

だが、こいしのおかげか汚れかけていた体は綺麗になっているし服も暖かそうにはんてんを羽織っている。

そのこいしは里の宴会に行っているらしいのでここにはいない。お留守番を言い渡されたお燐とこの少女だけ。

 

「……はあ、さすがさとり様です。呆れて何も言えません」

 

どうして呆れるのでしょう?別に住まわせるわけではないですし、その子が何処かに行きたいというのであれば何も反対はしませんよ?あくまで保護しているだけですから。

 

「…別に、親になってくれる人が見つかればそっちに渡してしまいますよ?」

 

家にいつまでもおいておくわけにはいきませんからね。

 

「……そうか。だが」

 

なにかを言いかけた藍がなにかを思い出したかのように言葉を止める。

その目線はつまみあげて肩に乗せた無表情少女の元に向いている。

 

「……いや、神社の後継問題が解決できるかもしれない」

 

彼女を分析したようですけど…どのようなものが見えたのでしょうか。

それに後継者問題…確かに博麗の巫女は世襲制ではない。

まさか彼女を次の巫女にするつもりなのだろうか。

 

「あくまでも候補として考えてます」

私の言いたいことが分かったのか藍が答えてくれる。

 

 

……妖怪の最大の敵とも言われる博麗の巫女。その後継ですか…妖怪に襲われ、妖怪に助けられ、そして妖怪を消す。

当たり前なのかもしれないがそれがどれほど残酷なことか……私は理解できない。

別に反対するわけではない。そもそも赤の他人。そっちの人生まで面倒見ようとは思わないのでどうでも良いのですが…どうしても後ろめたさが残る。

 

 

 

「甘酒飲みます?」

私の周りに負の気を感じたのか近くで丸まっていたお燐が返事も聞かず台所に飛んでいった。

あの子はあの子なりに気を使ったのでしょう。ですけど……

「お燐、慌てすぎて服着るの忘れないで」

 

「え?……いやああああ!」

 

普段なら何も言わないが今回は藍や少女がいるのでそういうヘマはやめて欲しかった。

 

「ふふふ…」

 

藍さん笑っちゃダメです。

ってそこの少女、なにお燐の体見つめてるんですか?他人の体がそんなに珍しかったのですか?

 

 

 

 

「それで、紫からの伝言とは?」

 

顔が赤くなってはいるが、気が落ち着いたお燐が持ってきた甘酒を飲みつつ円卓を囲みながら藍の顔を見つめる。その肩には相変わらずあの少女が腰掛けている。

何も言わないし何も表情には出していないが、心なしか嫌というわけではなさそうだ。

 

本来の本題はこっちのはずですが…かなり忘れかけていたような気がします。

 

藍の目つきが鋭いものに変わる。

自然と周囲の空気が張り詰め、お燐と少女の体が固まる。

 

「他には誰も聞いてませんよね」

 

「ええ、この場所は私たちだけですし万が一のために小型結界を部屋に展開してます」

 

なら大丈夫と、藍の目つきが若干弱まる。それでも張り詰めた空気は元に戻らない。

 

「月からの土産ですが、河童と一緒に分析を手伝ってくれと…」

 

「……え、ああ。なるほどです」

 

成る程、月から何を持ってきていたのかは知りませんけど解析不能なところまで解析することはできたのですね。

 

ですが、どうして私なのでしょう?河童だけでも十分技術を真似る程度は出来るはず…

 

「何かあったのですか?」

 

「河童でさえ匙を投げるものがいくつもあったようです。それで…多分詳しいだろうという事でさとり様に助言を頂きたいと…」

 

なるほど…それをなんでこんな真冬の時期に行ってくるのかは分かりませんけど…正直この時期は冬眠しているでしょうし…

 

「河童からの連絡が昨日私を経由して紫様に入ったものですから…」

 

「でしたら春先にしてくれればいいのに……」

 

まあ、春になればまた忙しくなるのでしょうけど。

それにしてもあの時やはり月から何かを持ってきていたのですね…

知的好奇心の方が勝りました。

「わかりました。では後日河童を訪ねます」

 

張り詰めていた空気が拡散し、体が軽くなる。どうやら途中から本当に重圧をかけていたらしい。私は気づかなかったがお燐は藍に向かって片膝をついてしまっていた。

流石、大妖怪の式神ですね。

 

「承知です。では、都合がつき次第私を呼んでください」

 

そう私に言い、肩に乗せたままの少女を膝の上に乗せ換える。

なんだかこうして見ていると、年の離れた姉妹…いや母娘のように見える。なんだかそれが微笑ましくて気づいたら微笑みが溢れていた。

 

「さとり様もそういう表情するのですね」

 

私の表情に気づいた藍が覗き込むように見つめてくる。

 

「何も感じていないわけではありませんから…」

 

同時に私を見つめるもう一つの視線。お燐のものかと思ったがどうやら違う。ふと、藍の股の合間に座る少女と視線が混ざり合い、複雑に絡んで繋がる。

 

その子の視線を感じていたみたいです。何か言いたげなその黒の瞳に吸い寄せられる。

そうしていると、藍の手が少女の頭に乗っかり、視線の絡みが消える。

 

「さとりは感情豊かだよ」

息を整えていたお燐が復活したようです。

でも、お燐にそう言われても二人はいまいち分かってなさそうです。

普段から無表情ですし基本私自身の事なんて喋らないですからね。

 

「……そうなのですか」

 

あ、今疑いましたね?別に何も感じないわけではないのですよ!

 

無感情と無表情は似て非なるものなんですからね。

 

 

 

 

 

「そういえばまだこの子の名前聞いてませんでしたね」

ふと思い出したかのように藍が少女に視線を落とす。

 

本当なら最初に聞くべきだったのでしょうけど、無口でしたしこちらも聞く義理が無かったので聞いてませんでした。

 

「私も聞いてません」

 

もちろんサードアイで読んでいいと言うのなら遠慮なく読みますけど、それをする勇気は私にはない。お燐やこいしは聞いてないのだろうか。

お燐に聞いてみるものの知らないと手を振って返される。そうなるとこいしも聴いてないのですね。あの子にすら話さないというと相当頑固なのか…それとも理由があるのか。

 

「……名前なんてない」

 

ただ一言、暗い井戸の底から響くような寂しさのこもった声が響く。

戻ったはずの空気は一瞬でどん底になった。

 

「……そうでしたか」

 

再び藍が少女の頭を撫で始めた。

それが気持ちいいのか、少しだけ目が細まる。人間にしては感情の起伏があまりないので分かり辛かったものの感情はしっかりとあるようですね。

 

「それは思い出せない?それとも元からない?」

 

「……思い出せない」

 

成る程…でしたら私の能力を使えばもしかしたら思い出させる事が出来るかもしれない。ただ、本人のためにならないようなものや思い出してはならない危険なものの場合は諦めるしかないですけど…

 

「……さとり、やるのかい?」

 

「少女が良いと言うのであれば……」

 

何事かと考えているのか少女の首が左に傾く。

 

「もし名前を思い出せるとしたら、思い出したいですか?」

 

そんな少女に一言質問。同時に、着ていたコートの内側から眼を引き出す。

 

「……さとり妖怪」

 

サードアイを出した瞬間物凄い嫌な顔をされた。

それよりも私の存在をしっかりと知っているとは……誰に教えられたのか。常時起動型のこの眼は少女の思っていることを的確に収集していく。

 

「……」

 

久しぶりに見ることになった忌避、恐れ、恨み。それらはまだ世の中の悪を知らない少女の純粋な感情で…悪意で……そういう感情は真っ直ぐ心を傷つける。

 

それでも、少女は心を読んでいいと私を見つめてそう強く願った。

まだ恐ろしい存在であると認識されたままですけど…それを抜きにして私を頼ろうとしてくれたようです。

 

「分かりました……想起」

 

サードアイから妖艶な光が出て部屋を一瞬照らす。

 

「さとり様?」

 

「今話しかけても反応できないよ」

 

獣達の声が遠くなり意識がからだから離脱する。

最初から全力の能力執行。

少女の記憶と私の意識が混ざり、溶け合う。

記憶とは意識の中での産物。忘れている記憶は無意識下での保存。

意識とは無意識の表層であり深くなればなるほど無意識の混沌に包まれて行く。水面のような意識と無意識の合間を通過し奥に侵入していく。深く深く……

 

ここまで落とせれば後は観るだけ。

無意識の記憶を私の意識に想起させる。

 

 

 

だがその記憶は空っぽ。

ただ無虚の空間が広がるだけだった。

 

記憶以外のものを探して行くが感情も感覚も倫理すら存在しない。心を構成する要素は何一つ残っていない。文字通りの伽藍の洞。

そんな心理の底を見てみようとする。子供の場合底は比較的見やすいはずである。

 

 

……見つめる先は奈落の底?見えもしない絶対おかしい。深層心理まで行こうとするがそれよりもこの空に気を持っていかれそうになる。

苦しさも何もないという一点だけは評価しますがそれ以外は全く評価できない。

 

最初の目的は最悪の形で達成したのであるからもうここにいる意味はない。

能力を通常まで戻し意識を引っ張り出す。

 

役目を終えた眼を静かに服の中に戻す。

「どうだった?」

 

目の前でじっと見つめている少女がそう問いかける。

 

「空……伽藍洞でした」

 

どう答えていいか迷ったもののアレを表現するとすれば伽藍洞なのだろう。

それでも天狗と出会った辺りからの記憶は残っているので記憶障害とかではない。多分何かの術で忘れてしまっているのだろうか?

私の言葉の意味がよく分からなかったのか少女は右に首をかしげる。

 

「空っぽとはどういうことでしょうか?」

 

少女の代わりに藍が尋ねる。

 

「文字通りです。一定の地点からは何もない無虚の世界です。記憶も感情も感覚も…全てがありませんでした」

 

「つまりこの子は思い出せないんじゃなくて…」

 

「元からないんです」

 

何かの拍子で消されたのか…消えてしまったのかはわかりませんがこの際過程はどうでも良くて、結果が問題。

 

私の言葉に少女の顔に初めて困惑の表情が浮かぶ。

「どうしたらいいの……」

 

どうしたらいいのと言われても私にはどうすることもできない。出来るとすれば貴方自身でしょう。

 

「空いた穴は何かで埋めるしかない。記憶ではなく、今を積み重ねて新しい自分を形成していくしかないですね」

 

薄情とかなんだとか言いたければ言えばいい。

無いものは無いのだしあるように偽るなんて出来ないです。

 

そうそう、その子は藍さんに任せますね。私はもう彼女をどうすることもできないので……




その頃の廻夢達はほんわかと甘酒飲んでたとか

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