地獄というともっと殺伐としているのかと思っていたがそう言うわけでもないみたいだ。実際、映姫さんに先導されて到着したあたい達が最初に見たものは立派な都市と……赤色に輝く湖のようなもの。
それらを破壊するかのごとく立ち上がるいくつもの爆発と倒壊だった。
さとりとあたいの名付け親二人の話し合いが意外とスムーズに行ってくれて予定より早く連れてこられたこの地獄。
正確には破棄が決定して現在は現世のマントル上部にあるらしい。
「派手にやってますね。地獄っていつもこんな感じなのですか?」
「貴方が判断を渋っていた合間に暴動が大乱闘に発展してしまいまして…後封印していた危険な魔物も二体だけ封印が解かれて大暴れしている最中ですから」
ものすごい不安な単語がいくつか出てきているのですが……
まあ現状は正にバトルロワイヤルなものだ。あたい達でどうにかできるのやら…
あたいはさとりの腕から飛び出し人型に戻る。
「どうせ暴れてる奴らをどうにかしないといけないんだから仕方ないですよ。そのためにこんなに重武装になってるんですから」
自分にも言い聞かせながらさとりを励ます。
背中に背負ったショットガンと腰に引っ掛けたコンテンダー、ショルダーで肩に引っ掛けたマシンガンとライフル。これだけでも相当重い。
ちなみにあたいが持ちきれない分はこいしの魔導書に収納してもらっている。
次元収納とか言うものを量子変換して保存しておくものらしい。あたいにはよく分からないけどとりあえず凄いらしい。
「まあ良いんじゃねえか?むしろ骨のあるやつらが沢山居そうだしな」
「そうだね、多分地上でウロウロしてた頃よりかは楽しめるんじゃないかな勇儀」
一瞬だけこの二人だけで制圧できそうな気がしてしまったあたいは悪くない。さとり自身もそんな顔してるし。
でもここは地獄、そんでもって地獄につきものな亡者の怨念や悪霊が大量にいる。
地獄で生まれ育った妖怪や鬼は怨霊は無害だし退けることも出来ないがあたいら現世出身の妖怪にとっては怨霊は大天敵。
精神を乗っ取られれば人間と違いもう戻ることはできない。
多分今は怨霊が一番怖い。
それなのにこの場に怨霊が寄ってこないのは、ここにいる二人のさとり妖怪のおかげだろう。
珍しくサードアイを展開している二人は近寄ってくる怨霊や悪霊にトラウマを想起させ片っ端から追い払っている。
正直トラウマを想起させることがどれほど本人達に苦痛を与えているのか…想像しただけで心が痛くなる。でも二人ともそんな心配を周りにさせまいとしている。
多分あたいくらいしか気づいていないんじゃないだろうか。
「気にしなくていいわお燐。あなたはあなたに与えられた任務を全うしなさい」
そうだった、さとりは心が読めるんだった。普段から眼を隠していたしこっちの姿で眼にさらされたことなんてなかったから忘れてたよ。
「それで?どうするんだい閻魔さんよ」
「……貴方達がここの支配者だと暴れてる人たちに納得させてください。私はあくまでも隠世の存在。ここの内政に干渉することは許されていません」
「私達を呼び込んでる時点で十分干渉してる気がするんだが……まあいい。私はさとりの方にいるから萃香、お前はこいしの方な」
「おいおい勇儀、冗談きつくないか?」
鬼の二人を含めあたい達は怨霊を退けることはできない。
だからさとりとこいしを含めた二つのまとまりになってでしか行動できない。
あたいはこいしに武器を預けているからこいし側。隣で鬼の反応を伺ってはビクビクしてる大妖精はさとり側。
四天王の二人はどっちがどっちでも対して変わらないものの…こんなところで仲違いが起きるとは…
恐ろしい殺気が二人から溢れ出し周囲の空気を震わせてる。
毛が逆立ち自然と手が震えだす。
「……じゃんけん一本勝負で決めてください」
「え…ああわかった」
「それじゃあ行くよ。じゃんけん…」
「「ぽん!」」
勝った方は勇儀、つまり最初と変わらなかったわけだ。
それにしてもよくあの時の殺気立った鬼に平然と提案できるね。あたいは恐ろしくて出来そうにないよ。
「今のでみんな気づいたみたいです…早くいってあげないと失礼ですよ」
勇儀達の殺気が想像以上なものだったらしく近くで戦っていたであろう妖怪たちがこっちに迫ってきていた。
なんでこう殺気に吸い寄せられるように集まってくるかねえ。
血の気が多いのか愚かなのかあたいにはわからないよ。
「どちらにせよ向こうから来てくれるなら好都合なことこの上ないですね」
微笑を浮かべたさとりが腰に隠している短刀を抜刀し服の袖のなかに仕込む。
袖が腕の長さより長い為短刀を持っているかぱっと見では分からない。暗部とやってること同じだよなあ。
「さとりってもしかして楽しんでる?」
「さあ?どうなんでしょうね」
あたいの質問をはぐらかし地面に向かって降下していってしまう。勇儀と大妖精が慌ててそれに続いていく。
「私達も行こっか!早く終わらせて眠りたいし」
こいしがあたいの手を握ってさとりとは反対の方向に向かっていく。
その手が少しだけ汗ばんでて、思わずこいしの顔を見てしまう。顔色が少し良くない、もしかしてもう能力の弊害が……
「大丈夫だよ。お燐達は気にしないで」
だとすれば早くしないといけない。少なくともさとりよりこいしの方がこう言う怨霊や妖怪達の悪意への耐性は低い。
こんなことしてる場合じゃなかったと後悔。でも後悔しているくらいならさっさと終わらせなといけない。
それは萃香も同じだったらしい。
「なあ火焔猫燐」
「お燐でいいよ」
名付け親の一人である彼女の声だけが響く。直接体に伝播するこの感じは念話の一種だろうか。
「それじゃあお燐。多少の卑怯は目を瞑る。だからさ、ちょっと勝負しないかい?」
「いいねえ。それじゃあどちらが先に全員無力化できるかでどうだい?」
「わかってるじゃないか!それじゃあお先!」
一瞬で萃香の姿が見えなくなり、目線を前に向けた瞬間、爆風に体が弄ばれる。
閉じてしまった瞳を開ければ下ではクレーターが道の真ん中に出来ていた。
「どうも!地獄を革命しに来ました!」
いつのまにか萃香と一緒に地面に降りていたこいしがそんなことを叫ぶ。
まあそんなもの知ったことではない。
あたいの任務は相手を無力化すること。
肩にぶら下げたマシンガンの安全装置を解除して右手に。左手で背中に背負っていたショットガンもどきを構える。
「痛いかもしれないけど許しておくれよ」
引き金にかかる指に力が入り反動が腕を伝わる。ガス圧でシリンダーが後退し排出された薬莢が飛び散る。
地面から発せられる光を浴びて赤く輝く弾丸が周辺にいる妖怪の腕や足にあたり血を撒き散らす。一部は貫通力が足りずに彈かれてしまっているがそれでもダメージは与えている。
通常の鉛弾ではこうはならない。せいぜい足止めと軽い脅かしくらいだ。にとりさんが作った専用の対妖怪用特殊弾丸だからこそできることだ。
秒速500メートル以上で飛び出す弾丸を躱す事ができるほど瞬発力があるやつはなかなか見かけない。それに躱されても萃香の拳を耐え切れるほど頑丈な奴はさらにいないだろう。
一応構えているけどショットガンはまだ使わなくていいか。
あたいと萃香の攻撃から運良く外れた者には……こいしから飛んでくる剣や棒、さらに弾幕にさらされて動きを制限されてしまう。
数分のすればその場に立っているのはあたい達だけだった。
「……あっけないな」
「そうだねえ……でもどんどんきてるから、まだ楽しめるんじゃないのかい?」
マガジンを交換して構える。視界に入るのは殆どが地獄の鬼。時々別の妖怪も混ざってる。面倒だしまとめて吹っ飛ばしたい。
でも命までは奪わない。甘いとか言われるけど…さとりがそうしろって言うから仕方がないか。
「楽しむんじゃないよ!早く終わらせたいだけさ!」
そういって飛び出す萃香。
怨霊が生気を感じ取り襲いかかろうとするがそれより早くこいしのサードアイが怨霊を捉える。
瞬間踵を返して逃げていく魂の成れの果て。
これ以上こいしに負担をかけるわけにはいかないし降伏するやつ以外は容赦しなくていいか。
「派手にやってるわね」
地獄と現世を繋ぐ通路のところで戦いの様子を見守っている閻魔を見つけつい話しかけてしまう。
本当なら彼女に話しかける必要性は皆無だけど元々こう言う性格なのだから仕方がない。それに閻魔さんなんてなかなか取材対象で話すことはできないだろうし…
「ええ、このくらい派手にやってくれれば直ぐに支配者だと認めてくれるでしょう」
「でもそれは一時的なもの。力による圧政は反逆を生みますからねえ」
皮肉のように聞こえてしまっただろうが閻魔さんなら誤解せずに意味を取ってくれるだろう。まあ半分嫌味混ぜましたけど…
「そこからはさとりの頭脳と貴方の腕次第ですよ。せいぜい頑張りなさい」
これはこれは手厳しい。まあこの任を任された時から覚悟はしていたわけだから今更後悔などしませんけどね。
「私の腕を疑っているんですか?」
「いいえ、貴方の腕は確かに良いですよ。ですが清く正しいの枕言葉は要りませんね」
だって清く正しいじゃないですか。時々主観が入ったり真実をぼかす方がいい時はぼかしますけど…捏造はしてませんよ?それは流石に犯罪ですからね。
「そう言われてしまっては記者としての面目が立たないじゃないですか」
「こんなところで私相手に油を売ってる場合でもないでしょうに」
「平気ですよ。私はこうして現地で感じたことを記事にするだけ。写真という媒体は彼女に任せてます」
本当なら私が撮影していたほうが良いのですが生憎私の射影機は修理の為に河童に預けちゃってます。予備がないのは痛いです。
それに悔しいですけど彼女の方が写真に至っては私より数段上を行きますからね。さすが念写です。撮影不可能な位置からでも平然と写すことが出来るんですからね。
「ライバルである姫海棠はたてに協力を申し出るとはあなたも変わりましたね」
「私は変わってませんよ。取り巻く空気が変わっただけです。あ、それじゃあそろそろ行きますね!」
どうやらさとりさんの方で動きがあったようですね!すぐに向かわないと…
「全く…さとり貴方はどこまで
後ろで何か言っていた気がしたものの何を言ってるのか途中から分からなかった。まあ、記事にするようなことは言っていなかったようですのでほっておきましょう。
翼に力を入れさとりさん達が戦っているところに向かう。途中で怨霊が体を乗っ取ろうとしてきましたが私の速度についてこれるわけもなく置いてきぼりです。
こいし達の方も派手にやっているらしい。
一時はどうなるかと思ったものの紫が手を回してくれていたらしいですしなんとか勇儀さん達の協力を得ることが出来ました。
本当なら正史…いやただの原作知識ではこうなるはずなどないだろうし私の行動はバタフライ効果どころか突風だろう。
まあそれでも良い。少なくとも……想定しうる最悪な事態は避けられるだろう。
「さとりさん?何考えてるんですか?」
大妖精が私の後ろにいる妖怪に向かって斬りかかる。
「なんでもないわ」
後ろを取られていることに気づかない程度まで思考に入ってしまっているとは危ない危ない。
右手に忍ばせた短刀で建物の路地から出てきた触手を切り刻む。
大妖精を狙っていたそれは綺麗に切り刻まれ路地の奥の方で鋭い悲鳴が上がる。
すかさず弾幕を撃ち込み悲鳴の元凶を止める。
ちなみにここら辺一帯の怨霊は片っ端から追っ払ったので勇儀さんは私達を巻き込まない位置で派手に暴れていた。
彼女のせいで建物がいくつも倒壊し瓦礫の山を生み出し続けている。
むちゃくちゃかもしれないがそっちの方が手っ取り早い。それに封印されていた者達もここには解き放たれているわけだ。彼女達の力が制限される状態では其奴らを倒すのは大変です。
「さて、そこでこそこそ隠れている方も出てきたらどうです?」
道の真ん中、何もない空間に向かって煽りを入れる。
「え?そこに誰かいるんですか?」
普通ならそうなるでしょう。それにうまく気配も消しているようですからね。でも私はさとり妖怪。思考すら止めることはできないしそんなことでこの眼から逃れることはできない。
私の声に反応してか空気が揺らぐ。その場所は二つ。
一つは私が声をかけたところ。もう一つは…
「誰⁉︎」
大妖精の体。
咄嗟に大妖精を引っ張り空間の歪みから引き放つ。
だが間に合わない。
強力な妖気が流れ歪みの中に残っていた大妖精の左腕が見えない力で釣り上げられる。
「大ちゃん!」
「な…痛い痛い‼︎離して!」
弾幕を展開して空間の歪みに向けて放つ。効果があったのかガラスの割れるような音が響きその場になにかが現れる。
腕を掴んでいるのは異形の腕。それが2メートルほど先にいるこれまた異形…と呼ぶしかないような者の体に接続されている。
禍々しい空気を放った二足歩行の異形さん。全長は200センチほどの長身…右腕は先っぽが斧のように鋭く大きく変形している。全身は何か液体のようなもので覆われていてそれがまたおぞましさを見せる。
見えるようになったことで鮮明に心が視える。だが直ぐにサードアイをそらしアレを解読するのをやめる。
恐ろしいほどの狂気と、単純な思考。解読しようなら心を持っていかれる…それはそんな怪物だった。
「あ…いや!待って!」
そんなこと考えてる場合ではなかった。大妖精の腕はまだ吊るされたまま。締め付けが強くなったせいか骨が軋む音が私にも聞こえてきた。勇儀さんは異変に気付いていても離れすぎていてすぐに援護はできない。
「腕を離しなさい!」
短刀を大妖精の腕に絡みつく腕のようななんとも見えないものに突き立てる。
思いっきり力を入れ切り落とす。
大妖精の腕が解放されて体の自由が戻った大妖精が私の後ろに隠れる。
再び視線をヤツに戻せばヤツが目の前に迫ってきていた。腕を落とした直後にヤツの本体が急接近を行なっていたようです。結界を張って右腕の斧のようなものの攻撃から身を守る。
だが足までには意識がいっていなかった。
お腹のあたりに鈍い痛みが走り気づいたら体が後ろに吹き飛ばされていた。
「ゲホっ…少女のお腹を蹴り飛ばすって…最低です」
だが蹴りを入れたと言うことはその分機動力が落ちる。すぐに反応することはできないだろう。
「貴様……消しとばしてやろう」
後ろから急接近していた勇儀さんの全力の拳が振り下ろされたのは私の視界がヤツをとらえ直した瞬間。
胴体が衝撃で粉砕し体液のようなものと一緒にどこかに吹き飛んでいく。思考停止、絶命確認。
あの拳には当たりたくないです。多分私も似たような事になりそうですし…
「危なかったですね…」
「全く…さとりがどうしてこう遅れをとるかねえ…」
本気の殺し合いは得意じゃないですからね。
すぐそばにいるはずの大妖精の傷を確認しようとして彼女からの反応が一切ないことに気づく。
「大ちゃん?」
確か彼女は私と一緒に後ろに吹っ飛ばされたはず…普通ならすぐに反応してくれるはず…
「まさか…」
慌てて振り返った私の視界に映るそれは認めたくないものだった。
それに伴ってヤツがどうして触手のようなものを絡めてきていたのか、その時ようやく悟った。
2
ーーああ、貴方でしたか。最近ここにこないと思ったら……いえ、別に貴方がここにこなくて寂しいとかそう言うわけではありませんよ。
ーー事情は分かってます。急務だなんだと転生を急がせるから何事だとさっき確認してきました。まずは落ち着きなさい。
ーーそうですね。このまま転生させても良いですが、貴方自身の魂に少々異常が発生しています。原因は貴方が一番分かっているでしょう。…そういうことです。
ーーダメなのか?と言われれば嘘になりますが…魂の修復なしで転生するとなるといくらか機能障害が発生しますよ?例えば…ですか。そうですねえ、臓器の一部が欠落していたり、思考回路の一部が異常なことになっていたり視界が欠けていたり様々ですね。
ーーそれでも良い…分かりました。ではこちらへどうぞ。それにしても珍しいですね。そのような頼みごとをする魂は。
ーーいないわけではないですけど…あまり見ないですね。特に貴方達のような魂に関しては。それだけ貴方の魂があの子を気に入ったってことでしょうけど。
ーーでは気をつけて行ってきてくださいね。
「大妖精……?」
「おいおい、大妖精ってこんなデイダラ◯ッチだったか⁉︎」
アレに締め付けられていた彼女の腕は既に変異が始まりわけのわからない液体を身にまといながら彼女の意思に反して動き始めていた。
いや、既に彼女の魂自体が残ってはいないような気がする。
「大妖精!しっかりしてください!」
それでも彼女に向かって呼びかける。もうありもしないであろう希望を抱いて…
「…!」
視界の右側でなにかが動き出す。咄嗟に体を捻って迫ってきていた大妖精の変異した腕を回避する。
その時一瞬だけ、今まで隠れて見えなかった彼女の顔が見える。
目のあったところは何もない窪みになり既に表情からは生気が感じられなかった。
腕を締め付けられていた。それだけなのに……
「おい!考え事は後だろ」
首根っこを勇儀さんに掴まれ後ろに向かって放り投げられる。
私がさっきまでいたところに弾幕が着弾し爆煙が立ち上がる。
「大妖精の体を奪ったらしいがそんなことでわたしを倒せると思ったかい?」
そういえばこの人、大妖精とは初対面でしたから容赦がないのですね…私は分かっていても彼女の体を傷つけるのは無理です。
甘いとかアホかとか言われますしそんなことじゃ長く生きられないのはわかってる。でもこのエゴだけはどうしても捨てることができない。身内に甘いって言われる原因だったりもしますけど…ただ私が傷つくのが嫌なだけの臆病だったりするだけ……
すいません勇儀さん。貴方の手を煩わせてしまって…
「陰気臭い顔してんなよ」
その声が私に向けられたものであるのを理解するのと同時に、彼女の攻撃が大妖精を吹き飛ばす。
だが音がおかしい。勇儀さんもそれに気づいたのかすぐに構え直す。だが、攻撃は不意をついて私の体を前の方に向かって吹き飛ばす。
持っていた短刀を思わず落としてしまう。
「っち!空間転移か。あいつの体が持っていた能力パクリやがって…」
流石封印されていただけある。こんなものが野放しになっていたらいくらなんでもシャレにならないだろう。
空中で体勢を整え着地。落とした短刀の位置を確認しながら一旦後退する。
「大ちゃんは妖精ですから多分魂の方は無事ですけど……」
魂まで喰われている事はまずないだろう。ならば彼女の能力を丸々使いこなすことはできないはず。
実際、あとで体が覚えた技や技術は使ってこようとしていますが、大妖精が生まれながらにして持っている能力や力は全く使えないようですし…
「妖精の体ってだけマシって事か」
「まあ、貴方の体が乗っ取られないだけ良かったと…」
「そうだな、あたしの体で制限なく暴れたらちょっとヤバイだろうし萃香にも顔向けできねえからな」
そう軽口を言い合ってはいるものの正直あれから目を離すことはできない。
今は警戒のためかこちらを伺ってはいるものの空間転移を再び使われるようならすぐに動かないといけないしアレは光学迷彩に近いものも持っていると思われる。
実際、それが前の体の持っていた能力なのかアレ自体が持っているものなのかは分からない。
「……きます!」
視界からアレが忽然と姿を消す。
やや遅れて気配が真横に出てくる。
素早く体を捻り相手が攻撃しうる範囲から逃れる。
ほぼ同時に勇儀さんが相手のところに突っ込む。
本気ではない、全力で。
「くたばりやがれ!」
三歩必殺とかそう言うわけではなく全力、衝撃波で後方数百メートルに渡り建物が地面ごと吹き飛ばされる。
早速大災害です。
ですがそれにもかかわらずアレは何事もなかったかのように突っ立ていた。
既に大妖精の体は半分以上が液体のようなものに覆われて原型をとどめておらず、至る所から触手のようなものが生えている。
「物理攻撃が効いていないのか?」
「そういえば彼女、最近になって物理攻撃のみは瞬間的に無効化できるようになってきたとか言ってましたね。まだ五分五分だから実戦では使えなかったようですけど」
「それもうちょっと早めに言ってくれよ!」
だってアレが未完成なそれを使えるなんて思ってなかったんですもん!
今勇儀さんの全力攻撃を耐えきった…と言うか無効化したのを視てようやく理解したんですからね。
アレが攻撃してこようとするのを弾幕を放ち防ぐ。
勇儀さんは一旦態勢を立て直すかと思いましたがそのまま恐ろしいほどの強力な妖気を腕に纏ってアレに突っ込む。
誤射の可能性が出たため一旦弾幕を止める。同時に集まってきていた怨霊と妖怪の相手をする為にアレと勇儀さんから目線を外す。
ほぼ同時に何かが吹き飛ぶ音。そして水が跳ね散る特有の音色。
でもそれに構っている暇はない。
今の音がどちらからしたものであっても私には振り返っている余裕はない。
幸いにも妖怪さんは二人。この数なら相手にできないこともない。
唯一の武器である短刀がない状態ではきついですけど…
「あの…出来ればもうここらで休戦したいのですが」
「ハッ!のこのこあらわれて暴れておいて何言ってやがる!」
ですよね。わかってました。
「……」
瓦礫の山からガラスの破片を掴み取る。
これくらいあればこの場はしのげますね。
「っち…空間転移に物理攻撃の無効化とか本当に元妖精かよ!」
腕一本奪ったところまではよかったんだがあいつすぐに私の攻撃の対処法を確立させてきやがった。
弾幕なんて細々したことあたしには出来ねえしさとりみたいに小回りが効くとかそういうわけでもねえ。悔しいけどあたしはパワーで押しきれねえ奴は得意じゃねえんだよ。そういうのは萃香か…茨木の仕事だったんだがなあ…
目の前に迫る変異した怪物の腕を思いっきり殴りつける。
硬いのか力を受け流しているのか全然効いちゃいない。
イライラしてきた。もう被害とかそう言うのどうでもいいから全力で暴れてえ。
「そこ、右から来てますよ」
「え?あ、しま……」
大きな腕に対処させておいて本命は右からの蹴り。だがその蹴りを誰かが防いだ。
その腕はさっきまであたしらの隣で動き回っていた奴の手。小さくて細くあたしのように筋肉質でもないが、今日知り合った奴の中じゃ純粋で可愛げのあるやつだった。
「なんだ死の淵から帰ってきたのかい」
「ええ、ちょっと早めですけど帰ってきました」
赤いハーフコートを着物の上に着た姿は、相変わらず。ただ、右の腕のある場所はスカスカとしてコートと服が風になびいている。
おっといけないそんなことしていたらアレを見失っちまった。さてこうなったら見つけるのはちょっと面倒だ。全部吹っ飛ばせば出てくるか?ちょうどイライラも溜まってたしこの際まとめて吹っ飛ばしてもいいよな。一応アレも倒せることだし…多分。
「勇儀さん、後は私にやらせてください」
「ああ?まあいいけどよ。勝算はあるのかい?」
「私の体を使っているのであれば私がそれに一番熟知しているのですよ。大丈夫です」
まあ彼女も思うところがあるのだろうと勝手に解釈する。誰だって目の前で自分の体がいいように使われているのを見て黙っているわけにもいかないしな。
隣にいたはずの大妖精の姿が忽然と消え、少し離れたところで電流のようなものが空気を切り裂く。
なんだいあんな場所にいたのかい。堂々と出てくれば良いのになあ。
見えない壁のようなものを残った左手に持った短刀で斬りつける大妖精。でも力不足だね。
あたしも少しは手伝ってやるか。
それに場所がわかっているからやりやすい。
力を込めた右の拳を電気を周囲に放つ壁のようなところに思いっきり当てる。
結界なのか空間の亀裂なのかよくわからないものがガラスのように砕け散り現れアレの本体が現れる。
同時にアレの胸に短刀が突き刺さる。
あの位置なら心臓を一突きのはずだ。
それでアレが倒れるとは思えないけど…
刹那、周囲に振りまかれる殺気。
大妖精が危機を感じ取りアレから離れる。
短刀が突き刺さったところから触手のようなものがいくつも出現し大妖精だった体を完全に飲み込んでいく。
体が完全に切り替わりなんともまたグロテスクな怪物が生み出される。
「おいおい、妖精の体の耐久性だけじゃなかったのかい?」
もう別もんだなありゃ。と内心毒吐く。
「わかりませんけど…元の方は私の体なので耐久性は私と同じです」
そう言いながら大妖精は弾幕を放ちこっちに向かってくるのを足止めする。
妖力弾が体を削り赤と透明な液体が飛び散るが、すぐさま逆再生のように元どおりになっていく。
瞬間回復ときたか元から覚えていた?いや違う、あいつこの短時間でダメージの高速回復を自力で見出しやがったのか。
「なんか厄介だな。強くはねえんだが…さすが封印されていただけある」
「封印指定だろうと関係ありません。アレは生き物なのでしょう?なら…必ず殺れます」
そう言って大妖精は持ち直した短刀を自然体で構える。
その目にはたしかに勝利を確信したようなそんな光がしっかり灯っていた。あれくらい立派な目をしてるなら大丈夫だろう。
一応援護に回ろうかどうか迷ったが大妖精の邪魔になりそうだったのでやめておく。
今度こまごました戦い方でもさとりで試してみるかなあ。
再びアレの体が消える。
「乱発しすぎなんですよ。お陰でようやく見えてきました」
だがそれに臆することなく不敵な笑みを浮かべた片腕のない妖精が一歩踏み出す。
「いい加減私の体で遊ぶのはやめてください」
透明な羽が鮮明に現世に映し出され大妖精の体が宙に浮く。
短刀がアレを正確に切り刻んでいく。アレの攻撃を蝶のように避けながら片手だけで舞い踊る。
そこでようやくアレの回復が遅くなっていることに気づく。
その上段々造形崩壊を起こしていっている。
「なるほど、ありゃ蟲か」
飛び散る肉片の中に数センチの小さな虫の死骸が混ざっている。
おそらくだがあれがあのバケモノの正体なのだろう。
「さしずめ寄生蟲といったところか。たしかに封印されていてもおかしくはないな」
最後の一匹が大妖精によって切り殺される。
その瞬間、崩壊せずに残っていた体はバラバラになり地面に黒い山を作り出した。
触手だったものは宿主がいなくなってからその姿を保つことができなかったのか、液状になり溶け出す。粘度の高い液体が嫌な臭いを撒きながら地面に染み込まず広がっていく。真ん中のあたりが妙に膨らんでいる。
「で…お前の体とのご対面は?」
「必要ありません」
「じゃあさっさと処分すっか!」
妖力で生み出した炎を液体に向けて投げる。
着火。周囲に飛び散った破片もろとも青色の焔が焼き尽くしていく。
「あー疲れたしイライラが溜まったぜ」
「勇儀さんでもそう言うことあるんですね」
「あたしだってあんなの相手にしてたらイライラするさ。さて、まだ戦いたい奴はいるのかな?」
周囲にはもう立っている奴は一人もいない。なんだい情けないなあ。
「そりゃさとりさんが相手してたんですから残ってないですよ」
「聞こえてますよ大ちゃん。私はそこまで非道でも鬼でもないですからね」
やや疲れた表情のさとりが瓦礫と化した建物の陰から出てくる。
なぜか右腕で大事そうに黒い塊を抱えている。
よく見てみると一定の間隔でもぞもぞと上下に動いている。
どうやら地獄鴉らしい。
「血で身体中真っ赤な状態じゃ説得力がないんだがねえ」
「もともと赤い服着てたんですから目立ちませんよ。それに返り血は派手に着いちゃってますけど別に殺してはいませんし回復させて近くの家の中に寝かせておきましたよ」
そう言われても説得力がないんだよなあ。まあさとりだし嘘は言ってないだろうけどね。それに鴉の手当てをしていたらしいし止めを刺している暇がなかったのだろう。
それより少し体が疼く。さっさとなにか殴らせろ。
「……丁度あそこにまだ反抗しようとしている人たちが何人かいますよ?」
ありがとなさとり!ちょっとぶん殴ってくる。建物が吹き飛ぼうが地形が変わろうがもう関係ないね!
「あはは…ほどほどにしてくださいよ」
おそらく今の勇儀さんに狙われた妖怪は一番不幸だろう。
それが私ではないことに内心感謝しながら遠くで暴れる勇儀さんを見守る。
「そういえば大妖精」
勇儀さんが少し先で建物ごと相手を吹き飛ばしているのを横目にさとりさんが話しかけてくる。
「どうしたんですか?急に改まって」
「その腕……」
抱えた鴉を優しく撫でながらさとりさんが私の右手を指摘してくる。
「ああこれですか。えっとですね……」
なんて言ったらいいやら…あれに取り憑かれた私だから分かること。後になってようやく理解できたこと色々。
あの寄生蟲は宿りたい相手に卵を産み付けるんですが、その卵は孵化するまでの数秒間宿り主の魂を捕食するんですよ。
なかなかにえげつないものですね。魂を糧に卵を孵化させるとは…
「なるほど…寄生蟲の中でも孵化までの速度が極端に早く対処させないように進化した部類ですか」
「一応私は妖精ですから喰らい尽くされる前に体が『一回休み』になってくれたので助かりました。一応魂を完全に治してからでも良かったのですが…」
「早めに来たかったと……」
今のさとりさんには言葉はいらないだろう。
「ええ、その影響が右腕なんです」
腕はもう治らない。これを治すためにはまた『一回休み』になるしかないです。
「……不便でないなら貴方の好きにしてください」
本当は喋らなくてもほとんどの意思疎通はできるはずだけど彼女は決してそれをしない。
それが嬉しくもあって、なんだか彼女のアイデンティティを傷つけてしまうような気がして複雑な気持ちになる。
それすらさとりさんには分かっているのだろう。でも気にした様子はない。
「仕方ありませんね。今度にとりさんに義腕を相談しましょうか」
腕の中の鴉が寝返りを打ったのか大きく転がる。その鴉、ずっとそうして守っているのだろうか。
「そうですね…傷が深かったのでしばらくは……」
ふとさとりさんの顔に影ができたような気がする。なにか言いたくて、でも言えなくて隠した…そんな感じだった。
どこか遠くで響く爆音と建物が倒壊する音…巨大ななにかが歩く振動が体に伝わり始めた。
そういえば封印されていた奴ってもう一体いたんでしたっけ?
だとすればそれはどこに行ったんでしょうか?