弾幕があたいの左右を通過して後方に消えていく。
やや遅れて爆風が体を前に押し出そうとする。それに乗っかり身体を前へ。
地面を転がるように近くの物陰に体を滑り込ませる。
「全く、さっきからやたらめったらこっちに来てないかい?贖罪『旧地獄の針山』」
愚痴をこぼしながらも物陰からショットガン擬きを向けてスペルを撃つ。体から妖力が持っていかれる感覚が身震いさせる。
発射された妖力の塊はあたいと妖怪達の間で炸裂。スペルとしての弾幕パターンを繰り広げ相手を蹂躙する。
相手がスペルに手間取っている合間に物陰から身を乗り出し左手に持ったマシンガンで腕と足を撃ち抜く。
さっきから撃っても撃っても沢山湧いて出てくる。
あたいとは家一つ分離れたところで戦っている萃香に援護をしてもらいたかったけど向こうも向こうで手を焼いているようだ。こりゃ早いかと思うけどあれを使うしかないかねえ。
丁度あたいの真上で怨霊をあっちへ追い返したり時々襲ってくる妖怪を撃退したりしているこいしのもとに向かう。
「こいし、あれ出して」
「え?いいの?」
あたいがこいしの近くに来たことでまとめて倒そうとする奴らが一斉に仕掛けてくる。
マシンガンだけじゃ対処しきれない。
弾幕から漏れた鬼と黒い翼を生やした女性が二方向から剣の間合いに入る。
「お燐!」
その二人とあたいの合間にこいしが割って入る。
その手に握られているのは片手剣と両手剣。同時に持つものじゃないと思うけど今は突っ込んでる余裕はない。
剣同士がぶつかり合い火花が散る。見た目少女。それもこれも戦闘面は不得意とよく言われるさとり妖怪が躍り出てくるなんて想定していなかったのだろう。
まああそこまでデタラメに近接戦闘が強いのはこいしとさとりくらいだしそう言う固定概念があっても仕方ない。
「この際こいしが使ってもいいです!使わないより使ったほうがいいでしょ!」
「わ…わかった!」
相手の心を読んでいるのか時々顔を顰めるこいしにこれ以上無理をさせるわけにはいかない。
尻尾に妖力で炎を灯し一番近い位置にいた女性に振りかざす。
「ッチ!」
「こいしには近づかないでくれないかね!」
当てることはできなかったけど追っ払うことは出来た。
ついでにナイフを投げて鬼の気をひく。顔面にナイフを投げつけられたら誰でも反応しないといけない。その防衛行動そのものが大きな隙を作る。
こいしが魔術を施行出来る程度の時間は稼いだ。
「et veni Gazaque regia manus!」
一節詠唱。こいしが使う魔術式の中では珍しく詠唱を必要とするそれは、こいしの頭上に空間の波紋を生み出し、波紋の真ん中からワープしてきたかのように黒鉄色のソレが現れる。
完全に出ることなく空中で静止したソレは河城製を表すマークを側面につけた多銃身大型機関銃。13.6ミリ7連装ガトリングガンという名前の銃。
数時間前、まだ日の当たる場所にいた時ににとりさんが売りつけてきたものだ。
もちろん買ったのはあたいじゃなくてさとり。あたいは要らないって言ったけど「あって損はない」とか言ってあたいに渡してきたもの。
まさか本当に使うことになるなんてねえ。
「「ー!」」
銃口が二人の方を向く。
本能的にやばいと感じたのかその場を離れようとするが、二人とも同じ方向に向かって退散してしまっている。
どうして分散して逃げないのか…さとり曰く逃げようとするものは心理的に最短距離で離れる道を自然に使ってしまうらしい。
その為ほとんどは同じ方向、同じ向きに行くのだとか。でもそれは愚行。
「痛いだろうけど、ごめんね!」
甲高い回転音と銃身が空気を切り裂く音。そして幾重にも連なる火薬の炸裂音。
あたいが持つマシンガンとは比べものにならない量の弾丸が秒速900メートル前後で飛び出して二人を襲う。
悲鳴と怒号のようなものが混ざり合った声が響いた気がしたがそれすら発砲音にかき消されていく。
音が止み一瞬の静寂。
その静寂もあたいの弾幕が炸裂する音や遠くから響く建物の倒壊音にかき消される。
「すごい破壊力…」
大方さっきので怖気ついたのか周囲からくる攻撃がほとんど止まった。
完全に降伏したわけではないけど…あれには勝てないとでも思ったのだろうか。
統率性が無いから個々がそう判断してくれた…そうなると一回聞いた方がいいかな…
「じゃあ私がやるね」
あたいの心を読んだこいしが周囲に向けて戦闘停止を呼びかける。
お、出てくる出てくる。無用な戦いはごめんだからねえ…本当はもっと大人しく降伏して欲しいけどあたいらは余所者だから強くは言えない。
まあこうなる前に映姫さんから引き継ぎが行えてればよかったんだけどね。過ぎちゃったことは仕方ないか。
「ごめんねこんなことしちゃって」
こいし…降伏したからってそんな安易に近づいちゃダメだと思いますよ。ほらあんなにさとり妖怪嫌いですオーラ出してるヒトとかいるじゃないですか。それに誰もあたい達にいい感情なんて持ってないですから…
「知ってるよ。それでも見て聞いて感じなきゃ分かり合えないじゃん」
そうだけど……
「お二人さん!そんなところでのんびりしてないで手伝っておくれよ!まだ血の気の多いやつが多すぎてねえ。手に余る!」
「鬼の四天王でしょ?」
「四天王でも全力出せなきゃ辛いんだよ。ここ一帯を更地にしていいなら全力で行くけど?」
それはまずい。そんなことしたらここの空間自体が吹き飛ぶ。
血の池とか灼熱地獄とかここ以外にもたくさん場所はあるだろうけどそれすら全部巻き込んで土の中に埋まってしまう。
「仕方ないねえ…」
ショットガン擬きを右手で構える。側面の回転部分にスペルを挟み込み力を流す。
準備完了。
「猫符『呪縛闇猫』」
宣言とともにトリガーを引く。側面の装置が高速で一回転し銃口から赤と緑の螺旋を纏った妖力の塊が打撃ち出される。
炸裂。赤い光を放つ黒猫を模した弾幕が意思を持つかのように予測不能な行動をする。
それらの猫たちに混ざってレーザー弾幕と動きを封じる囮弾幕が周囲をきれいに輝かせる。
確実に相手を吹き飛ばし、戦闘不能に持っていく弾幕。普段はもう少し威力を調整するけど実戦ではまああんなもんだろう。
いくつもの猫達が目標を巻き込み爆発。青色の炎が地獄に昇る。
「お燐、その体勢でもう何も怖くないって言って」
「え?なんでですか?」
いきなり意味不明なリクエストを受けてしまう。
「いや、足元に違和感があったからつい」
そういえばさっきから地面が動いてませんかね。なんか…足の下でなにかが通っているような…
「地面の下でなにかが動いてるのはわかりますけど、そのリクエストは受けませんからね」
一瞬だけ嫌な予感がしたから。
獣の勘は素直に従ったほうがいい。それは人型をとっても変わらない。
「助かった助かった。ありがとな」
そう言いながら酒を飲む萃香。
あの…毎回酒飲んでますけどその瓢箪中どうなってるんですかね?
「そんで?もう終わり?」
もう出てこないですしここら辺はもう終わりでしょうね。
倒壊した建物の残骸から灼熱地獄の釜のようなものがチラチラ見える。
かなりハズレのところにいるらしい。
「それじゃあ…血の池地獄でも行ってみ……」
少しだけ酒臭い声が途中で消え去る。
轟音、萃香の姿が一瞬にして消えている。いや、あれは消えると言うか、何かに飲み込まれたと言ったほうがいいだろうか。あたいのすぐ隣の地面はすでになくなっている。
萃香がいた場所の真下から巨大ななにかが真上に向かって顔を出しているのだ。
それは誰でも知っている体でそれでいて巨大化したら確実にやばそうな奴。
突然のことで唖然としているこいしを引っ張って距離を取る。
「芋虫⁈」
全長は地面から出ているところで15メートル、直径だけで2メートルはありそうな巨大な芋虫だった。
顔というより巨大な口と牙のように飛び出した顔の一部。
眼は退化しているのか見当たらない。
あまり硬いとは思えないプニプニした体から溢れ出る禍々しい瘴気と霊気。
妖怪なんてものではない。あれは…正真正銘の怪物だ。
「萃香さあああん‼︎」
いきなりのことで思考停止してしまっていたこいしが叫ぶ。
その声に反応したのか怪物がそのグロテスクな体をこちらに向けてくる。が、何か様子がおかしい。
「こいし!いったん離れて!」
急に暴れ出した。周囲の家や瓦礫に体を叩きつけながら…苦しみに悶えているのだろうか。
変な動きを始めたあれからこいしを庇うように距離を取るとあたい達が去ったのを確認したかのようになにかを吐き出した。
「全く!不意をつかれたとはいえ食べられるとは最悪だね!」
吐き出された萃香が空中で姿勢を整えあたい達の方に戻る。
……ちょっと距離を取る。
「どうしたんだい?私がまさかあれでやられるって?」
「いや…そうじゃなくて…」
こいしも萃香に悟られないよう静かに後退。
まあ…食べられてたから仕方ないとはいえ…
「え…ああ?まさか唾液まみれだからか!」
今更気づいたか!
半透明なベトベトで覆われている状態じゃこっち来られても……
「くそう…じゃあお前も道連れだああ!」
そう叫んであたいに突っ込んでくる。流石に四天王だけ馬鹿にならない迫力だ。
って…
「うぎゃあ!やめて、尻尾とか服とかベトベトになる!あ!コラ耳!」
抱きついて覆いかぶさる萃香を引き剥がした頃にはだいぶ粘液だかなんだかが付着してしまっていた。
すごく気持ちが悪い。早くどっかで水浴びしないとなあ…あ、そういえば井戸がさっきあったな。
「あ、あの井戸枯れてたから他のところにしておいたら?」
……最悪ですね。
「それよりあれ。そろそろこっち来るよ」
萃香が与えたダメージから回復したのか怪物が此方を睨むような動作をしている。
完全に怒らせているのだろう。なんか体が変にうねっている。
マシンガンの残弾を確認し腰につけてある予備を用意する。
まだ残っているけどあれと戦っている最中に弾切れになるのはなるべく避けたい。
「来るよ!」
こいしの声であたいと萃香はそれぞれ逆の方に飛び退く。
ほぼ同時に地面から先の尖った芋虫の身体が飛び出てくる。
「あいつの尻尾か…だとすると長い気がするねえ」
少なくとも全長30メートルくらいだろうか…まあ今考えることではない。
「こんな姿にしてくれたお礼しなきゃねえ!」
萃香が飛び出ている尻尾に向かって思いっきり拳を振るう。
接触、やや間があり尻尾の先端と胴体の付け根が円形に抉られる。
やった!……あ……違う。あれ回復してる。
萃香の攻撃でえぐり取られたところは瞬く間に元どおりになってしまう。いや待ってなにその回復力。
しかも回復しながら尻尾振り回して攻撃してくるとか器用すぎじゃないかねえ!
「それじゃあもう一回!」
こいしが再展開したガトリングガンで今度は怪物の頭を蜂の巣に変えていく。
でもそれそんなに弾数無かったんじゃ…
やっぱり数秒ほどで弾切れを起こした。
「頭狙ったんだから……って嘘…」
声につられて怪物の頭に目を向けると、何事も無かったかのように頭を振りかざしている奴の姿。
「封印されていたものを無闇に放ってはダメですね」
生半可な攻撃じゃ全くダメ。こりゃ勇儀と萃香の二人同時とかじゃないときついかなあ。
そうこうしていると怪物は地面に帰っていくかのように潜り込んだ。
「どうしよう…地面の中じゃ追いかけられないよ」
「そう言われても…どうにかしてあれを地上に出すしかないんじゃ…」
「じゃあ私に任せな!」
え…萃香がかい?ちょっと待ってくれよまさか地面に向けて振り上げた拳を叩き込むつもりじゃないよね。そんなことしたら災害クラスの大被害だよ!これ以上地獄を廃墟にしないでおくれ!
でもそんなあたいの願いを砕くかのようにその拳は振り下ろされた。
地面に巨大なくぼみができ、発生した振動が地面を隆起させる。
もはや地形レベルで修復が必要になっちゃったよここの地区…
それでも効果はあったのか怪物は再び地上に出てきた。だけどなんだか形がさっきより異なる。
体の数カ所に巨大な目のようなものが新たに出来ていてそれらが周囲を舐め回すように睨みつけている。
後全体的に黒みが強くなってる。
「なんか…やばくないかい?」
そんな怪物の口がぱっくりと開く。
嫌な予感がしてその口が向く方向から逃げる。
他の妖怪もやばいと感じたのか真っ先に頭の向いている方向から逃げ出した。
一瞬、世界が青白く染まった。
突風と金属が擦れるような音が支配する。
「二人とも伏せて!」
こいしの声と共に身体が後ろに引っ張られる。
その瞬間、回復した視界の先に光の筋を見てしまった。
レーザー…いや、そんなものとは威力も大きさも桁違いのそれは太陽にも匹敵しそうな光を射線じゃないところにも放ちながら地面を舐めるように突き進んでいく。
数百メートル程舐めたところで光の筋は消える。だがこれだけで終わりではない。
やや遅れて地面が真っ赤な爆煙を生み出す。
高熱で溶けた地面が溶岩のようにえぐり取られた地面を彩り衝撃波が周囲の建物を根こそぎ吹き飛ばす。
火を纏った瓦礫が周囲に降り注ぎまだ暴れていた妖怪達を巻き込む。当然あたい達のところにも木の柱や瓦の破片やらが飛んできた。だけどそれらはこいしがとっさに展開した魔術防壁によって防がれた。
「危なかった…」
「なんだいあれ……」
もはや芋虫型なんてレベルじゃない。あれは怪獣だ。
幸いにもさとりたちのいる場所とは反対の方だから良かったけど…ありゃ一歩間違えれば巻き込まれていただろう。
「仕方ねえな。小さいままでちまちまやってても仕方ねえ」
そう叫んだ萃香の体が目視できなくなった。一面肌色…
「萃香大きい!」
本来なら50メートルを超える巨体になるはずだが今の萃香はその三分の一にも満たない12メートル前後だ。だがあれと対峙するならそのくらいで十分だしこんなところで50メートルの巨体を操ろうならジャンプした瞬間天井を破壊しかねないだろう。生き埋めになっちゃ元も子もない。
「いつまでも地面に刺さってんじゃないよ!」
でもこれじゃあこの街は廃墟になっちゃうね。
まあ今の時点で既に廃墟のようなものなんだけどね。
「さて、こいし…逃げるよ」
「待って、怨霊が集まってる!どうにかしないと…」
よく見れば萃香の周辺にいくつもの人魂が寄っている。
あれだけ大きくなればそりゃ寄ってくるか。
「…そらよっと!」
萃香が一歩目を踏み出す。地面がめくれ上がり巨体が怪物の土手っ腹に拳を突っ込んでいるのが辛うじて見える。
あたいの動体視力じゃ追いかけられない速度で萃香が攻撃を加える。
一方的な攻撃…
「うっ…」
「こいし!」
「大丈夫……」
もうこいしの心が限界だ。早くしてくれよ…
あたいの思いが届いたのかなんなのかは知らないけど、時間がないのは分かっているのだろう。萃香は唐突に怪獣を引っこ抜こうとする。少し…と言ってもあの体の大きさに合わせてなので実際には百メートル以上離れているけど…そんなところの地面に口を開けているのは灼熱地獄の釜口。
つまりそういうことだろう。
でも相手だって嫌なのか抜かれまいと必死に暴れる。
援護するにはちょっと遠い。でも……
「これならいけるかな…」
腰のホルダーから抜いた一丁の拳銃を構える。
装填しているのは20ミリ弾。
耳が音でやられるのを防ぐためにパタリと折りたたむ。
狙いは…あいつの巨大な目ん玉。沢山あるけど一個でも潰れれば相当痛いはず。
「お燐…もうちょっと右」
「こいし?」
「しっかり狙うんでしょ?」
言われた通りに修正。いくら大きい目玉でもこの距離じゃ数ミリのズレでも許してくれない。それに相手は大暴れしているのだ。一瞬でもずれたら意味はないだろう。
タイミングは………いまだ!
引き金にかかる指に力が入り、金属の塊が飛び出した。