古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.46 さとり様は地底の主人になるのか?

「……」

 

判を押す音と書類をめくる音が静かに響く。壁を隔てた外では地獄の妖怪達の掛け声が響く。

 

どうしてこうなったのでしょう。本来なら私は地上でのんびりしてるか地底の隅っこでのんびりしているはずだったのですが…

 

地獄のゴタゴタも収束して半月。

予定通りこの空間は破棄され今は妖怪の山の地下深く、マントルの真上に乗っかるように置かれている。

ちなみに灼熱地獄はマントルの割れ目から外殻に潜り込む形で移植し直した。

後は地底への入り口…あの山にあった縦穴ちょっとだけ拝借し地底世界のところにこことの入り口となる空間接続回廊を設置してもらった。

紫にお礼をしたかったがどうやらこれを作ったのは紫ではなく摩多羅隠岐奈という方が作ったようだ。

よくわからないが賢者クラスってどうして空間跳躍に近い能力とか固有空間持ちみたいな人ばかりなんでしょうか…まあだからこそ賢者なのでしょうけど。

 

まあここまでは順調。回廊の入り口はヤマメさんとキスメさんに管理を頼んであるのでまず大丈夫。

 

後は地底の人達ですが…

閻魔の推薦とあり暴れていた妖怪達も強くは出てなかったのかあれ以降反発する者は出てきて居ない。

まあ、四天王の二人の凄さが伝わっているという事も大きいですけどね。

 

後は文が新聞やらなんやらをみんなに配ってたりしていましたね…多分天魔さんの指示でしょうけどそれのおかげもあってか結構すんなり四天王の二人は受け入れられたはず…

 

なのに……

「どうして私はここに…」

 

あの後こいし達と一緒に一旦地上に帰ったもの再び地底に呼び出された。

本当なら地獄鴉の傷を癒すのに専念したかったのだが…萃香さんが頭を下げてまで頼んでくるので断れなかった。

それで行ってみれば崩壊した旧都の再建とかなんやらを行うとか言い出したので都市再設計の企画書を作って渡してインフラ整備の事をある程度教えてさっさと帰ろうとしたらまた引き止められるわ今度はなんだと裏方仕事を任されてしまった。

 

一応週3日程は地上に戻ることができている。

それに時々こいしが私に変わって地底での仕事を行ってくれているおかげで引きこもり状態にはなっていない。

 

ただ、まだ地底の妖怪達のところには行っていない。

 

そりゃいきなり自分たちの住処にやってきて暴れた挙句そこの支配をしますなんてやっているのだ。それなのにどんな顔して彼らの所にいけようか…私はこいしや鬼と違って気が小さいんです…

 

(さとり様!さとり様!)

 

私を呼ぶ声。

いや、実際に声がしたわけではない。聞こえるのは鴉の鳴き声。

 

「様は要らないのだけれど…」

 

あの時瓦礫の下に隠れていた鴉が私の後ろの窓から入ってくる。

が、開けようとした窓が上手く開かないらしく何度も開けようと嘴を突っ込んでは引いてを繰り返している。

数少ない倒壊を免れたこの建物は現在私や萃香さん達が色々と話し合ったりする為に使われている。

ただ、全体的に建物自体が歪んでいるのか隙間風が酷く扉の建てつけも悪い。

 

そんなわけで私が開けようとしてもうまく開かない。

開かないようなら仕方がないですが…力任せにこじ開ける。

 

木製の窓枠が真ん中で真新しい木の表面を見せ、窓ガラスがひしゃげた衝撃で割れる。

 

やってしまったと後悔するが開かないのが悪いのだから仕方ないと思い直し鴉を肩に乗せる。

まだ羽が治りきっていないからあまり無茶はして欲しくないのですがどうしても何かしたいと言うので旧地獄に行く時は毎回連れてきている。

 

(さとり様!訪問者が来てるよ)

 

「教えにきてくれてありがとう。でも羽を治して欲しいからなるべく動いて欲しくないのだけれど」

 

(大丈夫だよ!それにさとり様が居てくれるから)

 

その言葉に苦笑が漏れる。

 

「分かったわ。それじゃあ、しばらくここで待っててくれる?」

 

そばにあったタオルで優しく体を包んで机の上に彼女を降ろす。

この子がこうしてほしいと言っているわけではないけど…心が読める私にはわかる。こうやって優しく包まれるのがこの子は好きらしい。

 

だからかよくお燐の頭に乗っかってはそのままだき抱えられている。

可愛いものです。

 

 

 

名残惜しい目線を背中に浴びながら部屋を後にすると私の真横に裂け目が生まれる。

 

「お久しぶりです」

 

「久しぶり、もう地底の主だったかしら?」

 

「私はそんなんじゃないですよ。本来の支配は萃香さんと勇儀さんですから」

 

「よく言うわ……みんなそうは思っていないわよ」

 

そうでしょうか?文さんとかがどんな新聞書いて配っているのか知りませんけど…これは今度詳しく聞く必要がありますね。

 

「私は主なんて柄じゃ無いですから…せいぜい誰の迷惑にもならないようにするだけです」

 

「まあいいわ。どちらにしろこの旧地獄は貴方のものよ。好きに使っていいのだからね。何かあれば私が相談に乗るわ」

 

思わず紫の顔を凝視してしまう。相談に乗ってくれる…まさか紫からそう言ってくるなんて…

 

「……ありがとうございます」

 

「いいのよ。こういう時くらい友人を使いなさいよ」

 

そう言われて顔が赤くなってしまう。なんだか気恥ずかしいというか…そんな感じです。

 

「それで…紫はどうしてきたのです?」

 

「ちょっと相談があってね」

 

その瞬間、私の中でスイッチが入る。

彼女は地上からの使者…なにを考えているのかは眼を隠してしまっているので分かりませんけど…相談というのはおそらくそういうことですね。

そういえば地底は彼女にとってはかなり酷なところ…そこにわざわざ赴いてまでとなれば……いいでしょう。

 

「構いませんよ?なんなら場所を移しましょう」

 

「そうね…それじゃあおいで」

 

手を優しく引っ張られ隙間の中に引き込まれる。だが今回は目が沢山ある空間ではなく、しっかりと土の地面の上に降り立った。

目の前には古風な日本家屋がどっしりと構えていた。

どうやらここは庭らしい。見渡せば遠くまで続く青空と木々の群れ。でもそれらは本物のようで本物ではない。生の脈動感はそこにはなく、景色の一つ…ハリボテのような感じだ。

 

「入ってらっしゃい」

 

縁側の方から紫の声が聞こえて家の中にお邪魔する。

一番近くの襖を開けると部屋そこには紫が静かに座って居た。

 

「失礼します」

 

「肩苦しくなくていいわ。別に私は妖怪の賢者として貴方を呼んだわけじゃないから」

 

そう言って卓を隔てて座った私の頭を優しく撫でる。その手が優しくてむず痒くて…表情が少しだけ変わった気がした。

 

 

「それじゃあ何処から話そうかしら…」

 

頭から離れて行く手を目線で追っている自分に気づいて目線を前に戻す。

 

「ああそうね。それじゃあ…」

「地底と、地上との交流についてですよね」

 

「分かったの?」

 

「なんとなくそう聞くだろうと思ってました」

 

実際には知識として知っていただけですし細かい内容まではわからない。

「貴方は地底と地上の関係…どうしていきたいかしら?」

 

「そうですね……できれば…」

 

ここからは真剣そのもの。いくら友人でも妥協はしない。たとえ紫にとっては遊びだったり軽いものであっても、私と彼女の価値観は違う。

「地上も地底も、自由に行き来できるような関係ならいいと思ってます」

 

「ふうん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

灼熱地獄の外に出たのはただの気まぐれだった。

あの日、不注意で妖怪に捕まってしまい翼を奪われた。

一瞬死を覚悟したけど何処からか飛んできた弾幕で妖怪が吹き飛ばされた隙を突いて逃げ出すことができたのは奇跡だった。

よく覚えてないけど…建物の影とかに隠れながら殺気立つ妖怪達に見つからないよう必死で逃げてた。どれくらいかは……覚えていないや。

 

でも歩く行為なんてほとんどしていなかったしする必要のない私にとって長距離移動なんて無理。だから疲れた私は瓦礫になった家の下でずっと爆発音と誰かが傷つく音に震えていた。

無論私が隠れていた場所だっていつ崩れるかわからない。

もしかしたらその場で押しつぶされていたかもしれない…

 

すぐ近くで起こる悲鳴と怒号、それと振動に怯えて、怖くて仕方なかった。

私の隠れてる瓦礫のすぐそばに誰かがきた気配がして恐怖が増したっけ。初めて外に出て出会った妖怪と同じでまた翼を折ったりもしかしたら目をくり抜かれるんじゃないかって怖くて…

 

でもそんなことはなかった。体がふわりと持ち上げられ優しく包み込まれる。あの妖怪のように乱暴なことはしてこない。

 

「大丈夫よ。貴方を傷つけたりしないわ」

 

優しい声がして、その時初めて私は目を開けて彼女を見た。

 

その後は覚えていない。後からお燐って猫に聞いた話だと私を抱きながら戦ってたんだとか。

でもそんなものは覚えていない。唯一覚えているのは彼女がむけたあの優しい笑顔だけだった。

 

私はあまり記憶力が良い方じゃない。

だからすぐ忘れることが多いけど、あの後のことはよく覚えている。

灼熱地獄は私以外の子は見たことないしいたとしても不干渉だった。

いても私には関係ない。そこらへんの景色と同じような関係だった。

でもこいし様やさとり様は、私の翼を治してくれたし暖かい食事もくれた。

どれもが新鮮で驚きのものばかりだった。

 

それに、地上の空にも連れて行ってくれた。

怪我がまだ治っていなかったから腕の中に抱きかけられてだけど…それが気持ちよくて嬉しかった。

 

「どう?綺麗でしょ」

 

さとり様曰くこれは夜空と言うらしい。

小さな光のかけらが一面にばら撒かれたそれは、とても綺麗で幻想的で…灼熱地獄に居たんじゃまず見ることは無かっただろう。

あの時の感動は忘れられないし忘れちゃいけないと思っている。

 

 

 

 

うにゅ……そういえば最近気になっていたことなんだけど…

さとり様が私を助けてくれた理由と…どうしてここまでしてくれるのかなってね。

 

わからなければ本人に直接聞いたほうがいいとこいし様に言われて

 

一度本人に尋ねたけど…

「どうしてでしょうね?助けるのに理由なんていちいち考えないから…」

 

そんな返事だった。

結局モヤモヤが止まらなくてお燐にも聞いて見たけど

「まあそんな人だからねえ…」

 

結局こいしに聞いてみたものの…

 

「うーん…誰かが誰かを助けるのって別に理由とか見返りとかそういうのって多分ないと思うんだ。お姉ちゃんはよくエゴとかお節介だって言ってるけど…どうせ世の中エゴの押し付けなんだからいいと思うけどね」

 

難しすぎてわからない。もうちょっとわかりやすく言って欲しかった。

でもまあこれから少しづつ分かっていけばいいかな?できれば忘れないように…

 

 

 

 

 

 

毛布に包まって休めていた体を少しだけ伸ばす。さとり様に手入れしてもらった毛並みは前よりも艶が増していて綺麗になっている。

 

 

そんな翼の一部にはまだ布が貼り付けられている。

 

今は翼も治った。だけどさとり様はまだ安静にしててって言う。

傷口が塞がったとは言ってもまた開くかもしれないし傷口保護のためとかなんとか。

この傷が無くなれば私は自由にして良いって言われた。もちろん反論したかったけどそれより先にさとり様はまた地底に呼ばれてしまった。難しくてよく分からないけど、地獄の管理とか言ってたっけ。

こいし様とお燐は人里の方に行ってたり妖怪の山って呼ばれてるとこに行ったりで私は一人になることが多くなった。

それが寂しくてたまらなくてそれに何か手伝いたくてさとり様にくっついて行くことにした。

その時に私の気持ちも伝えた。

「本当にいいの?」

 

そう言い私を優しく包むさとり様。

答えはすでに決まっている。

またあそこに帰るよりかは、ここで皆んなと一緒に居た方が楽しい。傷が治った私をいろんなところに連れ回してくれるこいし様にお燐。またひとりぼっちになるよりかは遥かにマシなのは私にだって分かる。

 

「そう……じゃあこれからもよろしくね」

 

さとり様は覚妖怪って言う心が読める妖怪。だから私の言いたいことは理解してくれる。

でもその弊害からか、他の妖怪とか人間からは嫌われやすいらしい。

実際そんな感じには見えなかったけど…あ、でも地獄の奴らはすごい嫌ってた。

でも最近はだんだん嫌わなくなってきたし…なんだか分からない。

でも唯一わかることはさとり様は優しいって事。

 

それと…時々何処か遠くを見つめてるようで何か思い詰めてる事が多い。

お燐も似たようなこと言ってけど結局今でも分かってないんだとか。

 

でもあんな寂しそうな顔するさとり様なんて見たくない。私はさとり様に笑って欲しい。

 

「ちょっといいかしら」

 

どこからか声が聞こえる。

おかしいなあ誰かが入ってきた覚えはないしそれに入ってきたのなら気配で気づく。

だとすればこの真上から聞こえる声は誰のだろう。

 

「そこの鴉さん」

 

あ、真上からしてるのか。

首を真上にあげる。

 

そこには金髪の女性、さっき訪ねてきていた人がいた。

 

言葉は伝わらないので首をかしげることで意思を示す。

 

「ちょっと部屋の中で作業するかもしれないけど良いかしらね」

 

なんだ作業するだけか。それなら別にいいよ。

包まっていたタオルを外し少しだけ移動する。

ちょうどそこにさとり様と女性が降りてくる。よくわからないけど凄い人なんだね。

 

「私の友人…八雲紫ですよ。妖怪の賢者でもあるから覚えておきなさい」

 

さとり様が説明してくれる。へえ…妖怪の賢者かあ…なんだか凄いなあ。

 

「あの……凄さわかってる?」

 

分かってない。

正直賢者ってどれくらいすごいのかわからないや。でもわからなくても困らないかなあ…

 

「なにやら楽しげな会話をしているみたいね」

 

「まあ…楽しいですよ」

 

私もさとり様とお話ししたりするの楽しいし喜んでたり笑ってるさとり様は大好きだよ!

私の思いを読み取ったのかさとり様の頬が少しだけ赤くなった。

 

 

「まあ、いいわ。じゃあ鬼の二人が来るまで待ちましょうか」

 

あれ?もしかして萃香さんとかも来るの?そう思っていたらさとり様に抱き上げられた。

和服の胸元に体を少しだけ入れ込まれ、抱きかかえられる。少しきついけど柔らかくて心地が良い。

 

「ええ、来るわよ」

 

温かい手が私の頭を優しく撫でてくれる。それが心地よいから目を細めて軽く鳴き声をあげる。

 

「手慣れてるわねえ……」

 

「ただ単純に心が読めるからってだけですよ。私からこの能力が消えれば…私はただの妖怪ですから」

 

半目になったサードアイをちらっと見る。こちらを見ているそれはなんだかとても寂しそうに、瞼を半分ほどまで下ろしていた。

 

こいし様のよりも閉じてるんだなあ…でもなんでだろう。

 

「なんででしょうね?わたしにも分からないわ」

 

「……貴方は存在定義を見直したほうがいいわよ」

 

「存在定義……それ結果論じゃないですか」

 

そんざいていぎ?なんだろう…なんだかよくわからないや。

今度お燐に聞いてみよっと。

 

折りたたんだ翼からさとり様の温もりが伝わってきて、心地よいから眠くなってくる。それを察したのかさとり様が、眠りやすいように腕の向きを変えてくれる。

 

「眠そうね…それにしても鴉なんて拾ってどうするつもり?」

 

紫さんの声。

 

「彼女は………」

 

そこから先は私は寝ていたらしくて覚えていない。

起きた時には人里にあるさとり様の家だった。

 

結局あの時さとり様はなにを言おうとしてたんだろうなあ。

 


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