古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.48 さとりの考える未来への一手

旧地獄となったその場所はいくつかの小地獄の集合体で構成されている。

 

八大地獄それぞれに付属していた小地獄の中で使用頻度が低かったものを分離したため取り扱いが少々異なる。

 

そもそも灼熱地獄に関してはそれ自体もともと大炎熱地獄にあったもの。かと思いきや反対側に位置する血の池地獄は意外にも等活地獄だったものと結構ごちゃごちゃしてる。その上、現世に存在すると危険と判断されたものやとある理由から封印指定を受けたものなど管理に手間がかかるものも多い。

 

現在私が来ているのはその中でもちょっと特殊なもの。

原作でこれは復活するものの私自身はこれをどうしたいのか、それを考えるヒントでもあるかと思いここに来た。

 

「さとり…これは?」

 

連れて来ていたお燐が目の前に埋まるそれをみて困惑する。当然だろう。この子はここまでの大きさの舟など見たことないのだから。

 

地獄に埋められた箱舟。

 

船体後部から斜めに地面に埋まっているその船。

名前を言ってもわからないだろう。それほど、無名になってしまった船…いや、もうその名すらこの子には無いのかもしれない。

 

「聖輦船…昔地上の空を駆け巡ったとある方のための船です」

 

警戒するお燐を連れて一緒に船に近づく。

遠目では分からなかったところが近づくにつれて見えてくる。形状を維持するだけの力も残っていない船はボロボロに朽ち果て船体のいたるところに穴が空いている。

 

「……一緒に封印されているはずなのですが…」

 

船からは誰の気配も感じない。

少なくとも村紗や雲居一輪、雲山はいるはずなのですが…

 

「誰もいませんね」

 

「ええ…まあ彼女達も色々とあるのでしょうからね」

 

私の言葉にお燐は引っかかりを覚えたようですが、深くは考えないで欲しいです。

 

船体横に開いた穴から船の中に入る。

ボロボロになった木の板が触れた瞬間崩れ落ちる。

足元の板がミシミシと悲鳴をあげて崩れ落ちそうになる。

 

「お燐、気をつけてね」

 

「さとりこそ」

そう言った直後に床を踏み抜いて落ちそうになっているお燐を見ていると不安で仕方がないのですが…

 

中は光が届かないのか真っ暗。完全なる闇の状態になっている。

灯を腕に灯しながら足元に注意して奥へ進む。斜めになっているため体の感覚がおかしくなってしまいそうだ。

船の中は見た目よりも広く迷路のようになっている。

 

「あれ?光だ」

 

壁の隙間から光が漏れている箇所を見つける。近づいてみるとそれは扉で、光は奥の方から来ている。

建て付けが絶望状態の扉を外しかけながら開けると、天井の一角が四角く切り取られた部屋に出た。

光は、その天井に開いた穴から差し込んでいる。

床に散らばっている木の破片からその穴の使用方法を考える。

「上甲板に続く階段があったところですね」

 

そうなるとどうやらここは上甲板一階下の第2甲板部分らしい。

入って来た時は第3甲板かと思ったのですが…どうやら中の空間が迷宮のようにねじれているらしい。

防犯用の仕掛けなのだろう。

 

軽くジャンプして上甲板に出る。さっき入ってきた穴よりもやや艦首側にある接続階段だったらしい。船尾に向かって行っていたはずなのですが…迷宮に惑わされましたね。

 

まあいいです。

 

通常の船とは違い、この船は帆を持たない。よって帆を張るマストも付いていない。異常にスッキリした甲板なのだ。

その甲板後方に倉のような建築物が建てられている。

 

「それにしても変わった形の船だね…これだけ大きいのに櫂を設置する場所すらないなんて…」

 

「この船の推進力はそんなものではないのよ」

 

外れかけた倉の扉を開けて中を確認。

 

下に続く階段がある以外そこはもぬけの殻。だがこの部屋にかけられていた封印の痕跡からここが宝物庫を兼ねた部屋だったということだけはわかる。

だがこの船は既に賊によって宝物はほとんど持っていかれた後のはず、下の方に行ってももはや空っぽだろう。

 

「まあ、お目当ての人物もいませんし…また今度きましょうか」

 

「もういいのかい?」

 

別に私がどうこうしなくてもいいのですが…あの異変が起こってくれないとこの船は地上に行かない。そうなると少々困る。

その為にここに来たのですが…まあいいです。

それにしてもボロボロとはいえ、まだ住もうと思えば住める。

村紗さん達はともかくほかの生物がここに住みつかないわけはないのですが…私たち以外の生命の気配が全くしないのは少し不自然ですね。

 

どこかで誰かが見ているのだろうか。例えば…倉の入り口のところとか。

そう思い振り返ってみるもののやはり誰もいない。考えすぎ…ですね。

 

「会いたい人がいるのだけれど…仕方ないわ」

 

「よかったら探してくるけど?」

 

「別にいいわ。……いや、待って。……じゃあお燐、村紗か雲居って知りませんか?」

 

ダメ元でお燐に聞いてみる。ここ数日は地底のいろんなところをあの鴉さんと一緒に巡り回っていたようですから少なくとも頼りにはなる。

 

「ん?聞いたことない名前だねえ……」

 

やはりダメでしたか。まあ封印されていた存在でしょうしそう簡単に元の名前で生活しているとは思えませんね。

 

「……村紗ならもしかして…」

 

考え込んでいたお燐の尻尾が真っ直ぐになりなにかを思い出したようだ。

 

「知ってるんですか?」

 

「一応…確か血の池地獄でそんな名前を聞いた気がするねえ…よく覚えてないから違うかもしれないけど」

 

血の池地獄で聞いたのであればおそらく当たりだろう。ただそこにいるということは…一筋縄では行きそうにありませんね。雲居一輪さんの方だったとしても同じでしょうが…

だけど、この船の船長は彼女だ。

灼熱地獄から離れた場所に埋まっているこの船を…また地上に持っていきやすくするためには彼女の力が必要だろう。それがたとえ法力が足りず飛べなくてもだ。

 

それにこんなボロボロの姿じゃ見ていてかわいそうです。

少しは手入れをしてあげたいですからね。

 

 

 

 

 

「……いませんね」

 

「今日は来ていないんでしょうか?」

 

「あたいに言われてもねえ」

 

血の池地獄は浮いたり沈んだりする怨霊こそいれど目当てのヒトは見当たらない。

真っ赤に濁った粘度の高い液体が沸騰しかけているのか時々気泡を放つ以外ものは動かず、音すら聞こえない。

 

沈んでいるのかはたまた別のところにいるのか…彼女だってずっとこの場所に縛り付けられているわけではないでしょうからね。

 

一回底に潜って確認してみようかと思いましたが、そういえば集めた怨霊をまとめて封印してここの底に沈めたのだと思うと潜るのも面倒になってくる。

 

「時期尚早だったでしょうか…」

まだ鎌倉時代すら終わっていない。まだ船の復活まで600年ほど時間がある。

また今度にしてみよう。

 

「残念だったねえ……」

 

「格別急ぐことでもありませんし、会えたらいいなって感じでしたから別にいいです」

 

そのうち会おうと思えば会えるかもしれませんし、また違う方法で接触を図ってみてもいいですし、今回は諦めよう。

 

 

「お、いたいた!」

帰ろうとしたところで遠くから誰かの声が聞こえる。その声は心なしか私を呼んでいるようで…

「こんな所にいたのか!いやあ出かけたとか聞いたから探し回ったぞ」

 

軽く酒が回っているのか普段よりもテンションが高くなっている萃香さんに腕を掴まれる。

 

「萃香さん?どうしてここに…」

 

二人は基本的に旧都の復旧を行なっているはずだ。ここに来るなんて珍しい。どうやら私を探していたようですけど……まさか宴会へ誘おうなんて思ってませんよね?

 

 

「街で宴会やってんだけどよ〜さとりも混ざれや」

 

やっぱり宴会だった……いや、酒と鬼が絡んだら絶対喧嘩か宴会なのは知ってましたけど……

 

「え…どうして私なんですか?それってどう考えても鬼の集まりですよね?普通の妖怪びびって行ってませんよね」

 

「そうでもないよ。それに地底の主に一応なるんだから関係回復くらいやったらどうだい?」

 

関係回復か…そういえば全く彼らの前に出たことなんて無かったですね。ほとんど萃香さん達がやっていましたし…私は隅っこに隠れてましたから。

 

ですけど…

「余所者どころか侵略者な気がするのですが…印象的に」

 

「あー気にしない気にしない。そんなのいつか忘れるからさ」

 

それでも怖いものは怖い。

今までなるべく人前に出ないようにしていたのも怖さに勝てないからだったりする。

 

「行ってみればいいじゃないですか。鬼たちも親切ですよ」

 

「そう言うなら……」

 

でもこっちから歩み寄らないと一生平行線な気がする。お燐に無理無理押されているのをいい事に、少しは行ってみるかと思ってみたり。

 

「それじゃあ早速行こうか!」

 

「あ……でも酒飲めないです…」

 

宴会で致命的な欠点を持っている点を除けば、行ってみようという気にはなっている。

 

「気にしないでいいよ。なんかったらそんときはあたしらが止めるからさ」

 

同じ身長の彼女が、この時ばかりは頼もしく見えた。

さて、宴会となるとこいしや鴉も呼んだ方がいいでしょうか…それともこいしにはまだはやい…でしょうか?

 

「お燐、今からこいしのところに行けるかしら?」

 

「呼んでくるのかい?」

 

「行きたいって言ってくれれば連れて来てください。行きたくないようでしたら無理に連れて来なくていいですから」

 

 

あの子のことだからおそらく来るだろう。

それまでになんとか偏見を解けるだけ解いておかないと…せめてこいしだけでもいいので…

 

 

「ほうほう、こいしが来るのか。じゃあ俺は射命丸を呼びに行かないとな」

 

私の真上で声が聞こえる。同時に、地底を照らす灯が人型に遮られる。

まさかと思い顔を上げる。その声はここで聞くはずがないと思っていた人のもので…どうしてここにと言うか疑問が頭を埋める。

 

「天魔さん⁈どうしてここに…」

 

「ああ、ふつうに来れるからな。来ちゃいけない理由もないし、良いかなって」

 

確かに地底と地上は不可侵条約を結んでいないからかなり行き来は自由ですけど…一応門のところで規制はある程度行っていますし手続きを面倒にあえてさせているから好き好んで行ったり来たりするもの好きなんて少ないと思ってたのですが。それに…

 

「天狗って鬼苦手じゃなかったんでしたっけ」

 

地底の住民は半分以上鬼なんですけど…

 

「おいおい、苦手ってだけで別に嫌いってわけじゃないぞ。それに付き合い方を間違えなければ良い奴だってのは一応周知の事実だしな」

 

「よせやい。あたしらは気に入らないことは殴って来ただけだよ。天狗に加担したつもりはないね」

そう言っても照れてるのか少し顔が赤い。それを指摘してもどうせ酔ってるだけだって言って誤魔化しそうですけど。

 

「とまあそういうわけで、お燐だっけか?丁度いいし地上まで送ってやるよ」

 

「本当かい?ありがたいねえ」

 

振り戻しが少しきついですけどね。と心の中で警告する。

 

「それじゃあ先に行ってるからな!絶対こいよ!」

 

「はいはい、四天王の命令とあらば遵守しないとな」

 

この二人、結構仲がいいんですね…まあここでもあの短時間で関係を毅然することができて地底の鬼や妖怪に馴染むことができる二人の性格と気前の良さの賜物でしょうけど。

 

それが羨ましくも思い、同時に尊敬する。

 

お燐の手を掴んだ天魔さんが視界から消える。同時に巻き起こる突風が彼女らが飛び立って行ったことを告げる。

 

「……」

 

「さとり?どうしたんだい?」

 

「なんでもないです」

 

少しだけ私という存在がどう言った存在なのか。それを考えていた。答えなんてないだろうしどう言った存在だったのかは後から周りがどう思うかであって今は分かるものでもない。

それでも考えてしまうのが人。

 

「陰気臭い顔してないでさっさと行くぞ!」

 

あ、ちょっと待ってください。フード被るので少しだけ服を整えさせて…

って引っ張らないでください!

 

体の引きが強くなり急に体にブレーキがかかる。

気づけば周りの景色は何もない荒地から瓦礫と復興資材の集められている旧都になっていた。

 

どうやら物理的距離の密と疎を操ったようだ。

なんだかこう考えると拡張性の高い能力って便利ですよね。

 

境界を操ったり、風を操ったり、色々と…

 

「お、連れて来てくれたか!」

 

「おうよ!後こいしと天狗数名が来る予定だ。楽しくなるねえ」

 

すぐ近くで酒の飲み比べをやっていた勇儀さんが笑いながらこっちに寄ってくる。あの…飲み比べの対決すっぽかしてますけどいいんですか?

 

私の登場に周りも騒然。ここでサードアイを出して全員の心を読んだら…私の心はどうなるんでしょうね?

原作のこいしのようになるのかそれとも壊れて…何もなくなってしまうのか。

 

「賑やかですね……」

 

目線をなるべく合わせまいとフードを深くかぶる。

だが、そのフードは勇儀さんに剥ぎ取られる。

 

「ほら、隠れてないでさっさと楽しんで来いや」

 

 

………全く私以上にお節介じゃないですか。

 

私のすぐそばに誰かが寄ってくる。

今まで遠巻きにこっちを見ていた人達の中から出て来たようだ。

 

「あの……古明地さとり様ですよね」

 

「ええ……様は要らないです。適当に呼び捨てちゃっていいですよ」

 

「あ、あの!お礼を言いたくて」

 

お礼?なんのことだろうか…私はお礼を言われるようなことした記憶はないのですが…むしろ憎まれても仕方ないような…

 

「えっと……お礼ですか?」

 

「はい!あの時、瓦礫の下から救ってくれなかったらと思うと…本当にありがとうございます」

 

瓦礫……ああ、そう言えば瓦礫の下に埋まっちゃってる人たち助けましたね。だって、サードアイが叫びを拾ってしまったんだから見捨てるわけにはいかないでしょう倫理的にもそうですけど人として…

 

……でもそんなことでお礼されるものなのでしょうか…正直私は忘れてましたよ?今言われてようやく気づいたんですからね。

 

「まあそう言うこった!ほら行って来な」

 

あなた達は保護者ですか…言われなくてもそうしますよ。

 

「こいし達が来たらそっちもよろしくお願いしますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボロボロに朽ち果てた船の甲板。その一部が蠢く。

 

甲板に広がるようにとどまっていた体が中央部分で集まり元の体に戻る。

時間としては丑三つ時。地上の光が差さないこの地底で時間なんて概念とっくの昔に無くなっているはずだと思っていたものの、地上への未練からなのか体は未だに地上の暦を忘れていないらしい。

 

正体不明、それが私の正体であり本質のようなもの。

昼間に来た彼女達…この地獄の新たな主だったか。

彼女達も私がいたことなどわからないだろう。身長の低い方はおそらく気づいていただろうがそれが私だとは認識することはできない。

 

おっと、どうやらだれか帰って来たようだ。

 

「ただいま。あら…村紗はまだ帰って来てないの」

 

「さあ?また血の池にでもいるんじゃないか?それとも崩壊した旧都をうろついているんじゃないのか?」

 

少なくとも私は訪問者の二人以外は知らない。

どっちにしろ彼女には彼女なりの行動理由があるのだろう。

私にはよくわからないし自分でだって不明なんだからわからない。

 

 

「まあいいわ。ところで、誰か来てたの?」

やっぱり気づいてたか。察しがいいな。黙ってようかと思ってたんだが…

 

「ん?ああ…この前暴れてたやつが二人。なんかあんたらに用があったみたいだけど」

 

「二人?」

 

「ああ、紫のロングでちっこい奴と…ありゃ猫又か火車だな」

 

名前は覚えていないし私はあの時あそこにはいってないから詳しくも知らない。

 

「まさかそれ古明地さとりじゃないの?この前閻魔に推薦されてここを任された子よ」

 

へえ、あいつ古明地さとりっていうんだ…それにしても閻魔に推薦を食らうとはご苦労様だなあ。

 

何を考えているのか全然わからない奴だったけど、もしかしたら何か大きなことをしてくれそうでおもしろそうだったな。

 

 

何処からか聞こえる喧騒がなんだか面白そうなことを運んで来てくれそうでちょっとだけ期待している私がいたのは後になって気づいた。

 

 


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