月明かりが色のついた木々を照らし赤や黄色に色気付いた山肌を幻想的に照らしている。
日の光を浴びている時よりも鈍く…そして銀の色を反射する紅葉もまた見ていて心を奪われる。
ふと顔をあげればそこは埋め尽くさんばかりの星屑が集まっては地上の静寂を無視するかのように賑やかにしていた。
前世知識を使えばあれがなんの星かは少しだけわかるかもしれない。でもそんなのどうでもいいしこの時代には概念すらないかもしれない。そんな事はどうでもいいと思ってしまう。
いっときの季節の一瞬の時間…でも生きている限り何度でも回って来る。
その光景を見ながら私は近くの岩場に腰を下ろす。
今夜は月が綺麗だ。
ここにきて何年経っただろうか…冬越えの回数は二桁に入った辺りでやめた。だいたい20年以上はここにいるのかもしれない。
その中で出来た唯一のお気に入りの場所です。
豊郷耳達が旅だった後…折角だからいろんなところに行こうと思い立った。
本当はあのまま街にいても良かったのですが…なかなかそうもいかないんですよね…あの後すぐ警備が強化され街に入ることも難しくなってしまいましたし…
私が住み着いていた木も封印されてしまいましたからね。
まあ思い入れがないわけではないのですがこうなっては住めません。
猫も妖力を孕んで来てこれ以上は街に近づけなくなってしまうかもしれないと言っていたからいい機会でしたね。
まあ…気が向いたらなんか適当に人を襲ったり助けたり妖怪っぽくなんか暴れたり逃げたりしながらなんとなく猫との日々を消化するくらいでしたが…
あと偶に服を作ったりフードを作ったり…
数年くらい放浪していたら丁度ここにたどり着いた…いや、結局ここに流れ着いたって言った方がいいのかもしれませんね。
他のとこはあまり気が合いませんでしたし…うっかりさとり妖怪とバラして死にかけたこともありましたし
自分でトラウマ作ってどうするんだって話ですけど
それにしてもここはいいです…近くに天狗の縄張りがある為かあまりガラの悪い妖怪とかいませんし、こっちも節度を守っていれば襲われないことが多いですし…
何より…前世知識がここで反応しています。おそらくここがあの妖怪の山なのでしょう。
そういう理由も相まってかかなり前に頑張って家を建てた。
家って言っても小さな小屋みたいな感じだ。あまり大きすぎると天狗とか他の妖怪に睨まれますし…生活に困らないので別にこのくらいでいい。
他にも色々大変なところですけど…いいところではありますね。
天狗が怖いとかよく言われますけど…
私はあまり天狗とは関わらないようにしているから分かりませんが…
え?まあ偶に哨戒している天狗は見かけますけど向こうが興味ないのかなんなのか…全く相手にしないですね。
え?まあ…対空カモフラージュはしてますよ草木をはっつけた布をばさっと被せるくらいには。別にそれがどうしたんですか?
まあそんなことはどうでもよくて…今はゆっくり夜景を見ながら酒を飲むことにしましょう
せっかくいい酒が手に入ったんですからね。
この酒なら私も記憶を失わずに安心して飲めます。
いやあ…いい酒を見つけました。
今まで何回か酒を飲んだことはありますが…その度に記憶が無くなります。しかも猫はそん時逃げるからなにが起こったかわからないですし……あの仙人にでも聞いておけば良かったかなあ…
ま、今はこれがあるからいいか!
頭にかぶった布を少しだけ上げて夜景を楽しむ。
一見変わらないように見えてもじっと見ていれば常に変化し続ける。同じ状態なんてないんだなあと思ったり思わなかったり。
(いやあ…いい景色だねえ)
透き通った声が聞こえ後ろを振り返る。そこには妖気を孕んだ猫が静かにこっちを見ていた。
おや?
数年前から死体を食べるようになり最近になって尻尾が双又になったみたいです…どんどん妖怪になってきちゃって…今や妖力ダダ漏れ状態。すぐに見つかってしまいます。一応隠す程度に色々やってはいるんですが、追いつかないですね。
まぁ目の届く範囲では見守ってあげましょうか……手遅れになったら悔やみきれませんしね
「猫さんもいたんですか…飲みます?」
(あたいはまだ飲めないってば)
そうでしたか…
まぁまだ猫ですしね…今度人型を取るようになったら名前もつけて一緒に飲み合いでもしたいです。それまで生きていられるか…なんとかなりますよね
気にすることでもないかといつからか使い始めた酒器にお酒を注ぐ。
一見すれば水のように透明な液体が注がれていく。
人里から拝借してきた最後の一本だ。今年はこれで飲み納めと……
っていうかこの一本しか拝借してないので冬を越えてから初めての酒でしたね。
もう直ぐまた冬越えか…寒い寒い。
熱い酒でも飲みたいものですがまだお酒って貴重なんですよね…
じゃあ今ここで飲むなって話ですが飲むって思ったら飲まなきゃ損でしょう?
……今度ぶどう酒でも作ってみようかな…そしたらお酒をいちいち麓から奪ってこなくてもいいのですけど…
(あたいも景色を楽しみますかね)
直後猫が頭に乗っかる。本当にそこ好きですよね。首が痛いですけど……
「んーー?」
ゆっくり夜景鑑賞をしていたらいつの間にかヒトの気配がし始める。
よそ者の私に近づこうなんて物好きいるのでしょうか……
ほろ酔いの頭をどうにか戻そうとする。幸い酔いはあまり回っていないので直ぐに元に戻った。
鈍っていた五感が戻りすぐに状況を把握する。
気づけば周りを誰かに囲まれていた。
飲んでいたせいもあるしあまり周りに気を回していなかったのもありますが…私が気づいてからのこの移動速度は早すぎる。
かなり統制された組織的なもの…おそらく天狗あたりでしょうか?
だとすれば厄介きわまりない。
いや…向こうから来るってことは何かこっちがしたのでしょうか?
いずれにせよ話を聞かないことにはわかりません。
せいぜい私がさとりだということがバレない程度に話し合いましょうか。
さとりとバレればそれこそ攻撃対象…肩身の狭いものです。
「ええっと…そこに隠れている人達はなにか用事でしょうか?」
なにやら迷っているのか尋ねてもなかなか出てこない。
こっちとしては早く出てきて欲しいのですが…
数分程経った頃ガサガサと音がして白い天狗装束を纏った男が出てきた。
……尻尾と耳が男ではなく狼なのは白狼天狗の表れ
服に小さく描かれた紋章はここの天狗の家紋…まあ実権は鬼が握っているのですが
「気づいていたか…まあいい。伝えたいことがあってな」
かなり威圧的な態度を取られる。信用がないのは分かりますがそこまでしないでくださいよ。
「よそ者の私に天狗さんが…一体なにを言いにきたんでしょうか?」
頭の方に繋がる管を髪の毛で隠しフードを取る。
顔を隠したまま相手と話すのは慣れない。
「率直に言う。お前が住んでいるところは昨日から天狗の管轄下に入った。それを知らせにきた」
ああ、そういうことですか。そういえば最近よく天狗とかを家の近くで見かけるなとは思っていましたがそういうことでしたか。
「それにしては随分と大勢で来てますね…立ち退いてもらいたいならそう言えばいいですよ?」
それでも気になるものは気になる。
なので少しカマをかけてみる。
どう見てもそれだけならこんな人数で来る必要はないしわざわざ非常時に戦闘の前線に立つようなエキスパートをよこす必要はない。
「いや、確かに出来るなら家の場所を移して欲しいというのはある。だがそれを言ったら怒って襲ってくるだろ普通」
だから断ったら強制退去という事ですか…
この人数でくるのも納得です。
「まあ…普通ならそうでしょうけど…」
そう行った途端全員が刀に手をかける。
普通にこの時代に刀あるんですね〜…一刀欲しいです。
って今はそんなことじゃなくて…
「まあまあ、焦らないでください。別に私がどかないとは言ってませんよ。退いてもいいですけど中に出入りする許可が欲しいんです」
正直に言ったはずですが…かなり困惑されています。
うーん、そんなにおかしいことでしょうか。
実際許可を貰って出入りする輩は結構いますし…
「……理由を聞いても?」
「……そうですね…ここの景色…綺麗じゃないですか」
「まあ…そうだが…まさかそれだけのため?」
なに呆れた顔してるんですか?怒りますよ
「それだけとは失礼ですね。気に入ってるんですよ。こういう景色…それに私だって普通に山の幸を食べたいじゃないですか」
「まあ…そうだな…仕方ないか…一応許可だけは貰っておくが…時間かかるぞ。それでも…」
「お構いなく」
そう言うとその男はなにやら部下に合図したらしい。天狗たちはリーダー格の男を残してみんな帰って行く。
帰らないのでしょうか…まあどちらでもいいのですが。
「まあ…これはただの独り言だが、お前のような奴は嫌いじゃない。信用はできないがな」
いきなり告白ですか。全力で断ります。
なんてふざけた事を考えるのも酔いが原因なのだろう。
まあ特に気にすることはないか…
残っていたお酒を全て酒器に移す。最後の一滴が落ち溜まっているお酒の水面に波紋が広がる。
しばらくして波紋がゆっくりと消えていき淡い月が浮かんでいるように見える。
「まあ…種族隠してますしね…」
「いや…妖怪らしさがほとんど感じられないからな。妖力がなければただの人に感じる」
意外と鋭いですね…
「そっちですか…まあ確かに妖怪っぽくないって言えばそう見えるかもしれませんけど」
なにを基準に妖怪らしいだとかそうじゃないとか決めているのかはわからない。
ちびちびお酒を飲みながら彼の魂胆を探ろうとする。あまり意味はなさそうだし私は口下手だから出来ないだろうけど
「ま、一介の白狼天狗が言うが…この山の所属にでもなるか?そっちの方が楽だと思うぞ」
ふーん…勧誘ですか…もしかして私の種族がわかった感じでしょうか…まあこの人鋭そうですし
いや…多分違うか。ただ単に私が山の妖怪として認められてないだけか。ここって結構排他的でしたからね。
まあ私はそういうの嫌いですし山に束縛されるのも遠慮したいです。
「それが良いのでしょうが…私は迷惑かけてしまいますし…種族ゆえにそういうのは…」
天狗のような縦社会に組み込まれてしまってはたまらない。ただでさえこの能力は隠し事を暴くとんでもない力なのだ。
そんなところに編入されればどうなることか…明日の我が身がないですよ。
「まあ…無理強いはしないさ。酒の邪魔して悪かったなそんじゃ」
そう言い残して彼は翔び去っていった。しかもかなりの速度でだ。
そう言えば名前聞き忘れてました。まぁいいや。そのうちまた会えるかもしれませんし
さて…夜風に当たるのもこのくらいにしてゆっくり帰りましょうかね。
今の家がダメとなると…他に良い物件なんてないですしどうしましょう。
誰かから奪うってことも考えられるけどそれでは結局やってることが低脳すぎて笑えます。
人里に降りて考えますか。
数日後……
いつの時代も人の賑わいは変わらず、活気を生み出し街を力強く見せる。
人というのは寿命が短い代わりにこうも強く命を燃やせるのだなとか詩人っぽい事を思い…そして忘れる。
まあ…記憶なんてそんなものだ。何かのきっかけがなければ思い出すことはできないものばかり……
そのきっかけさえないものはもはや存在するしないの界を超えてどこか無意識へ消えていってしまう。
人里の活気に流されながらお目当の建物に行く。
最近家の主人が亡くなり、空き家となっている家が一軒あると聞いたのは昨日。
すぐその家の管理人に話をつけに行きキノコとかいろいろ食材を渡してなんとか家を譲ってくれたのがさっき。
どんだけ喜ぶんですか…たかだか山で取れるものばかりじゃないですか。
しかも喜んだ後私を抱き締めて泣くって…訳がわかりません。
(いや、あれはさとりが悪い)
なんでですか?身寄りがなく住んでたところを追われ歩き回った末にあそこにたどり着いたって言っただけじゃないですか。
(だからそれだけじゃ誤解するってば!)
まあ、手に入ったんだったらそれでいいです。
(あたいも人のこと言えないけど相当に性格悪いね。それが天然ならあたい怒るよ)
天然かどうかは誰も知らない私も知らない神のみぞ知るですよ。
(もういいや)
頭で丸まっていた猫が飛び降りる。
(あたいは先に家の方に行ってるよ)
そう言って雑踏の中に隠れてしまう。
だいぶ肩が軽くなる。
うん…ほとんど荷物なんて持ってないし軽い衣類はあの場で処分した。
今持ってるはもともと私が来ていたものと一応作った浴衣…後調理器具だ。
どうせあっちの小屋みたいな家には調理器具くらいしか持ってくるようなものは無い。
寝るのだって別に床で寝ればいいしそれがいやなら座って寝るからなあ…
「おっと、この建物ですね」
そうこうしているとお目当の建物が見えてきた。
そこには平屋の建物が周りの家に挟まれ小さく立っていた。
(遅いねえ…)
遅くて悪かったですね。
玄関の前にいた猫を抱きかかえ早速建物の中に足を踏み入れる。
扉などない。簾みたいなのがかかっているだけの入り口を入ったところで足を取られた。
(おっと!気をつけてよ!)
いけないいけない忘れてました。縦穴式だったんでしたね。
外見が日本家屋に似てたからついつい……
改めて中を見回す。相変わらずの縦穴式…調理場なしと来た。一応外見だけは木製の立派なものだけど中がすごい残念だ。
木製で立派って感覚が既におかしいかもしれないけど。
そう言えばここの管理人に家は好きにしていいと言われてましたっけ?
じゃあ……ちょっとくらいいいですよね。
あの家を作った資材があれば十分、まあ好きにやらせてもらいましょう。
(なんか怖い…)
「よそ者ですか?」
非番であるにも関わらず呼び出され不機嫌になっている私の心情を知ってか知らぬか上官は簡素に内容を言ってくれた。
「ああ、数日前から縄張りのギリギリのところに住み着き始めたようだ。観測班から連絡が上がっている」
よそ者とはまた珍しい。大抵の野良とか放浪妖怪は天狗の集団に近寄ることなどまずない。あったとしても直ぐに出ていくのが大体だ。
「それでなんで私が呼び出されるんです?」
「いや、来月から担当交換でお前のとこの班があそこらへんの哨戒に切り替わるからな。今のうちに伝えておこうと思ってな」
十数年ぶりの担当交換ときたか…って言うかそう言う情報は本来もっと秘密にする必要があるのではと思う。
だが同じ白狼天狗から叩き上げで既に首脳内部までコネを作りまくってる上官にはそう言ったところの常識がないらしい。
と言うかこの人はコネというよりただ恩を売ってるだけなのかもしれないが…
そこがいいところでもあり悪いところでもあるのだが…
「そう言うことだ…急に呼び出して悪かったな」
「いえ、気にしておりません」
実際は無茶苦茶イライラしているがそんな事はたとえバレていても顔には出さない。
「ああ、後個人的なものだが…あのよそ者には気をつけろ。こっちもさっきまで調べてたんだがてんで駄目だ」
「駄目というのは?」
「彼奴の正体も目的も不明。なにをしにここにきたのか、実力はどれくらいなのかいや、そもそも妖怪であるかどうかすらわからなくなりそうだ」
「……分かりました。状況によっては強制排除も視野に入れて警戒します」
上官があそこまで言うのだ。おそらく相当だろう。
それにしても最後がきになる。妖怪すらわからなくなるとは一体どう言うことだろうか…
不意に興味が湧いてくる。そう言えば午後は開いているのだったっけ。
普段は剣術の稽古でもしてる事が多い時間だが…今日は気が乗りそうにない。
私自身、好奇心が強いというのは自覚している。
別に禁止されている訳でもないのだし一度行ってみるのも良いかもしれない。
そう思った矢先、私は新しい哨戒線の下見と適当に言い訳し、稽古を休むことにした。
……別に嘘は言ってない。
ふむふむ…あの妖怪か。
哨戒線は里から結構離れている。どっちかといえば人里に近いのだ。
その上妙に広い。
見つけるのは難しいかなと思っていたが問題のよそ者はすぐに見つかった。
そりゃあんな変わった服装なら嫌でも気づく。
それに私は自慢じゃないが目が良い。
頭を覆うかのような布が付いた服などここら辺では見たことない。かなり遠くから来たのだろうか…
だとしたらここに来たのはあまりよろしくない。
ここは結構排他的だからなかなかよそ者は受け付けないのが現状だ。
それにしても小柄だ。外見上は少女ってところだろうか。
あまりみないタイプだ。
若干紫がかった髪が服の隙間からチラチラ見える。
表情が見え辛いのが残念だ。
なに言ってるんだ私は…さっさと追い出してしまおうかと悩んでいるとなにやら少女は動き出した。
少し動きを観察する。……なぜ倒木のところでウロウロするのかいまいちわからないのだが。
と言うか倒木の横に重なっているあの木の板はなんだ。考えたくないが絶対家を建てるつもりだ。
正気なのだろうか。それとも分かってないだけなのか。あまりこういうところにいると鬼に目をつけられても知らないぞ。
しばらくみている必要がありそうだがそろそろ時間だ。
名残惜しいが帰ることにしよう。
次の日あたりだろうか。一応太陽がではじめたタイミングで私の目も目覚める。
その日もまたいつもの業務だった。だが心はあの余所者のことを考えてしまっておりなかなか集中できないでいた。我ながら同情とか憐れみとかそういう感情を持ってしまうあたり心が荒んでいるのかただ純粋にそう思っているのかわからなくなる。
結局日が暮れてから見に行くことになった。なんであれに魅かれるのかがはわからない。いくら考えても分からないものは放っておくことにしよう。
どこに住んでいるのかまだわからないので昨日、倒木があったところまで行く。
変わることない山肌を縫うように飛んでいく。ある程度飛んだところで手頃な木に止まる。
あまり近づき過ぎると向こうが警戒してしまう。別に歓迎しているわけではないが追い出す気もない。
それにここまで来れば私の視力なら十分だ。
さて…いるのかな?
一言言っておこう…あの時程目を疑ったことは無い。
昨日見た時にはまだ材木作ってる段階だったはずだが今きてみればなんということだろう。既に小さな小屋が出来ているではないか。
「早すぎるだろ…仕事」
普通あれくらいの建物を建てるなら木材を切り出したりから始めたら1週間かかるぞ!河童なら頑張れば5日でいけるがどう見ても昨日の状態からあれは無理だ。
思った以上に恐ろしい奴だ。
しばらく観察しているとあの妖怪が小屋から出てきた。
なにやら鍋のようなものと食材を抱えている。
と思ったらなにやら家の前で調理を始めた。
おいおい、こんなところであんなことしてたら格好の的だぞ。
そう思ったがそう言えばここら辺にいきなり変な事する妖怪はいなかったなと思い出す。まさかそれをわかっていてあんなことしているのだろうか?
そこにもう一匹…猫又だろうか?
猫の妖怪とだけは分かるがあの妖怪と一緒に行動している辺りまともな妖怪ではないかもしれない。
食事を食べ終わった辺りだっただろうか?
暗くなってきて確認しづらいがおそらくそのくらいだ。
いきなりあの妖怪は妖力を消したのだ。
おいおい、これは抑えるってレベルではないぞ…最早隠蔽とか隠すとかそう言う次元だ。
完全に外に漏れる力を遮断するのは恐ろしいほど難しい。多分鬼の四天王に勝てって言われた方がまだ簡単だ。
それでどこにいくのだろう…この進路は人里か。こんな夕暮れになにをしようって言うんだ。しかも鍋を持ってまで…
確かにあそこは人里にかなり近い。
おそらく相当の実力を持っているのだろう。
あの状態なら里にも出入り自由だし中でいくらでも暴れ放題…並みのやつじゃ気づけないな…
流石に私でも人里の中まで細かく確認することはできない。
まぁ何かあるようなら人間側に動きがあるから問題はないか。
結局その日は彼女が出てくるまで監視をしていた。
ほとんどなにもしないで出てきたようだ。ただ、行きに持っていた鍋がなくなっているところを見ると中で食べていたのだろうということは容易に想像がついた。
うむむ…確かに上官の言うとおりわからないやつだ。
ただ…敵対しようとする気は無いようだ。それだけは言える。
哨戒担当が完全に変わりしばらくたってからの事だ。
相変わらずあの妖怪を警戒することに変わりはなく。どうやら上層部も私が個人的に監視しているのは大目に見てくれるそうだ。
それをいい事に私は良く観察しに行ってる。
とは言っても水浴びまでは見てないぞ。流石に節度は守る。
水辺にいっても水浴びをしているかどうかすらわからないのだが…
ただ最近部下から変わった報告が来る。
「あの…ひとついいでしょうか?」
「また、あの件か?」
「はい、なんとかなりませんかね…毎回のようにされてはこっちも疲れます」
哨戒線の担当を行うようになってからちょくちょくあの妖怪が侵入しているとの報告が入る。
いや、侵入ってわけではないな。私の部下が近くに来た時に声をかけてからその部下を監視役にして入っている。
一応理にかなっているのだが…毎回のようにそうやってもらっては業務に支障が出る。
敵対するつもりが無いのはここ最近の観察でわかっている。
相手の面子を考慮して行っているということもチラチラと垣間見える。
しかしこれほどまで…ほぼ毎日入ってこられてはこっちだって大変だ。まあ…許可を出していないこっちが悪いといえばそうなのだが…
「仕方ない。ある程度までは黙認してやってくれ」
部下には深く入ってこない限りは黙認しておくように言っておいた。
全く…行動が予想外で困る。
何回かの冬越えを終え、再び冬仕度に追われる季節になった。
あれの観察をしてからだいぶ経ったな。
調べて見てもあいつの事はさっぱりわからなかった。
唯一わかっていることと言えば、変わっているということくらいだろうか。
妖怪として山に迷い込んだ人を脅かすのはまだいい。
人間の感情を食べるタイプなら脅かすだけでも十分だからな
問題はそこではない。
妖怪に襲われている人を助け出すとかどう言うことだ?
それも自分の餌にするわけでもなくそのまま里まで送り返す始末。
正直妖怪とは正反対の行動をしているのだ。
さらに言えばよく人里に入っていく姿を見てる事だろう。
しかも人里に入ってなにしてるのかと思えばただ食材を買ってきたり本を買っては売りに行ったりよくわからん。
行動時間も昼間がほとんど…もはや妖怪らしさの微塵も無い。どっちかって言えば人間だろうか。
多少ではあるが人間みたいな妖怪って噂が少しだけ広がっている。
そんな時にまた上司に呼び出された。
非番の時に呼び出されるのはこれで何度目だったか…まあこっちが暇な時に呼び出してくるから良いのだが…
上官は私の家の居間にいた。
なんで勝手に入っているのか問いただしたいがこの人には常識が無いところがある。
どうせ今回の場合話したいことがあったから来たとか言いそうだ。
ややこしくなるから聞かないが。
上官は私が座った事を確認すると小声で喋り出した。
「実なは、縄張りが拡張されて哨戒線がかなり手前側まで伸びるみたいなんだ。勿論お前の担当区間だよ」
衝撃だった。なんでそこまで動揺したのか私にもわからない。
と言うかそういう情報は安全上の理由から原則口外禁止ですよね!
「……向こうの妖怪への根回しは済んでいると思いたいですが、あの妖怪はどうするんです?よそ者な上に得体が知れないのでは追い出すしか上は考えなさそうですが」
「下手に近づいても何があるかわからないということでまだ通告はしてない」
上層部は何を考えているのだろうか。
「追い出すんですか?」
「……妖怪の山に所属という事で通して欲しいと上はぼやいていたが正直、放浪する妖怪が所属になることはないな。だとすればおい出すしかないが…出て行かないようなら実力行使でしかないが…説得してズレてもらうことは出来ないか?」
既に上が決めたことだ。今更覆すこともできない。
「…善処します」
今までの行動から見るに断ってくることはないだろうがあの妖怪は不思議だしなにをするかわからない。
何人か部下を連れていこう。戦うことはないと思いたいが…
夜もだいぶ更けてきた時間だ。
部下を引き連れいつもの小屋のところに行ってみるがいる気配がない。
出かけているのだろうか。なら明日にでもするが、一応探索だけはしておくか。
まさかと思うが見つかりは…したよ…
こうも一発で当たってしまうとは…運がない。
見つけてしまっては仕方ないので近づくことにした。
「ええっと…そこに隠れている人達はなにか用事でしょうか?」
一応気配をなるべく抑えて近づいたはずなんだが…まさか酒を飲んでいながらもこちらの気配を感じ取るのか。
なかなか鋭い。
そう言えばあまり近くで見たことは無かったな。
相手も頭を隠す覆いを脱いだようだ。
思ったより可愛いんだなって思ってしまった私は悪くないと思う。
なんでそこまで覆いをつけて頭を隠すのだろう…まあそんな野暮ったいことは関係ないか。
私はあまり喋るのが得意ではない。そのためか少々高圧的というかなんというか…そんな感じの喋りかたになってしまうのだ。
さすがに出て行けとは言ってないが察したのだろうか。一瞬だけ、終始無表情だった表情が陰った。
万が一に備えて着剣。
「まあまあ、焦らないでください。別に私がどかないとは言ってませんよ。退いてもいいですけど中に出入りする許可が欲しいんです」
代わりに出入りする正式な許可を求めてきたか。
上に相談しないといけない案件だな。こればかりは私だけではどうしようもない。せめて鴉天狗一人いればよかったのだが
今日のところは一旦出直して明日再度来ることにするか。
なんかかなり締まらない感じだったが戦闘沙汰にならないければ別に良いか…ただ監視レベルは上げないといけないな。
結構あっさりと許可は下りたみたいだ。上に許可を求めたところあっさりと許しの返答が来た。
許可が降りた事を伝えに行くと既に家は解体されており積み上げられた材木の山の上で昼寝をしているあの妖怪を見つけた。
ここまで無防備だとかなり心配になる。
「にゃー?」
おっと…猫又が見張っていたのか。なるほどなぁ。
起こしてしまうのも悪いと思い許可が降りたと言う趣旨の内容を猫又に言っておく。
始終人型にはならなかったが頷いてるところを見るとどうやら了承したようだ。
今度は何処に住み着くのだろう。今回の件でここに住んでも追い出される事が多いとわかったはずだ。放浪してきたのなら他の場所にまたフラッと行くのではないだろうか。
それならそれでこっちは仕事が減るからいいのだが…なんだかパッとしない。なんかつっかえる。
そう思っていた時期が私にもあった。
予想を裏切るかのようにあの妖怪は人里で生活をし始めた。
……本当に妖怪なのか?
確かにここの人里はそう言うところに寛容ではあるのだがそれでも中で生活をしようなんてこっちから見たら正気を疑いたい。
妖力がなかったらもう人間でもいいのではないかと思いたい。
なぜかその事をホッとしてる私がいるのだ。本当にわからない。
「うーん…誰かが私のこと噂してるのでしょうか」
(いきなりどうしたんだい?)
「いえ、なんでもないです」
大方、家の改装が終わりゆっくり休憩していたかったのですがなにか変な事を言われている気がしました。
と言うよりにまた面倒ごとの気配がします。
もう散々なのですが…ねえ…
気づけば周りは夜になっており月明かりがぼんやりと室内を照らしている。
そろそろ火でもおこしてなんか軽く食べようかな…お腹もすいてきたし。
そう思い身体を上げた時ふと変な妖力を感じた。
いや、変って言ったら可愛そうだ。それにこの妖力は前にも感じたことがある。
「おい、そこのお前…」
来客用に身なりを整え、誰のものだったか思い出そうとしていたら本人が窓のところに来てしまっていた。
あらあら…色々と隠してはいるからいいんですが出来れば玄関から入ってくださいよ。
「おや?誰かと思えばあの時の狼…」
おっと失礼、白狼天狗でしたね。
「……白狼天狗だ。ちょっと用事がある。こちらに同行願う」
断りたい。全力で断りたいですが断ったら絶対実力執行してきますよね。そんなことされたら絶対私勝てませんよ
「はあ…そうですか。わかりました」
ここは素直にしておくのが一番いいのです。
(あたいはここで待ってた方がいいのかな)
「ああ…猫さんは…待っててください」
さて…おとなしく連行されますか。
飛び出した天狗の後に続いて私も飛び出す。
本当は人里の中なので飛ぶのは控えたい。
向こうも察したのかしばらくしてから屋根を走り始めた。
それはそれで疲れますけど飛ぶよりは目立たないからいいか。
人里を出てからしばらく飛び始めましたが…沈黙しっぱなしです。このままでは空気が悪いです。
「あなたの名前聞いてませんでしたね。私は古明地さとりと言います」
下手すぎてすいませんねえ!普段社交辞令以外であまり人と喋らないようにしているんですからね!
「……第2連隊の隊長、犬走だ」
犬走ですか…
「下の名前は?」
「なぜ下の名前があると?」
「なんとなくです」
そう言う事は深く聴いてはいけないのですよ。
あまり良いことないですから
「……柳だ」
へえ…柳さんですか。いい名前ですね
犬走と聞いてまさかと思いましたが…グレーですねまだ。
「へえ……家名持ちって事は相当有名な家系なのでしょうか」
こっそりとサードアイを取り出し盗み見。
ふむふむ…やっぱり有名な家系でしたね。これはほぼ確信でしょうかね。
この人、椛の先代かもしれない。
それがわかってもだからどうしたんだってことなんですけどね。
まあ…もしかしたら椛の父親かもしれないし叔父かもしれない人と会えるなんてなかなかないなあなんて思ったりですから
「…なんだかわからんが、着いたぞ」
おやおや?天狗の里の入り口ですけど…こんなところで一体何をしようと?
「ちょっと待っていろ。すぐに連れてくる」
って私はここで放置状態ですか…
見れば柳さんは既に門の奥に入ってしまった。
里のざわめきを遠くに聞きながら待つこと数分だろうか。
閉まっていた扉が再び開いた。
「へえ…あんたがうわさの妖怪かい?」
……鬼がいた。