古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.49さとりのお花見

染井吉野の季節がそろそろ終わりを告げている。

緑色の葉が目立つようになったとはいえそれでも花見をするには十分な桜は残っている。

この時期が過ぎれば、次は来年。だがこの時代、来年また桜を観れるとは限らない。明日が無事にくるかすらわからないのだ。だから人々は一生懸命その日を生きているしこうして過ぎ去る季節の風景に思い起こしたりするだろう。

これももう二度とできないものと言うべきものだからなのだろうか。ここ博麗神社に久し振りに訪れた瞬間花見に付き合ってと強制連行されたのは……

 

きっかけは些細なことだった。ふとした拍子に博麗神社に顔を出そうと思い向かってみれば、ちょうど境内の掃除をしていた廻霊さんと鉢合わせ。なにを思ったのかついてきてくれと母屋に連行された。

 

花見がしたい。

一人でやってればいいんじゃないだろうかと思いましたが彼女も彼女なりに何か考えがあったらしいですけど。

そこまでなら別に良かったのですが、いきなり隙間から乱入してきた紫まで花見をしようと言い出して結局私が料理を作る羽目になるとは…

絶対紫はみんなで花見をやりたかっただけですよね。別に文句があるわけではないのですが…

 

「ほらなにぼさっとしてるのです。早く料理を作るのですよ」

 

「人にやらせておいて……まあいいです」

 

前回と違い食料庫には沢山の食材が入っている。

紫があらかじめ手を回していたのだろう。

これほど食材が揃っているのであれば…挑戦してみたくはなります。

 

「廻霊は手伝わないかしら?」

 

「私には弟子の教育があるのです」

 

ああ、紫。無理に誘わなくていいですよ。多分、料理なんて絶望的な気がしますから。

 

地底から一旦戻ってきたばかりだというのにまた催し物。まあこの時期は必然的に多くなるから仕方ないのであろう。

 

「そういえば弟子の名前ってどうなったんですか?」

 

料理を作る手を止めずに後ろにいるであろう廻霊さんに尋ねる。

前々から気になっていたことである。タイミングが掴めなかったし、ここに来る予定もなかったので結局聞きそびれちゃってました。

 

「藍璃なのです。藍色の藍に瑠璃の璃」

 

「いい名前ですね…」

 

誰が名付けをしたのか結構見え見えなんですけどね。けどそんな野暮なことは言わないでおこう。言ったところで損だ。

 

藍璃と名付けられた少女は今現在庭の方で訓練をしているらしい。

現職の巫女と賢者がこんなところで油を売っていていいのかと思ってしまうが、藍さんがしっかりと監督しているから別にいいらしい。

 

ちょっとだけ付き合わされたとばっちり感が滲み出ているものの、台所の窓から見た感じではそこまで嫌そうではないみたいだ。

藍さん、なんだかんだ言って面倒見が良いですよね。

 

あ、そうだ!

 

「紫、私の家の台所まで隙間を繋いでくれませんか?」

 

「いいけど急にどうしたのよ?」

 

「ちょっと取ってきたいものが出来ました」

 

この前折角作ったんですからここで使わないと…それに十中八九彼女も好きでしょうからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

最初は私の動作をずっと見ていた二人でしたが、數十分もすれば飽きてくるのが普通なものです。

実際料理の工程など地味なものが多くて手間暇かかっていると特に見ている側としてはつまらなくなってくる。

結局、藍璃の修行がひと段落ついたあたりで紫が一旦離脱。

誰かを呼びに行ったらしい。

 

やや遅れて廻霊さんも藍さんと模擬戦だなんだと言って外で弾幕を撃ち合っている。

最近暇することが多かったらしく腕が鈍ってるだの何だの。

藍さんも鍛えなおしてやる云々。

似た者同士なのかただ気があっただけなのか…サードアイを使っても分かる気がしない。

 

 

そんなわけで少しだけ静かになった室内に誰かが入ってくる音というのは意外と目立つ。

足音からして縁側で休んでいた藍璃のものでしょう。

 

まだ少女である彼女がどうしてここにきたのか…それよりこの神社に妖怪がいていいのかなんて今更思ったりなんだり。

 

「ねえ…少し良いですか?」

 

私に尋ねたい事でもあったのだろう。この後いくらでも話しかける瞬間はありそうですが、子供ゆえの好奇心から待てなかったのだろう。別に嫌いではないし断る理由もない。むしろ子供はこのくらい好奇心があってもいいと思う。

 

「どうしたのですか?」

 

丁度区切りが良かったので手を止めて藍璃を見る。

 

「さとりはさ……妖怪だよね」

 

おっかなびっくり…いや、怯えているのだろう。

相手の機嫌を損ねないようにとでも思っていたのだろうか。別にこのくらいで怒ることなど無いのですが…

「ええ、妖怪ですよ」

 

安心させるためにしゃがんで目線を合わせる。

子供とコミュニケーションを取るときはこれが一番効果がある。

 

「それじゃあ…どうして人間に味方するの?」

 

なかなか鋭いこと聴きますね。

さすが子供というべきか…

 

「どうして…そう言われると難しいですね。一言では表せませんし…」

 

正直どう言っていいか分からない。

私自身が元々人間であった頃の記憶があるなんて素直に言えるわけもないし、言えたとしてもそれが理由というわけでもない。結局人間であったということは過去のことであり、この身は過去に縛り付けられるだけの身ではない。

じゃあ結局なんなのかと言われれば……なんて言ったらいいものやら。

 

「結局、妖怪だろうと人間だろうと同じだからなんでしょうね」

 

「同じ?」

 

「そう、同じ。例えば妖怪が幻想からできているものであってもたしかにここに存在しているし、彼らなりの考えや行動理念がある。それは人間によって作られたものでもなんでも無いわけで人間も妖怪も同じなんですよ」

 

「それがどうして、人間に味方する理由になるの?」

 

今ので疑問が晴れるわけではない。まあ根本的な答えは言ってないから仕方がない。

 

「私は別に人間に味方してるわけではないですよ。ただ、お節介がひどいだけです」

 

結局はそうなのだろう。相手にとってありがた迷惑かもしれないけど大体私が誰かを助ける時は自己満足がエゴかお節介か…全部ですね。

 

それで何が得られたかなんて関係はない。

やりたいようにする。最も妖怪らしい理由が私の行動理念。だから何かを得るとかではなく何をしたいか…結果的にそれが周りにエゴを押し付けてるだけなのかもしれませんね。

 

「でもさとりは妖怪だよね?人間を襲ったりしないの?」

 

「襲ったところで利点がないですからね。それに種族柄、嫌われて忌避されるものですから大して困りはしませんよ」

 

たしかに私は妖怪だ。でも人間でありたかった。

どちらにもなり切れず、どちらでも無くなってしまった私は妖怪なのだろうか?まあそれは私が決めることではない。私のあり方は私自身が決めたもの。

 

そんな宙ぶらりん、彼女にはどう見えるのだろう。

 

「そうなんだ……」

 

「でもどうしてそんなこと急に聞くのですか?」

 

「私たちは悪い妖怪を倒さないといけない。師匠も妖怪は嫌いだって言ってる。なのにあなたはどうしてここに来れるのかなって…」

 

「要は、悪い妖怪ってなんなんだって事ですね」

 

「分かりづらいかもしれませんけど…悪い妖怪と妖怪が嫌いって言うのは根本的に違いますよ」

 

「違うの?」

 

やっぱり混同していましたか…

 

「じゃあ、考えてみましょうか」

 

少しだけ認識を考え直させないと…こう言うのって賢者とか廻霊さん自身がやるものなんですけどねえ。

 

「あなたの師匠の仕事は妖怪退治。それは妖怪側からしてみれば最大の敵であり憎むべき相手です。ではそんな彼らからずっと冷たい目線を浴びせられるとしたら?」

 

「嫌い…になる」

 

「そうですね。まあ師匠の場合は、自ら嫌う事で憎しみに心を蝕まれるのを抑えているのでしょうけど」

 

ただでさえ、その卓越した能力と戦闘術により人間からも恐れられる身なのだ。

ああでも思っていないと心がもたないのだろう。

 

「でも悪い妖怪しか狙わないっていうのは…好き嫌いの感情以前に常識としての問題よ」

 

「どうして?」

 

「嫌いな相手でも別に悪さをしないのであれば狙わない、関わらない。無闇矢鱈と怨みは買うものではないという事よ」

 

納得してくれただろうか。

これで納得してくれなくても、多分廻霊さんならちゃんと理解させてくれるだろうけど…

 

「そろそろ食事の準備に戻りますね」

 

一人で悩み始めた少女の頭を撫でて火元に戻る。

後は彼女がどう答えを出すかであって私が出る幕ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一通りの料理が作り終わって縁側に持っていくと、既に空っぽになった酒瓶が一本。どうやら待たずして飲み始めていたらしい。

 

酔っ払い2名を軽く睨みながら料理を置いて少しだけ休憩……のはずでしたが、執拗に酒に誘ってくる廻霊さんから逃げるように庭の中央まで行く。

紫もそんなところで笑ってないで少しは助けてくださいよ。

 

 

「あ…鴉だ」

 

藍璃が空に何か見つけたようです。

ここら辺は結界が貼ってある影響で鴉などの鳥は好き好んで来ないはずですが…

顔を上げるとたしかにカラスが1匹こっち来ていた。僅かながらに感じられる妖力…

 

すぐにサードアイを服の中から出して心の声を読む。

 

(さとり様!)

 

やっぱりあの鴉さんだった。

そもそもこの子は出せる力のほとんどが妖力のはずだからここで飛ぶことはほぼ出来ないはず…

 

案の定、私のすぐそばまで滑空してきた彼女は胸のところにスポンと収まった。

 

「どうしてここに?」

 

(さとり様、会いに来ました!)

 

「言ってくれれば連れてきたのに…」

 

頭を撫でながら注意する。ここはあくまでも妖が来ていいところではない。

下手をすれば退治されていてもおかしくはないし、そうでなくても力がほとんど使えない状況じゃ飛ぶのも困難だろう。私は妖力を使わずに過ごすのが身についているが彼女はそうではない、最悪命を落とすかもしれないのだ。

 

(ごめんなさい)

 

「分かればいいのよ」

 

鴉と喋り出した私を遠巻きに眺める廻霊さん達。確かに、第三者から見れば異様な光景だろう。

心を読めるからこそ成り立つコミュニケーションと、言葉がないと成り立たないコミュニケーションがここにきて差を出している。

 

「それ、貴方の飼い鳥なのです?」

 

「家族ですよ。名前はまだありませんけど…」

 

腕でしっかりと抱えながら廻霊達のところに行く。サードアイは鴉さんだけが見通せるように調整しながら服の中に戻す。

 

(この際だからつけて欲しいなあ)

 

「そうね……」

 

 

「なんて言ってるのです?」

 

廻霊さんが鴉を撫でようと手を伸ばしながら聞いてくる。

彼女の手を振りほどく気は鴉にはないらしい。このまま撫でさせてあげる。

でも体勢がきついでしょうから、この際鴉を抱かせてあげる。

 

「名前をつけて欲しいっぽいですよ」

 

「そうなのですか。……あ、ふかふかして暖かい」

 

「それは良かったです」

 

 

 

「名前かあ…さとりは考えているのです?」

 

「そうですね……」

 

この子がどんな言葉が好きなのか…いや何が好きなのかを思い出す。そこから、連想し続ける。

彼女に捧げるための大事な名前…そう簡単に決めていいものではない。

 

「霊烏路…空」

 

でも何度考え直しても、原作知識抜きにしても、この名前しか出てこなかった。鴉…いや空の深層心理を加味して考えを見出した結果なのだ。もう今更変える気にはならなかった。

 

「うつほ?」

 

聞きなれない単語だったようだ。まあこのような読み方普通はしないですからね。

 

「ええ、空と書いてうつほ」

 

(霊烏路空…私の名前)

 

空の妖力が少しだけ変わった気がした。多分気のせいでしょう。

じっとこっちを見つめる紫が何か言いたげにしてましたけど、別に気にすることではない。

 

「これからもよろしくね」

 

(はい!さとり様!)

 

私を見つめる赤い瞳が、喜びの感情を溢れさせている。

そこまで喜んでくれるとこっちとしても嬉しくなる。

 

「それじゃあこの子の名前も決まったことだし飲むのです!」

 

そう言って廻霊さんは焼酎の入った瓶を押し付けてくる。

 

「やっぱり飲むんかい」

 

「さとり様、諦めてください」

 

藍までそんなこと言わないで…ただでさえ酒は周りの人は止めるんですから…

(さとり様お酒飲めないの?)

 

「飲んだ後大変なことになったらしいので…」

 

よくわからないのですが…大変なことにはなっていたらしいです。

「じゃあなになら飲めるのです?」

 

「そうですね……葡萄酒とか果物の酒を水で薄めたものなら…」

 

言ってしまえばアルコールが少ないものなら大丈夫ということである。結局のところお酒がらみでいい思いはしていないので無意識のうちに嫌っている節もありますけど…

 

「じゃあ、模擬戦でもやってみるのです」

 

「酒の話からどうしてその話になったのでしょうか」

酔っ払いの頭の中でどのような思考が行われそのような突拍子のない考えに至ったのか…サードアイを使えばすぐわかる。でも面白くないのでそれはしない。

 

「酔っ払い相手に戦えるはずないですよ」

 

「私じゃないのです。藍と戦ってみるのです」

 

 

要は酒の席にぴったりの茶番をしろということでしょうけど…酔っているとはいえ迷惑すぎる気がします。

それに藍さんとなんて絶対勝負にならない。

私の貧弱体じゃいくらあっても藍さんには勝てないだろうし、九尾クラス兼神属性付きとか冗談もほどほどにしてください。

 

「ふうん……面白そうね」

 

「紫…まさか私に藍さんと戦ってと言いたいんですか?」

 

「だって、面白そうじゃない…貴方の力や戦い方も気になるわ。この際だからじっくり見させてほしいわ」

 

一瞬にして断れない空気に場が包まれる。

別に私は強くないですよ?むしろ弱いですから、どんな卑怯な手でも使う人がですからね?

 

「私も、さとり様の戦い方に興味があります。是非とも、ここは一戦交えてみたいのですが」

 

「……わかりました。それじゃあ、場所を移しましょうか」

 

どうせこの場所でやったとしても妖力が使えないんじゃ私も藍さんも人間と大して変わらない。

それに全力で戦えない状態では私はともかく他の方が不完全燃焼しちゃいますからね。

 

「そうね……それもいいけど、今日はここでやってみたら?妖力によるハンデもないわけだしちょうどいい感じに熱戦になるんじゃないかしら」

 

あの…紫…本気でそれ言ってます?

というかそれでいいのですか?まあ一応お花見がメインなのでいいんですけど…

 

「ふむ、物理戦ときましたか…さとり様よろしくお願いします」

 

藍さんが何故かやる気満々になっているのですが…もうこうなったら徹底的に抵抗することにしましょう。

それで負けよう。どうせ勝てないのだから…

「それじゃあ、お手柔らかにお願いしますね」

 

空気が一瞬揺らめいて、私達の身体が一気に距離を詰める。

 

無言で始まった闘い。その結末はどうなることやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……色々とありましたが私の体も無傷で終わってくれた。

全員満足してくれたようですが、紫だけは何故かパッとしない顔だった。何か思うところがあったのか、それとも私の行動に不審なところでもあったのか。

でも結局何にも分からなかった。やっぱり賢者の考えていることは難しい。

 

 

 

 

 

 


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