古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.50さとりは好きなようにするだけ

「……はあ…」

 

何度目かわからないため息が自室に広がる。

必要最低限のもの以外は何もないこの部屋に、あの時のことを思い起こさせないようにするための丁度良いものなどない。

 

こんなことなら最初から絵でもなんでもつけておけば良かったと思いながらも暇つぶし…じゃなくて気を紛らわせる為に隙間を開いて適当な空間を覗き見る。

 

「……あら」

 

偶然にも、さっきから頭の中を埋めている人物のすぐ近くに展開されたようだ。

すぐに閉じてしまいたかったものの、格別嫌な気があるわけでもないし、ある意味では気を紛らわせてくれるには丁度良い相手かもしれない。

ついでだしある程度事実整理をした方が良いかもしれない。

 

 

 

こうも考え事をしてしまうのは目の前に映る彼女…古明地さとりが原因だ。

正確にはこの前の花見で妖力無しの戦いを藍と演じた時のものが原因である。

本来なら妖力がない状態で最も有利なのは体格で優っている藍の方。彼女は式神であり結界の影響を受け辛い神力を有する。だからあの戦いは実質的に神力ありの藍と、純粋な体術のみでの一方的な戦いになるはずだった。たとえそうでなくても、元が12メートル超えの九尾である藍の体力や力はそのまま人型を取った彼女に受け継がれている。つまるところ、人型にしては過剰なほどの力をひねり出せる。

それは一回の拳で家を破壊する程度だ。

 

そんな相手と真っ向から勝負しても勝ち目はない。あるとすれば能力を活かした撹乱戦だろう。そう予想していた。

 

だが結果はどうだっただろう。

 

藍の攻撃は驚くように当たらない。その上、能力を使っていないにもかかわらず、彼女は正確に藍に攻撃を当てていた。

まあ非力だったせいか大したダメージにもなっていないのが唯一の救いといえば救いだっただろう。

 

あれだけで優越つけるのは少し難しいけど確実にさとりの方が藍より優っていたわ。最初は藍も手を抜きかけていたけど最後の方はほぼ本気。当たればタダじゃすまないはずだ。それなのにあの子は臆することなくその力の奔流に突っ込んでいった。

 

藍もあの後はしばらく考え込んでしまっていたし、何か思うところがあったはずだ。

後で聞いたところ攻撃が当たらなくて困ったようだ。あれほど強力な攻撃でも当たらないとなれば無意味。

ただ考えてみれば意外と簡単なことだった。

そしてそれをあの子はしっかり戦術に組み込んでいた。

さとりの戦法は驚くほど単純。

攻撃を絶対に受けないこと。

理屈の上ではたしかにそれが最もだが、それを実践するとなると相当手がかかる。

私だってこの能力がなければあれほどの回避は難しいだろう。

まあ、あれだけの回避が出来るのだからあの鬼の四天王と互角に戦うことができるのでしょうね。

彼女達と戦っていることは前々から知ってはいたが、それは単純に運が良かっただけだろうと思い込んでいた。そうでなければさとりの力で鬼のトップと互角に戦うなんて出来ないはずだとも。

だがその認識も改めないといけない。

 

……藍も体術は仕込んであるのだが、さとりはそれを上回っている。

危険かもしれないし将来的に敵対してしまえば最も厄介だ。

まあ本人にその気は無いようだし、こんな疑うことばかりする賢者と純粋に友達になってくれるような子だ。大丈夫だろう。

 

それにしても、彼女はどこまで妖怪という枠から外れるのだろう?

本来妖怪は妖力に頼った戦い方をする。だからあそこまでの肉体戦は中々行われない。鬼だってその力の多くは妖力による補正がかかっているのだから、妖力無しで戦うとなると人間よりやや強い程度まで落ちてしまう。

藍は元から力があったわけだし、適応性が速いから直ぐに対処できていたけど、彼女はそれが全く無い。だがあの動きはすぐに身につくものではない。

年単位で習得するような動きばかりだ。

 

だとすれば彼女は妖力や能力を一切使わず戦ってきている。言ってしまえばそういうことだろう。だけどどうして?

妖力を使わない戦い。そんなもの、普通の妖怪にとっては思いつかないし、元々そのような状態になった時点で詰みが確定しているようなものだ。

 

彼女は一体なんなのか…本人は大したことない妖怪だと言っているが、どう見ても彼女のあり方は異質そのもの。

それはそれで面白いのだからいいのだけれどね。

 

隙間を使って見ていると彼女の目線が私の目線とぴったり重なった。

まさか…見つかった?いや、そんなことは無いはず…今回は二重三重に対策はした。なのに……どうしてこの子は私の目線とぴったりと合わせられるの?

 

 

「……!」

 

さとりがこっちに向かって片目を瞑る。やはりバレている!

少しだけ背筋が寒くなる。ふふ、面白い子ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背筋を舐められたような感覚がして体が震えた。

 

「……う、なんか寒気が…」

 

「風邪…ですか?」

 

隣で飛んでいた大ちゃんが心配そうにこちらを覗き込む。

現在私達は、にとりさんからの連絡を受けて工房に向かっている。

 

春終わりを告げる風に吹かれて少し体調でも崩しただろうか。季節の変わり目は特にそういうことが多いから…

でも要因的には違う気がする。多分これは誰かがこっちを見ているという感じだ。

 

もしかして後ろで誰かが見ているのだろうか?

そう思い振り返ってみるが青々と茂っている山肌しかなくて、結局わからない。白狼天狗のような鋭い洞察力があればわかるかもしれないけど…そんなもの私に備わってはいない。

ウィンクでもしておけば多分反応でもあるのではないだろうか。

ついでだから少しは表情とか仕草の練習もしたいですし。

 

「……後ろ向いて何してるんですか?」

「表情の練習…です」

「確かにさとりさん…表情かたいですもんね」

 

今に始まったことではないので、もはや何も言うまい。

そんなこんなして山を登ると、哨戒中の天狗と鉢合わせする。

もう顔も知っている仲ですし、いちいち突っかかられる事はなくなった。

「結構簡単に通れちゃいますよね…」

 

「私はもう顔見知りみたいな仲ですし、大ちゃんは妖精ですし」

 

「そんなもので哨戒って大丈夫なのでしょうか」

哨戒と言っても基本する事と言えば…山道から外れた人間への警告、縄張りへの不法侵入取り締まり、活動領域内での不法行為取り締まりなど警察組織に近いものがある。

それらを考えたら、彼らもいちいち余計に事を荒立てたくはないだろう。

それに、私は柳君から許可を受けていますからね…有効期限は知りませんけど。

 

そんなこんなで、にとりさんの工房に到着する。

見た目は少し大きいくらいの小山だと言うのに…扉を開けて入ってみれば羽田空港のバンカー程の大きさがある室内だ。

もう外と中の大きさが合ってない。

空間を縮める術を張っているとかなんとかだが、よく分からない。近いとなると、こいしの魔導書に1冊だけある半無尽蔵収納本だろうか。

 

 

「にとりさーん!来ましたよ!」

 

これほど大きな室内だと、大声をあげないと聞こえないことが多い。見た感じ、前回来た時よりもふた回りほど大きく拡張されているようですね。

何をそんなに作っているのかと思って見ても、いろんなものが積み重なっていてよくわからない。

 

「お、来てくれたか!」

 

にとりさんの声だ。だけど本人は見当たらない。光学迷彩でも着込んでいるのだろうか…まだ実験段階だなんだ言っていた気がするが、それは1ヶ月以上前だったと思い出し認識を改める。

 

「姿が見えないのですがどこですか?」

 

「上だよ上!」

 

上?そう思い天井を見てみる。

9メートル以上あろうかと思うほど高い天井は大型の吊り下げ式クレーンとそれを転がすためのレール、照明、点検用の足場、さらに補強用の鉄骨が入り乱れている。その一角に、見慣れたリュックサックが動いているのが見えた。

どうやら、クレーンの整備を行っていたようだ。

 

「いや〜こいつ拗ねちゃってさ」

 

それは御愁傷様。ですがそんな大型クレーンなんて使うことあるのだろうか。

 

「にとりさん。私の腕が出来たって聞いたんですけど…」

 

「勿論出来たよ。後は大ちゃんがちゃんと使えるか試したいからすぐにだけど着装出来るかな?」

 

「大丈夫ですよ」

 

クレーンから降りてきたにとりさんが音を立てずに着地する。

リュックとか上着のせいで重々しい感じがするものの、意外と身軽みたいです。

 

 

 

バンカーのような広さのある工房から事務所のようなスペースに移ってくる。

机と、小さな椅子が並べられている他、ソファや小さな台所など生活装備もある程度ある。そう考えて見ればそこそこの広さを持っているはずなのだが、部屋の半分ほどを木箱や工具が占めているためなんだか狭く感じる。

 

 

「それで、これが義腕の一号型ね」

 

そう言って箱の山から引っ張り出してきたそれは何かの培養液に浸っているとかそういう事はなく、普通に箱の中のクッション材の上に置かれていた。

 

「持ってみて」

 

「…はい」

 

前回のように何か違和感が走ることはなく、能力が作動した痕跡もない。どうやら成功したようです。

 

「うん、問題ないね。じゃあ取り付けてみようか」

 

「そう…ですけどこれどうやって接続するんですか?」

 

確かに腕の先は接続や固定をする装備は見当たらない。まああったとしても悪戯で壊れてしまうからだろうけど。

 

「装着時には術式で神経回路を強制的に繋げるから、接合装備は要らないよ。ただちょっとだけ痛むけど」

 

「痛い…ですか?」

 

「一瞬チクってするだけだよ」

 

なんだその…これから注射する子供に言い聞かせる医者のような言葉は。絶対痛いやつですよねそれ。

でも腕だから取り付けないとダメだということで結局取り付ける。

 

上に来ていた和服の帯を緩め、無くなった側の服をはだけさせる。

ちょっとだけ色っぽいと思ってしまうけど、それ以上感情は湧いてこない。

 

「1、2の3で装着するよ」

 

にとりさんがカウントしてくれと目線で訴えかけてくる。それくらい自分でやらないのかなあと思いつつもカウントを行う。

 

「1…」

 

カウントを始めた瞬間、にとりさんが術式を展開して腕をくっつけた。

 

「……っ!痛っ…」

 

待って…どうしてカウント開始で腕をくっつけた。どう見ても不意打ちすぎて痛いでしょ。

 

「1、2の3じゃなかったんですか?」

 

「繋がったからいいでしょ」

 

そういう問題だろうか…なんだか発明家の考えることってわかりにくいです。

とまあ私の勝手な偏見は隅っこに捨てておいて、大ちゃんは大丈夫でしょうか。

「大ちゃん…平気ですか?」

 

「なんとか……」

 

術式の影響が解けたその場所は、元から腕が続いてるかのように接続部分は分からなくなっている。

正直、言われなければ右腕が義腕だなんて分からないだろう。流石河童の技術力だ。

 

「動かしてごらん」

 

そう言われて大ちゃんは繋がったばかりの腕をくるくると動かす。

まるで義腕とは思えないほど人の動きと同じで滑らかだ。

「すごい…腕と同じみたいです…」

 

「一応強い霊体や妖術にも耐え切れるようになっているから戦闘面でも大丈夫だよ。無茶しなければ…」

 

そんなことまでできるとは、妖怪の山の発明家と呼ばれるだけある…これもしかして月の技術が流れてきてるからなのでしょうか。

だとしたら紫が原因か…もしくは私。

 

「それで、さとりに頼みたいことがあるんだけど…」

 

 

「拒否権ないですよねそれ」

 

「まあ、無いね」

 

頼み事といっても、それは今回の件の依頼料であって、もはや拒否できるものではない。料金を踏み倒すほど私は捻れてませんから。

 

「ちょっと手伝ってくれ」

そう言ってにとりさんが私の腕を引っ張って隣の部屋に連れて行く。

あ、大ちゃんはしばらくそこで腕の感覚掴んでいてくださいね。

 

再び工房に連れていかれた私を待っていたのは布に被せられた円筒状のものだった。

直径は私より少し大きいくらい。ただ長さはかなり長いように見える。

「カバー外すね」

にとりさんのリュックから伸びたマジックアームが被せられた布を一気に取っ払う。演出としてはもう少し溜めても良かったのではないかと思うけど、この人に演出とか無理そうです。

 

そんなどうでもいい考えは再び隅っこに捨てておきまして、カバーの下にあったものをしっかり観察する。

 

私は理系でもなんでもないですから詳しいことまではわかりませんが、大型のファンブレードとそれを支えるアーム。中央部分がややくびれを持ったように凹んでいるそれは、間違うことはない。

 

「航空機の…エンジンですか?」

 

「正解」

 

また物騒なものを作っていますね…この前使ってた電子レンジとかオーブンとかの方がまだいいですよ。なぜか電子砲や熱線砲を撃てる以外は…

 

「あのジェットエンジンをコピーしてみたんだけどさ。出力試験で全然安定しなくて…」

 

「原因を探って欲しいと…」

 

「まあね。私じゃこれはお手上げだよ」

 

いやいや、発明家の貴方がお手上げのものを私が見ても分かるはずないじゃないですか。何考えてるんです?ど素人ですよど素人!

 

「ど素人に何を要求してるんですか…」

 

義腕の対価として釣り合うかどうかは別として私なんかに意見を求めるより他の河童に頼んでくださいよ。いるでしょう。

 

「紫からの助言でね。ついでだし多角的に物事を見るには素人の意見も必要だからね」

 

紫が原因ですか…確かに言っていることは分かりますけど…

仕方ない、義腕の事もあるわけですし、ここは素直に調べてみましょう。

あれ、でもこれってジェット燃料とかいうやつで動くんじゃなかったんでしたっけ。

 

「そういえば…これ、燃料何使ってるんですか?」

 

「あの機体のタンクに残ってた燃料から構造を解析、量産したものだよ。でもそれだけじゃどうにも使い勝手が悪かったから少しだけ妖力で補強してある」

しれっと凄い事やってるような気がするのは私だけではないはず…なんだか凄い技術使ってながらも、やってることが釣り合わないというか…

 

困惑しながらも側面の点検ハッチからエンジンの中を覗き込む。

暗くて見えないところが多いので灯りを中に灯す。

かなり試験をしている為か全体的に煤が付いている。それにしても、焼きつきが少し多いような…

 

「これ何回運転試験しました?」

 

「3回かな。一応その都度中は洗浄して部品も交換してるんだけど」

 

「……もしかしてこれ、燃圧かけすぎなんじゃないんですか?」

 

前回運転した後からいじっていないとすればこの汚れ具合はもうこれしか考えられない。

まさか燃焼効率とかそういうのは考慮しないで運転してました?

 

だとすれば、明らかに使い方が間違っている。アフターバーナーを使うわけでもないのにバカスカ燃料を送り込んでも意味はない。

ターボファンエンジンもそうだが、こういうのは空気と燃料の混合比率が最も大事なのだ。

燃料だけ無駄に流し込んでも出力は鰻上りにはならないし、むしろエンジンを壊しかねない。

 

「でも同じものを作ったはずなんだけど…」

 

オリジナルの方は安定して出力が出るらしい。だとすれば問題は……

 

「おそらく燃料を噴射する部分の動きが違っているんじゃないんですか?」

どこかで狂いが生じている可能性がある。

又は向こうには着いていてこっちには着いていない装置があるか…どちらにしろそこは私の分野ではなく彼女の担当。私が口出しできるのはここまでです。

 

「……わかった。じゃあそっちの方で検討してみるよ」

 

「あまり役に立てなくてすいません」

 

「気にしなくていいよ十分役に立ってるって」

 

本当でしょうか。実際私の言ったことなんて的外れかもしれないですし…言わないよりマシですけど。

 

それにしてもさっきから背中を指すような視線が止まりませんね。

ここに来る途中で感じたあの舐められるような感覚と同じみたいです。やっぱりだれか覗いているのだろうか。

 

別に大したことでは無いのですけどね。


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