私が地底の主になってからはやくも25年。
長いようで短い時間が過ぎ去った。
最初は旧都の整備だなんだで駆け巡りそれが終わったと思えば今度は地上と地底の合間に設置された扉の管理で天狗と協議する羽目になり…偶に下克上をして来ようとする輩を萃香さん達に任せる形で対処して…
思い起こせば色々あったものだと感慨にふけてしまう。
それと、最初は迷っていましたが地上と地底は今でも行き来する事にしている。最早、古明地さとりの面影が残ってないような程活発な気がするものの、私は私のしたいようにしているだけ。
そんな思考も、神社の屋根が見えてくれば自然と収まる。
数年ぶりにこの博麗神社の看板をつけた鳥居をくぐる。
得てきたものがある中で失っていくものある。人間と妖怪では寿命の差が決定的だ。
まあそれくらいなら、里に住んでる身としてはもう慣れた。
だからか今更ながら人の死にいちいち嘆くことはない。だが無感情と言うわけでは決してない。
「あら…来たのね」
縁側の方に回ってみればあの時の少女…いや、今は成長して完全に女性になった藍璃がのんびりお茶を飲んでいた。
「ええ、折角ですからね」
数年ぶりではあるがあまり会話はない。
藍璃本人があまり話さないと言うのもあるが今は少し話さない方が良いだろう。
廻霊さんが死んだ。
その報告を受けた時にはもう火葬まで済ませた後だった。
詳細を紫に聞いてみたが、妖怪に呪術系の攻撃を受けたようだ。
元博麗の巫女とはいえもう霊力的にも限界が来ていた彼女の体では妖怪の呪術を無力化することは難しかったそうだ。
数年前にここにきたときに会ったのが最後になるとは…人間侮れない。もともと侮っているつもりなどないのですが…
「それにしても…あなたも物好きよね」
落ち着いたトーンの声が背中にかけられる。
彼女も既に30歳を超えていて次の代への交代が始まっている。いや、既に交代は終わっていて現在はさらに次の代を探したりだのなんだのとしているはずだ。
「そうでしょうか?」
「だって妖怪がわざわざ妖怪退治屋のところまで来るなんてまずないもの」
そう言われてみればそうだろう。
妖怪の中では異様。人間の中でもごく少数な部類に近い。
それでもせめて花くらいは手向けたって良いのではないだろうか。
実際には共同墓地のような場所だし骨がそこに納められているかと言われればなんとも言い難い。
「妖怪だって色々ありますからね。あ、そういえば菊の花持ってきましたよ」
「へえ…洒落た趣味してるじゃない。そうね…そこの窪みに入れておいてくれるかしら」
そう言って藍璃さんが指差す方には花を入れるための窪みがあった。石碑とかそういうのがあるわけではないのでイマイチ分かり辛いがあそこら辺が代々の巫女の墓なのだろう。よく見れば草木に隠れて板のような平たい石が立てられている。
「そこですね……これもうちょっと草木切って掃除したらどうです?」
「昔からそこらへんは手をつけてないからね…それに手をつけてる暇も無かったわ」
彼女がそう言うなら無理もないだろう。実際元博麗とは言え最強クラスの戦力ではある。それが失われたとなれば大体騒ぎ、暴れる妖怪が出てくるのも無理はない。
それに今回は暴れ出す妖怪が多かったり面倒な奴らばかりだったりらしい。
それこそ前線から引いている藍璃さんまで動くのならなおさらだろう。
私が手入れをしても良いのですが妖怪であるこの身がやっていい事なのやら…
花を手向けるのは気持ち的にありだと思ったのですけどやっぱりそこまではダメですよね。
「もう少しお話ししたりしたかったんですけどね…」
「そういう妖怪は貴方くらいよ。ほんと……」
呆れ果てているのだろうか…どちらにしろ私は私なりにここで未練を捨てるだけですけどね。
「曲りなりとも、親しくはしていたと思ってますから」
「巫女と親しい妖怪ね…」
「ダメでした?」
妖怪だけど人間と仲良くしたりしてはいけないなんて理はこの私に通用しない。
そもそもそんな理が通じるのであれば紫の考える幻想郷なんてまず実現不可能だ。
「いいえ、でもあなたを見てるとなんだか気持ちが落ち着くわ」
「心の整理つきそうですか?」
「膝の上に座ってくれたらね」
はいはい、巫女が妖怪に甘えるなんてまずありえないと思いましたけど…心からそう思っているわけですし少しくらいはいいでしょうね。
何事にも例外はつきものですから…
シワの寄ってきた手が私の前に回される。
この時代の人間の平均寿命は決して長くはない。だからもしかしたら藍璃さんとこうしていられるのもこれが最後かもしれない。
廻霊さんがそうだったように…次会いに行こうと思っていたらなんて日常茶飯事だ。
親しい人間が亡くなっていくのは人の私にとっては堪える。
それでも何度も経験すれば自然と心の対処の仕方も身についてくる。同時に残された者の気持ちも痛いほどわかる。
だから私は、藍璃さんの手を優しく包む。伝わってくる生命の鼓動と妖の私の鼓動が一致したり時々ずれたりしながら生を刻んでいく。
無言で時間が過ぎていく。
その無言が彼女にとっての癒しになってくれるのであれば、それで十分だ。
一通り区切りがついたのか、藍璃さんが回していた腕を離す。
「もういいんですか?」
彼女の膝から降りて隣に腰掛ける。
昔は私より小さかった彼女はもはや私を見下ろすほどの高さに成長していた。
時の流れって残酷なんだなあって思う。
「ええ、だいぶ整理できたわ。ありがとね」
温かい手が頭を優しく包む。撫でられていると感じたのは少し遅れてから。
いつかはこの手も消えてくのでしょうけど…それは今ではない。
だから堪能させてもらうことにする
ーーパシャ!ーー
目の前に現れた黒い翼。
私が声を上げる前にその翼の主から閃光が放たれる。
呆気にとられている私達を前に、鴉天狗の少女は悪戯が成功した子供のような顔をしている。
「一枚いただきました」
「文さん…久しぶりですね」
彼女の新聞、文々。は定期購読しているのだが、基本的に家の中に投げ込まれることが多く配っている本人とはなかなか合わない。そういうことです直接会うのは久し振りというわけです。
「ちょっと鴉。何勝手に写真撮ってるのよ」
「あやや?だめでしたか」
許可のない撮影はご遠慮ください。とは言えどこの時代に射影機なんて持ってるのは天狗か河童か物好きな妖怪くらい。
モラルなんて妖怪に期待できませんし諦めている。
「……後で一枚現像して渡しなさいよね。後変なこと書いたら承知しないからね」
「清く正しい射命丸ですよ?変なことは書きませんしこれは記事にする為のものでも無いですよ。あ、現像は喜んで行いますので後日渡しにきますね」
ふうん、記念で写真撮影ですか。珍しいものですね。
「もちろんさとりの分もよ」
「え…?私の分ですか」
「当然じゃないの」
確かに何か形で残っていた方が思い出しやすいですけど…現像するのも大変ですし…
「分かりました!ではこれにて!」
そう言い残して文さんは再び空に飛び立っていった。あの人…妖力が使えない中でもよく飛びますね…どうやって飛んでるのでしょうか。
まさか脚力だけで結界の外まで跳躍してるのですか。
「……忙しいやつね」
その呟きに応える事なく彼女の飛んで行った方を眺める。
青空が一面に広がり白い雲が時々思い出したかのように飛んでいる。
もう少し景色くらい堪能していけばいいのに…まあいいか。
いつの間にか用意されていた湯呑みにお茶を入れて一服する。
「あれに比べたら相当おとなしいわよねあんた」
「元がインドア派ですから必要最低限の反応だけですぐ疲れるんです」
「いんどあ派?なにそれ」
ああ、気にしないでください。ただの言葉の使い間違いです。
藍璃の視線を横に受け流し、適当にあしらう。
会話の途切れが長い。まあ嫌と言うわけではないけれど…
「そういや私ってあなたに助けられたんだっけ」
「急ですね…思い出話ですか」
「そんなところよ」
助けた……確かに助けはしましたね。
まあそれも今思ってみれば気まぐれに近い気持ちが起因になっている気がしますけど。あるいは人としての身があれを許せなかったからか。
「不思議よね。人の人生って何が原因で変わるか分からないんだもの」
「実はそう見えているだけで最初から決まっていたのかもしれませんよ」
「運命ってやつかしら?」
運命、確かにレミリアならそう言いそうですね。でもその運命がずっと先の行動結果まで確定させてしまっているのかと言われればまた難しいですけど。例えるなら運命は、他人の運命同士が折り重なって複雑に入り組んでいるようなもの。一見全て決まってそうで、実はそうじゃない。誰かの運命にどこかでイレギュラーが発生すれば連鎖的に運命の結末は変わっていく。それは時に世界規模で連鎖したり、個人間で連鎖を繰り返したりと色々。確定的だけど変則的に変わる。そんな感じだと思う。
「まあ、あなたの言いたいことはわからないでもないわ」
「分かり辛いけど…ですか」
「顔に出てた?」
「ええ、ばっちりと」
ハッタリですけどね。心が読めずともだいたい考えていることはわかりやすい。
久しぶりに顔も観れた事ですし、そろそろお暇させてもらいましょうか。
「それじゃあ、私もそろそろ」
服を整えて庭に降り立つ。この体では縁側の段差でも動作が大げさになる。
「もう行くの?」
「本件が待ってますから…それにそろそろ現役の巫女さんが帰ってくるでしょうし」
ここでのんびりしている時間ももう終わりである。
それに私の居場所はここではない。
鳥居のところまで見送ってくれた藍璃さんに別れを告げて参道を下っていく。途中で私の真上を博麗の巫女が通過していったものの敵意がない妖怪には戦いを仕掛けないのでそのまま素通りされた。
別に、絡んでこられても迷惑なので良いんですけどね。
「あ、お姉ちゃんお帰り」
人里にある我が家に戻ると、部屋から銀髪の少女が出てくる。
「こいし、帰ってたのね。ただいま」
どうやらこいし達の方が先に帰ってきていたようです。
こいしからやや遅れてお空が私の頭に飛び乗ってくる。
(さとり様おかえりなさい!)
「お空、ただいま」
お空は、頭の上がよほど気に入ったのか家ではよくこうして頭に乗っかっている事が多い。
別に嫌ではないのでそのままにしておいている。
「それで…村長はなんて?」
こいしが帰ってきていると言う事は向こうの件は上手くいったのでしょう。
「一応話はついたよ。結構渋ってたけど」
まあそれもそうだろう。今までずっとそうであった事だから今度もそうなるであろうとなったのでしょうね。ですが、今になってはそれも不完全ですし、隠し通しながらの生活も苦しいことが多かったですからね。
「そうでしょうね。でも完全に無くなるわけじゃないって事で妥協したのかしら」
「そんなところだろうね」
(さとり様何話してるの?)
「ああ、お空には言ってなかったわね」
特に関係の無い事だったからうっかり伝えるのを忘れていました。
「そうね…簡単に言えばこの里をもうちょっと山の下に移す計画が浮上したのが発端よ」
(さとり様達も引っ越すの?)
頭の上でお空が首を傾げているのが感じ取れる。
コートを外してこいしと一緒に居間に行く。
「違うよお空。私達の家はこの場所に残すの!将来できる人里とここは人間の足だと一日かかっちゃうから山道を歩く人を見守る目的でね!だよねお姉ちゃん」
「ええそうよ」
こいしに説明されてしまったがまあだいたいそんなものです。それにこの家も古くなってきましたから補修と増築をしたいです。
(そうなんだ!でもどうして人間達はさとり様について行って欲しかったの?)
「私が最も早い段階から動ける防衛戦力だったから…ですね」
ずっと昔から守って来ただけあって里の長からはかなり渋られた。でもそれで妖怪の動きを止められるはずもないし妖怪を里の中にとどめておく理由も防衛戦力だけでは何だか薄い。だって博麗の巫女がいるから。
「お姉ちゃんよく人里に襲撃する妖怪追っ払ってたからねえ」
「こいしもでしょ」
地底の管理を行いながら常に里の防衛など出来るはずもない。私やこいしがいない時に襲撃しょうとする輩に関しては博麗の巫女に任せっきりにしていた。
まあ要するに引き際ってことです。
(ふうん…さとり様ってやっぱり強いんだね!)
「強くは無いわ」
「またそうやって否定するんだから」
だって私より強い奴なんて大量にいるではないか。今までそう言う奴に遭遇しなかっただけ奇跡ですよ。
「なんでお姉ちゃんはこんなにも鈍感なんだか」
鈍感?なんで鈍感なんでしょうか。
感だけは鋭くしていると思うのですが…
「まあいいや。いまに始まったことじゃないし」
どうしてか呆れてやれやれとしている。意味がわからなくてクエスチョンマークが頭に浮かぶ。
「あ!そうだ。お姉ちゃん、話変わるんだけど」
急に何かを思い出したこいしが私に攻めよってくる。
彼女の髪…少し伸びてきていますね。なんて関係ないことを一瞬考えてしまう。
「どうしたの?」
「この家と地底を繋げる専用の通路を作りたいんだけど…」
「ここと…地底を?」
こいしの口から出てきたのは意外な提案でした。
たしかにここと地底が直接繋がればいちいち門を通って遠回りしなくても済む。
ただ……まだ原作にあったような地霊殿は出来ていないし作る予定も今のところない。そのうち作るのでしょうけど…その時になって通路の先を変えたりするとなると二度手間…
いや、元から通路の先を地霊殿が出来るであろう場所に移しておけば…大丈夫かもしれない。
「繋げたら確かに楽だけど…どうやって繋げるの?」
(紫様とかに手伝ってもらう?)
お空の言う通りだとしても私情でほいほい通路作ってくださいは頼めないですよ。
「いやいや、これは私とお姉ちゃんで作るんだよ!」
「まさか…魔術で?」
「物体転移の魔術があるんだから出来ないことはないでしょ?」
それまさか私に作れと言ってます?たしかに理屈の上ではできないわけではないですけど…
「人を数百キロに渡って転移させるとなると…かなり大型化してしまうわ。あと転移先にも術式をつけて座標を安定させないとどこに飛ぶか分かったもんじゃないわ」
かなり複雑で難しいですね。ただでさえ物体を数メートル転移させるのでさえ大変だと言うのに。
「私も手伝うからさ!」
(さとり様達難しい話してる…)
「ごめんなさいお空…無理して理解しなくてもいいのよ」
知らぬ間にお空に負担をかけてしまっていたみたいだ。
いけないいけない。
「さとりー帰ったよ!」
玄関の方に誰かが入ってくる足音。同時にお燐の声。
見回りから帰ってきたみたいです。
(お燐!おかえり!)
お空が頭から飛び出して真っ先に迎えにいく。
それに続いて私とこいしが玄関に向かう。
「お…全員揃ってるねえ」
「そう言えばそうですね。久しぶりに揃いましたね」
「だいたい誰かどっかいってたからねえ」
お燐の持っている武器を預かりながら、指摘されて久し振りに全員揃っていることに気づく。
そういえばそうでしたね。ふふ、もしかしたら今日はいいことありそうです。
ちなみに家と地底を結ぶ通路はこいしに手伝ってもらい完成はしたものの、1回目は生命しか転移できず向こうで肌寒い思いをした。
2回目は…見た目が某錬金術師の扉になってしまった。まあ、使えなくはないのでそのまま利用することにしましたけど…やっぱり気になってしまうのは私だけでしょうか。
閑話休題
時というのは意識しないと早々流れて行ってしまう。
気づけば卯月の季節は消え去り猛暑が照りつける時期になっていた。
人里の移転は私が手伝わなくとも勝手に進んでいっている。
蝉の鳴き声がうるさいこの時期なのによくやるものです。
この暑さは妖精や妖怪にもかなり影響を与えている。まあ、夜まで残暑が尾を引かないこの時代ではあまり昼間の暑さは関係ないようですけど…
ちなみに地底は年中春並みの温度に抑えている。
旧灼熱地獄から出る大量の熱を結界で無理矢理制御してやっている。これでよく20年も保ったものです。
「なあ、これ本当なのか?」
目の前に座っている女性が困惑気味にそう聞いてくる。
厳つい筋肉質な体。なのにでるとこはしっかりと出て強調された体つき。そして額に生えた一本角。
地底の妖怪を束ねる鬼の四天王、星熊勇儀さんだ。
「ええ、技術的には可能でしょう?」
「そうだけどなあ……こんなことする意味あんのかい?」
「あります」
うーんと唸りながら勇儀さんが天を仰ぎ見る。
部屋が圧迫されてしまい普段より狭く見えてしまう。
久し振りに私の家に遊びに来た彼女に私が差し出したのはちょっとした計画書。全体に関わる事では無いですし本来なら地底の主は私なので勝手に計画を進めても良いのですが、鬼の協力が得られるとかなり楽に勧められますからね。
「今になって灼熱地獄の改修工事って……せっかく地霊殿の建造も始まったってのに」
問題はそれですよね…っていうかどうして地霊殿勝手に作り始めてるんですか。
私なんも許可してないし地霊殿作るって計画すら心読んだ時に偶然発覚したんですからね。
しかもどうして私がそこに住むことになってるんですか。
「地霊殿はそちらの独断でしょう?」
「まあそうなんだけどな。別にいいじゃないか。行政…だったか?なんかそんな感じの事をする場所も作っておきたいわけだし」
その考えも分からないでもないんですよ。でもどうして洋風の屋敷を作っているんですか…私は純日本の妖怪ですよ?
「図面はにとりからもらったやつだ。あいつに聞いてくれよ。あたしゃただ造るだけだ」
にとりさんどうして……まさかこれが世界の修復力とか言うやつなのでしょうか。
「まあ、地霊殿の方が忙しいならそっちを優先してください」
「灼熱地獄はいいのかい?」
「私がなんとかします」
忙しいのに無理して手伝って他のことに支障が出ちゃうのは困りますから。
まあ灼熱地獄の改修は今度考えましょう。
「それにしても…水脈調査まで行うってさとりはなにしたかったんだい」
「安全装置ですよ」
それでもあれが起こるとするならば、気休めくらいにしかならないでしょうけど。
ここら辺の地下には巨大な水脈がある。もともと火山帯であった事から地上の近くにも比較的大きなマグマ溜まりがあり温泉が出来ているといえば出来てはいる。ただし量が少ないのと地下深くなのでなかなか地上には沸いて出ない。
原作知識等もあり気になった私が地盤調査をした結果、灼熱地獄周辺にはいくつかの水脈が流れているのがわかった。
一部は流れを少し変えてあげれば灼熱地獄方面に流すことも可能。ただしあれはマントル直結なので迂闊に行うことはできないし発生した高温高圧の水蒸気をどうするかというのを考えないといけない。
だからさっきの計画書を作ったのだ。
「安全装置…ねえ。わかった、考えてはおくよ」
「ありがとうございます」
「気にすんなって。あたしとさとりの仲だろ」
そう言ってくれる存在がどれほどありがたい存在であることか…
鬼もみんなこういう性格なら良いんですけど……
あ、そうだ。今度酒を作るための設備を用意しようっと。
いちいち地上から酒を輸送するより楽になるでしょうからね。
ふと、勇儀さんを見ると、何やら神妙な顔で何かを考えていた。
何を考えているのでしょうか。
「そういやさ、茨木知らねえか?」
「茨木さんですか?」
一瞬だけ体が跳ね上がる。いきなりどうしたのだろう…茨木さんとはあの時以来会っていない。それは向こうも同じようだ。
「さとりは地上にいただろう?それに天狗とも仲が良いからそれなりに情報入ってきてるんじゃないかなって」
探るような目線。本人にその気は無いようですけど、それは嘘を見抜く時の目線である。つまり今の彼女に嘘はつけない。
もちろん私は彼女の場所など知らない。だが彼女がなにをしているのかはおぼろげながら分かってくる。
どこまで伝えたらいいものやら……
「そうですね…場所までは分かりませんが何をしているかはおぼろげながら」
「そうか…何をしてるかは言わなくていいよ。あいつはあいつなりに考えてなんだろうしさ。しかし弱ったねえ、場所がわからないんじゃ連絡のつけようがないや」
何か大事な用事でもあったのだろうか…まあ、鬼同士の繋がりなど私には興味の無い事ですから無駄な詮索はしませんけどね。
「まあ仕方がないか。それじゃあ、今日はここに泊めてもらうよ」
「いきなりすぎませんか⁈」
「こいしから今日家でパーティするって聞いたんだけど…ついでに泊まっていっちゃダメだったか?」
泊まっていってもいいですけど急すぎますって。布団の予備とか用意しないと…
って…あれ?
「こいしから聞いた?」
「おう、萃香も遅れてるけどもうすぐ来るはずだぞ」
あっけらかんと言う勇儀さん。
それかなり深刻な事態なんですけど…だんだん焦り出してきているのが自分でもわかってしまう。
「お酒買ってこないと…」
この家の住民は私を含めほとんどお酒を飲まない。故にお酒の備蓄はほとんどない。
鬼二人相手にこれは深刻な事態だ。中途半端な量だと模擬戦だー格闘だーと言って暴れだすに決まっている。
ちなみに集まる面子は秋姉妹と紫御一行、そして大妖精と文だ。
全員酒は普段からあまり飲まない方なので絶対鬼のペースに飲まれたらやばいことになる。
「お酒程々にしてくださいね…」
「おうよ!なるべく抑えるようにはするよ」
なるべく抑える…それ全然抑える気ないですよね。普通に酒瓶8本くらいからにしますよね。
仕方ない…お酒はすぐに買ってこないと…
これから料理の仕込みもありますし…
一旦部屋を後にする。廊下を歩いているとお燐が屋根から肩に降りてきた。埃のつき方から屋根裏にいたようだ。
「お燐、話は聞いていたでしょ。手伝って」
「了解したよ」
肩から飛び降り人型に戻る。
流石に私の体じゃ酒を何本も買って帰るのは難しい。
「さて、荷車は必要かな?」
「持って行って損は無いわね」
普段は旧地獄に流れ着く遺体や時々湧いて出るアンデットの亡骸を乗せるお燐専用の荷車がお燐の隣に現れる。
ちなみに作ったのは私。現在は彼女の装備の一部として収納されている。
もちろん本来の用途は荷物運びではなく、死体などに取り付いたままの魂をそれごと隠世に運ぶための概念装置ではあるのだが…
汎用性が高いから色々と便利に使っているようだ。
「ついでだし足しになるものも買いましょう……はあ、こいしも困ったものね」
「このくらい笑って許してあげましょうよ」
「そうね……」
急に発生した買い物はなんとか間に合わせることができた。
あたいの荷車やっぱり必要になったねえ。酒だけですごい量だったよ。
そのままさとりは料理の仕込みだとかいって台所に引きこもっている。
そろそろみんな集まる頃なんだけどなあ。
「あ、こいし。連れてきたのかい?」
あたいが居間で用意をしていると、こいしが窓から覗き込んでいるのが目に入った。
窓の外で何をしているのだろう。
「あ、うん。連れてきたよ!」
「じゃあ早く案内しておくれ」
窓の外でけんけんぱしてる神様二人も早く連れてさ。
後、ふつうに玄関から入ってきてくれませんかねえ。紫様。あたいの後ろで傘を頭に突き立ててるのは知ってますよ。背中に寒気がしてますから。
って妖気が溜まってきてませんかね?
「気づいているかしら?こんにちわ」
「あ、あはは…紫様久しぶりです」
怖い怖い。ほんと何考えてるのかわからないし何をしてくるか予測つかないから恐ろしいよ。
藍、助けておくれや。あたいに賢者の相手をさせてないで…油揚げなら後でさとりが出してくれるから。
「はは!盛んなこったな」
隣の部屋で勇儀がゲラゲラ笑ってる。呑気だねえ……
それに盛んって…この状況を盛んで済ませられるその神経が欲しいよ。
「あら、ご無沙汰しておりますわ。四天王のお二人さん」
二人……確かに紫様はそういった。でも部屋には勇儀しか見えない。
「あちゃ、分かっちまうか」
あたい達のものじゃない…全く別のヒトの声が響く。
そして妖気の篭った霧のようななにかが部屋中に集まり始めた。
拡散していたのだろうか…
だけどこんなことが出来るのはあたいの知る中じゃ一人だけだ。
「よう、酒飲めるって聞いたから来たよ」
酒呑童子…萃香だ。
まさか能力で隠れていたなんてねえ。
「なんだか久しぶりに集まったね」
「この面々は初めてなんじゃないかしら?それにしても狭いわね」
部屋の戸が開いて秋姉妹が入ってくる。はは…一気に賑やかになったものだねえ。
まあ、こんな大人数には対応してないから狭いのは仕方がないよ。隣の部屋との戸を外せばまだマシになるんだけれどねえ…
「あ、もう集まってますね」
「あやや、やはり早く来て正解でしたね」
窓の外からまた誰かの声。
一人集まりだすと一気に集まってきたねえ…タイミングがいいのか偶然なのか…
「どうも!清く正しい射命丸です!」
「おう!天狗じゃねえか!」
「げ…勇儀様!どうしてこちらに⁈」
「きちゃだめだったか?」
やっぱりそうなるよねえ。文はまだ苦手意識が強い方だから…この際直して欲しいねえ。あ、いや…逆に悪化するかも知れない。
ま、いいか。
「お久しぶりですお燐さん」
「ああ、大妖精かい。久しぶりだねえ」
あの時に貰ったコートと和服を着込んだ大ちゃんも文に続いて入ってきた。だんだんと身に馴染んできているねえ…なんだか馴染みすぎて腰の短刀が怖いんだけど。
「神様に賢者に妖精に…考えてみればすごい集まりですよね」
確かにねえ…大ちゃんの言う通りかもしれないけど、あたいにそれを測れる常識は無いから何とも言えないなあ。
あ、そうだ扉外さなきゃ。
「そうですね…全員さとりさんつながりですよね」
「あの子の交友関係、測りきれないわ」
そういうもんなのかねえ…あたいはずっとさとりのそばに居たからそこらへんの常識がどうも抜け落ちてるんだよねえ。まあ普通にしてたら絶対に混じらないような関係ではあるってのは分かるんだけど。
「ちょっと!その豆腐私のよ!」
「姉さんばっかりずるいですよ」
「あの…まだありますから」
おやおや、いつのまに豆腐を差し出したんですか。そこの秋姉妹が騒がなければ分かりませんでしたよ。さとりも罪だねえ。
結局追加の豆腐を持ってくるとか言ってさとりは戻って行った。知らぬ間に来て分かるように戻られてもなんだか奇妙なものです。
「そういえばこれなんの集まりなんですかね?」
あれ?文さん聞いてなかったのかい?
「えっと…そういえば私も聞いてないです」
大ちゃんもかい。仕方ないねえ…じゃああたいが教えてあげるよ。
「一応はねえ……あ、ちょっとまって」
不意に戸口が開く音がした。誰だ?集まるのはこの面子だけって聞いてたんだけど…
足音は一つ…いや、左右で足にかかる重量が違うねえ…なんか抱えているのかい。
大きさは樽くらい…重量は…子供1人分か…
「なんか美味しいもの食べられるって聞いてきたんだけど…」
「ど…どうも!」
部屋の扉を開けて入ってきたのは何処かの土蜘蛛…と彼女に抱えられた桶に入ったキスメだった。
どうしてここにきたのか聞こうと思ったが、ヤマメの言葉を思い出してみれば何やら嫌な予感がする。
「……どこから情報が漏れたんだろうねえ」
「こいしがあるよって言ってくれたから来たんだけど…」
「「こいしいい!」」
あたいとさとりの声が重なる。たまったもんじゃないよ。
「いいじゃん!多い方が楽しいでしょ」
でもこいし…これは流石に人数が多すぎる気がするんだけどねえ。どうするんだい…
「ほお、ヤマメまで来るのかい流石だねえ!」
勇儀…煽らないでおくれよ。
「え?土蜘蛛?」
神様達…食べるのに夢中で気づかないのはやめてあげておくれ…
「料理と…お通し持ってきたよ!うにゅ?数が多い…」
「ああ、お空…すまないねえ。なんか人数が増えてしまって…取り敢えずあたいが後はやるからそこで待ってておくれ」
部屋に入ってきたお空と交代し一旦部屋から抜ける。
お空自身が人型を取れるようになったのはつい最近。まだこいし達より少し背が高いくらいしか無いけどよく頑張ってくれている。
まあ…少し物分かりが悪いし忘れっぽいけど。
「あら、交代したのね。それじゃあこっち持っていってくれるかしら」
「はいはい、後さとりも顔出してくださいね」
分かっているわと言う主人の返事を聞きながら料理を運ぶ。
急な人数変更でもすぐに対応できる辺りさすがさとりと言うべきか…でもよくそこまで予測して料理作れますね。
そう思っているとさとりも後ろからついて来ていた。
気配が紛れちゃって分かりづらいなあ…
「おまたせ!こいしも下ろすの手伝ってくれないかい?」
「はいはーい!おお、すごい料理!」
そりゃそうさ。それにこいしだって作ってただろう?プリンとか言うやつ。知らないと思ったのかい。
まあ言わないけど…でもこいしなら多分心を読んでるからわかってると思うんだけどなあ。
少しだけあたい自身の頬がつり上がってるのが感じ取れる。
「あれ…あそこって誰かいます?」
「どうしたんだいお燐。霊でもみえたのかい」
萃香は笑っているけどちょうどその後ろに霊力のような力が溜まっている箇所ができてる。さっきまで無かったのになあ。
「……出てきなさい。バレてるわよ」
意外にも反応したのは紫様だった。もしかして知り合いでもいたのだろうか。
「ふふふ、お邪魔してるわ」
後ろに霊力が溜まっていると思ったらそこから半分透けた手が伸びてきた。だんだんとそれは実態を持つようになり、やがては一人の女性になった。
全員驚くかと思ったが大ちゃん以外あまり驚いてはいないようだ。そんなに霊って珍しくないのだろうか…まああたい達は妖だから霊に近い存在っちゃ存在だけどね。
「幽々子さん⁉︎」
さとりが驚く。確か幽々子って冥界の入り口の屋敷に住んでるヒトだったっけ?あたいはちゃんとした面識がないからよく分からないや。
「初めまして古明地さとり。私は西行寺幽々子よ」
「あ…どうもはじめまして」
あれ、初めまして?どういうことだろう。
さとりの方は知ってるそぶりだったけど…あれ?どうして紫様は端っこで渋い顔しているんだ?
何か因縁でもあんのかなあ……
「あら幽々子。珍しいわね」
それでもまた普段の表情に戻って親しげにしているあたり、べつに仲が悪いとかそういうわけじゃなさそう。
じゃあさっきのは何だったんだろう。
「気になったものですから」
それにしてもなんだろうこの…誘われるような感覚は。
いや、誘われてるんじゃない。魂が引っ張られているんだ…でも何で?
考えても答えは全くでない。
彼女が冥界のヒトだったから?
そういうわけではないだろう。全く謎だ…
さとりの交友関係は色々と複雑だってことをようやく理解できた気がするよ。