「そうだ、都に行こう」
「急にどうしました?」
処理済みの書類が乗った机を前に考え事していた私が急に立ち上がったせいか頭に乗っていたお空が慌てて飛び降り人型になる。
驚くと人型になってしまうその癖直したほうがいいと思いますけど…仕方がないか。
「ちょっと調べたいことができました」
正確に言えばそれは今の都ではなく法隆寺があった昔の都。だがあの時の資料は遷都と同時に今の都に移されたはず。
それに、あの時のことというよりかはそれがどのように伝承されているのかが気になるのでなるべく後から出来た記録の方が好ましい。
後…いつもながら唐突な思いつきではあるけれど少しは観光しに行ってもいいはずだ。
すぐに決めないといけないこともないですし少しの留守は大丈夫。何かあってもこいしや勇儀さん達がいるから問題はないでしょう。
それに今回はそう長く滞在するつもりはない。
「私も行きます!」
「お空?ダメよ。都は危険なのよ」
「でもぉ……」
う…やめてください!そんな泣きそうな顔でじっと見つめるのはやめて!断れないようにしないで…あ、待って!泣かないで、わかった。わかったから!一緒に来ていいから!
勇儀に少し留守にする旨の手紙を制作し、地上にある私の家に繋がる空間跳躍装置のところまで行く。
見た目が完全に真理の扉なんですけど…
まあ彼方側の世界に飲み込まれるわけでもなくどこでもド◯のようなものと考えれば良いのですが。
「やっぱり見た目が凄いかなあ…」
お空がそう呟く。
彼女がいるときにこの装置を使った回数…そういえばほとんど無かったですね。
「そうね……かなり独特かしら」
あまり良い感じはしないが長い合間見ていてもそこまで苦にはならない。まあそれは私の感性がであって、お空はなんだか気に入らない様子。
まあ影の手が無数に出てきて捕らえてくる光景を思い出してしまう私よりかは断然ましだろう。
古い記憶ですけど結構トラウマですからね?あのシーン…
それでもそこを通らないとかなり回り道をする事になってしまう。少し我慢してほしい。
「ほら行くわよ」
「あ、待ってください」
建物の解体と資材の移動が半分ほど終わった里はなんだか寂しさを残す空き地が広がっている。人も向こうに移動している人が多くなってきたのか数もまばらで、なんだか終末を迎えそうな雰囲気です。
もうすぐ里の移転が終わる。そうすれば直接関わることのなくなった私の存在は人間からだんだん忘れていくだろう。それもまた定のようなもので別に文句はない。それにどうせ妖など幻の存在として世界からだんだん消されていくものなのだ。
今更どうこういう必要などない。
自室の窓から見えた光景にそう思いつつ、部屋を出る。お空がちゃんとついてきていることを確認して居間に行くと、ちょうどこいしがお燐の毛繕いをしていた。
「お帰りお姉ちゃん」
「ただいま、後ちょっと都に出かけるからこいしとお燐は留守をよろしくね。多分遅くても明後日までには戻れると思うけど」
今は日が暮れていて辺りは暗い。本来なら出発は夜明けと相場が決まっているが妖怪にそんなもの関係ない。
「いきなりだね?何かあった?」
流石にこいしも驚く。まあ都なんてそう簡単にポンポンいけるものでも無いですからね。
それに都は一線級の妖怪退治屋や陰陽師、神主がいますからね…妖にとっては居づらいところです。
「少しだけ調べ物してくるだけです」
「さとり様は私が守るから大丈夫だよ!」
お空…多分あなたは守るというより守られる側のような…一応体術くらいは勇儀さんや萃香さんに頼んで教え込ませてはいるものの彼女はまだ弱い。冗談抜きに言うと着いてきてほしくはない。
でも……
「さとり様どうしました?」
「なんでもないわ」
あんな純粋な笑顔見せられたら断るに断れないです。
「うーん…別にいいよ」
「あたいも、いちいちさとりのやる事に口出しはしないよお」
人型に戻ったお燐とこいしの笑顔が妙にこわい。これは何かあったらまずいような…そんな感じの嫌な予感が胸の中にざわめく。
「「そのかわり無事に帰ってこなかったら模擬戦に付き合ってね(くださいね)」」
「わ、わかってますよ…」
模擬戦と言う名の八つ当たりは流石に嫌ですからね。
部屋の温度が氷点下まで下がったかのような感じがする。冗談抜きで今回暴れるのはやめておこう。もともと暴れる気は無いのですけど…
「うにゅ?」
でもこの子が心配だ。
……何かあったらその時はその時考えればいいか。
あ、そうです。荷物用意しないと。
そこから数時間は嵐のような状態だったと記録しておく。長期移動をするにしても人間の住処に潜入するにしても相当な準備が必要だから仕方がないですけど…
某鉄道会社の言うように思い立ったら直ぐ都に行けるとかそんな便利な時代はまだ先の話。まあ飛べるから比較的早いと言えば早い。
ただし空を飛べば嫌でも周りの妖怪には存在をさらけ出していることになる。
まあ、それでどうこう言い出す妖怪というのもあまりいない。いるとすれば縄張りに入ったなんだでいちゃもん付けてくるやつくらいだろう。
そんな奴らも、この行動で飛行する私達に話しかけくる気があるのかは分かりませんけど。
「さとり様…少し高いとこ飛んでませんか?」
「ええ、飛んでるけど。寒かったかしら?」
「はい…寒いです」
お空が寒がるのも仕方がない。ここは高度3000メートル、普段から外套を着ているわたしはともかく、半袖和服のような服装をしているお空にはきついだろう。
それに育ってきた環境も元々摂氏10000を超える環境だ。寒さなんて慣れてないだろう。
「だから上着を持って行きなさいって言ったのに…」
「うう……」
警告はしたのですがやはり忘れていたようだ。
大して重要でもない事だからと思われるとすぐに忘れてしまうのは困りものです。
それでも、こうなると思ってもう一着外套は持っていているから大丈夫です。
背中に背負った汎用バッグから折りたたまれた外套を引っ張り出す。
薄桜色のそれをお空に渡す。背中のところは羽が通れるように穴を開けてある。お空専用のものです。
「これ着なさい。それでも寒ければその時は言ってね」
「ありがとうございますさとり様!」
早速渡した外套に袖を通す。うん、薄桜色だけど似合うわ。
「暖かい……それになんだかいい香り」
保温用に二重構造化させてますからね。お空用耐寒性能特化型です。
いい香りまでは知りませんけど…
「あ…そうね…お空。ちょっといらっしゃい」
お空を見ていたら一つ思い出したことがあった。
確か外套の内側に引っ掛けてあったはず……あ、あったあった。
「さとり様?」
すぐ隣に来ていたお空に見つけたものを渡す。
それは朱色の小さな巾着袋で、中に何か入っているのか結構膨らんでいる。
紐のところには秋姉妹の名が書かれた紙が小さく巻きつけられている。
「これ、この前秋姉妹にもらったお守りよ。一応正体欺瞞作用があるから持っていなさい」
ちゃんと首からぶら下げてないと効果がないって言っていたのをすっかり忘れていました。
私は使いませんのでお空の首にかけてあげる。
妖怪退治の強者からしてみれば気休め程度にしかならないが、ふつうにしていれば一般相手なら誤魔化せる。はず……
「あ…ありがとうございます!さとり様大好き!」
「お礼なら秋姉妹に言ってください」
抱きついてきたお空を優しく引き離す。
ここまで純粋に好意を向けられた事は今までほとんど無かったためどうしていいか分かりづらい。
「後、念のために翼を隠しておくわね」
「もう発動するの?」
「用心しておいた方がいいわよ」
後一時間程で都に到着するはずですからね。
お空の羽は上から服を着せただけでは隠すのが面倒なのであらかじめこいしに掛けてもらった光学迷彩魔術を再起動させる。起動トリガーはわたしが触れること。
お空の後ろに回り込み両手で羽を触る。
一瞬施された魔術回路が光を放ち。翼が見えなくなる。
それでもそこに羽があるのは触れていればわかる。
「あと、念のために外套は外しちゃダメよ」
「はーい」
ちょっと心配ですけど、これくらいしておけば大丈夫…でしょうね。
それに向こうだって下手に騒ぎを起こしたく無いからそうそう絡んでくることはないでしょうし…
うん大丈夫。そう言い聞かせて私は周りを警戒することに意識を集中させた。
この時代、政権の中心は未だに鎌倉の方にある。だけど天皇がいるのは相変わらずのここであり、これから鎌倉幕府を倒そうという勢力がいるのもここ。
それなりに良い賑わいを見せている。
このにぎわいも…何十年も経てば戦火に飲まれるのでしょうけど……
今はそんなことを考える時ではないしそんなもの私にとってはどうだっていい。
なんとか搬入される荷物に紛れ込んで都の中に入ることは成功した。太陽が真上に上がってしまっているけどなんとかバレずに済みました。
まあ無事中に入れても風変わりな服装なので少しだけ目立ってしまっているけど、人の興味など引くことはあまりなく、記憶に残っていてもそのうち無意識に揉まれて忘れていってしまう程度であろう。
大通りから少し外れたところにある団子屋に入り一旦休憩。
私が必要としている情報が見つかりそうなところをどうやって回るか考える。
「さとり様なに考えているの?」
「どこから調べて行こうかと思ってね…」
「一番情報持ってるところからの方がいいんじゃないのかな?」
お空の言うことは最もです。だけど私はこっちの都は初めてだしどの場所にどれほどの資料が保管されているかなど分からない。分かっていることと言えばせいぜい寺か神社にあるということくらい…
「何処が一番歴史を記録しているか…難しいわ」
「じゃあ勘でいこう!」
「それもそうね…」
なんだか深く考えてた私が阿呆らしくなってきた。お空の言う通りに勘に従ってみるのもいいかもしれない。
だって考えたってわかりっこ無いのだから。
「それじゃあお空、なるべく目立たないように待っているのよ」
流石にお空まで連れて行くわけにはいかない。これからすることは完全に不法侵入。バレたら即攻撃される危険極まりないものだ。
お空一人にしてしまうのも少し不安ではあるけど、大丈夫だと思いたい。
「はーい!でもどこか出かけても良いですよね」
ダメと言ってこの場に待機させようとして少しだけ思い直す。別に下手なことしなければ向こうだって事を荒だてたりはしないでしょうから…別に観光くらいなら許して上げてもいいかな。
「ほどほどにね…」
「わーい!」
お金を払いその場を後にする。お空は行きたいところでもあったのか真っ直ぐに人混みの中に入って行った。大丈夫かなあ…
この時代で歴史系の資料を持っているととなると、貴族クラスか寺、神社…あとは朝廷とか武士の家に絞られる。
本屋?そんなものない。
というわけで、すぐ近くにあったお寺に潜入する。
そこそこ大きなお寺だったし多分残っていると思うけど…
僧侶達の目を盗みこっそりと床下に潜り込む。
紙媒体の資料となれば、蔵か専用の書斎のようなものを持っているはずだ。床上からする足音を頼りに少しづつ場所を特定する。
そういえばこの時代って巻物式で保管してたんですっけ……
ようやくお目当てのところを見つけ床を上に持ち上げる。
少し堅い…力を入れて思いっきり外す。
メキメキと嫌な音がしましたけど誰もいませんし気づいていないですよね…
部屋は両脇に棚を備えていてなんだか窮屈な雰囲気を植え付けてくる。その棚全てに巻物が収まっている。
ここに通じる扉を内側から閉じるため外した床を使い引き戸を固定する。
さて、こんなに書物を持っているなら多分あると思うんですけどね。探してみますか…
「……やっぱりあった」
意外と由緒あるお寺だったらしく奈良の時の記録書物しっかり持ってますね。
まあ編集されたのは平安の都になってからですけど…それくらいの方がどのように後世に伝えられているのかが分かりやすいから良い。
該当するのは…600年代について書かれたもの。…少し劣化が激しいですね。
さて、あの時のことが私の神力と関わっているのであれば…おそらくここら辺のはず…
あ、でもお寺の所蔵だから神についてなんて書いてあるかな…
わたしの読みは当たったようだ。まあ、あの時火の鳥なんかに化けたらそりゃ鳳凰と間違えられますよね。
でもその信仰心の一部がどうして本来の鳳凰ではなくわたしに向かっているのはわかりませんが……
「まあいいです。事実確認ができましたから…」
それでも力の元は取れた。
他にも知りたいことが色々とあったけど長居しすぎました。早めに出ないと誰か来そうです。
扉を固定しておいた板を外し元の場所にはめ込む。
床下に降りて再び床を元どおりにして……少し遊びはできちゃってますけどそれくらい大丈夫ですよね。
元の経路をたどって外に出る。
誰にも見られていないことを確認してその場を後にする。日はすっかり傾いてしまっていて、あたりは赤く染まっている。時間をかけすぎましたね。
お寺を後にすると既に人々は家に帰り始めているのか道に人影は少ない。
少しだけ寂しくなりましたね…
お空と合流するために最初に立ち寄った団子屋に向かう。お空にはそこで待ち合わせと言ってある。私が先についてしまったとしても待って入れば良い。
そう思っていた時が私にもありました。
爆発音。それと同時に何か金属の塊のようなものが落ちる音が立て続けに響く。
そう遠くはない。
周囲の人達も何かあったのかとざわめき出す。
何かあったのだろうか…いやまさか…
頭ではそんなはず無いと思いながらも、嫌な予感は治らない。
気づけば私は集まってきていた人混みをかき分けて騒ぎの中心に向かって走っていた。
近寄っていくと煙のようなものが立ち上っている場所が見えてくる。
これまたお寺。さっきまで私がいたところより小さいけど…それでもかなり大きい。
人混みの中をすり抜けるように前に行く。
「あ……」
そこには、周囲を僧侶に囲まれて身動きが取れないお空がいた。
傷は負っていないようだけど腕に札のようなものが巻きついている。
やっぱり一人にしておくべきじゃ無かった!
「お空!」
思わず彼女の名を叫ぶ。
俯いていたお空が私の方を見る。それに合わせて周囲にいた人間。そして囲んでいた僧侶が一斉にこっちを睨む。
これで私も妖の仲間と分かってしまったわけだ。
「ごめんなさいさとり様!お寺の鐘思いっきり叩いたら色々とばれちゃった!」
視線を僧侶から離さぬようお寺の奥を見る。鐘が吊るされていたであろうところは、瓦礫になっていた。
なんて事してるんだか…
寺の奥から来た僧侶と、騒ぎを聞きつけてきたであろう妖怪退治の集団が私の周りに集まる。
やばい、悠長に話し過ぎました。
私一人だけならなんとかなりますけど…お空を連れてとなると……
少なくともお空のところに行かないと!
周囲を固められる前にお空を囲んでいる集団に突っ込む。
いきなり突っ込んでこられて対処できるほど場数を踏んでいない奴らばかりだったらしく、すぐにお空のそばに行くことができた。
でもそれは私も彼らに囲まれたことを表す。
「お空…目を瞑って」
「さとり様?」
まだ周りは明るい。でもこれなら通用する。
片手をバッグに回し中からお目当てのもの見つける。
ECM用だけってにとりさんは言ってたけど持ってきておいてよかったです。
まあ貰ってから100年近くたっているからうまく作動するか分かりませんけどここはにとりさんの300年保証に賭けるとしましょう。
悟られないようにピンを抜く。
3…2………1‼︎
ギリギリまで堪えてそれを放り投げる。
瞬間、夕日を浴びて赤くなっていた周囲が青白い光に染まる。
屋根を飛び越え、時々地面すれすれを飛び追っ手を翻弄する。
握ったお空の手が汗で湿ってきている。
EMP発生装置の割には閃光が強かったのでもしやと思っていたのですが効果があってよかったです。
この時代に閃光手榴弾のようなものは無いですから当然向こうだってとっさの対処はできない。
西日でどうなるかわからなかったので賭けでしたがなんとか目くらましは出来ました。
あれ…。本来の使用方法ってこっちだったんじゃ…
「さとり様!どうして飛ばないの⁉︎」
「今飛んだら格好の的よ!」
攻撃用の式神がわんさか追いかけているのだ。ただでさえ上も下も気を抜けば弾幕の嵐だ。なるべく攻撃される方向は少なくしたい。
それに下からの攻撃は死角を突かれやすくて危険だ。
それにしても攻撃の密度が濃い。さすが都と言うべきか…
このままでは脱出する前にやられるのがオチだろう。
どうするべきか……最善の判断を高速で繰り返す。
ともかく逃げるしかない。
大通りをジャンプしながら突っ切り待ち伏せ攻撃を回避。
再び路地裏に逃げ込む。
「屋根に上がりましょう!」
「そうね……」
壁を蹴りながら家の屋根に乗っかる。足場が不安定なことこの上ないが妖怪の身体能力のおかげであまり影響はない。
だが後ろから追ってくる大量の式神や術式はどうにもできない。
「想起『失われた空』」
あまり使いたくはないがスペルカードを切る。
私を中心に青と紅の弾幕が四方に飛び散る。少し時間が経てばそれら弾幕が誘導弾幕に切り替わり襲いかかる。
一部は自機狙いレーザーになって追撃を拒む。
このスペルは想起と入っているが実際に相手を想起してはいない。
スペルを作る際に私の記憶を想起しそれを参照に作り上げた弾幕。
なにを想起したのかと言えば…いろいろだったりもする。ただ、あまり褒められたものを想起した覚えはない。
連続して弾幕が命中する音が聞こえる。相当な数を落としたようだ。
それにしても数が多い。それにしつこい。よほど都に妖怪が入られたことが許せないのか…はたまたプライドが高い連中が多いのか…
それももうすぐ終わる。流石に都の外まで追撃してくるとは考えていない。そもそももうすぐ妖の時間なのだ。深追いは迎撃のリスクを高めるだけ。
屋根伝いに突っ走る私の足元に弾幕が着弾しただでさえ不安定な足場をさらに壊す。
このままだと足場を先に崩されてしまう。
仕方ないけど飛ぶしかなさそうだ。
「お空、飛ぶわよ」
「え⁈あ…うん!」
お空の翼を隠す魔術は効果が切れたのか術式を破壊されたのか、いつのまにか見えるようになっている。
まあだからといってどうという事はないが、地上から見れば的が大きくなったようなものだ。
見えているのと見えていないのとでは勝手が違う。
握っていたお空の手はいつのまにか離れていて、いつしか私はお空の後ろにいた。
後方から迫る弾幕の量がさっきより多くなっている…それだけ本気ってことか…
「さとり様!なにしてるんですか!」
「追っ手を少し撒くの。先に行きなさい」
「で…でも」
「平気よ。後ろに向かって弾幕を撃つだけだから」
そう、別に私はこんなところでやられるつもりはない。
ただ、お空を確実に逃がすためには多少危険でもこうするしかない。
お空と私との差が開いていく。それでも、見失うというレベルのものでは無い。私はすぐに追いつける程度の距離は保っているつもりだ。
「怪符『夜叉の舞』」
もう一度スペルを切る。
こっちは設置弾幕による足止めを目的としたものでさっきみたいな迎撃型ではない。
こういう撤退戦の時に一番効果を発揮するようにこいしと一緒に考えた自信作だ。本来の弾幕ごっこ用に転用することも視野に入れて作ったから少し派手で無駄が多いですけど。
完全に追ってきている人達の動きが止まった。
まあ、目の前にくさび状の弾幕が壁を作り出したらそうなるだろう。
そろそろ引き際…お空も都の外に出たようですからね。
体の向きを戻し加速。スペルの影響を受けなかった一部の式神が襲いかかってくるがそんなものは無視。一気に街から抜け出す。
「さとり様!」
心配してずっと後ろを見ていたお空に飛び込む形で減速。
身長はほとんど同じなのに少し柔らかい……
「大丈夫だって言ったでしょ」
「そうですけど…」
「抜け出たとはいえここは危険よ。すぐに離れましょう」
いくら迎撃が少なくなるとはいえここはまだ都のすぐそば。こんなところにいたらわんさか湧いて出る人達と戦わないといけなくなる。
当然涙目のお空も私に従ってその場を逃げ出す。
とりあえず目的は果たしたしもう都による事もないだろう。あったとしても私は多分行かない。
「それにしてもさとり様はなにを調べに行ってたんですか。」
「体のことよ」
「ふうん……」
そんなことを話しながらも警戒は怠らない。だけど追いかけてくる人間や式神はいなかった。
時間が時間なのだろうか……あれ…そういえばこっちって家のある方向とは方向が違うような…まあいいか。
それ以降特に襲われたりということはなく、日が暮れてからは飛行速度を落として星の明かりを元に大雑把に飛んでいた。このまま無事に家までつければいいと思うのだけれど、ふと視線を感じることに気がつく。
まさか誰かがつけて来ているのだろうか。
既に日は沈む直前になっていて、既に周りは暗い。
お空は鳥目だから夜間はほとんど見えない。かくいう私も基本的に夜は得意としない。
サードアイを出して偵察したいけどどこで誰がみているかわからないのだから迂闊に出すことはできない。
「さとり様…だれか見ていませんか?」
「やっぱりお空も感じるのね」
お空は私と違ってお燐と同じタイプ…つまり本能的な警報はかなり敏感だ。彼女が見られていると言うのなら実際誰かが見ているのだろう。
だけど肝心の相手が見つからない。
そうしているうちにお空がなにかを見つけたらしい。
しきりに地上の一点を指差している。まさか地上にいたのでしょうか…
指差す方向を見てみると、闇夜が迫る地上に赤いなにかが動いていた。この暗がりの中でもはっきりと認識できる赤色の円形のようなもの。なんだかそれがこっちをみているようで……視線の主はアレらしい。
「あそこ……」
「人…?じゃないですね」
少しづつ近づいて見てみればそれは赤色の傘だということがわかる。
こんな時間に傘をさして歩く者に人間はいない。そもそもあれは洋式の傘であってこの時代の人間史にはまだない。
傘の主を確認して見たかったものの赤い傘でほとんど隠れてしまっていて見えない。この近くに住んでいる妖怪でしょうか…西洋風のものを持っているとなると紫と同じで大陸側と交流があるか、もしくは本人が大陸出身の場合。どちらにせよ只者では無いことは確かです。
「あまりかかわらないほうが良いかもしれないけど…」
そういう方と関わるのは極力やめた方が良い。命が惜しければの話ですが…
「そこの方々?なにを話しているのかしら?」
だが向こうはしっかりとこっちを認識していたらしい。まあ視線をよこしているのだからそりゃそうだろう。
同時に体にかかる威圧。耐えきれずにお空がバランスを崩す。
……大妖怪級の気配を隠そうとのしないとはまさか癪に触るようなことでもしてしまっただろうか。それもと何か別の理由でも?
どちらにしろ向うが上の存在なのに変わりはない。
ここは大人しく従うのが良い。
ゆっくりと地上に降り、敵意が無いことを示す。ついでに妖力もほとんどを止めて相手の様子を伺う。
「お空、私の後ろにいなさい」
「で…でも」
「いいから」
私を庇おうと前に出たお空を後ろに下がらせて再び相手を観察する。
癖のある緑の髪に赤く燃えるような真紅の瞳。服装は日本離れしている…というより現実離れしすぎている…白のカッターシャツとチェックが入った赤のレースがかったロングスカート…その上から同じくチェック柄のベストを羽織っている。私の知る2000年ならまだありえますけどこの時代には多分見かけることはない。
かざしている傘は瞳と同じ赤色…ややこっちの方が明るい。
「ふうん…」
笑っているつもりなのでしょうけど細くなった目が冷徹な眼差しをこちらに向ける。
圧倒的な強者の視線。それにさらされて思わず逃げ出したくなる。
放たれる威圧が肺を締め付けているのか呼吸が辛い。
こちらから切りだそうにも切り出せずただ時間が過ぎていく。
「ああ、ごめんなさいね。名乗っていなかったわ。私は幽香。貴方達…どこかで会ったことあるかしら?」
「えっと初めまして…私は古明地さとり…私自身は初めて会ったと記憶してますが…」
どこかでニアミスしてただろうか。
それにしても幽香さん…か。
確か彼女も知識の中にいたような気がしますけどうまく思い出せません。
まあ相手の情報が分かったとしても力の差は歴然。私相手じゃ話にならない。
でも悪い人でもなさそうですね…大妖怪級の雰囲気を出してはいるけど問答無用で攻撃してくるわけではない…それを示すためにも向こうから名前を名乗ったのだろう。
「ふうん……知り合いの知り合いだったかしら…種族がわかれば分かりそうなのだけれど」
「……」
「ああ、無理に言わなくてもいいわ」
幽香さんはそう言いますけど…
仕方がないです……サードアイを出してしっかり正体白状しましょう。あとで冥界送りにされない為にも…
「いえ、この際ですから言っておきます…」
「さとり様!」
お空が慌てて止めようとする。まあ普段の私の態度からしてみれば異常なものに見えたのでしょう。でも大丈夫…危なくなればすぐに逃げ出しますから…
「……へえ、覚妖怪ね」
「ええ…普段は心は読まないように注意してますけど…」
「心を読もうが読まないがわたしは気にしないわ(え…本当に覚妖怪?いやいや、待って!まさか私が臆病だってことバレてないわよね?)」
……おかしいですね。サードアイからの情報が錯乱している気がするのですが…
「そうですか…それで何か思い出しました?」
「そうね……あ、もしかして紫の知り合いかしら?最近なんか色々あったようなことを聞いた気がするのだけど(まさかあのさとりかしら?だとしたらかなりの大物じゃ…やばいやばい!ここで変なことしたらやばいことに…でも空って子…可愛いわね)」
そろそろサードアイをしまいましょうか…このままだといけないところまで見てしまいそうですし…
それにしても…やっぱり外見だけじゃ判断できないことってやっぱり多いですね。
「ええ、紫の友人です」
「そう、珍しくここら辺に妖怪が来たから気になったのだけど……都に用事でもあったのかしら…ああ、別に答えなくていいわ」
「特にってことはないです。ただ私の私用です。ところで幽香さんはここの近くに住んでいるのですか」
「まあ、今はそうね」
今は…ということは転々としているのだろうか…詳しくはわからないのでなんとも言えませんが…花妖怪ってわかりませんね。
そう思っていると私の肩にお空の手が乗っかる。振り返るとお空が幽香さんをにらみながら逃げるよと肩を引っ張っていた。
「お空、そんな警戒しなくても大丈夫よ」
「でも……怖いです」
ふつうに考えればそうだろう…だが彼女の内心を見てしまったからにはなかなか怖いとは思えなかった。むしろ優しいような気もする。
「大丈夫よ。悪い人ではないわ」
…不器用な方でした。
私も似たようなものですけど…
「面白そうね……ねえそこの鴉さんも混ぜてお茶でもしないかしら?」
もちろんこれを断れるほど私の気は大きくないし強くもない。
警戒するお空をなんとかなだめ幽香さんについていく。
「立派ですね…」
案内されたのはもうすぐ咲く時期になるであろう向日葵の畑だった。一面に広がっているのが闇夜の中でもわかる。
全て私達の背丈を超えていて畑というか森に近い。圧巻だった。
「なら持ち帰ったりしようと思わないのかしら?」
どこから引っ張り出して来たのかわからない洋風のテーブルの上にカップを用意している幽香さんが尋ねる。言葉に敵意はないものの、やはり威圧感が強い。
「そんなことしても上手く育てる自信はないですし、何より花が可哀想ですよ」
ここでみんなで咲いているからこそ美しいのであってそれをわざわざ取っていこうなんて思わない。
「貴女とは話が通じそうね……用意できたわよ」
どうやら準備が整ったらしい。テーブルの上には湯気を立てているティーカップと、小さなお菓子が新たに載っていた。
もちろんテーブルの周りにはさっきまでなかったイスまで用意されている。
あなたは手品師ですか……
イスに腰掛けながらそんなことを考える。
「……お空、イスの上で正座するわけじゃないのよ」
「……え?」
文化の違いって恐ろしい…
「気にしないわ。むしろさとりの方が珍しいわよ。はい、見慣れないと思うけど…」
そう言って目の前に差し出されたカップにはやや赤みがかった液体が入っていた。
香ばしい香り…記憶をたどってそれの正体を探ってみる。
「紅茶ですか…珍しいですね」
答えはすぐに出てくれた。
「あら、この国では紅茶と言うのね」
まあ、私くらいしか知らないのですけどね。
差し出された飲み物にも警戒していたお空だったけどしばらくすれば警戒心はどこへ行ったのやら。
もはや幽香さんとだいぶ打ち解けていた。
私はもちろんのんびりと紅茶を堪能していたし、それを見た幽香さんが私のことについてあれこれ聞いて来ましたけど、まあ覚妖怪だということでごまかしておいた。実際には違いますし向こうも眼を隠している私が能力を使えてないことはわかっているようでしたけど。
「もう夜も遅いし家に泊まっていったら?それとも貴方達は夜型なのかしら」
まさか幽香さんから泊まっていけと言われるとは…是非ともお願いしたかったところです。今日は少々疲れましたからね。
ただお空がどう言うかね。だいぶ警戒心を解いているけれど泊まるとなると話は変わってくる。
お空の顔を見る。
案の定悩んでいるようだ。私は別にどっちでも構わないのですけどね。
「……泊まってみてもいいかな」
お空も反対はしないようですね。なら、ここはお言葉に甘えましょう。
「では一晩よろしくお願いします」
「ええ、来客なんていつぶりかしら(やった!友達がまた増えたわ!)」
風が吹いて偶然外套から出てしまったサードアイがそんな本心を聞き取る。
だけどそれは私の心のうちに秘めておくことにしよう。
少なくとも内心と不器用すぎるが故の態度の差は本人が一番気にしているのでしょうからね。
わざわざそれを抉りに行くほど私は鬼畜でも外道でもない。
ただ、知ってしまったからには何か手助けでもしてやれないか…そんなことを思ってしまう私がいた。
そんなことばかりやっているからお人好しだなんだ言われてしまうのだけれど、それが私が私である所以なのだから今更気にすることもない。
目の前の幽香さんの背中に周囲の反応と自分の態度に悩む少女の面影が一瞬見えた気がした。