古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.55さとりがキレた上

「……静かですね」

 

橋を越えてから感じていた違和感は旧都に入ったことで異変だという確信に変わった。

 

「そうですね…ほとんど家の中にいる気配はあるのですけど」

 

普段賑わっているはずの街中は今はヒト一人っ子いないゴーストタウン化していた。

一応人がいない訳ではなさそうなのですが…姿が見えない。

藍さん曰く家の中には居るらしいので一応大丈夫っぽい。

 

さてさて、この異常事態…どう考えるべきか…

やはりただ事ではないのですが肝心の敵が見えない。こういう場合は入ってきた私達に対して何かしらの反応を見せるはずなのですが…どうしたのでしょうね。

 

向こうがその気ならこちらから仕掛けるのもありなのですが情報が不足している中でむやみに動いても向こうに付け入る隙を与えるだけ…やはりお空やお燐を待った方がよかったでしょうか…人数的にも。

 

「っ⁉︎」

 

先頭を歩いている私の体が誰かに引っ張られ、抵抗する間も無く路地に引き摺りこまれる。

まあ後ろにいる面々が追ってきてくれているのでおそらく大丈夫ですけど…

 

私の肩を引っ張る手を逆に引き返す。

ズルりとした感触と一緒に、棘のようなものが後頭部に接触した。

 

「痛った!」

 

「あ…萃香さん」

後頭部に当たったのは萃香さんの角だった。

痛いのはこっちなのですが…まあ刺さらなかっただけ良かったと思うべきか…

 

「萃香様?何してるのですか」

 

藍さんと藍璃が一瞬だけ攻撃態勢をとったけど…ほぼ同時に放たれた殺気ですぐに形勢を崩されてしまう。

 

「不用意に襲うな…今こっちはそれどころじゃないんだから」

 

藍さんも藍璃も無意識のうちに怯えてしまう。でも……

怒っているようだけど別に怒っているわけではない。萃香さんが本気で怒ったときは周辺の温度が下がる。比喩じゃなくて本当に……

 

「そこまでにしてやんな。こいしが怯えちまっただろ」

 

私の背後、路地の奥から落ち着いた声が聞こえる。

見ればこいしの姿がない。どうやらさっきの瞬間に私の後ろ側に行っていたようです。

 

路地の奥から顔を出した勇儀さんの後ろに隠れてしまっている。

萃香さんそんなに怖いのでしょうか?

 

「勇儀さん…一体何があったんですか?」

 

本人が来てくれたのなら丁度良い。さっそくだけど私達を呼んだ理由を知りたいですからね。

 

「すまねえ…ドジ踏んじまった」

 

いや…あの……いきなり謝られても…何が何だかなのですけど。

 

 

 

どうやら私達が地上にいる合間に、何者かが旧都を起点に妖力を封じ込める呪いのようなものをかけたらしい。

被害を受けたのは、呪いが発動した時点で旧都内部にいた者で旧都の外までは及んでいないらしい。

呪いはどうやら体力を奪うタイプのものらしく、力のある者でも多くが体力を消耗させられてしまっていてまともに動けないらしい。

萃香さん達も現状では私と同じくらいの力しか出すことが出来ないのだとか。

一応旧都の外にいたヒト達が中心になって首謀者を探しているらしいけど人手が足りない上に脳筋が多いから全然ダメらしい。

 

一応、連絡としてあの扉を使おうとしたらしいのですが、どうにも動かなかったらしく。偶然現れた気まぐれさんに頼むことにしたようです。

 

「それで…どうして連絡用の扉とかが一切反応しなかったのですか?」

 

流石に壊されたわけではないでしょう。そもそも壊れたらなんだかの被害が私の家と地底の方の扉の双方に出るはずですし…

 

「さあなあ…私らにはわからない。そういうものはそっちの狐が詳しいんじゃねえか?」

 

そう言って藍さんの方を指す。

そういえば街に入ってから何か考え込んでいる雰囲気がありましたけど……何か感じ取っていたのでしょうか?

 

「おそらくこの旧都にかけられた空間固定術式に引っかかってる可能性があります」

 

なにやら呪文のような単語が出てきた。というかそんなものがかかっているならもっと早いときに言ってくださいよ。

藍璃もなにうんうん頷いているんですか。

「空間固定術式ってなんなの?」

 

こいしの問いが最もです。そもそも術式なんて私は詳しくないんですけど…

 

「そうね…簡単に言えば、空間そのものをその場所に固定する封印術式の一種よ」

 

「そっちの人間…結構術とか詳しいんだな…」

 

「その方は元博麗の巫女です」

 

「……さとりの知り合いなら…大丈夫だな」

 

すごい基準ですね…私の知り合いなら大丈夫って。確かに一種の判断基準としてはいいと思いますけど…

 

「それで、どうして空間固定がさっきのことと結びつくの?」

 

おっと話がそれてましたね…

藍さんが何か言おうとしましたけどそれより早く藍璃が口を開く。

 

「空間を跳躍するっていうのは言ってしまえばある一点を空間的に不安定、又は空間を破壊して行うものなの。例えば、貴方達の家にあるあの扉の場合、転移先と転移前の空間を同次元の異空間に変換、接続させることで空間跳躍を行うの」

 

難しい話な為かこいしの頭から煙が出ている。

それよりも、つい数時間前に初めて見せたあの扉の構造を理解していたのですか⁉︎流石巫女です…恐ろしや。

 

「だけどこの封印は空間をその空間の状態のまま固定するものなの。つまり空間を異空間に変換することができなくて転移装置が使えなかったってわけ」

 

解説ありがとうございます藍璃……こいしの頭はオーバーヒートしてますけど

私も半分しか理解できていませんけど。

 

「でも紫の空間は繋がったのですね…」

 

「紫様の場合は現空間に影響は与えていません。与えているのは向こう側の空間のみです」

 

なんだろう…この二人がいたら結界とか術式とか全部解読できそうです…

もしかしたら萃香さん達にかけられた呪いも解けるのではないでしょうか…

 

「それは…無理です。私は呪いをかけた者ではありませんから」

 

「私も無理ね。術とか結界なら力技とかで壊せるけど呪いは方向性が違うわ」

 

ダメでしたか…それにしてもまさか妖怪最強クラスの二人を封じられてしまうとは…相手も相当な策士ですね。

 

 

「それで?敵は?」

 

こいしが萃香さんに後ろから抱きつきながら質問する。

いくら弱体化しているからと言って…まったくこいしは…

 

「私達はまだ見てねえ…だけど絶対いるはずなんだよなあ…」

 

全く姿を現さないと来ましたか……

思考をほぼ全力で使用し少ない情報から想定される複数の状態を考える。

全く姿を現さないということは表すと何か不都合なことがある場合、もしくは心が読める私やこいしを警戒しているかのどちらか。それでも私達を倒すかどうにかしないと目標は達成できない可能性がある。だからこのように旧都に罠を仕掛けまくった。なら旧都の自体はブラフの可能性が高い。なら目標はここではなく旧地獄の設備…だがあそこに張られた特殊な封印はそう簡単に解けるようなものでもないし封印指定された者達を使用するにしたって制御できるものではない。リスクが高すぎる。じゃあなにがしたいのか…考えられることは相手は私たちを傷つけず何かを行おうとした。だとすれば今回のこの件も辻褄があう。でもそうまでして地底でなにをしたいのか…それが分からなければ意味はない難しい(簡単)ようで(に見えて)解読し難い(理解しきれない)

 

 

「術式は旧都のみだからおそらくこの中に手がかりとかそういうのがあるはずよ」

 

それは術に対してのもの…だけど術を発動した痕跡さえあれば博麗の巫女ならある程度追尾することができるはず。

 

ならやってみる価値ありですね。

 

「それじゃあ、私とこいしは街の外を探して来ます。そっちは街の中を調べてください」

 

「危険ではないのですか?」

 

「多分大丈夫です。あ、そういえば帰ったら……」

 

「お姉ちゃんそれフラグだからやめて!」

 

失礼ですね…私がフラグなんて立てたことありましたか?万が一立てたとしてもそれはロードローラーの目の前に立った小さな旗であって踏み潰される運命ですよ。

 

 

 

 

 

こいしと二人で旧都の周辺を調べながら飛ぶ。だけどめぼしいものは見つからない。

こういう探知はこいしの方が得意だけどあの子曰く、見つかるかどうかは運次第。だそうで…

結局わからないままだった。

あるいはあったとしても見落としているか…

 

「困ったねえ……」

 

やはりこういうものは街の中で発動させるものだったのでしょうか……それにしても静かですね。

地底の主が来ているのは多分向こうだってわかっているはず。なのに全く反応をよこさないということはきっと……

 

「灼熱地獄の方に行ってみるわ。来る?」

 

「え?そっちまで行くの?」

 

あくまでも勘です。後は封印指定のものとか色々見せちゃまずいものがあるところにも行ってみたいですけどそっちは後にしましょう。

 

「一応確認だけはしておきたいから」

 

「わかった。じゃあ行こっか」

 

少し距離がありますけど…飛べる私たちにはあまり関係がない。

……こうしてこいしと並んで飛ぶのも久しぶりな気がする。

たまにはまたみんなでどこか旅行してみるのもいいですね…せっかくですし南西方面とか欧州なんかも行ってみるといいかもしれない。

 

「お姉ちゃん、あれ見て」

 

こいしが何かに気づいたようです。

 

飛行ルートに待ち構えるように立っている人影……怪しいので密かにスペルカードを用意して戦闘に備える。

 

 

なにかが飛んでくる。

それは私の右頬を掠めるようにして後方に抜ける。

そこだけが焼けたかのように鈍い痛みを発して頬を赤い液体が流れる。

刀を放り投げて来たようだと気づいた時にはすでにこいしは弾幕を放っていた。

射線にいた人型が遠くに吹っ飛ぶ。だけどそれを皮切りに周囲に大量の人影が現れる。あっという間に周囲を囲まれた。

 

「どうして死霊妖精がこんなに!…あっ」

 

あっけにとられていたら足を真下に引っ張られる。視線を下ろすと、妖精がガッチリと掴んで地面に引きずり落とそうとしていた。

 

「お姉ちゃん!完全に罠だよねこれ⁉︎」

 

こいしが叫ぶけど向こうもこっちも取っ組み合い状態です。

私に襲いかかって来た妖精を放り投げる。

息をつぐ間も無く突っ込んで来た妖精を右手ではねのける。だけどすぐに方向転換しこちらに弾幕を撃ち込んできた。

零コンマ数秒の差で私の体が弾幕の軸線から離れすれすれを殺意の塊が通過していく。

 

 

「しかも強くないですか?死霊といえど妖精ですよ」

 

死霊妖精…文字通り死霊の妖精…英名はzombie fairy。

元々は悪霊や怨霊に取り憑かれた妖精で普段は大人しくしているのですが…こんなにたくさん襲いかかってくるなんて一体どうしたのでしょう。

 

そんなことを考えていると死霊妖精達が一斉にこちらに突っ込んで来た。

慌ててスペルを放つ。

想起『神の盾』

これは防御用のもの。弾幕で作った壁のようなものとその壁に紛れ込ませた追尾攻撃型の妖力弾による二重の防御スペル…言って仕舞えば耐久スペルだ。

想起入っているけどやっぱりこれも相手の技ではなく自分の記憶の一部から引き出したもの。

 

「お姉ちゃん!ここじゃ不利だよ…一旦引こう!」

 

こいしが袖を引っ張る。

 

「そうね…耐久スペルが突破される前に逃げましょう」

 

どちらにしろ周囲を囲まれやすいこの場所では数の暴力は有効打すぎる。

周囲を囲まれているとはいえ弾幕を撃ちながら突入すればなんとか逃げ出すことはできる。

急降下して地面に降り立ち一気に突っ走る。さっきみたいに足を引っ張られたりということがないのでむしろ逃げる時は地面の方がいい。

 

 

 

 

 

「いや!離して!お姉ちゃん助けて!」

 

だけどそう簡単には行かないらしい。

 

「こいし‼︎」

 

真後ろでこいしの叫び声が響いたので振り返ってみれば、女性のような姿の妖精がこいしを捉えていた。

白色のワンピースとその上から着込んだ独特のコート…そして長く伸びた金髪…

抜け出そうともがいているけど体に腕とリボンを巻き付けられて完全に動きを封じている。

いつの間に現れたのだろう…それにあの気配は只者じゃない。

私を囲うように死霊妖精もわらわらと集まってくる。もしかしてあいつが操っているの?だとしたらどうやって……でも原作のお燐は操っていたわけだし死霊妖精も操れないわけではない。

 

 

「こいしを離しなさい!」

 

「動クな…こいつがどうナッテも……イイノか?」

 

良くない。人質を取られてしまってはこちらはなすすべがない。それに体の運び方も向こうの方が上ですから……

「……こいしに手を出したら…容赦しませんから」

 

「それハ…貴女次第よ。大人しくコチラノ指示に従っテもらオウか」

 

完全にやられましたね……

サードアイで心を読む。目的、狙い…相手の親玉…全ての情報を盗み見る。だけど分かったのはアレの目的だけだった。

どうやら、私の武装解除が目的らしい

持っていたスペルカードを全て地面に下ろす。

後腰につけている刀…

相手が知っているのはこれくらいか…なら家から持ち出したこれはバレないはず…

「腰にツケテルそれも外すノよ」

 

ダメだった……

仕方なく腰のホルスターから取り出したそれを地面に下ろす。

刃渡り40センチのナイフを先端にくっつけた38口径自動拳銃は使われることなく地面に降ろされる。安全装置は解除しているのでいつでも撃てますが…

 

「それジャあ…大人しくソノ場にいなサい」

先程から引っかかるような喋り方…気配からして妖精ではないのですが妖怪でもない…多分悪霊か怨霊の一種のようですけど…でも足元が少し黒い。それにこいしを背後から捕まえるとなると相当の実力を持っていることになる。

「観察するだけムダヨ。そんなお行儀の悪イ子は始末しなキャね」

隙がないやつです…

相手の腕に妖力がたまっているのが感じ取れる。どうやらここで私を始末するつもりのようだ。

 

「やめて!お姉ちゃんに手を出さないで!」

 

こいしが彼女の腕に噛み付く。

思いっきり噛んだのか血が吹き出る。

 

「ウルサイ‼︎」

でも全く動じた様子はない。痛覚が死んでいるのだろうか…

「先にコッチを黙らセたほうがイイな」

嫌な笑みを浮かべながら金髪の女性が死霊妖精の一人に指示を出したようだ。

「なにをするつもり⁉︎」

 

「大丈夫だ殺しはシねえヨ」

こいしのお腹に死霊妖精の拳が突き刺さる。

 

「こいし⁉︎」

よほど深く入ったのか、力が抜けて全く動かなくなってしまった。

「次はオマエだ」

 

ぷつん……

その瞬間私の中で何かが切れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出せる全ての力を使い距離を詰める。

 

相手がこれ以上なにかする前にこいしを取り返す。

 

体の限界を超えた威力の蹴りで相手の肩を蹴り飛ばす。

私の左足と蹴った先の肩が潰れるような音がした気がする。

だけど気にしない。

 

反動を利用して銃を置いたところまで体を戻す。

潰れた左足を治しながら銃を掴み取り右手で引鉄を引く。

射線上にいた妖精の頭に赤い花が咲く。

すかさずつぎの目標を射線に捉える。

次……次……次…

 

金髪の女性が何か叫んでいるが気にしている暇はない。

ちょっとうるさいのでこいしを掴んでいる手に1発撃ち込む。

痛みは感じなくても神経が破損すればもちろん体は動かない。

 

糸が切れたマリオネットのように崩れる死霊妖精達を見ながら弾幕を周囲に放つ。

レーザーや誘導弾幕が地面をえぐりいくつかが逃げ遅れた妖精を吹き飛ばす。

 

ふとこいしの方を見ると、無事に抜け出せたようで慌てて私の射程内から逃げ出す。

これで手加減する理由は全てなくなった。

 

その場を飛び出し近くの妖精にの首に拳銃の先につけたナイフを立てる。

「…ーー」

 

横に引っ張り動きを停止させる。

次……まだまだ殲滅にはほど遠い。

 

 

「あ……」

迫ってくる弾幕がちらっと見えたのでさっき絶命させた妖精を手ぶらな左手で盾にする。

着弾、爆風で妖精の体が吹き飛び私の腕が脱臼しかける。

 

撃っている妖精に向けて再び銃弾を放つ。

次…迫って来ている奴や周りで弾幕を放とうとするやつ…全てに向けて想起。行動を予測、次に来る手を読みながら攻撃を回避し続け反撃。

地面に捨てた刀とスペルを回収しつつ一気に解き放つ。

出し惜しみなんてしない。

 

「なんなんだよ⁉︎なんで当たらないの⁉︎」

 

当たり前だ。あなたたちの行動は全て見えているのだ。

いちいち喚かないで欲しい。

それでも遠距離での戦闘は数の多い向こうに利がある。

次第に回避できない弾幕が私の体を傷つける。

 

その度に治すのも億劫……近づく事にする。

 

「……え?」

 

金髪女性の足を思いっきり刀で斬り落とす。数メートル分の距離などあってなきに等しい。

悲鳴のようなものを聴きながら近くにいた妖精を拳銃先のナイフで斬りつける。刃渡り50センチもあるのだ。ちょっとした刀だ。

でも私も無傷ではない。体の筋肉が悲鳴をあげ力に耐えきれなくなった部分が破損し内部から壊れる。

 

だからなんだ……今は関係ない。

敵は殲滅するのみ。もっと早く…もっと的確に……

 

斬りつけては撃ち…撃っては斬ってを繰り返す。

 

脚が弾幕で抉れようが、相手が妖力で生み出した剣もどきで斬りつけてこようが止まらない。

体を濡らすのは返り血なのか自分の血なのか…もうわからなかった。

 

ただこいしを傷つけた存在を抹消するために…この体を動かすだけ。

左腕と右腕が同時に弾け飛んだ。

弾幕の命中で吹き飛ばされたようだ。

 

だが運良く拳銃と刀が真上に吹っ飛ばされた刃が外側に来るように上手く両方を咥える。腕が治るまでの応急対応だ。

少しだけ精度は下がるけど…これなら問題ない。

 

高速で動き回り進路上にいた妖精のすぐ近くを通過する。

通過直前に咥えた刀で首元を切り裂くのを忘れずに…

 

左腕の回復が遅い…じゃあ先に右を治した方がいいですね…

まだそんなこと考える理性は残っているようだ。

 

ならもう少し手加減をしたほうが良かっただろうか?でも今更だ。もう止められない。

 

直した腕に拳銃を持ち直し、弾幕を弾幕で迎撃する。

 

もう感覚だ。いちいち考えるのも面倒……

どこが壊れたか、どこを壊せばいいのか…うん。そんくらい考えられればいいや

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん……」

 

お腹に受けた1発が相当効いているのか私の体はほとんど動かない。

結局あそこから逃げ出してこうして安全なところで見守るしか私にはできそうになかった。

お姉ちゃんがキレた。

殴られたせいで朦朧としていた意識でもそれは十分に感じ取れた。

そんなお姉ちゃんは今、死霊妖精とあの金髪の女性を相手に大戦闘を繰り広げている。

お姉ちゃんが押しているように見えるけどお姉ちゃんの体は攻撃のたびに傷ついていく。

もともと数が多くて一人じゃ相手できないはずなのにお姉ちゃんはそれを一人でこなそうとしている。助けに行きたいけど正直、私が参戦してもお姉ちゃんの足手まといにしかならない。そんな戦闘だった。

 

 

再びお姉ちゃんの左足が弾き飛ばされる。

バランスを崩して倒れそうになるけど、お姉ちゃんは止まらない。崩れた体勢のまま拳銃を撃ち妖精を倒す。

 

気づけばお姉ちゃんの脚は治っていて、また金髪の女性を討ち取ろうと駆け出す。

理性が残っているのか残っていないのか…致命傷以外の被弾を許しすぎだよ…

 

腕が千切れても体がえぐられても、回復できるのであれば止まらない。

キレたお姉ちゃん初めて見たけどいくらダメージを受けても真顔で突っ込んでくるとかもはや恐怖だよね?怒りってなんだっけ。

 

 

 

「このやろお!」

 

金髪の女性が発狂したのかついにやけくそになったのかお姉ちゃんに向かって突っ込んでいく。

その手にはいつのまにか槍のようなものが握られている。

お姉ちゃんからは完全に死角になっちゃってる。

「お姉ちゃん危ない!」

 

慌てて弾幕を撃って牽制しようとするけど間に合わない。もっと早く気付けばよかった……

私の声で気づいたのかお姉ちゃんが拳銃を構えるけど当の拳銃は弾が切れたのかスライドが上がりっぱなしだ。

あれじゃリーチの長い槍の方が有利…

駆け出す。間に合わないだろうけどそれでも放って置けなかった。

 

お姉ちゃん達の斬り合いが始まる。援護したいけど激しく動き回る2人のうち片方を狙うなんて芸当は出来ない。

槍と刀が火花を散らして交差する。

 

でもそれは一瞬の出来事で……

 

「……あ」

 

お姉ちゃんの体に槍が突き刺さる。

貫通した先端がお姉ちゃんの背中から生えて空中に血と肉片を散らした。

 

「お姉ちゃん⁉︎」

 

「……想起…『ーーーー』」

 

お姉ちゃんが何を想起したのか理解できなかった。結局理解できたのは金髪女性が後方に吹き飛び、完全に動かなくなったことだけだった。

お腹に槍を刺されたままのお姉ちゃんに抱きつく。

槍だけでなく回復の間に合っていない傷と、体に無茶をさせたせいで起こっている内出血でお姉ちゃんの体はボロボロだった。

 

「こいし……」

 

完全に目は虚ろで理性が弾け飛んでるのが心を読めなくてもわかる。

お姉ちゃんはもともと誰かを手にかけるなんてこと出来ないほど心は繊細なんだ…なのに…こんな……

 

「お姉ちゃん無茶しすぎ!」

 

頬をなにかが伝う…それが涙だって気づく前に、お姉ちゃんの体がその場に崩れる。

慌てて体を支えてゆっくりと横にさせる。

 

操っていた主がいなくなったからだろうか。生き残っていた死霊妖精は逃げ出していた。

周辺に再び静寂が訪れる。

お腹に刺さった槍を引き抜こうとするけど上手くいかない。

逆に反対側に引っ張ってみるけどなにかが引っかかってうまく抜けない。早くしないと回復が間に合わなくなる。

 

「ちょっと荒いけど…許して!」

 

力任せに引っかかってるものごと一気に槍を引き抜く。

 

なにか臓器っぽいものがくっついていた気がするけど構っていられない。

お姉ちゃんの意識をはっきりさせるために頬を叩く。

ようやく意識が戻って来たのか虚ろだった目に光が戻る。同時に体を無理に起こそうとしたから慌てて抑える。

お姉ちゃんはあるあたりから痛みが感じなくなるらしいからわかっていないだろうけど傷は浅くない。普通なら動かしちゃダメだ。

「う…ゲホゲホ…」

 

「お姉ちゃん!」

 

「こいし…大丈夫よ……治すからちょっとまってて…」

 

そう言って笑いかけてくるお姉ちゃんが痛々しい…それでも傷の回復はしっかりと行えているみたいで、みるみるうちに傷口が塞がれていく。

「ちょっとは見てるだけだった私の身にもなってよ……」

 

思わず言ってしまう。

本当はありがとうって言いたかったけど…素直に言えなかった。

 

「服がボロボロです……」

 

そうだった。あれだけの被弾で来ていた服は腕のところが丸々なくなっているしちぎれたり焦げたりしているせいでもう大事な部分しか隠すことができない状態だった。

少しだけ私の頬が赤くなる。

 

「こ、こんなんじゃサードアイ隠せないじゃん!私の上着着ててよ!」

 

嫌がるだろうけど無理無理着せる。じゃないとなんか犯罪っぽい感じがしてしまう。なんで私がこんなこと心配しなきゃいけないんだろう。

 

「そういえばあのヒトは?」

 

お姉ちゃんが言ってるのはあの金髪の女性のこと。

そういえばさっきから一向に反応がないね。まさか吹っ飛ばされて逃げちゃった?でも気配はそこにいるって示してくれてるし…

 

「あっちで伸びてるやつそうじゃないの?」

 

治りきってないお姉ちゃんの体を支えて金髪女性のところに行く。

 

なんだかものすごいガタガタ震えてるけど……確か最後にお姉ちゃん想起してたし何かトラウマでも引っ張り出しちゃったのかな?

 

「……心が壊れてる」

見えるようになったサードアイで心を読んでみたけど完全に壊れてる。

少しだけ感度を上げて心の奥を見てみるけどそっちもダメ。完全にこれはオーバーキルだね…心が壊れて廃人になっちゃってるよ。

 

「やりすぎました」

 

「仕方ないと思うよ?」

 

多分お姉ちゃんが想起したのは特大級のトラウマかあるいは心を完全に壊すほどの情報量のどっちか。多分トラウマの方だと思うんだけどお姉ちゃんのことだからもしかしたら後者の方の可能性も捨てきれない。

 

「……連れて帰りましょうか」

 

「いいの?」

 

お姉ちゃんを殺そうとしたやつだよ?って言葉を寸前で飲み込む。

お姉ちゃんの性格からして言っても聞かない。

今までだってそうだったし変わる気は無いんだろうね。

お人好しって言っちゃえばそれまでだけど……

 

「連れて帰って……どうするの?」

 

「さあ?この子のことは萃香さん達に任せます」

 

あの二人なら多分悪いようにはしないかもね……まあ、廃人になっちゃってるからまた心を作り直さないといけないけど。

それは結局私かお姉ちゃんの仕事になるのかな?

でもお姉ちゃんはトラウマの元凶になってるかもしれないしなあ。

 

 

あ、そうだ。心が壊れていても記憶は残ってるはずだからちょっと除いてみよっと。

確か無意識の記憶なら意識と連動してる心は関係ないはずだから読めると思うけど……

 

意識を眼に集中させて奥底を除く。

お姉ちゃんによって壊されてぐちゃぐちゃになり、精神を削られそうになる表層心理を超えて深層心理の情報を覗き見る。

 

うんと…もう少し前…どうやらこの子は鬼の一種みたい…でも純粋な鬼というよりかは元忌子…

えっともうちょっと飛ばして最近のものと……あれ?誰かと会ってる…妖怪かなあ?ボサボサの黒い髪と所々に混ざる白い髪…Tシャツっぽい感じの服装。

うーん…誰だろうこの人。なんかこの子に吹き込んでるけど何を吹き込んだのかな?……深層心理だけじゃうまく記憶できてないや。

 

 

でもあの妖怪が今回の黒幕っぽいね。それか黒幕に繋がる妖怪……

そういえばお姉ちゃんが静かだなあ…何かあったのかな?

 

沈めていた意識を戻し肩にもたれかかってるお姉ちゃんの頬を指でつつく。

「お姉ちゃん?」

 

「あ…こいし?もしかしてあなたもみてたの?」

 

なんだろう?急に話しかけちゃったから驚いたのかな?それにしてはなんだか驚きすぎだけど…あ、そうか。お姉ちゃんも想起してたからか。

 

「お姉ちゃんもみてたっぽいね」

 

「え…ええ。そうよ」

 

そっか。なら話は早いや!

 

「それであの妖怪が怪しいと思うんだけど…」

 

「そうね…多分そうなんじゃないかしら?でもあの妖怪は多分ここにはいないわ」

 

「そうなの?っていうかなんでわかるの?」

 

私よりも深く見ていたのかな…お姉ちゃんの方が能力強いからなあ……

でも彼女の記憶からあの妖怪がここにいないってどうして判断つくんだろう?

「まずここにこの女性を配置しているからかしら。この子は多分囮、私達の注意を引きつけるだけよ」

 

「そうと仮定すれば…」

 

「他の場所が本命。多分、あの妖怪は戦力が欲しいんじゃないのかしら?」

 

戦力……なんだか百鬼夜行とか妖怪大戦争とか思い出しちゃいそう。特にここに封印されてる妖怪とか化け物とか片っ端から封印解いたら絶対百鬼夜行だよね。

あ、でもぬらりひょんいないからちゃんと一列で歩いてくれなさそう。

 

「まあ、まずは街に戻るわ…」

 

そう言ってお姉ちゃんがわたしから離れようとする。まだ足元がおぼつかないはずなのに……

 

「その女性はどうするの?」

 

「背負って行くわ」

 

そう言ってお姉ちゃんは背中に女性を背おる…けど相当お姉ちゃんがトラウマなのか触れられるたびにすごい反応してる。

 

って足引きずってる!お姉ちゃんそれ地味に痛いやつ!

 

だめだお姉ちゃん……飛んでいけばいいのにそれすらしないって事は体力を消耗しすぎてる…

 

「私がおぶっていくからかして」

 

返事は待ちません。だってお姉ちゃん絶対遠慮するもん。

 

強引に女性を奪い取って肩に担ぐ。おんぶじゃないじゃんって突っ込みが聞こえた気がしたけど知らない。だって肩に平行になるようにおぶった方が負担が少ないんだもん。

どこかのボスみたいな背負い方だってお姉ちゃんが呟いてたけどボスって誰だろう?

 

私もお姉ちゃんの知識のうち一部は共有してるけどボスのことまでは共有してないなあ……

 

上着をお姉ちゃんに渡したからか無駄に周りの声がよく聞こえる……これはこれで新鮮だけど、だいたいが死霊か怨霊の呪詛ばかりだからすぐに飽きちゃった。

やっぱり心なんて読める時に読めるのが一番いいや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ……全然足止めできてないじゃん」

 

どれほど時間が経ったのだろう……

 

「さとり様を足止めできるなんて思わないほうがいいよ!」

 

お空の声…もうちょっと刺激しないようにしてくれないかねえ。

 

なんとか周囲の音を聞きとるまでに回復したところで意識だけを起こす。思ったより疲労が蓄積してるから体はまだ休眠させておく。

 

「うるさい鴉だな……」

 

ふん、あんたがお空に手を上げられないのはもうとっくに見破られてるんだよ。

とは言ってもあたいらには何もできない。

お空は比較的傷が少ないからなんとかなるかもしれないけどあたいはもうしばらく動けないし動けるようになっても体の自由は奪われたまま。

 

しばらくは聞き耳を立てておくことにする。

 

「……まずいな…」

 

「諦めたらどうなの!」

 

多分映像を見ながら何かやってるみたいだけど…聞こえている声から察するに、さとりを足止め…または撃破するのに失敗したみたいだねえ。

でもさとりだって無傷じゃないはず…

さとり…ごめんなさい。本当はあたいらがそばにいてあげないといけないのに…

 

「やなこった!それにお前らはまだ利用価値があるから残してるんだぞ!あまり大口叩くと後で痛い目にあうからな」

 

後悔してももう遅い…あの時ちゃんとあたいがとどめをさせていればこんなことにはならなかった。少なくとも現状をさとりに伝えるためにお空を逃がすことくらいはできたはず…

多分こいつはさとりや、勇儀さん達を足止めするためにあたいらを……

 

 

それがわかっていながらもあたいにできる事は祈るくらいしか無かった。

 

 

 




一方のお空達

お空「あれ?帰り道ってどっちだっけ」

お燐「……え?ちょっとなんで忘れちゃったのさ!」

???「お困りのようだねえ……こっちにおいでよ」

お空・お燐「あんた誰だい?」

???「ひっくり返す者かな?」

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