「なんだ…誘拐してきたのか」
街に戻ってきた私達を迎えてくれた勇儀さんが最初に発した言葉はそれだった。
背中に女性を抱えたこいしがそっと私をジト目で睨む。
私をにらんだってなにも出ませんよ。
「ただの拾い子です。まあ色々ありまして……」
なんとなく私の惨状を見て悟ったのか。勇儀さんはそっかと一言だけ返して女性をこいしの背中から担ぎ上げた。
「…分かった。この子に関してはこっちで預かっておく」
そうしてください…あとできれば服ありませんか?ちょっと外套だけじゃ風通しが良すぎて……
歩いている途中にボロボロの服は自重に耐えきれなくて地面に落ちちゃいましたし。
って言っても私の体格に合うものなんてなかなか無いですよね。
困りましたね…
「おうおう、さとり?なんでそんな格好になってんだ?」
「あ、萃香さんの体格なら……」
丁度いいところに来てくれました。
お願いすれば服の一着くらいは貸してくれますよね?後でちゃんと返しますから今は臨時で…
「服だあ?別にいいけど…よ……」
どうしたのでしょうか?やはりダメでした?
「お姉ちゃん…萃香さんは、お姉ちゃんに着せた時のこと考えてるんだよ」
「おいおいこいし、それは言っちゃダメだよ」
「えへへ」
なんだ…そんなことでしたか。別になんでもいいんですよ。あと出来ればサードアイが隠せるような大きめの服も……
私の要望を聞いた萃香さんが一旦家に戻っている合間にこいしとともに藍璃のところに行く。向こうが何か手がかりをつかめていればいいんですけど…
藍璃さんは意外と早く見つかった。というのも向こうがわかりやすい場所にいてくれていたし妙に周辺の空気が変わっていたからわかりやすいんですけどね。
「藍璃さんそっちは何か分かりましたか?」
「一応この街全体を囲ってる術の出所はわかったわ。今、藍が向かってるわ」
私たちより先に色々動いちゃってた……なんだろう、私必要性無いのかな…
「藍さんが行くんですか?」
珍しいですね…結界とか術式は巫女の得意分野だったはずなのですが…藍さんはどっちかというとパワー派と計算派だから…うん。
出来るのでしょうか……
「術の構造がかつて大陸にあった隋って国で使われていたものが原型らしいのよ。私は陰陽術限定だからそっち系列は無理よ。せいぜい道教として伝わってきてるものくらいね」
ああ…隋の国ですか。
確かに藍さんは隋時代からずっと大陸で過ごしていたようですから古い術にも精通しているかもしれない。でもあなたも行かないとダメなんじゃないのでしょうか……まあ別にいいんですけどね。
「隋の時代の術式?」
正直言って相当古いですね…一応紫に教えてもらったので違い程度はわかりますけど今時そんなもの使っているヒトなんているのですね。
もしくは、隋の時代に作られた呪術系の道具などを使用しているのか…いずれにしてもかなりの古参かつ相当手を焼きそうです。
「それで?この後はどうするんだ?流石にこのまま黙ってやられてるわけには行かないんだけどなあ」
「向こうが仕掛けてくればそれを逆手に反撃することもできるのですが……」
できれば相手を捉えて徹底的に潰すなんてことはしたくない。
追っ払ってもう二度とここを襲わないようにさせれば良いのですがそう簡単には出来ない。
参りましたね……
「おうい!服持ってきてやったぞ!」
私達の頭上からそんな声が聞こえ、その数秒後に地面に何かが着地した。
衝撃で巻き上がった土煙が正体を隠す。
「もうちょっと考えて着地しなさいよ」
「いいじゃねえかちょっとくらいさ。おばさんにとやかく言われる筋合いはねえってもんよ」
「おばさんって……」
年齢的にそうですけどそれを直接言っちゃいますか。
でもこの時代の30代40代って下手をすればもう孫の顔を見るような時代なんですよね…ちょっと私たちとは感覚がずれてます…
「気にしないわよ。私はどうせもうおばさん年齢なんだから」
渡された外套を脱ぎ、渡された服を着込んでいく。
ワンピース型の服装だからかすぐに着ることができる。だけど両腕のところが無いので少し肌寒い。まあ上から外套着ちゃうので問題はないのですけど。
「お姉ちゃん、その服きつくない?」
そう言ってこいしは私の体にベルトを巻きつけてきた。ベルトなんて必要なんでしたっけ?
というか少しきつく締め付けすぎですよ。
「胸の辺りが少しだけ……というよりこれベルト要るんですか?」
「必要なやつだよ!」
そうなのですか……よくわからないです。
それにしてもそんな腰に巻きつけたら胸の方とかが圧迫されてきついのですけど…ちょっと緩めてくれませんか?
「仕方ねえなあ…じゃあその胸を引っ込めてやるよ」
急に発生する殺気。
背中にいくつもの刀が立てられたような感じがして冷や汗が出る。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
全力平謝りである。なんちゃら蝉のなく頃にみたいな状態ですけど…
正直あれよりも状況はやばい。
鬼の喧嘩なんて買うもんじゃないです。
「冗談だよ」
冗談じゃ済まない気がするんですよ。
それに鬼の冗談が今まで冗談だったことなんて少ないんですからね。
「それにしても藍遅いわね」
「遅いのですか…様子見でもしてきたらどうです?」
藍璃が遅いというのなら実際にかなり遅いのだろう。
それはきっと何かあったから…又は手間取っているか…
「それよりも…今はあなたの傷の手当ての方が先よ」
傷?一体どういうことでしょう…私の体は一応治したので傷はないはずなのですが…
「誤魔化せてないと思ったの?体の内部の方に深刻な怪我負ってるのよ」
本人の私が自覚していなくても藍璃や、萃香さんは気づいているらしい。でも別に大丈夫なのですが…どうせ放っておけばそのうち治るんですから。
「さとり、素直に治させてもらいな」
「萃香さんが言うなら……」
「鬼には素直なのね」
鬼に逆らったらまず助からないですから…
体を藍璃に預ける。
「やっぱり…筋肉とか肺の一部がやられているわ…一体何をしてたの?」
服の上から見ただけでよくわかりますね。たしかに一部の筋肉とか傷口が痛んでいるのは理解していますけど。
「ちょっとこいしを助けるために……」
「だからってむちゃくちゃし過ぎよ」
「それは私も思う」
こいしまでそう言うとは…やはりもう少し体に負担をかけないようにしないといけないんでしょうかね。
そんなことを考えていると、藍璃が何か術のようなものを体の各所にかけてきた。
一瞬だけ光っては消える彼女の手のひらを眺めつつ、またどうでもいいことを考えてたりする。
「はい、これで大丈夫よ。応急処置だから痛みを引いて傷の治りを早くさせたくらいだけど」
「それだけあれば十分ですよ」
体が軽くなった気分です。
これならまた戦えそうですね。妖力の消耗が激しいので前みたいな回復しながらは流石にできませんけど…
一瞬体になにかが触れるような気配がした。
だがそれも一瞬のことであって何が何だかわからないうちに終わってしまう。
「……今何か…」
「ああ、多分街にかかっていた術が解かれたのよ」
なるほど…そのエネルギーの余波みたいなものですか。
不思議ですね…
藍璃の予想は正しかったらしく、しばらくしてから藍さんが戻ってきた。
案外遠くないところに術の原因があったようですね…来た方角から考えると……北側?何にもないところですね…一応地下水脈が岩壁のそばを流れているから何かに使えないか模索しているところです。
「術の破壊、完了いたしました」
「藍さん。お疲れ様です」
式神ゆえの丁寧な言葉遣いに、思わずこちらもあらたまってしまう。
「まだ回復には時間がかかるだろうが…もうそろそろ力を取り戻しているのではないか?」
「ああ、普段の5分の1くらいだけど戻ってきたよ」
萃香さん…早いですね。流石四天王と言うべきかなんというか…というかさっきの状態でも十分強者の風格と気を出していたのだから…うん、どれだけ彼女たちが強いのやら。
「そういえば先ほど術の原因になっているものを破壊したところこんなものが出てきたのですが…」
思い出したかのように藍さんが服の中から丸い水晶のようなものを出してきた。
青色で透明なのか反対側の風景が歪みながらも見通せる。
「それもなにか術のようなものがかかっているわね」
「ええ、ですが害はありませんのでそのまま持って来たのですが…」
藍さんから手渡しされたそれを見つめていた藍璃が何かに気づいたのか、一点を見つめ続ける。
「……なんか霊力を流すようになっているわよ」
そうなのですか…こういう道具には詳しくないですから…せっかくですし霊力を流してみたらどうですか?何か出るかもしれませんよ。
「霊力か…藍璃、やってくれるか?」
「任せなさい」
そう言って藍璃がそれに霊力を流し込んだ。それと同時に球体の中心が少しだけ光りだす。
『よお!見ているか?』
……え?
藍璃が霊力を流し込んだ途端それは急に喋り出した。
『これを見てるってことは術を突破したってことだろう』
女の子の声…でも少し男勝りあるいは気が強い。
通信装置?いや…あらかじめ録音していたものを再生させているだけみたいです。
なるほど…マジックアイテムとか言われるやつですね。
『なかなか腕がいいじゃねえか。まあ、そうしてもらわないと困るんだけどな』
どういうことでしょうか?そうしてもらわないと困るって…
私の疑問を流すように水晶玉から声は流れ続ける。
これが今回の異変の黒幕ならば、さっさととっ捕まえたいですね。
『それでだ。私からのちょっとした要求。聞くか聞かねえかはそっち次第だけど聞かなかったら後悔するぜ』
大きく出ましたね…まさかこちら側へ要求とは…
『それじゃあ要求しておく。この地底の主さんよ私と協力しないか?』
協力?ここまで来て私と協力したいって…相手の考えが読めない。
いいえ、声の主が彼女であるならば普通に考えていることもわからなくはないです。ですがこの時代に一体何をしようと言うのだろうか…
ちょっとだけ思考の海に意識を沈める。
時代が時代なだけに幻想郷を乗っ取るなんてことはないだろうし叛逆なんてこともする必要性がない。そんなことをするくらいなら別のところに新しいものを作ればいいんだし…だとすれば私と協力してまで成し遂げたいこと……例えば私の種族は人間や妖怪から妬み嫌われている…そこを付け狙ってさせようとすることといえば…
人間と戦わせたい。あるいは妖怪の強者への攻撃。どちらも彼女ならやりかねないでしょうね。
『答えが出たならすぐに血の池まで来い。お前の仲間も待ってるよ』
そう言い残して水晶玉は声を流すのをやめてしまう。
……どういうことでしょうか。私の仲間って……まさか!いやいやまさか彼女たちに限ってそんなことは…
「なんだいこりゃ?」
黙っていた萃香さんが疑問を投げかける。だけどそれに答えられるのはこの中にはいない。
私は予想までは立てられますけど、確信がないから話せませんし…そもそもどうやって説明すればいいのやらです。
「黒幕…なんですかね?でもこんなことしてまで協力させようって…」
「相手のやりたいことがわかりませんね…協力したいのなら私のところに直接交渉しに来ればいいのに」
でもこれを作ったやつは知っている。私の前世記憶とさっき見た女性の記憶から複合させていけば彼女の存在が真っ先に浮かぶ。たしかに彼女ならこうしかねない。
むしろあれだけのことをやっているのだ。その前にも同じようなことをしていないとは限らないではないか。
「……そうだね…多分、相手は協力というかお姉ちゃんを手駒にしたいんじゃないかな?今回の行動は地底のヒトたちを人質にすることもできるぞって言うアピールで……」
「だとすれば協力と言うよりかは脅しによる強制的な支配。私に持ちかけているとすれば、もっとも戦力となるのは封印させている魔物や妖怪、バケモノ……制御不能の百鬼夜行ですね」
「でも封印を解いても暴走するだけなんて戦力にはならないよ?」
「二人とも。今はそんなことじゃなくて黒幕を倒すことに集中しましょう。とっちめてやればいくらでも動機なんて吐かせられるんだから」
藍璃…そのしめ縄怖いです。
「それで、行くのかい?」
萃香さんが私の肩を叩きながらそう聞いてくる。
「ええ、行くことにします」
そうじゃなきゃ多分向こうが言う私の仲間が大変なことになりかねないだろうし、余計に何されるかわかったものじゃないですからね。
「私もいく!」
「わかったわ。でもまずは、あなたの眼を隠していかないとね」
勇儀さんとかが着てる浴衣とかなら普通に隠せるだろうか…でも下が長すぎて引きずっちゃいますし…困りましたね。
「大丈夫だよ!心が読めても読めなくても大して変わらないよ」
そうでしょうか…そう言えるこいしは強いですね…私はまだ心を読みっぱなしにすることは出来ません。
無意識のうちにこいしの頭に置いてしまっていた手をそっと離そうとした途端、急に外が騒がしくなった。
「……え?」
第六感が警報を出すがそれより早く地面が横にずれて、体のバランスが失われる。屋根の瓦が一斉に落っこちて彼方此方で土煙が上がる。
何があったのかを確認したかったけどそれより先に今度は突き上げるような揺れが体を襲う。
「な、なにこれ地震⁉︎」
「いやちがう!地震なんかじゃない!」
いち早く空に飛び上がった萃香さんが何かを見つけたらしい。
私も空に飛び上がり萃香さんの視線を追いかける。
どうしてあれが……
立ち上がったそれのそばにあった聖輦船が土煙で見えなくなる。
急に空気がビリビリと震え出し、耳が痛くなる。同時に周辺の窓ガラスが一斉に割れる。
地獄の番犬が持つ3つの頭が一斉に遠吠えをしたようだ。
「ケルベロスか…厄介なものが出たな」
「なんであんなものがあるのよ!普通地獄に置いておくものでしょ!」
藍璃の言うことは最もです。ですけど、あれは元々地獄のあの地に直接固定する形で封印していたものですからここを地上に持って来ればそれに続いて来てしまうのは仕方ないことなんです。そうじゃなきゃ危険な封印物は地獄に残り続けるんですからね。
「なんだなんだ⁉︎とんでもないものが出てきたなあ!」
「勇儀さん!大丈夫でしたか⁈」
「私は大丈夫だ…だけどさっきの振動であの女の子が怪我した!」
思えばあっちこっちでうめき声が聞こえる…ふと目線を落とすと、露出したサードアイが勝手に周囲の声を拾っていたのだった。
…やっぱり二次被害がひどい…早くあれを止めないと…
未だに暴れようとしているケルベロスを見つめ対処法を考える。
クジラ程度の大きさだからそこまで大きくはないですけど…脚力がありますし軌道が俊敏。
というか藍さんは何してるんですか!あれ相手に一人で突っ込もうとしないでください!冗談じゃない?本気でもダメですよ!
「黒幕のところに行く前にあれを沈めないとダメかな?」
「いや…多分余計な奴をこさせないために送り出したものだと思いますから…でもあれを対処しないと大変なことになりますし」
やってくれましたね……
「相手の策に乗っかるしか被害を最小限に抑える方法は無さそうですね」
長い日になりそうです。
2
「あのしつけの悪い犬…ちょっと叩き直さないといけねえな」
萃香さんがそんな事をつぶやく。
あの…あなた達の体はまだ本調子じゃないんですよね?まさかもう戦う気ですか?
ただの犬だろって…まあそうですけど…たとえ鯨程度の大きさであったとしても、ケルベロスはかなり強い。
そもそもあれがどういう魔物なのか分かっていないですよね…
そんな事を思っていたらケルベロスが旧地獄の壁伝いを走り始めた。
体の大きさから少し遅く見えますけど実際には相当な速度が出ている。
「っていうかあの犬なんなの⁉︎見たことないし聞いたこともないんだけど!」
藍璃さんご乱心。ちょっと落ち着きましょう?流石に焦っても仕方ないですよ。
「ケルベロスと言われる地獄の番犬です。元々は大陸の遥か西側の地域と接続された地獄にいるはずなんですけど……」
そもそもケルベロスは欧州の宗教文化に出てくる地獄の番犬だ。本来この地にいることがおかしい。
まあ地獄のあった時空間でつながっていたとはいえど基本的に地獄同士の交流なんてなかったはずなのだ。
当然交流がなければ物やヒト同士の移動もない。
この例外を除けば…
「なんでそんな奴がいるのよ!」
まあ普通はそうですよね。
「ある時地獄を束ねる閻魔と向こうの地獄を束ねてる者が会合した時があったようです。それでその時に連れて来ていた二匹を連れて帰るのを忘れたんです」
「なにそれ信じられない!」
そう怒鳴られましても…実際いるんですからもうどうしようもないですよ。
一応ここを引き継ぐ際に四季さんから封印されている物の種類とそれぞれの因果関係を聞かされているからあらましはわかる。でもこれの場合は…向こうもこっちも酔った状態で帰ったから忘れられたようなうっかりミスな気がしてならない。
「地獄の番犬ですから相当手を焼いたそうですよ…」
なにせ番犬である。下手をすればそこらへんの鬼など簡単に手駒にできる。というかああ見えて藍さんより強いかもしれない。
「じゃあどうするんだ?このままだとあいつ街に来ちゃうぞ」
今はまだ暴れているだけですけどそのうちヒトの生気が密集するこの街を目標にするのも時間の問題です。
飼い主がいればなんとかなりそうですけどならなかったから封印されていたわけですし…
「徹底防衛です。倒すか…また再封印するかですけど…」
一応話は通じそうですけど…心を読める私かこいしあたりにしか出来そうにありませんし向こうが聞いてくれるかどうかそれすらわからない。
「前みたいに灼熱地獄に落としてはダメなのでしょうか?」
「前の奴は地獄出身じゃないやつだから出来たんですよ。純地獄産のケルベロスは耐熱温度が10000度を超えますからね。」
詳しくは聞かされていませんが封印した者の資料にはそう書いてあった。それにケルベロス自身も体内温度が4000度を超えるので下手に触ることもできないですしね。
灼熱地獄の平均温度は8000度から9000度
どう考えても火力不足です。
地球の外殻周辺まで連れていけるのであればまだ希望はありますけど…
「あれ?そういえばさっき二匹って言っていなかったか?」
「ええ、あれともう一匹いるらしいですけど…」
封印をされたのは二匹です。ですけどもう一匹姿が見えませんね。気配もありませんし……おそらく封印の解除ができなかったか…又は別の理由で出て来ていないだけか……
どちらにしろ私たちのやることは変わらない。
これに気をとられようならおそらく私の仲間の方が危険に晒されてしまう。
「……まあここは私達に任せてください」
藍さんが私を後ろに押しやる。
彼女なりの行けという合図なのだろう。
一応目配せで藍璃達とは一旦分かれると合図を送ったものの、こいしが中々動こうとしない。
「こいし?」
「あ…お姉ちゃん……」
迷っているのだろう。さとり妖怪ならケルベロスと対話することもできるかもしれない。でもここで私についていけばそれはできない。でもさっきあんなこと言っちゃったしとでも思いつめているのでしょうね。
私が強要することはできない。
「それじゃああいつは私たちがなんとかする。さとり姉妹は行ってくれ」
こいしの様子に気づいた勇儀さんがそう声をかける。
「で、でも!」
どっちに加勢するか迷っていたこいしを察してか勇儀さんがこいしの背中を後押しする。
「姉についていくんだろ?」
勇儀さんにそう諭されて、こいしも決心がついたようです。
別に私についてこなくても良かったのですけどね。
「分かった…じゃあ勇儀さん達死なないでね!」
「死ぬ気はねえよ!」
なんとも威勢が良いことで…
まああそこまで威勢が良ければ大丈夫…それにいざとなれば紫がいますしね。
それじゃあ行きましょうか。
こいしの手を引っ張って真反対の方向に動き出す。この異変を終わらせるために…
「……行ったな」
本音を言えばさとりかこいしがいてくれれば攻撃とかのタイミングを教えてくれるし戦いやすかったんだけど相手が来いっていってるんだから仕方がない。それにそんな援護がなくたってあたしらが負けるなんて思ってない。
「ああ、それじゃあこっちもいくとしようか。なるべく街に被害が出ないようにな」
そうだねえ…まああいつらも体は頑丈なやつが多いから多少なら出ても大丈夫だけどなあ。それに直すのは私らだし。
それでもさっさと倒しておくことに悪いことはない。
「ならやはり私が出た方が良いのか」
あまり好きになれない堅物が先に行こうとする。
ほんと堅いやつだよな…式神だから仕方がないといえば仕方がねえんだがなんだか面白みがねえし。
「狐だけに良いところ持ってかれるわけには行かねえよ」
そう言って堅物なやつの一歩前を歩かせてもらう。
別に理由はないけど後ろを歩くのはなんだか負けた気がして嫌だ。ただでさえ色々と大きさで負けてるんだからな。
「同感だ。あたしもちょっと体をほぐしたいからねえ」
「私のこと忘れないでよね!異変解決は私の仕事よ」
おっとそうだったな。一応人間の中で最強クラスの巫女だったなあんた。いやあ忘れてたよ。最近人間なんて滅多に会わねえから忘れてたよ。でも年齢的にもうご隠居した身じゃねえのか?
「引退してるんだろ?流石に無理じゃねえのか」
「まだ平気よ。博麗の名は伊達じゃないのよ…ここであんた達倒してからでも十分戦えるわ」
あはは、威勢のいいことこの上ねえな、参った参った。人間にもここまでのやつがいるとはな。
それにしてもよく人間の味方である博麗がさとりにくっついてこようなんて思ったな。意識でも変わって来てるのかあ?人間って言えば妖怪はなりふり構わず排除すると思ってたんだが…
「なあ、人間って妖怪見たらどんな手を使ってでも片っ端から倒そうとするもんじゃないのか?」
「力のない奴とか妖怪に偏見持っている奴とかはそうだろうけど大体の人間はそういうもんでもないわよ。妖怪でも良いやつがいるってのは認めてるし……そんなこと言ったら人間だって良い奴もいるし悪い奴だっているじゃない。それと同じよ」
「へえ…最近の人間も変わって来たんだなあ」
「当たり前じゃない」
当たり前…か。それなら少しは地上に行ってもいいかもしれないな。別に向こうに行っちゃダメってことはないんだからな。むしろ向こうからも結構してるしな。天魔とか河童とか狼娘とか。
「無駄話も終わりだぞ」
はいはいわかってますよ。全く式神は真面目だねえ。
指定されていた場所に来たものの、そこに人影はなかった。
こいしにはなるべく遠くに隠れているように言ってあるから気配が混ざるということもない。まだ向こうがきていないのかあるいは…彼女だから何か仕掛けをしているのか。
「来ましたよ」
一応声を出してみる。誰もいないところに向かって言ったからなんか知らない人から見たら絶対変な奴だと思われるかもしれませんけど…
「おう、遅かったな」
……声をかけた方向の空気が一瞬だけ揺らぎ、気づけば私より少し背の高い少女が立っていた。
肩まで伸ばした黒髪に白と赤の髪の毛が所々に混ざっている。それらを掻き分けるようにして生えた小さな二本の角。
ワインレッドの瞳がこちらを探るように見つめている。
服装はこの時代には珍しく矢印がいくつも連なったような装飾がなされているワンピースのようなものを着ている。下着が見えてしまいそうなほど無防備に見えて仕方がない。一応ワンピースの上に丈が極端に短いインバネスコートを着ているようですけど。それとその逆さまのリボンは一体…センスなのか種族的ななにかなのか…
色々と道具を持っているのか背中には大きな袋を担いでいる。これで赤い服を着せれば年に一度だけプレゼントを配るとあるヒトみたいです。
「時間指定はされていないので遅いも早いもないと思いますが」
「気分だよ気分」
「気分ですか……河童の光学迷彩を使って何をしようとしていたんだか…」
上に着ているコートは光学迷彩…確かにとりさんが言ってましたね…仲間が盗難被害にあったって。
「そんなの教えるわけねえだろ。心でも読んで探ったらどうだ?」
「やめておきましょう…それで、用件はなんですか?」
素の性格なのか種族の問題からなのか…ちょっとだけ相手のペースに引っ張られますね。
「そうだったな。ここで無駄話している暇はねえな。そんじゃ、我が名は鬼人正邪。根っからの天邪鬼だ」
「ご丁寧にどうもです。さとり妖怪をやっております身です。面倒なのでさっさと本題に入りましょうか」
一応聞いておくことにはする。ただし賛成する気は元から無いですけど。
「それもそうだな……そんじゃ提案。私と手を組んで弱者の楽園を作らねえか?」
「……弱者の楽園?」
まさかこの時期からそんなことを考えていたとは……恐れ入ります。
「そう!この地底にいるしか無い…地上を追われたものだってここにはたくさんいる。そいつらのことも……」
「ああはいはい。ダウトダウト」
「……あ?」
ダウトは言い過ぎましたね。弱者がどうとかそんなの知りませんよ。あなたがいくら正論っぽことを言っても無駄ですよ。多分勘違いしている気がしますけど私は捻くれた性格じゃないので…
「あなたが何を言おうと私の答えは変わりません。断ります」
「おかしいなあ…さとり妖怪って言ったら結構恨みつらみ持ってると思ったんだけど…」
「……勘違いひどすぎませんか」
恨みとかなんてありませんよ。それにあったとしてもそれは逆恨みになってしまいますから…だってさとり妖怪は…私達の存在なんて恨まれたり恐れられたりしてしまう存在なんですから…
「仕方ねえ…それじゃあ協力させるしかねえな」
「あなたが欲しいのは純粋な戦力…私なんて仲間に入れなくても良かったんじゃないですか?心を読めるのですから使い捨てることなんてバレますし…」
「最初からわかってるよ。実際お前の力も欲しいけど非協力的なのは重々承知してたさ。だからある程度素直に聞いてくれる封印されたやつ…これならどうだ?」
余計ダメですよ。ここに封印されているということは手がつけられないかやばい系のやつしかいませんからあなたと協力なんてとてもじゃないけど…
ふと遠くでこっちを見ているこいしの視線を感じる。
まだよこいし…まだダメ。
「ふうん……じゃあ取引といこうじゃないか!」
そう叫んだ正邪が指を鳴らすと、すぐ後ろに十字架が現れた。
そっちも光学迷彩を使っていたようだ。
だがそれを見た途端、思考の大半がパニックを起こした。
「お燐!」
お腹に巨大な釘を刺され十字架に磔にされたお燐が奴の後ろにいた。
気を失っているのか私の呼びかけに全く応じない。
懸念していたことが起こってしまった。
「これは一種の封印装置だ。大丈夫死にはしねえよ」
そう言う問題ではない。
なんかもう第2の使徒リリ○にしか見えない。
いや下半身あるからあれじゃないけど…
でもこれはなんか混乱する…あと高さがあるから服の下見えてるし…
「……外道ですね」
……次に何を仕掛けてくるのかを確認するために外套の下からサードアイを取り出す。
「褒め言葉ありがとな!」
うわ……この方本当に心から喜んでますね…ほんと天邪鬼ですよ…
でも少しだけ天邪鬼に反発する意思が見える……今は小さいけどそれはもしかしたら…いや、この際関係ないです。
「うわ……」
「なんだ?そんなにあれか?似たようなもんだろお前も……」
正邪がなにか言いかけたその瞬間、彼女のいたところに無数の剣が突き刺さる。
基本日本刀ばかりだが中には青龍刀や斬馬刀も混ざっている。
「こいし⁉︎」
「ごめんお姉ちゃん外した!」
いや外したとか外さなかったとかじゃなくてなんで出てきてるの⁉︎できればもうちょっと油断を誘いたかったのに……でもこいしの気持ちもわからなくはない。
「やっぱり連れてきてたんだな。まあ想定はしていたさ」
駆け寄ってきたこいしがさらに追撃を加えようとするけどこの距離では当たりそうにない。それに先に撃った剣が盾のように私達と正邪を隔てている。
「えっと…まあ交渉決裂ということで…」
まだ取引すら始まっていないのですがね。
もともと取引なんてする気ないですし…
地面に突き刺さった剣を挟んで正邪と対面。この位置からじゃ向こうも私も攻撃は出来ない…まずは先を読んで……あれ?
あれれ?
「お姉ちゃん?」
「ちゃんと出来てるみたいだな。眉唾ものだったけど役立って助かったぜ」
正邪の心が全く読めない。いや読めなくはないのだけれど…能力が阻害されている?ブラインドでもないしなんなのでしょう…
「すごい用意周到ですね」
「仮にも相手はさとり妖怪だからな。隙間妖怪よりかは楽だがむしろ油断できねえのはお前らだ」
さすが弱者ながら強者を手玉に取れるヒトです…
「お燐を返して!あとお空はどうしたの!」
私に変わってこいしが吼える。
ここまで剣幕になるなんて…ああそっか…私と同じか。今は体力の消耗が激しいから体より頭が先に動いて冷静を保ってますけど…あの時と同じ。
「鴉も猫も返さねえよ!しばらくこっちの切り札にさせてもらうぜ!」
そう言って正邪はお燐の目の前に立つ。こいしの剣を警戒してのことだろう。あれじゃあ飛び道具は使えないし接近戦だけになるけど…用意周到だから何してくるかわからないし。
「……ここは私が行く。お姉ちゃんは必要な時に援護して」
「こいし?何言っt……いいえ。分かったわ」
前に出たこいしを止めようと手を伸ばしたけどその手を直前で止める。
考えてみればこいしの方が私より強い…それにいくらお燐達に手を出したとはいえ流石に命まで奪うなんて事はしないだろう。ここは思い切ってこいしに任せた方が良い。
「なんだ?お仲間を助けようっていうのかあ?」
「仲間じゃないよ……大切な家族だよ!」
両手剣を二つ出現させたこいしが一気に距離を詰め、正邪に接近して行った。
あれ?あんなに接近して戦っちゃったら離れた距離から援護なんて無理なんじゃと思ったもののもうすでにそんな考え手遅れだった。
……今のうちにお燐の救助に向かった方が良いですね…なるべく気づかれないように…出来れば無意識に潜り込んでみたいです。帰ってこれなさそうですけど……
お知らせ
来年3月まで諸事情により更新速度が大幅に低下いたします。
楽しみにしている方には申し訳ないのですが、ご了承お願いします。