古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.66 recall

いつも通るこのダンジョンが、今日に限って長く重々しいものに感じる。

さとりとフランが戦い始めたのか、私と狐がダンジョンに入ってから何度も轟音と揺れ、魔力の干渉波が巻き起こっている。

 

「相変わらず面倒なダンジョンね」

 

本来なら黙ってやり過ごす。モンスターもこの際切り捨てていく。止まっている時間すら惜しい。

 

「ならばパチュリー様に言って解除してもらえば良かったのでは?」

 

「フランが暴走した時の最後の砦なのよ?解除はダメよ」

 

暴走したフランを完全に止め切れるとは思っていないが……

大きな振動がダンジョン全体を揺らし、土埃が天上から降り注ぐ。

見た目は古臭いがこのダンジョンの壁はパチェ特製の結界。それがこうも揺さぶられるということは相当強い負荷がかかっているという事。

 

「相当やばそうな気がするのですが……」

 

「そうね…」

 

最悪の場合結界が崩壊するかもしれない。そうすればフランのところにはたどり着けない。それどころか、私達すら無事に結界の崩壊から逃れられるかわからない。その場合…さとりは惜しいが……

『2人とも聞こえる⁉︎』

 

空間全体に我が親友の声が響く。

どうやら結界内部に直接声を送っているようだ。

「しっかりと聞こえているぞ」

 

『レミィね!丁度いいわ。今、結界の内部をいじってフランのところに繋げるわ』

 

「そうか。わかった」

 

これでなんとか間に合いそうね。

そう思っていると、何か透明な膜のようなものを通過したような、体に風の壁のようなものが当たった感触がする。

今のがパチェの言っていた繋ぐと言うことなのだろう。

 

『私も準備ができたらすぐ行くわ』

 

「分かったわ。出来るだけ早めにね」

 

パチェの声が聞こえなくなるのと同時に振動が消え、静寂になる。

気味の悪いほどの静寂…まさか間に合わなかったのだろうかと嫌な予感が頭を横切る。

 

「狐…私の後ろから出ないように」

 

ここからは警戒を最大限にして進む。暴走しているフランが出てきた場合私はともかく、狐は助かる見込みがない。

 

「しかし私はメイドで…」

 

「主人の命令が聞けないの?」

 

別に怒っているわけではないが相当威圧してしまったらしい。

尻尾が垂れ下がっている。

「悪かったわ…でもわかって頂戴」

 

「……いえ、分かりました」

 

目の前に現れる扉。フランの部屋につながっているものではない。どうやらフランは部屋の外にいるのね。

 

扉を蹴破るようにして開ける。優雅さとかそんなもの今は気にしている場合ではない。

呑気に扉をあけて奇襲されようものなら一生ものの恥だ。

 

一気に中に入り込む。

縦に長い空間…螺旋階段のある場所のようだ。

そこには誰の姿もない。本当にここにフランがいるのだろうか…

 

気配を探してみると、階段の下に1人…かなり弱っている。

 

「……階段の下にいるのは誰?」

 

「レミリア…さん」

 

影から顔を出したのはさとりだった。

良かった。生きていたのね。

 

ふらふらとした足取りで近寄ってくるさとりのそばに行く。

「さとり!何があったの!」

 

「フランに…やられました」

 

体はズタズタ。重傷ね……

 

「それで、フラン様はどこに?」

私の後ろから覗き込んだ狐がさとりに聞く。そうだわ!フランよ!どこに行ったのかしら。

みたところいないようなのだけれど…

 

「わかりません……」

 

「そう……ともかく、傷の手当てをするわ」

 

いつまでも痛々しい姿を見せないでほしいわ。

手当をしようとして彼女の手を引っ張る。

「……」

その瞬間、私の横を何かが通り過ぎる。空気の揺らぎ、耳に響いたその音が短剣だと言うことを理解する頃にはさとりの体は後ろに吹き飛ばされていた。

さらに追撃、数発が倒れるさとりの体をさらに貫く。

 

「あなた……!」

 

その攻撃が誰から放たれたものかを理解した瞬間。そんな言葉が口から出る。

狐の腕は、なにかを投げた後のような体勢になっている。

 

「レミリア様は騙せても、私は騙せませんよ」

 

「え?どういう……」

状況が理解できない。説明を求めようとして、さとりの方から無邪気な少女の声が聞こえる。

さとりの声ではない。もっと幼くて、残酷なほど無邪気なもの……

「なーんだ…つまらないの」

 

その場を跳びのき後退する。

さとりの姿はいつのまにか変わっていて、赤紫の髪の毛は金色に…服装も白いシャツと赤いスカートに切り替わっている。

 

「さとりに変装するとは……」

 

空に突き刺さったナイフをまるでおもちゃのように捻り潰しながら彼女は無邪気に笑う。

 

「完璧だったでしょ?でもなんでバレたのかなあ…」

 

私ですら騙されたのだ。確かに疑問ではある。

 

「簡単ですよ。貴女からはローズマリーの香りがしましたからね。さとり様は桜の匂いがするんですよ」

あんたは番犬か何かなのか⁉︎確かに犬と近いような気がするけどなあ!

 

「ちなみにレミリア様はラズベリーです」

 

「何かしら……変な気分」

自分の体の匂いを指摘されるのってなんだか微妙。

 

「さすが狐さんだね!」

 

「玉藻なのですが……」

 

「「狐じゃない」」

 

そもそも玉藻って何よ。言い辛いし狐でいいわ。

 

「いやそうですけど…」

 

それにお父様の時からずっと狐って呼ばれてたじゃない。今更変えろって方が無理な話よ。

おっといけない。話の本筋を忘れていたわ。さとりに化けて油断させておいて…こいつはフラン?

……いや、見た目はフランだろうがこいつはフランじゃない。

 

「それよりも、フラン…いや、貴様に我が妹の名前などふさわしくないな。貴様、さとりはどうしたの!」

 

「さあ?『ワタシ』は会ってないよ」

 

ぬけぬけと…さとりの安否が心配だがまずは目の前のこいつをどうにかしないとまずいわ。

自然体のようにしているけれどあれは構えている合図。実際、魔力の流れは戦闘態勢に入っている。いつこちらに攻撃が飛んできてもおかしくはない。

「それよりお姉様。遊びましょ?」

 

フランの姿がその場所から失せる。

咄嗟に手をクロスしてフランの拳を受け止める。

「貴様に姉呼ばわりされたくないわ」

 

大した加速ね。でもそんなんじゃ当たらないわ。

 

「残念だなあ」

 

何が残念よ。

「レミリア様!援護します!」

 

後ろからナイフが飛んできて、フランに襲いかかる。

「ッチ……」

 

舌打ちしながらフランがバックステップで後退。再び振り出しの状態になる。

「狐さんは邪魔しないで!」

 

フランが怒鳴りながら弾幕を展開。

回避のため横に飛ぶ。

土煙が上がり、狐の姿が見えなくなる。

「全く…遊ぶならもっと静かに優雅にしなさい」

 

「ええ!楽しめないじゃん!」

そもそも楽しめるものではない。

「楽しまなくて結構です」

 

土煙の中からいくつかの狐火が飛び出す。それを合図に私も飛び出す。

狙うは彼女の手。

 

空中に投影した魔法陣からさっきのフランとは比較にならないほどの弾幕を撃ち放つ。

もちろん回避されるがいくつかは命中している。大したダメージではないが、目くらましにはなっただろう。

怯んだフランの体に狐火が着弾する。

 

「きゃあああ!」

 

甲高い悲鳴が上がり、彼女の体が燃え上がる。

いくら彼女が強いといっても全身に火の手が回ってしまえば関係ない。

燃え上がる彼女の腹に拳を叩き込む。

私の体を掴もうとしてきた腕を素早く掴み返し、全体重を込めて足でへし折る。

いくら回復能力が優れていても少しばかりは時間を稼げる。

「捕まえたわ」

妙に手応えがなさすぎるのが少し気になるところなのだけれどね。

 

「鬼ごっこなんてしてなかったんだけど」

 

私を見つめるその目はフランの目ではなかった。

可愛らしい赤い瞳はそこにはなく、彼女の瞳は、どす黒い…闇のようなものに染まっていた。

今まで見たことのないその瞳……そうか。貴様が本性なのか。

 

「死んだ魚のような目だな。いい加減フランから出て行ってほしいものだ」

 

「……私はフランだよ?フランと共に育ちフランとともに今まで生きてきた……」

 

「貴様の存在がたとえそうであっても……フランも私も貴様を望んではいない!」

 

「どうして?みんな心の中にあるはずよ。私はそれをただ実践しているだけ……」

頭に拳を叩き込む。

顔面が潰れ、鮮血が舞う。

 

「貴方だって…そこの狐だって持っているはずよ」

 

「…黙れ」

 

ナイフが私の体すれすれを通り、フランに突き刺さる。

それでもフラン…だったものは喋るのをやめない。

「破壊衝動。力を持つからこそ沸き起こる全てを壊そうとする欲求。その力で他者に絶望を産み付ける快感!」

 

「……黙れ」

 

「フランはそれを望んだ。だけど彼女は臆病だった。だから私が……」

 

「黙れええぇ‼︎」

 

何発も拳を叩き込む。何度も…何度も…

こいつにフランの何がわかる!私は…私がなんのために今までフランを救おうとしてきたと思っている!

貴様に…フランを語る筋合いはない!

 

気が落ち着いた頃にはフランの姿はボロボロの状態になってしまっていて、すぐに罪悪感が湧いて出る。

いくら表に出ているのが狂気だからと言ってもやりすぎだ。体は所詮フランのもの。私がやったことは同時にフランを傷つけるということ……

「あ…」

 

「痛いなあ…」

 

それでも狂気は喋り出す。

「レミリア様!どいてください!」

横目で後ろを見れば、狐が再び狐火を放っていた。完全に意識を奪うつもりなのだろう。

すぐに後ろに後退する。

 

このままいけば直撃、これだけのダメージを与えれば意識も飛ぶはず。後はさとりを回収して一旦戻るだけ……

 

「それで…どうして私が1人だけだと思ったのかしら」

ボロボロの彼女が、不敵に笑みを浮かべた。

その瞬間、玉藻が放った狐火を、どこからともなく現れたもう1人のフランがガードする。

 

「な…分裂⁈」

 

2人になったフランを見て玉藻の表情が焦りに変わる。そんなに顔に出していたら相手に情報を与えてしまうわ。戦場では命取りよ。

 

そう言えばフランは分裂出来たわね。一体あたりの力が減るはずだから奇襲が失敗したこの状況で使ってくるとは思ってもみなかったわ。

まあ、狐には十分奇襲になったようだけれど。

 

「狐さんは知らなかったっけ」

 

「本来なら、貴様の相手は私がするはずだったのだがな」

 

増えたところでやる事は変わらない。本当の破壊神になる前にどうにかしないとフランが保たないわ。

 

 

 

 

 

 

 

どこかで再び爆裂する音が響く。

一度収まっていたそれは…今度は激しい魔力波を伴った攻撃に変わっていた。

目の前にいる存在が私の頬をそっと撫でる。

「……派手に刺しましたね」

 

これだけ見ればそうでもないものの、私のお腹には無機質な鉄色の棒…いや、一応剣のようなものが突き刺さっていた。

背中からお腹まで綺麗に貫通し串刺し状態になった体はそのまま近くの壁に剣ごと突き立てられている。

 

「その割には痛がってる風には見えないけど?」

 

「痛くないですからね」

実際痛みはほとんど感じない。それが私の良いところであり悪いところ。傷の状態が目視できないと全くわからないのは少し不便です。

 

「ふうん…まあこのまま壊すのももったいないから…たくさん遊ぼ!」

 

まだ…彼女は能力を使わないようですね。

壊そうと思えばいつでも壊せるのだから確かにそういう発想になるのもまだ自然ですが…

それにしても狂気が破壊衝動以外の理由で動くとは…

「貴女は壊したいんじゃないんですか?」

 

「いくら私が狂気でも理由なく壊したりはしないわ。面白かったら遊びながら少しづつ壊すのよ。そうじゃなきゃ、つまらないでしょ?」

 

「つまらなかったら即壊すと…」

 

「当たり前じゃん」

 

当たり前なのは分かりましたけど、どっちにしても最終的に壊す以外の選択肢がないのですが……

「それにこの力疲れるんだよなあ。分裂してる時は使えないし」

 

勝者の余裕というやつだろうか…聞いていないこともペラペラ喋ってくれる。

その余裕が命取りなんですけどね。

「じゃあ…分裂しなければいくらでも使えるのですね…」

 

「そうだよ?だってこの力は私そのものだもん!」

 

……いえ、貴方の力というよりは力あっての貴方。

身に余るその力が精神を侵食していく過程で生まれた副産物のようなもの。

能力の本質は破壊、だから侵食も破壊衝動…それもまだ幼い頃の純粋無垢なものがメインになった。

 

貴女は本質的に力によって生み出された破壊欲求を満たすためだけのもの。

 

「あなたはどんな風に鳴いてくれるのかなあ」

 

フランの自我はこんなものではないはずだ。もしかしたら既に手遅れで、こっちが本当のフランになっているのかもしれないけれど…それでも私の直感は、フランの自我がまだ生きていると言っている。現に、私は相当彼女を怒らせた。

あの時…私には確かに殺意が向いていた。破壊衝動に怒りが加わればそれはもう気が済むまで止まらない。

それなのに私はまだ生きている。

たとえ能力が使えなくてもあの状態なら後方からこの剣で頭でも心臓でも貫けたはずだ。

なのにそれをしなかった……いや、邪魔されたのだろう。

でなければ心臓の下スレスレのところをピンポイントで突き刺すはずはない。

 

「……あなたはだあれ?」

 

「気でも狂ったの?私はフラン…」

 

「嘘だ!」

 

これがしたかっただけ。

でも彼女はフランじゃない……そう…まだフランではない。

 

「……どうしてそんなこと言うの?」

 

「本当のことだからですよ」

明らかに動揺している。サードアイもそのままだから考えていることが全てこちら側に筒抜けです。

でもほとんどはよくわからない狂気のようなもので思考しているのかしら怪しくなってしまいますけど。

それでも彼女の心の中でそうだと叫ぶ何かを感じ取った。

まだ…間に合いそうですね。

「……あなたのような勘のいいお人形は嫌い」

 

フラン……狂気の視線が冷たい氷のように体を射抜く。

殺気ではないにしろ機嫌を損ねたようだ。

「それじゃあ壊しますか?」

 

「いいえ、壊すより先にお姉様と遊んでくる」

 

貴方は最後…か。

物騒ですね。

そのまま去っていくフランに声をかける。

 

「……お腹のこれ抜いてくれないんですね」

 

「だってそんなことしたら逃げちゃうじゃん」

 

そうだけれど…お腹に刺さったままなのは少し嫌なのですが…

傷の回復もままなりませんし、これ……純粋な魔力の塊だから体に刺さったままだと妖力と絡み合って何が起こるかわからない状態なんですよ。

 

「それじゃあ部屋で大人しくしててね」

 

フランの部屋の扉が閉まり、私は1人…フランの部屋に残される。

 

クマのぬいぐるみやドール人形など、年頃の女子の部屋といった感じの部屋に、血の池が広がる。

私の血…傷口が塞がらない為流れっぱなしのものだ。

改めて見るがかなり不釣り合いだ。

 

「……さて、脱出しますか」

 

いくら体に刺さっていても、油断してはいけませんよ。

それに…だいたい読むことは出来ましたから。

 

どうしてかは分からない。でもどうすればいいかは解る。創造の理念を鑑定し、基本となる骨子を想定し、成長に至る経験に共感し、蓄積された年月を再現し、あらゆる工程を凌駕しつくし、ここに幻想を結び……力を施行する。

過程を飛ばして結果だけを得る…本来の能力の使い方だ。

 

でも…まだ足りない。

もう少し見ないといけない……


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