古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.67 desperandum

爆裂音がすぐ近くで鳴り響き、体が揺さぶられる。

足に力を入れて踏ん張ってみれば、今度は衝撃波が体を木の葉のように蹴ちらす

視界が何度もひっくり返り、目が回る。

余波だけなのに全くひどいものだ。

いや、余波というよりこちらも巻き込むつもりで撃っているのだろう。

 

「狐…死にたくなければ下がりなさい」

 

レミリア様の声が耳元でするが、私が視認しようとした頃にはフランとの応戦に戻っていってしまう。

私の常識では考えられないほどの高速かつ高出力の戦闘。

あれでも2人とも全力ではない。それが恐ろしいところだった。

 

それでも段々とアレが見えるようになってくる。

目が2人の速度に慣れてきたようだ。

目まぐるしく変わる2人の立ち位置。

ナイフを構えるが、早すぎて追いきれない。

その上牽制に専念しようにもレミリア様に間違えて当たってしまいそうだ。

奥の手もこの速度では追従しきれない。

そもそもあれは、対象がこちらに迫ってきている時に使うもの…いわばカウンターである。この状況では使いようがなかった。

 

紫色と赤色の光が空中で螺旋を描き上に登ったり下に降りたりを繰り返すその合間にも何度も攻撃が重ねられているのか何度も接近しては弾けを繰り返す。

時々飛んでくる弾幕を回避しながら考える。

 

それでも何かしなければならない。

でも戦闘には参加不可。じゃあすることは一つ。

 

「さとり様を探してきます!」

 

あんな2人に対処できるはずないし支援だって無理!さあ、さとり様を探すために逃げようじゃないかー。

確かさとり様の匂いはこっちからしてるから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狐が奥の方に走っていく。そう、それで良い。これで手加減する必要も無くなった。

合体したフランの攻撃を受け流しながらそんな事を考える。

吸血鬼である私たちの力は広範囲殲滅戦を想定したものだ。

下手をすれば巻き込んでしまう。

 

「これで邪魔は消えたね!」

狂った笑みを貼り付けてフランのような奴が笑い声をあげる。

 

「それはこちらのセリフ」

 

あれはまだ全力じゃない。ただ遊んでいるだけだからなのかはたまた別の原因があるのか。どちらにしろ本気で来ていないこの僅かな時間が勝負どころ。一気に仕掛ける。

右手に出現させるは愛用の槍。私の身長より長いその槍は魔力を表面にまとい紫色に光る

 

北欧神話の槍、その名はグングニル。

普段は私の体にしまい込んでいる仕込み武器だ。フランのように純粋な魔力の塊で作る剣などではない。

「へえ……面白くなってきたね!」

 

視界から消えるように急接近したフランを槍で軽く弾く。

あの程度の速度に追従できないほど私の体は訛ってはいない。それにこの槍の特性上、身体能力は上昇する。

「姉より優れた妹などいないのよ!」

 

こちらから接近。フランの体を何度も槍で突く。

 

「じゃあ私は…お姉様より強いことを証明して…妹をやめるぞ!」

 

それでもタダでやられてくれるほど甘くはない。私だってあいつがそんな簡単にやられるなんて思っていない。

だがはっきりしていることがある。

 

フランが…私の妹を辞めるなんてこと望んでいるはずない!

これ以上フランの心を弄ぶようなら…容赦はしない。それがたとえ、フランの体だったとしても…

 

展開されたレーヴァテインと私のグングニルが重なり合い、強大な力の本流が生まれる。

打ち合うごとに、周囲の壁が、階段が破壊され瓦礫となって落ちて行く。

 

レーヴァテインはその力の消費の激しさから展開中は他の攻撃をすることはできない。

 

「アハハ!お姉さま弱い〜」

 

「そういう貴方も私を倒すのには力不足ね」

 

それでも馬鹿力と一発一発の威力が大きいため、圧倒出来ているわけではない。

必要なら避けるし弾幕を巧みに使って距離すらとる。

それでも避けきれないものを受け止めるたびに腕が麻痺したかのような感触に陥る。

 

「あなたのそれは馬鹿力だけかしら?フランならもっと上手く使えたのだけれど」

力任せの攻撃でなど怖くはない。軌道は単調で読みやすいし予測もしやすい。それに一回の隙も大きい。

 

「強がり?やめたほうがいいよ」

 

「強がりなんかじゃないわ。約束された運命よ」

 

グングニルで殴りつけながらフランの後方三方向に弾幕を張る。

しつこいと言わんばかりにフランのレーヴァテインが振り下ろされる。

剣と槍が交差し、激しく火花が散る。

レーヴァテインが持つ力を斜めに受け流し、大きく振りかぶりすぎたフランの鳩尾に蹴りを入れる。

くの字になった彼女の体が後ろに吹き飛ばされ、張っておいた弾幕の壁に突っ込む。

 

爆発。土煙で視界が遮られる。

 

やったか?なんて考えるのは愚策。

気配はまだ消えていない。相当ダメージを与えたはずなのだけれど…

 

槍を構えて追撃体制に移る。だがこれ以上やるとフランの心にも負荷がかかりかねない。

私は一瞬だけ躊躇ってしまった。

 

「甘いよお姉様」

 

だから背後から聞こえたフランの声に、咄嗟に体を動かすことをせず、背中に衝撃を食らった。

 

吹き飛ばされる体は運動エネルギーをほとんど消失せず壁にめり込む。

内臓の一部が潰れたのか、口から血が吹き出る。

 

「もっと遊んでたかったのになあ…」

 

鉛のように重たくなった体を動かそうとして、お腹のところに違和感を感じる。

 

「ゲホ…な…何よこれ」

 

体の真ん中に大きな穴が空いている。それを理解した途端体に激痛が走る。

すぐに体は回復しているようだが、このままでは間に合わない。

 

「それじゃあ、ちょっと寂しいけど…さようならお姉ちゃん」

 

霞んでしまった視界の中で、禍々しい気配が私を貫こうとしてくる。

それがなんなのか理解している私は咄嗟に、弾幕とレーザーを乱射する。

魔法陣が私の周辺に展開され紫や赤色の魔力弾が空間を埋め尽くす。

だがその攻撃も霞んだ視界ではまったく効果を発揮しない。

 

「まだ頑張るんだ…フランも貴女も往生際が悪いね」

 

言ってろ…この外道。

 

貴女の勝ちは…ありえないわ!

 

鮮血が飛び散り、何かが貫く。

 

「……え?」

フランの体を貫いたそれをようやく復活した視界で確認する。

赤紫色に輝くその槍…グングニルが、私の腕に向かって飛んできた。

 

それをキャッチしながら空中に再び戻る。

「な…なんで」

血を吐きながら訪ねてくる彼女に不敵な笑みを浮かべる。まさかこの槍のことを知らなかったのだろうか。

 

「もうちょっと学習したら?これはグングニルよ」

 

たとえ視界がぼやけてしまっていても、この槍には関係ない。神話の武器のように絶対命中とまではいかなくとも、それに近い性能は持っている。それ故に、この槍は私の相棒なのだ。

 

回復した私と反対に、ダメージを負ったフランの体が下に降りて行く。

 

「フランに体を返しなさい」

 

「い…嫌だって言ったら?そもそも…私だってこの体の主…」

 

「なら貴方の意識を奪うまでよ」

 

私にそんな術はない。だけれど、やってみるしかない。

 

「もう…怒った」

 

フランの雰囲気が一気に変わる。さっきまでとは違う…この感覚は、殺気。それも先程までの甘いようなものではない。全てを破壊しようとする破壊を伴ったものだ。

 

「ぎゅっとして…」

 

まずい!

フランの視界から外れようと体を動かす。

 

 

その瞬間、頭上でなにかが割れるような音がして、私とフランの姿を降ってきた濁流が飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発音のようなものが響き渡り、なにかが地面に叩きつけられる音がする。それも個人などではない。もっと大きな何か…いや、液体といったほうが良いだろうか。

 

それがこの部屋の扉すら破壊しようと迫ってくる。

さて、私の準備もできたことですし…ここにいつまでもいるのはやめましょうか。

 

体に突き刺さった魔力の棒に手を近づける。

棒を構成する魔力を解読…吸収。

 

「さとり様!ご無事です……か?」

 

吸収し終わったのと同時に、部屋に誰かが飛び込んでくる。

顔を上げて確認してみればそれは玉藻だった。何処をどうかけずり回ったのか…若干埃っぽい。

まあそれは良い。彼女が来てくれたのなら好都合です。

 

「ああ…ちょうどいいところに来ましたね」

 

「さとり様!そのお腹の傷は⁉︎」

 

まだ空いたままだったわね。まあ、戦闘に支障は無いのだから気にすることでもない。

「平気よ。それよりフランは?」

 

「螺旋階段のところで…レミリア様と戦ってます!」

 

そう…なら行かないといけないわね。それにしても…部屋外に別のダンジョンが出来ているなんてね。玉藻もお疲れ様。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

「行くって…まさかあそこにですか⁉︎」

 

当たり前よ。私が何の為にここにいるのか…その勤めを果たす時よ。

轟音が大きくなる。どうやらしゃべっている時間はないみたいだ。

 

「玉藻…手伝ってくれますよね?」

 

「……勝算があるなら」

 

「半々よ。それでどうかしら」

 

あのフランに勝てる確率が半分もあるのだ。良い方だろう。

 

「……分かりました」

 

素直でよろしいわ。

いつもの癖で頭を撫でてしまう。でもお燐とは違い、なんだかサラサラする。

おっと遊んでいる暇は無かったわね。

 

すぐそこに迫った轟音に向き直り、片腕を振るった。

 

 

 

吸血鬼は流れる水の上では飛べないし力も出せない。

それがなぜなのかはよく分からない。

興味もないからそういうものだと思ってはいたがここに来てその考えを反省する。

 

「レミィ!大丈夫⁉︎」

 

フランとともに濁流に飲まれた体は、水中で首根っこを掴まれ空中に引き上げられた。

水中で何箇所も体をぶつけたためか、至る所が痛い。

それでも我が親友がしっかり助けてくれたから溺れなくて済んだ。

 

「ありがとうパチェ」

 

私を担ぐ形で空中に静止した七曜の魔女は、無言で下を眺めていた。

吸血鬼最大の弱点である流水の中に取り残されたフラン。このままだとすぐ窒息してしまうだろう。

 

「貴女を助けるためとはいえ少しやりすぎたわ」

 

「気にしないで…」

 

 

渦を巻く濁流の中…この水の流れでは気配を見つけることすらできない。

 

……あら?

渦の中に気泡のようなものを見つける。僅かだが妙に気になってしまう。

「パチェ…あれは」

 

「……まずいわ」

 

目を離したその隙に気泡はどんどん増えて言っていたようだ。それに伴い、底の方が赤く光りだす。

 

「ま…まさか…」

 

吸血鬼は水中じゃ人間と同じ程度の戦闘力しか持たないはず!なのにこれは…まさか!

 

水が蒸発し始めたのか湯気が発生し、渦の動きが変わり出した。

「これは…火属性魔法⁉︎」

 

パチェの声と同時に螺旋階段を流れていた水が吹き飛ぶように真上に上がる。

 

吹き飛んだ水が私たちを追い越し遥か上で弾ける。

 

「そんな…あれだけの魔力をどうやって……」

パチェの言いたいことはわかる。だが現実に彼女はあれだけの魔力を使ってみせたのだ。

 

「水中じゃまともに戦えない…なんて常識通用しないわね」

 

まったく困ったものね…それに大分怒らせちゃったかしら…

 

剣幕な表情を浮かべたフランが、びしょ濡れになった床に座り込みながらこちらを罵る。

なんて言ってるのかは聞こえないがどうやら甚振ってから殺すだのなんだの喚いているようだ。

 

「パチェ…あいつが何言っていたのかわかる?」

 

「あなた…聞こえていなかったの?」

仕方ないじゃない。雨のように降り注ぐ水のせいで聴覚が麻痺しているのよ。

 

日常生活には支障はないけどこの距離で何を言ってるかは分からないわ。

「ともかく!ここは一旦退散するわ!」

 

「パチェ…待ってほしい」

逃げるのはたしかに得策だが、下にはまだ玉藻やさとりがいるかもしれないのだ。ここで置いて行くわけにはいかない。

 

「……今のあなたじゃ残念だけど…」

 

「倒すだけなら簡単…だが狂気だけを取り除くとなるとほぼ無理か」

 

やはり私では無理…でも時間を稼ぐだけなら…

 

「……!」

爆発的に溢れ出した魔力の流れ。咄嗟にパチェを押して壁まで退避する。

それとほぼ同時に、さっきまで私たちがいたところを魔導砲のエネルギー波が通り抜ける。

 

「しゃべっている暇はないわ!」

 

「そうね…なら援護するわ!」

 

パチェが魔法陣を空中に描き反撃の咆哮をあげる。

喘息持ちの彼女の体にあまり無茶はさせられない。玉藻…さとり。早くしてくれ。

 

急降下する私を血のように真っ赤になった目が見つめる。

咄嗟に障壁を張り、迫ってくるレーザーを弾く。

 

「フランッ‼︎」

 

「ハハハ!まだ妹の名前を叫ぶか!」

 

グングニルを再び右手に構えフランを突く。

だがさっきとは比べものにならない機動で避けられてしまう。

右に左に避けるフランに左手で魔法陣を描き攻撃を出す。

 

「そんなんじゃ私は捕まえられない…」

 

いつのまにか真後ろに回られていた。とっさに体を前に吹き飛ばす。

背中をなにかが掠める。危ない…一歩でも遅れていたら切り裂かれていた。

 

「残念ね」

 

「それだけじゃないよ?」

 

フランが何かを空中に描く。見たこともない魔法陣だ…

 

「さっきのお返し!」

 

魔法陣から放たれたのは大量の水。それが床を埋め尽くし、水流を作る。

「なるほど…そうきたのね」

 

これで飛べなくなった。

だがすぐに上から別の魔力を感知。すると床に向けて火の龍が突っ込んだ。

パチェの魔法だ。

 

「ッチ…」

 

「舌打ちなんてしちゃダメよフラン」

 

さて、状況は振り出し、あまり良い状態ではないわね。

「貴女は…どうしてもフランの体が欲しいのね」

 

「おかしなこと言うね。私はフランだよ?ちょっと違うだけで私は私」

 

「……そう」

 

なんとも理解し難いわ。

 

しばらくの沈黙。私もフランも迂闊に攻撃ができない状態だった。

パチェからの追撃は無し。少し様子見のようね。

 

沈黙の時間が続く。

そのまま数秒…いや、体感時間では数分だろうか。ずっと睨み合ったままであった。

 

「想起…『そして誰もいなくなるのか』」

 

見知った声が静寂を切り裂く。……良かったわ。まだ生きていたのね。

大量の弾幕がフランの周りに現れ、様々な方向から襲いかかる。でもさとりの姿は見えない。

 

「……?」

 

フランの動きが完全に弾幕回避になる。だが私も弾幕が邪魔でフランを攻撃することができない。

 

「まあ分からなくて大丈夫ですよ」

 

またさとりの声が聞こえる。それと同時に弾幕が晴れる。

フランを挟んだ反対側にさとりがいるようだ。だが私からはよく見えない。

「な…なんなのその姿」

 

驚愕するフラン。私からは丁度死角になっていて見えないものの、その気配は確かに異質ではあった。

 

「さあ?なんなのでしょうね」

 

その声が聞こえた瞬間、ようやく彼女の姿が露わになる。そこには、最後に見たときはかけ離れたさとりの姿があった。

 

お腹に開いた大穴とそこから垂れたであろう血で下半身は真っ赤になっている。だがそれ以前に、彼女の体からフランの力が見える。

目は赤く…背中には黒と赤茶色のエネルギーの塊が羽のような形を形成していた。

 

「さあ、U.N.オーエン…遊びの続きをしましょうか」

 


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