古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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なんとも言えない真っ暗でよくわからない…いや、侵食されそうな空間だ。

手足にまとわりつく影。影と言っても泥のようにしぶとく絡まってくる。

こんなところにずっと1人でいたのでしょうか……

体はまだ降っていく。相手の心に共感して来たのか体の底から嫌な気分が湧き出る。それがお腹あたりで不快感を示すようになる。

余計な感情を捨てて全てを受け入れる。

足や手に纏わりつく影が赤やオレンジの光を発し出す。

それらは、血管のように影の至る所に線を作り、脈動し始める。

フランと認識し間違えているみたいだ。彼女の魔力が体に流れこむ。

このままだと暴発する危険が出てきた。

もう一度魔力で羽を作り過剰な量の魔力を放出する。

火のように揺らめく赤と黒の羽が辺りを染め上げる。

 

 

 

「フラン……どこ?」

 

フランの名前を呼ぶが応答はない。

答えられないのかあるいはいないのか。でも呼びかけそのものは通じているはずだから反応があってもおかしくない。

そうこうしているうちに、地面のような所に足が接地する感覚が伝わってくる。相変わらずの真っ暗な空間。気を抜いたら一瞬で向こう側の世界に行ってしまう。

手探りの状態で歩き出す。歩き出すたびに足元から何かが入ってくる感触に悩まされる。実際は入ってきたというより心が同化していっている証拠なのだが……あまり気分のいいものではない。それにどうせここは彼女の深層心理。

来ないでと望めば彼女にはたどり着けないしその逆もまた然り。

距離などの実体もなければ私だって形などない。ただし脳はそんなもの理解できるはずもない。だからサードアイは実体があるかのような幻影を脳に叩きつける。99%同じ。だけれど違うもの。

 

 

「ーー!」

第六感が警告を促し咄嗟に右に体をずらす。

頭のすぐ横を赤色の閃光が通過していった。

 

「……危ないじゃないですかフランさん」

 

目の前の影が収束していき赤い光を放つ。その輪郭はさっきまで戦っていた少女と同じだった。

 

「邪魔者を追い出すだけよ。ここは私と彼女の世界。部外者は消えて」

 

殺気全開。でも話し合う余地はあるみたいですね。でなければ私は彼女の能力に殺されていたはずです。

「貴女じゃなくてフランさんに用があるんです」

 

目的はあなたじゃない。貴女ではフランさんの代わりは務まらない。

 

「私だってフランだよ」

 

「なら貴女に、破壊と快楽以外の感情は?」

 

私の問いに無言になるフラン。やっぱり貴女はフランさんの感情の一部でしかない。

フランであっても……貴女じゃフランドール・スカーレットは務まらない。

 

「貴女がフランさんの感情から生まれたのは分かりますけど……貴女のやってることはフランさんを傷つけるだけです」

フランさんは破壊なんて望んでいない。誰かが傷つくこと、誰かを傷つけてしまうことを望んでなどいない!

「知った口を聞かないで!貴女に何がわかるというの!」

 

図星だったのか何なのかは分からないが、フランは影のようなものを投げつけてきた。

当たるとまずいと体が反応し、バックステップを踏みながら後退する。

 

「残念ですが、この身は心の全てを見通せるんです」

 

想起のレベルを1段階上げる。足元に水色の波紋が広がり膨大な情報が一気にサードアイに流れこむ。

途端にフランさんとフランの思考が全て脳に伝わってくる。

「なるほど……」

 

「や、やめろ……」

 

彼女達がどう思ってどう感じているのか。その全てを理解する。だけどその殆どは言葉にする事が出来ない難しい感情の紐。

この紐の全てを理解するのが私の役目。

 

「やめろ!見るんじゃない!」

 

取り乱し始めましたね。まあ、それも仕方のないことです。

それじゃあ本人をここに呼ぶとしましょうか。本当は呼ばなくても良いのですけどね。

だって影で見えないだけでそこにいるのでしょう。

「起きてくださいフランドール」

 

その言葉とともに闇がどこかへ消え去る。

周囲の光景が白くなり、フランの影があった所には普通の少女がたたずんでいた。眠っているのか身動きを一切しない。

 

「……ここは?」

眠っていた彼女が目を覚ます。随分と長く寝ていたようですね。

時間にして20時間以上。私と出会う前からずっとですか…なるほどなるほど……

 

「おはようございます」

 

「貴女は……」

 

ようやくこちらに気づいたのか、私に焦点合わせた彼女が驚きで目を見開く。

純粋な感情が伝わってくる。

「お節介を焼いているただの妖ですよ」

 

「妖……?」

 

頭が回転していないのか私の姿に何か思うことがあったのか首をかしげるフランさん。

記憶そのものはフランと共有しているはずですけど…少し混乱しているみたいですね。

 

「……あ」

 

ようやく思い出してくれたみたいですね……って何ですかこの感情。

罪悪感、後悔、懺悔、自己嫌悪、恐怖、怒り、焦り……全て負の感情。真っ白だった世界が一瞬にして大雨に変わる。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

大泣き、降り注ぐ雨が、辺りを濡らしていく。

お、落ち着いて!だ、大丈夫だから。それに気にしてない…は言い過ぎですね。でもまあ、あまり気にすることでもないですし。

「とりあえず落ち着いてください」

 

「だって…私、みんなに酷い事しちゃった……」

 

「大丈夫ですよ。みんな許してくれますから」

 

ゆっくり側に近づく。それでも罪悪感からなのか私から距離をとろうとする。

「でも、フランは……」

 

「大丈夫…素直に気持ちを伝えれば許してくれます」

だって貴女のお姉さんはとても妹思いなのだからね。

それでも不安なのか顔を伏せている。全く……

小さな…でもほとんど同じ背丈の彼女を優しく抱きしめる。

暖かい…私より暖かいですね。いや、私が冷たいだけか。

 

「……それに、一人で抱え込んじゃダメ…ちゃんと相談しなさい」

 

「……うん」

 

この子は抱え込んでしまう癖がある。その結果としてあの子があそこまで形成されてしまったのだ。

あれは押さえ込もうとすると反発して行く。多分最初はそうでもなかったのでしょうけど彼女がそれを認めなかったから…1人でどうにかしようとしたからあそこまで壊れてしまったのだ。

 

「さあ、貴女はどうしたい?」

 

フランさんの耳元でそっと囁く。

ちょっと魔女っぽい感じになってしまいましたね。でもまあ、もう時間がないですからね。もう少し待っていて欲しかったのですけどそろそろ彼女がきてしまいます。

 

「どうしたいって……」

 

「あの子をどうするかです…このまま消しますか?それとも、共存の可能性を考えて見ますか?いずれにせよ貴女がしたいようにしてください」

フランさんがどう思っているのかによる。

 

「私は……」

 

再び空間が真っ暗になった。

ああ…まだ決心が決まっていないのに……

フランの後ろに、再び影ができる。

 

「ナニヲシテイルノ?」

 

何をしているのでしょうね。

っていうかさっきより怒りが増してないですか?なんででしょうね…

 

「フラン二触ラナイデ」

 

「あ…嫉妬ですか?」

パルパルですか?多分パルパルさんなら喜んでその感情もらいに行きますよ。

「おっとごめんなさいね」

 

フランさんを後ろに隠すように間に入る。

真っ赤な目が私を睨みつける。その目線…いや、目線なのかどうかわからないけれど…殺気がひしひしと背中に伝わってくる。

 

「モウ、死ンデ」

 

「さとりさん!早くあいつから逃げて、私がどうにかするから!」

あれに向かって、飛び出そうとした私の方を肩をフランさんが掴む。

 

「どうやらあれは私に用があるみたいです」

それに…あなたを消そうとしているようですし…

うん、逃してはくれないみたいですね。でも大丈夫…多分ですけど。

「フランさん…被害を受けないように……」

 

「マサカフランヲ護リナガラ戦ウツモリ?」

 

「そうですよ?」

 

何を言ってるんですか?それにフランさんも、そんな心配しなくていいんですよ。だから早く決めてくださいね。貴女がどうしたいのか。私はただ守るだけ…

 

 

「こいよフラン擬、魔力の貯蔵は十分か?」

臨戦態勢に入り、力の流れが変わる。勿論それは私ではなく彼女の力であるが、その一部が私にも流れ込んできている。

 

「もうやめて!」

フランさんが私の腕を大きく引っ張る。そのまま地面に押し倒される。

そこには、もう迷わないと決意した少女の瞳があった。

「フランさん……決めたみたいですね」

 

「私は……」

 

共存…ですね。分かりました。

言葉が続かなかった彼女の思いを読み取る。

その言葉を待っていた。

だけどそれと共に、フランさんの体は私の上から消えた。そして私も、何かが近くで弾け、衝撃波で吹き飛ばされる。

 

「貴女モ私ヲ否定スルノネ?」

 

あ…これはまずいです。彼女、フランさんまで標的にし始めましたよ。

フランさんに手は出させない。

 

体勢を立て直し、カゲに向かってありったけの弾幕を投射する。

愛用の刀があれば接近できたのですが…生憎、今持っているのは銀のナイフくらいです。

 

弾幕の中から触手のように伸びたカゲが、私を貫こうと向かってくる。

未来位置予測、予測した所に障壁を張り全ての触手を受け止める。背後にはフランさんがいるのだ下手に動くことができない。

厄介だと判断したカゲが、私を先に倒そうと決めたようだ。その思考の全てがこちらにある事を理解せず……

 

どこに攻撃してくるかがわかっているのであれば、それを元に回避することなど容易い。

弾幕や接近しての攻撃、その全てを躱していく。

ただ、レーヴァテイン二本で攻めるのはやめてください。熱風で服が焦げる。

「クソ!ナゼ当タラナイ‼︎」

当たりたくないからですよ。

それにあれの刃は白刃どりすら出来ない焔の塊。でもまあ……そんなに見せてくれたら私だって出来ますよ?

全く…なにかを守りながらは難しいです。

焦りから出た一瞬の隙を突いてお腹に蹴りを叩き込む。ついでに目玉であろう所と口にナイフを突き刺す。

あ…なんか痛がりながら怒ってますね。

これで少しは時間が稼げると……さて、フランさんは…まださっきの衝撃で気絶したまま…いやさっきの攻撃のせいで眠っているみたいですね。

彼女を起こさないとカゲをどうこうするなんてできませんね…

障壁を張りつつフランさんの所に戻る。

「フランさん…起きてください」

 

障壁が耐え切れるのはせいぜい数秒。でも、フランさんを起こすにはそれで十分。ちょっとショック療法になっちゃいますけど…

彼女にとってのトラウマを再現する。それは悪夢であり、単なる怖い夢。でも軽くやったし記憶には残っていないだろう。

悪夢から目覚めた子供のように悲鳴をあげながら起きる彼女。

 

「あ…あれ?今のは?」

 

その直後、ガラスが砕け散る音が周囲に響く。

「サトリイイイイ‼︎」

いくつもの剣が空中に現れる。

相当怒らせてしまったようですね。それに複数に分裂していますし。こりゃ逃げられない。それにこれだけフランさんと接近してしまっていれば……私が逃げたら彼女が……

 

フランに命中コースを取る剣を弾幕で弾き飛ばす。

あわよくば自分に向かってきているものもと思いましたが、それは欲張りすぎたみたいです。

体の数カ所になにかが貫通する感触がする。

またですか……

「さとりさん⁉︎」

 

「平気ですよ…ちょっと刺さってるだけですから」

突き刺さった剣を体から抜く。

でも相手は待ってくれない。2本目を抜こうとした途端、頭を潰そうと拳が飛んでくる。それも2人分。

「分裂しないでほしかったのですが」

その拳を右腕の犠牲と引き換えに耐えきり、文句を漏らす。

また分裂するんですか…迷惑ですね。

「貴女ガワルイノヨ」

 

そうですけど…

その瞬間私の体は後方へ再び吹き飛ばされる。

フランさんが何か叫んでいるようですけど…何も聞こえない。

 

体が地面に叩きつけられ刺さったままの剣の先が折れて身体に残ってしまう。

「乱暴しないでください…」

 

痛くはないですけど精神的にきついんですからね。

立ち上がろうとした途端、上空に影ができる。咄嗟に地面を転がり降り注がれた光の棒を躱す。

「聞く耳なし…ですか」

 

それじゃあ…あれでも想起してみますか。

体を起こし、正面に目線を向ける。

そこには突っ込んでくる三体のカゲ。

チャンスは一度きり。でも、慌てることはない。

 

拳を振り上げた手を、相手に振りかざす。

身体中の筋肉が悲鳴を上げたが、破損する程度ではなかった。

衝撃、三体まとめて吹き飛ぶ。特に拳を当てたカゲは瞬時に消え去った。

流石勇儀さんですね。同じ鬼がつく吸血鬼をこうも吹き飛ばせるなんて。

あの人たちのパワーは計り知れません。

「さて、貴女の分身は全部攻略しましたけど」

これで終わりですか?

勇儀さんを想起したから交戦欲が出ちゃいましてね。

折角ですしもっと殴り合ってみたいです。

 

私の要望に応えてくれたのかは分かりませんが、カゲから大量の攻撃が飛んでくる。その全ては、怒りのようなもの。

 

撃ち合いは得意なのですよ……

弾幕を作り出し、攻撃を全て弾き飛ばす。爆風と熱風が、台風のように暴れる。

爆煙で、カゲの姿が見えなくなる。

……後ろか。

「ガッ‼︎⁉︎」

肘打ち。

顔面に命中したようですね。なんか血のようなものが服にこびりつく。

「まだやります?」

 

フランさんの方に意識が向かないようにするのも忘れない。

でも、少しやりすぎたのかもしれませんね。

カゲの雰囲気が変わった。

「モウイイ……」

私の腕を影が絡め取る。接近し過ぎ……ましたね。

カゲの腕が私に向けられる。

フランさんが何かに気づいてこっちに駆け寄ってくる。だけど間に合いそうにないですね。

 

「キュットシテ…」

 

手のひらが開かれ、そして閉じる。

 

「だめええええええ!」

フランさんの声が遠くに聞こえる。意識の錯覚…でも現実は非情。

 

「ドカーン」

 

体が粉砕される感覚に混ざって頭の中で何かが解かれた音がする。

どういうものかを、感覚的に学ぶ。理解ではなくただ、そういうものとして捉えるだけ。

けどそれで良い。それが欲しかった。

 

「ああ…やっと理解できた」

 

 

 

 


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