古明地さとりは覚り妖怪である   作:ヒジキの木

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第4部 想起
depth.71 さとりは帰宅まで全力で行く


紅魔館を出て半年。私達は今だに欧州にいた。

一応黒海までは来たものの、ここからが手詰まりだった。

山脈を越えようとしたらお燐に全力で止められたし…

なんでも私の体が保たないだとかなんとか。まあ、言いたいことはわからなくもないのですが…

フラン戦の傷はもう癒えてますから大丈夫なんですけど。それでも山脈を越えたり砂漠を超えたりするのはダメだと言って聞かない。

「……ねえさとり」

 

「なんですかお燐」

 

隣にいるお燐が非難の目を向けてくる。何かダメなことでもあったのだろうか。

途中で買った帽子の下から猫耳がチラチラと見える。相当逆立ってますね。

 

「なんで港に来てるのさ!」

お燐、あまり気を立てちゃダメよ。せっかく帽子で耳を隠しているのだから…

 

「ダメでした?」

 

山越えがダメなら海側から攻めてみたのですけど……

それにこの時代じゃルーマニアもここ、コンスタンチノープルもオスマン帝国。

でも山を越えてとなると国境越えが待っていて少し面倒だ。

この時代の国境といえば大体戦争の火種だったりするし色々と面倒。

「ダメじゃないんだけど……」

 

この時代にはまだ日本に行く予定の船など殆ど無いし、あったとしてもそれは使節団とか教会の者が乗っていたりするわけだから私たちが乗れそうなものなどない……か。お燐が言いたいことも分からなくはない。

だけど私だってここに無計画できたわけでは無い。

「まあ任せてください」

ルーマニアからここまでくる途中で買った布を使って作った上着を着なおし、歩き出す。

青を基調とした服が海の色と丁度よく重なるから私は好きだ。だけどお燐からは目立つって言われる。

別に少し目立っても大丈夫だと思うのですけどね……

そもそも東洋系の私達なんてどうあがいても目立つんですからね。

目の前に広がる中世の街並みの中に足を進める。

 

 

町に入ってからずっと色んな人に奇異の目線を向けられる。確かにこの服装は目立ってしまうかもしれない。だけど私よりお燐の方が目立っている気がする。昼間から堂々と漆黒のドレスなんか着ていたら違う意味で目立つ。

私の服装にとやかく言うくせにどこか抜けている。

 

「さとり…何を見ているんだい?」

 

上着の袖を掴んだお燐が私の目線を追いかけながら問いかける。

何を見ているのかと言われれば、街並みを見ているとしか言いようが無いのですけどね。

石造りの建物に舗装された道路。

今まで見たこともなかったものばかりなのだ。ちゃんと目に焼き付けておきたい。

 

あまりにも周囲に夢中だった為か、時々ナンパ紛いに話しかけてくる変な男達をずっとガン無視していたらしい。

あるいは、嫌悪感から記憶に止めないようにしていただけか…

 

「……なんですか貴方達?」

 

ちなみに答えは聞いていない。さっさと何処かに行って欲しいので、上着の内側に隠していたサードアイで軽くトラウマを想起する。

あまりに強いものや力をかけすぎると脳の容量を超えて即死なためそこはある程度考えた。

一気に逃げ出す男達。幽霊でも思い出したのですかねえ…それともアンデッドとか?まあいずれにせよ。私には関係のないこと。

逆立っているお燐をなだめるほうが重要です。

 

それに、さっさと目的を果たさないといけないわね。あまり長居すると教会に警戒されかねない。

私は悪魔や魔物の類では無いにしろ、それらに近い存在だ。いや、根本的なところは同じなのかもしれない。

 

港まで来れば、遠巻きに見る人も、声をかけようとする男もいなくなっていた。

いや、自然とそんなことしている余裕が無くなってきたというべきだろうか。

港は船乗り達が忙しそうに行き来していて私達など気にも留めない。それが本当、有難い。奇異の目線を向けられるのは疲れましたからね。

それじゃあ探し物をさっさと探しましょうか。

「お燐、探し物を探すわよ」

 

「良いけど…何を探すんだい?」

 

耳元で囁くお燐の声が、海風に紛れて途切れ途切れになる。

 

「船よ」

なるべく新しい船がいいですね。後は乗り込みやすいもので……

大きさは問いませんけど外洋航行が可能な形がいいですね。ボートじゃ小さすぎます。

 

「ふうん……」

 

反応が薄いですね。まあ、それも仕方ないか。普通に船に乗るんじゃ結局山越えと大して変わらないですからね。

この時代の船じゃ精々10ノットがいいところですしそんな速度じゃ何日掛かることやら。

だから船で航海をするわけではない。

「そうね……」

秘密にしておいたらお燐は怒るだろうから後でちゃんと教えましょう。

 

「理由は後で話すわ」

 

「どうせまた碌なこと考えてないですよね」

まあそうですけど…

お燐の呆れた声に苦笑い。

そうこうしているうちに、一隻の船に目が止まる。

船に使われる木は綺麗でみずみずしい色合いをしている。それに防水用に塗られたタールもまだ塗ったばかりなのかどこも剥げていない。

 

丁度良い船を見つけた。

ガレオン船…それも作られたばかりのものだ。

お目当ての物が見つかったのならもう十分だ。

 

「……行くわよお燐」

 

「もういいんですか?」

来た道を戻る私にキョトンとしたお燐。

ええ、大丈夫よ。

でも早めに行動に移したいから今夜あたりに早速乗りましょう。

乗るといっても乗員は私達2人。それも、ちょっと特殊な乗り方になる。

 

「それじゃあ……どこかでご飯食べましょうよ」

そういえばもうそんな時間だったわね。お金は一応持っているから、何か食べましょうか。

久し振りに海の幸が食べられる……か。確かにそうですね。でも日本にいた頃だってあまり魚とかなんて食べてないじゃないですか。たまに鮎を釣ったり、紫からお裾分けでもらった海老とか秋刀魚とかを調理したりはしましたけど。

 

「それもそうね」

 

でもまあ、たまにはいいか。

でもね……

「お燐、この時代に料理を食べる場合は宿に行かないと無いわよ」

 

「……え?」

 

なんでそんな絶望した目をしてるんですか。だってそうですよ?

中国とかの方は昔からありましたし紫も良く大陸とかで食事をするときはそういうお店に行ってるっていってましたけど。

でもここは中華ではなく欧州。まだ気軽に食事を食べるだけの施設は無いんですよ。

そもそもレストランが登場したのは1700年代に入ってから。それ以前だと宿場や酒場で軽く取れるくらいです。それもこんな真昼間からはやってませんし。

それにこの時代は一日三食ではなく、昼と夜の二食制が基本ですからね。

「じゃ…じゃあ宿に行って…」

 

「まだ宿なんて予約してませんよ」

 

なんでこの世の終わりだみたいな目で見るんですか。分かりましたよ。どうにかしますから……全く。

 

でもどうにかするといってもどうにも出来ない。

そもそも宿ってどこにあるのでしょうか?それっぽい看板があればいいんですけど……

 

その後町の中を多少は彷徨ったものの私の心配は杞憂に終わった。

偶然見つけた宿で宿泊の予定を入れ、直ぐに食事をするということで決まった。

ちなみに持っていたお金の半分が消えていった。解せぬ。

それにしても魚料理があるとはいえ…殆どスープとかの煮込みが中心ですね。後は貝。

「どう?満足した?」

 

隣で大量の料理を口に詰め込むお燐に聞く。美味しいかどうかは別ですけどそれだけ美味しそうに食べていれば食事も美味しくなるでしょうね。

私はあまり食べてませんけど。

「……さとりの食事と比べたら全然ダメだけど食べられないことはないよ」

そう…ならよかったわ。

 

『貴方達もしかして東洋人?』

 

『かわいいね。どこの家のお嬢ちゃんかな?』

 

黙って食事をしていたら周囲の人が次々に話しかけてきた。

だが、そのほとんどが聞き取れない。

勿論私は心を読めば何を考えているか分かるものの、お燐は完全にキョトンとしてしまっている。

それでも食事の手を止めないあたり食い意地が張っているとしか言いようがない。

それにしても言葉の壁は厄介ですね。紅魔館で言葉が通じていたのが不思議です。

「お燐、気にしちゃダメよ」

 

「そうします…ってさとりは食べないのかい?」

 

食べましたよ?少しだけですけど……あと、やっぱり味があれなだけあってあまり手が進まないってのもありますね。

調理場をお借りできれば………でも私はシェフでもなんでもないですからねえ…

私はただの妖怪。うん、ただの妖怪。

ふと隣を見ると、満足したのか水を飲みながらのんびりしているお燐がいた。

さて、後は夜になるまで待ちましょうか。

昼間に行ったら少し目立ちすぎますし準備がありますからね。

 

「お燐、部屋に行くわよ」

 

「え?わ、分かった」

ご馳走様でした。

そう言い残して席を立つ。周囲の人間の興味を引きつつあるけどそんなことは気にせずにあてがわれた部屋に行く。

部屋に入るまで消えなかった視線は、扉を閉めた途端にパタリと消え去る。

だけどそれは消えたわけではなく遮られただけ。外に顔を出せばまた目線は追ってくるだろう。

その目線を壊したくて壊したくて……おっといけない。

「それで…この後はどうするんだい」

 

どうするって言われましても…夜まで待つんですよ。だって外なんて気軽に歩くことなんてできないじゃないですか。

 

「それじゃあ毛繕いしてほしいなあ」

 

はいはい、分かりましたから喉を鳴らしてねだらないの。

 

 

 

 

 

 

 

数時間で日は落ち、辺りを照らしていた家々の明かりも消え去る。街を染めるのは灯台を照らす灯と僅かな家から漏れた灯だけになった。

そんな深夜の街に、私達の足音が静かに響く。夜の街というのは昼間とは全く対照的だ。まるで死神が街を徘徊しているかのような…そんな不気味さ……この場合死神は誰になるのだろう。

「まだ夜ですよ…眠いです」

夜ご飯もがっつり食べていたお燐が眠そうな声を出す。

 

「妖は夜の存在なのですが…」

 

「妖でもあたいは昼型なんだってば」

 

「どうしてそうなってしまったのやら」

 

「むしろ眠くならないさとりの方が異常だって」

 

そんな軽口を叩きながらのんびりとでも確実に港に向かう。

船そのものは寝静まっていて僅かなロウソクの灯りが周囲を照らしている。

昼間に確認した船は、その場所にひっそりと止まっていた。昨日あたりにここに到着し、荷下ろしを行ったばかりなのだろう。ほとんどの乗員は船から降りていて残っているのは僅かな人数だけになっている。

 

「……良いですか。眠らせるだけですよ」

 

あまり騒がしくすると起きてしまいますからね。

こういうのはこっそりとやるんです。

猫に戻ったお燐を肩に乗せて船に備え付けられたラッタルを登り、甲板を覗き込む。

見張りは無し。結構静かですね。

素早く船の上に降り立つ。それと同時に背中に乗っていたお燐が駆け出す。

二股に別れた尻尾さえなければ化け猫だとは気づかれないだろう。

お燐とは反対側に走り出す。

音を立てずにこっそりと…別に泥棒をしようというわけではない。

 

船内へ続く扉を開けて中に入る。

起きている者はいないようですね。ならもうちょっと寝ていてくださいね。

暴れたら痛い目に合いますから。

船を固定する為に用意されている縄を回収して寝ている船員を片っ端から縛り上げ甲板に集めていく。

途中で起きたものはその場でトラウマを見せ気絶。起きていないものも、なるべく眠りが覚めないよう深い眠りに誘わせる。

そうして甲板で船員を縛っているとお燐が残りの人達を縛り上げて出てきた。

「それで全員?」

 

「そうですよ」

 

それじゃあ、早く支度しないといけませんね。

あ、無賃乗船の方々は早めに船から降りてくださいね。お駄賃?ええ、貴女の命と引き換えに…ふふふ。

 

縛り上げた船員を纏めて救命ボードに乗せて海へ降ろす。静かな内海の港ならよほどのことがない限り大丈夫でしょう。

それに朝になれば自然とどうにかなるでしょうし。

 

「お燐!帆を張って!」

 

全員を乗せたボートを海面に下ろしたところでお燐に指示を飛ばす。

この船はメインマストが三つ。それと艦尾と艦首にサブマストと計5つのマストがある。

 

「はいはい!」

それら全てを1人で張るのは大変だ。普通の人間なら…

だけどお燐は妖怪。なんら問題はない。

 

お燐が帆を張りに行っている合間に船の後方に魔法陣を描く。

本来は魔法陣なんて要らないけれどあった方が力を運用しやすいのでこの過程を合間に組み込んだ。

そこに妖力を流し込み、船全体を覆うように幕を作る。

 

「重力の作用を反転…」

船全体を覆った魔法陣が紫色に光り、そして消えていった。

これでよし。後は帆が広がるだけ……ってお燐。帆の先をちゃんと船体に固定しなさい。それじゃあ貼れてないじゃないの。

え?結び方が分からない?仕方ないわね。

結び方の分からないお燐に変わりちまちまと結ぶ作業を行っていく。

それでも縄を引っ張ったりとかなり力が必要だ。

それに人手が欲しい。だって私一人で全部の縄を結ぶのは大変なんですからね。

結局かなり遅れましたけどどうにか帆は張り終えた。大変でしたよ。

風を受けた船体がゆっくりと動き出している。

動き出した船の操舵輪をお燐が握ったようだ。ちゃんと操舵できるか不安だけれどこれから進むところは障害物なんてありませんからね。

さてと……それじゃあ出航しましょうか。

船に軽く力を入れる。

水しぶきが上がり船体が隠れる。

「ちょっと派手でしたかね?」

 

「まあいいじゃないですか。雰囲気ありますし」

そう思うのは操舵輪握ってる貴方だけですよ。

 

 

 

 

 

水しぶきを上げて船体が、船体の前が浮き上がる。遅れて後方も海面から浮き上がったのか波特有の揺れが収まった。

だけど今度は体が傾斜と突風で船尾に転がされる。必死にマストにしがみつく。爪が食い込んじゃったけどこの際仕方がないと諦める。あたいの爪……せっかく伸ばしたのに……

そう思っていると今度は傾いていた船体が水平に戻り体が投げ出される。

 

「もうちょっと丁寧に航行してほしいねえ」

 

「ごめんなさいねお燐。細かい制御は苦手なのよ」

 

普段から曲芸飛行するあんたが何を言ってるんだか。

それにしても……本当に船を飛ばすなんてねえ……

宿屋で聞いた時は信じられなかったけどこうして側面から下を見れば街並みが小さく見える。

ほんと、さとりの発想力ははちゃめちゃだねえ。

強い風が船を揺さぶる。外側にいると振り落とされそうだ。こんなところで落ちるのはごめんだね、あと寒いし……

 

「寒いなら船内に入ってなさい。少し落ち着いたら高度上げるから」

 

一気に上げないのは優しさからなのか他の理由があるからなのか…そういえば空を飛ぶときは良く段階的に高度を上げることが多いねえ。どうして一気に上がらないのかいつも疑問だったんだけど。

理由があるのかねえ?

「そうね…気圧の変化に敏感な体質だから一気に高度を上げたり下げたりすると辛いのよ」

 

ふうん……辛いんだ。何が辛いのかは分からないけど。

それにしても寒いね。あたいは寒いの苦手だから早めに船内に入ってるよ。

船室に繋がる扉に手をかけると勢いよく開く。お陰で顔面を強打した。

痛い……

 

「気をつけてって言いそびれちゃったわね」

 

「遅いですよ……」

 

そう言いつつ船内に入る。外側から何かに引っ張られる扉を力任せに閉めると、ようやく一息。海の香りと木製の暖かい雰囲気が身をほぐしてくれる。

さとりが船になんだかの仕掛けを施したらしく、船内はかなり暖かい。これなら高度が上がっても安心だねえ…

廊下に設けられた窓から外を見る。

眼下は真っ黒でそこに何があるのかさえ分からない暗闇が広がる。時々月明かりに照られて雲や地形の一部が少しだけ見えるけど…猫の夜目を使ってもなかなか見えない。

逆に空は正反対。

無数の光の砂が撒き散らされたかのような綺麗な景色が広がっていた。

みているならこっちをみていたほうが良い。

でも一人で見るより……さとりとかこいしとかとみたいなあ。

あまりに広いものを見るのはあたいの目だけじゃ足りないからね。

 

「気に入ったかしら?」

 

どれほどそうしていたのかは分からないけど、いつの間にか隣にいたさとりの声で我にかえる。

どうやら相当な時間が経っていたらしい。

「操舵は良いのかい?」

 

「ええ、偏西風を捕まえましたからね。後は待つのみです」

 

偏西風がなんなのかはよく知らないけれど…これで故郷まで一直線で帰れるわけだね。良かった良かった。

 

 

外を見ていてもつまらないので日が昇るまで船の中を探索していた。

とは言ってもさとりと一緒に見て回るんだけどね。

「やっぱり底の方は潮の香りが強いね」

 

「まあ、放っておいたら浸水するところですからね」

 

ふうん……あたい、ここまで大きな船は初めてだからねえ。

そういえば、海に浮く船なんて乗ったの初めてだよ。あ、これは空に飛んでるか。

「そういえばどうしてこの船は飛んでるんですか?」

 

「簡単ですよ。船を簡易型の式神にしたんです」

 

船を式神に?そんなことができるのかい。

そういえばにとりや紫様が似たようなことをやっていたような……

「ええ、基本は彼女達から教わりました……っていうかこれ式神の中では結構基本ですよ?むしろ生きている者を式神にするほうが余程大変なんですからね」

 

「そうなんだ。でもこんなもの式神にするヒトなんていないだろうねえ」

 

「そうですね……普通は人形とかを一次的に式神にして操ったりするのに使うことはありますけれどこれほど大きいものはありませんね」

 

だろうね。それにしても…さっきからかなり床が揺れているのだけど大丈夫なのかねえ。

不安にしかならないのだけれど…後こういう狭いところは少し好きじゃないんだよねえ……

あたいの思っていることを読んだのか。さとりはあたいを甲板に連れて行った。

「そろそろ日の出の時間だから一緒に見ましょう」

 

「……素直じゃないですね」

 

「素直じゃ無いのがさとり妖怪ですから」

 

なんだいそれ。

よく分からない答えで結局疑問を煙に巻かれてしまう。

そうしている合間に、甲板に着いた。相変わらず風は強くて気を抜いたら一気に体を持っていかれてしまいそうになる。

怖い怖い…それに寒い。空気も薄いのかなんだか息が苦しい。

それでも、遠くの地平線が少しだけ明るくなっている。

出発が遅かったからか、船内探索に時間をかけすぎたか。どちらにしても結果は変わらないか。

「夜明けですね」

 

「だとしたらこんな大きなものが空を飛んでたらバレるんじゃないのかい?」

 

「たとえ見られたとしても人間の心理は非常識な事態を目の前にして正常な判断を下せない場合が殆どです。例えば見られていたとしても心の中ではありえない事…まやかしだと言う自己判断で終わってしまいますよ」

 

心理に関してのエキスパートがそう言うならそうなんだろうね。でも常識に囚われない連中がいたらどうするんだか。

「例え常識に囚われない人がいたとしても人間社会と言う枠組みの中から抜け出せる事はありません。一人二人がそんな事を言ったところでその意見は社会常識に潰されますよ」

 

そう言うものなのかねえ……お、太陽が見えてきた。

 

「特等席ですよ」

確かに特等席だった。

周りに視界を遮るものなど一つもなく、太陽の光が眼下に広がる景色を明るく照らし絶景を生み出す。朝日に照らされて赤みがかった雲が奥の山肌を撫でるように飛んでいる。

綺麗としか言いようがない……

 

「飛んで良かったでしょ」

 

「……ほんとです」

 

こんな綺麗なもの初めてだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はやけに尋ね人が多い。

私が起きた時にも天狗さんが来ていたしその後も勇儀さんとか狐とか……

そう言えばこいし様もなんだか今日は落ち着きがないように見える。その理由を問いただしてみてもはぐらかされてしまう。なんなんだろう?

「お空?」

 

「こいし様…やっぱり何かあったのですか?」

 

こいし様が何かを隠しているのは分かるんだけどそれが何かまでは分からない。

「……なんでもないよ。ただ、予感がするだけ」

なんの予感なんだろう。

私の疑問を掻き消すかのように強い風が窓を叩く。西の空が墨汁をぶちまけたかのように低く雲が広がっている。

嵐が近づいているみたい。久しぶりだなあこんな天気。

 

「あ、そうだ。後で紫が来るからお空も同席ね」

 

「私も同席?」

 

「そうだよ。もしかしたら私たちに関係する事だから」

 

私達って事はもしかして……いやいや。そんな事あるわけないよね。だってさとり様とお燐はもう何百年も前に……

「お空、諦めちゃだめ」

 

「でも……」

諦めたくなんてない。だけどずっとこのままなんて辛い。いっその事諦めてしまった方が楽なのかもしれない。

でももう、その決心すらつかない。考えないようにしてきたけれどどうしたら良いんだろう。

 

「お空……もう少しだけ。お願い」

 

こいし様の悲しそうな顔。私がこの事を考えないようにしている理由……

私よりこいし様の方が辛いのは分かっている。

やっぱ私……だめだなあ。

 

「あやや。こんなところにいましたか」

 

気づけば天狗が部屋に入っていた。確か射命丸だっけ?天狗の知り合いは多いから顔と名前がいつまでたっても一致しない。

 

「文?どうしてここに?」

 

「玄関で声をかけたのですが反応がなかったので」

 

「待ってて。今お茶出すから」

こいし様が台所の方に駆け出す。パタパタと袖を振り軽快に走り出した彼女の背中を見送りつつカメラに手を伸ばした文の手を掴む。

「抜かりないですねえ」

 

「許可のない撮影はだめって言われてるから」

 

それに後ろ姿だけ撮っても意味ないんじゃないの?記念写真にもならなさそうだし。

そう言えば文のカメラって下着の写真とか風呂の写真とかいっぱい入ってたけどあれってなんで撮ってるんだろう?

 

「許可を待っていたら大事なものを取り損ねてしまいますよ」

 

得意げに話す文。そっかそれに後から許可をもらえば良い話だったね。

「おまたせ…ってまた盗撮?」

勿論心を読めるさとり妖怪に隠し事なんて通用するはずがない。

でも…知っていて何も言わないことも多いから黙認してるのかなあ…多分文も黙認してくれてると分かっている?うーんよく分からないしなんかクラクラしてきた。

「盗撮だなんて人聞きの悪い…ただの記録ですよ」

 

「姿なんて大して変わらないと思うんだけどなあ?」

 

「まあ、成長記録でしたらお空さんで間に合ってますよ」

 

へえ、私の成長記録か。なんだか見て見たいなあ。

「見たいって顔したますねえ…勿論今持ってますけど見ます?」

 

「へえ…ちょっと見せてよ」

 

私が手を伸ばそうとしたら速攻でこいし様に取り上げられた。あれ?さっきまでお盆を持っていたはずなのに…いつのまに机に置いたんだろう。

 

「これ…お空盗撮したでしょ」

 

ペラペラと読み飛ばすような手つきでページをめくっていたこいし様からそんな言葉が漏れ出る。

盗撮?私された記憶ないんだけどなあ…

「や、やだなあ……人聞きの悪いことを言わないでくださいよ」

 

何故か汗を流している文がこいし様の手から本を取り上げる。あれ…私に貸してくれないの?

 

「うにゅ?成長記録見せてくれないの?」

見たかったのになあ…

そう思っていたらこいし様が文からか本を奪い取り渡してくれた。やった!

早速中を見ていく。最初の方は鴉の姿が多い。まだ人型を取れなかった頃だろう。

何枚かめくっていくとようやく人型を取り始めた頃のものが出てきた。

 

「……あれ?結構風呂場の写真が多い気がするんだけど」

 

なんだか肌色成分が多い気がしてそんな事を口走ってしまった。

でもなんだかそんな気がしたし……

「気のせいですよ…」

やっぱり気のせいか。

私自身覚えているわけでもないから良いや。あれ?こっちの方は最近撮られらものっぽいけど覚えていないなあ……いつ撮られたんだっけ?

「あれ…これ脱衣所で体形計測してる時の…」

一番新しい写真がこれだった多分二日前のものだと思うんだけれど…撮られた記憶ないんだけどなあ。

「こいし様…この時って写真撮られてましたっけ?」

 

「そ…そうだ!急用を思い出しました!」

 

急に文が本を奪い取り玄関に駆け出す。でもそれはこいし様に止められた。

これから嵐なんだからもう外出るのはまずいと思うけど…急にどうしたんだろう。

「文、今日は泊まっていった方が良いよ」

 

こいし様の笑顔に影が出来てる。怒ってるのかなあ…

 

「で、ですが」

 

「うにゅ?嵐が近いし今日は泊まっていったほうがいいよ」

今から外に出ても嵐に巻き込まれるだけだから危ないよ?

 

「そうだよ。それに、後でゆっくりOHANASHIしたいし」

 

「あ……人生終わりました」

 

どうして人生終わりましたなんだろう。

 

「面白そうなことやってるわね」

 

文やこいし様とは全く違う女性の声が凛と部屋を制する。

この声はもしかして……

「あ、紫さん」

窓のところにできた隙間から顔をのぞかせてる紫さん。そんなところにいつまでもいないで部屋に入れば良いのに。

「あ、胡散臭い大妖怪さんお久しぶりです」

 

「こんばんわ。お茶入れなおしてくるからちょっと待ってて」

 

文の胡散臭いってどういうことだろう。そう言えば前にもそんな疑問を考えたような気がする。

 

「一名呼んでない人がいるようだけれど」

文は呼ばれてなかったね。別に人数が増えてもいいと思うんだけど。

 

「まあいいじゃないですか」

 

追い出す理由ないから良いや。他の人が追い出す理由持ってるならそれはそれで勝手にしてだけど。

 

「……それもそうね」

 

「お待たせ。粗茶だけど許して」

 

「ぶぶ漬けを出してくるよりはマシだわ」

ぶぶ漬けって美味しいのかなあ。

あまり広くない部屋なので鴉の姿に戻ってこいし様の肩に乗っかる。

でもこの状態じゃ喋れないんだよね。別にこいし様が通訳してくれるから全然良いんだけど。

「それで、今日は何の用なの?」

 

「そういえばどうして紫様はここに来たのですか?」

 

わたしには誰がきても変わらないや。大妖怪だろうが妖精だろうが結局同じだし。私はあまり他人の肩書きなんて興味ないし。

 

「単刀直入に言いたいけれど…一旦落ち着かせてちょうだい」

 

落ち着いてじゃなくて落ち着く?どういうことだろう…言葉の綾なのかなあ。

それと文、座らないの?

「ふう…美味しいわね」

落ち着いたのか紫さんはゆっくりと話し出した。

「さっきよ……胸騒ぎがあったから隙間を使ってさとりの居場所を探知してみたの」

全員の空気が変わる。

 

「朗報よ。あの子の反応を感知したわ。まあ、細かくは絞り込めなかったけど…」

 

 

 

 

 

 

「雲行きが怪しいですね…」

 

「この前から曇ってきてるねえ…」

 

こりゃ嵐かなあ

 

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