古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.73さとりと再会

話すと言っても全てを話すわけではない。

例えば紅魔館の事とかフランのこととかそう言ったものは今話すべきではないし広められても困る。特にこの件は後で色々と一悶着あるはずだから取り扱いには注意しないといけない。

紫と相談しないといけないことですね。

それらをうまくぼかしながらはたての追求に答えられる範囲で答えていると、雨風は唸りをやめ外は静寂そのものになっていた。

「……嵐、止んだようですね」

 

「あら、そのようね」

 

数分前に天魔は側近によって部屋から連れ出されている。ちなみに椛も天狗のお偉いさんが何処かへ連れて行った。天魔に非礼を行った事で呼ばれたわけでは無いらしいが気にすることではない。

そう言えば天魔さん怒られてましたね。

寝てなきゃダメでしょって。まあ、怒られているあたり人望は厚いようだ。

怒ってくれる人が近くに居てくれていいですね。

 

 

「それでは私はこれで……」

寝ているお燐を抱きかかえて立ち上がると真っ直ぐに廊下へ行く。

「もう行くのね」

後ろで名残惜しいという感情が溢れてきている。

「またこれからも会えますよ」

 

もう遠くに行くわけでもなんでもないのだからきたい時に来れば良い。

それに、あまりのんびりしているとまた天魔に捕縛されかねませんからね。

 

「里の外まで見送るわ」

……私の身に何かったら大変だから……か。

物騒に……いや、通常に戻りましたね。

 

「ありがとう…」

 

でもそれならこいしだって危ない気がするけれど…まあ、あの子は私と違ってずっとこの土地にいたのでしょうからその点大丈夫だとは思うけれど。

「そういえばあんた、自分の家の場所分かってるの?」

 

「一応場所は覚えてますよ。変わっていなければですけど…」

 

「一応場所は変わっていないわよ」

なら大丈夫ですね。移転していたらどうしようかと考えていたけど杞憂ですみました。

 

 

風はまだ強いし空も雲がかかっていてあたりは薄暗い。でも朝日は確かにそこにあるらしく、雲の隙間から白い光を僅かに降らせている。

 

「もう夜が明けていたのですね」

 

「そういえばこんな時間になっていたのね…寝なおさないと」

 

寝ているところを叩き起こされたたのが原因なのか少し眠そうですね。寝不足は美容に悪いとか言いますししっかり寝てくださいね。

 

「それでは、お世話になりました」

 

「いいのよ。良いネタになったんだから。これであいつの新聞に……」

相変わらず文さんと張り合っているのですね。

昔も今も変わらないなあ……

それじゃあと何処かに飛んで行ったはたて。

腕の中で寝ているこの子を除けば1人になってしまいましたね。

少し、思い出しながら家に帰ることにしましょうか。

 

思えば何百年ぶりに顔を合わせることになるのだろう。

私の体感時間では一年前後ですが…こっちでは数百年。とっくの昔に生存を諦められていてもおかしくはないだろう。

 

それでも……どうやらみんな私の事を諦めていなかったようだ。

嬉しさ半分…いや、ほとんど嬉しくて仕方がない。

こんな私でもちゃんと居場所があったんだなあって思えてくる。

だけど少しだけ不安もあったりする。その不安の魂胆をたどってみれば私の存在が嫌われたりしないかどうか……なんとも不思議なものだ。元々忌避される存在なのに嫌われることを恐れるなんて…

結局私は人なんだろうか……それとも人の皮を被り自らの存在を正当化させたい妖怪なのか。

私の存在は悪だと思っているしそれは存在してはいけないとも思っている。だけどそんな悪でも必要とされるなら…

結局、存在否定が怖くて理由が欲しいだけなのだ。

まあ…そんな自己の不安をどうにかできるのなんて自分くらいしかいないわけだしこんな悩み誰だって持っているようなものだし…あまり気に病むものでも無いと言い聞かせる。

そんなことを考えていたら見たことある道を歩いていた。

ああ、家に繋がる道だ。記憶よりも森に埋もれてしまっているけれど…間違いなくあの道だ。

このままいけば旧人里に着くはずだ。何百年も経ったのだからこの道と同じくもう森に還ったと思うけれど。

 

「……お燐、起きなさい」

 

 

 

 

 

 

「……嵐、止んだわね」

 

凛とした声が無言の部屋に満ちる。

無言といっても、私と紫さん以外はみんな寝ちゃってるけどね。

流石にお姉ちゃんの反応が見つかったと言ってもお姉ちゃんが何処にいるかなんて詳しいことは分からないし嵐だったから探せない。

ただ待つだけ。

私は平気だったけど普段の疲労が溜まっているお空と文が床に着いた。

紫さんは…寝るつもりは無いみたいだけど暇なのが辛いらしくて私と将棋をやってた。

途中で雷が落ちたのとは違う異音が聞こえた気がするけどちゃんと覚えていないから気にしない。

二回千日手になって再開したのはいいけどそっからずっと無言だったのに、急に発された紫さんの言葉で集中力が切れる。

「…静かになったね」

 

切れたものはもう戻らない。ここからは無駄な会話に身を投じることになるね。

「折角だし外の様子でも見に行きましょう?」

 

「荒れ放題に荒れちゃってるだろうね」

 

嵐に備えて色々準備はしているけれどここまで強いのは想定外だね。

屋根とか…壊れてないかなあ。私じゃ直せないんだよなあ……

「さとりを探しに行くと思ったのに…想定外ね」

 

「探しに行かなくてもお姉ちゃんなら必ずここに来てくれるから…」

 

お姉ちゃんなら必ず帰ってくる。無理に探しに行ってすれ違いになっても嫌だからね。

あ、これ王手だね。

思い出したかのように…実際会話に夢中であまり考えていなかったけどね将棋を指す。

「……そう、よほど信じているのね」

 

「逆に聞くけど家族を信じられない?」

 

「そんなことないわ…だけど私にとっての家族は鎖のようなもの」

 

「鎖……確かにそうだね。家族っていうのは一番簡単で悪意のない鎖」

紫さんが言いたいことは分からなくもない。というか本質はそんなものだ。だけどその家族は私にとっては…私達にとっては当てはまらないのかもしれない。うまく言葉に出来ないけれど…なんとなくそんな感じがする。

「でもその鎖なら喜んでくっつけると思うよ」

 

「面白いこと言うのね」

 

「だってそっちの方が嬉しい事とか悲しい事とかたくさんあって楽しいじゃん」

 

「一理あるわね」

 

それに紫さんだって本当は鎖だなんて思いたくないんでしょ。いつも仮面で隠しているからわからないけどそうなんでしょ。

そうじゃなかったら私と交流を続けようなんて思わないだろうからね。

「あら、ツメが甘いわね」

 

そう言って紫さんはパチリと駒を動かす。確かに詰みにできない時点で薄々感じていたけれど…残念。

「残念」

 

「まだまだね」

 

これで終わってくれたらなんて思ったけどやっぱりだめだったかあ。

「それでさ紫は藍とそういうことないの?嬉しいとか悲しいとか」

 

「もちろんあるわ。でもあの子は……」

 

「式神…だから藍の人格も作ったもの…そう言いたいんだよね」

 

「流石さとり妖怪ね。心は読めないようにしたのに…鋭いこと」

 

その視線が一番鋭いんだけどね。やっぱ賢者としての仮面は威圧があって怖いね。本心の方が柔らかいのになあ……まあ、賢者としての仕事があるから仕方ないか。

 

「たとえ作った人格であっても藍は藍。作られていようがいまいが結局同じだと思うよ」

たとえ作られた人格でもその後の出来事や思い出で人格なんて成長していくから、基本的に同じ人格なんて存在しない。

だから藍の他に藍はいない。

家族って作られたとかそうじゃないとかってわけじゃないと思うよ。

結局、家族ってなんだろうねって言われたら家族ってまあそんなもんだよとしか答えられないけれど。

「……そうね。なんか相談みたいなことになっちゃってごめんなさいね」

 

「気にしない気にしない。誰にだって悩みの一つや二つ当たり前だからさ。そこに偉いも強いも関係ないよ」

 

「ありがと」

もう、お礼はいらないっていつも言ってるのに…照れるなあ。

そんな私を見てなのか、紫さんがクスクス笑う。

いつの間にか剥がれた賢者の仮面。その仮面の下の笑顔は純粋な…八雲紫という少女の素顔。

「いつも貴方は表情豊かよね羨ましいわ」

 

「そうでもないよ。心に素直なだけだから基本的に本心がそのまま出てるだけ。他のみんなのように仮面を被って自分を作ることも隠すことも出来ない。打たれ弱いのが私だから」

 

それに私は仮面嫌いだし。なんて言ったらほぼすべてのヒトを敵にまわしちゃうから言わないけどね。でも仮面なんてつけて形だけ取り繕ったところでそんな関係長く続かないからなあ……人間のような短命なら兎も角妖怪は長生きだからね。どっかでボロが出る。

紫さんだってその仮面は本心と食い違うことも多い。

仮面を被るのも程々にね。そうすればもっとみんなと仲良くできるのになあ……

 

 

 

 

思考の海に沈んでいると、唐突に玄関の方が騒がしくなった。

誰か来たのかなと思考を引き上げる。

 

「お客さんでも来たのかなあ?」

 

「さあ?見に行ったら?」

 

それもそうだねと返事を返しながら玄関に向かう。

音に敏感な文とお空が何々と起き出したみたいだけど、ちょっと待っててね。

玄関に続く廊下の先に人影が見える。誰か入ってきたみたいだけれど薄暗くて近づかないと見えない。

 

「だれ?」

その問いかけは、私がずっと待ち望んでいた人の声によって遮られる。

 

「ただいま」

 

その瞬間、私の中で何かが弾けた。

でも飛び出しちゃだめ…もしかしたら偽物かもしれない…

「本当なの?」

 

「ええ、本当よ」

近づくたびにお姉ちゃんとの思い出が想起され、蘇る。

溢れ出す感情が制御できない。どうにかして抑えなきゃと思うたびに目が霞んでちゃんと見えなくなる。

おかしいなあ……せっかくただいまって笑顔で出迎えようって思っていたのに…

 

「あ…あ…」

おかえりって言わなきゃいけないのに、言葉が出てこない。

どうしよう。気持ちが抑えきれない…

お姉ちゃんが帰ってきた…

 

「お姉ちゃん‼︎」

 

結局感情に逆らうことはできなくて、お姉ちゃんに飛びついちゃう。

そんな妹相手でもお姉ちゃんは優しかった。

温もりが体を包み込んで、震える私の体を優しく撫でる。

「ただいまこいし」

 

こっちこそおかえりだよお姉ちゃん。

 

「あたいもただいまです」

 

お燐もちゃんと帰ってきた。夢なんかじゃないよね…また一緒に過ごすことができるんだよね。

そう思ったらまた涙が出てきてしまう。

それを見られるのがなんだか気恥ずかしくて、お姉ちゃんの胸に頭を埋める。

でもそんな心もお姉ちゃんにはお見通しなのかもしれない。

「泣いていいのよ」

 

そんなこと言われたら…もう抑えられないじゃん。

 

 

「さとり様!それにお燐も!」

 

「2人とも…帰ってきたのですね」

お空と文の足音が聞こえる。

泣いてる姿みられるのは恥ずかしいけど…そんな気持ちよりお姉ちゃんと再会できたって嬉しさの方が大きいや。

 

「おかえりなさい。さとり」

 

いつのまにか側に来ていた紫さんがお姉ちゃんの頭に手を置く。きっと隙間でここまで飛んだんだろうね。こんな短距離ふつうに歩けばよかったんじゃないかなあと思う。

 

「ええ…ただいまです」

 

 

 

 

 

 

「……ということです」

 

再会もつかの間に今までのことを話してという感じの雰囲気が文と紫から漂っていたため。全員を集めて一応これまで経緯を伝えた。

勿論ぼかすところはぼかした。でもお燐経由でこいしには伝わっちゃってるのだろう。

お燐が見聞きした分だけですけどね。

 

「なるほど、欧州に飛ばされていたのね」

 

「まさかあの大陸の西の端ですか…とてつもなく遠いじゃないですか」

ある程度外とも交流がある紫とほとんど無い文で反応が分かれる。

お空は完全に理解できていないようね…っていうか完全に興味無しってところね。

こいしもあまり外の世界に興味があるってわけではないのね。

世界は広いんだからもう少し興味を持ってみてもいいのに。面白いですよ。

 

「それじゃあお姉ちゃんが乗ってきた船って湖にまだあるの?」

 

ああ、あの船か。そういえば真っ二つになった後そのまま放置してましたね。

 

「多分あるはずですよ」

妖精とかが壊して自然に返していない限りですけど…

「それについては気にしなくて良いと思うわ」

どうやら紫が何か手を回したようだ。そういえばさっき隙間を開いていたからきっと指示を出していたのだろう。

 

「それで…私がいない合間こっちはどうなっていたんですか?」

 

「それ、あたいも気になります」

 

「勿論話すよ!いろんなことがあったからね!」

 

「そうね、貴女は数百年間存在が消えていたとはいえ幻想郷では重要な存在よ」

そうなんですか?あまり実感ないのですけれど……

「私ってそんなに重要な存在なんですか?」

 

「あなた……自覚がなさすぎよ」

 

そうは言われても…こいしもキョトンとしているのだしやはりみんな実感無いんじゃないんですか?

 

「良い?貴女が今までやってきた事を思い浮かべなさい」

 

今までやってきたこと?

偶に妖怪を追い払って美味しいもの作って家建てて…そのくらいですか?他には鬼との戦いに巻き込まれて地底の管理任されてくらいですか?

でも管理なんてほとんど勇儀さんに任せてましたからねえ。

 

「あのね……普通ただの妖怪が、天狗の長や山の神と仲が良かったり、山のトップである鬼と互角に張り合えたり友人だったり月の技術に精通していたり月の人と互角に戦えるなんてことはないの」

 

「互角じゃないです。負けないように逃げているだけです」

 

「それでもよ。普通なら負けないように逃げる前に人生終わってるわ」

大げさな…でも紫が言うのだからきっとそうなのだろうか。そう思えば確かにそうなのだけれど…

「でもそれで重要ってどうしてなんですか?」

 

「貴女の存在は簡単に言えば多種族への架け橋にもなるし人間と妖怪との共存を実現するための起爆剤にもなるのよ」

 

私がいなくてもあなたくらい凄ければ実現できると思いますけどねえ……

「それに私の数少ない友人でもあるのだし」

数少ないって…認めちゃだめですよそんなの。

 

「……まあ、貴方にとって私の存在が重要なのはわかりました」

 

あまりピンとこないけれど言いたいことはわかった。でも鬼とだって天狗とだって仲良くしようと思えば出来ると思うのですけれどね…なんでみんな仲良くできないのだろう。

「結局お姉ちゃんって凄いんだね」

 

「本人が一番わかってないようだけどね」

お燐だってあまり分かってないじゃない。

「周りが凄いって言ってるだけですからね。凄いかどうかなんて周りが決めることよ」

 

「面白いわね」

 

つまらない事ですよ。本当に……

 

「そうだ!せっかくお姉ちゃん達帰ってきたんだからお祝いしなきゃ!」

え……どうしていきなりそうなるの?

今までの会話からどうしてそうなったのよこいし。

別にお祝いなんて大袈裟な気がするのは私の時間的感覚が短いからだろうけれど……

「お祝いですか?じゃあ何人か声かけないと…」

待って文、あまり大人数だと恥ずかしいから……

 

「じゃあ私も藍を連れてくるわね」

 

待って!待って!話が大袈裟すぎる!

「大丈夫だよ。一応ここ旅館に改装しているから少し人数多めでもへっちゃらだよ」

そういう問題ではない。というかいつの間にこの家を改装したの⁉︎しかも旅館⁉︎

 

「さとり、良いじゃないか」

お燐までそっちに回ったらもう諦めるしかないわね。仕方がない。ここは腹をくくりましょう。


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