古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.74さとりと幻想の日々 上

自分の家で目が醒めるなんていつぶりだろうか。

体感時間では約一年……ようやく落ち着いて寝ることが出来た気がする。

別に睡眠自体は取らなくても問題はないけれど、こいしやお空に一緒に寝ようと誘われてしまえば断ることなどできるはずもない。

結局私も気づいたら眠りについていた。

ドレミーにも合うことなく起きた頃には既に朝だった。

確か昨日はこいしと紫が呼び集めた人達で宴会状態だったっけ。

物凄いごちゃごちゃしていたしまさか私のためにあんなにも集まるなんて思わなかった。

一部はただ宴会がしたいだけだったのかもしれないけれど。

特に勇儀さんとか萃香さんあたりはその線が強い。

別に気にしないし良いのだけれど酔った勢いで他の人に絡むのはやめましょうよ。

おかげで私も飲みに付き合わされるわ酔った勢いで乱闘になりかけるわで散々でした。

でもそれも日常なのだと考えてみれば全然苦にならないんですね…不思議です。

玄関の方で何か音がする。

尋ね人だろうか…でもこんな朝早くに来ますかね。

 

左右で夢に浸る2人を起こさないように布団から抜け出してみれば、小窓から差し込む朝日が視界に入り目を細める。

 

眩しいのを我慢しながら軽く身なりを整える。

とは言っても元々癖っ毛の強い髪の毛なのだ。多少寝癖がついていても気づかれることはない。

 

「あ、おはよう」

 

「あらお燐。起きていたのね」

 

背後に視線を感じたので振り返ってみれば、丁度玄関から戻ってきたであろうお燐と鉢合わせする。

昨日は2人と一緒に寝てしまったから彼女がどうしていたのかは全くわからない。でも心を読んでみれば、丁度私の頭の近くで丸くなっていたようだ。

 

「外に誰かいた?」

 

「天狗が新聞持ってきてくれてました」

 

その証拠にお燐の手には二つの新聞が収まっていた。あの2人、律儀ね。こんな朝早くから配達するなんて。

朝の支度をするにはまだ早い。少し目を通そうとお燐から新聞をもらう。

こっちが文々。……で花果子念報ね。

どっちも見出しが同じ件。それも私のことに関して……

確かに2人とも昨日は宴会に参加していませんでしたね。

これを書いていたのか…別にそこまで周知させる必要ないと思うのですけど…

たとえ天狗の中で弱小だなんだって言われていても天狗以外にとってはかなりの情報源になる。

だって他の天狗だと基本的に身内でしか流通してないのだ。

 

「2人とも同じ事書いてますねえ」

 

「受け取り方が少し違うので見比べるのが面白いわね」

 

とは言ってもあまり違いに大差はない。

でも私個人にこんな紙面の表紙は大げさな気が…後ろの方に少しだけが良かったって言うのはわがまま。

 

「……まあいいわ。ご飯の支度でもしましょう」

あの2人はまだ起きる気配がない。まあ仕方ないだろう…昨日結構な量飲んでいたし。

 

「そういえばこの家旅館にしたとか言っていたわね」

 

「たしかにそうですね…増設した二階に一応部屋があるとか」

 

どうして旅館なんか始めたのかは分からない。そもそも地底の仕事はどうなっているのだろう。

勇儀さん辺りがやっていてくれると嬉しいのだけれど……昨日聞けばよかったわね。教えてくれるとは限らないけれど。

 

 

 

2人が起きてくるまでに朝食の用意を済ませておく。

あまり手間をかけることはできなかったけれど……時間が時間なだけに仕方がない。

それと気になったのはこの家劣化が目立ち始めている。

床も壁も至る所が軋み、屋根などは昨日の嵐もあって瓦が吹っ飛んでいたり一部剥がれていたりする。

 

「おはようお姉ちゃん」

 

直さないといけないなと考えていたら2人が起きてきた。

少し眠そうだけど目は満足そうに輝いている。

きっとそれだけ嬉しいのだろう。

「おはよう。ご飯できているわよ」

 

 

 

 

 

 

 

「さとりさんはいる?」

 

玄関の方でそんな声が聞こえる。

誰か訪ねてきたみたいですね。まあ、新聞である程度広まっているわけですからね。

それでもこのタイミングで声をかけてくるとは…誰なのでしょうね。

 

「お姉ちゃん?それなら……」

どうやらこいしが対応してくれているみたいですね。それなら別に行かなくても良いか…それに手が離せませんから。

 

屋根に引き上げた木材を破損個所にはり合わせる。あとははめ込むだけ。

力技に近いけれど私の体なら問題はない。

さっさと終わらせてしまいたいけれど修復箇所が多いからどうしても時間がかかる。もういっそのこと立て直したい。

それか屋根を全部して柱も新しいのを組み込みたい。

そっちの方が早い気がしてきた。

 

そう思っていたら屋根の端からこいしがこちらを見つめている。

なんだかホラーっぽい見つめかたをしているのだけれど全然怖くない。

むしろ可愛い。

「お姉ちゃんお客さん」

 

「お客?」

 

「妖精と季節の神様」

 

なんだか凄い珍しい組み合わせね。神様と妖精か……

「分かった、すぐ行くわ」

 

丁度作業もひと段落ついていたところですからね。折角来てくれたのだし、休憩ということで。

 

屋根伝いに玄関まで歩く。

軽く屋根から顔を出してみれば、玄関の前で秋姉妹と大妖精が何やら話し込んでいた。

確か昨日の宴会騒ぎには静葉さんしか参加していませんでしたね。理由聞いてませんけど。

まあそんなことどうでも良いかと三人の前に降りたつ。

「どうも、お久しぶりです」

 

「さとりさん…本当に帰ってきてくれたんですね」

 

着地するなり大妖精が飛び込んでくる。ふわりと梅の香りが広がり、腰につけている冷たい棒が体に接触する…相反する感情が思い起こされる。

みんなして……もうちょっと落ち着きましょうよ。

「私はそこまで弱くないですよ」

 

「おかえりなさい」

 

「えっと……妹で胸が大きいヒト」

 

「その言い方はひどい気がするわ…まあさとりらしいけど」

なんださとりらしいって…

「待て誰と比べた?まさか私じゃないでしょうね?」

勿論貴方ですよ静葉さん。だって姉妹ですよね。

穣子さんの姉ですよね?

 

「だって事実ですし」

 

「よしさとりと穣子、そこに並べ。後悔させてやる」

 

「私巻き添えなんだけど!」

 

まあ冗談はここまでにしておきましょう。それに胸なんてあっても大して意味ないですから。

「それで、今日は何用ですか?」

珍しい組み合わせのこの三人がなんで私を呼んだのか……

 

「せっかくさとりが帰ってきたんだから色々と見に行きませんかってね」

静葉がそう答える。なるほど、途中で大妖精が合流したってところですね。

その為に来たのですか…まあ嵐の後なので天気が良いのは分かりますけど…今日ですか。

「なるほど…たしかにこれだけ時間が経てば色々と変化しているでしょうね」

それでも私にとって良いことの方が多い。それにせっかく誘ってくれたのだからそれを無下にするなんて私にはできない。

押しに弱いって言われたらそれまでですけど、負の感情は嫌いな性分ですから。

 

「後は……」

 

なにかを言おうとして大妖精が口ごもる。

なにを言いたいのか…でもまあ言いたくないことであれば無理しなくて良いですよ。

「無理に言わなくても良いですよ」

 

それで、どこにいこうと計画しているのだろう。場合によっては色々と必要になる可能性がある。

「それで…どこを周るつもりなのですか?」

 

その言葉で全員が黙ってしまう。まさか考えていなかったのだろうか。いやいや、そんなはずはないだろう…だって貴女は一応神様ですよね?それに大妖精だって結構しっかり者っぽいからそういうこと決めてますよね。

 

「色々と候補があるけど…先ずは博麗神社にでもいきませんか?」

静葉さん…いきなり神社って妖怪にとってハードル高いですよ。

貴方達神さまにとっては問題ないかもしれないですけど私達にとっては武装した状態で奉行所に突撃するようなものですよ。

 

「妖怪を颯爽と神社に誘うあたり神様だなって思いますね」

 

ちょっと皮肉を入れすぎてしまっただろうか。だが大妖精だっているのだから無闇に神社に近づいたらなにされるか分かったものではない。

現在の巫女がどのようなスタンスを取っているのかは不明だけれど妖怪に厳しいのは確かだろう。

そもそも厳しいものだし…普通は。

 

「どうせ貴女は出入りしてたんでしょう?」

 

昔ですけどね。今急にいっても退治されるのがオチだと思うのですけれど…

だって私のことなんて覚えている人間はもうこの世にいませんし。いるとしても人間やめた人たちくらいしかいないでしょう。

「それに人里だって見に行きたいですよね?」

穣子までなにを言いだすのだ。そりゃ行きたいに決まっているけれど昔みたいに顔パスできるわけじゃないんですからね。妖怪締め出しまでとはいかないだろうけど基本的に妖怪入っちゃだめだから。

まあ手続きして盟約に誓えば入れますけど。

そう考えたら行きたくなってきた。

 

「まあ……折角ですし行きましょうか」

 

「やった!それじゃあ早速行きましょう!」

 

秋姉妹のテンションが一気に上がりましたね。それに大妖精も嬉しそうですね。そういえばチルノ達とは一緒ではないのですね。

まあ、いつも一緒ってわけでもないようですし聞くことでもないか。

「お姉ちゃん出かけるの?」

 

家の中からこいしが話しかけてきた。どうやら今の話を聞いていたらしい。

別にそんな遅くなるわけではないようですから別に心配しなくてもいいのに……ものすごく心配しているのが顔に出てますよ。

「ええ、そのようね」

 

「……まあいいや。お空も行くって言ってるけど」

お空がですか。別に私は構いませんけど…

そっと三人の方に視線を向ける。

「別に良いわ」

 

「同じく」

 

なら大丈夫ですね。それに人数が多い方が良いですからね。

ってお空はお空でなにしているのやら。

そんな…扉の陰に隠れてこっち伺わなくたっていいのに…悪い人でもなんでもないんだから。

「警戒心…やっぱり強いですね」

大妖精?まさか貴女に警戒しているのかしら…

「多分そこの神様に警戒しているかと…一応初対面ですし」

 

ああ…そういうことなのね。

一応ということはあったことはあるけれど忘れているか、同じ空間にいたけれど話しかけていないなどで記憶に残っていないかね。

 

「じゃあ一緒に行きましょう」

 

「分かりました…」

 

お空なんだか成長したわね。昨日もそう思ったけれど、身長とか色々と…うん。こいしは私より少し背が高い程度だったのにこの子だけどうしてこんな成長しちゃったのかしら。

「お空、もうちょっと友好的にね」

 

「うーん……気が向いたらそうする。だってそこの2人に虐められた事あるから」

 

「あれは事故だって言ってるじゃない!」

 

なんだかいざこざがあったみたいですね。大人しくしてくれるのなら後日お話を聞きましょうか。

「そ…それより早く行きましょ」

おっと、そうでしたね。

先に飛び出したお空と秋姉妹に続いて飛び上がる。

久しぶりの幻想郷の景色は、神秘的で心を震わせる。普遍あるとするなら花鳥風月とはよく言いますね。

本当にその言葉どおりですよ。

 

 

 

 

 

「早速神社なのね」

しばらく幻想郷の景色に魅了されながら飛んでいると、いつのまにか幻想郷の東に立つ神社の近くに来ていた。

結界が貼ってある為か神社の近くは少しだけ空気が揺らいでいる。

 

「そんなものよ」

そんなものなんですかねえ…

静葉さんの感性ってよくわからない。

「ところで、ここに来るって決めてたんですか?」

 

「決めてないわ。風に乗って流されているだけ」

本当に分からない。しかもそれはどこかの片輪走行では……

そんな事をしていると神社が見えてくる。

森の中に隠れているため少しだけ見え辛い。

 

「神社…建て替えしました?」

なんだか記憶にある神社と形が違う。それに右のほうに別の建物も出来ている。

 

「いいえ、ちょっと修理と増設をしたくらいよ」

増設…か

まあ、紫が大事にしている神社ですからね。そう簡単に建て替えることができないのでしょう。

「丁度巫女がいますね」

 

「あまり見つからないようにしましょう…友好的な感覚ではなさそうだから」

十分距離を取っているのだけれどそれでも伝わってくる殺気と血の匂い。

かなり凶暴ですね…それくらいが妖怪と人間のバランスを保つには丁度良いのですけどね。

「でもあれじゃあ……人間にも畏れられている……」

 

「本人曰くそれくらいがちょうどいいらしいですよ」

 

穣子さん、口ではそういうかもしれないけれど内心はそんなことないんですよ。

人間は1人で行きていけるほど強くはないのだから。

 

「うにゅ?でも博麗の巫女と仲良いのって紫様だよね?」

 

…何かしらあるんでしょう。でも仲が良いと言うのはいいすぎなのではないのだろうか…

どう見てもこっちに気づいて殺気混じりの視線飛ばしてきてますし…

「でもこの前2人で酒飲んでるところ見たよ」

 

………やっぱり孤独は辛いのだろうか。

 

「やばいわ…さとりがなんか考え事し始めたわ」

 

「この場合のさとりさんは…突拍子も無いことし始めますからね…」

 

「そうなの?」

 

「ええ、お空はあまり知らないでしょうけどああ見えてさとりってやる時はやるから」

 

そこの三人、聞こえてますよ。もうちょっと静かに話しなさい。

ほらそんな事してるから巫女がこっちに来ちゃったじゃないですか。しかもお祓い棒を構えて戦闘態勢ですよ。早めに退散しましょう。

「大丈夫よ。私達姉妹は神よ」

 

どう見てもあの雰囲気は生きているなら神様だって殺してみせるって言いそうですよ。

「警告だけするわ。目障りだから立ち去りなさい」

 

「ほら行きますよ!」

 

4人を引っ張ってその場を離れる。妖怪に恨みでもあるのかただ単純に虫の居所が悪いのかなん何か知りませんけど怒ってる相手をさらに怒らせる行為はご法度ですよ。

それにあの子…相当な実力です。

ここの5人が一斉に飛びかかっても返り討ちにあう……

 

でもそれほどの力を持っているならなんで警告したのでしょうか。恨みを持っていたりイライラしているのなら警告なんてせずに一瞬で潰せばいいはずだ。

戦うのが嫌だから?ならばこちらに来なければ良いだけのはずだ。

………何かあるのだろうか。

 

 

閑話休題

 

気がついたら、人里にいた。

なにを言っているか分からないと思うけれど私だって分からない。

さっきまで神社にいたはずなのに…ここまで来る行程の記憶がすっぽりと無くなっている。

「さとり様?どうかしましたか?」

 

隣にいるお空が心配そうにこちらを見てくる。

「記憶が飛んだだけです」

 

「それ重傷よ⁉︎」

 

「静葉さん、大声出したら目立ちますよ」

そうでなくても2人は服が独特で目立つんですから…

 

「……さとりさん疲れてますか?そこの茶屋で休みましょ」

 

大妖精が手を握ってエスコート。でもその手をお空がつかみ直す。お空もエスコートしてくれるのね…なんか凄い嫉妬のような感情が見えてますけど…お空、落ち着いて。

やはり私がいなくなっていたのが原因なのだろうか。だとしたら悪いことしたなと思う。

 

それにしても……人里もずいぶん変わりましたね。

なんかこう…賑やかな方に。

あまり人の喧騒というのは疲れるものの別に嫌いというわけではない。むしろ陰険な方が嫌いだ。

 

 

外と違って茶屋の中は閑静で落ち着いた雰囲気。一息つくのにはちょうど良いですね。

聞けばここは大妖精のおすすめらしい。

 

「それで、人里に連れ出してどうするつもりだったのですか?」

 

大妖精と穣子さんが注文を頼んでいる合間に連れて来た張本人である静葉に問う。

別にどこに連れて行っても良いのですけれどね。

「何百年も経てば人間は変わるわ。だからあなたに見て欲しかったの。人間と妖怪が共存するそんな世界の人たちを」

 

なるほど…確かにあの頃とは違いますね。大妖精だって人里に入ることができる時代になったなんて…

「変わりましたね……」

 

「そうでしょう。だから貴女達も、いつまでも隠しておく必要なんてないんじゃないかしら…」

 

私のことを心配してくれているのだろう。確かに私は人の心を読むのが怖い。だからずっと眼を隠して生きてきた。

だけどそれは私…古明地さとりという少女の在り方に反する。

それが体や心にどの程度の負担をかけているのかは分からないが良いものではないのだろう。

 

「私はよく分からないけれど、さとり様やこいし様の体に悪いことだってのはわかるよ」

 

お空が真剣な目で見つけてくる。

まさか家族からまで心配されているなんてね……全く…家長失格です。

ふと自分の顔に違和感を感じて手を当てる。

どうやら今の私は微笑んでいるようだ。普段無表情を貫くこの表情筋が今日に限ってどうしたのだろう。

「……ありがと。でも、まだ決められないかな」

 

心配してくれているのは分かっている。それが嬉しくて微笑んだと言う事も理解できる。だけれど、私の心にはまだ人間の心に対する恐怖が根付いている。

戦いの時などには仕方がないし気にもならないがこれが毎日ずっととなると途端に怖くなってしまう。

 

「……そう、無理にとは言わないわ」

 

ごめんなさい。弱くて……

 

「姉さんどうしたのですか?」

 

穣子達が注文を終えたようだ。だけど来るタイミングが悪かったですね。

「な、なんでもないわ」

 

笑顔が引きつってますよ。もう少しリラックスしてください。

ほら2人とも完全に気まずい雰囲気になっちゃったじゃないですか。

原因の大半は私なんですけどね…

「まあ……気にしないでください」

 

「さとりがそう言うなら……」

 

「そうですね…早く座っちゃいましょうか」

大妖精が私の右隣に腰を下ろす。

逆にお空が左隣に移動してくる。

何だこの状況。大妖精は……別にどうということはなくただの偶然ですけどお空は嫉妬しすぎです。

 

たしかに寂しかったのは分かりますけど…もう…

軽くお空の頭を撫でる。

気持ちよかったのか目を細めてリラックスし始めた。

嫉妬なんて似合わないですよ。

「可愛いですね」

 

「本当ね。地獄ガラスもこうなればただのカラスね」

 

神様2人は煽ってますけどこの子その内神様になるかもしれませんからね。

まあ、それは私の望みではないから全力で阻止します。

でもお空は力が欲しいと心のどこかで思っているのでしょうね。

こいしが言っていたわね。

お空はみんなを守れる…笑顔でいてくれるために力がほしいって。

そんな力望まなくても良いのにと思うが、その思いの原因が私にあるのは明確なので何も言えない。

でもお空、過ぎた力は身を滅ぼすのよ。

 

「さとり様?」

 

気づけば、ずっとお空の頭を撫でていたようだ。いけないいけない。

考え事していて意識が明後日の方を向いていました。

 

「おっと…考え事をしていました」

 

「もう、しっかりしなさい」

 

「まあまあ、姉さん怒らないの」

 

「さとりさん…お茶来てるんですけど」

 

大妖精が私の前にお茶を差し出してくる。ああ、考え事に思考を使うのもほどほどにしないといけないわね。

気分を入れ替えるためにお茶を流し込む。

考えていたこととかいろんなことが一緒に心の中に流れていく。

やはりお茶は落ち着く…いくら体が変わっても、しっかりと魂は刻んでいるようだ。

「落ち着きます…」

 

行きつけになりそうね。実際大妖精は行きつけらしいですけど。

そこの神様達も気に入ったみたいだ。

今度こいし達も連れてこようかしら。

こいしが知ってるなら話は早いのだけれど…

「お空、この店知ってた?」

「いえ、知らなかったです。多分こいし様も知らないんじゃないでしょうか」

そっか。なら今度連れて来ましょう。

「それがいいと思いますよ。こいし様よく人里に来ますし」

 

あら、それは良かったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

なにやら玄関の方が賑やかになったと思えば、今度はお空があたいの真横で不審な動きをしたり。

そんな状態がふと静かになったと思い頭を上げてみればどこかに出かけていくお空とさとりの後ろ姿が見える。

その姿が見えなくなった頃だろうか。急にこいしが隣に腰を下ろす。

「……出かけたね」

確かに出かけましたねえと思い起こせば、想起してくれたのか頭を撫でてくる。

見上げるこいしの目に怪しい光が灯るのも見逃さない。あれは良からぬことを考えている時の目。

「追いかけようか」

私を抱きかかえたかと思えばそんなことを口走る。やはり良からぬことを考えていたようだ。

そもそもどうしてその発想が出てくるのか不思議だ。

お空は一緒に行ったのだからこいしもついて行けばよかったではないか。

「それもそうだけどお姉ちゃん私がいると少し気を使っちゃうからさ」

まあ妹なのだからそうだろう。だけれど密かに後ろを付けるって言うのはどうなのだ。お空がいるじゃないか。

 

「だって気になるんだもん。それに折角お姉ちゃん帰って来たのになんかあったらどうするのさ」

分からなくはない。さとりの事を想っての行動だというのは理解できる。

理解できるのだがコソコソ後ろを付ける行為に少し抵抗が……

 

「というわけでお燐、いくよ」

あたいを抱きしめながらそんな事を言い出す。まさかのあたいまで一緒とはどうしたらそうなるのだ。

その衝撃のあまりに思わず人型になって叫んでしまう。

 

「私もですか⁉︎」

 

いきなりあたいも連れていくなんてどういうことだ。

 

「ちょ…お燐いきなり人型になったら……」

だけど人型になってしまったのは不味かった。

丁度こいしに抱きかかえられていたあたいがこいしの体格より一回り大きい姿になってしまえば支えられるはずもない。

そのまま2人揃って崩れ落ちる。

「ちょっとお燐」

 

気づけばあたいはこいしを押し倒してしまっていた。

押し倒したというより事故で押し倒しているかのような体勢になってしまっているだけなのだが…

「あ…ごめん!」

直ぐにこいしの上から飛び降りる。

「もう…そのままどうするつもりだったのやら」

 

なにもなにもしないから。だから顔を赤らめて変な気を起こすのはやめてくれます⁉︎

あたい凄く恥ずかしいんですけど!

「まあ冗談はさておき、ほら準備していくよ!」

 

「やっぱりいくんですか?」

何だか気が乗らないのだけれど……

 

「当たり前じゃないの!もし私達がいない時にお燐に何かあったら嫌だもん。お燐だって大切な家族だもん」

そ…そんなに心配してくれていたなんて。

確かに気は乗らないけれど…

「そ…そこまでいうなら…」

 

一緒に行きますとしか言えないじゃないか。

 

「ありがとうお燐」

 

 

 

 

 

 

という経緯があったものの、目の前で茶屋に入るさとり達を影からこっそり見ている不審者同然のこいしの姿を見ると、なんだかいけない事をしているような気になってくる。

こいしが頭まで外套で隠しちゃってるから余計に不審者っぽくなっている。

そういうあたいも人里に溶け込むために結構工夫している。

それが罪悪感に拍車をかける。

「あの…こいし」

 

「どうしたのお燐」

 

「やはりこれって不自然なんじゃ…」

不自然なんてものじゃないけれどどう考えてもやってることはまずいと思う。多分勘違いされて奉行所送りになるかもしれない。

 

「だってバレたら過保護だって言われちゃうじゃん」

 

「すでに過保護ですよね。どう見てもこれは行動が異常ですけど!」

 

もう色々と過保護過ぎる。神様だっているんだし大丈夫だよ。うん……

それに、店に入ったからって後を追って店に入ろうとしないでください。見つかりますってば。既に穣子さんにばれかけてるんですよ!さっき思いっきりこっち見てたじゃないですか。

 

「じゃあ、そう言うお燐はどうして一緒にいるの?合流すればいいじゃん」

 

「それはなんか…気不味いというかなんというか…やはり心配で」

だってお空だけじゃ不安なんだもん。あたいは保険だよ保険。何かあったときのね……その為に色々と持ってきているんだし。

 

「同じじゃん!」

 

「そうだけど…あたいはもう少し遠くから観察した方がいいんじゃないかなあって……」

少なくとも家1軒分は離れようや。あたいらの視力なら十分観測可能だろう。

それに、さとり達に危害を加えようとする輩はなるべく遠くで対処したいからね。

 

ーーー!

背中に冷たい空気が触れ、毛が逆立つ。

背後に誰かがいると第六感が警告をする。振り返ろうとした直後に右腕を掴まれた。

「面白いことやってるわね」

知っている声。つい最近聞いたこの柔らかい物腰ながら体が本能的に感じ取る強者の風格。

 

「ーー脅かさないでくださいよ」

首だけを回して振り返れば、変わった帽子をかぶった女性……八雲紫が佇んでいた。

 

「脅かしてないわ。貴女が驚いただけでしょう」

なんだいその捻くれは。確かに驚いたのはあたいだけど…あたいの真後ろに来なきゃおどかないっての。

 

「紫さんもさとりが気になるの?」

こいしは相変わらずぶれることなく紫を見つめる。

 

「いいえ、偶然貴方達を見かけたから声をかけてみただけよ」

こっちもこっちで平常運転だったようだ。

声をかけてみたにしては随分と質が悪いけれど……

 

「そう……じゃあお姉ちゃんには内緒ね」

こいしが釘を刺しているが…そこでふと重大なことに気がついた。そういえばさとりはさとり妖怪だったね。

ってことは心が読めないこいしは良いとしても……

「あたいがいる時点で詰んでると思うのですが…さとりに後で心読まれたら速攻でバレますよ」

 

こいしの表情にヒビが入る。

同時に紫様も同情するような目線を向けてくる。

これはもうどうしようもない。そもそもさとり妖怪に隠し事など出来ないのだからね。

 

「………あ」

思いっきりやらかしましたね。もうどうしようもないですよこれ。

頭を抱え込んでしまうこいし。気づくの遅すぎましたね。これなら別に言わなくても良かったかなあ…

「あなた…相当なうっかり者よね」

 

「……まあいいや。その時はその時だ」

 

開き直った…まさかの開き直りましたよ!

あれだけ頭抱えてたのにもうスッキリした表情になってる。あたいもなるべく思い出さないようにしよう……でもそうやって意識すればするほど意識しちゃってこれじゃあ簡単にバレるなあって呆れてしまう。

知られたくない事はなるべく忘れてたほうが良いのだけれど無意識的に忘れる記憶と違って意識的に覚えてしまったものは忘れようがない。

 

「開き直りも早いこと」

扇子で口元を隠しながら楽しそうに笑う紫様。

そういえば紫様ならわざわざここに来なくても隙間から追跡できるのではないのだろうか。

そもそも妖怪の賢者がこうも簡単に人里に来たりして良いのだろうか。

「そうじゃなきゃ私は私を維持できないもん」

 

「そんなもんだろうか」

 

「そんなもんだよ。過ぎた事は仕方がない。悔やんだって戻らないもん」

確かにそうだけどだからと言って簡単に割り切れるほどあたいら普通の生き物は強くはない。

「面白いこと言うわね」

 

「面白くはないよ。ただ逃げているだけ」

 

……それ以降双方ともに無言になってしまう。気まずい雰囲気のままズルズルと時間が流れる。

何か話そうかと紫の顔を覗き込むものの、なにかを考えているのか真剣な眼差しでさとり達がいる茶屋の方を向いてしまっている。

話しかけるのは諦めよう。これは無理だ。

こいしの方もなんだか話しかけるには少し辛い雰囲気が出ている。

胃が壊れそうだよまったく…早くさとり達出てきてくれないかなあ。

「……あ、出てきた」

あたいの祈りが通じたのか、茶屋からお空が出てきた。

それに続いてさとりや大妖精とさっき入っていったメンバーがぞろぞろ出てくる。

なんだかあんなに少女が固まっているとなんだか目立つ。

それに2名ほど背中の羽を隠していないから人間達が奇異の目線を向けている。

本人達は気付いていないみたいだけど…あまり良い光景ではない。

妖怪ってだけで忌避や恐れを向ける人だっているのだからあまり目立たないようにしてほしい。

 

「……悪目立ちしすぎね」

 

「でもすぐ気がつくと思うよ」

 

「なぜ分かるのかしら?」

 

「だってこの先寺子屋があるからさ。確かこの時間ならあの先生もいるはずだよ」

 

寺子屋?先生?なんのことだろうか。

疑問が頭の中に展開される。だけどこれらはその内わかることと思い直す。

「ずいぶん詳しいわね」

紫様が妖艶な笑みを浮かべる。

 

「詳しくないよ。ただ仲が良いだけ」

そういうものかねえ……

 

 

 

 

 

 

体の軸線を僅かにずらし相手の拳を避ける。

空気を切り裂く音が耳元を通過したところで真横に突き出された腕を掴み背後に放り投げる。

軸がずれたままなので妖怪の馬鹿力を使ってだ。

放り投げられた慧音は地面を軽く転がり体勢を戻す。ダメージは入っていないようだ。

「なるほど、受け流しが得意なのだな」

 

「ご想像にお任せします」

再びぶつかり合う力。突っ込んで来る慧音を受け流して蹴りや拳の攻撃を躱す。

「やはりそのようだな…ならば…」

 

距離を取った慧音が拳を構える。

何かまずい気がする……咄嗟に身構える。

 

「ふっ…」

拳が見えなくなる。いや…早すぎて捕捉できないようだ。

回避できない。咄嗟に身構える。

鈍い衝撃が体を揺さぶり、気づけば後方に向かって飛ばされていた。

 

どうしてこうなっているのか。それは数十分前に遡る。

 

 

 

 

「おい、お前たち」

 

誰かの声…それが私達に向けられていると気づいたのは、周囲の目線。

一体どうしたのだろう?何かやらかしていたか?と疑問が頭に浮かぶものの、それより早くお空と大妖精の肩を誰かが掴んだ。

 

「うにゅ?」

 

「えっと…どちら様ですか?」

 

「名乗るより先に羽を隠しなさい。目立っているぞ」

そう言われて2人に背中に視線を向けてみれば、確かにこれは目立ちますね……

さっき店に入った時に上着を外していたのですが、その時に着る手順を間違えたようです。黒い烏の羽と透き通った妖精の羽が丸見えだ。

 

「「あ……」」

直ぐに着直す2人。

そんな2人に意識が向いてしまう中、私を見つめる視線を感じ取る。

その視線を追ってみれば、丁度2人に声をかけた女性にたどり着く。

腰まで伸びた長い銀髪に赤いリボンをつけた独特な形の帽子を被っている。

服は胸元が大きく開いた上下一体の青い服。複雑な構造が多い服装だこと。さらに下半身のスカート部分には幾重にも重なった白のレース。

今の時代においては少し変わった服装…だけどあまり違和感は感じない。

「……慧音?」

 

一瞬記憶が呼び覚ました名前が口から漏れる。

「おや?私とお前さんは初対面のはずだが?」

不意をつかれたような顔をして彼女が私に詰め寄ってきた。

 

「ええ、初対面ですよ」

私は貴女のことは何も知りませんもの。

「……うん?少し待ってくれ」

 

私をまじまじと見つめていた慧音さんが何かに引っかかったのか頭を抱えて思い出そうとしだす。

あれ?初対面ですよね?まさか私のこと知っているのでしょうか。でも私は何も覚えていませんし……会ったわけではなさそうですね。

 

「えっと……誰かしら?」

 

蚊帳の外になっていた静葉さんが慧音の視界でフラフラと揺れる。

それまさか自己アピールですか?何だか事故アピールですよそれ……

「ああ、すまないな。私は上白沢慧音。寺子屋で教師をやっているものだ」

 

「貴女もしかして人じゃない?」

穣子さんが慧音さんの体を睨みながらそう呟く。確かに彼女は人間じゃないですね。人間側に立つ存在ですけど。

 

「そう言う2人も人ではないようだが?」

 

「ええ、私達は秋を司る神よ」

なにやら腹の探り合いでも行われているのか三人の合間に異様な雰囲気が漂う。

 

「ほほう…神様か。ありがたいな」

 

今のうちに少し距離を取っておこう。何だか嫌な予感がする。

 

「ところで、そこの子は一体……」

 

「彼女は古明地さとり。こいしの姉よ」

静葉さんどうしてそれを言ってしまうのですか!黙ってればまあ良いかってなるかもしれなかったのに!

 

「こいしの姉……?あ、そうか思い出したぞ!」

あああ…思い出しちゃったようです。

そういえば彼女はどうして私を知っているのでしょうか。

「知っているのですか?」

 

「確か人里の記録に残っているはずだぞ。ある時期まで人里に住み人間と妖怪を守り続けた妖怪って……」

 

「何ですかその歴史…黒歴史も良いところです」

 

「まあ良いではないか」

 

良くない。そんな歴史残ってるなんてやめてほしい。数百年も経ったのなら忘れてくれてれば良いのに……ああ、一般の人は忘れているのか。

 

「確か…里の移転の時に残り続けて、途中で行方不明になったとか何とか…」

言わなくて良いから!やめてくださいよ恥ずかしい……しかも行方不明になったってなんで伝わっちゃってるんですか!

「昨日戻ってきたんですよ」

 

大妖精…あまり余計なことは言わないで……

後お空も話したそうにしてるけどダメだからね。話しちゃダメだからね!

「そうだったのか。だが過程はともかくとして、人里にようこそ」

 

そう言って右手を差し出される。握手ということだろうか……

「こちらこそお見知りおきを」

素直に右手を差し出す。彼女の手に触れると分かる自分の冷たさ。それがなんだか、自ら自体を表しているようで不思議と安心してしまう。

「なんだか冷たいな」

 

「私もよく思いますけど…特に支障はないので」

 

ざっくり指摘しましたね……

「そういえばさとり様って体温低いですよね」

 

「そう言えばそうですね…あまり触れたことはないのですが、人肌の暖かさを感じる事なんて少なかった気がします」

なんだか心に刺さる言葉なんですけど……

「それで……妖怪がぞろぞろ揃って人里に何用なのかな?」

睨みつけられる。確かに仕方がないだろう…慧音のその言葉の裏には人間を心配する気配が入っている。

あまり怒らせる答えは言わない方が良いですね。

そもそも怒らせる基準が不明ですけど。

「私を案内したかったらしいですよ」

 

「まあ…人里に入ってる時点で害はないと思うがあまり人間の不安になる行為はしないようにな」

さっきみたいに…その言葉は出なかったけれど読み通すことはできる。

「ええ、気をつけます」

「そうしてくれ」

そんな会話が少しだけ続いて彼女は私達と反対方向に歩き出した。

だけれど目立ちますね…周りの人間にも目立つ服装の人は何人かいますけど…それでも慧音さんは目立つ。

 

それに……一瞬だけ読み取れてしまった心からこいしの事が読み取れた。

こいしと知り合い…たしかにあの子も人里に来ているなら知り合いかもしれませんけど…でも私達の家の方の記憶も同時に想起されていたから…別のところで会っているようですね。

そんなことを考えていたら、お空が私の袖を引っ張る。

どうしたのだろうとお空の方を向いてみれば、どうやら慧音さんの方を見ている。

彼女がどうかしたのだろうか……

あれ?何でこっち戻ってきているんですかね?なんだか嫌な予感しかしないのですけれど…あれれ?さっき感じた時より嫌な予感が強いような…

「考えて見たのだが…私と少し手合わせできないだろうか」

 

………今なんと

「お断りします」

 

「そうか、良かっ……え?断るのか?」

 

なんでやってくれる前提で話しかけてるんですか!一応貴女常識人ですよね!そうですよね!

「いやいや、察しなさいよ。今さとりはのんびりしているのよ?」

 

静葉さんナイスフォローですよ!

「それは分かっているのだが…頼む!」

 

頼むじゃなくて…どうしてそんな反応するんです?捨てられた子犬の目線の方がまだ可愛いですよ。

「手合わせって事は…戦うの?それなら先に私を倒してから…」

 

お空はややこしい事になるからやめて!本当それだけはやめてよ絶対見境なく戦うわよね!

「その…だな。さっきまで色々とあって凄く不完全燃焼なんだ…だから頼む。発散に付き合ってくれ!」

すごく自分勝手すぎません⁉︎それに何で私なんですか!しかもどうして人里のこんな道のど真ん中で話しかけるんですか!

 

騒ぎを聞きつけて人が来ちゃうじゃないですか…ってもう集まってるし!早いというよりみんな察しがよすぎる気がするのですけど…

「あのですね……私は強くないですからね?戦うのも好きじゃないですし…」

ソウ…タタカウノハ……

 

「いやいや、妖力とかは使わないで純粋な力勝負でいいんだ。むしろ人里だからそうしてくれ!」

そうしてくれじゃない!もうこっちの力にほとんど潰されたに等しい!前回藍さんと手合わせした時に十分理解しましたから。

それにしてもどうして急にそんなことを言い出したのでしょうか……

少しだけ心をのぞいてみる。

 

……手合わせしたいのは本当。その理由は私の事を知りたいという好奇心と人間側に立つ存在としてどれ程の実力なのかを図りたいから。

考えていることは分からなくはないですけどすごく脳筋な気がする。

それと……歴史に不自然なところがある?

私が関連している可能性がある?

何やら気になりますね。

「妖力無しって…ますますダメよ!」

静葉さん…あまり叫ばないで。人が集まってきちゃうから。

「……良いですよ」

 

「さとり⁉︎」

「さとりさん⁉︎何考えているのですか!」

 

だってここまで人が集まった挙句慧音さんも一歩も引くつもりがないのであればもうこちら側に選択肢なんて無いですよ。

それに気になることもありますし……

でも本気で戦うつもりはない。ある程度向こうが満足してくれたらやめよう。うん。そうしよう……

「……」

穣子さんどっち見てるのですか?

 

「……え?あ…何でもないわ」

……まあ良いです。特に何というわけではなさそうですからね。

「では、少し広いところに案内しよう」

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、お姉ちゃんって出かけるたびに戦ってる感じがするんだけど」

さとり達から少し離れたところであたい達は見守り続けていた。

なのに急によくわからない女性と戦いはじめたものだから屋根の上に移動して遠くから戦いを見学している。

地上のままじゃ人だかりで見えなくなっちゃうからね。

「こいしと一緒の時は大体そんな気がしますね」

例外もありますけど基本的に戦ってることが多いような気がするね。

 

「しかもどうして慧音先生と戦うのかなあ……」

あの銀髪の女性は慧音と言うらしい。どうやら人里にある寺子屋で先生をやっているのだとか。

でも授業が退屈なのだとか。

「脳筋なんじゃないかなあ」

そうでなければああはならないだろう。

だけどよくよく見てみればあれは戦っているよりかはむしろ手を抜いているようなそんな感覚だ。

なんだか少し違うような気がする。模擬戦と言われればそっちの方がしっくりくる。

 

 

「あらあら面白いこと」

隣で空中に座っている紫様が2人を見ながらそう呟く。

面白いのだろうか…こっちとしてはなんかなあって思う。本気で戦っているのとも少し違うよくわからない戦い…うん。何だろうね。

 

「紫さん何か仕組んだ?」

気がついたらこいしがあたいと紫様の合間に入り込んでいる。急に現れるのは心臓に悪いってば。

それにいきなり仕組んだって…変なこと聞くねえ。

「いいえ、だけど彼女についての一切の歴史的記録は可能な範囲で無くしておいたわ」

もちろん、境界を歪めて……

 

なんか…よくわからない答えを言うねえ。

さとりに関する歴史?どういうことだろうか…歴史って確か文章記録として残っている分だよね。

 

「……可能な範囲?」

え…こいしの場合そっちが疑問点なのかい?

 

「例えば人間の持つ記録…阿求が書いているようなものとかは無理だけれど妖怪が記録している歴史は消しておいたわよ。そっちの方が色々と長く詳しく書かれているからね。まあ、妖怪側は歴史とかあまり残さないから数も少ないし難しいことではないわ」

 

「まずどうして歴史を隠蔽する必要があるんですか?」

 

あたいの質問に紫様は黙ってしまう。いや、目線が慧音とか言う女性の方に向いている。やはりあの慧音とか言う女性と関連があるのだろうか。

「お燐、慧音先生の能力は歴史を食らう程度の能力。簡単に言うとある出来事を無かったことにするんだけどそれをするには過去にあった歴史を知っている必要がある。だから歴史に存在しない人物は興味対象になるんだ」

 

「でも人間一人ひとりの記録なんて無いですよね」

妖怪だってないのだから…そもそも記録ってどうなってるんだ?

「ないけれどお姉ちゃんの行いの一部って幻想郷の歴史そのものに結構記録されてるらしいんだけどお姉ちゃんの存在を隠したからなぜがそこの記録部分のみ不鮮明なところが多く残ってるってこの前愚痴言ってた気がする」

何だそれ…まあ確かにそれを行った結果はあるけれどそれを行なった人物や過程が無いって言ったら不自然だよなあ……

 

 

「それで戦ってるんだよ」

 

「その理屈がわかりません」

 

「わからないかあ……」

普通わからないと思うよ。そもそも、戦って理解できるものなのか?

「私もわからない」

 

分からないんですかい!てっきり理解できているのかと思っていたよ。

 

「そういえば……理由は聞かないのね」

理由?もしかして紫様がさとりの歴史的記録を隠したってことかい?

 

「聞くほどの理由でもないみたいだからね」

なんだか不思議な言い回しだ。分かっているのかなあ?でも能力を使った形跡はないし…

さとりもさとりだけどこいしも時々分からなくなるのよね。

「あら?心を読んだのかしら」

 

「何となくかなあ」

 

「何となくねえ……さとり妖怪ってこうも揃って勘が良い子が多いのね」

それはあたいにはわからないけれど…多分こいし達が鋭いだけだと思うよ。あたいが知っている覚り妖怪なんて1人しかいないけど。

「それはどうだろうね?」

こいしが首を傾げながら不思議な動きをし始める。

結局分かっているようで分かっていないことが多いのだろう。だけどそんなのみんなそんなものだろう。あたいだってあたい自身のことなんて分からないのだから。

 

「それにしても……あの子の戦い方普通じゃないわね」

 

この話はおしまいと言わんばかりに、離れたところで戦っているさとりに視線を向けて呟く。

「そうなの?私の知ってる戦い方ってあんな感じだよ?」

 

「あたいもですね」

まあもう少し距離とって戦うことが多いからちょっと違うけれど。

 

「誰に似たのよ……」

 

「「お姉ちゃん(さとり)」」

 

「貴方達ねえ……」

だってさとりくらいしかいないよねえ…後ルーミアさん。

「この際だから言っておくけれど、普通あんな戦い方はしないわよ。鬼とか種族上特化しているなら別だけれど」

真剣な眼差しで睨みつけられる。怒っているわけではないけれど少し威圧感がある。

「そうなんだ…まあお姉ちゃんほど人間とかと同じ戦い方はなかなかやらないね。私だってあんな戦い方は普通しないよ。慧音先生は半妖だからわかるけど」

そうかな?基本的に鬼が戦ってる姿しか見てないからなあ…それに天狗の場合は機動性生かしての遠距離攻撃ばかりだったし。

 

「ええ、普通はもっと妖力に頼るから基本的にもっと距離をとって戦うのが普通よ。それにさとり妖怪はむしろ弱い部類に入るのよ」

 

言われてみればそうだった。

さとり妖怪は能力以外は弱小妖怪だった。まあこの2人を見てると全然弱小な気はしないけれど。

 

「心理戦が基本だからね。戦うことがないからじゃない?」

なるほど、戦う必要がないから弱小なのか。納得。でもこいしもさとりもバリバリ戦ってますよね。

そんなことを考えていたらさとり達の方は決着がついたらしい。衝撃や殴る音が消え、人間達の喧騒が辺りを埋め始める。

「……終わったみたいですよ」

議論に熱中している2人を現実に引き戻す。

話し始めると止まらない人たちだなあ…そう言うあたいは冷めてるヒトだけれど。

「……どっちが勝ったの?」

さとり達を見ながらあたいに尋ねる。

 

「さあ?そもそも勝ち負けなんてなかったんじゃない?」

遠くからじゃあまり鮮明には見えないけれど慧音とさとりの様子からしてそんな感じかなって読み取る。

 

「そんなもんなのね」

 

「そんなもんだろうねえ…」

人里で戦うってなったらそんなものだろう。


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