古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

86 / 248
depth.75さとりと幻想の日々 下

「はあ……やっと終わったわ」

最後の板を貼り付けながら一息つく。家の修繕がようやく終わりひと段落ついた事に喜びを感じたからなのかそれともまだこれしか終わっていないと言う焦りからなのか。

 

思い返せばここ一週間色々なことがあった。

慧音さんと軽い体慣らしをしたかと思えばそのまま寺子屋まで連れていかれて根掘り葉掘りいろいろなことを聞かれた。

どうやら歴史の不明な点の一部が私がらみだったらしくそれを教えてくれだとかなんとか。

誰が歴史を隠したのかは知りませんけど、隠してくれたのであればありがたい。

私は別に権力が欲しいとかそんなことはなく、ただ平凡を過ごしたいだけ。

だから本当はこのまま知られないようにするのが良いのですが、どうにも引いてくれそうにないので仕方なくほんの一部を話した。

ただし、誰にも知られないことを条件にですけどね。

まあ慧音さんの能力を使えば最悪、私の存在は表舞台から消える。

 

「あ、お姉ちゃん修理終わった?」

 

作業をする音が聞こえなくなった為、こいしが様子を見に家から出てくる。

「ええ、終わったわ。ついでに補強もしておいたからこの前みたいな嵐が来ても耐え切れるようにしておいたわ」

この家も数百年と言う時の中で何度も修理や補強が行われていたらしいが、もう色々と限界が来ていたので近いうちに大規模改修をやらないとまずいだろう。

取り敢えずそれまでの合間保つようにと補強をしておいた。

「分かった。それと…地霊殿の方からお姉ちゃんに伝言」

 

「伝言?」

 

「来てだって」

 

「誰から?」

 

「多分勇儀さん」

 

なんでいかなければならないのだろう。今更私が行ったところで意味なんてないと思うのに。勇儀さん達も上手くやっているみたいですし私の存在を憶えているものなんてそんなにいないと思うのだけれど。

「分かりました。じゃあ、家のことは任せたわよ」

 

「はいはーい」

 

 

軽く身なりを整えて、地霊殿と直結する扉の前に立つ。この扉も、私がいない合間ずっと使われ続けていたのか全体的に少し古ぼけている。それでもまだまだ稼働できるようだ。

 

その扉を通り地霊殿の中にある私の部屋に入る。

空気が一瞬で変わり、少しだけ薄暗くなる。

灯りのないこの部屋…少しだけ哀愁漂う。

 

そんな雰囲気に身を任せながら、部屋を後にし、廊下に出る。

記憶の中にある地霊殿となんら変わりがないその姿に安堵。

そういえば私を呼んだ本人はどこにいるのでしょうね。

 

少し歩いて気がついたことと言えばこの屋敷はヒトが少ない。死霊妖精だってあまりいないのだ。少し寂しいというより下手をすれば空き家とさえ言われかねない。そんな気がした。

 

「あ…えっとどうかなさいました?」

 

後ろで声がする。どこかで聞いたような……でも何も思い出せないそんな声だ。

その声につられて後ろを振り返れば、後ろには金髪をポニーテールでまとめたワンピース姿の少女が立っていた。

「えっと…勇儀さんを知りませんか?」

だけど彼女からは返答の代わりに軽い悲鳴と驚愕の表情が帰って来た。そしてそれは恐怖という感情として私に伝わる。

「……ひっ!ど、どうして貴女がここに」

 

その言葉で記憶のつっかえが外れた。思い出せないでいた彼女のことを思い出す。

殆ど記憶の隅に追いやられていた。

 

「あ、もしかしてあの時の妖精?」

そうだった…背丈や顔つきは変わっているからわからなかったけれどその金髪は忘れることはない。

あの時…正邪に唆されて死霊妖精を操って色々とやらかしていた子だ。でもどうして私を見て怯えているのだろう?何かしたかしら…そういえば彼女の人格と精神ぶっ壊したんでしたっけ?

「あ…あの」

 

「ひいい…来ないでぇ」

 

物凄い怯えられてる。

なんだかすごく罪悪感というかなんというか……悲しい気持ちになってくる。自業自得なので仕方ないと割り切ってはいますけどこういう感情は慣れませんね。

「落ち着いてください。今は何もしませんから」

 

「嫌だ!来ないで!来ないでバケモノッ‼︎」

バケモノ……そうだよね。そういえばあなたにした仕打ちは確かにバケモノ当然の事でしたね。

しゃがみこんだ彼女に向けて伸ばした手が止まる。

 

「おいおいなんの騒ぎだ?」

騒ぎ声を聞きつけたのか、ドタドタとした足音が聞こえてくる。

勇儀さんだ…間違いない。

妖精の後ろからやって来た勇儀さんは事態を察したのか、私に物凄い申し訳なさそうな顔をして妖精を抱き上げた。

「すまねえ…こいつを落ち着かせてくるから待っててくれ」

 

「ええ、私がいない方が落ち着くでしょうから」

 

勇儀さんが廊下の奥に消えていき、再び静寂が戻る。

ふと、廊下の窓に目をやると、外の景色に溶けながらも、もう1人の私が映り込んでいた。

相変わらずの無表情…頬に手を当ててみれば、窓の中の私も同じように手を頬に当てる。

今になって思えば、なんとも不気味なことだろうか…何をされても人形のように表情が変わらない。

いっそのこと感情さえもなくなってしまえば良いと思ってしまう。

それはダメだと知っていながらもじゃあ結局感情を表に出せなければ伝わらないだろうと自問自答。

感情は私のためだけにあるものじゃない。それなのに伝えるのに最も適した顔が無表情を貫くのであれば、どうやって伝えれば良いのだろうか。私は覚り妖怪だから認識が薄いかもしれないけれど、普通は相手の表情は重要なものだ。

結局、私は意図しなくても恐れられるのだろう。

それもまた宿命なのだろうか。

「おまたせさとり」

 

窓の中に別の人物が映り込む。

それが勇儀さんだと気づいた頃には、意識は元に戻っていてさっきまでの鬱な思考はどこかに消えていた。

 

「ええ…お久しぶりです。勇儀さん」

 

和服を着崩した勇儀さんが、私について来いと指示を出す…それに従い黙って後に続く。

「悪かったな…昔お前と戦った事が相当トラウマになっているみたいでな」

 

「いえ、お構いなく。慣れてますから」

 

本当は慣れていないけれど、こう言って私自身を欺かないとやっていけない。

「ところであの子はどうしてここに?」

彼女は一応敵だった存在のはずだ。それも唆されたとはいえ地底を追放されてもおかしくないようなことをやったのだ。

「それはなあ…あんたがいなくなった後こっちも色々と忙しくてな」

それで彼女も手伝いとして……

「メイドとして雇ったんだが頭が良いから最近は経理の仕事もやらせてるんだ」

へ、へえ……なんだか凄いですね。

「反対する人もいましたよね?」

「まあな…だが彼女の人格も記憶も壊れちまってたし、裁くのは私達じゃねえって事で納得させたよ」

 

なるほど…確かに全て壊れてしまったのであれば、仕方がないだろう。それに壊れたものも新しい形で治って来ているようですし…

「彼女とは会わない方が良いですね」

 

「すまないな……必要があるなら地霊殿から転属させるが……」

 

「そんな事しなくて良いですよ。むしろこのままいてください」

 

話しているうちに目的地に着いたらしい。

応接間…そんな雰囲気が漂う部屋だ。私がいた頃には無かった…多分後から作ったのだろう。

「ところで彼女の名前は?」

 

「エッカートだ。まあみんなエコーって呼んでるよ」

 

「エコーですか…」

 

どうしてエッカートからエコーなのか…まあどうでも良い事だ。

彼女の名前を考察している頃には既に勇儀さんは部屋の机に置いておかれた酒に手をつけていた。

このままだと酒の話で終わってしまいそうな気がしたのですぐに話題転換をするかも

「それで、私を呼んだ理由ですが…」

今更私を呼んだところで何になるというのだ。そんな思うが駆け巡る。

 

「なあ、さとり。地霊殿にはいつ戻ってくるんだ?」

一番ありえないと思っていた答えが返って来た。地霊殿に戻る?嫌に決まっている。そもそも旧地獄は実質的に貴方達のものです。

 

「今のままでも十分回っているのですから戻らなくても大丈夫な気がするのですけど」

 

「そういうわけにもいかないだろう…お前じゃないと出来ないことだって沢山あるんだから」

 

「それもそうですけど」

ならば私がいない合間はどうしていたのだと問いただせば、こいしやお空がこっちに来てやっていたのだとか。特にお空は灼熱地獄の管理を行っているらしい。

時々失敗するらしいけれどよくやってるのだとか。

ならそれまで通りで良いような気がするものの、そんなことしたら閻魔になんて言われるかと。

まあ、私を指名したのは閻魔様ですからね。確かにそれを加味すれば私が地底に戻らないといけない気がします。

だけど……頭の中を一抹の不安が横切る。

私は知っている。

あの異変のことを……あの異変は起きるべくして起きたものだろうし原作ではあれがきっかけで地底と地上の交流が少しづつ出来始めたとか色々ある。

だけど私は起こってほしくはない。お空たちを戦いに巻き込ませたくはない。

これだけは貫きたいのだ。

「それに、地底のみんなだってお前が帰って来たって知ってるから少し顔出せや」

考え事を直ぐに止め、俯いていた頭をあげる。

 

「怖いのですけれど……」

地底の人達だって私を忘れているかもしれない。そう考えたら怖い。他人の心ほど怖いものはない。

 

「大丈夫だって。地底の奴らはほとんどお前を覚えているし悪くいう奴はいねえよ」

どうやら、地上と交流は盛んであってもヒトの流動は地上と違いほとんど無かったらしい。

そう言えば地上のヒト達ってあまりこっちに住もうとしないんですね。

うーん…温泉あるし道も整備されてるから家が地底だよって感じでも良いと思うのだけれど……まあ、それぞれの主観だからそんな事は良いのか。

 

「だから行こうじゃないか」

だからって…あのう、いきなり腕引っ張ってどこに行こうとするんですか?まさか……

「今からですか?」

 

「あたりめえだろ?早いうちが良いからな」

そりゃそうですけど…急すぎますよね。

ああ、酔ってるからもう何言っても聞かないか。

観念して勇儀さんに続いて地霊殿を後にする。

地底の隅っこにあるこの地霊殿。だけれど鬼に引っ張られたら直ぐに旧都まで来てしまった。

早くないですかね…ただ単に普段の私が遅いだけか。

そういえば旧都も帰って来てから初めて来ましたね。

なかなか賑わってるじゃないですか。特に酒場とか温泉宿とか色々……

それに昔と違って鬼ばかりではなく、河童とか地上の妖怪もチラチラ見受けられる。

それを見るたびに思わずフードを深くかぶり直してしまう。

怯えなくても良いのにと勇儀さんには呆れられてしまうけれどそれでもこの癖だけは抜けないようだ。

それでも知っているヒトは知っているらしい。私の姿を見て久しぶりと声をかけてくれたり露店で売ってるものをわざわざ渡しに来たりと賑やかさに飲まれてしまう。

「あら?目の錯覚かしら」

そうこうしているうちに誰かの声が直ぐそばで響く。

少し離れたところから声をかけられるのとは違う…喧騒の中でひとつだけ残った静寂のような声。

振り向いてみれば、そこには緑色に光る二つの目。

吐息がかかる程度に近づかれた体。

緑色の瞳がだんだんと妖しさを増していき意識が持っていかれそうになる。

視界が縮まり、浮いているような感覚が襲いかかる。ダメだと思うごとにどんどんそっちに引っ張られる。

「安心しな。お前の目は正常だ」

不意に緑色の光が離れ、我に帰る。勇儀さんが引き離してくれたようだ。あのままじゃ嫉妬に持っていかれるところでしたね。

 

「そう……なら最悪ね。またあんたと顔を合わせるなんて」

そんな嫌味を言いながらパルスィは私の肩に手を置いた。

「人を心配させすぎるような奴…くたばった方が良かったんじゃない?」

 

「心配してくれていたのですね」

そんな事を言ってみれば、パルスィの顔が急に顔が赤くなる。

何か言い返そうと口を開くが何も言葉が出てこなくてなんだか可愛らしい姿を晒す。

「違うわよ!」

結局その一言が私に向けて放たれた。

「相変わらず嘘が下手ですね」

言葉では否定してても結局態度は素直なんですよねでもあなたが心配してくれていたなんて…意外なものですね。

うん、なんだか怖がっていた私自身がアホらしい。

 

「嘘じゃないわよ!」

じゃあ目をそらさずに言ってください。それとも…心をのぞいちゃいますよ?そんなことしませんけど…

「はいはい、そういうことにしておきますね」

 

「ほんとムカつくわ!」

はいはい、貴女が私を避けている事は分かってますよ。それに好きじゃないってことも……それと一緒に心配してくれているって事も。

 

「なんだか仲良いよなお前ら」

 

「勇儀!いくらあなたでもそれは許せないわ!」

 

「冗談だってば」

まあ、仲は良くないですけどね。パルスィさんは私が嫌いだというのは本当のようですし…

その嫌いが少しだけ違うというか…なんだか分かりづらい嫌いなんですよね。

「もう良いわ…さとり、火はあるかしら?」

 

「相変わらず吸ってるんですね…体に悪いですよ」

 

「あ、あんたに指摘される筋合いはないわ」

そう文句を言い、ぐいぐいと煙草を咥えた顔を近づけてくる。

そもそも勇儀さんに火貰いなさいよ。

「勇儀さんに頼んだらどうです?」

 

「私は火力調整が効かねえからな」

にやにやとしながら私達を見る。狙っていますね…それに火くらい自分でつけられるはず…気にしても仕方ないか。

「早くしなさいよ」

はいはい私がやりますよ。

もう…せっかちなんですから…

 

「ふう…落ち着くわ」

煙と煙草特有の不快な匂いが広がる。

あまり良いものではないですね…

「毎回紙タバコなんですか?」

 

「ええ、文句でもある?」

 

「パイプとか使わないのかなあって…」

 

「あんな高いもの買えないわよ。それともあんたが買ってくれるの?」

え?買いませんよあんな高いの。ですから作るんですよ。って何そんな露骨に嫌な顔するんですか。

じゃあ良いですよ作りませんから。

って今度は残念な顔する……だから素直にほしいって言えばいいのに…

「もらわないとは言ってないでしょ!」

 

「やっぱ仲良いなお前ら」

 

「「良くない」」

 

 

            2

 

 

 

「お姉ちゃんおかえり」

地底から戻ってみれば、転移扉の前にこいしが立っていて思わず転びそうになる。

だって目の前にいるのだから仕方ないだろう。突発的なことには弱いのだ。

 

 

「ただいま…」

 

「もしかして疲れてる?」

顔を覗き込むこいしの頭に手を当てて安心させる。なんだかんだ言ってもこの子は私のことが心配なのだろう。

ありがとうこいし。

「大丈夫よ。慣れない喧騒に少し参っただけだから」

実際喧騒な空間に疲れたのは確かだ。それにパルパルに体を操られかけて精神的にも……

 

「そうそう、一応この家は宿として開業しているからね」

そういえば宿として使っているとかなんとか言っていたわね。ここのところ忙しいから忘れていたわ。

「今まで閉じていなかったかしら?」

 

「修理してたでしょ?」

どうやら家の修繕が終わった今日は開くらしい。といっても家の前にある灯篭に灯を灯せば良いだけらしいが……

「それで人が来るのですね…」

 

「人だけじゃなくてヒトも結構くるよ。座敷童とか付喪神とか疫病神とか色々」

かなり繁盛しているようだ。って言っても儲け目的でやっているわけではないみたいですけど。

「来るもの拒まず去る者追わずだよ」

 

 

そろそろ日が暮れる。周囲の光がだんだんと闇に塗り替えられていく。

妖怪が最も出やすいと言われる時間帯…それでいてどことなく感慨深い光景を見せてくれるそんな時。

窓から見えるそんな光景に目をきらつかせていると、こいしが袖を引っ張る。

「早く行こうよ」

何処へといいかけたものの、そんなの一つしかないではないか。今更聞く必要もない。

黙ってついていくことにする。

「お姉ちゃんって結構ロマンチストだよね」

 

「そうかしら?そんな気一切無いんだけど」

 

「そうかな?さっきだって窓の外ずっと見てたし」

そう言われれば否定はできませんけどだからと言ってロマンチストもかなり違う気がする。そもそも私にロマンチストなんて似合わないだろう。

 

 

 

 

「あら…久しぶりに開いているのね」

お燐が灯篭に火を灯してから早速誰かが来たようだ。

玄関の開く音と、誰かの声。この気配からして人ならざる者のようですね。

「あ、いらっしゃい!」

こいしがぱたぱたと玄関へ駆けて行く。それを追いかけ玄関まで行く。

玄関にいたのは青のロングをリボンで結び、いたるところにお札が貼ってある薄汚れたパーカーと若干すけてる青のミニスカート…そしてなぜか裸足の少女が立っていた。

全体的にやる気がないのか少し無気力感が漂っている。というよりかなり貧乏な感じだ。

 

「……えっと、こいしとそっちは誰?」

でも見た目とは裏腹に声はしっかりしている。やはり見た目に流されてはいけないのだろう。

 

「初めまして、こいしの姉であるさとりです」

 

「ああ、あのさとりね!」

知っているのですか。そういえば文屋の2人が新聞作っていましたけど…まさかここまで広まっているなんて。

「へえ…確かに姉って言われれば2人とも似てるわね。あ、自己紹介遅れたわ。私は依神紫苑…えっと…厄病神です」

厄病神でしたか…そういえばそんな名前を聞いたような聞かなかったような…でも私の記憶ではなく昔の記憶…そうだ思い出した。

あの姉妹のうちの姉さんだったか。でも厄病神でしたっけ?なんか違ったような…まあいいや。

って事は将来あの異変を起こすことになるのだろうか…まあそれは彼女たち次第だから私はどうすることもできない。

何をやっても、最終的には貴方達の判断次第ですからね。

「この人は常連さんだよ!」

 

宿に常連って……やはり色々と大変なのだろう。

「いやあ……ここくらいしか来れるところもよくしてくれるところもありませんからね…」

 

おい妹さん。姉さんが困ってるぞ。どうにかしてやったらどうだ。

それとも事情でどうにもできなからなのだろうか。

「そう…玄関にいるよりも早く入りましょう」

 

「貴女もこいしさんみたいな事言いますね。玄関で良いって毎回言ってるのに…」

 

「こっちは良くないの!」

 

玄関で良いって…もうそれじゃあ宿屋に来た意味ないじゃないの。

呆れながら、彼女を家の中へとあげる。

「相変わらずだね…ちゃんと服とか洗ったら?」

 

「不幸な目にあうから水場はあまり近づきたくない…」

 

不幸な目ね…そういえばその能力は制御ができないんでしたっけ。

かなり難儀なものよね。

「貴方の場合どこに行っても不幸が来るんだから大して変わらないよ」

「お姉ちゃん…ご飯の準備できる?」

 

「え?平気だけど…」

 

「じゃあお願いね。私は紫苑を風呂に入れてくる」

了解よと返事をして台所に向かう。

一瞬だけ私の腕を紫苑さんに掴まれた気がするけれど知らぬふり。

 

「うにゅ?もしかして紫苑さん来た?」

 

振り返ってみればお空が二階に上がる階段から顔をのぞかせている。

どうやら下が騒がしかったので降りてきたようだ。

「ええ、紫苑さんが来ましたけど?」

 

「えっと……なんか頼まれていたんだけど…なんだっけ?」

 

頼まれごとでもしていたのかしら…でもお空は忘れかけているようね…でも完全に忘れているわけではなさそうだから…

「お空、少し記憶を覗くわよ」

 

「え?あ、わかった」

 

「想起……」

サードアイを服からだしお空に向ける。

一気に思考の波が押し寄せる。それをかいくぐって記憶を見ていくと、こいしがなにかを教えている場面が出てくる。これのようね。

「お空…紫苑さんが来たら灯籠消してって言われてなかったかしら?」

 

「それだ!灯籠消さなきゃ!」

 

そう叫んでお空は私の制止を聞かず玄関に向かってしまう。

あんな急いで行ったら転ぶって…ああ、ほら転んだじゃないの。

 

「お空…気をつけて」

 

顔から床に突っ込んだけど大丈夫なのかしら…えっと、大丈夫っぽいわね。怪我がなくてよかったわ。

 

それにしても紫苑さんが来たら直ぐに宿を締めないといけないのね…まあ、そうでもしないと他の人にも不幸をもたらす彼女の能力の巻き添いになってしまいますからね。

仕方ないのか……

 

別に同情しているわけでもないし同情が本人を傷つけるというのは私が一番分かっている。

それにさっさと夕食の準備をしないと遅くなってしまう。

すごく久しぶりに台所に立つのだから少し思い出しながらじゃないとね。

 

 

料理に夢中になっていたらいつのまにかこいしたちが風呂から上がっていたらしい。

風呂と言うよりいつのまにか温泉になっていたのだが…

どうやら灼熱地獄跡の近くにある源泉をパイプで持ってきているのだとか。

 

こちらもひと段落ついたので顔を出しに行く。

その途中に足を何かに引っ掛けたのは黙っておこう。

さっきも包丁で指を切ったばかりなのだからあまり小さな事で心配をかけたくない。

 

「……」

服も洗濯に出してるのかパーカーとミニスカではなく水色ベースで花柄を施した浴衣に変わっていた。

 

「すっきりしたでしょ!」

確かに、玄関にいた時からすれば大分綺麗になった。

荒れていた髪の毛も、念入りに手入れをしたためか見違えるように輝いている。

それに服も浴衣に変えたから印象がだいぶ違う。

こっちの方がこざっぱりしていてなんだか可愛らしい。

「ええ…まあ……」

見とれていると、紫苑さんが顔を伏せた。あまりみるのも良くないですね。それにご飯も一応出ていますし早めに出さないと……

 

「ご飯できましたよ」

 

「わーい!久しぶりのお姉ちゃんのご飯!」

 

「こいしのお姉さんのご飯…気になるわ」

期待しないで欲しいのですけど…

まあ、持って来れば分かるかと考え直し台所に戻る。

ってお空がもう準備していたわ。ありがとうと頭を撫でる。

「さとり様も持っていきます?」

 

「ええ、できればそうするわ」

 

少し量が多いから2人で運ぶことにする。

そっちの方が安全だからね。

足元に注意して料理を持っていく。

もう少し食事をする所を近くの部屋にして欲しかった。

 

「お盆をひっくり返さないでね」

様子を見に部屋から顔を出したこいしにそんなことを言われる。

 

「いくら貧乏神がいてもそんなヘマやらかしませんよ」

軽く不幸に見舞われた気がしますけど、そんなの気の持ちようです。

今不幸なことがあったって明日はいいことがあるだろうし不幸なことばかりでもないのだからと思い直せば楽になるものです。

お気楽だとか言われますけど思いつめて鬱になるより余程良い。

 

「お姉ちゃんフラグ立ててどうするのさ!」

 

ああ、そういえばフラグでしたね、でも大丈夫。

 

「フラグは折るためにあるのよ」

 

「……心配だなあ」

心配と感じるなら感じていれば良いわ。感じなければガンガン進むだけだから。

「なんかすいません…」

同じく部屋から顔を出した紫苑さんが申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「気にしなくていいよ……お姉ちゃんいつもいつもあんな感じだから」

 

「そうなんですか…」

失礼ですね。まともな時はもうちょっとまともですよ。たまにはいいじゃないですか。

 

「さとりさんの料理…美味しそうです」

ちゃんと転ばないで運び込んだ料理を見て紫苑さんがつぶやく。

感謝してくれたのならその感謝は素直に受け入れるべき、少なくとも冷やかしでなければだ。

「ありがとう…それとさんはいらないわ」

 

そういってあげれば少し悩み出す。どうして悩んでいるのかは分からないけれど…

「分かった。さとりくん」

思いついたような表情したかと思えば変なこと言いやがったこいつ!なんで君をつけたんだ。

 

「私は女の子ですよ!」

思わず声を荒げる。それに驚いて机の上で丸くなっていたお燐が飛び起きる。

「知ってた。だから言ってみた」

どうしてそうなるのやら…そもそも女の子にそれはいっちゃいけないような…別に私はいいんですけどえっと…中性的な方とか。

 

「男装させると面白そうだなって……」

 

何故そうなったそもそも男装用の服なんてないでしょ。買うのも嫌ですからね。着せられるのはさらに嫌です。

 

「確かにお姉ちゃんって男装したら面白そう」

こいし、乗っちゃダメよ。それは悪魔の囁きと一緒だから!

それに目をきらつかせながらこっちを見ないで!こればかりは嫌だから!他の人にさせるのは全く問題ないんですけどね。

「もういいでしょ…食べましょう」

少々強引だがこの話題はおしまいにする。これ以上膨らんだらほんとうに着せられかねない。

 

「そうですね…いただきます」

 

「「「いただきます」」」

 

パクパクと食べ始める。一名ものすごい勢いで食べ始めている人がいますけど…

紫苑さん…そんな急いで食べなくても逃げたりはしないってば…

「一週間ぶりにまともな食事にありつけた」

あらら…まさかここでずっと食事とかしている感じなの?

こいしに目線で訴える。

四日に一回くらいと口パクで返事が返ってきた。

四日に一回って…結構な頻度でご飯を食べに来るのね。

「貧乏神も大変ね……」

 

「まあそれが定めだから」

言ってしまえば彼女も食事なんかいらないのかもしれない。

だけれどこうして誰かと一緒に温かい食事を食べることを望んでいるのね……できれば貴方の妹さんとやってほしいのですけれど。

「どう?お姉ちゃんのご飯美味しい?」

 

「ん……美味しい」

 

「それは良かったです」

 

しばらくの合間仲良く食事をしていると、お燐がなにかに反応したようだ。どうかしたのだろうか…

「お燐?」

「さとり、尋ね人だよ」

 

尋ね人?宿目当てで来たわけではなさそうね。こんな時間に来るって誰かしら…

「ちょっと見てくるわね」

 

「いってらっしゃーい」

 

一体誰でしょうか…良からぬ輩なら気配でわかるのですけれど、お燐はそんなこと一言も言わなかったし私の方もあまり感知はしていない。

殺気や相手を倒そうとする気は背中を撫でるような感じがするからすぐわかる。

玄関に繋がる廊下の明かりを灯してみれば、何やら人影が見える。

暗い山を越えてきた人間なのか…あるいは妖怪なのか…

 

「はいはいどちら様ですか?」

 

玄関を開けてみれば、そこには1人の少女…まさかの子供である。それも人間…少し違う匂いが混ざっているけれど…

「……少女?」

 

「だと思ったら私の勝ちだ」

 

急に人影が大きくなる。私より一回りほど大きい姿…水色と白のノースリーブ状態のワンピースに服と同じ色合いのリボンをつけた女性。

背中には6対の氷の羽が浮くように付いている。

「えっと……誰?」

似たような人は知ってますけど誰でしょうか?

 

「あたいよ」

 

「あたいあたい詐欺?」

 

「チルノよ。覚えてないのかしら?大ちゃんとよく一緒にいると思うんだけど」

 

大ちゃんより影なかったので忘れてましたという言うのは冗談で…そんな姿だったの⁉︎

しかもさっき変幻してましたよね⁉︎

どう言うことですか!

「変幻したりこんな体が大きい妖精知りません」

 

「ああこれね。この時期になると不安定で体が大きくなるの。それとさっきのはこいしちゃんに教えてもらった魔法とか言うやつをあたいなりに…ア、あーー…アランジしてみたの!」

 

「……アレンジですよね」

 

「そうそれ!」

成長したのは体だけのようですね。いや……少しは賢くなったのでしょうか。

 

「まあいいです。それで何用できたのですか?」

 

「んーっとね…なんだっけ?」

いや、忘れないでくださいよ。それ忘れたら私が対応に出た意味なくなるじゃないですか。

「あ、そうだ!お腹すいたから食べ物くれ!」

 

「ここは食堂じゃないんですけど」

 

何か勘違いしているようですけどここは私の家であって宿屋であって食堂じゃないんですよ。

「なんだか良い匂いがしたからなーお腹が空いちゃったんだよ」

私が原因ですか⁉︎

「どうしたの?」

騒がしいからかこいしまで来てしまった。

「あ、こいしちゃん!ご飯食べに来たよ!」

 

「えっと……」

 

こいしまで困惑してしまう。必死に言い訳を考えているのだろうけど中々思いつかないようだ。

「じゃあ泊まっていくのであれば」

 

「なんだそれくらいのことか。あたいは構わないぞ」

 

「お姉ちゃん……流石に」

まずいですか……妖精ですし大丈夫でしょう。

それに、チルノはおおらかですし能力の影響なんて気にしないでしょうからね。紫苑さんと仲良くなってくれればもっと良いし。

ちょっとした打算をしながら私は彼女を家に招き入れた。

 

「大丈夫かなあ……紫苑さん」

 

「大丈夫よ……変な方向に流されなければ」

 

 

         3

 

 

山の木々は青々とその緑を視界に見せつけてくる。

みるだけならそれはとても良いものだがその中を歩くとなると相当難しい。

現に、獣道の多くは草木に囲われて見えなくなってしまい。木の枝や茂みが行く手を阻む。まるで何人たりとも寄せつけまいとする森の民が妨害してくるようです。

 

「そろそろのはずなんですけど…」

 

こんな森の深くまで入って来た理由…もとい呼びつけられた原因は本来なら水の中で生活する種族。

だけど開発の関係でここにしたのだとかなんだとか。

 

私に何を見せようと言うのか…ここに戻って来てから一ヶ月が経とうとする頃、地底で仕事を消化していた私のところにふらりと現れてこの場所を指定して来た彼女は何を考えているのやらだ。

なんでも、お披露目だそうだ。

 

お披露目といえばもう少し広いところで行うものなのだけれど彼女曰くあまり目立たず、ヒトが行き辛いところが良いとのこと。

だが空を飛べればそんな辛さなどどこ吹く風。実際私も飛べばよかったと後悔している。

後悔したところでもうどうにもならないしここから飛び立とうにも木々が邪魔でどうしようもない。

もういいやと諦めても、しっかりと足は動かして森の中を進む。

そうしていると指定場所についた。

少しだけ開けたその場所は、誰もいなくて静かな場所だ。

だけど私を呼んだ本人はどこにいるのやら…姿が見えない。

 

まだ来ていないのだろうか…だけど時間はあっているし彼女が遅刻するはずなど……いや、ありえそうだ。

なんとなくだがそう思ってしまう。

 

待ちぼうけになるのも嫌なのでもう少し待ってこないようなら帰ることにしましょう。

そう思っているとどこからか足音が聞こえてくる。

歩数はかなり早いものの、なんだか重いものを運んでいる…そんな足取りだ。

 

「お、さとりが先だったか」

 

「そのようですね。にとりさん」

 

音のした方に顔を向けてみれば、見るからに巨大で重たそうなリュックを背負ったにとりがいた。

少しだけ視界がぶれてしまうけれど……

何かしたのだろうか?

 

「なんだか姿がぶれるのですけど……」

 

「ああ、光学迷彩がさっき故障しちゃってね。その影響だと思うよ」

まさか光学迷彩を使用しているとは…貴女外出るときって大体それつけているわね。

「そんなことはいいから、これを見てくれよ」

そう言ってキラキラしながら彼女は背負っていたリュックを差し出してくる。見た目はなんの変哲も無いリュックですけど…中身何か入っているのだろうか…いや、それならリュックから出すはずだ。

「えっと…リュックですね」

 

「そう、リュックだよ。ただし私お手製の特殊なやつだ」

 

「解説お願いします」

パッと見でわからないものはわからない。このリュックに一体どのような仕掛けがあるのやら…

「そうだねえ…色々と詰めすぎているから、見せながら説明していくね」

そう言いながらリュックの紐の部分を何やら触り始めたにとりさん。

 

「補助推進用ジェットエンジンに、翼、近接防衛システムと障壁展開装置、更にのビールアームくん4号と緊急固定用のアンカー射出装置、それでいて最大積載量は人2人分!」

説明しながら次々とギミックが展開されて行く。中には、生き物そっくりの羽根や完全に機械チックなのアームなどものすごい量のものが出てくる出てくる。

 

「……どうやって収納してるんですかそれ…」

 

「それは企業秘密だよ。知りたければ是非買ってくれないかい?なかなか買い手がつかなくて困ってるんだよ。私はもう一つアップグレードしたのがあるから大丈夫なんだけどこれをこのまま倉庫の肥やしにするのもなんだか気が引けてね」

 

「おいくら何ですか?」

 

「20両」

 

高い。却下。そんな金額ぽんと出せるはずないでしょ。そもそも幻想郷中のお金を集めてもそんな金額にはならないですよ!

そんな金額だから誰も買ってくれないんじゃないですか。

「そもそも使い道無いですよね?」

 

「それを見つけるのは買い手だよ。私は作るだけ」

利用方法は自由と…でも使い道が……

唯一あるとしたら収納能力くらいですね。

 

「私も保留しようかなあ……」

 

「さとりもかあ…困ったなあ…」

じゃあその金額をもっと下げてください。

どうみても要らない機能ばかり詰め込まれたロマンリュックですよね。

「それじゃあ、これとかどうだい?」

気を切り替えたにとりさんがバッグの中から黒光りするものを出す。

また武器のようですね…それは…剣?黒いですけど…

 

「剣ですか?」

 

「うん、ただの剣」

「凄くいらないんですけど…と言うかそれらを見せるためにここに呼んだんですか?」

それらくらいならここじゃなくたって…工房でだって可能なはずだ。なのにここに呼んだということは何かここでしか出来ないことがあるはずだ。

 

「そうだねえ……正確には少し相談したいことがあってね」

 

「工房とかじゃできないこと……ってなると何かまずいことでもありましたか?」

 

「あー実はな……」

 

 

 

 

 

 

深く…どこまでも深い闇の中に一つの灯りが灯る。

誰か来たようだと思った時には、その灯りはあたいのすぐそばまで来ていた。

夢なのだろうか…そう思ってしまうけれどそれが夢なのか現実なのかの区別がつかない。つかないと言う事は夢なのだろう。

さとりなら区別がつかないのであればそれはもう夢でも現実でもない、全く別のものだとかなんだとか言いそうだけど結局難しい話はあたいには分からない。分かっているのは、目の前で誰かが灯りを灯しているだけ。なのに、灯している奴の顔が見えない。

 

考えるのはここまでにして少し動こう。

幸いにも体は動いてくれるようだ。なら良かった。これで動かなければ辛かった。

「しかし暗いねえ……」

 

すぐ近くに灯りはあるのだけれどそれが照らす範囲より先は全く見えない。どこに行けばいいのか…いや、このままでいるべきなのかすら分からない。一体ここはなんなのだろうか。

 

歩いても歩いても何もない。それに普段猫の体のはずのあたいがどうして人間の形をとっているのか…それも普段きている服装ではなく白いワンピースだ。不思議なものだ…夢のようだけど体にかかる感触は現実のものと同じ……そういえば現実の記憶の最後はなんだっけ?うまく思い出せないけどご飯を食べて床に着いた気がする。

当たり前すぎて何にもわからないね。

ともかく、歩くのも億劫だから飛ぼうかねえ…飛べば何か見えるかもしれないし…そう思って足元に力を入れてみる。

「……飛べない?」

だけど体は一向に浮こうとしない。暗闇の中で上下感覚が狂ってるのかと思ったけど足の裏にかかる体重の感覚が残っているから飛べていない。

……歩くしかないか。やはりここは夢の中なのだろうか…なら覚めるはずなのだが。どうしたのだろうか。

「あれ?家がある」

それは急に現れた。ほとんど照らし出さない灯りの中に、まるでいま出来たのかのようにふわりと……

決して小さくはない家…あたいらの家よりも大きい。

どうしてここに家などがあるのだろうか…

 

まあそんなことを考えても仕方がない。兎も角入ってみることにしよう。

ーー気になったら…注意しなさい。

 

ふと、さとりの言葉が蘇った。

あれは…欧州にいた頃だったっけ。

気になったことがあったら調べてもいいけど、気になるように仕向けられたものの可能性もあるから十分に注意しろと言っていたっけ。

なんで急にそんなことを思い出したのだろう。

さっきまでの時間あたいの行動と照らし合わせてみる。

「……あ」

あれ?いまどうして入ろうと思ったんだろう……

なんでだ?そもそもこんなところに家があること自体おかしいのにどうしてそれを当たり前のように受け入れて入ろうとしたんだ?

 

もしかしてあたい…誘導されているのかな?

ならばあれは罠…入るべきではない。そうだ、入っちゃいけない。

ーーー逃げなきゃ。

 

獣の本能が警告を発する。踵を返して駆け出す。さっきまでなんの変哲もなかった家に鋭い気配を感じる。

本能が知らせるそれは恐怖。妖怪であるあたいすら恐怖する何かがあそこにはある。近づいてはいけない…

 

必死に闇の中を駆ける。少しでも距離を取りたくて、だけど背中に感じる冷たい気配は消えてくれない。近づくことも遠ざかることもせずずっと一緒…まるで背中に誰かが乗っているようなそんな錯覚さえ覚えてしまう。

 

だけどそれすら生ぬるい状況が目の前に飛び出してくる。

「な…なんで?」

 

目の前にまたあの家があったのだ。

逃す気は無いようだ……

 

 

 

 

 

「悪夢?」

にとりが口にしたのは少し前から妙な悪夢を見るということだった。

 

「そう…悪夢なんだ」

それはどうやら、妖怪である自らすら本能的な恐怖を感じてしまうものらしい。

だけど夢の記憶はあまり覚えていないようで、一回二回なら偶然で片付けられるもののそれが何日も連続して続いた為異常に気付いたようだ。

「それならなおさらここで話す必要はないのでは」

そういうものは外じゃなくて家の中でやるものですよね。どうしてこんなところでやる必要があるのでしょうか?理解に苦しむ。

 

「それがね…家の中で誰かに相談しようとしたら激しい頭痛に見舞われてね…原因は分からない。」

なるほど…不思議なものですね。その悪夢を家の中で話そうとすると妨害がかけられる。

呪いや術の一種の可能性がありますけど相手の夢の中に入り込む呪いなんて聞いたことがないしそんなことをする理由がわからない。

にとりさんも最初は呪いの類を疑ったらしいがそれを裏付ける証拠は何も出てこないらしい。

となると原因は自分自身の内にある可能性が高い。

「それで心理に詳しいさとりなら何かわかると思ってね」

 

「いくら心理に詳しくても夢までわかるってことはありませんよ。そもそも夢は意識ではなく無意識が原因で起こることです。意識による行動、無意識のうちにしてしまう事への因果関係ならまだわかるのですがね……」

 

そう…いくらさとり妖怪で心や記憶に精通していても夢だけはどうしようもない。あれは不確定要素のみで作られた混沌。

その根底には理解可能な夢の世界もありますけれど、今回の原因は夢の表層上で起こっている事象が原因だろう。でなければあのバクがやってくるはずだ。

夢を司るのは無意識。私が見れるのは意識と前意識。そして覚えている記憶のみ。記憶をたどっていけば無意識に入ることはできますが無意識を理解することはできない。根本的解決は不可能。

 

「頼むよさとり」

 

「まあ…断る理由もないですね」

 

根本的解決は不可能だけれど……原因の一端をつかむことはできるかもしれない。これまでにとりさんには色々お世話になっていますからね。

まずは一回心を覗いて見てみましょうか。それだけで何がわかるとかそういうことはないですけれど軽くでもやらないとやるでは随分違いますからね。

「それじゃあ、心を見ますね」

上着を脱いでサードアイを引き出す。

無機質な目に光がともり、キョロキョロと動き出す。

陽の光が眩しいのか細めになったりと何がしたいのかよくわからない。

「目…やっぱり気持ち悪いですか」

考えている情報が入ってきてしまう。

 

「え…ああ、悪い…つい」

 

「気にしないでください。慣れていますから」

 

遠目で見る分には問題なけれど、こうして近くでしっかり見せるとなるとやはり嫌なのだろう。というか生理的に少し気持ち悪いと思ってしまうのは仕方がない。思わない方が異常ですからね。

 

「色々と見えちゃったらごめんなさいね」

 

「構わないさ。あんたがわざと見たわけじゃないんだろうし見てくれとお願いしたのは私さ。だから大丈夫」

そう言って頭に手を置く。頭を撫でられると少しくすぐったいのですけど…

まあ、言っても仕方がないですけどね。

 

 

「それじゃあ…想起」

 

少しだけ浮くような感覚。だけどすぐに頭の中にはにとりさんの記憶と感情が入ってくる。

あまり深く行き過ぎないように注意しながら精神世界に身を投じていく。

物理的移動はしていない。ただ、意識の中を歩く感覚をイメージして投影する。

だけどうまくいかない。どうしたのだろう…なにかがつっかえているようなそんな感じだ。

 

「変ですね…」

すぐに意識を戻し力を抜く。

 

「変って何がなんだい?」

 

「なんだかつっかえます。元から想起しづらいと言うか…そんなんじゃなくて何か別の…よくわからない異物が妨害しているようなそんな感じです」

「私にはよくわからないけれど…ともかく私の中に何かが入り込んでいるってことだね」

 

ええ、それも貴女の魂の方に直接くっつこうとして、精神を犯しているような…そんなとんでもない気配です。

 

「もしかして…なんかとんでもないやつだったな?」

 

「その可能性が高いですね……」

 

あれだけしかしていないのに十分危険なものであるなんて…一体何が住み着いているのだろう。

わからない……

 

 

「早急に対策する必要がありますね」

 

「分かった。じゃあさっそくだけどさとりの家に」

 

「その前に、いくつか調べたいことがあるので少し待ってもらっていいですか?」

その言葉ににとりさんが怪訝な顔をする。だけどまあいいやと思い直してくれた。

さて、それじゃあ賢者に聞きましょうか。

妖怪のことなら知っている誰よりも詳しいのだから彼女を頼らない手はない。

「紫、ちょっといいかしら?」

 

 

 

 

 

 

なんだか家の中が妙に静かだなあって思ったらお燐がすやすや寝ていた。

そういえばお空が地底に向かった時も寝ていたなあと思い出す。

いつまで寝ているつもりなのだろうか……

「お燐、起きないの?」

 

返事がない。変だなあ…普通なら起きると思うんだけど。

うーん…何かあったのかなあ……お姉ちゃんが帰ってきたら相談しなきゃ。

「……でもどんな夢見てるんだろう」

 

寝顔からは何も察することはできない。一体どんな夢なのかなあとサードアイをちらっと服から出して当ててみる。

「………何も見えない?違う…なにこれ……」

 

漏れてきたのは恐ろしいほどの殺気。お燐ではない…別の何かだ…

「お燐!お燐起きて!」

 

異常事態だ。早くお燐を起こさないと……

だけど焦る気持ちに反してお燐は全く目を覚ます気配はない。

「どうしよう……お姉ちゃん早く帰ってきて…」

 

早くしないと……

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。