古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.76さとりと悪夢 上

「怪異はわかるかしら」

目の前でお茶を飲む紫がそんなことを言う。紫を読んで事情を話したところ紫の家に案内されしばらく経ってからのことだ。

怪異。よく不可思議なことや道理がつかない現象に対してつけられるそれらを総称した名前だ。

怪異というのはあくまでも現象であってそれ自体を発生させるのは基本的に人ならざるものだったりすることが大半だ。

怪異はコト妖怪はモノといったように分けた方が分かりやすい。

 

「ええ、その認識で合っているわ」

 

目の前に座る紫は目を瞑りながらそう応える。

 

「基本的に怪異は現象であって怪異単体で発生することはほとんどないわ。例外を除くけれどね」

 

例外を除く…つまり例外的にモノとコトが分かれていない場合があるのだろうか。

「私は機械いじってばかりだからそこらへんは疎いんだよなあ……」

 

「そうね…じゃあ今回の場合がおそらくそれに近いわ」

 

つまりこの件は妖怪とか神とかが関わっていないと……

なかなか複雑ですねえ…普通の怪異なら異変扱いで敵を倒せば良いだけなのですが…

 

「今回の場合はおそらく、怪異のみで成立している。そういうことよ」

 

「そんなことが可能なのかい?」

訝しげににとりさんが怪しむ。まあ、普通はそうだろう。

 

「多少の因果関係は否定できないけれど、可能ではあるわ」

 

少し分かりづらいけれど…なんとなくは理解できた。

つまり現象そのものがひとりでに動いているのだろう。似たようなものとなると、都市伝説が思い浮かぶ。

人から人に伝播していくうちにそれ自体が本来のものから離れひとつの怪異として一人歩きしてしまう。

「誰かが意図して引き起こしたのではなく、現象がただやって来ただけと言った方がいいわ」

 

「つまりあれかい?嵐みたいなものか」

 

そんな感じですね。

「基本的に怪異単体ではあまり脅威にはならないわ。だけど注意しないといけないのは、その怪異に引き寄せられて良くないものが来ることよ」

よくないもの…色々とあるだろうけれど一体どのようなものなのだろう。

「怪異に引き寄せられるってことがあるんだねえ」

 

「ええ、原因が無い怪異の場合は特に…自らの現象による結果を導くためにほかのモノを呼び寄せる場合があるのよ」

 

となるとやはりにとりさん危ないんじゃないですか。

「それで、対処法はどうすればいいんだい?」

 

彼女が身を乗り出して紫に詰め寄る。まあ命の危険があるのだから仕方ないだろう。

 

「難しいわね…普通の怪異ならそれを起こす奴を倒せば良いのだけれどこういうタイプのやつは倒せないわ」

 

難しい顔をして紫が考える。

私もこういう事は初めてだからわからない。せいぜい追い払うくらいしか考え付かない。

「じゃあ追い払うことは?」

 

「場合によってはできるけど今回は河城にとり、貴女の中に入り込んでいるのだから難しいことこのうえないわ」

 

確かに…悪夢だけではこちら側からの対処は出来ないし、中に入るのも現実的ではない。出来なくはないけれど帰ってこれなくなった時が大変だ。

外に原因があるなら良かったのになあ。

「それで、貴女は何を考えているのかしらね。さとり」

 

「私ですか?」

怪異をどうするかくらいしか考えてませんけど……

「ええ、貴方くらいしか精神の事はわからないわ」

 

そう言われてしまえばもうどうしようもないのですけれど…

「他に、似たような状況に陥っている人がいればそっちから対処出来るかもしれないのですけれど……」

にとりさんじゃ入り辛いですからね。

個人差もありますけれど動物の方が心の奥底に入りやすいです。でも同じような症状を抱えていても動物ってなると……

藍さんとか悪夢で起きないって事ないですかねえ……

 

「今、藍の事考えたでしょう」

 

「分かるんですか……」

 

「これでも妖怪の賢者よ」

そうでしたねえ

 

「何人か同じ怪異の標的にされている人たちがいれば…なんとかなりそうなんですが…それか、現在進行形で怪異が襲っている人……後は結界で囲われた空間…これは怪異が何をするかわからないので」

 

「それだけあれば解決可能って時点ですごいわね」

 

「そうでもないですよ」

 

それで解決できるほど甘くはない。それに……失敗すれば確実に命を落とす方法だ。

「兎も角…私は家に戻って準備をしますので、それまでにできるところまで準備をお願い出来ますか?」

 

「別に大丈夫だけれど……他に怪異が襲ってるヒトなんて分からないわよ」

普通はただの悪夢だと思ってしまいますからね。

 

まあその辺は諦めるしかないだろう。なるべくいっぺんに怪異を排除しようと思ったのですがね…

仕方ないこの際にとりさんだけでも…

 

 

「それじゃあ、家まで送るわ」

 

「ありがとうございます」

私の足元に隙間が開き、体が浮遊する。

少しの自由落下ののちに足元が何かに着地する。

相変わらずの隙間だこと。

 

広がる景色は私の家。だけどなんだか様子がおかしい。なんだか……慌ただしいようなそんな…へんな感じだ。

こいしがいるはずだけれど何かあったのだろうか。

すぐに家の中に入り、一番騒がしい部屋に向かう。

目的の部屋を見つけて入ろうとした途端、誰かが部屋から飛び出してくる。

それがこいしだと認識するより先に、彼女の頭が私の頭と接触。鈍い音を立てる。

 

「「いったあい!」」

 

急に飛び出してきたら避けられるはず無いでしょうに……うう…痛い。

「お…お姉ちゃん?急に飛び出さないで…」

 

「飛び出したのはあなたでしょう」

 

まあこんな不毛な言い争いをするためだけに戻ってきたわけではない。すぐに準備しないと……でもその前にこいしに事情を聞きましょう。

 

「こいし、ずいぶん騒がしかったけどなにかったの?」

 

あ私の言葉になにかを思い出したのか、痛がっていたはずのこいしが表情を変えて両肩を掴んだ。

「お姉ちゃん大変だよ!」

 

「こいし、どうしたの?」

いつにもない剣幕な表情で私の方を前後に揺さぶる。大変なのは分かったから揺さぶらないで、目が回るから…

 

「お燐が大変なの!早く来て!」

お燐が?一体どうしたというのだろう…確か朝出て行くときはまだ寝ていたのですけど…

もしかして怪我とかしてしまったのだろうか。

こいしに導かれるままに部屋に入る…布団以外なにも引かれていない簡素な部屋。その真ん中で、お燐が横たわっていた。

外傷はなし、呪いといった類の感じもない。ただ寝ているだけ…なのになんだか変な気配が流れている。

「お燐……どうしたの!」

異質…いや、これはもしかして…

「わからないけど。気付いた時は既にこうなってて……」

状態としてはただ眠っているだけ…なのに一向に起きようとしない。おそらく怪異なのだろう。まさかお燐まで被害を受けるなんて…

「お姉ちゃんどうしよう……」

泣きそうなこいしを落ち着かせ、サードアイを展開する。普段隠しているものなのに今日に限ってよく使いますね。

まずはお燐を脅かしている奴を見れれば……にとりさんと違って今なら観れるチャンスがある。

 

深く深呼吸し、能力を強く発動する。

 

真っ暗…なにも感じない。いや、真っ暗ですね。

何か気のようなものは感じますけどそれがなんなのかはヨクワカラナイ。

このまま探っても意味がなさそうですから、一度戻りましょう。

「お姉ちゃん…すごい殺気だったでしょ?」

 

私が戻るのと同時にこいしがそう話しかけてくる。だけどわたしにはよく分からない。なんだろう…そんなに殺気なんて感じなかったのだけれど…

「そこまで殺気があった?」

 

「あんなに沢山出ていたのに気づかないの?」

いや…気づかないんだけれど…どうしたのだろうか。

「まあいいや。ともかくこのままじゃお燐が危ないんだよ!」

危険な状態だというのは分かっているわ。取り敢えず、紫のところに連れて行かないと…あと準備しなきゃ。

「大丈夫よ…早くお燐を連れて紫のところに、すぐに準備して私も向かうわ」

「分かった。お姉ちゃんも早くきてね」

 

お燐を抱き抱えてこいしが部屋から飛び出す。丁度玄関のところに紫がいたのか。話し声が聞こえる。

結局待っていてくれたようですね。それはそれで嬉しいことですけれど…こいしとお燐だけを行かせちゃったのはまずかったかなあ…どうせ私を回収するために待っていなきゃいけないのだからまあいいか。

 

あまり開けない自分の部屋に入るなり、使えるものを片っ端から持っていく。この貧弱な体では致命傷にならなくても攻撃不能になる回数が多い。それを防ぐためにも準備は必要。だけど相手は精神の中だからもっていけるとは限らない。

 

だけれどもっているだけでも意識としてイメージしやすいから持っていかないというわけにもいかない。

あれもこれもともっていくには足りないこの体。なにをもっていけば良いかを考え最小限の装備に収めていく。

 

銃火器や魔導書、万が一のためのお守り。といってもお守りは私自身すら傷つけかねないから取扱注意ですけどね。

それと……黒色のカチューシャ。

基本的に付けてませんけどこれがないとダメ……

さて準備も終わったことですしすぐに向かいましょう。あまり時間も残ってはいませんからね。

 

流れるように玄関に向かってみれば、すでに隙間が開かれている。入れということなのだろう。

もちろん飛び込みます。すれば体が誰かに掴まれる。

保有した運動エネルギーが行き場をなくして逆走。引き戻されるように掴まれた地点に押し戻される。

 

「はいはい慌てないの」

 

慌てているわけではないが時間がないのは事実。早めに行きたい。

「……離してくれます?」

 

「走らないというのならね」

 

「流石にもう走りませんよ…」

 

ようやく離してくれた。

「全く…」

呆れ半分関心半分といったところだろうか。そう考察していたら景色は変わり、また玄関にいた。だけど私の家の玄関ではなく紫の家のもの。

「まさかこうも簡単に怪異の被害者が見つかるなんてね」

どことなく嬉しさが混じった感情が声に見え隠れする。それにしてもその言葉からしたら私が怪異を呼んでいるみたいじゃないですか。

「運があるんだか無いんだかですよ」

 

「運は高いと思うけれどね」

そうでしょうか…運が高くても悪運な気がするんですけど…今に始まった事ではないから別にいいんですけど。

「それにしてもお燐があんなになるなんてね」

同情…だけどあまり同情しているわけではないようだ。

それよりも私にどうにかできるのかと問いかけているようにも思える。

私が解決できなければ博麗の巫女……でも彼女は人間に被害が及ばなければ放っておくでしょうし妖怪を毛嫌いしている節があるので期待は意味がない。

ともかく今はお燐とにとりさんをどうにかすることを考えよう。

部屋の奥から藍が出てくる。どうやらお燐の状態を知らせに来たらしい。

「かなり重症です…怪異単体じゃなくて別のものも引き寄せられていますね」

別のものも引き寄せられている…そういえばこいしが異様な程の殺気を感じたとか言ってたっけ。私は自らに向けて発せられるもの以外感知出来なくなっている。今度診断受けた方が良いですね。

「ええ、それも随分と変異したやつね。変な気が混じってるけど間違えたりはしない……マヨヒガね」

紫、マヨヒガって家ですよね。しかも現実に存在する家ですよね。

「あれ家ですよね?」

 

しかも人畜無害なはずだ。だって訪れたものに幸福を与える場合が多いし、基本的にあれは妖怪というよりミステリーゾーン的なもののはずだ。

「多分怪異のせいで変異してるのよ」

もう最悪な変異してますよね?完全に目標絶対倒す状態ですよ。

引き寄せられたものが人とかならどうにかなったんですけどねえ。相手が家となると…億劫になる。

「それで…準備の方は出来てるのですか?」

 

まあ、私が億劫になったところでやることは変わらないのですけれどね。

「ええ、2人ともぐっすりですよ」

藍の言葉に少しだけ背中が寒くなる。ぐっすりの意味が少し違うような気がするのですが……

「あの…片方無理やり寝かせつけましたよね?」

 

「寝てくれたので問題ありません」

いやいや、それ気絶しているんじゃないんですか?そんなことを気にしている時ではありませんでしたね。寝ていてくれるのなら大丈夫。

「まあいいです…それじゃあ案内してください」

紫の家はそれ自体が能力によって構成されていると行っても過言ではない。扉ひとつ取ってもどこにつながっているかわからない不思議な空間だ。トイレの扉を開けたら居間につながったり台所に入ろうとしたら玄関だったりと紫か藍さんくらいしか目的の場所にたどり着くことは出来ない。

「ええ、わかってるわ」

 

歩き出す2人を追いかけ目的に部屋に行く。

とは言っても玄関を入ってすぐの部屋にお燐達はいた。

紫があえて行きやすいように空間をつなげたのだろう。

布団の上に寝かされている2人以外にはなにもない部屋…いや、部屋全体にお札がびっしりと貼ってありすごく異質な雰囲気になっている。それに、どことなく他の部屋よりも暗い。

 

「お姉ちゃん…大丈夫なの?」

いつのまにか後ろにいたこいしが私の手を握る。心配…なのだろう。こいしにしてみればまた首を突っ込むのかといったところ…でも仕方がない。私は巻き込まれやすい体質のようですからね。

「こいしも来る?」

こいしも来てくれるのならかなり助かるのですけどね。

「でも私が行っちゃったらお空を1人にしちゃうから……」

ああ…確かに。一応紫がお空もこっちに向かわせるとアイコンタクトで知らせてくれた。なら大丈夫だとは思うけれどお空からしたら自分だけ置いていかれた感が否めない。

「そう、じゃあお空をよろしくね」

 

「すぐに帰ってくるから心配しないで」

 

「うん、そのフラグしっかり折ってね」

 

「残念ね。これはフラグはフラグでも生きて帰ってくるフラグだから」

 

「聞いたことないんだけど!」

 

当たり前ですよ。あまり実例が無いんですから。

「もう…早くお燐を連れて帰ってきてね」

 

わかっているわ。それじゃあ…始めましょうか。

紫が扉を閉めて部屋には寝ている2人と私だけが残される。

「もう隠す必要もないですね……」

目を閉じて眼を開く。

最後までこらえてくださいね…

 

 

 

 

ゆっくりと深く沈む体がどこかに降り立つ。

2人分の心を想起しているためか体の動きが悪い。それに体が飛びあがらないようだ。これでは弾幕も使えないか……仕方がない。

「……」

お燐とにとりさんの夢を想起してはいるけれど、彼女たちの気配はない。

まあここは彼女たちの中ではなく、彼女たちの中にいる怪異の中だ。

彼女たちとは同じものを追体験しているに過ぎないが、意識を怪異に飲まれない限りここに来ることはない。

可能性としてはお燐だろう。

 

「……お燐がまだ飲まれていないのならいいんですけどね」

飲まれているのならそろそろ会えるはずだ…ここは怪異の中ではあるけれど同時に私やお燐、にとりさんでもある。

それぞれの意思により多少は操作が可能になっている。だけど怪異の方が強い場合においてはその場限りではないしマヨヒガがどれほど変異しているのかにもよる。

ともかくお燐を探した方が良いだろう。にとりさんは…まだ大丈夫なはずだから。

 

 

暗闇の中ではどこに向かって歩いているのかわからない。

現状の世界では視界を塞がれた状態で歩かせるとクルクルと回り出すといいますが…ここは夢の中。いつまでも続く暗闇ではどこにつながっているかわからない。もしかしたら誘導されているのかもしれない。自らの有利なところへ導くのは戦法としてよく使いますけど…

まさかこうして使われるとは。

使われているかどうかは定かではないですがね。でも今回はそれ以外にどうしようもない。それに……誘導されていると言うのならそこには怪異かマヨヒガがいるわけなのだから探す手間が省ける。

 

そう考えていると目の前がぼんやりとした灯に包まれる。折角暗闇に慣れていた目が眩しさで閉じてしまう。

灯りに目が慣れてきてようやく目視でそれが分かるようになった。

「……マヨヒガね」

 

一軒の民家…いや、豪邸といった方が良いだろうか。周囲を塀で囲まれた平屋の家が目の前に佇んでいた。

重厚な門は少しだけ開かれていて入ろうとするものを拒むかのようだけれどそれが逆に中へ誘っているようにも感じられる。

 

「お燐の中にいるやつはあなたね…」

 

本来は妖怪でもなんでもない…家のはずなのにね…まさかこんな事に巻き込まれるなんてね。

まあ容赦なんてしませんけど。

「お燐?いるのかしら?」

多分お燐がいるならここだろう…名前を呼びながら門をくぐる。

何かが閉まる音が背後でする。振り返ってみれば、今入ってきた門が閉じていた。

逃す気なしと……ふうん。

じゃあ手加減なしですね。

 

 

私の目標はこの二つの怪異を破壊すること…でもまずはお燐を探して保護しないといけないわね。このままこれを壊したらお燐の意識すら一緒に壊れてしまう。

 

それに悪夢の原因である怪異を壊す場合はにとりさんとお燐の意識を切り離さないといけない。どちらにしろ合流しないと話にならない。

玄関を素通りし庭の方に回る。

お燐の性格からして多分庭とかの方にいそうですけど……

 

だけど一向に庭につかない。行かせたくないのだろうか…だとしたらやはりお燐がいるのでしょうね。さて、そうと決まれば強行突破です。

能力は使えない。だけどこれくらい能力や妖力がなくてもできる。

必要なのはお燐の元へ行くという強い意志…自問自答。それができる?

答えなどもう決まっている。私がここに来た時点でそんなものとっくにできている。

 

なにかが歪む感覚がして、景色が変わる。

塀と家の壁の合間が永遠続く景色から、そこは一瞬にして立派な日本庭園に変わっていた。

だけどその日本庭園も暗闇の中に不気味な陰を落とす。なにか得体の知れないものが蠢くそんな気配だ。

大丈夫なのだろうか……

 

「お燐、お燐?」

 

広い庭に私の声だけが響く。

動く気配すらしない。だけれどうごめくナニカガイル。

精神がじわじわと犯されていく。

早くしないと壊れてしまいそうだ。

 

庭を歩きながら動く気配を探る。

根負けしたのかなんなのかは定かではないけれど、石がずれる音がする。

床下のところからですね。

でもそれが罠だったとしたら…間違いなく私はやられますね。でも他に当てがあるわけでもない。

「お燐?」

 

意を決して床下を覗き込む。

 

「ひ……」

そこには、体を丸くして震えるお燐がいた。

本物……で間違いなさそうですね。

でも完全に怯えてしまっている。一体どれほどの恐怖を体験したのでしょうか。

「安心してお燐。貴方を助けに来たんですよ」

 

「ほ……本当なのかい?」

 

ええ、ここにいる私は間違いなく私ですよ。

 

 

「ああ…よかった…さとりいいいい」

安心したのか私に抱きついてきたお燐は腰が抜けてしまったのかズルズルと足元に崩れ落ちる。

しゃがんでしっかりと抱きよせる。どれほどのトラウマだったのだろう。こんなに怖い思いをしてしまうなんて……もう慈悲なんてかけていられないですね。

5分ほどそうしていただろうか。お燐がゆっくりと私を見つめる。

「落ち着いたかしら?」

 

「え……ええなんとか」

泣き腫らして真っ赤になった目に安堵の色が浮かぶ。

 

「それで……ここで何があったの?」

 

「えっと……あれ?なんだったっけ」

 

上手くは覚えていないようね。ということは恐怖という感情だけが残ってそれに関係する記憶はその場で忘れるようになっている…あるいは極度のトラウマとなっているため無意識が閉じ込めてしまっているのだろう。

「思い出せないのなら無理に思い出さなくていいわ。兎も角まずはここから離れましょう」

 

凄く嫌な雰囲気が体にまとわりついてきて離そうとしない。このままだと精神が持ちそうにない主にお燐の……

お燐を連れて縁側に入る。土足だけどこの際細かいことは抜きだ。

襖もなんか開きそうになかったので蹴破る。

文句なら開けようとしないマヨヒガに言って欲しい。

部屋の中に入ると先程までまとわりついていた感覚はどこかへ消えていた。

どうやらあれは庭だけだったらしい。

「お燐、現状を言うわね」

 

マヨヒガがこのまま何もしてこないということはないけれどまずはお燐に知ってもらわないといけない。

直ぐに現状を話す。

怪異のこと、それに引き寄せられたマヨヒガの事、私がきた理由。

 

「なるほど…そういうことだったんですねえ」

半分くらい本当かどうか疑っていたみたいだけれど辻褄があうことが多いらしく一応は納得してくれた。

それじゃあ本人も納得してくれたことなので、ここから抜け出すことにしましょう。何もしなくてもお燐の精神は蝕まれ続けているのだ。

「お燐、ここから抜け出しますよ」

 

「わかった。それじゃああたいはさとりについていくよ」

素直でよろしい。

「そうしてください」

まずはお燐の意識とマヨヒガを分離することから始めましょうか。

分離といってもただマヨヒガから抜け出すわけでもない。そんなことをしてもあれは離れてくれないし離さないはずだ。

「分離するってどうするんだい?」

少し難しいですけど…お燐の魂にくっついているマヨヒガのみを先ずは離す。大元の怪異は後だ。

「そうですね…まずはこのマヨヒガの中で最も接点が薄いところに行きますよ」

接点が薄いというのはわたしには分からない。だがお燐なら分かるはずだ。

彼女がこの家で一番安心できると思える場所。それが接点が薄い場所だ。ヒトと違い動物が一番安心できる場所は一番心が安定できる場所。だから心を蝕むマヨヒガの中でも安心可能な場所が最も接点の薄いところだ。

少なくとも私はそう理解している。

「後は私がこれで斬ります」

腰につけた小さな刀を見せる。

 

「大丈夫なのそれ⁉︎」

急に刀で斬るなんて言ったら大体そういう反応をするだろう。だけど大丈夫だ。ここは心の中。外傷も何も残らない。

「大丈夫ですよ。これも一応精神世界の一種ですから影響はないです」

多分ですけど……一応フランさんと戦った時はほとんど外傷は無かった。うん、大丈夫。

「恐ろしや恐ろしや……」

 

「それと、これ持ってなさい」

腰に付けていた拳銃を二丁とも渡す。これは本来お燐のものなのだ。私が持っていても意味はない。

「これは……」

 

「あなたの銃よ」

先端にナイフもくっつけているから少し大きくなってるけど問題なく貴女なら使えるはずよ。

 

「ありがとうございます!でもこれ……夢の中で使えるんですか?」

 

「貴女が使えると思えば使えるし使えないと思えば使えないわ。要は気持ちの問題ね」

実際私が夢の中に入る前にこれらを持ってきていたのはイメージしやすいからだ。

夢の中では思ったことがそのまま実現してしまう。それは便利でもあり途轍もない危険を孕んでいる。

だからなるべく夢の中では上手く行くように考えている。少しでも不安を覚えれば一貫の終わりなのだ。

「それじゃあ行くわよ……」

お燐を連れてマヨヒガの中を探索する。

結構時間がかかるかと思っていたけれど目的の場所はすぐに見つかることになった。

扉を蹴破りながら進んでいるとお燐が急に立ち止まった。

「……ここっぽいです」

 

「分かったわ。お燐の勘を信じるわ」

立ち止まったお燐に向き直り刀を構える。

「景色が変わってもしばらくは動かないでね」

 

「わ、分かりました」

 

「後、生きている人がいたならなるべく近寄らないこと」

飽海の中にいる人なんて大体ろくな人がいない。にとりさんの可能性もありますけれど…それよりもお燐への危険性を危惧してのことだ。

「えっと…もし向こうから来た場合は」

 

「逃げるか戦うか…それは貴女に任せるわ」

 

抜刀。狭い室内なので一歩でお燐との距離が詰まる。

斬……

斬りつけた瞬間お燐の姿が消え去る。マヨヒガとの接続が切れたらしい。

これでひと段落ついた。

でもホッとしている暇はなさそうです。

「さて、あとはここを壊すことにしましょうか…」

寒気が全身を撫でるようにやって来る。震えが止まらない。その上なんか変なものが壁や床から湧いて出てきましたし……

どうやら私が獲物を奪ったことに怒っているようだ。

出てきた黒い影のようなものは人型や動物の形になりじわじわと距離を詰めて来る。

この部屋自体が狭いので逃げるのはオススメできない。まあ、こいつらも全部まとめて倒してしまえば良いか。

「かかってきなさい…」

サテ…コワシマショウ。

 

一番近くにいる影に向かって駆け出す。

腕のようなものを伸ばして私を捕まえようとしてくる。その脇を通り抜ける。少しだけ刀で首のところを斬りつけておくのも忘れない。

成果を確認する前に次に向かう。

回し蹴りで吹き飛ばす。

目の前に迫る拳を腰を低くして回避。腹に刀を射し込んで壁に押し付ける。

まだまだ出て来る。

飛ばされて来る黒い塊を刺したままの影で防ぎつつ後ろに仰け反り体制を整える。

「ホラホラモットタタカオウヨ」

 

片っ端から斬りつけては放り投げる。

前後を囲まれる。攻撃のタイミングで足払い。両方のバランスを崩す。

「ふっ…」

両者の頭であろう所に拳を叩き込む。影が四散し消え去る。

さて…あまり長々戦っていても意味がないですね。早くこの建物ごと壊さないと……

「アハハハッ」

破壊するにはこのマヨヒガの主のようなやつを倒さないといけない。

マヨヒガの主って言ってもそれは家自体だから家を壊せばいいのだけれど……

さて、どうするべきかなあ……

壁を殴り穴を開ける。

やはりこうしたほうが一番いいですね。

黒い影を壊しつつ家の柱を探す。

 

 

マヨヒガはここに来て後悔しただろう。それに高度な思考が可能な意思があればの話だけれど……

 

 

 

 

「お姉ちゃん大丈夫かなあ…」

全く…お姉ちゃん達がいる部屋の隣部屋で待たされるこっちの身にもなってよ。

 

「こいし様やっぱり心配ですか?」

数分前にこっちに到着したお空が私を後ろから抱きしめながらそう聞いて来る。

「うん……私も行こうかなあ…」

そんな言葉が漏れてしまう。本当は私も行きたいけれど…でも私が一体何をできると言うのだろう。

「うにゅ?こいし様も行ってきて良いと思いますけど…」

お空はそう言ってくれる。

そう言われちゃったら行きたくなっちゃうじゃん。

「行ってもお姉ちゃんの支えになれるかなあ……」

弱気でどうするんだって言われちゃいそうだけど…お姉ちゃんがいないと私は大体こんな感じ。ダメだね……

「なれるんじゃないですか?こいし様がいるだけでも十分支えになりますよ」

 

「そうかなあ……」

お空にそう言われるとそうっぽく聞こえるけど…なんだかなあ…やっぱり優柔不断。

「私がこいし様に支えられているんだからきっとそうですよ!」

私の目を見つめるお空の目がまっすぐ貫く。

お空、本気で言ってくれているんだね……じゃあいってこようかな…

「そう?……じゃあ私も行って来る」

覚悟を決める。決めてしまえばなんだかやる気が湧いて来る。そういえばお姉ちゃんが持ってきた備品の中に私の魔導書も含まれていたっけ。

やっぱり…きて欲しかったんだね。

私が動き出したのを察したのか。紫さんが隙間から顔を出してきた。

「あら、あなたも行くの?」

 

「お姉ちゃんが心配だから」

 

紫さんに言う事だけ言って準備する。お姉ちゃんが向こうに行ってからまだ1時間…大丈夫間に合う。

「分かったわ……今結界をこじ開けるから少し視界が揺さぶられると思うけれど注意してね」

私を止める選択肢を放棄した紫さんが私の目の前に隙間を開いた。

この先に入れば…お姉ちゃんのところに行けるのかな。

「うん、分かった」

 

って凄い瘴気…どれだけ恐ろしい存在が2人の中に入ってるんだろう…下手したら呪われそう。


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