古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.77さとりと悪夢 下

瘴気を気持ち悪いと最初は思ったけれど数分も経てばヒトって慣れるものだね。

慣れた後は全く何も感じなくなった。それはそれでやばいんだけれどね。瘴気の原因は2人の心を想起しているお姉ちゃんのサードアイ。

だけどサードアイ自体に異常は見られないから…異常があるのはこの2人の方だろうね。

それにしても……お姉ちゃん眼を開けてるのに半分気絶しているようなものって…なんだか器用だね。私はこういう時は目を閉じちゃうから……ってそんなこと観察してる場合じゃなかった。

お姉ちゃんとは違い二本の管に繋がれた青いサードアイをお姉ちゃんの赤い眼に近づける。

「……想起」

 

お姉ちゃんが感じているもの…見ているものすべてを見てリカイする。

少し体がふらつくけれど大丈夫…いける。

 

能力のレベルを少しだけあげて意識を意図的に飛ばす。

真っ暗な空間…どうやら悪夢の方に入ったみたい。お姉ちゃん自身はまだマヨヒガとかいうやつの方にいると思うけど……ここからどうやってそこまで行こうかなあ……

そんな事を考えているとすぐ近くでなにかが動く。もしかして悪夢が襲って来る気なのだろうかと魔導書を構える。

灯りを少しだけともして暗闇を消していく。

でも光は闇に飲まれてすぐにかき消されてしまいなんだか心ともない。

「誰かいるの?」

 

訪ねて入るけれどどっちかといえば警告に近いかな……後は反応次第でどうするかは決める。

気配はあるけれど…返答はない。じゃあ威嚇射撃。

魔導書を使って弾幕を生成。何発か撃ち込む。

軽い爆発が起こってその中から誰かが飛び出してきた。

「わわっ!私だってば!」

灯の中に現れたのはにとりさんだった。

いつもの服装だし彼女から邪念のようなものは感じられない。多分本物だね。

「なんだにとりさんだったんだ」

良かった、危うく倒すところだったよ。

 

「こいしちゃん気を付けてよね」

呆れるにとりさんに苦笑い。はいはい、次から気をつけるね。

って言っても次があるかどうかだけど…出来ればもう来て欲しくはないかなあ…

 

 

 

「え…お姉ちゃんとは会ってないの?」

あの後軽く話しをしたけどにとりさんはお姉ちゃんとはまだ会ってないらしい。そもそも記憶が曖昧だから私と合うまでどこで何していたとかが分からないのだとか。

にとりさんが近くにいるならお姉ちゃんやお燐もいると思ったんだけどなあ…でもにとりさんが嘘を言っているとは思えないし…そう感じるのは私の幻想?願望?まあどっちでも良いや。

 

「ともかくお燐を呼ぼっか」

 

どうやってって顔をされる。

まあ、普通はそうなるよね。夢の中でも基本的にはおきている時の常識が根付いているからみんなそうしがちだけれど…夢の中というのは距離も時間も関係ない。それこそ、私って自我すら本当は無くなってもおかしくはないんだよね。

じゃあなんであるかって?普段は自我だってないよこれは明晰夢だから。

「お燐…おいで」

 

発する言葉はたった一言。でもそれだけで十分。

ほら、お燐の姿が見えてきた。

見えてきたというか…姿そのものは見えないけれどサードアイが感知しているって感じかな?

「あ、お燐」

にとりさんも気づいたらしい。よかったよかった。

それにしても猫の姿で来たね…まあお燐自身は猫だからそれが普通といえば普通な気がするけれど…

「こいし?それににとりさんも…」

猫のままのお燐が駆け寄って来た。

あれ?猫の状態で喋れたっけ…

「よかった…無事だったんだね」

気になるところがあるけれどお燐はお燐だし…にとりさんが駆け寄って抱き上げようとする。

「ええ…まあ…」

でもなんだか引っかかる。なんだろうねこの違和感。お姉ちゃんならすぐに当てられそうだけれど…

 

 

「そいつから離れてください!」

背後からまたお燐の声。その言葉ににとりさんの動きが止まる。

「……え?」

私の方も一瞬だけど理解を超えてしまって動きが止まった。だけどすぐに理解する。同時に違和感の正体にも気がつく。

そうだ…お燐は猫のままだと喋れないんだ。通常の常識として定着しているのだから夢の中でも喋れるはずがない…つまり目の前にいるのは…

「っち……」

舌打ちをしたそれがにとりさんめがけて飛びかかる。

まずい!あれじゃあ間に合わない…魔道書だけじゃなくて他のものも持って来ればよかったと後悔。だけどもう時遅し。

火薬が薬室で高速燃焼した音が響き、明るい光が一瞬だけ周囲を照らす。

ほぼ同時に飛び出したそれが糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。

「間一髪でしたね」

 

「あれ偽物だったの?」

振り返ってみれば、銃を構えたお燐がじっとこっちを見ていた。

違和感や悪夢特有の瘴気のようなものはない。この子が本物なのだろう。

まあ本物かどうかなんて詳しくいえば分かりっこないんだけどね。だけどそれを言ってしまったらきりがない。

「正確には人形、あるいは撒き餌さ……あたいはこの世界では猫の状態にはなれませんから」

構えていたそれを腰に戻しながらお燐が近づいてくる。

「へえ……そうなんだ」

にとりさんもようやく状況を理解したのか落ち着いて来たみたいだ。

「さっきは助かったよ」

 

「気をつけてくださいね。ここは悪夢なんですから……」

確かにね…ここは相手の得意な戦場。気を抜けばあっさりと飲み込まれちゃう。ミイラ取りがミイラになったなんて笑えないからね。

「それで…こいしまでこっちに来たんですか?」

 

「まあね?ダメだった?」

 

ダメじゃないんですけど…といいかけたところで言葉が止まる。その先が気になって仕方がないけれど今は聞かないでおこう。それにお姉ちゃんもおんなじ事を言ってくるだろうからね。

「それで、後はさとりだけみたいだよ?また呼ぶの?」

 

「お姉ちゃんはちょっと難しいかな…」

 

寝ている二人ならともかく私やお姉ちゃんは寝ているわけでも悪夢の中にいるわけでもない。

想起して、意識に入り込んでいるだけ。

一応にとりさんやお燐の意識に干渉されはするけれど、だからといって主導権が完全に向こう側に行くかって言えばそう言うことでもない。

私達は普通のヒト達とは違う状態だから呼ぼうとして呼べるわけではないよ。

結局向こうから来るしかないかな。あとはお燐達が向こうから呼ばれるしか…

「さとりを待ちましょう…多分待ってれば来ると思います」

そう言うお燐には確信があるみたい。わかるのかなあ…それともお姉ちゃんとさっきまで一緒にいたのかな?

「お姉ちゃんがどこにいるか知ってるの?」

そう聞いてみればすごく苦い顔をしてしまう。言いたくないことなのか或いは私に言うのを躊躇う内容なのか。

「マヨヒガを壊す為に残りました」

 

「そう…わかった。じゃあ待とうか」

 

お燐の中にあるマヨヒガを先に壊すためか…そういえばお燐からはあのマヨヒガの感覚が全くしないね。分離されたのかなあ……どっちでも良いけど。

 

「え…待つの?こいしちゃん」

 

「うん、悪夢自体を壊すなら私かお姉ちゃんで十分なんだけど…でもそれだと二人の意識に障害が残りかねないから」

夢とか意識って扱いが難しいからねえ…

 

とかなんとか思っていると急に真っ暗な空間に何かが割れるような音が響く。

どこで何が割れたのか…わからないけれどね。

「なんだか空気が変わった気がしない?」

確かににとりさんの言う通り…なんだか空気が変わった気がする。どのようにと言われても答えようがないけれどなんだか変わった。いや…変わったとしか認識できない。

意識そのものに変化という認識のみを与えた感じかな?五感の情報で

は何も変わっていないけれど…意識のみがはっきりと理解している。

 

「なに……」

何か変わったと言おうとしたところで音がかき消される。

鼓膜が破けそうな轟音が通過し、それに耐えきれずお燐がしゃがみこんだ。

私もどうしようもなくて困惑するだけで音が通り過ぎても聴覚の麻痺はしばらく残る。

にとりさん達が何か言っているけれど…うまく聞こえない。

何があったのかを確認したくて周囲を見渡す。

特段おかしなことはないけれど、視界に違和感を感じる。

もう一度お燐達の方に視線を戻すとなんか口パクで叫んでいる。

うん?私の後ろ?

聞こえるようになって来た耳には振り返れと言う趣旨の言葉。後ろに敵でもいたのかなと振り返る。

 

「「お姉ちゃん!(さとり)」」

振り返ってみればそこには私がよく知る最愛のお姉ちゃんが倒れていた。さっきみたいに偽物かと思っちゃうけれど…奴らはお燐やにとりさんの偽物は作れても私やお姉ちゃんのやつは作れない。そんな情報が頭の中に入ってきて私を安心させる。

 

「いたた…最後に自爆攻撃をかけてくるなんて…」

ゆっくりと起き上がったお姉ちゃんが頭を抑える。身体的損傷はないようだけれどここは意識の中だからどんな傷を受けているか分かったものじゃない。

「お姉ちゃん大丈夫なの?今回復かけるから…」

魔導書から回復の魔方陣を引っ張り出す。

「こいし⁉︎どうしてここに?」

私に気づいたお姉ちゃんが慌てて私の手を掴む。ちょっと…危ないってば。

「お姉ちゃんが心配だったからきたんだよ!」

ここで帰ってなんて言われても困る。その思いがつい語尾を荒げちゃう。

回復をかけ終わり、ようやくお姉ちゃんをじっくりみる時間ができた。

なんだか少しだけ変な気があるけれど…でもそれ自体は危険とは思えないしお姉ちゃん自身のものだから平気かな…うん。

「そう…なら丁度良いわ、手伝ってくれる?」

てっきり反対するかと覚悟していたのに…そんな私の思いとは全く反対の反応を示す。

お姉ちゃん…ありがと。

「勿論だよ!」

 

「よかったですねこいし」

 

「あらお燐、合流できていたのね」

お姉ちゃんと合流できたからこれで全員だね。なんだか後先どうにかなるように思えて来た。不安要素が多いけれど…なんでだろうね。

まあポジティブな考えが出来るのは悪いことじゃないからね。

「まずはこの悪夢を破壊するのですけれど……」

お姉ちゃんが私の瞳を見つける。うん、言いたいことはわかってる。

「お姉ちゃんそれ難しくない?」

「出来なくはないですよ」

「まあ…少し手間はかかるけどね…あ、こことここかな?」

壊すために必要なものを探し出す。こればかりはあっちの二人にはできないから仕方がない。

「それは罠ですから気をつけて…多分こっち」

 

やっぱりお姉ちゃんと一緒だとリカイしやすいや。

 

「あの二人の会話…分かる?」

 

「ああなっちゃったらもうダメだね。あたいにも理解不能だよ」

そこの二人、聞こえてるよ。

もうちょっと声の大きさを下げて。

それにここからは私達の得意分野だからね。多分普通なら理解できないところをいじるから分からないと思うよ。

わかるのはさとり妖怪くらいだから。

 

「お姉ちゃんこれ違う?」

 

「そこは弄っちゃダメよ。お燐が壊れるわ」

 

「深く根付いてるねえ…これ手遅れなんじゃない?」

 

「そんなことないわよ」

ふうん…じゃあ大丈夫か。あとはこれをこっちに集めて…実際に集めたり動いたりしているわけではないけれどそんな言葉が一番しっくりくるからそう言うだけ。

「すごく怖いんですけど…大丈夫ですよね?」

 

大丈夫だからお燐は気にしなくていいのにねえ。

「夢の世界…うん、何だか面白いものが作れそう」

 

にとりさんまた変なこと考えてる…この前飛行機とか言うものの実験やってて爆発したばかりじゃん。

程々にしてね…付き合わされるこっちだって大変なんだから。

そんなの手伝わなきゃいいじゃんって言われるかもしれないけれど色々と恩があるから断れないんだよね。それに面白いから…ね。

 

あ、もうこれで大丈夫そうかな。

 

「こっちは大体終わったよ。お姉ちゃん」

 

「分かったわ。それじゃあ…断ち切って良いわ」

 

お姉ちゃんが刀を渡してくる。これで切れって事ね…じゃあやっぱりお燐から先に斬った方がいいのかな。

でもなんだか大変そうだなあ…マヨヒガのこともだけどお燐が一番抵抗激しそうだから…悪夢がだけど。

 

「お姉ちゃんはどうするの?」

 

「にとりさんの方をどうにか抑えてます」

 

分かったと返事をしてお燐に突撃する。

「え?え⁈早くないですか⁈」

早いほうがいいもん。私はお姉ちゃんみたいに上手くはないから…痛かったらごめんね。

「ていや!」

刃渡りが短い刀だから振り回しやすい。

でもかなり接近しないといけないのがなんだかなあ……

斬られたお燐が消失し空間が震えだす。

 

「こいし!こっちも早く!」

 

はいはい分かってるって。

いっくよーー

距離を詰めて、唖然としているにとりさんの方から腰にかけてを斜めに斬りつける。

鮮血が舞うようなものだけれどそんなことはなく、悪夢の支配から抜け出せた彼女の意識がこの世界から消失する。

 

「……あれ?」

 

そういえば何だか変だ。何だっけ……

「こいし、どうしたの?」

 

「いや…何か忘れているなあって……」

 

「私達がここに留まっているってこと?」

 

そうだそれだ!やっと思い出せたよ。

ん?ここに留まってるって…それやばくない?どう考えてもこれ許してくれそうにないんだけれど……

 

「お姉ちゃん逃げよう!」

 

「ダメよこいし。切り離したこいつを破壊しないとまたお燐達が狙われるわ」

 

そっか…一応これ怪異だったね…じゃあこのまま野放しってわけにもいかないのか。

「じゃあ壊すの?」

 

「ええ…完全にね」

 

「ふふふ……じゃあ私も手伝うよ」

早くこんなやつ壊れちゃえばいいのにね。

 

 

 

 

 

悪夢を壊すって簡単にいうけれど実際はすごく大変なことだ。

言葉に表すことはとてつもなく難しいが例えを挙げるとすれば火炎放射器相手に水鉄砲で戦うようなもの…わかりづらいですね。でもまあ、私たちからすればそのような感じなのだ。

「ねえ…怒ってないこれ?」

 

「ええ…すごく怒っているようね」

当然だろう。獲物を取られたのだから怒らないはずがない。悪夢そのものに意思があるとは思えないしその意思が一体どのようなものなのか…個別の存在かあるいは自我の集合体のようなものなのか…どちらにせよこちら側は怒っていると認識した。

「どうするの?素直にもう逃げた方がよくない?」

「逃げられるならそうしたいけれど…それも無理そうよ」

 

こっちの武器はナイフ付き拳銃一丁と短刀。それとこいしの魔導書1冊だけ。

これで勝てるかと言われればすごく怪しい。

普通ならですが……

「ふうん…じゃあ私達の周りに集まってるこの気配気のせいじゃなかったんだ」

「集まっているようだけれどどれも全て一つの意識よ。多分集合意識なんじゃないかしら…」

「詳しいねお姉ちゃん…まあどっちにしろやることは変わらないよね」

「ええこいし…援護射撃お願いね」

 

「了解だよ。お姉ちゃんも頑張ってね」

空中に現れた波紋から銃口が顔を出す。

 

「「レッツ……パーティー」」

 

私が飛び出すのと、銃口が火を噴くのが重なる。

姿は見えない。だけど姿なんて見えなくて良い。見えない方が……視やすいから。

ふふふ、片っ端から切り落としてあげる…

 

 

 

 

 

「う…あ…あれ?朝?」

さっきまで悪夢を見ていたような…体がダルいしなんだか寝入りが悪いのか頭が重たい。

完全にこれ眠りが悪かった証拠だね。参ったなあ……

それにしてもここは一体どこなんだい?あたいの部屋ではないし部屋で寝た記憶が残ってない。

ふと隣に呼吸音が感じられて振り向いてみればにとりが横になりながらこっちをみていた。

「あ…お燐おはよう」

普通におはようって言われても…なんであんたがここにいるんだい。どうしても分からない。

「お…おはようなのかな?」

 

「正確にはおはようじゃないけど良いんじゃないかかな?」

いや、別にそういう意味で言ったわけじゃなくて…なんであたいとにとりが一つの部屋で寝ていたかってことだよ。それにいつのまにか人間の状態になってるし。あたいは猫の状態にしていたはずなんだけれどなあ……

「……で、あんたはこの状況に違和感が無いみたいだけれどあたいはあいにく寝ている合間のことは覚えていないんだ。何があったのか話してくれないかい?」

 

そう言うときょとんとしたにとりだけれどすぐに合点がいったのかああと頷いてあたいの前に体を起こす。

 

「さとり達の事も覚えてない感じかな?」

どうしてそこでさとりが出てくるのだろうと疑問に思う。だってさとりなんて関係して……いや、訳がわからない事態の場合は大体さとりが絡んでるからなあ。

「さとり……どうして?」

 

「そっから説明かあ…でも私も夢の中のことは覚えていないからなあ」

 

なんでやらかしたみたいな反応であたいの肩を叩くんだい。

反応に困るからやめておくれよ。

「夢のこと思い出せない?」

 

「夢のこと?」

言われてみればなんだか記憶がないというか…思い出したくなくて頭が封印しているようなそんな感じだ。

思い出せなくはないからちょっと思い出してみる。

 

「……さとりとこいしが歌いながら戦ってる…」

 

「なんだか怖くないか⁉︎」

確かに怖いわ。なんでそんな夢の断片が残ってるんだい。これはどうみても悪夢だわ!人の夢の中であの二人は何を……

「その二人、布団の横で正座して寝てるよ」

 

にとりさんが指を指す方向には確かに正座したまま意識が飛んでいる二人がいた。

寝ているわけではない…あれは想起している時の状態。

もしかしてあたいらの夢の中に入ってる感じかな?でもあたいはさとりが心の中に入り込んでいる形跡はない。それにさとりが心の中に入ると当人だけじゃなくて対象者の意識も自らの深層心理へ入り込んでしまうからこうして起きることはできないはずだ。じゃあ何を想起しているんだ?

「……どういうことだい?」

全く理解ができない。さっき思い出した夢の断片と関係があるのかなあ…

 

「そう…分かった。じゃあ紫を呼んでくるから待ってて」

紫様を呼びに行くと言い出すにとりさんに思わず絡みつく。なんでここで紫様が出てくる?それにここは紫様の家なのかい⁉︎ますます分からない。

「紫様?なんで……」

 

「いいから!」

 

強引に行っちゃった…結局なんなのでしょうかねえ。

 

考えても分からない。いや、思い出せないと言ったほうがいいかもしれない……思い出したいのに思い出せない記憶などは心の負担が大きいから無意識に沈めたもの。確かそんな事をさとりが言っていたなあ…それをもう一度呼び起こし心に直接当てる…それによるショックや精神崩壊を引き起こすのが本来の想起とも…なんだか恐ろしいねえ…

 

 

 

 

 

「全く…無限増殖ですか」

真横に回り込んだソレを蹴りで吹き飛ばし反対側からくるやつに拳銃の弾を叩き込む。

装填装置が後方に上がってしまいカチリと音を立てて動かなくなる。

弾切れ。再装填をしたいけれどそんな事をしている暇はない。

「お姉ちゃん。弾切れしそうなんだけど…」

どうやらこいしの方も限界らしい。

あれは再装填にかなりの時間がかかる。

「困りましたね…」

 

私の銃が弾切れだと気がついたソレが周囲を囲んでくる。

こいしの方も別のソレに対処してしまい援護できなさそうだ。

仕方がない…ここは私一人で行きますか…

 

次弾の入ったマガジンを真上に放り投げる。

銃側の空っぽになったマガジンを排出しながら先ずは目の前のソレの足元を斬りつける。

体をかがめて左右から来る攻撃をそれぞれ回避。足払いでバランスを崩れさせる。

最初に斬りつけたソレの顔面を蹴り上げ右の敵に拳。

サードアイの視界が後ろからなぐりつけようとするソレを視認。後ろ蹴りで対処。

そろそろマガジンが降りて来る頃…

刀と拳銃を持ち替え落下してきてマガジンをそのまま拳銃に収める。

スライドが降りて射撃準備完了。

装填弾数は12発

躊躇わずにトリガーを引き周囲のソレを消していく。

 

まったく…悪夢の中に黒幕がいるんじゃなくて悪夢そのものが黒幕だった場合は厄介極まりない。

「これ自体はもう誰の悪夢でも無いよね?」

こいしがそんな事を聞く。弾が切れた機関砲で周囲のソレを殴り飛ばしながらなのでなんだか怖い。

それにもう一つ別の機関砲が出てきて弾幕を張るものだから余計恐ろしい。

「ええ、既にヒトから離れているから実態のない幻影のようなものです」

たしかにこれ自体はもう害も何もない。まあ別の人に乗り移ってしまえば私たちのしてきたことは意味をなさなくなる。

集合体の中にせっかく入れているのだから壊してしまいたい。

 

「じゃあここなら…私達の思ったこと全部制限無しにできるんじゃ…」

 

こいし…それは……

 

「あ…そういえばそうでしたね」

完全に記憶の外に捨ててました。そう言えばそうでしたね。

今まではお燐やにとりさんの意識が壊れないように制限していましたけどそれも必要ない。

ここにはもう2人はいない。二人の意識にかかる負担なんて考えなくてもよくなっていた。

「……こいし、こっちに来なさい」

この悪夢を破壊する最善の方法…だけどそれはもう一つの恐ろしい怪物を解き放つことになる。

まあそれ自体この悪夢の中でしか生成されないものだから別に解き放っても問題はないだろう。それにこの時代ではまだ概念すらないのだから例え逃げ出して生き延びてもすぐに滅ぶ。

「お姉ちゃん?何する気?」

こいしが隣に来る。危うく機関砲で殴り飛ばされそうになったけれど…気をつけてください。

「悪夢を終わらせましょう」

悪夢を壊すにはそれを上回る悪夢を引っ張りだす…それが良い。

ふふふ…壊してあげるわ。こんなもの温いとしか言えない本物の恐怖を持つ悪夢を……

 

「お姉ちゃん…なんだか怖い」

そりゃさとり妖怪は怖いですからね…基本的に夢の中じゃ恐れられてなんぼですよ。そうじゃなきゃ私たちの存在意義が消えてしまいますからね…私は好きじゃないですけれど…

「そうですね……想起『猿夢』」

 

その瞬間、私を中心として紫色の光が放たれ周囲の闇を飲み込んでいく。

視界が戻ると周囲は変貌していた。

「な……なにこれ?」

生乾きの誰かの血で真っ赤に染まった車体。レールを叩く振動が一定のリズムで車体を揺らす。

設けられた座席には一部一部に誰かの肉片が残っている。なんだか知っている人のものっぽいけれど気のせいだろう…

「悪夢には悪夢を戦わせるのが丁度いいんですよ…さて、あれに飲まれる前に私達も起きるわよ」

このままじっとしていれば猿に殺されかねない。私はともかくこいしが……

「う…うん…なんだかきもち悪くなってきた…」

猿がいないだけマシですよ。この夢の恐怖はこんなもんじゃないですからね。

 

能力を弱めて意識を元に戻す。

体の方は少し無理が来ているのか少し重たい…

首を回しながら視界を脳に叩きつける。

私の手に重なるようにしてこいしの手が乗っているのに気がつく。

隣を見ればこいしが私の肩に寄りかかって寝息を立てていた。寝ちゃってますね…負担が大きかったのでしょうね。

頭を軽く撫でるとそれに反応したのか薄っすらと目を開けた。

 

「……お姉ちゃんおはよう」

「おはようこいし」

 

もう少しだけ寝ていたいのかこいしはまた眠りにつく。この体勢も辛いでしょうから横にして頭を膝の上に乗せる。

 

お燐とにとりさんはもう先に起きているのかこの部屋にはいない。多分隣の部屋にでもいるのだろう。

そういえば結界も解除されていますね。

「おかえりなさい二人とも」

背後から声がして頭だけ振り向いてみれば、紫の体がそこにはあった。

「ただいま戻りました」

隙間なんかに入ってないでこちらの部屋にくれば良いのにと思うものの人の勝手に口は出せない。

「……一応平気そうね」

「実際平気ですからね」

 

まあ…疲れましたけれど…

そうこうしていると、紫の後ろ側にある襖が思いっきり開かれ、お空が飛び込んできた。

「さとり様!」

お空がお燐を引きずりながら私に抱きついてきた。膝にあるこいしの頭にぶつからないよう注意している点は偉いですけどお空…落ち着いて。別にどこにも行ってないじゃない。

「はいはい、落ち着いたかい?」

引きずられていたお燐が呆れながらのお空を引き剥がす。

名残惜しそうに見ないでくださいよ…今日は一緒に寝てあげますから。

 

「やれやれね…」

紫……貴女は知ってるでしょう?お空がこういう性格だって…

お燐に引っ張られたお空が部屋から連れ出されるのは心を読んだ感じでは…どうやら紫が私に話があるらしい。

とりあえずこれ以上は必要もないですからサードアイはしまいましょう。こいしのも…寝ている合間に眼がなにかを視てしまうと夢に影響しますからねえ。正確には無意識ですけれど…

「それで、悪夢は……」

 

「大丈夫よ。悪夢はもう消えたみたいだから」

「そうですか……」

紫がそう言うならそうなのでしょう。今後しばらくは悪夢が襲ってくることはなさそうですね。まあ…私が対処した時に悪夢に囚われていた人たちは猿夢に悪夢ごと襲われたでしょうけれど…まあ猿夢は3回までならちゃんと生きて返しますからね…

「それよりもあなたが壊したマヨヒガの方が気になるのだけれど…」

マヨヒガですか…たしかに私が壊しましたね。死なないようにですけど…建物が死ぬって一体どういう状況なのか理解し難いですが…まあ大丈夫なはず。しかしマヨヒガが一体どうしたのだろうか。

「マヨヒガがどうかしたのですか?」

 

「貴女…マヨヒガの残骸が私の家の隣で自己修復始めているのだけれど…」

自覚ないのかと言わんばかりの表情で睨みつけられる。自覚なんてないんですけれど…だって壊すだけ壊しましたし…まあ最後は仕留め切れてないし仕留める気もなかったんですけどね。

「やはりそうなりましたか…薄々気づいてはいました」

そもそもマヨヒガは夢の中にいるものじゃなくてちゃんと実体のあるものでしたからね。

「うーん…一応悪夢によって変質したところは破壊しましたからもう危険性は無いと思いますけれど」

 

「そうじゃなくてこれどうするのよ。私の家の庭に置き去りにできるわけないじゃないの」

 

「……山に戻せば良いのではないでしょうか。どうせ…マヨヒガですし…」

少しの沈黙の後紫がゆっくりと口を開く。

 

「そうね…じゃあ直るまでここに置いて…その後危険性の有無を確認したら返すわ…」

 

そうしてください。私はもう疲れたのでこいしと一緒に寝たいですし…

「さとり……あなた本当に大丈夫?」

 

「何がですか?全然大丈夫ですけれど?」

 

紫は何を言いたいのだろう。私の体は健全状態だし精神だって問題はない。

「……いいえ。なんでもないわ。貴女が大丈夫と言うのなら大丈夫ね……」

 

 

 

 

 

 

 

さとりの心の境界をいじって確認したらやはりおかしくなっている。どのようなところがどうというわけではないけれど…

これは少し観察が必要ね。最悪の場合は…私が彼女を手にかけないといけない。

でもできるかしら…あの子を確実に仕留められる?できなくはないだろうけれどそれによって発生する被害とさとりの引き起こす最悪の事態…どちらがより被害が大きいかと言われれば…難しいわね。

まあこの件はさとり次第ね…

たかが妖怪一人に一体どうしてこんなに心配してしまうのかしら…彼女はただの友人であって同時に使い勝手の良い駒…そのはず。だからこんなにも彼女を手にかけることを拒む理由が分からない。

さとり妖怪ならこの気持ちの理由もわかるのでしょうね……


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