古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.9雪の日のさとりはどんよりするのか?

寒さも一回りすればあったかく感じるって思うけど実際はそうでもない。

寒いものは寒いし思い込みで無理に寒くないと暗示をしても今度は目の前を塞ぐ白い氷の結晶が邪魔をする。

 

「珍しく豪雪になりましたね」

 

(全くだよ…なんでこんな時に…)

 

まあ、秋があんなに寒かったのだからこうなるとは予想してましたけど…

 

妖怪の山を出て一ヶ月。

最初は結構順調に進んでいたのですが集落を一つほど超えたところで大雪に見舞われ全く身動きが取れなくなってしまった。

 

天候も悪化したままで飛ぼうにも飛べない。いや飛ぼうと思えば飛べるんですけど風に煽られたりなんだりであまりやりたくないのが本音です。地上を歩こうにも雪で行き足は落ちるわ…やっぱり春まで待ったほうがよかったでしょうか?

まあ今更遅い後悔なんですけどね。

 

(寒い…)

休憩してる私の横でお燐が丸まっている。

貴方より私の方がよっぽど寒さに晒されるんですけど…ねえ。

 

「寒いですね…火でも起こしてくださいよ」

 

(なんであたいがやるのさ?)

 

なんとなくですかね。私が起こしても良いんですけどお燐だってたまには手伝ってくださいよ。

 

「いいじゃないですか。折角火焔猫燐って名前になったのですから」

 

(それ関係ある⁉︎)

無いですよ。なんとなくです。

 

「なんとなく火を起こせそうじゃないですか。っていうか名前言いづらいですね。火燐でいいですか?」

 

(なんちゅう酷い略し方なんだ…)

 

冗談ですよ。言いづらいのは本当ですけど。

 

(って、さっきお燐って言ってたんだからそれでいいじゃん!)

 

まあそうなんですけどね。なんとなくあだ名はつけてみたくなるじゃないですか。ほら…

 

「で、火をつけてください」

 

(ごめん。まだそういう妖力の使い方とかまだ出来ないんだ)

 

「じゃあ今覚えましょう。大丈夫、痛くはしませんから」

 

(いやいやいや、だったらさとりが火を起こせばいいじゃん)

 

 

まあ、寒いからと現実逃避するのもこのくらいにしてと…

 

 

「これ以上天候が悪化すると嫌なので今のうちに行けるとこまで行きますよ」

 

雪に埋もれていたお燐を抱き上げ雪を払い落としてあげる。

寒そうに体を身震いしてお燐は服の中に潜る。一瞬肌に冷たい毛並みが触れる。

しばらく無言でもぞもぞと動いていたお燐だが、少しして頭を出して来た。

(いやあ…あったかいねえ)

 

ぬくぬくとあったまっているところ悪いですけど…ちょっと寒くしますね。

言葉にはしないがそういう念を込めて頭を撫でる。

それを察したのかお燐が再び服の中に潜る。毛並みが擦れてくすぐったいのですけど。

 

足の方に力を入れて飛び上がる。

そのまま身体を前に倒して飛行形態をとる。

 

冷たい風と雪が一気に降り注いでくる。これはまだいい方だ。ブリザードだったりもっと天候が悪化すれば飛ぶことすら困難になる。その時はどこかで暖を取らないといけない。

 

(うわわ!寒いってば!)

 

全く、お燐は寒さにとことん弱いんですから…

 

そうしてしばらく飛んでいくことにした。

まあたまに風に煽られて落ちたり進路がずれたりあっけど大したことではないので放っておく。

一回お燐が寒いって文句言って暴れたせいで乱れた服の隙間から落ちたが、まあ自業自得だろう。

 

 

 

 

数時間後…

 

 

 

飛んでいたのはいいのだが…

 

日が落ちて完全に周りは真っ暗になってしまった。

雲に隠れて月明かりは期待できず、冷たい雪と風が体に打ち付ける。

これではどっちに行けばいいか全く分からない。まあ今までも勘で飛んでいたようなものなのだが…

 

「お燐、夜目で見えますか?」

 

(ごめん、全然見えない)

 

お燐ですら見えないとなるともう無理だろう。

 

雲の上にでも出れば楽なのだが、雲に入ったところで私はいいとしてお燐が耐え切れるか分からない。

ましてや雲の中に入ったことなどないからどうなるか全く分からない。

 

一旦降りて日が昇るのを待つしかなさそうです。

周りが見えないのでゆっくりと高度を下げていく。

 

 

 

 

「あれー?どこかでみた顔だなあ」

不意に横で声が聞こえた。一瞬驚いたが、聞いたことある声だとわかった瞬間警戒もしなくなった。

 

まあ警戒したところでもう無理な距離ですし、向こうが襲ってくるならもうすでにこっちは襲われてますし。

 

「いきなり声をかけるのはやめてくださいよ。ルーミアさん」

 

「あはは、ごめんね。いつものことだからさ」

いつもの事って…まあ食べてもいいかどうか聞かれるよりはまだマシなのでしょう。

 

声のする方を向いても闇が広がるだけでなにも見えない。

本人も常闇、周りもやはり常闇では何処にいるのかすら分からないのが本音だ。

まあサードアイで大体の位置は分かっているからいいのだが。

 

「それよりこんな日に一体どうしたのだー?」

 

不思議そうに尋ねてくる。本心からの疑問のようだ。

 

「まあ色々ありまして、一晩どこかで泊まろうかなと…え?いいところ知ってるって?泊めてくれるんですか?」

 

相手が喋る前にこっちが答えを導き出す。

 

あまりしたくはないが、今は寒いのだ。さっさと結論が欲しい。

 

「……別にいいのだー。案内するのだ」

そう言って移動し始めるルーミアさん。正確にはルーミアさんの思考が動いているだけなのでルーミアさん自体が動いているのかどうかは全く分からないんですけどね。

 

よかったです。ちょっと強引かなと思いましたけど、

 

 

(なんだい?常闇の妖怪かい?)

 

「ええまあ…」

 

案内すると言われても姿が見えないので案内にならない気がするが…まあ気にしない。

こういう時に思考の発信源を探れるこの能力(忌まわしきサードアイ)は便利だ。

 

 

 

 

「ここなのだー」

案内されたのは一軒の家だった。

いや、家のようなシルエットが薄っすらと闇に浮かんでいるからそう判断したまでで実際家かどうか分からない。

 

周辺にも何軒かあるみたいだが、どれも人が住んでる雰囲気はない。廃村みたいなとこだろうか?

いや廃里?廃集落?

関係ないところに思考がいってしまう癖はどうにかした方が良いのですけど…なかなか癖は治りませんね。

 

 

まあ、考えても分からない。分からないことは素直に諦める。明日にでも探ってみることにしよう。

やはりというべきか…中も真っ暗でなにも見えない。

 

「あの…ルーミアさん。あかりとかないんですか?」

 

「ないよ」

 

即答ですかい。

まあ本人は困ってなさそうなんですけど…前が見えないと色々大変じゃないんですかね。

 

「なんだか散らかってるように感じますけど…」

 

足元に気をつけながらルーミアさんに続いて奥に入っていく。

 

丁度囲炉裏のようなところについたのか彼女は腰を下ろした。

 

それに続きこっちもゆっくりと腰を下ろす。やはり見えないのは辛い。

 

少しだけ明るくしたいと思う。お燐もそれを望んでいるみたいですしルーミアさんは…まああった方が便利だなくらいか…

 

 

「あの…灯いいですか?」

 

 

「ん?別に構わないのだー」

 

それではと灯りというか火種をポンと手に出す。

近くに藁とか木とかがあればそれに火を移すことも出来るんですけどあいにくそんな都合のいいことはありません。燃費が悪いですがこのまま継続させましょう。

ほのかな明かりが真っ暗な中にいろんなものを浮かび上がらせる。

ルーミアさんは闇の中では見えてないとか言ってたりするけど本当にそうなのか怪しい。それほど正確に散らばってるものを分けて座っている。

 

 

「おー明るくなったのだ」

 

「ーー……」

 

 

 

明かりの中に照らされたそれをみて、やはりというべきかなんというか…再確認をした気分だった。

 

 

ああ、やっぱり妖怪だったか。

 

周りに転がる人の骸。一人や二人ではなく何十人もだ。

 

私の横にも子供のものと思われる小さな骨や女性の骨盤と思えるものもいくつか転がっている。

そんな異常な光景を、ルーミアさんはさぞ当たり前のように思う。お燐もなんとも思っていない。と言うか少しは肉が残っていてほしいとさえ考えている。

 

そんな二人を見ている私ですら……散らばる人の成れの果てになんとも思わない。それを異常だと思う心でさえ、骸に同情なんて起こらないし、それが当たり前でただ普通のことだとしか考えられない。

やはりいくら人であろうとしても根本的なところは妖怪だったのか。と思わざるを得ない。

まあ、それが悪いとか悪くないとかそういうのは問題ではないし罪悪感なんて持ってたら自らを消滅させてしまいかねないからいいんだけどね。

 

人でありたいと思ってもやはり妖怪。人のように振舞えても本質は変わらないものなのだ。まあこれは全てにも言える。本質なんて大したものでもないし、あまり変わらない。

 

「ふうん…だいぶ食べたんですね。美味しかったんですかね」

 

故に私も、さしあたり定型文で返す。

 

「あー…多分この集落の人全員かな?まあこれで数十年は人を食べなくても生きていけるからいいんだけどね」

 

さぞ美味しそうに食べる姿が脳裏に浮かぶ。

サードアイが映す幻想なのか…それとも私自身が想像しているのか…

 

暖を取れる場所が見つかってホッとしたのかお燐は丸まって寝始めた。

寝ながらも周辺を警戒するあたり、妖怪になっても野生動物としての感覚は健在なのだろう。

周りが骸という異常状態を除けばだが…

 

燃費の悪い火種をいつまでも付けているわけにはいかない。それに雪で湿っているせいでそろそろ付きが悪くなって来た。

 

灯を消して体を楽にする。

「二人とも寝るのか〜♩」

 

まあ疲れましたからね。主に雪の影響で。

後は精神的に疲れた。

 

 

 

 

 

 

 

日が昇ったのは分かったのだが相変わらずの天気のせいであたりは薄暗い。

いつも定時に起きるようになってはいるのだがここまで周りが暗いと時間が分からなくなってくる。

 

ルーミアさんとお燐は先に外に出て遊んでいるのか玄関が開けっ放しになっている。

そこから吹く風が、骸の合間を通り抜け変な音を出している。

普通なら不気味としか言いようがないが、私にはその音が泣いているように聞こえる。

聞こえたところで同情なんて出来ませんけど。

 

「まずは部屋の片付けですね」

 

おもむろに立ち上がり、沢山の骨を無造作に砕き灰にしていく。

そして灰を丁寧に外に運び、雪に埋めていく。

 

次の人生は不幸なことが起こりませんように。

 

なにがしたいかと言われれば自己満足としか言いようがない行為なのは重々承知してます。

ですけど人でありたいと思う心はこれをやろうと思ってしまうのも事実。

欲を言えば一人づつしっかり埋葬してやりたいのですけど、人数が多いのでそれも無理です。

 

 

灰を埋め終わったところで二人が帰って来た。

いや、一人と一匹か。

 

「お燐、その酒粕はどうしたの?」

 

(あそこの家にあったんだ)

 

そう言って尻尾で一軒の家を指す。

除雪する人もいないのか屋根にたんまりと雪を乗せ、いつ倒壊してもおかしくない姿の家がそこにはあった。

 

さっき埋めた灰の中にかつての住民もいたのだろうか。

 

 

「まあ…いいわ。甘酒でも作ろうかしら」

 

「甘酒?なんなのだーそれ?」

ルーミアさんが不思議そうに周りをくるくると回り始める。

 

そういえばこの時代ってまだ甘酒とかそういうのは無かったんでしたっけ。

普通の酒はあるはずだから甘酒もあっていいと思ったのですが…まあないなら作ればいいか。

 

「まあ…ちょっとした飲み物です。火元を使ってもよろしいでしょうか?」

 

構わないのだーと返事をしながら再び外に出ていく。

酒粕を置いてお燐もそれを追いかけていった。二人ともマイペースなんですから

 

 

「さて、さっさと作りますか」

 

一人家に残ることにした私は火をおこす準備を始める。

そこらへんの木材は使えないので仕方なく床を剥ぎ取って燃料にする。

 

……火の放つ音と作業する音以外しない静寂な室内とは対照的に外は賑やかだ。

寂しいとかお燐達のところに混ざりたいとか一瞬思ったものの、あったかい物を用意してあげようという気持ちの方が強く出てるようだ。

 

お人好しなのかお節介なのか…なんとも言い難い私の感情だ。やはり自分の感情ほど難しいものはないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたいはまだ人型を取ることは出来ない。

だからといってこのままでいいわけでもない。

 

少なくとも…

 

「ほらいくのだー!」

 

 

目の前の常闇妖怪が投げる雪玉くらいは避けれるようにしないと。

 

こっちの動体視力を優に超えた速度で飛んでくる無数の雪玉。

こんなの雪合戦じゃない!

 

っていうかなんで猫のあたいと雪合戦なんですか!

あたいは寒いの嫌だって言ってるじゃないですか!え?猫の言葉なんてわからない?すいませんね!まだ人型になれなくて!

 

元々はなかなか寝付けず朝日が昇って直ぐに他の家の探索に出ちゃったあたいが原因なのかもしれない。

まさかルーミアが後をつけて来ていたとは…朝方でまだ寝ぼけていたのかなんなのか…気づいたら雪合戦しようという誘いに乗ってしまったあたいを呪いたい。

 

あ、あん時のあたい呪ったら今のあたいが居なくなるじゃん。

 

「おらおらおら!さっさと撃ち返しなさい!」

まあ今の状況より大分マシにはなるのかな。

少なくとも大量に雪玉を投下してくる時点で反撃なんて出来ないんですけどね。

 

雪玉作れないって!あ!せっかく作ろうとしたのに壊すな!

 

 

「あははー!避けるな!」

 

なんだその理不尽な命令!従ってたまるか!

 

にぎゃー!たくさん投げてくるな!嫌だあああ!

回避の練習になるのはいいけどこれじゃ戦えないって!

 

「えーい!」

 

巨大な雪玉が宙を舞う。回避なんて無理なほど大きくて早い一発だ。

あ、これ死んだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊んでますねえ…」

 

玄関先でお燐とルーミアの雪合戦が展開されていた。

 

二人とも楽しそうに投げてますね。一方的ですけど

一回ほどしか会ってない相手なのにルーミアさんはあんなに呑気に遊んでられるとは…能天気なのか心が広いのかなんなのか。まあ悪い妖怪では無いです。

食に問題はありますけど。

 

 

 

飲んであったまったら都まで行きますか。確か…今は奈良の平城京のはず…うーん年代が分からないのでは憶測しか使えませんね。

 

 

雪玉の中からお燐が出てくる。

 

「あの、そろそろ雪遊びも終わりにして…」

 

「お?出来たのかー?」

 

匂いに気づいたルーミアさんが一目散に近づいてくる。その際にお燐を踏んづけているのは見なかったことにしましょう。

(ちょっと!さとり!)

 

見なかったことには出来ませんね。

直ぐに雪から出してあげる。

 

余程寒かったのか体がガクガク震えている。

体温も結構下がって来ている。

「やれやれ…だから外で遊ぶのは控えた方がいいと…」

 

(言ってないよね)

 

言ってませんよ。

だって言う前にもう外にいたじゃないですか。私の知るところじゃないですし。

 

 

「……あったかいもの用意しているので、それを飲んで落ち着きましょう」

 

冷え切ったお燐を抱きかかえあっためてあげる。

冷たい体が服越しに伝わってくる。

 

「遅いのだー!」

 

玄関の方からルーミアが急かしてくる。そう急がなくても逃げはしないっていうのに…

団欒と言う言葉は私には似合わないですが、悪くはないのかもしれませんね。

 

そう思ったっていいじゃないですか。まあこっちから他人を信用しなければそんなことは一生出来ないってのは分かってますけど…

 

信用するって難しいです。特に私は臆病ですし怖がりですし……自分で言うのもなんですけどね……

 

 

 

 

「ところで、これからどこに行くのだー?」

 

綺麗になった部屋が気に入ったのかはたまた甘酒が美味しかったのか上機嫌なルーミアさんが聞いてくる。

 

「そうですね…ちょっとした気まぐれとお節介でちょっと都に行こうとしてまして…」

 

雪で身動きが取れなかったんですよね。

 

「ふうん……」

 

なにやら考え始めるルーミアさん。

それを見たお燐が私の膝の上で爪を立てて威嚇し始める。

さっきのことを根に持っているみたいだ。

 

「お燐、落ち着きなさい。今の貴方じゃ無理よ」

 

ルーミアさんはあまり気にしていないのだがこんな事で殺し合いに発展したら目も当てられない。

ましてやお燐とルーミアさんじゃ戦闘どころか一方的な蹂躙にしかならないだろう。

 

まあルーミアさんがそんなことするとは思えないが……

 

《おい猫、少しうるさいぞ》

 

前言撤回。ルーミアさんならやりかねない。

威嚇し続けるお燐に殺気を浴びせる。

 

(……分かったよ)

 

ようやくお燐も威嚇をやめる。

「仲良くしてくださいよ二人とも…」

 

むすーっとして不機嫌さを若干アピールしてみる。

 

(無表情でそれはないわ)

 

酷い!一番気にしてたところをズバッと言ってきた!酷すぎる。この子人間じゃない!

 

(いや、猫の妖怪なんだけど……)

 

知ってますか?そう言う野暮なことは言っちゃダメなんですよ。

今知ったんだけどって言うのも無しですからね。良いですね。

 

「うん、さとりーちょっと良いかー?」

 

おや、ルーミアさんがなにやら決めたようですね。なにを決めたのでしょうか…

 

ふむふむ……

 

「天候が回復するまでここで一緒にいてよー」

 

「ご飯を毎回作ってくれと……」

 

本心をズバッと言う。

ソーナノダー…と目を逸らしながら言ってくるあたり誤魔化すことはしないのだろう。

まあ誤魔化しても無駄だと言うのは知ってるだろうから深くは言わない。

 

「別に構いませんよ。ただ…」

 

食料が足りるかどうか。

手持ちの分だとどうにも足りそうにないが…ルーミアさんは別に食べなくても何十年かは平気とか言ってたし、そこは色々やりくりしていけば良いか。

 

「じゃあ食事は任せたのだー」

 

そう言い残して闇の中に潜るルーミアさん。

少しの間もぞもぞと闇が蠢いていたがそれも治って来た頃には中から規則正しい寝息が聞こえるようになっていた。

 

(あたいも少し寝るかねえ…)

 

お疲れ気味のようですしそうしてください。

あ、私は火の番してますからゆっくり寝ていて良いですよ。

 

それを聞いて安心したのかお燐は私の膝上で丸くなった。

可愛いものです。

 

しばらく揺れていた尻尾が動かなくなる頃には火の番をするのも飽きてくる。かと言って他にすることも無い。

 

寝なくても別に身体に支障は無いんですけど、仮眠をとるべきでしょうかね……

そう思って目を瞑ってみるが今度はサードアイの情報が鮮明なものとして入ってくる。主にお燐のものなのだが…

 

へえ…サードアイって夢も覗き見できるんですか…

 

あまり知りたくなかったものだ。まあ知って損はないと思いたいのだが…

 

情報が煩くて仕方ないのでサードアイに布を被せて能力を切る。

本当、四六時中ずっと心が視えるなんてやってられないですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

住めば都とかなんとか言うけどこんなところにいて都とか住みやすいとか思ったことはない。

物は足りなすぎるし雪のせいで道はなくなってしまっている。

ましてやルーミアさんは生活力なさすぎです。雪かきくらいしましょうよ。

 

ルーミアさんと一緒に過ごし始めて数日。

雪は降ったり止んだりを繰り返していて一向に溶ける様子はない。

溶けるどころか晴れる事すらしてくれない。

 

気まぐれなお燐とルーミアは朝起きれば大体どっかいってるし寝床の家の事はほったらかし。

 

このままだと雪の重みで建物が倒壊しかねないので私一人で雪降ろしだったり家の前の雪かきだったり…本当、何処の豪雪地帯ですかここは。

もっと標高のあるあの人里とかだって去年はここまで降りませんでしたよ。

 

全く…大雪だ事。

 

お燐とルーミアさんが何処で何してるのかは分かりません。

まあ、そのうち帰ってくるでしょう。それまでに建物の補強も済ませて…あれも作っておかないと。

 

雪を妖力弾で吹っ飛ばし近くに山を作っていく。

まあ妖力の使い方練習としては使えるんで良いんですけどね。

問題点は騒音が酷いと言うこと。他の妖怪が寄って来てしまうがまあ気にしない。

 

こうやってあらかたの雪を吹き飛ばし終えたら今度は近くの家…今は残骸になってしまっているところから木の板をいくつか取ってくる。

 

今日中に完成させたいですね。

寒いからこそそう言うのを作りたくなる。

前世記憶がそうさせようとしているのかはたまた別の感情からいているのか…

私の知るところではありませんね。無意識さんにでも任せましょう。

 

あ、無意識は意識できないんだったっけ。

じゃあ仕方ないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前中にルーミアさんが帰ってきた。

まあ午前かどうかは知りませんが大体の感覚で午前って事で。

 

どうやら何処かで戦ってきたようで身体中傷だらけだった。

 

「あー……応急手当てするんでこっち来てください」

なにと戦って来たかまでは視ませんが、取り敢えず勝てたと言うことだけは確認しておく。まあ…恐竜と戦って生きてたとかそう言う記憶を持ってるんだからそう簡単にくたばるとは思ってませんけど。

 

「大丈夫だよー!放っておけば治るって」

 

そう言って傷を闇で隠し始める。

傷口の周りに妖力を集中させてそこの部分だけ再生力を高めているみたいだ。

ふむふむ、そうやって傷を治しているんですか…私もできるようにしならないといけませんね。

勿論そんなの使わない生活の方が望ましいのだが、そうも言ってられない事だってあるかもしれない。生きると言うのは大変な事ですよ…

 

 

そんなことをふわふわと考えているとお燐が帰って来た。なんか肉の塊を引きずってである。何処でそんな人肉をゲットして来たのか分からないし分かる気もありませんけどこれで今夜の二人の食事は心配しなくても良さそうですね。

え?私ですか?いやですね食べませんよ。

 

それよりももう少しであれが完成するのでそっちを先に作っちゃいましょうか。

 

私は感情の一部を少し視るだけで十分ですから…

 

(さとり?何処へ行くんだい?)

 

「ちょっと作るものがあるので…」

 

 

気になったお燐が裏手に開けた第二の玄関(ルーミアさんが開けた大穴)

から外を見る。

 

 

 

(なんなんだいあれは?)

お燐が不思議そうに私の横に置かれた大きな樽擬きを見る。

人が二、三人が入れそうなほどの大きさのそれは樽というか浴槽に近いものだ。

「一応樽です」

 

(樽と言うか箱に近い気がするんだが…)

 

本当はドラム缶とか室内据え置きの大型桶にしたかったんですけどここどうせ仮の家ですし、冬の間だけ保てばいいと言う感じで作っちゃったのでなんともですけど。

ドラム缶なんて鋳造技術がほぼないこの時代では作れないんですけどね。

 

え?何に使うかって?まあ、良いじゃないですか。

 

(いやいや、気になるんだけど)

 

「まあ見ていてくださいって」

 

薄化粧のように白い雪をかぶった木の板を引っ張り出し手で適当な長さに切断していく。

 

「あ、お燐は食事して来て良いですよ。私はしばらくこっちで作業をしてますので」

 

分かったよと尻尾で合図しながらお燐は家の方に戻っていく。

 

 

「さとりは肉食べないのかー?」

 

「あはは…まだ人肉はちょっと抵抗がありまして…二人で食べてて良いですよ」

 

その返事を聞いた彼女は一瞬残念そうな目をしたが嬉しそうに家の中へ入っていき見えなくなった。

 

その後少しの間バタバタと音がしていたのは言うまでもない。どうせ、お燐とルーミアさんで食べる部位の事で揉めたのだろう。

 

後少しですしさっさと仕上げましょうか。

 

再び私は作業に戻る。雪が酷くなったら作業中断、天候がいいうちに完成させないと

 

 

 

 

 

 

 

(さとり、また木材集めでもしてるのかい?)

 

桶を放置して何処かへ言ってしまった私を心配したのか探しに来てくれたみたいです。

 

「ええまあ…出来れば乾燥してるのがよかったんですけど雪の中にあったやつじゃ無理そうですしもうそろそろ戻りますよ」

 

(ふうん…燃料にでもするのかい?)

 

「…よく分かりましたね」

 

肩の上に飛び乗って来たお燐の顎を撫でる。

 

(大体は分かるさ)

 

膝下まで埋まってしまう雪の中をゆったりと家に戻る。

本当は飛べば早いのだが雪の中を歩くのも悪くはない。

 

それにお燐が肩に乗ってては飛ぼうにも飛べないし、下ろすのも可哀想だし…結局歩く以外選択肢がないんですよ。

 

 

あの樽のところまで来たところで材木を先に放り投げる。重いんですよこれ。

 

お燐をそばにおろして雪かきの際に出た雪の山から妖力で集めた雪玉を完成して、置いてあった樽に入れる。

 

「よいしょっと…」

雪の重みでずっしりとした樽の下にある程度のスペースを設ける。

後はそこに材木とか炭をぽいぽい放り投げる。

燃焼効率?知ったこっちゃないですよ。

 

「着火…」

 

いちいち火力調整するのが面倒ので一気に燃やしちゃいます。

 

(おおう…大胆に燃やしていくねえ)

 

良いじゃないですか。面倒なんですもんこう言うの。

 

さて、さっさとお湯にしてしまいますか。

更に火力を追加していく。

雪がどんどん溶けていきあっという間に水になる。

水かさが低いのでさらに雪を追加。

ついでに火力も上げていく。

(燃えないのかい?)

 

「燃えませんよ?水の沸点は100度ですから」

 

誰かは忘れましたけど…もっと熱くなれよ!って叫んでおきましょうかね。そうすれば全部燃えるかな

 

 

 

 

 

あ、恥ずかしいのでやりませんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょうど良い感じに水があったまって来たところで家の方から雪をかき分けてくる足音がする。

 

手が離せなさそうなのでサードアイで後ろを確認する。

「ちょうど良いくらいですかね。焚きましたよ」

 

「なんなのだー?これ」

 

目の前で湯気を上げている大きな樽を見て不思議そうにしているルーミアさんが脳裏に現れる。

 

「お風呂ですよ」

 

そういえばまだお風呂の文化って無いんでしたっけ。私も含め妖怪は水浴びくらいしかしていませんし…それで汚いとかなんだとかそう言うわけでもないのでまんざら気にしてなかったんですけど。

 

前世記憶(仮)はお風呂に対して人類が開発した超技的兵器の一種であると言っていた。

なんちゅう記憶の仕方だと思ってしまうが確かにお風呂は炬燵とともに恐ろしいものであるのには変わりない。

 

お風呂ってなんなのだーと疑問が溢れかえる。

 

「なんて言えば良いんでしょうね…ゆっくり気を落ち着けるお湯でしょうか?」

よく分からない答えをする。私自体あまりそう言うのは分からないようなものだ。

 

「まあ、ゆっくり浸かってください」

そう言う時は使えばわかると言った感じだが仕方ないだろう。

 

分かったのだーと返事が聞こえ後ろの方で布がずれる音がする。

だが、布がずれる音はするが布が落ちる音はしなかった。

 

そういえばあの服のようなものって闇だとかなんだとか言ってたなと今更ながらに思い出す。

まあ別に気にすることでもないので私は火の管理に集中する。

 

 

「これ入っていいの?」

 

「ええ、ゆっくり浸かってください」

不安なのかなんなのか躊躇している。

一応ここ外なので寒いと思うんですけど…

 

 

 

………

 

 

 

「あったかいのだー。癒される…」

 

おそるおそると言った感じでお湯に入ろうとする様子を見てから数分後…完全にお風呂の虜になってしまったようだ。まあ周りが寒いからそうなってしまうのも仕方のない事なのだが…

 

 

「ゆっくりしてて良いですよ」

 

まあ見張りも兼ねてるけど、ルーミアさんなら危なくなったら闇に紛れちゃうから良いか。

 

「さとりは一緒に入らないのかー?」

 

「私は火の管理がありますから…」

 

 

それに貴方のナイスバディと一緒に入ったら色々と…うん…嫉妬とかなんとか……わ、忘れましょう!この思考は無しで!無しでお願いしますからね!

 

トリップしかけている思考を無理やり消し飛ばし火元管理を行う。

こう言う時に無表情なのは便利だ。

(なに照れてるんだか…)

 

「あら、お燐」

 

「お!一緒に入るかー?」

 

お燐って水浴びとか平気な方でしたっけ?

あ、嫌がるそぶりがあればこっちには来ないか。

 

あーでも温度的に大丈夫だろうか。熱過ぎると猫の体じゃ火傷しちゃいそうですし…妖怪だから大丈夫だと思いたいのですが…

 

(あー…遠慮しておく)

 

はい!強制的にドボン決定!

 

逃げようとしたお燐を捕まえてルーミアさんに差し出す。

 

「入りたいそうですよ」

 

(へあ⁉︎ちょ!なに言ってるのさ!)

逃れようと暴れますがそう簡単に逃がしません。ゆっくりと楽しんでくださいね。

 

「そうなのかー!一緒に入ろうなのだー」

 

(うぎゃあああああ!)

 

 

 

しばらく暴れ続けたお燐だが、5分もすればお湯の中でルーミアの腕に収まっていた。

(あー…ちょうど良いくらいだ)

 

ふふふ、喜んでくれると作った甲斐があります。

 

ただ…

 

「あの…私にお湯をかけてくるのやめてくれます?」

 

 

「良いではないかー」

 

あー体拭くタオルとか用意しなくちゃなあ。

取って来ないと。火の管理は強火のままでいいか。

 

(ちょ⁉︎さとり!なに言ってるんだい!)

 

まあ冗談ですけどね。

 

「のぼせないうちに上がってくださいね」

 

「わかったのだー」

 

 

私はもちろん後で入りますよ。ただ、ルーミアさんが火の管理調整出来るかどうか次第ですけどね。

 

出来なければ?その時はお風呂は諦めます。仕方ありませんよ。お燐はまだ火の管理とか出来ませんから。

 

 

 

 

 

 

 

結局、ルーミアさんは火力調整が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

少女、越冬中

 

 

 

 

季節が巡るのは早い。

私がお風呂だったり家の改築だったりを行ってから数日後には天候が回復。

今日は、久しぶりに晴れ空になったみたいだ。

「これなら…行けそうですね」

 

13回ほど昼夜を共にした家の方を振り返る。

 

「もう行くのかー?早いのだー!」

 

「そう言われましてもねえ…」

 

うーん、ここまで懐かれてしまってはなんとも言えないのですが……

 

「じゃあ私も一緒に行くわ!都でしょ!」

 

え?

 

ルーミアさん良いんですか?都の近くとはいえ陰陽師とか神官とか一流の妖怪退治屋とかわんさかいますよ?多分ですけど…

 

「別に、悪さしないで静かにしていれば問題ないのだー」

 

「なら良いんですけど…」

 

考えようによってはかなりの戦力アップではある。

 

 

「ところで、都に何の用があるのだー?」

 

「まあ…ちょっとした事ですよ」

 

半分…と言うかほとんど私の自己満足だったりしますけど。

 

多分ルーミアさんも薄々それに気づいているのだろう。それでもなお私についていくと言うのだ。それを断るほど私は冷酷でも性格が歪んでもいないと思う。

 

「じゃあ…いきましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

時は奈良時代。平城京に都が遷都されて早数十年と言ったところだろう。

まあ正確には都じゃなくてその周辺…竹林のあるところに用があったりなかったりなのですがね。

 

 

朱雀大路を中心として左右に碁盤の目のように区画整備された都を見ながら周辺を飛び回る。

 

近くにはいくつか集落も点在しているので別に都に入らなくてもあまり問題はない。

 

ここが東方Projectの世界で、私と言うイレギュラーがいると言うことを差っ引いても起こるはずである。

 

なら竹林の何処かにいるのだろうか。

まだ始まっていないと思いたい。というか、それに付随する噂は今のところなかった。

本来この件に私が関わる必要など皆無だ。それどころか原作の流れがこの世界に存在するのであればその流れに干渉し、別のものに変えてしまうかもしれないのだ。だがもう既に私の行いで大きく変わってしまったものあるのだしなにを今更だとは思う。

 

もう今更そんなことを悩んだって仕方ないのだ。ならば盛大に掻き回して、将来の平穏への布石としよう。

 

あと私はお節介だ。しかもそれを周りに振りまくと言う大迷惑っぷり。自覚してるのに辞める気は無いのだ。だから今回ターゲットになったあの人達には悪いですけどおせっかいに付き合ってくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

今は昔竹取の翁と言うものありけり…

野山に入りて竹を駆逐しつつ、よろずの武装に使いけり。

 

あれ?違いますね。

 

いや、細かいことは気にしない気にしない。

 

(いやいや、なんで翁がそんな物騒なことしてるのさ)

 

「翁も色々あったんでしょう」

 

「そーなのかー」

 

名をば、讃岐のスネークとなんいいけり

 

(絶対ちがああう!)

 

知ってますよ。

 

(開き直った!この人開き直った!)

 

 

茶番は置いといて、月の民の物語を、始めましょうか。

 




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