古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.81さとりと巫女(開心篇)

ご飯を食べ終わって一息ついたのか靈夜がうろうろとし始めた。

落ち着きがないというか……私がいつまでもここに居座るのが不満だというのかあるいは暇だから何かしてくれなのか……どちらでも良いですけれどね。

「……落ち着かないなら移動しますけど」

とは言っても特にどこに行くとかは考えていない。家を出るときは何となく湖のところにでも行こうかと考えていたがなんだか気が進まない。

そういえばあそこには壊れた船が残ってるんでしたっけ?

あれ……でも河童が分解して持って行ってしまったような気がしますけれど。

どうでも良いか。

「別に…あんたが余計なことしないならここにいた方が安心なんだけどね」

 

「じゃあ湖行きましょうか」

 

「あんた……私の話聞いていたわけ?どこをどう解釈したらそうなるのよ!」

何も解釈していないし貴方の話は聞き流していましたよ?そもそも貴方に従う必要ないですし…

「そんなこともありますよ」

 

「あったらすごく困る。というかもう退治したくなってきたわ」

一時期の感情に流されてもいいことないですよ。

流されることが多い私が言うんですから間違いはないはずです。

「ともかく……行きましょうか」

 

とは言ってもここから湖まではそんなに遠くない。歩けば2日前後はかかるものの飛べばそうでもない。

私の感覚ですけれど靈夜もだいたい同じ感覚だろう。

 

 

そんな事を考えていると既に湖が見えて来た。それと同時になにかが地面を擦ったような跡も少しだけ確認できる。

「あの跡…あんたが作ったんだっけ?」

 

「当たらずとも遠からずですね」

ですがその跡を作った船が見当たりませんね。1ヶ月程度じゃ自然に帰るはずはないのですけれど…

湖に到着したものの船は無くなっていた。予想はしていたのでどうでも良いのですけれどね。

しかし僅かにだが破片が残っている。

破片というか…船体の竜骨と底の木材だけだが…

それだけ残っていればまだ良い方だろうか。

「やっぱり妖精が多いわね」

元々ここら辺は妖精の溜まり場のようなところですからね。

そんな事を考えていると靈夜が弾幕を周囲に放ち妖精を片っ端から攻撃し始めた。

突然の事で対応できなかった妖精が地面や木に叩きつけられ、慌てて逃げ出す妖精にも容赦なく撃ち込みその姿を爆炎の向こうに消す。

 

「ちょっと!何してるんですか」

 

「邪魔だから追っ払ってるだけよ」

だから何と言わんばかりの表情で弾幕を撃つ彼女の背中に蹴りを入れる。

「いったいわね!何するのよ!」

 

「それはこっちが言いたいです」

急に妖精を攻撃してどうしたんですか。ストレス発散ですか。

「これで変に悪戯をしてくるやつもいなくなったからいいじゃない」

それも一理ありますけれど…発想が鬼すぎる。

それに、いくら表情で誤魔化しても心を除けば本心が見えるんですからね。それくらい分かってほしい……

無理に嫌われようとする行為をしても私には逆効果なんですから。

 

 

 

「……ん?」

急に靈夜が私の後ろに意識をそらした。

何か後ろにいるのだろうか。

表情から読み取った限りでは、逃し損ねた妖精が攻撃をしにきたのかまたは別の誰かがこっちに来たのか。

どちらでも良いですけれど…ああ、この気配は知り合いですね。

 

「さとりさん」

よく知っている声がする。

「大ちゃん、久しぶりです」

振り返ってみれば、緑色の髪の毛と妖精の羽が特徴の彼女がいた。

珍しく青いワンピースと白のシャツを着ている。

珍しいというか本来の姿な気がしますがそれは私の記憶が言うのであって現実は違う。姿も大分大人になっている。普通妖精といえば子どもの姿に近いのだが大妖精は子供というより少女だ。

「博麗の巫女と一緒って…あ、いえそこまで珍しくなかったですね」

 

「ふうん……あんたは生き延びたのね」

生き延びた…そういえばそうでしたね。彼女やチルノとか一部妖精は結構強いですからね。妖精かどうか疑いたいレベルで……

「あれ、やっぱり貴女だったんですね」

大妖精の目からハイライトが消えた…なんだかすごい怒ってる。確かにそうだろう。

「なに?私と戦うつもり?」

 

「そんなつもりはないですよ。私じゃ勝てそうにないですし…」

賢明な判断ですね。

 

「それよりさとりさん。少し手合わせお願いできます?」

二人の合間に発生している火花から逃れようと後退した瞬間そんな事を大妖精に言われる。

彼女から誘ってくるなんて珍しいですね。普段はあまり戦わない子なのに…やはりさっきのが尾を引いているのだろうか。

「私でよければ…」

 

スッキリするなら良いんですけれどね。

 

 

 

 

 

刀同士が接触し火花が飛び散る。

短刀同士では必然的に打ち合う時の距離はものすごく近い。だから刀で斬り合いつつも蹴りや拳を叩き込む。

弾幕は使わない。そもそもこの距離じゃ使えない。

大妖精の蹴りを膝で防ぎ、代わりに横蹴りを行うが当たる直前に大妖精の姿が消える。テレポート。真横に現れた。

刀の柄で迫ってくる拳を叩く。またテレポート。今度は少し離れたところに出てきた。

迫ってくる大妖精に妖力弾を撃ち込む。

命中直前にテレポート。修正…再びテレポート。

何度も左右に逃げられてしまい当たらない。

そうしているうちに大妖精の姿が消える。どこにもいない。

「…ふっ」

真後ろ。体を横にずらしながら伸ばされた刀を少しだけずらす。

そのまま彼女の腕を刀を持っていない方の手で掴み、放り投げる。

受け身を取られてしまいたいしてダメージは入らない。

早めに終わらせようとこちらから接近。刀を持ちおなして大妖精に斬りかかる。

紙一重で回避されてしまう。すかさず二回目。

水平に斬ったものの今度は刀で弾かれてしまう。

警告、すぐに体を回す。すぐそばを大妖精の足が通過して行く。

回した勢いでもう一度攻撃するがバックステップで逃げられてしまう。

「強くなりましたね」

 

「まだそうでもないですよ」

また大妖精が消える。次は……上か。

気配を察知し、刀を上に投げつける。

「……え?」

突然放り投げられた武器に動揺してしまう。

その動揺が命取りです。

地面を蹴飛ばし、真上から降りてくる大妖精のお腹に拳を叩き込む。

一瞬怯んだもののすぐに蹴りを入れてくる。それを左腕で防ぐ。

痛いですけど…

降りて来た刀を掴み直し首元に当てる。

「王手…」

「まだ詰みじゃないですよ」

大妖精の体がその場から消え去る。

「全く……便利ですねそれ」

 

「そうでもないですよ?かなり体力消費しますから」

 

すぐ近くに現れた大妖精は、確かに息が上がっている。

「1発当てたので終わりでよくないですか?」

「私も1発当ててますよ?」

おっとそうでしたね。

じゃあこれが最後って事で……私もだいぶ疲れましたし左腕の痛みが引きませんからね。

「そうしましょうか…」

お互いに突っ込む。

接触した刀を軸にしながら位置を反転。反動で後方に流れてしまうが再度斬りつける。向こうも同じらしい。

何度も何度も刀がぶつかり合い、時々服に切れ目が入る。

ガチっとへんな音がして、手元を見てみるといつのまにか刀が消えている。

どうやら当たりどころが悪く弾き飛ばされてしまったようだ。

「これで詰みですよ」

慢心はダメですよ。ちゃんとトドメを入れないと。

刀を向けるその腕を掴み高く上げた脚で挟み込む。そのまま体の全重量で地面に押し付けて刀を落とさせる。

「惜しかったですね…」

 

「まだ遅れは取りたくないですから……」

それにしても疲れました。慣れないことをするもんじゃないですね。

 

 

 

一息ついていると近くで傍観していた靈夜が拍手をしながら歩いて来た。

「……へえ…どっちも短刀使いなんだ」

なかなかの腕前と言うべきかなんというか…私が教えたのだからそうなるのも当たり前なのですが、そんなことはどこ吹く風。

「ええまあ……さとりさんに教わりましたし」

私が言わなくても大妖精が話してくれる。だから私はあまり余計なことは言わない。そもそも教えたと言ってもずっと刀振り回してただけですけれど…型なんてないですし取り敢えず倒せるならどんな感じでも良いのだ。

「基本的な剣術は柳くんや椛さんから教えてもらったんですよ」

 

あとは記憶にあるものを参照に自らに合った戦い方です。

ちなみに普通の長さの刀は振り回し辛いので好きじゃないです。

使えなくはないですけれど…

 

「まあいいわ…それでも妖精と弱小妖怪じゃ私は倒せないでしょうし」

大妖精が前に出ようとするけれどそれを制する。ここで事を荒だてても良い方向には進まない。それの彼女はただ事実を言ったまでだ。

「でしょうね…別に私は敵対するつもりはないのですけれどね」

実際技量からすれば彼女の方が上だろう。そうでなければ巫女など務まらない。

「さとりさんが弱小ってそんなことないじゃないですか」

いや……弱小ですよ。うん、妖怪として破綻してる時点で既に負けてますから。

「どうでも良いわ」

興味がなさそうに大妖精を見下す。

なんだか怖いですね…そこまで自分を押し殺そうとすることができる貴方が……

「やはり巫女とは仲良くなれそうにないです」

あらら…大妖精にそれを言われてしまうとは。

「私だって妖精と仲良くなんてしないわよ」

そもそも人間ですからねえ……妖精と仲良くなんてしないでしょうね。

「2人とも…険悪になるのは良いですけれどそろそろ日が暮れますから…」

ここら辺でお開きにでもしよう。十分楽しめましたし。

それは私だけかと思ってみるけれど普段からそんなものだろうと考え直します。

だってそうでしょう?

 

 

 

 

 

さてさて、日も暮れてあたりは静かになった。私にくっついて来ていた靈夜は帰るから勝手にしろと言って神社の方へ行ってしまった。なので今度は私が彼女の後を追いかけることにした。

 

「なんでついてくるのよ」

あまり気づかれないようにしたのですが簡単に気づかれてしまいましたね。

別に隠すことも何もないので彼女にも見える位置に立つ。

暗闇に紛れ込むように出したサードアイが彼女の心を読み取りその情報を逐一頭に送ってくる。

「……傷ついてますね」

それだけ…でも彼女には心当たりがあったのか私から目を逸らした。

「傷ついてなんか……」

それでも傷ついていないと心に言い聞かせる。

「いいえ、大妖精に言われた事に相当ショックを受けていますね」

仲良くなれない…あの時は何事もないように振舞ってましたけど心の中では相当傷つきましたよね。

「そんなことっ‼︎」

仲良くなれない…か。それが貴方のトラウマで、今までの行動の要因になっているのですね。

詳しい過去はもう少し視ないと分かりませんけれど…ここまで人格や行動に影響するとなるとかなりのものですね。

「無いって言えませんよね」

 

「っ……貴女には関係ないわ!」

図星を突かれて苛立ったのか彼女はお札を空中に放り投げる。

そこから放たれる赤と白の弾幕が私に襲いかかる。

でも本気で倒しにきていない。そのほとんどは自機外し…もとい行動制限を行うためのものだ。

彼女も抜刀して襲いかかってくる様子を見せない。

「全く……何をそんなに意地になっているのかは分かりませんけれど…少しくらい本音をぶつけられる誰かを作らないとダメですよ」

とは言っても…今のままじゃそんなことできそうにないですね。

私にだってここまで嫌われてしまえばもうこれ以上は本音をぶつけてはこない。

「うるさいわね!貴女には関係ないでしょ!」

 

「ええ、ただのお節介ですから」

関係はないですけれど…何もしないのは嫌なのでね。

「もう帰れ!」

弾幕が右腕を掠める。

服が焦げてサードアイに繋がる管が千切れる。

そろそろ潮時ですかね。これ以上やっても意味はなさそうですし……

「……わかりました」

一歩づつ彼女に向かって歩き出す。

来ないでと叫びながら放たれる弾幕が私のすぐそばに着弾する。

でも無意識に直撃の弾幕を撃たないようにしているのかわたしには当たらない。

時々掠ったりする程度だ。何も問題はない。

「来ないで!これ以上近づいたら本気で撃つ!」

 

「ならどうぞ撃ってください」

 

警告射撃から本気の射撃に切り替わる。

それでも歩みは止めない。そもそも弾幕が当たらないのだからなんとも言えない。

本気で狙っているのだろうか?

だって私はもう貴女の目の前ですよ。

 

「嫌っ!」

1発が私の顔面に直撃する。なにかが潰れる音がして視界が真っ赤になる。

「……あ。そ、そんな…」

全く…痛いですよ。

今まで顔面に攻撃を食らった事なんてほとんど無かった。これは流石に効きましたよ。主に精神面できついですね。

「全く……痛いじゃないですか」

 

すぐに回復が始まるが流れた血は元には戻らない。

今の私はどんな表情なのだろう。

ふと手で頬に触れてみれば、ねっとりとしたものが手にまとわりつく。

「あ……あ…ごめんなさい」

「謝らなくていいんですよ」

私の前で震える靈夜の頭に手を置く。

何をされるのかと彼女の体が大きく跳ね上がる。

別にそんなひどいことはしませんよ。

「今度は私から貴方を訪ねますね。約束です」

ポンポンと頭を軽く叩いて彼女から離れる。

少し血を失いすぎたのか軽く目眩がする。だけどそれもすぐに収まるだろう。

 

「どうして……」

 

「はて?どうして私がそこまでする…ですか」

 

「そうよ!どうしてなの⁉︎」

 

ふむ…だから言ったじゃないですか。気まぐれと、ただのエゴの押し付けみたいなものですよ。

「誰かを気遣うことに理由が必要なんですか?」

結局はエゴだけれど…エゴを押し付けるのもまた妖怪ですからね。

何か言い返してくると思っていたがそれ以降何も言葉は帰ってこなくて…私は彼女の前から姿を消すのだった。

 

 

 

「お姉ちゃん……」

靈夜が見えなくなったところで背後からこいしの手が伸びてくる。

「気にしないで。ただのわがままだから」

こいしの手を軽く掴む。

「分かってるけど…血くらい拭いてよ」

 

「……忘れてたわ」

 

「もう……お姉ちゃんうっかりしすぎ」

あはは…困りましたねえ…


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