古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.82さとりと巫女(決裂篇)

目覚めのひどい朝は大嫌い。そもそも好きなやつなんていないだろう。今日一日ずっと不機嫌なまま過ごすのかと思うと憂鬱になってしまう。

分かっているのだから少しは機嫌を直せと言われるけれど…そんなものこの世界では無理だ。

ずっとずっと巫女をやっていれば嫌という程わかる。

私一人ではどうしようもなく、抗ったところで大きな運命の流れに逆らうことはできない。

歯車に挟まった小石のように押し潰されて終わり。

頭では理解していた。それでも理性は理解したものを否定して…。その結果が今の私というわけだ。

「はあ…」

今更になってなんでこんなこと考えているのだと思えば、昨日のさとりが原因だと記憶が教えてくれる。

流石覚り妖怪。人のトラウマを引きずり出して苦しめるのに長けている種族だこと。

それなのにあいつらのところには人妖問わずいろんな奴が集まる。意味がわからない。

「……ただの嫉妬か。らしくないわ」

本当にどうして嫉妬なんてしてしまうのだか。巫女になった時に…いいえ、その前からずっと一人でいると決意したというのに誰にも愛されない、誰も愛さない。

結局、私はこの世界が嫌い。そして……この世界を嫌う私が大嫌い。

ただそんな単純なことかもしれないし、実際はただの枷がついた飛べない鳥なのかもしれない。

 

……変なことばかり考えている頭を振って気分を切り替える。

今更何を考えているのだか…歴史にifなんてないしもう戻ることはできないところまで来てしまったのだ。

 

「あ、おはよ!ご飯できてるからね!」

布団から上半身を起こし今日のことを考えていたら襖が開かれる。

そういえばさっきから台所で誰かが作業しているような音がしていたわね。

成る程、ご飯を作っていたのか。

「分かったわ…今行く」

こちらを覗き込んでいた緑がかった銀髪の少女に返事を返し身支度を済ませる。

「……いやいやいや!私一人暮らし‼︎」

なぜ忘れていた!私は一人暮らしだぞ⁈今のは誰だ!不法侵入な上に勝手に何かやってる⁈

それに気づいた時には少女が顔をのぞかせていた部屋に突入していた。

 

「おは…「動くな!」」

 

そこには昨日散々見た姿と、容姿が似ている少女が食事の乗った机を挟んで座っていた。

「さとり?どういうことなの?」

昨日あんな事をしたのにどうして彼女はいるのだ?もう理解できない。

「そうですね…まずはそのお祓い棒を降ろしてくれますか?それに食事が先です」

そういえばまだ食事してなかったわね…ってそうじゃないわよ。

「なんであんたたちがいるのよ」

はぐらかされる前に聞いておく。

こいつらがはぐらかすことなんてないだろうけれど…それでも信用できない。

「昨日言ったじゃないですか」

なんだそんなことかという感じに言ってくる。確かに昨日言っていた。だけど同時に私はあんたを…

そんなこと気にしていないというような目線を送ってくる。

あんたの表情は全く変わらないから何を考えているのかさっぱりわからない。そもそも昨日退治しようとしてしまったやつのところにノコノコきて朝食を作る時点で意味がわからない。

「ともかくご飯が冷めないうちに食べましょう」

 

「そうだよ。私達に罪はあっても食べ物に罪はないんだから」

仕方なしに机の前に腰を下ろす。

倒すのは簡単だ。だけどそれじゃダメな気がした…ただそれだけ。それだけだけど意外とそういう予感は当たるものなのだ。

 

「「いただきます」」

 

毒が入ってたりししないか不安だけれど…大丈夫だと勘は言っている。

そっと白米を口に運ぶ。

意外といけるじゃないの……まだ白米だけなのに。

そういえば温かい食事なんてあまりしたことなかったわ…基本的に私はご飯作れないし。作ってくれる人もいなかったから…

あれ…なんだか目元が熱くなってきた。

「美味しい?」

銀髪の子がご飯のことを聞いてくる。…確か名前はこいしだったわね。

「……美味しい」

何も言わないでおこうかと思ったけれど…彼女の笑顔を見ていたらそんな変な意地を張る気力も持っていかれてしまった。

「よかった。あ、どんどん食べて良いからね!おかわりもあるんだから!」

彼女の顔を見ているのがなんだか恥ずかしいというか…結局意地を張ってしまい彼女の言葉には答えずご飯を食べることに集中する。

…なんで目元が熱くなるのよ!

「気に入ってくれたみたいですね」

 

「ええ……」

今なら謝れるだろうか。

何に?昨日のこと?違う。いままでの態度?それとも私自身?

「急いで食べなくても食事は逃げませんからね」

 

「………」

彼女の瞳が私を覗き込む。その真っ暗な…底まで見透かしてきそうな瞳に何故だか魅入ってしまう。孤独の闇が広がっていそうなものなのに…どうしてそれを拒否できないのだろう。考えてもわからない。

きっとこの思考も彼女にはバレているのだろう。そう考えてみればなんだか謝るのがアホらしくなってきた。それと同時に少しだけ気が軽くなった気がする。

 

 

 

結局、お代わりまでしてしまった。普段の食生活からは考えられないほど食べた気がする。

「ご馳走さま…」

 

「ご馳走さま!」

 

「お粗末様でした」

 

すぐに姉妹が片付けを始める。なんで人の家で勝手にご飯を作ったり食器を片付けたりするのかすごく不思議だし理解できないけれど…まあ良いか。片付けてくれるのはこちらとしても有難い。

少し経つと二人揃って私のところに戻ってくる。

さて、お話を聞こうじゃないの。

「それで、どうしてここにいるの?それも妹まで連れてさ」

さとりを軽く睨みながら強めに聞く。こうまでしてもこいつはのらりくらりと逃げるんでしょうね。こっちがイライラするからやめてほしい。

「なんでしょうね…昨日言ったとおりですよ」

 

「理由になってないわよね?」

昨日確かにここに来ると言ったけれど…そもそもあんな醜態思い出したくもない。でも元を正せばその醜態の原因もこいつだった。

なんだか腹が立ってくるわ。

「そうですねえ……理由なんてそんなものですよ」

無表情のせいで何を考えているのか全く読めない。気持ち悪いわ。

そもそも理由なんてそんなものって…あんた昨日殺されかけたばかりよね。

「あっそう…じゃあお帰りください」

殺そうとしたやつのところにのこのこ来るなんて馬鹿なんじゃないのかと思う。だけど同時にさとりらしいとも思ってしまう。

昨日の一件で悟りがどんなやつか大体は理解できているからかしらね。

「それは嫌です」

 

「そもそも昨日のこと忘れたの?」

私があんたにした仕打ちのこと…覚えてないとは言わせないわ。なのにあんたはどうしてここに来るの?

「昨日のこと?別に気にしてませんよ」

 

「私は気にして欲しいんだけれどね」

今まで黙っていた妹が口を開く。その顔には心配が広がっている。こっちはさとりと違って分かりやすい。

「ほら妹もそう言ってるわよ」

 

「耳がいたいですねえ…」

痛そうに見えないし反省している気すら見当たらない。なんだか扱いに困るわ。

そもそも妖怪と仲良くなって…碌な事無かった。人間は悪だなんだと決めつけたらとことんやる。その恐ろしさを知らないのだろうか。人間と仲良くしようとするのは同時に…人間の悪に飲まれればもう為す術はないのだ。

さとりに対して嫌な気分になることが無くなってきている…だけどそれではダメなのだ。私は巫女であって人間の持つ矛だ。妖怪と言う悪を倒すための…それが妖怪と仲良くなんて……お願いだからやめて。

 

「ふうん……そうだったんだ」

ふと意識を戻すと、目の前にいる妹が私の目をずっと見つめていた。その目には確信の感情が出ている。一体どういうこと?

まさか心を読まれたの?確かに彼女は…さとり妖怪だけれど…ここじゃ能力はほとんど使えないはずなのに…

「だって私はサードアイ隠してないでしょ?それに見えづらいだけで見えないわけじゃないし貴方の仕草で何を考えているかはある程度分かるよ。ついでだから貴女を作っているその出来事を見たんだけど…」

笑顔で色んな事を言うけれどそれは一番知られたくないこと。それなのに…

「勝手なことをしないで!」

知ってどうする?同情でもするつもりなの?私は同情なんか要らないしそんなものをくれるようならこの場で斬る。

「同情なんかじゃないよ。でも今の貴女を見てたらどうしても放っておけないの」

「余計なお世話よ」

何が放っておけないだ。そもそも私の過去を見たと言うのなら逆に放っておいてほしい。

人間も妖怪も大っ嫌いなんだから。誰かの助けなんて欲しくない。

「でもこのままじゃ貴女が良くならない!」

 

「そんなのどうでも良いでしょ!」

私のことなんてどうだって良い。大っ嫌いだけどこの世界がこのままであるなら私はどうだっていい。それが私の使命だしあの時からずっと変わらない決意よ!

「私はどうでもよくないしお姉ちゃんもそう思ってるの!」

 

傍迷惑な姉妹ね。そもそも私は貴方たちの敵なのに一体何を考えているのよ。

「平行線のままね…良いわ、なら勝負よ。貴女が勝ったら貴女の好きにしなさい。私が勝ったら…二人を退治するわ」

私が負ける理由なんてどこにもない。だからこんな事を言ってしまう。冷静に考えてみれば私に向けられたであろう救済の手を自ら弾いてしまったようなものだ。

結局…私はあの時のことから逃げているのだろう。分かっている。こんなこととっくにわかっていた。だけど目を背けてしまう。そこまで私は強くないのだから…

「良いよ。そのかわりお姉ちゃんを巻き込まないでね」

ダメだと分かったのか彼女は私の提案に乗ってきた。

本当はそのまま諦めてしまえば良かったのに…どうして退治される方を選んでしまうのか…分からない。

「わかっているわ」

一応さとりには手を出すつもりはない。だけどそれは今後のさとりの動き次第よ。

「こいし…頑張ってね」

 

「分かってるよ。お姉ちゃん」

 

分かっているのだろうか。私は博麗の巫女…決して負けることはない。

それに彼女達が戦うのはこの結界の中。つまり彼女たちは妖力を使うことはできない。

まあこのことすら彼女には丸見えだろうけれど…だからと言ってもうどうすることもできない。だって貴女は条件を飲んでしまったのだから。

「別に私はここで戦っても良いんだよ。それに妖力を外に向かって使うだけが戦いじゃないからね」

負け惜しみじゃないことを祈るわ。

「わかってるよ。だから貴方に常識が通用しない戦いをしてあげるね。本当はこういうのお姉ちゃんの方が得意だけど」

そんなこと言っちゃって良いのかしらね。

「勘違いしているようですけど私は戦いなんて得意でもなんでもないですからね」

嘘ね。貴女の体はかなりの場数を踏んでいるはずよ。戦いが嫌いなら場数なんて踏むはずがないわ。

「まあ良いや!すぐに始めようよ!」

 

なんだかさとりよりマイペース過ぎて心配になってきたわ。本当にあれ大丈夫なのかしら…

 

 

 

 

 

 

 

あれ?私なんで戦うことになったんだっけ?よく覚えてないや。なんていうのは嘘。ちゃんと覚えている。

お姉ちゃんが巫女のもとに行って血まみれになったから今日は一緒に行くことにした。

お姉ちゃん頼まれてもないのになんで巫女のところに行くのかなあって思ってたけど着いてみてやっと理解できた。

理解できちゃったから…こればかりはもうどうしようもないかな。絶対譲りたくない。

だからこんなに不利な条件でも私はやる事にした。

 

目の前に立つ彼女の武器は…腰につけている刀をのぞいたらお祓い棒くらい。

だけどもう一つ…お札がある。それも種類が豊富なんだよね。

動きを封じるやつから結界を作るためのもの…弾幕を放ったりするためのものまで多種多様。

それに…博麗の巫女が代々受け継いでる必殺のものもいくつかあるはず。

それを出されたらちょっと困るかもね。

どうやってそれらを使わせずに倒せるかなあ…

 

いや…絶対使ってくるはずだからどうやって回避できるかが勝負かなあ。

いずれにしてもそれを攻略出来なかったら私は彼女をどうにもできないからね。

「それで?準備はできたのかしら」

 

「できてるよ!早く始めようよ!」

 

まあその時になって考えても遅くはないか。分からないものをいつまでも考えるのは性に合わないからね!

巫女から距離を取って早速彼女の視界から消える。

この結界は妖力は弾くけれど…でも重要な欠点があるんだよね。

 

魔導書を開いて出来るだけ多くの武器を引っ張り出す。

魔力も封じるようにしないとダメだと思うんだけど…まだこっちの方には魔力なんて概念ないんだろうから仕方がないね。

 

「見つけたわ」

真後ろで声がして、同時に何かが迫ってきた。

反射的に手元にあった剣を持って振り返る。

「もう見つけちゃったの?」

私を斬ろうとしてきていた剣を辛うじて防ぐ。

重たい両刃剣の勢いに押されて巫女が後ずさる。その目には困惑と驚愕が混ざっている。

そりゃそうだよね。結界が無効化しない力を使っているんだからね。

でもお姉ちゃんも確か使えるはずだよ。あっちは神力だけどね。

「ふうん…それが貴方の力なのね」

 

「そうだよ!もっと楽しもうよ!」

 

なんだか目的が違うかもしれないけれどこれはこれで楽しいや。

両手に剣を構えて突撃する。

まだまだこれからが楽しみの本番だよ!


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