古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.86 さとりは人間なのか?

「私は…人間をやめるわ」

 

「ゲホゲホっ!」

彼女の急な発言に思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。

意地で押さえ込めば今度は気管の方に向かって入ってしまいそれを戻そうと体が意図せず咳き込む。

 

「大丈夫なの?」

 

「ええ……なんとか」

苦しかったのは一瞬。だけれど軽い酸欠で少しだけ頭が揺さぶられるような感覚。

「そう…ならよかったわ」

 

そもそも原因なのは貴女なんですけれどね。いきなりなんて発言するんですか。どう考えても咳き込みますよ。

 

人身売買の組織を消し飛ばしてきてから1ヶ月経ちほとぼりが覚めてきたであろう頃に靈夜に呼び出された。

行ってみれば普通に出迎えてくれてお茶まで出してくれる。この一年で変わったなあと思いつつ、たわいもない話をしていれば先ほどの言葉が出てくる。

一体何を考えているのでしょうね。

 

「それで…人間をやめるって……」

 

「本気よ」

彼女の目線はしっかりと私を捉えている。

本気の目線だった。

しかしどうして人間をやめるなんて言い出したのだろう。

境遇が境遇とはいえ彼女は博麗。その名が示す通りの筈だ。

「博麗の巫女相手に言うのであれば……全力でその考えを止めに入ります」

「そう……」

落ち込んだ表情を見せる彼女。期待が外れたという感じですね……実際期待を外していますし。

「ですが、靈夜の意思であるならば私はそれに出来る限りの事はします」

雨雲のような表情が一気に晴天に変わる。

表情が豊かになりましたねえ…普段から少し不機嫌気味ですけれどまあいいんじゃないでしょうか。表情豊かなのは良いことですからねえ。

「なら、手伝ってくれる?」

 

「内容にもよりますけれど…」

 

いくら私でもできないことはたくさんある。無茶な願いを手伝うことはできませんからねえ…なるべく絶望は小さいうちに終わらせておきたいですから。

「でも、その前に理由ですかね…」

 

そもそもどうして人間をやめるのだろう?

「そうね…一言では表せないわ。結局私のエゴイズムなわけだし完全に理解できるとは思っていない。いいえ、私自身も理解できるかどうかわからないもの。でも敢えて言うなら…人間の枠に縛られるのはもううんざり」

うんざり…確かに貴女の元の性格と考えからすればそう考えるのも分かります。

「そもそも私は博麗になるときに妖怪は悪って叩き込まれた。それ自体否定するつもりはないわ。だけど人間は皆こう言う…悪を滅ぼせと。馬鹿馬鹿しいわ」

それもまた人間…なにかを悪にし自らを正としなければ存在や行動に確証と自信が持てない。

「それで…人間をやめたいと…」

 

「そうね…私はただ、人間の枠に囚われたまま生きるにはごめんなのよ。そもそも人間にされた仕打ちは絶対に忘れたくないし許さない。妖怪にされた仕打ちも同じようにね」

それで人間を辞める……ですか。

サードアイでそれが本心からだということを視る。

「人間という枠から抜け出すなら…妖怪になるなり方法はあるのに…敢えて仙人ですか」

 

「当たり前よ。妖怪になったら退治される側じゃないの。私は悪とか善のどちらにもなりたくない。いえ、私が無茶なことを言ってるのは分かっているわ。でも出来ないわけじゃないでしょう」

 

「ええ…出来ないなんてことはあり得ません」

できた人も知りませんけれど……

人間が決めた基準など正しい証拠はどこにもない。善と悪を識別できるのは人間以外…それも人間を裁く事ができる存在に限られる。

でも閻魔さんに聞いたところで理解できるはずもない。

それは私達が裁かれる存在だから。そして裁く基準が分からないから。

「それで…あなたはエゴのために仙人になるんですね」

「そうよ……言い方が鋭いけれどね」

「確信と呼んでくださいよ。それにエゴにも色々ありますからね」

 

我儘だって悪いものばかりじゃない。妖怪のように様々です。

「妖怪みたいね」

「妖怪自身がエゴのようなものですから…実際妖怪の一部は人間のエゴから生まれたものもあります。私のような覚りも経緯は似たようなものがあります。ただあれはエゴと言うより嫌悪に近いですけれど」

黙って聞いていた靈夜が感心したような顔をする。

「ふうん……珍しいわね。あんたが自身の種族について話すなんて」

 

「そもそも周知の事実ではないのですか?」

だって覚り妖怪と言えば知らない人はいないようなものですよ。知ってることをわざわざ教えるのも面倒じゃないですか。

「何言ってるのよ。覚り妖怪なんてすごく昔の文献か稗田の書物を見ないと載ってないし普通の人はほとんど知らないわよ」

そうなんですか?まあ確かにだいぶ昔に私の同族は消えてしまいましたけれど…覚りの存在が忘れ去られている?

だとすれば存在意義を固定することができなくなってしまう。私やこいしは兎も角ですけれど…あれ?もしかして忘れ去られたのが原因で消えた?それとも隠れたから忘れ去られ…消えた?悪循環?

「ちょっと、思考が旅立っているわよ」

 

「ああ…すいません。考え事をしてました」

 

「全く……話を戻すわ。この書物によれば仙人になるには仙人の下で修行をする必要があるの」

そう言って彼女が出してきたのはいつぞやの本。

表紙に補強用の厚紙が入っているけれど間違えるはずはない。

「あの本ですか……」

 

「ええ、もしかしたらと思ってついでに探したんだけれど…見つけられてよかったわ」

 

「良かったですね…それじゃあ私は出る幕ないんじゃないでしょうか」

 

「何言ってるのよ。貴女、仙人の知り合いがいるんでしょう?探し出してきなさい」

少し嫌な予感がしたかと思えばやはりこれですか。確かに知り合いはいますけれど…どちらも連絡は取れませんってば。

こっちが探し出したいくらいなんですよ。

「他の方法無いんですか?」

彼女の願いに返答はせず書物の内容を聞き出す。

「あるけど……期間が長いし半分死ぬから」

いや……仙人の修行だって半分死にますよ。

なんだか分かってるのか分かってないのか……

仕方がありません。探し出すことにしますか。

 

「分かりました…探してみます」

 

「お願いね。それと、いいえ…これは私が頼める義理じゃないわ」

 

直前で躊躇われてしまった。それが気になり思わず…種族状の癖を出してしまう。

「後継者の育成…ですか」

 

「やっぱりあんたには隠し事は出来ないわね」

苦笑しながらそういう靈夜。

その表情には嫌悪の感情はない。不思議ですね……ああ、気に止まってないだけですか。もし…気に留まる事を思い起こせば…いえ、やめましょう。

「博麗の巫女の後継者…決まってないんですね」

 

「だって見つからないんだもの。今紫と一緒に探してるけれどなかなかね…だから私は先に動くわ」

それ……実質的に博麗の巫女を絶やすって言ってますよね。

え……一応ある程度は教えるけれど実戦とかは私に任せる?

そんな無茶な…どうして私がそんなことしないといけないんですか。理不尽も良いところですよ。

「紫もそうさせたいって言ってたんだけど…」

紫まで?これは問い詰める必要がありますね。

 

でも…絶対にやらせてこようとするはずですね…多分その為の外堀を埋めているはず……

紫は何かを頼むとき必ず断れない状況を作ってから頼みますからね…幽々子さんみたいにそれを楽しめるほどの器があるなら良いのですけれど残念ながら私は少し疲れます。

わざわざそんなことしなくても友人の頼みくらいある程度は聞くのに……

 

「それじゃあ……仙人の件よろしくね」

 

「分かりました。1ヶ月ほどください」

それまでに見つけ出す。まあ仙界に入られてしまっている場合は会えませんけれど…幸いにももう1人は仙界よりこちら側の世界にいる方が多いはずですから。

 

それでも世界は広い。砂漠で砂金を見つけるとまではいかないけれど…ヒトを一人見つけるのは大変だ。

まあ……どうにかするしかないだろう。

 

 

 

 

博麗神社を後にし境内へ続く階段を歩きながら意識を落とす。

ここら辺は比較的安全なのでそんなことができる。

さて…華扇はどこにいるでしょうね。

それの答えを出すには私はあまりにも彼女の事を知らなすぎる。

だけど全く分からないわけでもない。

 

でも思えばずっと会っていませんからこちらから会いに行けるかどうか…向こうが拒否してくる可能性もありますし。それを言ってしまったら話にならないですね。

その時は青い方……でもあっちはあっちで仙界にいることが多いしあの時以来会ってすらないから忘れられているかも。

 

まずは華扇さんを探そうと決意した瞬間、私の体に何かがぶつかる。

いや…私が誰かに突っ込んだのだろう。

顔にぶつかる柔らかいなにかと人肌の温もりが意識を体の方に戻す。

記憶していた現象を瞬時に理解。現状を確認する。

 

 

「紫…いきなり目の前に出ないでくださいよ」

「あらごめんなさいね。でもそちらこそ前を見ていなかったでしょう?」

「考え事でいっぱいでしたから」

少し後ろに下がり隙間から身を乗り出した紫と改めて顔を合わせる。

私の前にわざわざ現れた理由はさっき靈夜が言っていた事だろう。

 

「要件は分かってます」

 

「察しがいいわね。それとも巫女の入れ知恵?」

 

「後者ですね。でもどうせならもっと早くに言って欲しかったです」

 

「それは謝るわ。だけど貴女が断る可能性がどうしても捨てきれなかったの」

それなら仕方がない…なんて事が通じるのは私だけですからね。そんな事他の人にやったら仲良くなれませんよ。する気がないなら別ですけれど……

 

「ここではあれですし…場所を変えましょうか」

 

「そうしましょう…そうね。貴女の部屋にでも行きましょうか」

そう言うと紫は私の体を隙間の中に引きずり込む。

体がひっくり返ったと感じたのは一瞬で、すぐに向きが切り替わる。

そのままじっとしていると、隙間特有の闇と目玉は何処かに消え目の前には自分の部屋が広がっていた。

 

「それじゃあ…始めましょうか」

 

隣を見ればいつのまにか紫も私の部屋に降り立っていた。

この部屋の中だと少しだけ圧迫感がある。

元々二人用の部屋ではないし来客を入れる構造にはなっていないから仕方がないと言えば仕方がないのですけれど…

 

「狭くないですか?」

 

「あら?私は気にならないわよ。むしろもっと近づいた方が良いと思うけど?」

 

理解できませんね。

「そんなことより要件を……」

このままだとなんだか紫にいいように弄ばれてしまいそうだったのですぐに話題を変える。

もう眼で視た方が早い気がしますけれど…ちゃんと口で言って欲しいですからね。

 

「そうね…今の巫女が辞めたがってるのはわかるでしょう」

「ああ…仙人になるって言ってましたね」

「それは別に良いのだけれど…問題なのは後継者よ」

確か博麗の巫女はある程度の適性がないと出来ない。

それもかなり特殊だから毎回見つけるのに苦労しているとこの前酒の席で狐さんが愚痴ってましたね。

特に冬場は主人が寝てしまうから余計に大変なのだとか。

「ちょっと探すのに手間取っちゃって…後継者の育成に時間が割けないのよ。それに今の巫女は誰かに教えるのが下手だし」

 

「なるほど……それで私に?」

無言で頷く紫。私は思わずため息をついた。

なぜ私なのか………

「元々あの子が巫女を辞めるきっかけを作ったのは貴女よ。それに…人間に教えるなら貴女が適任よ」

 

「買いかぶりすぎですよ。私は博麗の巫女じゃないですし教えるにしても1日2日で習得できるようなものじゃないですよね」

どう考えても時間がないのは分かった。

だけど次期博麗の巫女の教育をなぜ私にさせるというのだ。藍や紫がやれば良いでしょうに。

「本当はあの子にさせるべきなの……でもこれ以上靈夜を縛るわけにはいかないの。それに……さとり、貴女は私が知る中で最も人間に近くて…巫女に恐ろしく相応しいわ」

「相応しい?」

人間に近いのは私が人間だからでしょうけれど……

「ええ、貴女は貴女が思うより余程強いわ。巫女の強さっていうのは単純な勝ち負けじゃない。守るべきものを守りながら生き抜く強さよ」

紫の言っていることがいまいちわからない。いや……分かりかけてはいるのだけれどどうしても腑に落ちない。

難しいですね……

でも、博麗の巫女を絶やすわけにはいかない。博麗は…人間と妖怪の間に立つ架け橋の存在でもあるのだ。これがなければ幻想郷は成り立たない。紫が思っている以上に欠かせないものなのだ。今はまだその影も薄いですが……

「とにかくお願いするわ」

 

「ヒトを探し終えたらでいいですか?」

それでもお願いをされてもすぐには難しい。だって彼女を見つけなければならないのだ。一瞬紫に頼むことも考えたけれどこれくらいは自分でどうにかするつもりだ。

「……構わないわ」

私の目を見つめた紫はそう呟く。私が断る事はないと確信したのか表情が緩くなっている。

「ありがとう」

「良いのよ。あ、そうだわおやつ頂いても?」

話が終われば早々それですかい。全く……

そんな私の表情は呆れた心とは裏腹に笑っていた。

 

 

 

 

 

「え?お姉ちゃんがいない合間に茨木のお姉ちゃんが来たかって?」

 

紫が帰りひと段落した古明地家。その一室で私はこいしに向かい合っていた。

私が不在だった合間の出来事は断片的なものだけはなんとか分かっている。だけれどそこにあったであろう日常の生活まで知ることは不可能。そもそも日常という平凡を全て記憶することなんて出来るはずない。

「ええそうよ。ちょっと頼みごとができちゃって」

 

「それって靈夜の事で?」

もう…とため息をついてこいしは頭を抱える。

「私にも相談すればいいのに」

タイミングが悪かったようね。まあそのうち向こうからも言ってくると思うわよ。まあそんなことは知ってか知らずか、こいしは話題を元に戻す。

「それにしても茨木のお姉ちゃんかあ…」

来てないと言わない事は来たことはあるのだろう。

その懐かしむ目は一体何をみているのでしょうね。すごく気になる。

 

「何度か会ったことはあるかなあ…って言ってもなんだか私達と会うのを避けている気がするけど」

 

やはり避けているのですか……まあ、みんなに何も告げず勝手に何処かに行って仙人になってましたなんて言えるはずがないか。

そもそも本当に仙人になっているのかとか今どこにいるのとか全くわからないんですけれど…

「雰囲気変わってませんでした?」

 

「どうだっけでも片腕だけ包帯巻いてたしなんだか鬼って感じが前よりしなくなってたね」

ああ…もうすでに鬼をやめているのね。

良かったと思う半分、なんだか寂しくもある。それにしても仙人になったのですね…そうなるともうこちら側の住人ではなくなってしまったわけですか。

「多分…華扇は仙人になってるはずよ」

 

「仙人?あれって人間くらいしかならないんじゃないの?」

 

こいしが首をかしげる。まあそうでしょうね。妖怪から仙人になった例はほとんどありませんし仙人は仙人になる前の事を話しませんから。

「なろうと思えば仙人にだってなれますよ」

 

「そうなんだ…」

さて、そんな彼女は今どこにいるのでしょうね。

この調子では勇儀さんや萃香さんのところには行っていないでしょうからねえ。

後は仙界か…思い当たる節はいくつか残っているけれどどれも確証がない。

「日本全国を歩いて探すのは得策ではありませんし……」

そんな事しても疲れるだけです。

「人探しなら天狗に手伝ってもらおうよ!」

 

「おお、その手がありましたね」

すっかり忘れていましたよ。こういう時にこそ天狗の力を借りればよかったのです。

思い立ったらすぐに行動。何故か私の後をこいしも付いて来る。

別に駄目ということもないのでそのままにしておく。

お空とお燐に留守を任せまだ明るい外に飛び出す。

どこからか蝉の声が聞こえて来る。そういえばもうそんな季節だったのだなあと思いつつ足を進める。

明るいとは言ってももう夕暮れ。蝉の声が一旦静まったかと思えばまた鳴き声がする。だけどそれはさっきまでのセミではない。

夕暮れ時に鳴く種…ひぐらしのものだ。

人間からすればもう家に帰りましょうと言ったところだろうか。或いは人間に対してここからはヒトならざるものの時間だと警告しているのか…

「お姉ちゃん、ひぐらし好き?」

 

「そうね……嫌いではないわ」

やはりこういう鳴き声は少し不気味さがあるけれどそれでいてなんだか風情がある。

「私は…ちょっと怖いかなあ」

 

「時間も時間だからそう感じるのでしょうね」

まあ…私たち自身が気味の悪い存在なんですけれどね。

なんだか変な気分ですね。

 

 

 

結局、足を止めたりなんだりしていたら天狗の里に着く頃には日は暮れてしまっていた。

松明による明かりが里を薄暗く照らす。

入り口抜いた守備の白狼に声をかけ、里に入る。

何か言われるかと思っていたけれど、向こうはこっちを知っていたのか私に微笑みかけながら通してくれた。

それでも天狗の里に入ればなかなかそういうわけにはいかない。

何人かは私をみて軽く会釈をしてくる。だけれど私の存在がなんなのか知らない天狗は奇異の目線を送ってくる。

まあ里の中でずっと外套を被ったままの姿をしていたらそうなるだろう。

変に声をかけてこないだけマシだと思うことにする。

「お姉ちゃんやっぱり変にみられてるね」

 

「そういう貴方は平気なのね」

 

逆にこいしはフードを被ってはいない。実際さとり妖怪だと思わせるものは彼女の頭には付いていない。私の場合はサードアイの管がどうしても頭の横に繋がっているため勘のいいヒトに見られると正体がバレてしまうのだ。

「だって私は顔が知れてるんだもん」

でも正体までは知られていない…ね。

そんなことを話しながら進んでいるとようやく天魔の家が見えてきた。

昔より少し崖の方に移動したその建物は、前よりも少しだけ小ぶりに見える。

実際にはかなり広いのだろうけれど…

まあそんなことはいいかと建物の扉に手をかける。

 

 

 

 

 

「……それで、俺に人探しを頼みにここまで来たと」

 

天魔さんにあらかたの事を説明し終え、出されたお茶を一口飲む。

こいしは外の景色を眺めながら鼻歌を歌っている。相当機嫌が良いのだろう。あるいはさっきまで色々とやっていたからか。

 

「それにしてもさあ……」

「どうかしました?」

呆れた顔の天魔さんに尋ねる。

何か問題でもあったのだろうか。

「俺に会いにくるにしては無茶しすぎじゃね?」

 

天魔さんが私の背後を見ながらそういう。

振り返ってみればそこにはめくれ上がった床と壊れた襖の残骸、それに混ざって死屍累々の天狗達が散らばっていた。

「止められた挙句牢獄にぶち込まれそうになったので…抵抗しただけですよ」

かなり疲れましたし意識だけ刈り取るのは相当手間がかかった。

もう二度とやりたくないです。

 

「私は楽しかったなあ」

「こいし…意識を無くすだけでいいのよ」

多分ここまで家がぐちゃぐちゃになったのはこいしのせいだ。

 

「まあいいよ。後で俺から言っておくからさ」

苦笑しながら天魔さんは私の頭を撫でる。

なぜ撫でるのだ……

 

「やっぱり天魔優しいね!」

 

こいし…こういう場合は大体下心があるのよ。だから気をつけなさい。

「ああ、優しいからなあ…だからさ茨木は見つけてやるからあっちの部屋に行こうぜ」

 

「なに当たり前のように人を密室に連れ込もうとしてるんですか」

 

「いいじゃねえかよお…な?大事な話もあるんだから」

 

貴方の言う大事な話がどっちの『大事な』なのか分かりませんが…そう言われると断りきれない。

「お姉ちゃんがいくなら私もいく!」

「お!良いねえ姉妹かあ」

 

「こいしに手を出したらその胸もぎ取りますよ」

「冗談だってば。怖いこと言うなよ」

流石に胸をもぎ取るのは冗談ですけれどね。流石に胸をもぎ取ったりはしませんよ。

まあ…場合によりますけれど……

 

「それで、大事な話ってなんですか?」

 

「大した事じゃないんだけど…祭のことでな」

貴女が大したことないって言っても大体はすごく大した事あるものなんですよ。

今までの経験上絶対そうなる。それに祭?確かに夏に祭りはありますけれどまだもう少し先の話では…

「今年もお祭?楽しそう……」

こいしが私の肩に顔を乗せて来る。重たい……

「楽しそうだろ?櫓を建てたり色々と忙しいんだけどよ」

ああ…またそれらを作るの手伝えと…

「まあそんな裏方は置いておいてなんだ。2人にちょっとお願いしたいことがある。まだ先の事なんだけれど大丈夫そうか?」

「物によりますけれど……」

 

「そうか…なら……」

 

 

 

……天魔さんらしいと言えばらしい依頼だけれど。なんだかやる気にならない。

「面白そうだからやろうよ!」

私とは対照的にこいしはやる気満々のようだ。ただ単純に楽しいことを楽しみたいだけなのだろうが…

「呑気ねえ……」

「楽しまなきゃ損だよ!」

 

こいしにそう言われそれもそうかと考え直す。

たしかに面倒ごとではあるけれど楽しくないわけではない。むしろ楽しい……なるほど、やってみる価値ありですね。

「決まりかな。それじゃあそっちの件はこっちでもやってみるけど…期待すんなよ」

 

分かってますよ。本来ならこっちの都合なんですからこっちが頑張って見つけますよ。

そちらは見つからなかった時の保険です。

天魔さんの家を後にする。帰りも帰りでなんか天狗に襲われたけれどほとんど隠れてやり過ごした。

そういえばここは行政機関でもあるんだっけ…完全に記憶から失念していましたね。あそこまで警備が厚いのも頷けます。

 

今となってはもうどうでも良いことか。

そもそも私だと向こうはずっと気づいていなかったようですね…それか知っていてやっていたのか。こいしは顔が割れているはずですから多分後者。

だとしたら知っていて攻撃を?抗議ものですね。しませんけれど。

 

 

 

「茨木のお姉ちゃん見つかるかなあ」

こいしの声が夜の闇に溶けていく。

「見つかりますよ…」

見つからないとすごく困るので見つけるしかない。どちらにしろ私には選択肢など残ってはいないのだ。

「そうだね…お姉ちゃんなら絶対見つけそうだね」

 

まあ…見つからなければ諦めますよ。有る事無い事噂を撒き散らしておびき出します。

それでおびき出せるかどうかは怪しいですけれど…それでも火消しに回ってくれるのならなんとか見つけ出せます。

どうやって探すかのプランを考えながら家に帰る。

何故か扉が半開きになっていて少しだけ気になる。

普段から閉めるように言ってあるはずだけれど…忘れたのだろうか。

それにしても部屋の中が騒がしい。もしかして良からぬ輩が入り込んだのだろうか。だとしたらまずい…

「こいし……」

 

「わかってる…」

こいしが下がり家に向けて攻撃の準備を行う。

先行偵察…すぐに後退する覚悟で家の中に入り込む。

 

入ったばかりではまだ誰の気配もしない。そのまま奥に進んでいく。どうやら奥の部屋が騒がしい。ああ……この騒がしさは…彼女達か。

外にいるこいしに入ってきていいよと合図する。

危険性がないと判断したのかこいしがいつものように振る舞う。

奥の襖を開ける。この部屋は普段から食堂用に使っている部屋だ。

その部屋の真ん中には小さな机とそれを隠さんばかりの酒瓶の山ができていた。

その周りには食べ物。

「おーい、邪魔してるぞ」

それらを前にしてお酒を飲む女性が私に気づき声をかけて来る。

「あ……勇儀さん」

「私も忘れないでくれよーー」

彼女の横でお空の首を絞めながら少女がこちらを見つめる。その体制だとお空の首が……

「苦しい……」

そこにはお空に絡みながら酒を煽る悪酔い鬼がいた。それも2匹。

「ああ…帰ってきたんだね」

ふらふらとした足取りでお燐が台所から出て来る。

酔ってはいないようですけれど…完全にぐったりしてますね。

 

「主人不在の時に一体何をしているのでしょうかねえ」

 

「いやあ…たまにはこっちで飲もうかなと思ってよお」

 

「私は天魔がさっき来てな。なんでもさとりに探し人がいるだのなんだの言ってたからねえ。勇儀と一緒に来たわけよ」

その割に酒飲んじゃってるじゃないですか。もう完全に飲みに来る口実を見つけただけですよね!

「はあ…まあいいです。こいしを貸しますからお空を離してください」

 

「ひどい!お姉ちゃんにフラれた!」

そう言いながら貴方は酒を飲むんじゃありません!完全に悪ノリしてるじゃないですか。

「おおよしよし。こっちにおいで」

勇儀さんも悪ノリしないの!

解放されたお空が鴉の姿に戻り私の肩に乗っかる。

やれやれ、相当ひどい目にあったのね。

でもお空は酒には強い方だと思ったのですけれど…どうやら完全に鬼のペースに乗せられてしまったのですね。

「さとり……あたいも疲れたから…」

お燐もですか…仕方ありませんねえ。

天魔さんが萃香さんに会った後にこっちに来たということはあまり時間が経っていないはずなんですけれど…

「それでえ…あんたさんは誰を探してるってぇ?」

萃香さんそれ知ってて聞いていますよね。確信してますよね。

あと、話をするときはお酒を飲むな!

萃香が持つ盃を取り上げる。

途端に不機嫌そうになる萃香さんに水が入ったコップを渡す。

 

「早急に茨木さんに会いたいんです。居場所に心当たりがあるなら教えてください」

あいかわらず不機嫌そうだったものの、私の目を見つめていた彼女は盃を奪い返そうとはしてこなかった。

「あいつの居場所?ああ…わからねえなあ」

 

萃香に変わって答えたのは勇儀さん。もともとお二人には期待していない。だってあの人が一番避けているのは貴方達なのだろうから。

それにしてもいつから会っていないのだろう。まあそこらへんを突っ込んで聞くのは野暮ですからしませんけれど。

 

「……わかりました。無理言ってすいません」

萃香さんに盃を返す。

 

それを受け取りながら黙ってお酒を飲む萃香さん。

気を悪くしてしまったのだろうか。

「居場所は知らないけれど…心当たりなら一応な」

 

「なら……」

 

「だけどいるかどうかはわからないからなあ」

それでも場所がある程度わかるだけ良い。

萃香さんに詰め寄る。

すると萃香さんが後ろに引いた。

なんで引いたのでしょうか?

「顔が近いってば」

「ははは!萃香は押されると弱いからなあ!」

そういう貴方はずいぶん楽しそうですね。

それとこいしはペース抑えなさい。明日辛くなっても知らないわよ。

「分かった分かった…教えるから下がれって」

 

萃香さんに押され後退する。

「あはは……よく鬼にあそこまでの態度ができるもんだよ」

お燐だって似たようなものでしょうに…それとも酔っている鬼は苦手ですか?……私もです。

まあそれでも…嫌いというわけではないしこれはこれで悪くないですからね。

 




おまけ

さとり、バーサーカーになる

「はははっ!まさかこんな小娘が出るとはのう」

私を包んだ光が収まれば、そこは無機質なコンクリートの上だった。
見渡しれみれば周囲も灰色。そして目の前にいるおじいさんの笑い声がうるさい。
なんとも言えないレベルで耳障りだったのでそいつの頭をぶん殴った。
だがなんだか感触がおかしい。
「あ……もしかして蟲ジジイですか。って事はまた召喚ですか……」
ああまたかとため息をつく。何度めの召喚なのだ。
「お、おい。あんたバーサーカーじゃないのか?」
ジジイの横であっけにとられていた白髪の青年が私に声をかける。なるほど、今回は……この役回りでしたか。
「申し遅れました。古明地さとり、今宵何度目かの聖杯戦争に呼ばれました」
まあ……折角ですから暴れましょうか。

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