古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.87 さとりと仙人

飲むだけ飲んで騒いでをしてようやくあの2人は帰っていった。

気まぐれな人達ですよね。まあ私も人のこと言えないのですけれどね。

それもひと段落すればなんだか寂しいというか静かになったせいでなんだか物足りなくなる。それも時間が経つにつれて記憶の奥底に消えてしまう。いっときの悲しい感情。

そんな感情が記憶の底に消えてしまえば、残るのはまたいつもの日常。

そうなってしまえば私にも空き時間というのは自然とできてくる。

その時間を何に使うかといえば…そんなものは決まっているのであって早速私は空に舞い上がっていた。

方角を西に取り少し早めの速度で飛ぶ。

萃香さん曰く、大江山らしい。

まあ…彼女自身が色々あったのは大江山とこっちくらいしかないですしこっちにいないってことはあっちって事なんでしょうね。

どちらにしろ探すだけ探しますか。

そういえば、萃香さん自身もなんだか複雑な気持ちを持っていましたね。

確かにそうなのだろう…大江山で何があったのかは知らないけれど…相当の事があったのだろう。

今となってはもう過ぎたこと。関係のない私が口を挟むなんて野暮なことはしないでおこう。時間が解決してくれるしかありませんね。

 

 

 

 

昼を過ぎる頃には目的の山の周辺には到着していた。

とは言ってもどれがどれなのか少しわかりづらい。

それに京の街並みがかなり近くにあるためか人の往来が多い道がいくつかある。

おかげでここからは飛行していくのはやめておこう。

下手に妖力を出して感づかれるのは御免ですからね。

 

徒歩で山登りかと思うと少し気が引けてくる。まあそれをしないと茨木さんには会えないわけですけれどね。

 

 

 

途中で気の優しい人に山に入るのを咎められた。

まあ…私を人間と誤認しているからなのでしょうけれどね。

面倒でしたのでその場で気絶させておいた。

せめてものお詫びとしてお金を懐に入れておく。誰にもみられていないことを確認。

すぐに山を登る。

 

 

 

 

外見は人間だけれど中身はもちろん妖怪。たとえ弱小ボディであってもそれなりの力は出る。

超脚力だけで数メートルほど飛びながら山を登っていく。登るというより駆け上るが近いですね。

途中から山道すら外れてしまい全くわけがわからないところを通った気がしますけれどまあ気にすることはないです。ちゃんと頂上付近まで来れたんですからね。

頂上とは言っても少し開けたところがあるくらいで他には何もない。ただ木々が広がるだけだ。

 

それでももしかしているんじゃないかと思い周囲を見渡す。

やっぱりいないですね。

となると…ちょっと手間がかかりますね。

確か仙界の入り口はそれぞれの仙人がいる場所の周囲にできるとかなんとか。それが本当であるなら…見つけ出せそうなのですけれどね。

でもそれは彼女がここにいるという確証がなければいけない。

やはりもう少し見て回ったほうがいいですね。

 

 

「……?」

一瞬だけ背中に視線を感じた。振り返ってみてもそこには何もない。

いや…五感から入る情報など当てになることは少ない。実際目に見えず、音も出さずこちらに近づく方法など沢山知っている。

ほとんどは紫なのですけれどね。

でもこれは紫の視線ではない。では誰のものでしょうか。

視線のする方向に向けて手を伸ばす。

私の手の先の周りで水面に波紋が浮かぶように空間が揺れた。あたりのようです。

「見つけました」

空間をかき回す。そうしていると体が少しだけ引っ張られた。

体に変化はない。だけれど周囲の景色が一瞬で変わっていた。

先ほどまで木々が生えていた空間は、いつのまにか開けた丘になっていた。転移でもされたのだろうか。先ほどまでの情報と全く違う情報に頭が混乱をきたす。

「誰かと思えばさとりだとはね」

すぐ真横で声がする。

「お久しぶりです。茨木さん」

振り返ってみればそこには中国服のような少し変わった服を着た彼女がいた。

髪もなんだか短くなり印象が少し違う。

「久しぶりね」

着痩せしやすい服装を着ているようですけれど胸が大きいためか変に目立ってしまっている。

「どこみてるのよ」

「お餅」

「殴られたいの?」

理不尽すぎません?こんな大きなものがすぐ近くにあるんですよ。男性でなくても気になりますってば。

「……良いわ。付いて来なさい」

少しの合間なんやなんやと言葉遊びでのらりくらりと真意を煙に巻けば、諦めたのか華扇さんは歩き出す。

彼女につられるまま奥に進む。

先ほどとは雰囲気が全然違い道すら記憶とは異なる。

記憶とは当てにならないものだとつくづく思いますよ。まあ実際にはここはあっちとは少し違う次元軸だから仕方がないのでしょうけれど。

どこに連れて行かれるのかと好奇心が活発になる。かと思えば、いつのまにか世界は切り替わっており、山だったところはいつのまにか家の中に変わっていた。

空間が不安定なのかあるいは元からこのような感じなのか…これでは不思議のダンジョンですね。

「忘れられてるんじゃないかと思ってたわ」

いつのまにか目の前にあった席に座って私を見つめている華扇さん。座ってと合図をされたので私も彼女の前の席に腰をかける。

「まさか。こっちはこっちで忙しかったですしそちらが避けていたのでしょう」

私にとってみれば数百年分失われてしまっているのだ。その合間に何度か会いに来たのでしょうけれど…その度に私がいない。一瞬だけ読み取った感情は落ち込みと喜び。

だけれど根本的な問題は貴方自身ですよ。

「そうよ…気持ちの整理がつかなくてね」

どこか寂しげな影を落とす彼女。

あの後にも色々あったようだ。だけれどそれを探ろうとする前に彼女の右腕が私の頭に乗せられる。

ヒトの温もりなど感じられない。ただ包帯の感触だけが残りなんだか変な気分だ。

「これが今の私……」

仙人になったのも、人間を良く知るため。裏切りという行為を働くその真意を見たかったから……だけどそれを知れば知るほど、人間を信用することも、自分の感情すらも信じることが難しくなって来た……ですか。

「……私にそれを教えたところで解決なんてできませんよ?」

これは個人の問題。部外者の私ではどうしようもない。

それでも、ここで1人でいるよりかはまだマシかもしれません……こちら側に来て欲しい。それは私のエゴだけれど…エゴを優先して何が悪い。

「合わせる顔が無いと思っているようでしたら間違いですよ」

今の状態では彼女達には会えない…そう思っているようですけれどそれは違う。結局貴女は傷つくのが嫌で逃げただけ。いや…傷を克服しようとしているだけまだ良い方ですね。その手助けになるのは結局、傷つく原因でもある心。

「そんなことは分かっているわ。だけど理解していても無理なの」

まあ、言うのは簡単ですけれどね。でもここまで来た私を全く拒むことはしなかった。なら私はそれに答えるまでです。

「……心とは複雑ですね」

 

「貴女がそれを言う?」

 

「私だからそう言えるんですよ」

 

それに、私に対して頼っていいと……甘えて良いのだと言ってくれたのは貴女ですよ。

こんなところに篭ってたらそれもできないじゃないですか。

だから…私は彼女を引きずり出す。靈夜の依頼だからとかではなく、この私の意思でだ。

「ふうん…じゃあ私の心はどう見えているの?」

 

「それを説明するのは簡単でもあり難しくもあるのですよ」

「なんだかわからないわね」

「実際分かりづらいものですからねえ…でも心当たりがあるのであればあっさりと分かるようなものでもあったりなかったり。他人に心がどうだと教えたところでそれが本当に正しいかなんて確証はないのですよ」

私がいつもの調子で煙に巻いてしまえば、もうこの話題は無理だと思ったのか話題が変わる。

「それで、わざわざ私の元になんの要件を持って来たの?」

本来はこっちの方が主軸になるはずだったのですけれどね。まあいいです。

「また甘えてもいいですか?」

その言葉を口にした途端、私の真横に華扇さんが移動してくる。

 

「それなら構わないわよ」

そう言いながら私を軽く抱きしめてくる。身長差のせいで胸に顔が埋まるのですが…わかってましたけれど…なんだか落ち着かない。

貴女にとって…私はなんなのでしょうね。

ずっと昔…あの時も抱きしめてくれましたけれど…心を読んでみれば、私に対して姉妹感情のようなものを持っているようだ。

だがそれほど単純というわけでもなくあくまでもそれは読み取れた感情の一つ。

結局ヒトの思考は一つの感情だけでは成り立たないのだ。

それでも悪意とかそういう事は無いし基本的に彼女の優しさからくるものだ。もう少しこのままで……

 

え?ベッドに連れて行きたい……ですか。早めに本題に入らないとまずいことになりそうです。

人の温もりを殆ど断ってしまったからその反動がきているみたいです。私じゃなくてもいいのにと思ったものの彼女の交友関係からして私以外だと無理なのだろう。

なんだか悲しくなって来た。この話題は考えるのをやめましょう。

「ちなみにそっちは副題であって本題は別です」

頭をあげて華扇さんを見上げる。

「あら、違うのね」

てっきりこの事だけかと思っていたなんてやめてくださいよ。

そもそも私は抱き枕でもありませんからね。

 

ああダメだ…思考を切り替えてと……

「仙人になりたがっている人がいるんです」

それだけ言えば彼女には通じるだろう。

「修行をつけろってこと?」

 

「ええ、お願いできますか?」

仙人になる一番の近道は彼女自身がよく知っているはずだから…でも貴女はそれをしなかったようですけれどね。

急に難しい顔をし始める。そもそもここで籠っている事が多い時点で人と関わりを持つのをなるべく控えようと思っているようですけれど……その考えに真っ向から対立するようなお願いなのだ。考えてしまうのも無理はない。

「なんで私…って言っても仕方がないわね。でもそう簡単に仙人はなれないし修行は常に死と隣り合わせなのよ。その点ちゃんと分かってるの?」

どうやらやんわりと否定したいようですね。まあ、彼女の言っていることは間違いではないのだから仕方がないだろう。だけれどその辺りの心配はしなくても大丈夫です。

「わかってると思いますよ。なにせあの博麗の巫女ですから」

 

「博麗の巫女が⁉︎」

仙人になろうとしているのが博麗の巫女であると知って華扇さんの顔が驚きに溢れる。まあ…仙人も一応人間側に立つ存在でもあるんですけれどね…

「ええ、彼女なりに考えて出した答えです。私からもお願いします」

事情を知る私と知らない彼女では考えに差が出てしまうだろうけれど…ここで彼女が断るというのであればそれを私は尊重する。実際嫌だというのに無理にやらせるわけにはいきませんからね。

「少し考えさせて……」

悩み込んだ華扇さんが目の前から消える。だが周囲の景色は変わらないからここで待てという事だろう。

「答えが出るまで待ちますよ」

彼女がどこに行ったのかは分からないけれど、誰もいない空間に向けてそう言っておく。

ふと部屋に設けられた窓から外の景色が見える。

太陽が少しだけ朱色になっている。そろそろ夕暮れ時なのだろう。帰るのは夜か……明日になりますね。

こいし達には伝えているから大丈夫そうですけれど。

 

 

華扇さんが戻って来たのは外の景色が完全に暗くなってからだった。

意識がどこかに飛んで行ってしまっていた為ふと気づけば、隣にいたというのが正しい。

 

「その子の面倒見てもいいわよ……」

再び私を撫でながら彼女はそういう。なぜ私を撫でるのか全くわからないけれど…それでも修行をしてくれるのだ。嬉しい限りです。

「ありがとうございます」

 

「あなたが言う事じゃないでしょ。その子に言わせるからいいわ」

素っ気ないというかなんというか…既に師としての厳しさを出そうとしている。これは……いい刺激になるんじゃないでしょうかねえ。他人事?だって他人ですから。

「あはは……」

それじゃあ約束も取り付けたのだし私は帰るとしましょうか。華扇さんの手を退けて席から離れる。

「…もう帰るの?」

帰っちゃダメですか?

「暗くなってますけど…私達に暗闇は関係ありませんからね」

暗くなったら動けなくなるのは人間だけです。

妖怪の体である私にとってみれば闇はむしろ味方なんです。人間としては敵ですけれど…それは付き合い方次第。

「そう……泊まっていった方が安全よ」

残念そうな顔をしたかと思えば急に私を引き止めに入る。一体どうしたと言うのでしょうか。それも少し必死ですよ。

「……それもそうですね」

でもまあ…悪い提案ではないですからここはお言葉に甘えて泊まることにしましょうか。

「よし!」

「どうかしたんですか?」

 

「あ、いや…なんでもないわよ!」

どうしたのでしょうね。急に大声なんて出して……

ガッツポーズをしながら隣の部屋に移動する華扇さんを見つめつつ…まあいいやと思考を破棄する。

「ご飯作るから少し待っててくれる?」

 

「え、ええ分かりました」

 

そんな声が聞こえて来た数分後、今度は何かバタバタとし始めた。

「来客用の布団そういえば無かったわ!だから…布団が一緒になっちゃうけどいいわよね!」

 

なんでそんな息荒いんですか?別に私は寝ないで起きてますから良いですよ。

「ダメよ!ほら疲れてるでしょ?」

 

そう言われてしまうと…そうなんですけれどねえ。

それにしてもなんで焦ったんですか?私と一緒に寝たいんですかね…でも女の子同士ですからねえ…まあそんな気があるはずはないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

……朝起きたらなぜか服を一枚も着ていなかった。

眠りが浅くなった瞬間を利用し体を睡眠から拾い出してあげれば体に直接触れる布の感触に違和感。

普段使っている服よりも幾分かフワフワしていて体を暖かく保ってくれている。私の着ていた服は夏用に切り替えているのでこのような感触はしないはずだ。

まさかの事態ですよ。華扇さんがそんなことをするなんてと思いましたが同時に私の中で疑問が沸き起こる。

私1人が寝かされた布団……勿論華扇さんは見当たらない。

ふと起きれば、畳の床に仰向けに倒れている彼女の体があった。

まさかこれは密室ミステリーかと思いきやそういうわけでもないらしい。

服は着ているし乱れてもいない。つまり彼女は私を食べたわけではない……まあ鬼は男女問わず気に入ったら食う習性があるようですので油断はできませんが……では私だけが服を着ていないのは何故か。

このような中途半端な姿で放っておくような方ではないはずだ。

「……起きたのね」

 

布団が擦れる音に反応したのか、少しだけ首をあげた彼女がそう問う。

「ええ、ですがその前に質問です。この姿はなんでしょう?」

 

「覚えていないのね……」

 

生憎ですが布団に入る前の記憶は全くないのですよ。

多分食事直後からですね。

「再び問おう。どうして私は服を着ていないのですか?」

 

「ああ……さとりの警告聞けば良かったわ」

 

私が警告?その言葉に記憶の片隅で何かが引っかかる。

行動自体は覚えていないけれどそれを言ったような記憶はなんとか思い出せたような気がする。

「三度問おう……貴女が私のますたーですか?」

 

「いや、その質問はおかしいでしょ。まさかまだ酔いが残っているの?」

おっといけない。質問を間違えました…って今なんて言いました?酔い……冗談ですよね。まさか酔いだなんて…

「まさか……飲ませました?」

 

「ええ…水と間違えて…」

華扇さんが体を起こし…なぜか再び倒れた。

目線を追っていればそれが私を見つめた瞬間だった。何か不味いものでもトラウマにしてしまったでしょうか?

だとしたら迂闊に会うことはできないだろう…一体何をしていたのか……

「華扇さん…大丈夫ですか?」

 

「え……ええ、良いもの見れたわ」

 

その記憶消させていただきますね。

無言で鉄拳を頭に叩き込む。

悲鳴が上がり周囲の空気が割れる。

 

「いったーい!」

 

「人の裸見た罰です」

 

「まあ酔ってる時に堪能できたけれど」

ああ…最悪です。

それにしても一体何が起こっていたのでしょうか……昔一度だけ似たようなことがあったけれど…その時は確か目を潰していたはずです。

「裸を見たことは不問にしてあげますから何があったのか言ってください」

この問いに華扇さんは渋い顔をする。これは少しトラウマ状態になってしまっていますね。

「えっと……あまり思い出したくないんだけれど」

 

「無理にとは言いませんよ」

 

「そうね…人が変わったかのように大暴れをね」

暴れていたのですか…でもそれくらいなら鬼だってありますよね?

「ごめん語弊だわ。正確に言えばそれは大暴れというか発狂に近いわ」

発狂?一体どうして……

「それで最終的に裸に…」

「いや、それは私がやったわ」

やはり貴女が犯人じゃないですか。もうこのまま死神に狩られて裁判受けて来てくださいよ。罰を受けたら連れ戻しますからね。

「だってあんた…服の中に武器入ってたし下手したら服自体を武器にしかねなかったから…」

ああ……何故か納得がいってしまう。恐ろしいです。

まさかそのような恐ろしいものが私の中にあるなんて……ですが発狂といえば心当たりがないわけではない。

「あのさ……」

 

「何でしょうか?」

 

「服……着なさいよ」

 

あ…忘れてました。

すぐそばに折りたたんであったそれを着て体を隠す。いやあうっかりしてました

疲れているのか華扇さんがフラフラと起き上がる。

その足取りがなんだかおぼつかない。それに顔色も悪い。飲み過ぎでもしたのだろうか?

でも相手は鬼ですからねえ……

「疲れているように見えますけれど……」

 

「原因が自覚無いって世も末ね」

ああ…私のせいでしたか。

 

 

 

 

 

数時間後、私の姿は我が家の一室にあった。

華扇さんと共にこの地に戻ってきて早速紫に華扇さんが連行。と言う名のお願いと詳細説明。

後は任せてと言っていたから多分大丈夫でしょうね。

靈夜にも事の詳細を伝えて帰って来てみればもうこんな時間だった。

 

もちろんお酒を飲んでしまったとは皆には言っていない。そもそも言ったところでどうということはないしどうにかできるわけでもない。

私が発狂する理由…いくら考えても思いつかないです。

まあどうでも良いのですけれどね。

さて私はしばしの休息といきましょうか。特に疲れているわけではありかせんけれど…休めるときに体を休めておかないといけないですからね。

それに……そろそろ来そうですからね。

 

「さとり様、隙間の妖怪が来たよ」

廊下から聞こえるお空の声で万年筆を持つ私の手が止まる。

少し早いですね…もう少しゆっくりして居たかったのですけれど…もうそういうわけにもいかないです。

身支度をして部屋を後にする。

 

「お待たせしました。紫」

 

「ええ、貴女も大概ね」

 

 

 

 

 

 

 

まさか仙人をこうも簡単に連れてくるなんてね。

もう少し時間がかかるんじゃないかと心配したのだけれど杞憂に終わって良かったわ。

こちらも準備はできている。後は話し合いだけね。

 

「藍、少しの合間お願いね」

式神に後を任せて隙間を開く。行き先は決まっている。

「かしこまりました」

 

隙間を抜けた私の体に風が吹き付ける。日差しが眩しくて目を細める。

「お客さん?」

 

その声で我に帰る。

そういえばここはあの子の家の前だったわね。

背中に鴉の羽を生やした少女が私を睨みつけていた。

どうやらいつも通りの仮面をつけれているようね。

こういうわかりやすい反応をしてくれた方が助かる。

むしろさとりやあの妹の方が異常なのだ。私の常識ではどうしてあのように誰にでも友好的に対面することができるのやらだ。

「ええ、さとりに用があってね」

 

「分かった。呼んでくる」

 

鴉羽の子が家の中消えてしばらくして、さとりが出てきた。

いつも通りの無表情。だけど不思議と彼女の表情がわかるようになってきた。私も慣れて来たとでも言うのだろうか。

 

 

「言わなくてもわかっていますよ」

 

「あらそうなの?なら、わざわざ言わなくても良いわね」

 

私がここに来た理由に心当たりがあるのかあるいは心を読んだのか…どちらでも良いが説明する手間が省けた。

「1ヶ月後には行ってもらうからよろしくね」

 

「ええ……ですがたった1ヶ月で新たな博麗の巫女が育ちます?」

「最初の方は貴女が退治してもいいのよ?」

 

「同族に同族を殺せと……」

酷い事を言っている自覚はある。私だって守るべき存在である妖怪を殺してほしいなんて言われたら渋る。

だけど退治が必ずしも殺し合いとは限らない。

巫女には容赦を無くしてほしいけれど殺戮の嵐をされても困る。要は程々にという事だ。

 

「退治は殺すだけじゃないわ」

 

「ですが…殺伐とした雰囲気は嫌いなんですよ。なんかこう…勝負事で勝ち負けを決めてみたいなこと出来ませんか?」

 

それは遊びのようなものかしら。一瞬閃いたものがあったけれどこれを実行に移すには幻想郷の妖怪や人間に賛同してもらうしかない。

かなり時間がかかるわね……

「いいのを思いついたわ」

 

「奇遇ですね。私もこの事についてはある程度考察していましてね」

 

へえ、前々から考えていたのね。面白そうじゃないの今度ゆっくりと聞きたいわ。

「後で聞いても良いかしら?」

 

「構いませんよ」

 

 

「なになに?秘密の話し合い?」

真後ろで声がする。

気配を勘付かれずに接近するのは上手いのだけれど…風上から接近したら匂いでバレちゃうわよ。

振り返らずに扇子をはためかせる。

「そこは風上よ。脅かすなら風下から接近しなさい」

 

「えへへ、忘れてた」

 

どうせ惚けているだけで実際はわざと風上から近づいたってことね。

全くこの姉妹は揃って変なことばかりやるのね。

「こいし、風上から近づくなら匂いくらい消しなさい」

なかなかの無茶を言うわね…匂いまで消すって相当難しいわよ。

まあ…まずそのような事をする利点が私達にはないのだけれどね。

こうして奇襲をかけるのは弱い者のする事であって私達のような力のあるものはその力で全てをねじ伏せる。

それが正しいかと問いて見てもそれは分からない。だけれどあまり賢いとは言えない。

だがこれは仕方がないのだ。力があるなら小賢しいことをわざわざする必要はないし感覚として出来ないのだから。

 

「不思議ね…」

 

貴方達ほどの妖怪なら絶対にこちら側と同じ感覚でしょうに……どうしてそのような行動になるのやら。

 

「紫、どうかしましたか?」

 

「何でもないわ…独り言よ」

 

やはりわからないものはわからない。

だけど全て分かってしまっては面白くない。

もっと楽しませてほしいわ。

 

「それで……お姉ちゃんは晴れて巫女となるわけか」

 

「こいし…どこら辺から聞いていたのよ」

 

「多分最初からだと思うよ?」

 

どうして疑問形なのかしら。

まあ……この子の場合は能力に自我が引っ張られているからあやふやになりやすいのよね。

「せっかくだし巫女服新調したら?」

 

「簡単に言うけどね…あれは神聖なものだからただ作ればいいってわけでもないのよ」

 

「それじゃあお姉ちゃんは神聖じゃないわけか」

 

「当たり前でしょう?それに神聖とは真逆の存在な私達が本気であれを着たら1週間で衰弱死よ」

あら、さとりはよくわかっているじゃないの。

巫女服は簡単には新調できないし魔除けの印が組まれているから普通のものは着れない。

「それくらい私が用意するわよ」

それも考慮して少し仕様を変えた物を渡すつもりだ。

ただ、あまり雑に作ると勘の良い者はニセモノとバレてしまう可能性があるので慎重に作らないといけない。

そのせいでまだ1着しかできていない状況なのよね。

補助の事を考えれば後2着必要なんだけれど…

「ありがとうございます。ところで、次期博麗の巫女は今どちらに?」

 

やはり聞いて来たわね。

これから自らが指導を行う相手なのだから知らせておかないとまずいわよね。それに向こうも誰に指導されるかはあらかじめ知っていた方が良いけれど…彼女が妖怪だと言うことは極力避けねばならない。特に彼女のサードアイは異形の証。

「今は私の家である程度の基礎を教えているわ。実戦的な事は靈夜から…貴女は彼女が慣れるまでの間の補助をしてほしいの」

 

無茶苦茶だとは思うけれど実戦経験も無しに初戦で殺されたら目も当てられないし博麗の巫女の存続が危うくなる。

人間側の最後の盾となるのが彼女たちなのだ。それがあっさりとやられたらバランスは崩壊よ。それだけは避けないといけないわ。

 

「分かりました……では一旦失礼します」

そう言い残してさとりは家の中に戻っていく。私も帰ろうとしたけれど一旦という言葉が気になってその場に残ることにした。

「お姉ちゃんって行動が唐突だからねえ……」

 

「貴女も行動が唐突よ」

 

「私は唐突じゃなくて予測できないようにしてるの」

それ自分自身も予測不能な行動したらダメじゃないの?確かさとり妖怪は不意に発生するものとか想定外の事態にすごく弱かったはずなのだけれどね。

「不意とかの多くは意識外での事象は意識に入り込んでくるから起こるものだからねえ…私達にとっては確かに危ないかな」

 

やっぱりなのね。

「…良いこと聞いたわ」

「あまり変なことしないでね」

気が向かない限りしないから安心しなさい。

 

そんな事を話していたら家からさとりが出て来た。なにやら荷物を持ってるけど…まさかもう移動するつもりなの⁈だがそれを止めようとあの鴉少女が後ろにひっついている。

「やめてくださいさとり様!」

 

「お空、大丈夫だから、ずっと向こうにいるわけでもないしこっちにだって戻ってくるわよ」

 

「ダメです!さとり様に何かあったら嫌です!」

 

あらら…揉めているようね。

「……じゃあお空、あなたも来る?」

 

「……‼︎」

 

なんか私が見守っている間に変な方向に話が転がり始めたわよ。

これはまずいわ。さとり1人なら兎も角鴉少女まで一緒というのは厄介よ。

「流石にその子を連れて行くのは無理よ。博麗神社は結界が貼ってあるのよ」

さとりのように外に妖力を出さないような芸当が出来るならともかくだけど、見たところではそんなことはできそうにない。

「神社の外で見守ってるからいいもん!」

だが彼女は食い下がってくる。

どれだけ頑固なのよ……

 

「お空……いくらなんでもそれは危険よ」

 

「でもさとり様だって……」

渋る鴉少女をさとりが抱きしめる。

「じゃあ、私が呼んだら来てくれるかしら?」

「どうやって呼ぶの?」

 

「そうね…笛を吹くから。そしたら来て」

結局笛の音が聞こえる距離にいる事で妥協するのね…甘いんだかなんだかねえ。

「紫もそれでいいですよね?」

 

ここまでなら反対はしない。

そもそも最初から反対を覚悟で言いだしたのだからむしろその少女の言うことは正しいのだ。

だけど正しいだけじゃこの世はどうしようもない。それも事実なのよね。まったく……世知辛いわ。

ってこれ元を正せば靈夜が原因じゃないの。仙人になったら文句言いましょう。

 

 

 

「へくちゅ!」

 

「靈夜?風邪なの?」

 

「違うわ。どこかの誰かが悪口言っているんでしょうね」

 


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