打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

13 / 58
いよいよ水曜日に最新刊、そして金曜日より映画が公開ですね!!!


第13話 僕たち高校三年生

 部活動休止期間はテスト一週間前とテスト当日だが、最終日はそれに含まれない。

 つまり、今日から部活再開ってことだ。

 

 

「皆さん、日程表は行き渡りましたね。さて、今日で中間試験が終わり、夏休みまでに残された大きなイベントは期末試験だけになりました」

 

 

 試験をイベントにカウントするのはやめていただきたい。

 

 

「我々吹奏楽部はこれからコンクールまでイベント参加の予定はありません。なので思う存分大会に向けた練習ができます。

 今年のコンクールで演奏する曲は、課題曲も自由曲も私と松本先生で決めさせてもらいました。課題曲は田坂直樹氏のマーチ『プロヴァンスの風』。自由曲は堀川奈美恵氏の『三日月の舞』です。どちらも難易度が高い曲となっていますが、これを完璧に吹けるようになれば全国への道は開けると思っています。

 そしてここからが重要なのですが、今年はコンクールメンバーをオーディションで決めることにしました」

 

 

 オーディションかあ。滝先生のことだしやるとは思ってた。全国を目指している限り、実力主義になるのは当然だろう。しかしながら、今までを覆されることに反対のやつもいるこって。うーん、無駄だって気付こうぜ。どうせ盛大な皮肉で返されるだろうし。

 

 

「でも先生、私たちは今まで学年順でコンクールメンバーを決めてきました」

「ええ、そう伺っています。でも今の顧問は私ですよ? 今までのことなんて関係ありません。それに、そんなに難しく考えなくてもいいんですよ。単純に三年生が一年生より上手ければいいだけですから」

 

 

 ほーらーやっぱりこうなるー。で、先生に質問です。と思ったら香織が先に手を挙げた。

 

 

「オーディションってどんなふうにやるんですか?」

「今から課題曲と自由曲の楽譜を配るので、その一部を演奏してほしいのです。オーディションでやってもらう箇所には印をつけてあります。ちなみに日程は期末試験前に二日に分けて行います。他に質問はありますか? 無ければ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーことでまずは曲聴いてみるか」

 

 

 ミーティングが終わり、今日の残りの時間は丸々パート練に費やされることとなった。先程楽譜とCDを頂いたので、オーディションの箇所を確認しつつ曲を聴こうと思う。

 

 まず課題曲。曲名にあるプロヴァンスというのはフランス南東部にある地方のこと。風はスペインから始まりプロヴァンスに行ってまたスペインに戻ってくる、という趣旨らしい。曲はスペイン風のファンファーレで始まり、前半はスパニッシュの情熱的なフレーズを繰り広げ、そこからフレンチの甘美な演奏に一変。そして最後にまたスパニッシュになる。

 次いで自由曲。作曲者は京都府出身の今を時めく女流作曲家、堀川奈美恵。この曲はとにかくかっこいい。堀川奈美恵といえば繊細かつ大胆な曲調が特徴的なのだが、この『三日月の舞』はまさにそうなのだ。前後半は力強く大胆に。中盤はトランペット、オーボエ、ユーフォニアムのソロをじっくりときかせる演出になっている。

 

 

 

「凄いですね……」

「難しそう……」

 

 

 ネガティブな意見が出るのも無理はない。先のミーティングで先生が言ってたように、難しいのだ。両方とも。それでもね、やるっきゃねえのよ。

 

 

「スコア見る限り、俺らほとんど全員受からないと結構厳しいぞこれ」

「うわー本当だ。めっちゃキビいじゃん」

「それじゃやりましょうか。全国行くんでしょ? リーダー」

「おう」

 

 

 

 

 

翌日――

 

 現在十二時三十七分。俺はいったい何をやらかしたのかわからないが、進路指導部長の先生に呼び出された。ついさっき、弁当箱の蓋を開けたと同時に放送を掛けられて職員室に向かう羽目になった。

 入口に掲示してある座席表で先生の居場所を確認してから向かう。クッソ、あの人お握り食ってやがる。こちとら腹ぁ空かせて来てるのに。お握りを持っていない方の手では何やらプリントを持っていた。

 俺が近付くと、まるでお握りに毒でも入っていたのかと思うくらいの渋面を向けてきた。

 

 

「黒田ぁ、これはいったいどういうことだ」

「取り敢えず食べてから話してください」

 

 

 飯食いながら話すあんたの方がどういうことだ、行儀悪い。

 飲み込んでお茶を一杯啜ってからもう一度同じことを言われた。音を盛大に立てて啜るなよ。

 手に持っていたプリントを覗き込んで質問に答える。

 

 

「模試ですか? 部活出たいので受ける気ありませんよ」

「進学クラスで模試受けないなんて聞いたことが無いぞ。部活で勉強時間取れないなら尚更受けておくべきだ。模試は最良の問題集だと言うしな」

「俺にとっては受ける価値ほとんど無いんですけど。家と授業で十分勉強量は確保できてますし」

「頼むよ、全国トップの生徒がいるって実績があれば学校の人気だって上がるだろう?」

 

 

 化けの皮が剥がれたなあ。北宇治の進学実績なんてたかが知れていると思うんだが、それでも成績優秀者がいるという実績は欲しいようだ。俺以外の人が成果だせるんだから良いじゃん。あすかとかさ。

 

 

「それなりの金額を出して長時間費やす割に、試験慣れ以外メリットが無いので受けませんよ。学校の偏差値的に考えて、俺だけの成績で生徒が釣れることはそうそう無いと思います。それに、ここ数年定員割れしてないんだから別にいいじゃないですか」

「ううん、確かにそうだが……」

 

 

 考え込まれてしまった。早く戻って昼ご飯食べたいんですけどー。

 頭の中で某駄女神の真似をして駄々を捏ねていると、三学年の教員のデスクの方から聞き慣れた声がした。滝先生と葵だ。意識を二対八の割合で殆どをそっちに割き、内容に耳を澄ます。

 

 

「……辞めたいと思います」

「理由はありますか?」

「受験勉強に集中したいんです。今のまま部活を続けていては、志望校に行くのは厳しいと思います」

 

 

 部活辞めるのか。葵は進学クラスの中でも優秀な方だと聞いたし、それなりの学校を志望しているんだろう。国公立か私立かは知らないが、このままだと部活が受験勉強の枷になることは確実だろう。

 晴香が知ったら、ショックを受けるだろうな。いや、もう知ってるのか? どうなんだろう。

 

 

「おい、聞いてるのか?」

「聞いてます。何か困ったことがあれば先生方を頼りますんで、大丈夫です」

「先生方としては、日本一の大学とか入ってほしいんだがなあ」

「自分の進路は自分で決めます」

「ああ、うん、そうだな。じゃあもう帰っていいぞ」

「はい」

 

 

 あっぶねえ、思わず部活の時並みの声量出すところだった。話し相手が滝先生や松本先生だったらヤバかったかもしれない。

 ってそうだ葵! そちらを見やると何やら書いているようだ。退部届かと思われる。待ち伏せでもしてみるかね。

 職員室を出て、廊下で葵が出てくるのを待つ。腹の虫が鳴るが聞こえないふりをする。だって意識したら余計鳴くんだもん。腕時計を見やると十二時五十三分。五時間目開始は十三時二十分だから、昼ご飯を掻っ込む時間はまだあるな。

 

 

「あれ、黒田くん。どうしたの?」

「葵を待ってたんだよ。ちょいと聞きたいことがあってな。歩きながら話そうか」

「いいけど。私に? 何かな」

 

 

 葵は俺と話すときにいつも少し顔を強張らせる。本物の天才への畏怖故に。多分本能的にわかっているからそうなるんだろう。しかし認めたくないからなのか、それなりに円滑な人間関係を維持するためなのか、その緊張を無いものとして対峙する。

 

 

「部活辞めるのか?」

「うん。受験勉強しなきゃだから」

「晴香には話したのか?」

「その心配? ……まだ話してないよ、ちゃんとは。辞めようと思ってるって話はしてたけど」

「どっちがメインの理由なんだ? 受験と去年のやつらと」

 

 

 ハッと息を呑むのが分かった。どうして去年のことが出てくるのかという動揺が伝わってくる。恐らく晴香と話している時も、滝先生に話した時も受験しか理由を挙げていないんだろう。どうしてそれを、と目で訴えかけてくる。

 見破られたとでも思っているんだろうか。あまり俺を見くびらないでほしい。俺は君たちと違う。

 彼女の疑問は俺にとってどうでもいいので口を噤んで質問の答えを促す。

 

 

「どっちも、かな。去年あの子たちが辞めるのを止められなかった私たちがさ、全国目指して頑張ります。なんて、そんな風に出来るわけないでしょ。一生懸命頑張ろうとして、一年生なのに三年生に抗議していたような子たちの気持ちをどうにもしてあげられなかった私たちが、そんなこと。私は他の人達みたいにやれないし、あすかとか黒田くんみたく特別でもないし強くもないから。

 これ以上部活をやっていても、得るものなんか私には何もない。あの子たちへの申し訳なさと自己嫌悪でいっぱいになっていく。受験勉強だってしなくちゃいけない。知ってる? 進学クラスの中で全国目指して部活やってるのなんて、私達三人だけだったんだよ。私は二人みたいな才能が無いから、どっちにしろ無理なの。オーディション前の今がちょうど潮時」

「そうか」

 

 

 人にはそれぞれ事情といったものがある。無暗に引き留めるなんて野暮なことはしない。今聞いたのだってただの興味故だ。聞きたいことが聞ければそれで十分。そのせいで返事が淡白になりすぎてしまった。

 しかし一つだけ気になることがある。思考の欠片がポロリと口から零れた。

 

 

「……なんであいつを、特別扱いするかな」

「何か言った?」

「え? ああ、一つだけ言っておくよ」

 

 

 田中あすかの才に打ちのめされても羨望ではなく、諦念しながらも嫉妬の感情を向けられる人への、俺なりの餞別。

 ま、これが彼女へどう作用するかはわからないけど。

 

 

「あすかは特別なんかじゃない。持ってる才能のカテゴリは葵と一緒だ」

「どういうこと……?」

「ちょっと言葉の使い方は違うが、葵は秀才なんだろ? そういうこと」

 

 

 目的地に到着したので、俺はそれだけ言うと教室に入った。

 葵が言葉の意味をわかろうがわからなかろうがどっちでもいい。言いたいことを言っただけだ。

 

 何か意味付けをするとしたら、きっと俺は知ってほしくて、わかってほしいのだ。俺の幼馴染は、天才でも特別でもないただの女の子だということに。

 そんなことを他人に期待するだけ無駄だと理性は判断しているのに、どこかの感情が訴える。

 この感情がおとなしくなってくれる時は来るのだろうか。

 

 

 

 

 昼休みの残り少ない時間内で弁当を胃に入れて、午後の授業を適当に聞き流すと来たるべき部活の時間がやってきた。

 音楽室にいる人は、当然のことながら普段より一人足りない。サックスパートの所に空席がある。パートの人たちは知らされていないのか、心配する声がした。わざわざ俺が伝えるほどのことではないし、先生か部長から告げられるだろうからそれを待つ。晴香は滝先生の所へ行っている頃だからもう聞いているだろう。

 と、思っているとちょうど晴香が音楽室に姿を現した。顔には悲しみと動揺が浮かんでいる。無理もないか。特段親しかったかは置いておいて、同じパートで頑張ってきた人がいなくなったんだ。余程冷淡な奴じゃない限りこうなるだろう。

 

 

「今日は全体練習ですが、その前にみんなに伝えることがあります。葵が、サックスパートの斎藤葵が、退部しました。先生によると、受験に集中したいからだって……。なのでこれからは今いる63人で部を運営していくことになります」

 

 

 室内に動揺が走り、サックスの辺りからは退部を嘆く声が聞こえる。どうにかできなかったのかと部長の名を呼ぶ声もある。

 おいおいそいつはお門違いだろう。他人の意思を説得して覆させるなんてことが許されるのは、少年マンガの主人公か涼宮ハルヒぐらいのもんだ。生きるための逃げはありありなんだ。過去の事と自身の才能に囚われていた葵が逃げ出したっていいじゃないか。引き留める権利なんか誰にもない。

 

 落ち着きがなくなった部員達をあすかが治め、今日の練習が始まった。殆どの部員はいつも通りだったが例外もいた。晴香と久美子は集中を欠いていて、先生に何度も注意される結果となった。

 晴香はわかるが、何故久美子まで? まあいいや。そのうちどうにかなるだろう。

 

 

 

 斎藤葵の退部という突然の出来事によるショックはかなり大きかったようだ。晴香は今日それ以降、ずっと下を向いたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。