打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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第14話 彼氏彼女の事情

 昨日の出来事によるショックにより、本日部長殿は休んだ。代わりに副部長であるあすかが滞りなく練習を進めていく。

 オーディションも控えていることから部員一同各々練習に励んでいる。人が一人いなくなったって、どうにか物事は進んでいくのだ。穴が小さければその穴はなかったことになるし、それなりの大きさだったとしてもどーにかこーにかして穴は埋まる。余りにも大きい場合は絶望と言う名のブラックホールになるだろうが。

 つまりほぼいつも通りというわけだ。

 

 部活が終わり、大体の部員が帰路につく。いつもは自主練に励んでいる人も今日ばかりは帰る人が多い。時期も時期な所為で雨が降っているのだ。勢いはそれほど強くないのだが、振り続ける雨によって水溜りが大きくなり過ぎないうちに帰るのが得策だろう。

 ということで、僕も帰ーろお家へ帰ろでんでんでんぐりがえってバイバイバイ。

 

 

「篤、晴香の所行く?」

「うーん。いや、行かない」

 

 

 香織からの問いかけに答えるためにスマホを取り出してLINEやメールを確認してみるが晴香からの連絡はない。頼まれていないなら、俺が晴香のところへ行く必要はないだろう。俺に尋ねてきたということは、少なくとも香織は行くだろうし。

 

 

「彼氏なのに?」

「彼氏だから」

「そっか」

「え、意味わかったの?」

「私にはわからない何かが二人の間にあるんだなってことがね」

「なるほど」

 

 

 二人にしかわからないことがある。というよりか約束、若しくはお願いが一つあるだけなんだけど。

 まあでも普通じゃなかったりするのか。恋人の元気がないのに何もしないっていうは。つってもそういうことになってるんだもん。

 

 

「香織は行くのか? 晴香の所」

「篤が行くならどうしようかなって思ってたけど、行かないなら行こうかな。何か伝えておくこととかある?」

「そうだな……。心配するから連絡は早めに寄越せって言っておいてくれるか」

「うん、わかった」

 

 

 香織は百点満点の微笑みに世界中の誰もを恋に落としそうなウインクと共に答えた。

 危ない。うっかり惚れるところだった。

 

 

「ところで、篤はこの後何か用事あったりする?」

「ああ勿論。アイドル達をプロデュースしたり、中国確率論の実践をしたり、艦隊バトルでピンチに陥ったりな」

「じゃあちょっと付き合って欲しいところがあるんだけど、良いよね?」

「ちょっと? 何がじゃあなの? そしてその詰め方誰かを彷彿とさせるんだけど」

 

 

 はあ。晴香だけではなく、ラブリーアワーエンジェルでありマドンナである香織までも俺に対してなんだかあすか化してきているとは如何なものか。あーやだやだ。素直なままでいてほしいものだね全く。

 一つ溜息をついてから話を進める。

 

 

「それで、どちらまでお供いたしましょうか? マドンナ様」

「うーんとね、晴香の家」

「……今なんて言った?」

「晴香の家」

 

 

 俺は行かないってさっき言うたやろがーい。

 しかし香織がボケたような素振りはない。俺の意見を尊重してくれた上でこんなことを言っているのならば、家の前までの付き添いってことでいいんだろう。きっと。

 それほど深い時間ではないが天候のせいで周囲はそれなりに暗い。学校から晴香の家までは遠いというほどではないが近いとも言えない。道中、念のための用心棒兼話し相手にぐらいなりますかね。

 

 どちらからともなく歩き出した。会話は無いが流れる空気はいつもと変わらない。あすかや晴香に比べるとこうして二人になる機会があまりない香織と俺だが、沈黙が苦にならない関係であることは確かだ。

 静かな雨が降る日はそれほど嫌いじゃない。日常に雨の音が加わるだけで、世界は途端に静謐さに満ちる。湿気で文庫本のページが捲りにくくなるのもまた一興。

 静かにたくさんの汚れを洗い、空気を洗う雨。空が泣いている様、なんてのはありきたりな表現であるし、小説の中では登場人物の泣きだしたい心を象徴するのにも良く使われる。もしかしてこの天気は晴香の心を表していたり……。なんてね。んなこと現実であってたまるか。

 

 

「今更なんだけど、聞いてもいい?」

「何を?」

「篤は晴香が部長で良かったって思ってる?」

「そいつはちと難しい質問だな」

「そうなの?」

 

 

 今は晴香が部長、あすかが副部長という形で部の運営が行われているが、元来晴香はリーダー気質ではない。むしろ人前に出てどうこうっていうのが苦手、とまではいかないが得意ではないのだ。

 そんな彼女がこの大所帯である吹奏楽部の部長だなんて、恋人として心配で仕方なかった。いや、過去形ではなく今もそうなんだけど。

 だから、そうだな。晴香の彼氏としては「よかった」なんて一概には言えない。んだけど、一部員としては晴香以上の適任者はいなかったんじゃないかって思う。あの時の部に必要だったのは、部を引っ張っていける存在じゃなくてさ、ちゃんと周りが見られてフォローができる存在だろ。それも損得勘定とか無しで行動ができるような人。部の雰囲気とか空気作りには部長って存在が大事だし、苦手なこととかは誰かが助ければいいだけだしな。

 

 

「つまり難しいって言うのは、彼氏としての意見と部員としての意見が違うから?」

「そゆこと。面倒な奴だろ? 俺」

「自分の事そうやって言わないの。色々考えて、その結果晴香を支えていこうって答え出せたんだから」

 

 

 うーむ諭されてしまった。あすかとも晴香とも違った意味で、やはり香織にも敵わない。

 ホント良い友達だわー。

 

 

「この方向で晴香のこと励ますのか?」

「うん。晴香はまだ自分が部長だなんてって思ってる感じがするし、今回の葵の件だって自分のせいだと思ってそうだからね。晴香は凄いんだよ、少なくとも上級生はみんな晴香に感謝してるんだよって伝えてあげたい」

「……凄いな、香織は」

 

 

 俺の呟きは届かなかったようで、彼女が言葉を返すこともこちらを向くこともなかった。きっと聞こえてても否定されていただろうが。

 でも本当に凄いことだと俺は思う。香織の、誰かを真っ直ぐに褒められて、誰かを勇気づけられる。言葉や想いを相手に受け入れてもらえるという所は。

 才能がある者()が下手にやれば(勿論下手を打つことなど有り得ないが)不信感を与えるばかりになる。このことがわかっていなくとも、他人のために行動を起こすことを厭わない心は真似できない。しようとも思わない。

 だから。

 今度は聞こえるように言おう。

 

 

「ありがとう」

「いえいえ、親友だもん」

 

 

 当たり前のように言ってくれやがって。こういう面が香織が香織たる所以だと思う。

 思わずふっと緩む口元を特に抑えずともいると、香織が突拍子もないことを言った。

 

 

「ごめん、ちょっとそこのスーパー寄っていい?」

「え、ああ、別に良いけど」

 

 

 いそいそと店内に入って行く彼女の後姿を唖然としながら眺めていると、やがて紙袋を持って、ほくほくとした顔で戻ってきた。軽いものではなさそうなので片手を差し出しソレを預かる。

 中身は何かを聞く前に、鼻腔を擽る匂いの正体の名を俺は口にした。

 

 

「焼き芋?」

「うん。食べたくなったの」

「……一応吹奏楽部のマドンナなんだよ?」

「マドンナだって、芋が好きなの。篤も食べたかった?」

「どうせないんだろ。いいよ、食いたくなったら帰りに買うし。つかこの時期でもまだ焼き芋売ってんのな」

「最近だと真夏でも売ってるお店もあるよ」

「マジか」

 

 

 焼き芋の話をしていると、ようやっと晴香の家の前に着いた。芋が入っている紙袋を香織に渡して、俺は退散するとしよう。

 ああ、その前に一つだけ。

 

 

「頼む」

「頼まれました」

 

 

 

 この後、晴香と香織がどんな話をしたのかはわからない。香織が伝えようとしていたことは聞いたけど、思い通りに話が進んでいる保証なんて無いしな。

 結果がどうなったのかというと、翌日部長は無事部活に復帰して部員たちの前で改めて決意表明をしてくれた。これで一先ずは部全体がコンクールに向けて尽力できるようになるだろう。俺も俺の目標のために色々頑張っていくかね。

 演奏面はともかく人間関係の面では面倒が発生しないで頂きたいのだが、部活に励む高校生たちが面倒を生み出さない訳が無いんだよなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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