打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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お待たせいたしました。


第15話 オーディション&結果発表

 オーディションは二日間に分けて行われる。一日目は金管楽器。二日目は金管以外。ちゃんと言えば、木管楽器とパーカッション。あとコンバス。音楽室に一人ずつ呼ばれ、顧問と副顧問の目の前で指定の箇所を演奏することとなっている。

 そして今は、オーディションが始まるのを今か今かと待っている状態である。

 大事なひと時の前の時間の過ごし方とはやはり個性が出るものであると言えるだろう。ある者は手を組んで祈り、ある者は不安な個所を何度も練習し、またある者たちは談笑する。

 各々自由に時間を過ごしているが、共通したものがある。それはこの後発生するイベントに対して、とても緊張しているということ。

 大抵の人は緊張を悪いものだと思い、取り除こうと躍起になるが、緊張は悪いものではないのだ。細かいことは忘れたが、緊張や気合などが高すぎず低すぎず程々であればパフォーマンスのクオリティはもっとも高くなるという実験結果もある。それに以前小説で読んだ中に「緊張とは相手の存在を強く意識することで生じる」とも書いてあった。もっとも、この言葉を言っていたキャラクターは茶人であったが。いやしかし我々音楽を奏でる者も届かせる相手がいるという点に変わりはない。なのでここでこの言葉を思い出すことは悪くないだろう。

 

 

 

 

「黒田先輩なんか喋ってくださいよ。普段喋る人がこんな時に喋ってないと余計緊張してくるじゃないですか」

「おまーらが緊張して各々何かやってるから気ぃ使ってたんだろうが。つーか俺がすごーくお喋りみたいに言うのやめてくんない?」

「事実じゃないですか」

「いや違うだろ」

 

 

 開始数百字会話が無かったネタばらしでした。俺だって気を遣えるんだよ。うーん、これじゃあ俺が普段超マイペースで傍若無人なやつみたいだな。そんなことないそんなことないそんなことない。よしこれで大丈夫。

 ちなみに俺は全然緊張してません。だって普通にやれば受かるし。猪熊の柔ちゃんだって試合前全然緊張してないでしょ? それと同じようなもんよ。

 ちらと腕時計を確認すると、パート毎に提示されていたオーディションの時間が迫ってきていた。しかし人数がやたら多いのが吹奏楽部の特徴。時間が守られるなんて思っていない。あくまで目安だろう。なんて考えていると、教室の扉が開かれた。

 

 

「しつれいしまーす。次パーカスです」

「まさかの時間ピッタリ」

「流石滝先生」

「さすたき」

 

 

 なんか俺の思考移ってねえ? 流石滝先生からのさすたきは完全に俺の移ったよね? なあナックル。あと、時間ピッタリって言ったのも俺じゃないんだよ。沙希なんだよ。三年生俺の影響受け過ぎか。

 何故かパーカスの順であることを伝えに来てくれた一年生にはちょっと引いたような眼で見られたんだけど。呆れられたのかなぁ? なんだこいつらって。にしてもちょっと傷つくぞ。

 

 

「えーっと、誰からだっけ。俺から?」

「あんた緊張感なさすぎでしょ。黒田、ナックル、私の順番。ほら行った行った」

「へーへー、押すなって自分で歩けるわい」

 

 

 促されるままに音楽室に向かう。向かうといっても我がパートの練習場所の隣の教室なのであっという間だ。俺の前に人はいなかったが、演奏を行っている音がする。

 待っている間に掌をグーパーグーパーして調子を確かめる。うん。ダルくもなんともないな。

 オーディション真っ最中の音を何となく耳に入れながら、手慰みに手首のストレッチをしたり指を回したりした。関節がコキコキ鳴る感覚が心地良い。ただ、あんまりやると痛くなってしまうので程々に。

 頭の中でざっと曲の流れを反芻し終わった頃に扉が開いた。よし、じゃあこれからパーカッションパートのお時間ですぜ。

 

 

 

「失礼します」

「学年と名前を」

「三年、パーカッションパート、黒田篤です」

 

 

 音楽室に入ると手前に楽器があり、その奥には滝先生と松本先生が机を並べていた。どうやら二人掛かりでテストをするらしい。

 

 

「黒田くんは経験者でしたね。確かそれなりに長くやっていますよね?」

「あ、はい。幼稚園の時にはもうやってました。暫くは独学でしたけど」

「ほう。それはすごいな。期待しているぞ」

 

 

 プレッシャー掛けんといてください松本先生。いやまあ全然大丈夫なんですけどね。期待されるのとか超慣れてるし。

 

 その後、指示されたいくつかの箇所を演奏していった。俺の時間が長かったのか短かったのか、わからない。どっちにせよ手応えは感じているので恐らく大丈夫だろう。

 結果発表は期末試験後に行われる。つまり吹奏楽部員達はオーディション結果を気にしてソワソワしながら試験を受けなければならないのだ。人によっちゃ精神状態ボロボロじゃねえかよ。そんなことを言ったって、ギリギリのスケジュールなのだから仕方がないのだがね。

 

 ギリギリスケジュールのせいでテスト一週間前にようやっと休みをもらえた我々であるが、成績を気にする人はそれより前からちゃんと勉強を始めている。というか、日頃の積み重ねみたいなところがあるのでわざわざ始めるまでもない人だっている。例えば、俺の幼馴染とかな。

 いつも通り他人に勉強を教え、提出課題を埋めて部活の無い一週間と数日を過ごす。

 テストが実施される期間はさっさと帰って趣味に没頭するための時間だと俺は思ってる。ゲームしたり、録りだめたアニメを見たりして過ごす。良い子は真似しないように。

 

 ということであっという間にテスト最終日の放課後でございます。

 部員一同は音楽室に詰め込まれ、結果発表を今か今かと待っている。しかし聞こえてくるのはどぉーでもいい馬鹿話やテストの話題など。事前打ち合わせがあったのかと思うほど、六十人以上いる部員の誰もがオーディションの話題は避けて話をしている。

 そりゃそうだろうなあ。誰だってこのあと地雷になりそうな話題を振るわけがない。

 などといったことをボーっと考えていると(特技)副顧問:松本美知恵先生が音楽室に入ってきた。一瞬にして空気がピリリと引き締まる。

 

 

「オーディションの結果を発表する。ここで名前を呼ばれなかったものは、次回からBメンバーの合奏に参加するように」

「はい!」

「合格者は全部で五十四名。呼ばれたものは大きな声で返事をするように」

「はい!」

「また、この結果に異議を唱えることは許さない。我々は実力でメンバーを判断した。それだけは理解するように。わかったか」

「はい!」

 

 

 俺も声出してたけどさ、何これ軍隊!? 軍曹先生が仕切るとこうなるのかよ。心なしか全体的にいつもより声大きかったしね。

 結果は恐らくオーディションを行った順に発表された。

 誰も彼も他人の結果を気にすることはない。出来ないといった方が正しいか。どんな人間でも、今この時ばかりはエゴイストになる。

 当然だろう。Aメンバーに入ろう努力しようとするのも、結果を受け止めるのも全部自分だ。他者に押し付けることなんかできない。

 松本先生の口から自分の名が呼ばれるまで、或いは呼ばれないことを認識するまでの時間はひどく落ち着かないことだろう。もっとも、自らの実力が認められると信じて疑わない人間も少なからず存在しているが。

 

 オーディション合格者の名前が次々と呼ばれていく。喜ぶ者、悲しむ者、悔しがる者、様々だ。

 受かった者同士が喜びを分かち合う様子も見られなければ、受からなかった者を他者が慰める様子だって見られない。

 受からなかった者はこの場における敗者である。敗者に慰めの言葉を掛けることなどできない。憐れみの視線を送ることなどできない。意識していないことを意識させることも許されない。勝者と敗者の間に蟠りを作らないようにするためには、何もしないことしかできない。

 

 五十四名の呼名が終わった。受かって当然だろうと思える人もいれば、頑張ったんだなと思える人もいた。

 実力があれば誰がAメンバーだろうとどうでもいいが、三年生が全員受かっていてほっとした。それは今まで一緒に頑張ってきたから、なんてことではなく、最上級生の最後の出番を下級生が奪ったとなれば、それはそれは大きな軋轢が生じることとなっていただろう。そんなくだらないことで俺の夢への道に障害が出来なくてよかった。

 

 いや待て。厄介事を招く可能性があるものの、未だ発表されていないことが一つある。曲中にあるソロパートの担当者だ。なかでも飛び切り隠館厄介的存在になりそうなのは、言うまでもなくトランペットパートだろう。

 実力的に香織と麗奈が有力候補なんだが、顧問たちの選択は如何に。

 

 

「トランペットのソロパートは高坂麗奈に担当してもらう」

 

 

 途端に教室中がざわついた。ざわつかせているのは周囲だ。いつだって騒ぎを大きくするのは部外者なのだ。

 その証拠に、件のパート内で口を開いたのは麗奈だけだった。ただ一言冷静に、はい、と返事をした。

 

 こりゃちいと、面倒事の予感? やれやれだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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