オーデションによりコンクールメンバーが決定して数日。ここまではまともに部活動が行われていると言ってもいいだろう。
指導された内容が以前よりもコンクールの結果に直結するのだから、滝先生の指導にも部員たちが応える音も当然力が入る。どこからどう見ても、理想的な大会に向けて部活に励んでいる様子だ。
しかし、悲しいかな。それはあくまで表面上のことである。本当に表面だけではなく、多少は深いところまで思いはあるけどね。
表面上と言ってしまう理由は、オーディションの結果に不満がある部員は当然いるということだ。自らのことなら実力なんかいくらでもわかっているから文句は言わない。滝先生と松本先生は至極公正に判断をしたとわかる。今まで聞いてきた音を思い出して検分してみたら、よくわかった。俺の主観でしかないかもしれないが、生憎と耳も記憶力も良いんでね。
自分の事については結果を甘んじて受け入れられる。ならば他人のことだったら? それも愛してやまない最上級生のことであれば、どうなるだろうか。
「なんで高坂がソロなんですか。ソロは絶対に香織先輩が吹くべきですよ!」
「優子ちゃん。もうオーディションで決まったことだから」
「でも……!」
パート練の間、水を飲もうと廊下に出た帰りにこんな会話が聞こえてきた。自由曲にあるトランペットのソロ奏者にどうやら吉川優子は不満たらたららしい。それを香織が宥めているが、なーんか違和感あるんだよなあ。
オーディションで決まったこと。それはいったい誰に向けた言葉なんだろう。思いをぶつけてきた優子だろうか。それとも言わずとも不満を抱えている人達に向けてなのか、或いは未だ納得しきれていない自分自身なのか。
まあなんにせよここで俺が出ていくのはよくない。単独行動を愛する者が故に身に付けたステルス性能を活用して教室に戻ろう。
優子の熱弁が香織以外の部員に届く度、不満の声が大きくなってゆく。不満因子の芽は小さいうちに摘み取るべきだ。しかしあまり急いて摘んでしまっては根が残る。ボイコットを花とするならば、誰かが滝先生に不満をぶつけるのはつぼみが膨らむ頃。出来ることならその前に問題達を根絶やしにしておきたい。
さて、いつ動こうかな。
*
数日後。
部活の終わり際のことだ。Aメンバーのサポート業務をしてくれているBメンバーの一人が、一枚のプリントを見て先生と話している。
「先生、ここに書いてある毛布って……」
「ええ。毛布です。皆さん家にある、使っていない毛布を貸してほしいんです」
にゃんですと? 毛布? 何、ここで合宿でもすんの?
一瞬でアホなことを考えてしまったが絶対違うな。多分あれだろ。教室中に敷いて音を吸収させる的な。
小学生の時、卒業式の呼びかけの練習で言われたなあ。当日はお客さんの服に音が吸収されるから大きい声でって。
資金が潤沢で設備が充実している私立高校とは違い、資金も設備も場所もネームバリューもない弱小公立高校が本番に近い環境で練習できる機会は限られている。だからアナログなやり方でどうにかやり繰りするのだ。
練習は本番のつもりで。本番は練習のつもりで。
俺的名言が多い作品ランキングトップの宇宙兄弟でビンスさんも言ってたもんな。
先程の先生の言葉が本日の部活終了の合図だったらしく、次いで晴香が締めると少し空気が弛緩した。
噂大好き文句大好き手が出る前に不満が出る。そんなホルンパートの人たちがなにやら集まって内緒話をしていた。つっても容易に聞こえるんだけどね。
「高坂ってラッパの?」
「はい、ララ聞いちゃいました……」
ナニを聞いちゃったんですかねえ。
一層声を潜めてやがったので詳細は聞こえなかったが、良いことでないというのは断言できるだろう。
いったいどんな内容なのか、ちょっと考えてみよう。
高坂麗奈+トランペットソロ+現在の部の状況+内緒話+野次馬根性+……=?
さて、?にあてはまることは何かな。
…………うっそだろおい。マジで? まさかアレなのか。つかアレだったらどうやってその情報入手したんだよ。でもそこって関係……、あーありそうだな。なんかかんかあってもおかしかねえや。そして理由だとみなされるよなあ。
おいおい、もしこれを優子が知ったらどうなるんだよ。
いや、どうもこうもないな。過程はわからないが結果は考えやすい。ならさっさと動いておくべきだろう。但し藪蛇るのは避けたいので優子が知ってから。
勿体つける必要もないな。優子はこれからホルン’sのところに行くに決まってる。
―――――――――――――――――――――――
「香織先輩のっ、香織先輩の夢は、絶対に叶うべきなんです!」
あれれーおかしいぞー?
すぐに動き出せるんじゃなかったのかよ俺。なんで優子と香織の後を付け回してんのかな?
簡単に言うとあれだな。タイミングを逃した。よってこんなストーカーじみたことを……。
結果的に後輩ちゃんの熱い思いも、先輩の我慢している様も再確認できたからそこは良いんだけども。
「私はもう納得してるから。だからみんなでコンクールに向けて頑張っていきましょう? ね、篤」
ビクンチョ。うっそ、バレてたのん?
しゃーねえ。誤魔化しもきかないだろうし、出ていくしかねえか。
「え、黒田先輩!?」
「ったく、いつから気づいてたんだ?」
「公園に着くちょっと前にね。どうしたの?」
「ああ、いや、優子と話がしたいと思ってたんだが、なんかタイミング逃しちゃって」
二人が不思議そうな顔をした。そりゃそうだろうな。香織に用があるってならまだしも、あまり関わりのない後輩に、と言ってるんだから。
「私に用ですか? 香織先輩じゃなくて」
「ああ。てことで、ちょっといいか」
「……篤、私そういうのはよくないと思うの。晴香っていう恋人がいるんだしさ。晴香悲しむよ」
「いや香織さんいきなり何言って……、アホか違ーわ! 部活の話! なんでここで色恋ボケぶっこんじゃうんだよ」
加えて香織がそんなボケをしてきたことにも吃驚だわ。
全力でツッコむと、てへぺろ、とでも言うように片目を瞑って横ピース。なんだろう、多分それ葵が一番似合うぞ。全然想像つかないけど。
マドンナの盛大なボケで話がそれた。仕切りなおすようにわざとらしく咳払いをする。
「あー、えっと、それで話なんだが、」
一瞬香織に視線を向けた。内容に入る前に行っておこう。
「香織いると話しずれえんだけど」
―――――――――――――――――――――――
香織には先に帰ってもらい、話す場が整った。
近くにあった自販機で珈琲とリクエストされた炭酸飲料を買う。
「ほい」
「ありがとうございます。いくらでしたか?」
「いい、いらん、これぐらい奢らせろ。先輩にカッコつけさせろ」
金銭のことだからか渋る彼女に、今度お前が後輩に奢ってやればいい、と財布を収めさせた。
なんかまだ難しそうな顔をしているが、そんなに俺といるの嫌なの? ごめんね。
話の切り出し方をどうしようか考えていたら、先に優子の口が開かれた。
「先輩、なんであんなこと言ったんですか」
「自覚させて抑えさせなきゃ、お前は動き続けるだろ」
あんなことというのは、香織に去り際、俺が掛けた言葉のこと。まあ優子なら突っかかりたくなるだろうなあ。「音に本音ダダ洩れ」って言ってれば。
でもなあ、優子だって俺が言った意味絶対わかってるぜ? だからこうして言ってきたわけだし。
「俺が言いたかったのはな、香織が納得できてねえってことが、わかるやつには伝わってるってことだよ」
だから目の前にいる彼女は動いているんだ。そのことにきっと香織は気づけていなかった。自己中なんかが理由じゃなくて、ただ自らのことに囚われているから。
優子の言動が今のように部を不安定にさせる大きな要因になっていることは確かだ。
だったら、部の状況を変えるにはその芽を摘むしかない。納得できていない香織という根っこも共に。
根っこを取り除くには、気づかせるしか方法がなかった。だから言葉を用いるほかなかった。
「伝わったらどうなるっていうんですか。何かダメなことが起こるんですか」
「香織先輩カワイソウって雰囲気が作られてる。そんな状態で全国なんか目指せるかよ」
優子は驚いた顔をした。香織が同情されるような雰囲気を作り出す原因が、自分だったことに気付いていなかったからだろう。
他者にカワイソウと憐れまれる状態にする。
それは相手を貶めていることと変わらない。大好きな先輩を自分が貶めていたなんて想像もしていなかったはずだ。
でも、と彼女が口を開く。香織がソロパートの担当者にならなかった理由を探して足掻く。
気付かないのか。もしかしたらと幻想を抱いて足掻くほど、そこにある現実を見たときに惨めになることに。
「滝先生が高坂を贔屓した可能性だってあるんです。先生と高坂は以前から交流があったって噂が出てます。それに、今回のオーディションそのものが高坂をソロに据える為のものだったってことも」
「そんな可能性があると信じてるのか?」
「それはっ……」
言葉に詰まったということはつまり、問いかけへの答えがNOであるということ。
後輩女子に対してあまり好みのやり方ではないが、ここで畳みかける。
「大体、贔屓するんだったらもっとやり方があるだろう。態々オーディションなんて開いて松本先生と二人がかりで決めるより、最初から独断と偏見で決めると宣告した方がマシだ。もしオーディションで麗奈が結果を出せていなかったらってリスクを回避するにはそうすべきだ。でもそうじゃない。実力で評価されている。大体のパートで下克上が起こってるのがその証拠だろう。それにな、よっぽどの阿呆じゃなきゃ音聞いてりゃわかるだろ。どっちの方が上手くて、全国を目指すならどっちが適任かなんて」
「そんなことはわかってます! 香織先輩より高坂の方が上手いのも、本気で全国目指すんだったら高坂じゃなきゃダメだってことも、私の方がずっと聞いてるからわかってるんですっ!」
言葉を遮られ、言葉の強さで思い知る。全身から溢れる気持ちをぶつけられて思い知る。
俺は吉川優子が頭の良い子だと思っている。きちんと周りを見て考えることができる子だと。しかし香織が関わると暴走するところがあるから、この件に関してかなり視野が狭くなっていると思っていたんだがな。
「すまん。見くびってた。だいぶ意地悪なこと言った。悪い」
謝罪の意を込めて頭を下げると、スンと鼻をすする音がした。思わず顔を上げると、優子の目が潤み、目尻が光っている。
ヤバい。思ってた以上にやり過ぎた。感情が昂ってる時にあんな畳みかけ方したら泣かれるって予想はついただろうに、俺。
涙は流れていないようだが、ズボンのポケットから取り出したハンカチを差し出す。
「悪い。泣かせるつもりはなかった」
「別に泣いてないからいいです。ちょっと目にゴミが入っただけです」
「目にゴミ入ったなら涙でるだろう。ああそうだ。そのうち涙流れるだろうから、そん時使ってくれ」
「じゃあティッシュがいいです。鼻かみたいので」
「ではこちらをどうぞ。お嬢様」
ハンカチを仕舞って、芝居がかった言い回しでティッシュを渡した。
優子は静かに鼻をかんで話をもとに戻した。もうちょっと落ち着いてからの方が俺の精神衛生上いいんだけどな。
「せんぱい。私、やっぱり香織先輩にソロ吹いてほしかったです。ずっと頑張ってきてて、でも去年の人たちの所為で報われなかったから今年こそはって思ってたのに」
今年こそはコンクールメンバー。それは殆どの三年生が思っていたこと。滝先生が空気を変えるまで居座っていたクソどもの所為で、実力があろうとなかろうと人手不足のパートじゃない限りAに行けなかったから。
「楽譜のソロの所に、絶対吹く! って書いてあったんです。それに、今でも個人練でソロの所吹いてるの聞くんです。私、もう、本当に悔しくて。香織先輩がソロ吹けないことが」
俺の目をしっかりと見据えて彼女は言った。
「私は香織先輩に諦めて欲しくないんです」
ふっと自分の口元が緩むのがわかった。香織は幸せ者だなあ。こんなにも慕ってくれる後輩がいるなんて。
無理矢理大人ぶって、それが正しい判断だって思い込もうとするのをわかってくれる。よっぽど理解しようとしなけりゃ、諦めて欲しくないなんて言えないんだ。
「優子が望まなくても、香織は諦めきれるわけないんだよ。それはオーディションに不満があるわけでも、まして同情されたいわけでもない。ただ納得してないからな、自分に。でもちゃんと納得して諦めなきゃどうしようもない」
「諦めない為の方法はないんですか」
「ないな。ソロを諦めなかったところで何かが解決するわけでもないし」
諦めるという言葉の主語を変えればあるけどな。しかし優子が望んでいるのは、あくまでソロを担当できなかったことについてだ。こればかりは時間が全てを風化してくれるのを待つよりない。
ソロを諦める方法はないと断ずれば、優子は何を望むのだろうか。それとも足掻いて諦めない方法を模索するんだろうか。
「じゃあ、黒田先輩。香織先輩が、納得することを諦めない為の方法はありますか。無理に納得したことにしない為の方法は」
「それなら多分あるよ」
「本当ですか!?」
「多分だけどな。俺もその方向で考えてたし、最適解が出たら動くから」
うーん、やはり優子はある程度まで期待しておいていい子だな。
滝先生の判断を覆そうと意固地になるんじゃなく、判断を受け入れるためにはどうしたらいいか、に考えをシフトさせられる。代替わり後には大きな戦力になってくれるだろうなあ。まだ気が早いか。
俺のお話しはどうやら成功したようだ。彼女はもう、前を見据えて動こうとしている。
「これから私、どうしたらいいですか」
「そうだなあ。なあ、十月末まで香織と演奏したい?」
「はい。勿論」
「はっは。だったらさ、その為にすべきことを考えてみればわかるさ。お前、Aメンバーだろ」
十月末は全日本吹奏楽コンクール全国大会が行われる時期。そこまで三年生と吹くためには当然、京都府大会と関西大会を突破しなければいけない。その為にすべきことは一つだ。
意味を察した優子は、近所迷惑にならない程度に声をあげてくれた。
「はい!」
活動報告におまけ話を書かせていただきました。もしよければご覧ください。
今話は一期の山場でした。一期分はこれから良いテンポで投稿できるはずの予定です。多分(汗)。気長にお待ちください。
京都アニメーション第一スタジオが放火テロの被害に遭ってから17日が経過しました。亡くなられた35名の方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
Twitterでも何度かご冥福をお祈りする旨の言葉を発しました。折に触れて何度でも発します。今回はこれがテロが起こってから一発目の投稿となりますので記させていただきました。この作品の原作である「響け!ユーフォニアム」は京都アニメーションさんがアニメを制作されましたことから、発しないわけにはいかないと私の中で決めていましたので。
件のテロに関しての情報が出る度、私は悲しみに暮れ、犯人への怒りを募らせてしまいます。ですがいつまでもそうしてはいられません。
京都アニメーションの復活の為の支援をすること。復活を待ち続けること。彼らがどれほど素晴らしい作品たちを作り出してくれたかを沢山の人に知ってもらうこと。ファンができるのはきっとこれくらいです。やれることをやっていきませんか。