打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

19 / 58
立宇治のDREAM SOLISTERは目が潤んだ。本当にありがとう。


第18話 人間は考える葦である

 高坂麗奈は贔屓されていたのか説の検証から一夜明け、部内の雰囲気はどうなっているかといえば、最悪というより他ないものだった。

 その影響を受け、予想通り予定されていた合奏練習は全てパート練習か個人練習の時間となった。個のレベルアップは当然課題だが、夏休み直前でコンクールがいよいよ目前に迫って来ていることを考えれば合奏練習で全体をまとめあげていってもらうのが確実だろう。

 

 この事態を防げなかったことに溜息をつきたい気持ちはどこかにぶん投げたのでもういいとするが、不満がボカーンと爆発した現在の部の状況には溜息をつくどころか頭を抱えたくなる。

 一度隙を見せたら気の済むまで徹底的に叩いて良し。そんな奴の指示は仰がなくて良し。こう言いたげに練習をしない部員が増えた。まあ最初の合奏を経るまでに比べれば、まともに練習をしている部員が多いけれど。

 疑惑が膨れ上がるのに対し、滝先生は口を噤み続けた。何も言わない態度は疑惑を肯定しているように思われ、不満の声は止まることを知らない。

 はあ。文句言ってるやつら全員にこう言いたい。最近図書館戦争を読んだお陰で俺の中にちょっとトレースされた彼のように、「アホか貴様ら!」って。

 滝先生がどれだけ部活に時間費やしてくれてると思ってるんだよ。聞いた話が混じってるから強く言えないけど、部員の中には超早朝に来ていたり、夜遅くまで残ってやっている人がいる。部員がいるなら顧問はいるはずだし、現に先生は部員が学校に残っている間はずっといるらしい。それに、HRの時間にバタバタと教室に来たときは大抵吹奏楽の指導に関わる何かを抱えている。

 私情バリバリ挟み込んで贔屓なんかするような人の行動じゃないだろ、どう考えても。

 滝先生が卓越した指導力を持っていることは、四月から五月にかけて部員全員これでもかってほどわかってるだろう。

 

 

 

 その日俺は、退屈な座学の授業をすべて聞き流し、部の今後を考えた。

 部内の雰囲気を改善するための最適解はなんだ。最適解までのアプローチはどうしたらいい。

 考えることはそれだけじゃない。

 香織に納得してもらう方法も導き出さなければいけない。時間が無いから、両立する方法をひとつ実行するしか策がない。

 香織には納得して吹けるようになってほしい。どうすれば彼女は納得できるのか。どうすれば結果を受け入れられる。どうすれば前を向いてくれる。

 

 統合して考えよう。

 部の空気が悪くなった要因は? 滝先生が一生徒を贔屓したという噂が流れているから。

 どうしてそんな噂が流れるようになった? 高坂麗奈がソロを担当することになったから。

 何故麗奈がソロだと贔屓の噂が流れる? ソロを吹くべき人物は別にいると考えられているから。

 ソロを吹くべき人は麗奈ではない? ソロを吹くべきはずっと頑張ってきた三年生だから。

 

 ここぐらいでいいだろう。さて、何故このような結論が出てきた?

 これは考えるまでもないか。偏に【情】である。昨年の惨劇を知っている上級生なら当然だ。俺が割り切れているのは、夢の実現に邪魔なものを切り捨てているから。

 ならば周りにもそれを要求するか? 自分たちで決めた全国大会出場の目標を達成するには、麗奈でなくてはならないと判断してもらえれば。

 

 いや、わざわざ判断してもらうまであるだろうか。

 確かに香織の演奏技術は優れている。特に最近は、悔しい気持ちが練習意欲に繋がって更に上手くなっている。強豪校と呼ばれる、大阪東照、明静工科、秀塔大付属、立華あたりでも十分コンクールメンバーになれるレベルだろう。

 しかし麗奈はその上を行く。今例として挙げた学校でもソロを務められるレベルだ。二人の実力を比べるなら、音大の一年生とプロぐらいの差がある。圧倒的に麗奈が上だ。

 待てよ、実力を知らないことはないか? 俺はよくパート練の間ふらふらしていたし、耳も良いから十分聞こえている。が、普通ソロでもない限り個人個人の音を他パートの部員が把握しているだろうか。

 

 

 ぐるぐると頭の中を思考で埋め尽くしていると今日の授業が終わった。開きっぱなしのノートには俺の思考が完全にアウトプットされている。字ぃ汚えなあ。

 HRが終わると習慣のように音楽室へと足が向かう。どうせパート練だし、まずは脳みそ休めるか。室内にパートメンバーは誰もいなかったので、腕時計のタイマー機能をセットしてから少し寝る。アラームが鳴ったら起こしてくれ、との書置きがあるので大丈夫だろう。椅子にどっかりと深く腰掛け、腕を組んで瞼を下した。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 ガタガタガタ! と椅子が揺らされ、沈んでいた意識が一気に上昇してきた。

 眠りが浅かったのでこれだけで起きられたようだ。熟睡してたら震度三ぐらいの地震でも俺起きないからな。震度四だと流石に飛び起きたけど。

 パートの誰かが起こしてくれたんだろうと思って振り返ると、晴香だった。なんで?

 

 

「なんで部活中に寝てるの」

「俺が来た時はまだ始まってなかった。んで、何の用ですかな。部長」

 

 

 今の部の雰囲気の中、部長が練習をせずに他のパートに来ているというのはあまりよろしくない。だとすればそれなりの理由があって来ているんだろう。

 

 

「えっとね、パートリーダー会議しようと思って。今の空気、どうにかしなきゃいけないから」

「会議するからパトリ集めてんの? 俺最後だったりする?」

「ううん、むしろ最初というか、意見聞きたいなっていうのも兼ねて」

 

 

 それならなぜ俺だ。普通に考えれば相談相手は副部長のあすかだろう。

 というか、この状況でパーリー会議なんて案が浮かんだ時点で俺が何と言うかぐらい予想がついているだろう。

 疑問を一緒くたにして一言だけ尋ねる。

 

 

「なんで?」

「篤の力を貸して欲しいの。部の空気が悪くなってるのはわかってる。でも私だけじゃ、どうしよう、とかどうにかしなきゃ、ばっかりでちゃんとした案が出てこないから、それを形にする手伝いをしてほしい。出来るでしょ、篤なら」

 

 

 真っ直ぐに目を見つめてきて、淀みない口調で晴香は答えた。

 出来るでしょって、断定するとか俺の影響受け過ぎだろ。

 一旦区切っただけで言葉はまだ続く。

 

 

「最初はあすかと相談しようと思ったの。けどあすかって、自分の不利益にならないことだからあんまり動こうとしないんだよね。でも篤にとっては違う。だから」

 

 

 だから俺に言った。だから手を貸して欲しい。

 どっちの意味だろう。どっちでもいいさ。晴香が俺を頼ってくれていることに変わりはないんだ。

 俺にとって重要な事実は一つだけ。名探偵のコナン君だって言ってる。真実はいつも一つだってね。

 

 自分の目が弓なりに細められたことに、視界が若干狭まってから気づいた。

 返答と共に別の言葉も漏れる。

 

 

「オーケーわかった。今回はちゃんと頼ってくれるんだな」

「だって、これが篤が言うところの最適解でしょ?」

「はっは、違いねえ」

 

 

 パート練習の場をこれ以上侵食するのも如何なものかと思ったのでパートメンバーに、ちょっと出てくると言うとここでやっていいと言われたので甘える。

 まあ結構ここで話してからだから今更か。それでも手短に済ませよう。

 

 すべきことは俺が意見を出すことじゃない。晴香の意見について考え、どう形にするかだ。何故・何を考えるには問いかけるのが一番いい。

 まずは直近の情報を整理する。

 心理学の世界では、意識せずつくられた感情は理解できるが理由がわからない。

 ならば意識して作られた感情ならば、理由がわかるのだろう。

 

 

「部の現状を作り出しているのはどんな感情だ?」

「オーディションへの不満だよね。特にトランペットのソロについて。というより、滝先生への不満?」

「先生個人への不満というより、下した決定への不満だろうな」

 

 

 その上で打開策を考える。

 感情をつくる刺激(=理由)を排除する。

 

 

「決定したことへの不満が原因なら、もう一回オーディションをしてもらう、とか」

「そこまでする時間はないだろ。出来たとしても、件のソロだけじゃないか?」

「そうだよね。どうしたら……」

 

 

 二人でそろって考え込む。

 俺はふと、今更かとも思える疑問に当たった。そういえばこれを考えていない。

 右手で口元を覆ったまま話しかけた。

 

 

「なあ、今更なんだが、オーディションそのものに不満抱えている奴っているのか?」

「オーディションそのもの?」

「ああ。『なんで自分が落ちてあいつが受かったんだ。先生はちゃんと審査したのか』ってのとか、この他人バージョンとかは出てきてないのか? ペットの問題が浮上する前に実力での選出に疑問を唱えた奴はいるのか?」

 

 

 少なくとも俺は知らない。それは全員が全員納得できているからなんて綺麗なことではなく、受かった人間の方が演奏技術が上だと受け入れ切れているからだろう。本当かどうかは、ちょっと置いておいて。

 部外のこと、オーディション外のことがコンクールメンバー選出に含まれた、なんて考える人は一人もいなかったろう。

 だったら方法がある。やっと煮詰まってきやがったぜ、俺の脳みそ。

 

 

「いないと思う。殆どは予想通りだったし。誰が上手いとか、誰は微妙とか、そういうのって聞こえてくるから。自分の事だったら、一応その楽器を初心者の一年生だって三ヶ月近くは滝先生のもとでやってるんだし、わかるからね。疑問も不満も出てないよ。あ、あくまで私が知ってる範疇だけど」

 

 

 晴香がこう言うならその通りなんだと信じよう。

 もともとの性格に加えて部長という立場。小笠原晴香以上に部員の様子を見てる人間なんているもんか。

 信じる根拠なんて、うちの部長への信頼で十分だよ。

 

 

「じゃあそこだ。それ言えばいいんじゃねえの、パーリー会で」

「えっ、会議やっていいの?」

「会議っつーか、連絡程度で。部長の決断を伝えるには取り敢えずこれが効率良いんじゃねえの。今日はもうパート毎で散ってるわけだし」

「わかった。パートリーダー呼んでおくから、いつもの教室行ってて。さっき見たら空いてたから。集まり次第やろう」

 

 

 言いながら足早に晴香は去って行く。

 俺のジョブに一区切りついた感じか? 思惑が伝わったんなら後で口出す必要も無いな。

 あれ、俺、考えながらだったから結論をえらい雑に伝えちまったよな……。

 

 

「おい晴香っ! 俺さっき言葉スゲーはしょったけど」

「大丈夫。わかってるよ」

 

 

 慌てて声を掛けた俺が惨めに感じるくらい、穏やかな声で言われた。

 ああ、ダセえ。

 

 

「さすが篤の彼女だな」

 

 

 中途半端に廊下に身を乗り出したところへ、室内から淡々と告げられた。

 まったくだ。そう答えた俺は、呆けた顔で人通りの少ない放課後の廊下を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。