打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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第2話 なんかユーフォっぽいんだよ

 吹奏楽部に与えられている部活動勧誘のためのスペースは校門の所にある階段だ。何故ここなのかは知らない。以前生徒会の友人に聞いてみたが、今まで不都合が起こったことがないのでずーーっと前の人が決めたままでやっているらしい。つまり、なぜここなのかは結局わからない。

 

 先に音楽室でチューニングを済ませてから来た……ことにはなっているが実際はチューニングなんてほとんどされていないだろう。今年入ってくる1年がこの歪な空間に馴染んでしまわないことを切に願うばかりだ。

 

 

(たく)は今日吹かないのか?」

 

 

 目の前を歩いていた大柄な男子に声を掛けると、彼はその身体にまったく似つかわしくないポップな看板をもっていた。

 

 

「今日はチューバ1人だけでいいので……。てか先輩、その今にも吹き出しそうな顔やめてください」

「くくっ。だって卓それ、似合わねえぞ。絶対梨子(りこ)が持った方がいいって」

「俺も何度もそう言ったんですけど、あすか先輩がしつこいので」

「あー。乙」

 

 

 

 あすかの指示に従わされてる男子生徒の名前は後藤卓也(ごとうたくや)。低音パートの副パートリーダーである。チューバを担当している2年生。

 

 会話の途中に出てきた梨子というのは、卓の彼女で同じく2年のチューバ吹き。ちなみに名字は長瀬(ながせ)。決してT○KI○ではない。今日チューバを吹くのは彼女だけらしい。低音パートにはもう1人中川夏紀(なかがわなつき)というユーフォ奏者がいるがまだ見かけていない。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 卓と取り留めのないことを話していると吹部用のスペースについていた。既に新入生がちらほらと見えるが人数がぐっと増えるのはこれからなので大丈夫だろう。てかなんで初日だからってこんなに早く来んだよ1年生! 俺なんか家近いからってギリギリまで寝てたぞ。

 

 

「それじゃあ各パート指定の位置に着いたら用意してください」

 

 

 部長の指示に対して返事がないことに未だに眉を顰めざるをえない。どうにかしたかったなあ、などと思いつつ楽器の用意をする。パーカスは流石に音楽室で使っているものをそのまま持ってくるわけにはいかないので、マーチング用のものだったりする。肩が凝るからこれを使うのはあんまり好きじゃない。

 

 ある程度用意ができた所で指揮者であるあすかが道を行く生徒達に声を掛ける。

 

 

「新入生の皆さん、北宇治高校へようこそ! 輝かしい皆さんの入学を祝して」

 

 

 よく通る声と共に振られた指揮棒が紡ぎだす音は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメだこりゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開始して間もなく、経験者(?)の1年生にこう言われてしまうほどのものなのである。

 

 

 

 

~*~*~*~

 

 

 

 

 やっぱりあれはひどいよなあ。高校じゃあ吹部入るのやめよっかな。……でも見学行っといてそれもなあ。

 

 

「どーしよ」

「何が?」

「うええ!? なんでもないよ」

「そう? 私楽しみなんだ。中学の頃、吹部の子たち大変そうだったけどすっごく楽しそうで。テニス部引退した後は高校入ったら吹部入ろうってずっと思ってたもん」

葉月(はづき)ちゃん楽しそうですね。やはり音楽とは素晴らしいものなのです。音楽の魅力に取りつかれた人は、さらに誰かを音楽の虜にしてしまう。(みどり)はそう思います。だから2人とも、3年間頑張りましょうね!」

「うん!」

「あーうん。そうだね。頑張ろう」

 

 

 葉月ちゃんも緑ちゃんも楽しそうだなあ。音楽、好きなんだなあ。………私はどうなんだろう。

 

 

 

 

「えっと、ここかな」

「音楽室って書いてあるしそうだと思うよ。楽器の音も聞こえるし」

「うわーすごーい」

 

 

 ドアのガラス越しに中を覗く葉月がトランペットやりたいんだ、などと言っているのをぼんやりと聞きながら無意識のうちにユーフォを探す。

 あった。銀色のユーフォニアム。なんかかっこいい。

 

 

「うわあああ!」

 

 

 葉月の叫び声で我に返るとドアの向こうにはなぜかキス顔をした人がいた。確かさっきユーフォを吹いていた人。

 

 

「あれ~? もしかして君たち見学しに来てくれたのかな? さっ入って入って。Come on,join us!」

「ヤバ……キレー」

 

 

 その呟きに思わず心のなかで頷く。憧れていた高校生ってこんな感じだったなあ。

 

 

 

「さささあ、これが我が校の吹奏楽部です。君たちが見学者第1号。記念に飴をあげちゃおう」

「ども。すみません」

 

 

 真ん中にいた葉月が飴を受け取ると

 

 

「へ? うわあああ!」

 

 

 て、手首外れっ……と思っていると制服の袖から手を出して種明かしをしてくれた。と思ったら後ろから伸びてきた手に頭をはたかれてしまった。

 

 

「何やってんだ」

「あーすーかー」

 

 

 

 

~*~*~*~

 

 

 

 

「いったあ。もう、何すんのさ」

「それこっちのセリフ」

 

 

 早々に新入生ビビらしてどうすんだドアホ。つかなんで俺が悪いみたいになってんだ。明らかに悪いのあすかだろうが。

 

 

「新入生が怖がっちゃうからあんまり話しかけないようにしようって決めたでしょ」

「ええー」

「早速おびえてるよ。ごめんね。ゆっくり見て行ってね」

「よろしくー」

 

 

 せっかく来てくれた娘達にいたずらを仕掛けやがった不届き者は、駄々を捏ねながら晴香に連れていかれてる。

 

 

「悪ィな怖がらせちゃって。お詫びに未経験者らしき真ん中の君にいろいろ解説をしてあげよう」

「ありがとうございます。でも、なんで私が未経験者だってわかったんですか?」

 

 

 ふふんと鼻を鳴らしニヤリと笑みを浮かべて答える。その問いを待ってたよ。

 

 

「俺得意なんだよ。楽器当て」

「そうなんですか。じゃあ、緑はなにやってたと思いますか?」

 

 

 おぉうふ。随分と積極的だなこの娘。口元に手を当て、前に見たマンガのセリフを思い出す。小さい人ほど大きい楽器をやりたがると。

 

 

「弦バス」

「おおー正解です」

「指、ボロボロだもんな。結構やってるとみた」

「はい! 中学から始めたんですけど、練習すごくて」

「そうかそうか。高校でもやんの?」

「やりたいです! 緑コントラバス大好きなので」

「頼もしいなあ」

 

 

 笑いながら緑の頭をわしゃわしゃと撫でていると真ん中の娘が目をキラキラさせている。

 

 

「そういや名乗ってねえな。俺。そして名前聞いてもいない。申し遅れた。3年でパーカス担当の黒田篤。よろしく」

川島(かわしま)緑です」

加藤(かとう)葉月です」

黄前久美子(おうまえくみこ)です」

「緑に葉月に久美子な。覚えた」

 

 

 最近キラキラネームなんつーのが流行っていると聞くがやっぱあんまりいないもんだよなあ。

 

 

「緑ちゃんさらっと嘘ついたよね」

「ついてません。緑というのが緑の名前です」

 

 

 ??? どういうこっちゃ? 川島クン。

 

 

「緑ちゃん本当はサファイアって名前なんですけど、自分の名前嫌いみたいで」

「さふぁいあ? ちなみにどういう字?」

「緑に輝くで緑輝(サファイア)です…………」

 

 聞いちゃダメだったかこれは。名前ってかなりデリケートなことだもんな。サファイアって普通青じゃねえのってポ〇モンの知識を思い返すが何も言わないでおく。

 

 

「く、黒田先輩。久美子の楽器当てがまだですよ」

「あぁそうだったな。んーと、ユーフォ」

「なんでそんなすぐわかるんですか!?」

「だってなんかユーフォっぽいんだよ。うん。久美子はユーフォって感じがする」

「どういうことですか。地味って言われてるようにしか思えないんですけど」

「褒め言葉だよ」

 

 

 この娘にはユーフォやってほしい。ユーフォっぽくないけど誰よりもユーフォニアムが好きな()()()のいい刺激になってほしい。

 

 

「なあ久美子。今朝吹部の演奏聞いてたよな?」

「は、はい。聞いてました。暴れん坊将軍のテーマですよね」

「そーそ。あそこまではっきり感想言われたの初めてだったから久美子のこと覚えちゃってたんだよ」

「感想……? あっ」

 

 

 なん……だと……。自覚していてもなかなかに心を抉ってくる言葉を無意識で言っていたのか。恐ろしい子!

 

 

「感想って久美子なに言ったの?」

「えっいやぁそのぉ~」

「『ダメだこりゃ』って目の前で言ってきた」

「先輩!」

「今回は水に流すけど、もうちょい頭ん中で考えてからもの言うようにしろよ? そのうち困るぞ」

「気をつけます……」

 

 

 

 

 一通り後輩で遊んだ後に音が止む。今日は粘った方か。

 

 

「篤。そろそろ合わせるよ」

「音合わせてからにしてくれ」

「チューニングしたぞ」

「テメエんとこが一番音あってねえの多いんだよヒデリ。割合でいったらホルンが全滅。お前らいい加減出来るようになれよな」

「ずっと1年生と話してたくせに適当なこと言わないでくれる?」

「全滅してるって言われてんのに口答えしてくるその根性は恐れ入った。どんだけずれてるか教えてやろう」

「ちょっと篤」

 

 

 

「いーんじゃない? 今更そんなことやらなくても」

 

 

 傍からすれば火に油を注ぎかねない。というか大量の水素で充満した部屋に火炎放射を放つような言葉だが、俺は笑ってそれに賛成した。相変わらず周りどうでもいいんだな、あすか。

 

 

「はっ、そーだな。晴香。練習始めてくれ」

「え、うん」

 

 

 ビリビリした空気の中、唐突にドアが開かれる。

 

 

「すみません。入部したいんですが」

 

 

 入ってきたのは他とは違った空気をまとった美少女だった。


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