長期休暇目前、再度二者面談の時期である。そう再度……さいど……はいっサイドチェスト!
正直、受験生でも部活がしたい! 明確な進路は未だ描けてないので。
面談の相手は当然クラス担任の滝先生。出来ることなら、部活関係のお話がしたいなあ。
そろそろ面談の時間なので、部活を抜け出し職員室へ向かう。
丁度前の人が終わったところらしく、入れ違いで部屋に入った。
「失礼します」
「どうぞ、そちらへ。黒田くんは、模試を受けていないので何とも言えませんね。希望進路は前回から変わっていないようですが、君なら大丈夫かと思います」
「そうですね。一応模試受けた人に問題見せてもらったんですけど、あの程度なら」
ちなみに、問題を見せてもらう代償として模範の解答解説を提示させられている。配布冊子の内容よりもわかりやすいと評判らしい。
「進路指導の先生から、なんとしても良い大学に進ませろ、なんて言われている身としてはありがたい言葉ですね。まあ、そんなことに縛られる必要もありませんが」
相変わらず毒舌だなこの人。
いや、うーん、相変わらずなんだけど、どこか違っているような……。
自分で言っておきながら、話の流れとは別の所で違和感を覚える。
あまりにあっさりとした面談を畳まれる前に、俺はその違和感を口にした。
「先生、なんだか疲れてませんか?」
一度目を瞬かせると、普段通りの柔らかな笑みを作られた。
「毎日皆さんと同じように部活をしていれば、私だって疲れますよ。歳を重ねると、どうも体力が回復しにくく」
「そうではなくて。勿論そういった疲れはあるんでしょうけど、俺が言いたいのは今のソロの騒動に関してです」
答えを探している気がした。あの日からずっと。
これに気が付く生徒は俺しかいないだろう。
先生は大人だから、本音を隠すことに俺達よりもずっと長けている。でも、今本音を隠されるわけにいかない。
交じりっけなしの真剣な気持ちを眼に込め、先生の眼を見つめる。彼は仕方ないとでも言うように短く息を漏らした。
「誤魔化しても、黒田くんの目を欺くことは出来そうにありませんね。恥ずかしながら今までこれほど部活の指導に懸命になったことがないので、どうしたらいいか悩んでいるんですよ」
今までは形だけの顧問だったり、音楽に関係していない部の顧問ばかりだったので。
彼はそう続けた。部員の理解を得るのがこれほど難しいこととは、とも。
口を噤み続けていたのはこういうことか。
策も無いまま言動を起こせばそれはそれで不信感を招くし、疚しいことの弁明と捉えられかねない。だから方法を模索している間、何も言わなかったんだ。
「【誰か】のことだから、こうなってるんじゃないすかね」
気付けば俺は、表し方に困っていた解を口にした。
数学の解を順序立てて記述していくように。
「部長が言ってたんすよ。それぞれのパート、自分たちのことだったら受かった理由も落ちた理由もわかってるんだって。決めたのは先生方っていう【誰か】ですけど、決められた対象は自分たちのことだから。
でも、パートが違えばそれは、【誰か】のことを【誰か】が決めたってことになる。どっちも自分以外の【誰か】だからわからないんすよ。【誰か】のことはわからないから、どっちもわからない。
だから、これが【誰か】のことじゃなくなれば、変わると思います」
「それはつまり……?」
「すいません。ここまでしか出せてなくて。じゃあどうすればってところまで出てないんです」
「そんなことはありません。私はとても大きいヒントを頂けました。ありがとうございます」
軽くとはいえ教員に頭を下げられて慌てる。クソみたいなプライド持たれているよりマシだけど、凄く調子が狂う。
慌てた理由はそれだけじゃなくて、というか、むしろもう一つの方がメイン。そのせいで本当に居た堪れない。
じゃあどうすればいいかって結論が出ていないってのが嘘なんだ。もう一度トランペットのソロオーディションをやってもらえばいい。部員全員の前で。
表し方に困っていたというのは、これの実現方法。流石に真っ向切って「もう一度オーディションをやってください」なんて言うわけにいかないだろう。
俺だってね、敬意を払うべき人間にはちゃんと払うし、そういう人の顔を立てようって気概はあるんだよ。
滝先生と松本先生なら俺がこんなことするまでもないと思ってるけど、念のため。
そろそろいい時間だ。話すべきことも話したいことも区切りはついたな。
「さて、次の人が来る時間が近付いてきていますし、終わりましょうか。言うまでもないことと思いますが、次の合奏までに出来る限り仕上げておいてくださいね」
「はい。では、失礼しました」
面談を終えて職員室から退散する。なんで職員室ってあんなに留まりたくないって思わされるんだろうね。生徒除けの結界でもあんの? ってレベル。
無想使ったらどうにかなんないかな。結界師の読者なら、一度は無想に挑戦したことがあると思ってる。ソースは俺のみ。根拠弱すぎるだろ。
面談の時期は基本的に午前授業。昼食はとうに胃に収めているので時間はたっぷりある。
予想が付くから何もしてこなかったが、一応あいつの動向でも調べに行くか。
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「ホルンもクラも完全に集中切れちゃってるし」
「不信感の塊だから」
「パーリー会議で部長が言ってくれたみたいだけど、みんな先生のこと信用できないみたい」
俺が本来向かうべき音楽室を通り越したくらいから、目当ての教室より話し声が聞こえてきた。真面目な人たちだし、今は休憩時間なんだろう。
しかしあいつの声が聞こえないってことは、無駄骨だったかな。
「あすか先輩は……」
「だね! あすか先輩なら、みんなのことのせてくれそう」
「そいつはどうかな」
「黒田先輩!」
なんだなんだ幽霊でも見たような顔しやがって、後輩たち。まあ俺本来ここにいるはずないし、当然っちゃ当然の反応なんだけどね。
お決まりのことのように卓が疑問を投掛ける。男子同士だし一番交流有るしで適任だわな。
「何してるんですか」
「あいつ探しに来たんだけどさぁ、いねーみたいだな」
「あすか先輩ですか? ちょっと出てくるって言ってたんですけど、どこにいるかまでは」
「そうかあ」
ふーむ、本当に無駄骨だったか。つってもうちのパート練の教室とそんなに離れてないから大したロスでもないか。
頭をガシガシと掻きながらどうしようかと考える。まあ家帰ってから尋ねるでもいいや。
「黒田先輩って、あすか先輩と仲良いんですか?」
「んお? ああ、幼馴染だよ」
俺のあすかに対する呼称でそう思ったんだろう。俺はどうも野郎とあすかに対しては口調が雑になるらしく、名前で呼ぶことも少ない。
それでも異性の幼馴染としては良好な関係を保っていると言えるんじゃないか。お互いに音楽に携わり続けているから必然的に良く話す。勉強を教えることもある。加えて、田中家の家庭環境もあるだろう。
「幼馴染なんですか!?」
幼馴染。というものに一際食い付いてきたのは質問者の葉月ではなく、サファイア川島。興奮のあまりグングン距離を詰めてくる。近い。超近い。それに目がすごーくキラキラしている。
俺とあすか。そして幼馴染。何に食い付かれたのか散々覚えはあるんだが、冷やかしの感情は一切見えない。それどころか……なんだこれは。憧れ?
「もしかして、お二人の間にLOVEの感情があったりするんでしょうか?」
やはりか。この質問(の体をした冷やかし)には慣れている。が、なんだろう。マジで純度100%だから嫌悪の感情が湧いてこない。
確か上の代の阿呆があすかにこれを尋ねたことがあるらしいから、二年生組はこれが禁句だと知っている。俺達の逆鱗に触れることだと。
「川島!」
逆鱗に触れられたあすかがどんな反応をするのか知っているならば、俺の反応も察しが付くはずだ。
卓が珍しく声を荒げて緑の好奇心にブレーキを掛けさせた。
でもまあ、今回は悪感情が出てこない。事実を述べ、警告をするだけで十分だ。
構わない、との意思を込めた掌を彼らに向けてから、背の低い緑になるべく威圧感を与えないために背中を丸めて話す。努めて穏やかに。
「俺とあすかの間に恋愛感情はないよ。今までもこれからも、絶対に。家族同然の存在だからね。恋や愛でまとめられるほど単純な関係じゃないんだ。だから頼む。もうそれは、言わないでくれ。俺にも、あすかにも」
ああ、結構低い声で言っちゃったな。怖がらせてないかな。
ちょっとおどけて言葉を付け足す。
「幼馴染だからって、確実に恋に落ちるわけじゃないだろ? その逆も然りだ。ほら、そこの仲睦まじいカップルの出会いはここだぜ」
「はっ、そうなんですね! 後藤先輩と梨子先輩の出会いはここ。ということは、部内恋愛!」
「先輩ぃ、なんでこっちに振るんですか」
「いいじゃん別に。何か否定することがあるならどーぞ」
「この人に色々相談してたのが間違いだった……」
「おい卓聞こえてんぞ」
ワイワイと賑やかなノリになっていく。よかった。
あまり長居するのもよろしくない。そろそろ退散するかね。
「後藤先輩はなんで黒田先輩に恋愛相談してたんですか?」
「後藤が相談できる相手って、黒田先輩ぐらいだからじゃない? 彼女持ちの部員なんて殆どいないしね」
「黒田先輩も彼女いるんですか?」
「ああ、いるよ」
ちょっと待て。卓たちに話をやったのに、なんだかおかしな流れに……。
名前は出してくれるなよ、と二年生組にアイコンタクト。卓以外に話した覚えはないけど一応三人ともに。
これで大丈夫のはずだったのに、THE・ユーフォニアムの彼女が口を開く。
「確か晴香先輩と付き合ってるんでしたよね」
クレ556でも吹きかけたらいいんじゃないかってほど、首がギギッと動いた。
おい久美子、何故、
「何故貴様が知っている?」
「えっ、えーっとぉ、秀一が、言ってて、その……」
よし、秀一今度殴る。殴らなくとも何らかの制裁はする。ベラベラ人の秘密を喋るバカがあるか。
さて、久美子はどうしようか。流石に女の子を殴るわけにはいかない。あ、そーだ。そういえば、この子らはあすかの話をしてたよな。あすかならこの状況をどうにかしてくれるかもって。
時計を見やると、そんなに時間は経っていなかったようでやはりまだ余裕がある。
ドアの向こうをビッと指差し、久美子に指令を下す。
「久美子。あすかを探してらっしゃい」
「ええっ! なんで私が」
「だーまらっしゃい。本人がわざわざ言いふらしていないことを勝手に言った罰だ。ちなみに、異論反論抗議質問口答えは一切認めない」
「横暴だ……」
「一応言っとくけど、ちゃんと意味あるからな。久美子相手ならあすか色々話しそうだし、それ聞いてきな。当事者以外で、一番騒動の中心に近い一年生は久美子だろ。無駄じゃないはずだ。行ってくれるな?」
最後に飛び切り邪悪な爽やかスマイルを向ける。矛盾してる? してないしてない。
「じゃあ、行ってきます……」
トボトボと歩いていく久美子を送り出したので、やっと音楽室へ帰ろう。
その前に一つ言っておこうか。
「低音パートの諸君。いっこ忠告な。あすかに期待しすぎるなよ」
「どういうことですか?」
「はっはー。そのうちわかるさ。じゃあな、お互い励もうぜ」
背中を向けながら右手を振って立ち去る。
そろそろ真面目に練習するか。
なんだか今日の内に事態が動き出しそうな予感がする。
この予感を信じて、コンクールの為に俺が出来る限りのことをしよう。
アンケートの方、締め切らせていただきました。
僅差で知りたいに投票してくださった方が多かったので、ここで紹介します。
名前:黒田 篤 (くろだ あつし)
性別:男
年齢:十八歳
誕生日:6月24日
血液型:A型
身長:176cm
体重:63kg
担当楽器:パーカッション
好きな色:黒、紺、灰
趣味:アニメ観賞、読書、ゲーム
特技:論理パズル、麻雀
好きなもの:甘味、コーヒー
嫌いなもの:ネバネバした食べ物
座右の銘:努力こそ自信/現実主義者かつ理想主義者であれ
イメージCV:杉田智和