打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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第20話 TryAgain

「合奏!?」

 

 

 俺がパート練に戻ってから暫くしたころ、各パートを周っているらしい部長に告げられたのはなんと、これから合奏をするということだった。

 

 

「ちょっと待て、今のまま合奏したってどうしようもないだろう。なんでそんな案が出てくるんだ」

「勿論、今の状態のままやるんじゃないよ。みんなに少し話をして、それから」

「話って、それでどうにかなるのか?」

「どうにかする。その為に集まってもらうの」

「んな無茶苦茶な」

 

 

 晴香の暴論に思わず頭を抱える。

 今後の展開がどう転ぶかわからないけど、きっと良いほうに転ばせるってか。不確定すぎるだろ。

 でも、お上さんの決めたことだしなあ。従うしかないのか。

 

 

「合奏は何時から?」

「二時半からやる予定だけど、その前に話をしたいから早めに準備しておいて」

「了解」

「なんでそこで話し進めてんだよ」

 

 

 俺がうんうん唸っている間に、副パートリーダーである沙希がことを進めていた。あの、パートリーダー俺なんですけど。

 

 

「部長がどうにかするって言ってるんだから、止める要素ないでしょ」

「それはそうなんだが……。部員全員に、いったい何を話す気なんだ?」

 

 

 部長が動く打開策には何があるか。さっき頭をギュルギュルと回して思い当たった。

 部員の不満を部長を通して正式に先生へ伝えること。

 しかしこれはあくまで現状打破であって、そもそもの解決にはならない。ああでも、先生の思考の材料にはなるか。

 しかし、もし部長が出した解がこれじゃなかったら? 違う解は出てこない。だから違ったら大きなロスになる。それは駄目だ。

 

 

「私にしかできない話をする。あすかより篤より頼りないけど、私は部長だから」

 

 

 はぐらかせないでくれよ。俺が何も言えなくなる。

 

 

「だからその内容は」

 

 

 ああ。俺の悪癖が出ている。

 この俺が想定できないことをしようとされると、何か口を挟もうとする。知らないことはとても怖いことだから、知って安心したい。知っているならそこからの振る舞いが考えられるから。

 人間はもとより未知のものを恐れるものである。こんな逃げ口上はいらない。ただただ俺が未熟なだけだ。

 畜生、わかっているのに止められない。

 

 

「黒田、過保護過ぎ」

「うぐっ」

 

 

 流石俺の補佐役。ちゃんと止めてくれた。

 パート内諸君、部長。悪いが、俺のペースを取り戻すのに付き合ってくれ。

 

 

「だっ、誰が過保護だ」

「いやあんためちゃくちゃ過保護でしょ。なんだかんだ心配しがちなところが」

「あーわかる。用意周到というか、ただの超心配性?」

「石橋を叩いて、不安だったら壊して自分で造ったものをまた叩きまくってから渡る感じですよね」

「造りなおすときは石じゃない材料使って物凄く丈夫なの造りそう」

「あーもうー止めてくれー!」

 

 全部のコメントスッゲー刺さる! めちゃくちゃ痛い! 漫画だったら吹き出し全部刺さってる感じ。ウニフラッシュがグサグサグサって。石橋の比喩わかりやすすぎるし、本当にその通りだわ。

 篤、と晴香が俺を呼ぶ。とどめか? 止めを刺す気なんだな?

 

 

「そんなに信頼できない?」

 

 

 止めを刺された。

 決まりが悪くなって、そっぽを向いて答える。

 

 

「んなわけあるか。……俺が阿呆なだけだ

「後半、何て言ったの?」

「なんでもない、俺が悪かった!」

 

「黒田って結構小笠原にデレデレよね」

「まあ、告ったの篤からだし」

 

 

 聞こえてんだよ、お前ら。今回は聞き流す。

 俺の超心配性の所為で時間を喰ってしまっていそうだ。部長殿を解放して差し上げなければ。

 

 

「二時半、より前だな」

「うん。よろしくね」

「そりゃこっちのセリフだ。頼むな」

 

 

 晴香の頭に手をやって、髪が乱れないように注意しながら二、三度動かした。

 癖だったはずなのに、そういえばしばらくぶりの感触だ。

 

 

「あんまり期待しすぎないでよ。困ったら、どこかの天才に助け求めるから」

「はっは。そうならないことを祈ってるよ」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 午後二時半の少し前。普段であれば、合奏前なんだから各々音出しをしていたり楽譜の確認をしていたりするんだが、今日は違った。

 以前のようにくっちゃべってるってことではない。指揮台の上の人間に注目が集まっているのだ。Bメンバーの中でも特に緊張感の無い者は、声量を抑えながらも話し続けているようだが。

 不快感を掻き立てられるが、部長が話し出すまでは何かすることもあるまい。

 

 

「はい。えっと、もう少ししたら先生が来ると思うけど、その前にみんなに話があります。瞳さん聞いて」

「はい……」

 

 

 黙らせんの早え。話し手が注目集めてからの方が、やっぱり効果的だよな。

 何事もなかったかのように、強い意志を持った口調で彼女は言葉を紡ぐ。穏やかで優しくて、でも芯があって強い声。この声好きだなあ。

 

 

「最近先生について、根も葉もない噂をあちこちで聞きます。そのせいで集中力が切れてる。コンクール前なのにこのままじゃ金はおろか、銀だって怪しいと私は思ってます。一部の生徒と知り合いだったからといって、オーディションに不正があったことにはなりません。それでも不満があるなら、裏でコソコソ話さずここで手を挙げてください。私が先生に伝えます。

 オーディションの結果に不満がある人」

 

 

 なるほど、こう来たか。俺の出した解と一緒だ。俺だとこの言い方は出来なかったな。

 しかし誰も手を挙げねえな。優子が切り込み隊長になるかと思ったが、その様子はない。

 ファーストペンギンはここにいないようだ。ならば、俺が成るべきだろう。

 滝先生はここにいない。部長もわかってくれる。だったらこの振る舞いも許容されるよな。久々の悪役(ヒール)だ。

 

 

「はーい」

 

 

 教室内がざわつく。

 あー驚いてる驚いてる。予想外だろう、俺がオーディションの不満を訴えるなんて。

 あいつはどうだ? 一瞬驚いたな。でももう答えに辿り着いたか。面白そうな顔すんじゃねえよ。こっちまで笑いそうになる。

 

 

「お前ら不満無いの? 俺はあるよ。全国目指してやるっつってたのにさ、こんな状況招いちゃって。不満無いわけないだろ」

 

 

 本気っぽくするために若干の苛立ちを滲ませて演じる。この苛立ちはゼロから作った虚構の感情じゃない。「アホか貴様ら!」って思ってた時の感情をそのまんま移行してきた、リアルの感情だ。

 まあこれ、詭弁なんだけどな。見事に騙されてくれちゃって。

 誰かが行動してくれたなら、二人目以降の個人は霞む。一人目が目立てば目立つほどに。光が強ければ影は濃くなるって、黒子っちが言ってた。

 

 パラパラと、いや、続々と手が挙がってきた。そろそろ俺は下してもいいだろう。パーカス一番後ろだから目立たないし。

 それでも部長は指揮台で全体を見ているから気が付く。おっと危ない。

 ゆるゆると下ろしていた右手の人差し指を立てて、唇の前にやる。リアクションを起こすなよ。他の人に気付かれちゃいけないんだ。

 

 大方出揃ったのではと思われたぐらいに、音楽室の戸が開かれた。滝先生だ。

 

 

「今日は随分静かですね。この手は?」

「オーディションの結果に不満がある人です」

 

 

 誰かが応えた。

 それから、先生は穏やかに話し始める。

 

 

「今日は皆さんに、一つお知らせがあります。来週ホールを借りて練習をすることは伝えていますよね。そこで時間をとって、希望者には再オーディションを行いたいと考えています」

 

 

 おおマジか。思うようにことが運ばれてくれて嬉しい。

 ここから期待を寄せるべくは香織だな。香織自身のプライドに賭けるしかない。

 

 

「前回のオーディションの結果に不満があり、もう一度やり直して欲しい人はここで挙手してください。来週全員の前で演奏し、全員の挙手によって合格を決定します。全員で聴いて決定する。これなら異論はないでしょう?」

 

 

 問いかけの体を成していながら尋ねちゃいない。この提案に異論があるやつがいれば、そいつの顔を拝んでみたいが当然いないようだ。

 沈黙は肯定である。数秒待って誰も喋らないのを確認すると、先生は訊いた。

 ラストチャンスだ。食い付けよ、香織。

 

 

「では、再オーディションを希望する人」

 

 

 カタン、と椅子が動く音がした。

 右手に金色のトランペットを携え、左手を真っ直ぐ挙げながら彼女は立ち上がる。

 その姿は後ろからでもわかるほどに、儚げながらも凛としていて、それはもう綺麗だった。

 

 

「ソロパートのオーディションを、もう一度やらせてください」

 

 

 誰かは静かに彼女の名を呼んだ。

 誰かは泣き出しそうな顔で彼女を見やった。

 誰かはそっと目を伏せた。

 誰かは穏やかに微笑んだ。

 

 俺は、俺は……。

 どうしてだろう。俺はあいつに視線を送っていた。

 どんな顔であいつを見ているかはわからない。俺はいったい何を思ってここであいつを見たんだろう。

 

 

「わかりました。では今ソロに決定している高坂さんと二人、来週再オーディションを行います。いいですね」

「はい」

 

 

 その音は、熱だけを残してあっという間に消えていった。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 練習を終えて帰宅しようと玄関で靴をつっかけていると、トランペットの音がした。香織の音だ。

 このフレーズは確かソロのところだったか。ちょっと行ってみよう。

 

 

 

「おー、随分と高い音安定してきたな」

「それ、オーディション前に晴香にも言われたよ」

「あらら、俺の情報が古かったか」

「ちゃんと更新しておいてね?」

「あいよ」

 

 

 香織は体育館の裏にいた。スロープがあるので、本当に体育館のすぐそば。部活の連中がいたら怒られそうだ。

 ずっと立っているのもアレなので適当に腰掛ける。

 座ったところからいくらか距離を開けたところに、ペットボトルが置いてあった。透明な炭酸飲料だ。

 

 

「さっきまで誰かいたのか?」

 

 

 香織は好き好んで炭酸を飲むタイプじゃなかったはずだ。なのにここにあるということは、誰かが持ってきたんだろう。表面が結露しているから忘れ物説も無し。

 

 

「あすかがね。ねえ、あすかに炭酸を投げないように言っておいてくれない?」

「え、あいつこれ投げたの」

「そう。ひどいでしょ」

「あんのバカタレ」

 

 

 香織は頬を膨らませるポーズをした。それを受けて俺は、溜息をつき右手を額に当てた。やれやれだ。

 

 

「なあ香織先輩」

「同級生に呼ばれると変な感じがする。何?」

「俺、前に優子に訊かれたんだよ。香織が納得することを諦めない方法はないかって」

 

 

 以前優子と二人で話した時に言われたこと。強く真っ直ぐ純粋に。

 

 

「私、そんなに納得できてないように見えた?」

「見えたんじゃない。見えてるんだ、ずっと」

 

 

 顔を伏せて呟く。憧れに届かないと嘆くように。

 

 

「もっと上手く立ち回れてると思ってたんだけどな」

 

 

 そんなところ上手くならなくていい。あいつみたくならなくていい。

 沢山の人から沢山の愛情を受けられる君は、人を頼れることを知っていていいんだ。

 あいつは下手に優秀だから、頼る必要が大抵ないだけなんだ。

 諦めがいいふりをして大人ぶらなくていいんだ。

 

 

「あいつは香織が思ってる程大人じゃないさ。強い部分と弱い部分が他の人と違うだけだ。だから同じにならなくていい。十人十色千差万別、香織は香織でいーんだよ」

 

 

 顔を上げて笑う。

 君たちが最高のコンディションになれるなら、俺はいくらでも道化るし、いくらでも泥を被ろう。

 

 

「篤って、あすかの保護者みたい。それかお兄ちゃん」

「手のかかる妹感はあるなあ」

「そこにキュンと来ちゃったり?」

 

 

 俺は伏見つかさ作品の主人公じゃない。妹にキュンとなんかするか。

 しかもあいつに。あの田中あすかに。ないない。ハハッ。

 

 

「いや、俺妹属性ないし」

「妹属性って何?」

「何でもない。ただの妄言だ」

「そう」

 

 

 どちらかといえば僕は年上お姉さんが好きです。早く寧々さんと付き合いたいんですけどKONAMIさん、ラブプラスEVERYはまだですか。

 話を戻そうか。

 

 

「それでな、香織はずっと納得できてないだろ。だから、」

 

 

 後輩の望みだから言うんじゃない。俺だって本気で思ってる。

 全国行きの為? 

 それもあるさ。でもな、そこまで情に流されないような人間じゃねえんだ。

 俺にとっても香織は友達で、三年間頑張ってきた仲間なんだ。

 

 

「諦めるんじゃなくて、ちゃんと納得できるといいな」

 

 

 後ろを振り返って悔いることはしてほしくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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